自在する源の教団とその信徒の終焉1
汚い壺に入ったヘドロの中で腐り溶けていく死体を見つめていた。俺も、この中に飛び込んで死んでしまいたかった。
ヘドロの悪臭に目が染みる。咳が止まらない。俺はその場にしゃがみ込む。
こんなにも、人生がうまく行かないのはなぜだろう。
「教えてくれよ、ドロロ」
汚らしいヘドロは、泡立ち死体を溶かしていく。
誰もいない礼拝堂には、止まらない咳とヘドロが泡立つ不快な音だけが響いていた。
2
冷たくじめじめとした洞窟の奥深くに、その教団の本拠地はあった。「自在する源の教団」と呼ばれている。"すべての源"ドロロ=ドルフという神に仕える集団だ。と、言っても、この現代にドロロを信仰する者など誰もいないだろう。俺だって、あんなものの信徒になるくらいならいのちやブクマネコでも崇めていたほうがまだマシだ。
ふぅ、とたばこの煙を吐き出した。メンソールの香りが鼻から抜けていく。
「ファンブは今日、壺?」
同僚の男が言った。この喫煙所でよく顔を合わせる仲だ。
ファンブというのは、俺の名前だ。紙巻きタバコを片手に、よく狭い喫煙所で男二人おいしい煙を吸っている。
「残念なことにな。よくもまぁ、あのオリハルコン製の壺を腐食できるもんだよ。そのせいで、俺みたいなしたっぱが交換の当番にさせられる。まさに腐れ神だな」
「はは。でも、あれのお陰で俺たちは食えてるんだ。そう邪険にするもんじゃないぜ」
紙巻きタバコの煙をくゆらせる。「食えている」というのは、この教団がドロロを使い商売をしていることを示している。マフィアと癒着し金と引き換えに死体を処分しているのだ。あの便利なゴミ箱を信仰する教団が潰れない大きな理由でもある。ファンブたちの仕事も、主に死体処理とドロロの管理だ。
「……ここに来たときは、もっと人生がまともになるんじゃないかってちょっと期待してたんだけどな」
「学生だったんだっけ?」
「あのときは、頑張って勉強してたんだぜ」
将来の夢は占い師だったな、とファンブは思い出す。両親が戦で亡くなり、当時学生だったファンブは学校を辞めた。当時、妹はまだ10もいかない子供だった。せめて、妹は学校へ通わせてやりたいとせっせと仕事に精を出した。しかし、世の中はファンブに厳しかった。次第に首が回らなくなってきたファンブは他に頼れる人間もおらず、とうとう闇金に手を出した。その時、ちょうどいいタイミングで教団の勧誘が来たのだ。ファンブがドロロ=ドルフの信徒になったのは、単に借金取りから逃げるために好都合だったにすぎない。
「まぁ、ここはずっと離れた土地の洞窟の中だ。借金取りが追ってこないってだけでも天国だよ。飯も食えるし。マズいけど」
「はは、いえてる」
「妹のことは、ちょっと心配だけどな。置いてきちゃったから」
「クリティカちゃんだっけ。お前、よく話すよな。シスコンかよ」
「うるせー」
「お前のその耳飾り、クリティカちゃんとお揃いってこの前酔ったときに自慢してきたじゃねーか。いいねー、仲良しこよしで」
「根性焼きすんぞ、バカ!」
ファンブの右耳には、しずくを模した耳飾りが付けられている。ファンブが妹のクリティカと離れ離れになる少し前に、クリティカから誕生日プレゼントとして貰ったものだ。ガラス製の安価なおもちゃだが、今となっては大切な宝物だ。
妹のクリティカは、自分よりもずっと出来がいい、とファンブは常々思っていた。幼いながらも性格も良いし、何より俺とは違って皆から愛されるタイプだ。世渡りもうまい。同じ腹から生まれたのに、どうしてこうも違うんだ。クソったれ。
しかし、それはそれとして今では唯一の家族である。クリティカに対する愛憎は、昔からずっとファンブの胸の内で渦巻いていた。今はどんな大人に育っているのだろう。しかし、会ったら会ったで自分との落差に強い嫉妬の念を覚えそうで怖い。
コンコン。
ふと、喫煙所の扉からノックの音が聞こえた。
「ファンブ、壺の時間だ」
「あっ、やべ。時間経つの早いな」
「おー、いってら〜」
すこしもったいないと感じつつ、半分ほど吸ったたばこを灰皿に押し付けて喫煙所を後にした。
3
大量のヘドロが、キラキラと輝く壺の中に収まっていた。黒いヘドロはぶくぶくと泡立ち、しぶきを撒き散らしている。
「壺なんて、嫌な当番ですよね。さっさと終わらせましょう」
マスクを付けた男が言った。この壺当番で今日ペアを組む猫獣人だ。
ドロロ=ドルフと呼ばれるこのヘドロは、なんでも腐食する恐ろしい物体だ。そのため、腐食を抑えられるはずのオリハルコンの壺をも次第に腐らせていく。そのままにしていると壺が割れて大惨事になるため、定期的に新しい壺に入れ替えなければいけない。
みんなは、この入れ替え作業の当番のことを「壺当番」と呼ぶ。教団の中でアンケートをとったら、きっとやりたくない仕事第一位に輝けるだろう。
昔は、信者が見守る中厳かに行われていた神聖な作業なのだとお偉いさん方は言う。今ではこの作業を見に来る人間など誰もいない。
「うっ、げほっげほっ」
咳が止まらない。目に染みる悪臭があたりに漂っている。
「たばこばっかり吸ってるからですよ。あっ、倒れないでくださいね。壺の中に落ちたら後で上に報告しなきゃいけないんで」
黙れクソ猫、と悪態を付きたかったが、咳が止まらずしゃべることができない。最近は、咳がよく出るようになった。胸がズキズキと痛む。立っていられなくて、その場にしゃがみこんだ。
「ぜひゅー……、ま、待ってろ。しばらくしたら、げほっ、落ち着くから…」
「やばい病気とかじゃないですか。医者に見てもらったほうがよくないですか」
のんきな声で、男が言った。
知っているくせに。この建物からは出られない。上の奴らにとって、情報が漏れるのは不都合だからだ。定期的に行われる検診は、ヤブ医者の仕事。ひとりの人間を治療するより、さっさと殺して新しい人材を連れてきたほうが遥かに安上がりだ。ここは、そういう場所だ。
咳が止まらない。胸が痛い。いらいらが募る。
「作業中に倒れるのとか、マジで勘弁してくださいね」
うるせぇ、クソ猫野郎。あまりの苦しさに、ファンブは目をつむった。
4
狭い相部屋の二段ベッドの上で、ファンブは手紙を広げる。妹のクリティカから送られてきた手紙を、何度も読み返していた。
クリティカから、手紙が届かなくなってどれほど経つだろうか。昨年までは週に一度は手紙を寄越してくれたのに。もしかしたら、検閲で止められているのかもしれない。今度、聞いてみよう。
この教団は、突然の行方不明で不審がられるのを防ぐために外界との手紙のやり取りが許されている。変なところに律儀だなとは思うが、これも信徒にストレスを与えず暴動やらなんやらを未然に防ぐ目的があるらしい。
検閲があるためなんでも送受できるわけではないが、ファンブにとっては妹と自分の今の距離感が心地よかった。
ファンブは、クリティカからの手紙を読むのが好きだった。その丁寧で丸い文字からは、洞窟の中にある教団には無いものを感じていた。検閲があるせいで、この手紙を最初に読むのが自分ではないというのが悔やまれる。
〈今日、私は学校を卒業しました。これからは国の兵士として、衛兵の仕事に努めようと思います。ファンブお兄ちゃんは、元気でしょうか。こちらでは、春の風が吹き始めて――〉
クリティカからの手紙には、いつも外界の様々ことが書かれていた。春の花が美しかったこと、友達と夏の海に行ったこと、秋の味覚がおいしくて食べすぎたこと、冬の雪の輝きがきれいだったこと。洞窟の奥深くで季節も天気も無い暮らしを送るファンブには、そのどれもが新鮮だった。
ファンブは、クリティカからの手紙を受け取れば必ず返事を書いていた。もちろん、教団のことは書けないし、時には不審がられぬよう嘘の近状を書き足すように言われることもあったが、それでも手紙を書くのは楽しかった。
「クリティカは字がきれいだな」
俺の文字とは大違いだ。ファンブの文字は、いつも大雑把で整っていない。性格が表れてるんだよ、なんてからかわれたこともあったな、とファンブは思い出す。
しかし、クリティカが衛兵になったとは驚いた。正義感が強いとは知っていたが、まさか仕事にするとは。
「立派になったもんだ」
ふと、胸がじりじりと痛んだ。
「俺と違って」
クリティカはなにをやっても上手く行き、なにをやっても愛された。一方、自分はなにをやっても失敗ばかり、何をやっても上手く行かない。クリティカは唯一の家族だ。兄として、愛おしいに決まっている。なのに、妹との落差を考えるとドロッとした膿のようなものが胸に溜まるのを感じた。それを感じるたびに、ファンブは自分を嫌いになった。手紙を枕の脇に避ける。
「死ねばいいのに」
溜まった膿が押し出されるように、自然と声が漏れた。胸の痛みがひどくなる。ファンブはベッドの上で胸を抱えるように丸くなった。
「……違う。ごめんよ、クリティカ」
しばらく、誰にも伝わらない謝罪の言葉を繰り返していた。
ファンブの耳飾りが、ゆらゆらと揺れている。
5
胸の苦しみが和らいだファンブは、"壺作業"に取り掛かっていた。人間一人分ほどの高さを持つ大きな壺を、ひっくり返さないように慎重に傾ける。はしごのような形をした特注の支えを用いて壺を傾けたまま固定し、そこからオリハルコン製の棒を使って新しい壺へ掻き出していく。
「この作業、長いことやってないといけないから大変なんですよね。なんか、面白い話とか無いですか?」
「んなもん、この洞窟の最奥にあると思うか?」
二人の話し声が、礼拝堂に響く。
「あっ、そうだ。この前久々に女に触れたんですよ」
「どうせ死体だろ」
珍しい話ではない。マフィアというのは必要があれば男も女も殺す。ファンブも、女の死体をこの万能ゴミ箱で処理したことは何度かあった。
「女って意外と重いんですよね。筋肉より脂肪のほうが重いって話、本当なんですかねぇ」
「単にデブだっただけじゃねぇの」
「結構、美人でしたよ。でも、あんまり化粧とかしてなかったですよね。ここに来る死体としては珍しくないですか」
ここに運ばれてくる女の死体は、ほとんどが水商売のものだ。
「へぇ、もったいない。世の中から美人を減らさないでほしいもんだ。俺が付き合う分がなくなる」
「モテてたんですか?」
「だったらよかったんだけどなぁ」
へらへらと笑いながら、作業を続ける。
「服装もなんか兵士っぽいというか男装っぽいというか。なんであんな目に遭ってんでしょうね。運悪く見ちゃいけないものをみちゃったか、好奇心や正義感に殺されたか」
――兵士?
じわり、と嫌な感覚が体に走った。ふと、クリティカから手紙の返事が来なくなったのと、話に聞く女の死体が重なった。
いや、そんなはずはない。だって、クリティカがマフィアや教団と接触する意味がわからないし、そもそもクリティカは運がいい人間だ。不運にもマフィアや教団と接触して殺される、なんて目に遭うような女ではない。ファンブは兄として、クリティカの運の良さを身を持って知っていた。
「……運の悪い奴もいたもんだな」
「そーすっね〜。あっ」
猫野郎が俺の顔を見ている。なんだよ。心臓が不愉快にバクバクなってうるさい。掻き出し棒を持つ手に嫌な汗が滲む。
「そういえばファンブさんの耳飾り、死体とお揃いですね。流行ってるんですか?」
――。
「なんかキレイだったんで、こっそりくすねたんですよ。見てくださいこれ。ほら、色も一緒!」
――。
「あー、でもこれ付けたらファンブさんとお揃いになっちゃうのか。それは嫌だなぁ」
――。
「……、ファンブさん? どうしたんですか」
6
俺の人生が上手く行ったことなんて一度もなかった。俺の人生の何もかもが、クリティカの下位互換だった。親父もお袋も、俺よりクリティカを愛していた。もう親の顔も思い出せない。親不孝な人間だと、自分でも思う。クリティカはきっと覚えているんだろう。
もはや猫なのか犬なのかもわからない死体が、泡立つヘドロの中で溶けていく。このまま、こいつがいた痕跡を一つ残らず溶かし消してくれるんだろう。本当に便利なゴミ箱だ。
ポケットからタバコを取り出し、火をつける。俺が殺したことはすぐにバレるだろう。そうなったら、俺もこのゴミ箱にぶち込まれる。
焦りは無かった。だって、もうこの世に執着するものが俺には無くなってしまったから。
煙を吸う。咳が出る。ヘドロの悪臭が目に染みる。
こんなにも、人生がうまくいかないのはなぜだろう。
「教えてくれよ、ドロロ」
壺の中を見ると、もう死体は消えていた。俺も、明日にはこうなるのだろう。それならば、いっそ自分でこのヘドロの中に……
「る ふぅるら くわがあぁ くぉあ」
音が聞こえた。誰かいるのかと辺りを見渡すが、自分以外に人はいない。
「ばらら ことてま すぉる……。……あ、あーあー、そうか太古の言葉はわからんか。おい小さい頭の種族、うるさいぞ。おかげですっかり目が覚めてしまった」
生き物の声ではない。ヘドロの泡立つ音がたまたま言葉に聞こえただけ、そんな印象を受ける音がファンブの耳に届いた。
「病気じゃないのか。……って、あれ。おい、他の信徒は? まさか、私が眠っている間に信徒はお前だけになってしまったのか?」
ヘドロが波打ち、壷を割った。叩き割ったわけではない。腐食し、ひび割れたのだ。あのオリハルコンの壷を。
ファンブが呆然とヘドロを見つめていると、壺が割れた音を聞きつけたのか数人の信徒が礼拝堂に駆けつけてきた。
「おい、どうし……わああ!?」
信徒たちは、床に広がったヘドロを見て皆一様に顔を真っ青にして驚いた。気づけば、ファンブの足や裾がドロロ=ドルフのヘドロに浸かっているが腐ることもなければ痛みもない。
「な、なにやってんだファンブ! お前、こんなことしてただじゃ……」
次の瞬間、ヘドロの塊が怒鳴った信徒の顔に飛びかかった。顔面が腐食し、信徒が倒れる。
それを見た他の信徒たちは、やれ化物だなんだと喚きながら散り散りに逃げていく。
「うるさい奴しかいないのか、ここは」
ドロロは不機嫌そうに言った。昔の教団はどうだっただの、どうでもいいことをくどくど呟いている。
「……妹が」
ファンブの口が開く。
「殺されたんだ」
周囲のヘドロが波打った。つまらなさそうに泡立ちブクブクと音を立てる。
「俺も死にたい」
そう呟くと、涙が溢れた。乾いたと思っていた涙が、ボロボロとこぼれて顔を濡らしドロロの上に落ちていく。
もう、なにもかもがどうでもよかった。もはや、ドロロが人を殺したことも信徒たちが喚いていることも、ファンブの関心をひくには至らない。
「わはは、頭の小さい種族は顔から水が出るんだな。水芸か。寝起き早々、うるさくて不愉快であったが、なるほどさすがは私の信徒だ。面白いものを見た」
ドロロが、ファンブの腰回りまでヘドロを登らせてくる。気にはならない。ドロロに溶かされるのも自分で首をくくるのも一緒だ。
「貴様は、私の熱心な信徒なのだなぁ。ふふん、気に入ったぞ。食うのは最後にしてやろう」
6畳ほどのヘドロ溜まりがが更に広がり、礼拝堂の床を埋め尽くすほどに増えていく。すでにヘドロは廊下にまで達していた。
「私は腹が減った。ふふ、なんだ。たくさんいるじゃないか。おっ、上に逃げたぞ。私の信徒なら大人しく私に食われろというのだ。まぁ、毎度のことだが」
ドロロが実況している。どうやら、他の信徒が逃げ惑っているらしい。
ヘドロの上に落ちていた耳飾りを拾う。それを左耳に付けた。
ファンブが歩き出す。
どうせ死ぬなら、最後にクリティカからの手紙を握って死にたかった。
7
ファンブが自分の部屋に着く頃には、ヘドロは胸の辺りまで上がってきていた。二段ベッドの上に置いておいたおかげで、手紙はまだ無事だった。
「なんだ、それは」
ドロロが言った。
「妹からの手紙」
返事の代わりか、少しばかりの泡立ち。
「よくできた妹なんだ。自慢の……妹……」
また涙が溢れてきた。今日はよく泣く日だ。
「字が、きれいで……俺と違って、良いやつなんだ……クリティカは……」
手紙を握った。きれいに折り畳まれていた手紙がくしゃくしゃになる。
「小さい頭の違いなぞ、どんぐりの背比べというやつだ。私には違いがわからん」
ふと、手紙を握る力が和らいだ。
ファンブとクリティカに違いはない。ドロロはそう言った。ドロロからしてみれば、言葉のとおりだろう。ヘドロの神様にとって人間なんてどれも大差無いのかもしれない。
「ドロロは、本当に神様なんだな。そんなこと、初めて言われたよ」
ヘドロまみれの手で、目尻を拭った。もう、ヘドロで汚れていないところのほうが少ないくらい、今のファンブはヘドロまみれだった。
「頭の小さい種族から見れば、神様みたいなものだろう。ふふん、もっと崇めると良いぞ」
ヘドロがせり上がってきた。ファンブの体を呑み込もうとしている。他の信徒たちは全部呑み込んでしまったのだろうか。
「う、ごぽっ」
口内にヘドロが流れ込んでくる。反射的に口を閉じようとするが、ヘドロに口をこじ開けられて閉じられない。
「貴様は立派な信徒だからな。苦しまぬように溺れ死んでから溶かしてやろうというのだ。私からの褒美だぞ。ありがたく受け取るといい」
ドロロの得意げな声が聞こえた。しかし、すぐに耳にヘドロが流れ込み何も聞こえなくなった。口に鼻、挙げ句の果てには涙腺までもヘドロに侵されていく。体内の空気を掻き出されながら、しかし息のできない苦しみにファンブはすでに慣れてしまっていた。普段の苦しい咳に比べたら、ずっと、ずっと安らかだった。
もう、何も見えず聞こえもしない。温いヘドロに包まれながら、ファンブは手紙を胸に抱きしめて離さなかった。
(来世があったら、今度は)
薄れゆく意識の中で、ファンブは思う。
(もっと立派なクリティカの兄になりたいな)
暗い闇の向こうに、ファンブはクリティカの姿を見ていた。
8
「それ、なんですか? たばこ?」
アンダーリアの隠れ城城下町。大通りから少し離れた場所に店を構える占い屋で、エルフの女が言った。
「この咥えてるやつか? 骨だ」
テーブルを隔てた向こう側に座る、占い屋の店主がさも何事もない風に言った。
「骨……。占いに使うとか?」
「違う」
「魔力が増強されるとか」
「そんな効果は無い」
「……おいしいとか?」
「味も無い。人のマネをしているだけだ。気にするな」
つっけんどんな返事を返す店主に飽きたのか、女はカバンを持ち立ち上がる。
「じゃ、ありがとございました〜。また占ってくださいね〜」
「金があって、なおかつ私の気分が乗ればな」
女が出ていったあと、店主はおもむろに立ち上がり部屋の窓を開けた。青々とした空が広がり、大通りから離れているというのに人通りが多い。
「腹が減ったな」
店主は、道行く人々を眺める。そして、ため息。
「まったく、二グラスがいなければこの街全部腹の中に収めてやるというのに!」
一人、文句を垂れる。
「私は、かのドロロ=ドルフだぞ! ……はぁ、虚しいな。ラーメンフクロウ、何匹か残っていたかな……」
ドロロ=ドルフと名乗った男は、文句を止めて部屋の奥へと戻っていく。
その男の両耳に付けられたガラスの耳飾りが、光を反射しきらきらと輝いていた。