泣き笑い、踊れ若人(わこうど) 春!! それは出会いの季節!!
桜が咲き誇る学び舎では、うら若き男女が出会い、健やかな友情を育む。
のどかな日差しを受け、街ゆく人々もどこか幸せそうに浮かれた様子で、例えばパートナーを持つ者たちは、長い冬を越えたからこそ得られるこの温もりに身を任せ、真摯にふたりの愛を育てた。
そしてここ、魔都・新横浜でも、春の出会いがひとつ生まれていた———
「ヌップショオォーーイ!!!!」
事務所のソファに可愛らしくちょこんと腰掛けていたジョンの口から、威勢のいいクシャミが出て、事務所の空気がビリリと揺れる。ズビィと鼻を垂らすアルマジロの目元は、花粉によってうっすら涙ぐんでいた。
「おやおや。杉の木の影響をこんなに受けて…。なんて、かわいそうなマジロ…!」
ドラルクは、およよ…と眉尻を下げ、愛しい使い魔の体調を憂いた。
「君が花粉に反応するなんて、新横浜に来てからだねぇ。こんなときのために、前もってVRCに処方を依頼しておいて良かったよ」
ドラルクはそう言うと、事務所の引き出しから使い魔用のアレグラの箱を取り出し、市販の『おくすりのめたね』と一緒に机に並べる。
「ほら、おいで? 特別に私が飲ませてあげてよう!」
「ヌンヌヌーン!」
ジョンはこれ以上にないほどに満開の笑顔で、勢いよくドラルクの膝に飛びこむ。ドラルクは微笑みながら彼を受け止めると、木の小匙にゼリー状の飲料とアレグラを一錠を乗せ、使い魔の口に運んだ。
心を通わせたふたりの間に豊かな時間が流れる。
誰にも邪魔されることのない、ふたりだけの特別な時間。
———のはずだった。
「ド、ド、ド、ドラ公〜!!!!」
どばーーん!!!! と、事務所のドアが景気よく開く。
「…どうしたんだね。のび太くん」
ドラルクはジョンの口元に薬を運び、彼がちゃんと飲み込んだことを確認してから、赤く腫れた目で泣きじゃくった赤い服の退治人に目をやる。
「ギルドの前に…ハッ…ハックシュ!! 花粉を、操る…ハブシュッ! 吸血鬼が…ッングァシュ! 出たらし…ッショォイ! ンガアァアアアアアアアア!!!!」
状況説明がままならず、涙と鼻水まみれの顔で、怒りのドラミングを始めた退治人を見て、ドラルクは必死にスマホを取り出し、シャッターボタンを押し続けた。
「落ち着け、若造。今、限りなくジャワ原人に近づいていってるぞ…」
私は、ロナルドくんに真顔でそう伝えたが、あまりの絵面の面白さに手が震える。
くそ! 恰好のシャッターチャンスだというのに…!!
「ぬぉおお!! 撮ってんじゃねぇえックショオイ!!!!」
涙目のロナルドの渾身の右ストレートが、ドラルクの左側頭部に綺麗に入る。
「…いやぁ〜、すまないすまない。あまりに面白すぎて…」
塵になったドラルクはそう言うと、元の身体に戻りながら、ロナルドの左腕に下げられていたレジ袋を手に取った。
「お! ちゃんとヤマザキの食パン、買ってきてくれたか! これでやっとポイントが貯まったよ〜」
ドラルクはそう言うと、食パンの入った袋に貼られた『春のパン祭り』のポイントシールを爪で剥がし、ジョンにやさしく手渡した。
「ヌヌン!」
ジョンは慣れた手つきで、シール台紙にペシリ! とポイントシールを貼り付ける。
その様子を見守ったロナルドは、鼻水を垂らしながらドラルクに声をかけた。
「…ンガッ! グシュ! …もういいか?」
「んー、待て待て。若造、忘れ物だ」
ドラルクは、クシャミのし過ぎで、ヘロヘロになっているロナルドを呼び止めると、彼がいつも愛用しているプラスチックのスプーンに、ゼリー状の飲料と使い魔用のアレグラを一錠を乗せて、あーんと言いながら、ロナルドの口に運んだ。
———ごっくん…っ……
「何これ…?」
「アレグラ。何もしないよりは、幾分マシだろう」
「ふーん…」
目を逸らしながらも、頬を桜色に染めたロナルドくんを見て、私はニッコリと笑った。
「ックシュ…! もう行くぞ!」
ロナルドはそう言うと、事務所の机に置かれたティッシュボックスを手に取る。自然と、机に並んでいたアレグラの箱が目に入った。
「おい!? これ、使い魔用のやつじゃねぇか!?」
「まぁ、そうカリカリするな」
ドラルクはロナルドの背中を押して、事務所の外に出るよう促した。
「そうだ! 帰ったらクロックムッシュを焼いてやろう」
「クロック…何? ヘッ…ブシ!!」
ロナルドはクシャミに身体を揺さぶらせながら、千鳥脚でギルドに向かう。それを見て、ドラルクもたまらず、飛び跳ねながらスマホのシャッターを切る。
夜の帳が下りた新横浜で、ふたりは踊るように闇に溶けていく。