日常の隣で ふと気付いたらそこに女の子がいた。
彼女はここで何をしているのだろう? と僕は不思議に思って、首を捻らせながら、女の子に声をかけた。
「そこでなにをしているの?」
声をかけると彼女が勢いよくふりむいた。目をいっぱいに開き、ひどく驚いた顔をしている。
「な……と、止めても無駄よ!」
呆けた顔をさらに焦らせ、叫んできた。
遠目でも汗を大量に流しているのが見える。
混乱しているらしい。
何を言っているのかさっぱりわからない……まあ、僕に気付いた事で察しはつくけど。
少し、口の端を上げる。眉はハチノジでええと困惑した声音で。わかるよね。
「止め? ……なにを?」
「あたしのことはほっといて!」
僕の話は完全無視なんだね? 別にいいけどね。うん、別にいいよ、別にね。少しだけ僕はムッとしたけど、別に気にするほどの事じゃない。気にしていないってば。
脈絡がない相手に怒るだけ無駄だ。
さて、
「自殺でもするの?」
「……うぅ」
うなっているし目も泳いでいる、どうやら図星らしい。嘘のつけない子だなと思う。場違いだけど。可哀想に、ダダ漏れだよと涙がでそうだ。でないけど。
ここは上手に誤魔化すか、気にしないかの方がいいと思うけど……開き直り万歳。
現在地は比較的高いビルの屋上、下はコンクリ……落ちれば高い確率で死ねる。だからなのか、ここには彼女のような考えの人がよく来る。
笑える現状だと思い、口の端をくっと持ち上げる。愉快だ。神経がんばれ。
ここは――自殺の名所だ。
「で? 飛び降りないの?」
ここに立っていても死ねないし、何も起こらない。時間はたつけど。それだけだ。
ずっと飲まず食わずで居続けるならわからなくもない。
餓死、凍死、あとはなんだっただろうか。
「は?」
彼女は眼を丸くさせた。口も半開きになっている。はっきり言ってまぬけな顔だよね。せめて口は閉じたほうがいいと僕は思う。……いや忠告はしなかったけど。
僕はそこまで親切じゃないからね。
ただ冷たいだろう視線を一瞬投げかけるだけである。あれれ、僕ってば、なんて親切なんだろう。
「だから飛び降りないの?」
話が流れた感を修正するために、もう一度言ってみた。彼女は自分の耳を疑っているのかもしれない。眉をよせ、おまえは変態か? と問いかける要領で声を出してきた。
「……止めないの?」
「うん」
特に理由もないしね。そんな言葉が真っ先に浮かんだ。
「止めなさいよ!」
……怒られた。えー、止めても無駄って言ったり、止めなさいって言ったりで僕にどうしろと?
この場合理不尽なのは誰だろう。
困惑が顔に出たらしい。
「あ! いや、どうやれば確実に死ねるのかなって思っていたのよ!」
なぜか弁解らしきものを彼女は言ってきた……別に僕は聞いていないんだけどなぁ。というかついていけない。爆弾を投げつけたい気分だ。誰にだ? もちろん彼女にだ。
そうだ、ここはひとつ、名案が。
「……うーん、じゃあお手本見せようか?」
「はあ? 何言って……」
彼女が言い終わる前に僕は走って、そして飛び降りた。
今さらだし、もう怖くはない……いや、怖いのかもしれない。
どちらであっても、僕には関係ない。
「……!!」
彼女は声も出なかったらしい。声に出していたなら、どれほどの恐怖を感じていたのかわかったかもしれない。
くすくすと笑う。ああ、やっぱり愉快だ。
彼女は僕が飛び降りた場所に駆け寄って叫んだ。
「いやあぁぁぁ! 死なないで!」
「えーと、ごめんね、それは無理なんだ」
そんなこと言われてもねぇ。もう遅いよ?
「え?」
彼女が後ろを振り返った。
目を見開いた彼女が見える。
「どうして」
僕を見ながら、青ざめた顔で怯えたように言う彼女。
なんてそそる表情なんだろろう。
「だって……」
僕が言いながら近寄る。
「いや」
彼女は首をふる。目も潤んでいる。
「……来ないで」
後ろにさがる彼女。
お人形さんは糸が切れても動けるの?
「どうしてさ?」
ふわふわと笑う。
「ねえ」
「来ないで!」
僕から逃げるように勢い良く、彼女は落ちていく。
底へ。
「きゃあぁぁぁ!」
「誰か落ちたぞ!」
「救急車!!」
「死んでいるわ……」
「女の子が……」
下にいた人達の声が聞こえた。
ああ、今は、何時だろう?
僕は彼女を見下ろす。
「死ねてよかったね」
僕の顔にはこれ以上ないほどの笑みが浮かんでいることだろう。
これで君も、僕の仲間になったんだね