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    くちづけだけが其れを解く「いって」
     湯浴みの途中、ぴりっとした痛みを感じて肘を見た。
     流れる流水に赤いものが混ざり、パカリと割れた肌の中には生々しい血肉が覗いている。まるで蕾が綻ぶように、当たり前のように現れた傷口は、かつて戦場で負った古傷と全く同じ場所だ。
    「……」

     これで三度目。昨日ぶり三度目である。昨日と、一昨日の分は服を繕うような要領で縫ったが、今も塞がることなくじくじくと血を流している。
     呆然としながらも、なるほど、と納得する自分がいる。なんとなくだがこういう日がいつか来るのではないかと、そんな気がしていた。だって、俺が持って生まれたらしき頑丈さと回復力は、個人差と呼ぶにはどこか度が過ぎていた。なんの代償もなく得るにしては大きすぎるのではないかと、自分でもずっと感じていたのだ。
     今開いた傷だって、最初についたその時はわずか一日で塞がった。そんな人間いるわけがないと、きっと頭のどこかでわかっていたはずだ。
     しかし今か。よりによって今か。いや今だからこそなのか。何もかもが終わり、もうあの頃のように毎日生傷をこさえるようなことはなくなった今このときになって。
     かつて自分は、死ななかったのだから生きなくてはいけないのだと自分に言い聞かせながら、心のどこかで自分の命の使いどころを追い求めていた。この身体はどれだけ傷ついても構わないのだと、何かから逃げながら何かを探し、駆けずり回っていた。
     全てが終わった後、隣に残ったのは随分と意外な相手だった。
     何故お前なんだと不満を言い合いながら、気づけばそいつがいるのが当たり前のようになり、気づけば俺は死に場所を探すのを諦め、そいつの隣で生きることを考えるようになり、とうとうそれを本人に伝えてしまった。俺ともあろう者が、相手も同じ気持ちでいることをとうに察知した上での、臆病な告白だった。
     そして今はらしくもなく、毎日、一日でも長くこの日が続けばいいなどと思ってしまっている。

     だから、今なのだろう。一昨日の夜、俺は初めて尾形に抱かれた。自分の四肢を、ああも無防備に、無責任に、他者へと明け渡す行為を、自主的に受け入れて行ったのは初めてだった。全く抵抗がなかったと言えば嘘になるが、その先にあったのは、人生で初めて身体と心の奥深くを満たされる喜びだった。
     結局のところ自分も、誰かと深く繋がりたいという欲求を諦め切れてはいなかったのだ。そう思い合える相手を、互いの合意を得て手に入れたのだという実感は思いの外素晴らしかった。乾いた砂に染みこんでゆく水のように、その行為は俺という生き物の土壌を変質させた。
     翌朝、まだどこか燻る熱を反芻しながら、ぼんやりと夢見心地に身体を拭いていたら、やはりピリリと痛みがあって、そのときにはふくらはぎの古い傷が開いていた。
     それはなんだかあまりにもストンと腑に落ちてしまう事象だった。そうか。そうだよな。そうなるよな。

     ――尾形にはなんと説明するべきだろうか?

     嫌だなあ。伝えたくないなあ。
     昔の尾形なら、きっと鼻で笑っただろう。ざまあないな、今までがおかしかったんだ、恵まれた体質に頼ってきたツケなんじゃないか。そんな感じで。
     今の尾形はどう思うのだろうか。鼻で笑われたら俺はきっと悲しい。だが、できたら、鼻で笑って欲しいとも思う。そんな奇妙な矛盾に悩まされ、結局何も話せない日々が過ぎた。
     驚きだ。話すべきではないと思う事柄を隠すことはあっても、話すべきだと思いながらそれを口に出せないだなんてあまりにも合理的じゃない。俺も尾形もそういう無駄な葛藤とは無縁の人種だったはずだ。感情に流され報告すべきことを怠って先延ばしにするなんてどうかしている。
     あまつさえ俺は、事態の発覚を恐れて尾形からの夜の誘いを断りさえした。なんていう本末転倒だろうか。
     尾形は最初の内は怪訝そうにしながらも、俺が恥ずかしがっているのだと判断したらしく鷹揚に笑って許した。それが何度か続くと、自分が何か拒まれるようなことをしたのだろうかとこちらを伺う素振りを見せた。俺の心が離れたことを疑った尾形に、ついに強引に求められ腕を引かれて押し倒されたとき、俺はその執着に心底喜び、そして必死で服を脱がずに事にあたった。
     だってもうその反応だけでわかってしまうじゃないか。
     お前はきっと、鼻で笑ったりしてはくれない。
     そのときには、すでに開いた傷は十を超えていた。

     少し苛立たしげな、焦ったような動きで着衣のまま揺さぶられながら、俺は少しだけ泣いた。あまりにも――あまりにも、幸せで。
     こんな幸せが、俺の身に与えられる日が来るとはなあ。
     俺の身体に何が起きているかを知らせたら、お前はこんな風に抱いてくれなくなるかなあ。
     あと一日でいいから先延ばしにしたい。きっとお前の目が絶望に染まってしまう前に、あと少しでいいから、このままの時間を味わいたい。不誠実と罵られてもいい。あと少しだけ。

     昔へし折れたことのある腕を伸ばし、俺は黙って尾形の頭を掻き抱いた。
    ミドウ Link Message Mute
    2022/06/17 22:53:06

    くちづけだけが其れを解く

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    #尾杉

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