母の墓参りに行った日、新しい『お母さん』と会った。美人でとても丁寧で、そして優しい人だと思ったのを、シャウトは今でも覚えている。家族として過ごすようになってからも、その印象はひとつも変わらず、父の支えになる人ができたことも、自分のことのように嬉しかった。
それでも時々胸の奥を、トゲの付いたボールが転がっていく。不満など何も無いはずなのに、胸のどこかが不意にささくれ立ってしまう。あっという間に巡る日々は、いつしかそこに蓋をして、自分でも気付かない場所に、小さなボールを閉じ込めた。
「……ねぇシャウト、聞いてるの?」
「えっ? あ、ゴメン。なんだっけ」
「だーかーらー、さっきの新しいボム、どうだった? って……」
横を見ると、不満そうな顔がのぞいていた。「凄いもの見せてあげる!」と何やら張り切っていたシロボンが、店の休憩時間にシャウトを引っ張っていったのは、いつも寄り道をする河原だった。新しく考えていたらしいボムの技は、ボンバーマンを身近で見ているシャウトですら、目を見張るものだった。
「ハッキリ言わせてもらうけど、まだまだね!」
「ええー!?」
「……というのは冗談で」
「おりょ!?」
「シロボンは本当にすごくなったよね。あたしとは大違い」
「シャウト?」
首をかしげているシロボンに、自分は今何を言ったのだろう、とはっとした。考えごとの続きが、口からそのまま出てしまったのだろうか。
ぼんやりと見ていた店の中には、『お母さん』が立っている。バーを切り盛りしていたという彼女は、料理の腕も確かで、厨房で調理する姿も、もう当たり前のようになっている。
父がこの店を始めた時、その場所に立つことのなかった姿を、何度となく思い浮かべた。そうして蘇る記憶の中を、またひとつボールが転がっていく。そこから目をそらそうと、シャウトは隣を振り返った。
「ねぇシロボン、どうしてお兄さんみたいになろうって思ったの?」
不意にマイティの話を振られ、シロボンは驚いたようだった。宇宙にたった一人の兄は、今は手の届かない場所にいる。同じ境遇の者同士だが、慰め合うようなことは、お互いにしなかった。
「……兄ちゃんのこと、忘れたくないから」
うつむいた目がほんの少し揺れるのを、シャウトは見逃さなかった。どんなにすごいボムを投げられても、こういうところは変わらない。ボンバーマンであり続けることは、マイティの面影を守る、彼なりの、彼らしい方法なのかもしれない。
「そっか。ありがと、シロボン」
「えっ?」
「あたし、ちょっと用事ができたの。だから、出前の回収頼むわね」
「!?」
シロボンは不満とも悲鳴ともつかない声を上げている。それをしり目に、シャウトは店の戸をくぐった。
「お帰りなさい。いいところに来てくれたわ」
顔を上げた『お母さん』は、客の少ないこの時間、いつも何かをしているようだった。聞けば調理の練習だと言うが、店のメニューはもう任せられるようになっている。あれ以上なにを練習しているのか、シャウトは不思議に思っていた。
調理場に回って隣に立つと、手元のノートに気が付いた。父が料理のアイデアや手順を書き綴っているものだ。
「この部分なんだけど、アタシには読めなくて。アナタなら分かるかしら」
指で指された個所を見て、シャウトはあっと声を上げた。この文字は、母が母星で使っていたという言語だ。筆跡も母のものに違いない。「これなら確か……」と材料の名を挙げると、「ありがとう。助かったわ」と目を細めた。
「でも、どうしてこのノートを?」
「あの人から聞いたのよ。このノートを参考にメニューを考えているって。
だからアタシは、このレシピを守っていきたいの」
ふふ、と上品に笑って、もう一度手元に目を向ける。宝物の入った箱を見つめるような目は、シャウトの胸に、トゲの無いボールを弾ませた。
母はあの事故で宇宙に消えた。過ぎていく時間は悲しみを和らげてくれるが、同時に思い出も奪い去っていく。母を知っている全ての人の記憶から、そしていつか自分の中から、その面影が消えていくのが怖かった。
『お母さん』はきっと、自分たちが大切にしてきたものも守ってくれる。それなら自分も、自分なりのやり方で守れればいいと思った。いつも言おうとして、中々言えなかった言葉は、ようやく胸の中から弾んで跳んだ。
「あたしにも手伝わせてください! ミキさんはあたしの……自慢のお母さんだから!」
<完>