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    【Web再録】雨のち曇り、あしたははれの日天気および「結婚」をテーマとしたアキヲ×子規の話です。
    イベント「フラワーシャワーで祝福を」のイベントストーリーおよび
    イベント報酬カードの恋愛ストーリーのネタバレを含みます。
    また、イベント「絶対防壁ピュアグラス」のイベントストーリー内の要素を含みます。



    <雨の日>

    雨が降っている。すっかり日の落ちた街の輪郭を、細かな雨がしぶきを上げて浮き上がらせる。冬の雨は寒くて嫌いだ、ただでさえ気温が低くて動くのが億劫になるっていうのに、びしゃびしゃ足元で跳ねる雨粒が歩くたびまとわりついて憂鬱な気分になる。履きつぶしたスニーカーは雨を防ぐには頼りなくて、爪先からじわりじわりと染みてくる雨水がまた気分を滅入らせた。やっぱり外になんて出るんじゃなかった、そうため息をつきながら曲がったその角の先、思いがけない色に視界がぱっと開ける。
    「アキヲ?」
    「子規くん」
    お得意様と会った帰りだという子規くんの顔は少し上気していて、お酒の席だったんだろうなと予想がついた。雨の日なら車を使いそうなのに、駅の近くで歩いている彼に出会ったのもそのせいだろう。

    「ふふ、アキヲにこんなとこで会うなんて、変な感じ」
    「ちょ、子規く……」
    「だーいじょうぶだって」
    ポケットに入れていた冷えた左手を、子規くんの右手に掴まれ、握りこまれる。細くて長い指は、ちょっと吃驚するくらい熱かった。呑みすぎたんじゃないの、という呼びかけには、吐息みたいな笑い声しか返ってこない。

    「アキヲ、この後うちにおいでよ」
    「へ?」
    「俺まだ呑み足りないから、一緒にうちでなんか食べようよ。俺が作るからさ」
    「でも僕もうご飯食べたよ?」
    「アキヲならまだ入るでしょ」
    いやでも、と遠慮を続けようとした僕の腕を、子規くんがぐいと引き寄せる。
    「俺が、アキヲと、もっと一緒にいたいの!」
    レンズの向こうの瞳に、ばちりと射抜かれる。雨粒のきらきらのフィルターの中、うっすら紅い頬は、多分お酒のせいだけじゃない、ってことは、さすがに僕でもわかった。
    悔しいけどかなり単純な僕は、そのまま彼に頷いてしまったし、街の灯りを反射する雨の中、今日外に出てよかったかも、だなんて思ってしまうのだった。


    <曇りの日>

    「これじゃあ、今夜は星が見えないね」
    その言葉に、ずんと胸のあたりが重くなって、心なしか視界もやや暗くなった気がする。これが漫画なら俺の背後には「ガーン」という袋文字と濃度62番のトーンが——いや、もう漫画の話はいいんだ。さっきまで手伝っていたキョウちゃんの原稿のページがフラッシュバックするのを、かぶりを振って阻止する。
    今夜は流星群が見えるらしい、というのをテレビで見て、それじゃあ一緒に見に行こうとアキヲと約束したのが2週間前。5日間、キョウちゃんがほぼ真っ白の原稿を抱えて泣きついてきた時にはさすがに焦ったけれど、なんとか今日の夕方で終わらせ、つい今しがた編集社に駆け込むキョウちゃんを見送ってきたところだ。
    だけど一息吐いて見上げた空は、どんよりとした厚い雲で覆われていた。ネットで調べてみると都内近郊はおおかた曇りらしく、あまり信じたくないけれど、今夜は星が見えないだろう、という予想がついてしまった。
    正直、びっくりするほど落ち込んでいる。恋人との予定なんだから楽しみなのは当たり前だ、だけど正直、泣きそうなほどショックを受けている自分に驚いた。こういう時はスマートに「残念だったね、また次の楽しみにとっておこう」なんて声をかけておくべきなのに、全然そんな気分になれない。ああ、今夜の約束、なくなっちゃうんだなあ。横目で窺ったアキヲは確かに残念そうだけど、俺ほどショックを受けていないように見えて、本当に涙が出てきそう——と思った時、アキヲがこちらを振り向いて、
    「じゃあ……今日は、子規くんと一緒に、引きこもる日、だね」
    ふひ、と照れくさそうに笑った。その笑顔と言葉、その一瞬で、嘘みたいに俺の気分は晴れて、涙が出そうなことなんて忘れて、今すぐアキヲを思いっきり抱きしめたくなってしまった。さすがに往来でそんなことをしたら、丸一日は自室に引きこもって出てきてもらえないだろうから、せめてもの思いでぎゅっとアキヲの手を握る。
    「アキヲ、俺の家来てくれるの?」
    「あ、えっと……ごめん、勝手に僕が考えてて」
    「いいよ、そしたら夜ご飯トンカツ作ってあげる」
    「ほ、ほんとに? 嬉しい……ありがとう子規くん……!」
    「ううん、ありがとうアキヲ」
    どうして自分がお礼を言われるのか分かっていないだろうアキヲは、頭の上にハテナマークを浮かべている。それにはお構いなしで、俺はさっそく夕飯の支度と、アキヲとどうやって過ごすかについて考えを巡らせた。うん、なかなか悪くないかも!



    <晴れの日>

    よく晴れた日曜日、朝の8時45分。8時半にとりあえず設定したアラームを止めて、でも起き上がるには億劫で、鳶倉アキヲは布団に包まりながら夢と現実を行ったり来たりしていた。本格的に二度寝に差し掛かろうかという時、アキヲが右手に握ったままのスマートフォンが、電子音とともに不意に震えた。『おはよう♪』とウィンクする可愛らしい猫のスタンプに次いで、メッセージが表示される。
    『今日はいい天気だから、久しぶりに付き合ってくれない?』
    メッセージの送信者である海部子規は、こんな調子でアキヲを外に連れ出すことが頻繁にあった。それは家にこもってばかりのアキヲを外に連れ出すためでもあり、たまの休みには恋人とデートを楽しみたいという単純な願望からでもあった。頑固なアキヲを連れ出すのはなかなか大変だというのを彼はよく知っていたので、事前の連絡もなしに家に迎えに来ては、アキヲが観念して支度を済ませて出てくるのを、アキヲの個性豊かな姉達と談笑しながら待っているということも珍しくなかった。アキヲが自宅まで来た子規を追い返すようなことはしない、ということも、彼はよく知っていたからだ。
    そういうわけで、普段はアキヲも「天気が悪くても誘いにくるくせに」「どうせ僕が断れないと思って」と文句をひとつふたつこぼしながら出かける支度に取りかかるのだが、今日は事情が少し違った。『おはよう』とよく使うカラスのスタンプを送って、『30分くらいで支度できるよ』とメッセージを送る。大きく伸びをして、がばりと起き上がり、深呼吸をした。ベッドを下りるその背後で、またスマートフォンが震える。
    『OK、すぐ迎えに行くね♪』
    ふひ、と柄にもなく微笑んで、アキヲは階段を軽やかに下りていった。

    子規はここひと月程、本業の陶芸の方にまとまった仕事が来た関係で、アイチュウとしての仕事やスクールの授業が入っていない時間のほとんどを、作品の制作のために自分の工房で過ごしていた。当然アキヲを外に連れ出しに来ることもなく、つまり今日は久しぶりに2人が、2人だけで会う日だった。かなりの速さで身支度を整えたアキヲは、いつもなら待たせる相手を20分程そわそわと待ちぼうけることになった。いつだか2人で出かけた時に子規に選んでもらったジャケットに袖を通して玄関を出ると、ちょうどアキヲの家の前に子規が車で到着したところだった。
    「子規くん、おはよう」
    「おはよう。どうしたの、今日は早いね」
    含み笑いをしながら言う子規に、少しきまり悪くなったアキヲが俯くと、
    「冗談だよ、ごめんね。俺も早く会いたかった」
    と子規が嬉しそうに言う。結局その顔に弱いアキヲは、僕も、と小さく返しながらシートベルトを締めた。

    30分ほど子規が車を走らせて着いた先は、真っ白な門が印象的な小さなチャペルだった。入り口やそこに至るまでの小道が色とりどりの花で飾りつけられているのを見ると、今日はこれから結婚式があるようだ。子規のこのところの仕事は結婚式の引き出物作成の依頼で、ちょうど今日あたりに納品するのが都合がよさそうだから、出掛ける前に寄らせてほしい、と子規は車の中で話していた。
    「荷物納品してくるから、待ってて」
    「え、手伝うよ?」
    「大丈夫大丈夫。ちょっとだから」
    車を降りた子規は積んでいた段ボールを手早く台車に載せ、ちょっとその辺見て待っててね!と建物の裏手の方に回っていった。
    「その辺って……あんまり部外者がうろうろしない方がいいんじゃ……」
    チャペルはかなりこぢんまりとした作りで、ときおり結婚式の準備をしているだろうスタッフが忙しげに出入りしている。よく見ると門と入り口を結ぶ小道は途中で枝分かれしており、奥に進むと中庭のような場所に続いているようだ。
    中庭なら、少し見てきてもいいかな。そう思ってアキヲは車を降り、花で飾られた小道の奥にそっと歩を進めた。

    「わぁ……」
    そこには、建物の壁を覆いつくすようなステンドグラスがあった。中庭はちょうど、チャペルの祭壇の反対側に位置しているらしい。太陽の光を浴びてきらきら、ぴかぴか、そんな音がしてきそうなほどに輝くガラスを前にして、アキヲはしばらく時間を忘れて見入っていた。そしてだんだん、自分の次の作品づくりのことで頭がいっぱいになる。一番上の部分はずいぶんたくさんの色を使っているけど、あの組み合わせは試したことがないから次にやってみるのもいいかもしれない。そうか、無色のガラスを間に挟めばもっと色が使えるのかも、ArSの6色を使ってみるのも面白そうだ。
    「金具はかなり退色した金だけど、こういうパーツを合わせてアクセサリーにするのは……」
    「そうだね、こういう色とカラフルなガラスは相性がいいかもしれないよ」
    「やっぱりそうだよね……あ、子規くん」
    いつの間にか背後にいて、しかも独り言を聞かれていたと分かってアキヲはやや赤面する。
    「ごめん、探した?」
    「ううん。俺も待たせちゃったし、前来た時このステンドグラスが綺麗だったから、納品のついでに見せたかったんだ」
    アキヲが喜ぶかなーと思って、と子規がにっこり笑う。
    「本当に綺麗……建物は小さいけど、立派なステンドグラスだね。連れてきてもらえて、嬉しい」
    「そっか、よかった」
    ふふ、と笑いながら、子規はアキヲを後ろから抱き寄せる。
    「し、子規くん、人、人来ちゃうよ!」
    「んー、ちょっとだけ。お願い」
    子規は少し前屈みになって、アキヲのこめかみの辺りに頭をとん、と預ける。
    「こういう、小さいけど綺麗で、ステンドグラスのあるチャペルにさ」
    「うん」
    「……アキヲと、来たいって思ったし」
    「……うん」
    「……また、来たいなって思うよ、俺」
    また来ればいいよ、と軽く返すには、子規の言葉は大きな意味を持ちすぎていたし、もちろんアキヲも、そのことは痛いくらいに感じていた。
    これから数時間後には、この場所で幸せに満ちた時間がはじまる。白いドレスを着た花嫁が、同じく白いタキシードを着た花婿の手を取って、その左手の薬指には2人が結ばれた証の指輪がはめられる。2つの家族が、そしてたくさんの友人たちが、2人に祝福の言葉と花びらを投げかける。抜けるような青空と眩しい太陽が、2人の未来を輝きで満たしていく。
    喜ばしい光景だと思う。だけどそんな想像を無邪気に自分たちに当てはめるには、子規もアキヲもたくさんのものを抱えすぎていた。アキヲはまだ黙ったままだった。子規は喉のあたりに覚えた重苦しさをやりすごすために小さく息を吐いて、抱き寄せた腕をそっと解いた。ごめんね、変なこと言って。そう、言おうとした。
    「子規くん」
    アキヲの、思いのほか大きな声が中庭に響いた。振り向いてアキヲは続ける。
    「僕も、また子規くんと来たい、し」
    言葉が、ひとつひとつ子規に、慣れない手つきで手渡される。
    「きっと、ずっとそう思っていられる。……僕だけじゃ叶わないかもしれないけど、子規くんもこれからずっと、そう思っていてくれるなら、きっと、叶うよ」
    「……叶うかな」
    「……だって僕、子規くんと一緒にいて、いろんなことができるようになった。だから、子規くんと一緒なら、大丈夫」
    2人で、また来よう。微笑んだアキヲの背後で、色鮮やかなガラスが光を反射する。きれいだ、子規はぼんやりと思いながら、手渡された言葉を反芻する。子規くんと一緒なら、大丈夫。そう言ってくれる君となら、もしかしたら。
    「ありがとう、アキヲ」
    ああ、俺はいま、ちゃんと、ふつうに笑えているだろうか。こんな気持ちは知らないんだ。眉を下げる子規の前髪を風が揺らす。青い青い空の下、2人はしばらくそこを動けないまま、まだ少し冷たい風に吹かれていた。



    <明日は、はれの日>

    とんとん。鳶倉アキヲが街中を歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。知り合いだろうか、同じグループの何人かを思い浮かべながら振り返ると、ぐに、と頬を指でつつかれる。
    「やーい、引っかかった」
    「へ、あ、さつき……」
    アキヲを呼び止めたのは、同じエルドール事務所に所属している枢木皐月だった。いしし、と子供のような笑みを浮かべるその顔には、変装のためか普段とは違う、黒縁の眼鏡がかけられている。
    「偶然だね……仕事だったの?」
    「いや、仕事は睦月だけ~。仕事終わったら迎えに行く約束してるから、ちょっと時間潰してた。……アキヲは明日、ほら、あれなのに、仕事?」
    「打ち合わせだけ。ずいぶん早く終わったから、もう帰るところ」
    「そっか。……時間あったらでいいんだけど、ちょっと付き合ってくんない?」
    「え、うーん、1時間、くらいなら……」
    「おっし、じゃあ急がなくちゃな。行くぞ!」
    「わっ、ちょっと、どこ行くかくらい教えてよぉ……」
    アキヲの腕をぐいと引っ張って、皐月は早足で横断歩道を渡る。その横顔は悪戯を仕掛ける時よりも、ずっと真面目で大人びたものだったのだが、一歩後ろを引きずられるように歩くアキヲはまだ気づいてはいなかった。

    皐月が向かった先は、細い路地の奥にあるカフェバーのような店だった。どうやら皐月は常連らしく、「CLOSE」と札がかけられた扉を我が物顔で開いて、「おじさん、奥の席借りるぜ!」とずかずか入っていったのにはさすがにアキヲも肝を冷やしたが、店の準備をしていたであろう壮年の店主はにこやかにその暴挙を許してくれた。
    「いいお店だね……静かだし、なんか、皐月っぽくない感じ」
    「なんだよそれ。俺だってもう、芸能人としての自覚ってやつ、あるんだかんな」
    そう口元をとがらせる皐月は、この数年でテレビや雑誌の仕事もずいぶんと増え、同じく仕事の増えたアキヲとは顔を合わせることも稀になっていた。こうして2人で話すのなんて、もしかすると年単位でしていないかもしれない。
    声をかけてくれて嬉しい、と素直に思う反面、皐月はどうしてここへ自分を連れてきたのかと、アキヲは疑問に思う。
    皐月はというと、店主が気を利かせて出してくれたウーロン茶を一口飲んだきり、何やら手元を見つめて考えこんでいるようだった。話しかけていいものか、アキヲが居心地悪そうに目線を彷徨わせていると、ふいに皐月が顔を上げ、口を開いた。
    「なんか心配な事とか、ねーの?」
    「へ?」
    「だから、明日、式じゃん? なんかこう、モヤモヤっとしたことあればさ、聞くぜ、俺でよければ」
    「うーん……」
    おもむろにそう切り出されて、アキヲは逡巡する。心配なこと。モヤモヤしたこと。平均よりはかなりネガティブで臆病なアキヲは、そういった事柄とは切っても切れない縁があるのが常である。しかし今日のアキヲは、怪訝そうな顔を一瞬見せたほかは、存外けろっとした様子だった。
    明日は、結婚式だった。ほかの誰でもない、アキヲと、彼の恋人との。

    「確かに、緊張はするし、明日変なミスしたらどうしようとか、かっこ悪いところ見せたら嫌だなとかはあるけど……それくらい、かな」
    「はー、なんだよ、心配して損した!」
    「え、あ、ごめん」
    「謝んなし! なんか俺がかっこわりーじゃん!」
    皐月は不機嫌な様子で、けれど気の抜けたような素振りで、ソファの背もたれに思い切り背中を預けた。ぎい、とスプリングの軋む音が響く。それを見てアキヲは、少し眉を下げながら微笑む。
    「かっこ悪くなんかないよ……僕がまたひとりで抱え込んでないか、気にしてくれたんだよね。ありがとう」
    「……おう」
    アキヲに向き直った皐月は、まだ口元をとがらせてはいるが、素直なお礼に満更でもない表情で返事をした。

    二人の前にあるグラスの中身が半分ほどになった頃、また皐月が神妙な面持ちで口を開く。
    「でも、そうやってさ、お前がひとりでゴチャゴチャなんないで済んでるのって、すごいよな」
    「すごい……?」
    「アキヲも、子規も、ふたりとも」

    皐月の持つグラスの中で、2つの溶けかかった氷がカラン、と音を立てる。
    「俺と睦月は産まれたときから一緒だから、相手がなに考えてるかとか、なにしたいとか、こういう時はこうすればいいとか、なんとなく分かる。でも、お前らふたりって、そうじゃないじゃん。全然知らないやつ同士でさ、わかんない同士で、あーでもないこーでもないってやってきたわけじゃん」
    そこで、一旦言葉が途切れる。アキヲは彼の双子の兄である睦月と、この双子がどれだけ仲睦まじいかを思い返していた。いつだって2人でひとつ、アイチュウとして活動し始めた頃は、別々の仕事をするのなんてそれはもう嫌がっていたのだが、皐月も睦月もそのあたりの意識は仕事を重ねるにつれ変わってきたらしい。同時に睦月が、皐月にやたらと構い倒されるアキヲに一時期ずいぶんと嫉妬をしていたことを思い出し、少しだけ笑いそうになるのをこらえた。皐月の珍しく真面目な様子に、茶々を入れるわけにはいかない。
    「そんで、これからもそうやって、やってくわけだろ。しかもただの友達じゃなくて、いちばん近くで。家族じゃない2人がいっしょになるって、すげーことだと思う」
    グラスの中を見つめていた皐月の大きな目が、アキヲの目をまっすぐにとらえる。
    「ほんと、すげーよ。おめでとな」
    しんと静まり返った空気の中、しばらくアキヲはそのまま目を逸らせなかった。カラン、とまた溶けだした氷の音が響く。
    「まあ1日早いけど、明日はバタバタするだろうから。言っとこうかなと思って」
    「ありがとう。不安はまだあるけど……でも、僕たちが精一杯、考えた答えだから、後悔はしない。この先もずっと、したくない」
    そう言うアキヲは、静かで穏やかで、強い目をしていた。それはまるで、熱を持った硝子玉のような、深い深い色だった。
    「……アキヲ、やっぱかっこいいな」
    「ふひ……皐月もかっこいいよ」
    「ついでみたいに言うなし」
    「ほ、本気だってば」
    わかってるよ、と皐月が返すと、ふひ、とまた眉を下げてアキヲが笑う。その表情は出会ったころからあまり変わらない、少し申し訳なさそうな、へたくそな笑顔。皐月は、あのアキヲがなあ、と思う反面、アキヲのことを「お前、かっこいいじゃん!」と初めて褒めた時のことを昨日のことのように思い出す。なんだかんだ、こいつはあの頃からやる時はやる男なのだ。それを分かっている自分を、なんとなくくすぐったく、誇らしく思う。皐月は胸のあたりがふわふわとするのを、もうほとんど氷の残っていないウーロン茶を飲みほして落ち着かせた。なんだか、無性に睦月に会いたい。そう思った皐月の携帯と、アキヲが自分のポケットに入れていた携帯が鳴るのはほぼ同時で、2人は顔を見合わせて、楽しげに笑ったのだった。



    「もう、明日なんだな」
    何度来ても迷ってしまうほどに広い三千院家の屋敷の一室、玄関ホールからほど近い客間に通されていた海部子規は、自分の向かいでそう呟く、三千院鷹通の方へ向き直る。
    「うん、そうだね……三千院君、本当にありがとう。明日はよろしくお願いします」
    「おい、打ち合わせの度にそんなに畏まらなくていいぞ。何度も言っていると思うが、このくらい三千院家にとっては容易いことだ」
    座ったままとはいえ深くお辞儀をした子規に、鷹通は誇らしげな様子でそう言った。それは単に家柄を誇示するものではなく、その力を後輩のために役立てることができることへの喜びが溢れたものだった。それに、何かと自分をからかってくる子規に対して先輩風を吹かせられるというのは、単純に彼にとって気分のいいものだった。
    「俺だって何度も聞いてるけど、いくらお礼したって足りないよ……俺の、俺たちのために、たくさん助けてもらったんだから」

    明日は、子規と彼の恋人である、 鳶倉アキヲの結婚式だった。とは言っても、2人とも芸能活動をしている身のため、盛大に発表をして挙式をし籍を入れる、というわけにはいかない。ささやかな式だけでも挙げたい、という2人の思いを大いに支えてくれたのが鷹通だった。会場やスタッフ、備品の手配、当日のセキュリティに至るまで、三千院グループの人脈を使い見事に整えてくれたのだった。彼がかねてから言っていた、三千院の名は伊達じゃない、というのを改めて子規は実感して、心から感謝していた。容易いことだと本人は豪語しているが、彼も自分の仕事をしながら準備を進めてくれたのだから、楽な作業ではなかったはずだ。今日は最終の打ち合わせという名目だが、もう一度鷹通にお礼を言いたかった、というのが子規の本心だった。

    今までに何度もチェックを重ねてきたので、やはり打ち合わせにそれほど時間はかからなかった。アキヲは午前中の仕事を済ませてから来ると言っていたので、鷹通と子規は雑談をしつつ彼を少し待つことになった。メイドの持ってきた紅茶を飲みながらお互いのユニットのメンバーの話をしつつ、やはり話題は子規とアキヲのことに移ってゆく。
    「俺、夢だったんだ。結婚式」
    子規が、感慨深そうにそう呟く。
    「もちろん、陶芸家になることも夢だったけど、それはもう叶ってるから。小さい頃から本とか映画とかの中で見てた、綺麗な教会で大好きな人と結婚式をする、っていうの、ずっと夢だったんだ」
    そう言われて思い出すのは、もうずっと前、彼がライブでウエディングソングを披露する時の姿だった。鷹通の姉が結婚することになった時、子規は鷹通本人が結婚をすると盛大に勘違いをして、ひと騒動起こした過去があった。そのすぐ後のライブを鷹通は関係者席で見ていたのだが、その日の子規のMCはそんな騒動があったからか、胸に迫るものがあったのを覚えている。
    『俺もいつか、大好きな人とああして結婚式を挙げたいなって』
    そう言う子規はどこか夢見心地な表情で、いつもの余裕ぶった、言ってしまえば気障な雰囲気とは少し違っていた。あれはきっと、彼の等身大の、心からの言葉だったのだろう。
    「ひとりで叶えられる夢ならいつだってできるし、諦めてもなにも問題ない。だけど、ひとりじゃ叶えられない夢を叶えてくれたのは、アキヲだし、三千院君でもあるんだよ。……もちろん、他にもたくさん助けてくれた人はいるし、明日来てくれる人たちにはみんな感謝してるけどね」
    そう言う子規の穏やかな笑みは、そのライブの時の表情と似ていた。
    「……本当に、ありがとう」
    その翡翠の両目が水っぽくゆらり、と揺らいだのに気付き、急に鷹通の目にもこみ上げるものがあった。それをごまかそうと、鷹通は視線を窓の方へ逸らして話題を変える。
    「そ、そういえばもう昼になるが、アキヲの仕事はもう終わってるんじゃないか?」
    部屋に掛けてある時計の針は、もうじき12時を指すところだった。 朝一で仕事の打ち合わせに呼ばれているからと、朝に弱いアキヲをなんとか起こして送り出した子規は、自分の携帯を取り出してチェックする。
    「そうだよね、でもまだ連絡はないなぁ……ちょっとメッセージ送ってみるね」
    「ああ、頼む」
    そう言って携帯の画面と向き合う子規は、ファンに見せるものとも、鷹通に見せるものとも違う、喜色づいた表情でメッセージを打ち込んでいる。まったく、幸せそうでなによりだ。 少しぬるくなった紅茶に口をつけると、ふわりと花のような甘い香りが広がる。穏やかな昼の空気にそれはとてもよく合っていて、明日も演出に使用する予定の、フラワーシャワーの花弁を連想させた。きっといい式になるだろう、鷹通も人知れず、柔らかな笑みをこぼしたのだった。


    <はれの日>


    「……子規くん、セット終わったんだね。その……似合ってるよ」
    「……アキヲ、かっこいい……。世界で一番かっこいいよ」
    「もう……大袈裟だよ」
    「あれ、否定しないんだ?」
    「……だって僕、頑張ったから。子規くんやみんなにかっこいいと思ってもらえるように。 子規くんの隣に立っていられるように」
    「……アキヲ」
    「子規くんも、世界でいちばん、かっこいいよ」
    「……アキヲには負けるよ、ほんと」


    君と出会えてよかった。 あの雨の日、曇りの日、晴れの日に、僕といてくれたのが、君でよかった。
    そう、本気で思ってるんだ。




    Fin.

    しんの Link Message Mute
    2023/08/13 23:58:10

    【Web再録】雨のち曇り、あしたははれの日

    2018年のラブチュウ7にて発行した小説本「雨のち曇り、あしたははれの日」のweb再録となります。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9411379 に加筆修正、後日談を加えたものです。
    天気および「結婚」をテーマとしたアキヲ×子規の話となります。
    仲良しアイチュウポジションとして皐月、鷹通も出てきます。
    自分でもわ~いい話だな~と気に入っている本なので楽しんでいただけたら幸いです!

    ※イベント「フラワーシャワーで祝福を」のイベントストーリーおよび
    イベント報酬カードの恋愛ストーリーのネタバレを含みます。
    また、イベント「絶対防壁ピュアグラス」のイベントストーリー内の要素を含みます。
    ※後者2つは読んでいなくても大丈夫ですが、フラシャワはかなり話の内容に触れているので先に読んでいただけるとうれしいです。

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    • 31アキ子規「ガラスの靴がなくたって」アイチュウ
      2018年発行同人誌のWeb再録です。
      サンプル(https://galleria.emotionflow.com/116415/628173.html)や注意書きなどご確認の上閲覧お願いします。
      しんの
    • 9エヴァクリ「La mia prima stella」アイチュウ
      エヴァ様と小さいクリスさんがふしぎな力で出会うお話です。
      しんの
    • 8アキ子規「今日からわかる!アキ子規ガイドブック」アイチュウ
      漫画や小説ではなく怪文書です
      しんの
    • 12【サンプル版】アキ子規「ガラスの靴がなくたって」アイチュウ
      Web再録(https://galleria.emotionflow.com/116415/628188.html)のサンプル版です
      地雷等のチェックにどうぞ
      しんの
    • 13アイチュウ
      モブ♂×バベル 全年齢本サンプルです
      A5/本文22P/¥600
      2P目に注意書きあります。お好きな方はお楽しみください!!!

      残部僅少なので通販閉じました、ありがとうございました!
      イベント情報などご連絡はtwitter:@koko_shinまで!

      ※実際の本はグレー部をトーン処理しています。
      しんの
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