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    花と修羅 東では、夜が更けると草木も眠るのだと聞いた。
     草木が眠る―――自分が生きていた時代、生きていた場所では考えられないことだ。
     自分にとって植物はそのまま森に直結する。天空に位置するものが太陽であろうが月であろうが、かの森にはいつだってなにかしらの気配があった。それは葉同士がこすれ合うものだったり、あるいは身を潜めるものの息遣いであったりした。草木が眠っているなど、とんでもない。自分が生きていた森はそのような密やかさなんて皆無で。仮に、草木にも眠る時があるのだとしたら彼らをたたき起こしていたのはほかならぬ自分だろう。
     そもそもの話、おだやかに眠るような草木の生える場所はあまりにも善良すぎる。少なからずとも自分にとって森は添うものであり、また強大な獲物を射殺すための狩り場でなくてはならない。そうでなくては、庭とは言えない。よって、そういった意味ではこの戦場もまた自分の庭には程遠い。
     整えられた花壇を見つめて、あらためて結論する。
     噴水を囲むように三方。それぞれにそれぞれの色を配置した花壇は園芸見本じみてうつくしい。むらさき、赤、黄色。自然界でもめずらしくない色合いのそれらは教養に欠けている目にも可憐に映る。これが青と黄色の混在であればそのあいだに〝目〟が生じるのだがそういった妖精のまじないではないようだ。それならそれで、実物がどういったものであるかは知らないが聖杯によってもたらされた予備知識と照らし合わせるに、学校という空間にはお似合いだろう。しかし中庭は学校の敷地であると同時に教会の前でもある。教会。宗教集団、ないし、それらが所有する宗教施設。自分が生きた時代にもすでに宗教は根付いていたし十字をかかげる家もあったように思う。
     悩める子羊を導く、父の家。自分に悩みらしい悩みは――マスターと壊滅的に相性がわるいことを除けば――たいしてなく、もっともこの教会に救いの手の持ち主などいやしない。牛耳っているのは神父でも牧師でも修道女でもなく準赤と最青の女ふたりだ。役割から察するにあれは導き手ではなく武器商人のほうが近しいと見た。
     それにしても、学校という建物は教会以上に無機物でいけない。家庭のあたたかさも城砦の堅牢さもない学び舎は静まればなお一層他人行儀で生気がない。
     正確に時間を計ったわけではない、それでも夜の帳はとうに落ちていた。聖杯戦争のルールに則ってか、塒として用意された個室から出歩く人影はない。マスターも、サーヴァントも、ついでに言えば生者の気配のない張りぼて共も姿を消している。アーチャーのクラスでもって、聖杯戦争の戦闘代行者として召喚されたのだから先方のルールにはしたがうべきなのだろう。だが自分はサーヴァントである以前に狩人だ。あかるい野原を堂々と行く騎士ではない。暗い森に息を潜める臆病者でしかない。
    「ええ、ええ。そうですとも。おれは臆病者ですからねえ」
     だれに聞かせるでもなく、しかし意図しておどけた調子で独り言つ。
     声に出したそれは真実だ。
     自分はひどい臆病者で、痛いのはいやだし疲れるのもいやだし死ぬなんてもってのほかだ。一度はちゃんと死んでいるし、分霊もおそらくは何度か死んで(正しくは座に還ってきて)いるようだがそれでも何度も死ぬのは御免被る。いのちあっての物種だろうに、死んで花実が咲くものか。だからこその奇襲にだまし討ち、破壊工作。卑劣と罵られて当然の所業ばかりを得手とした。むしろそちらが専売特許。格好のついた言い方をするなら正規の訓練を受けた大軍を相手に孤軍奮闘をするには手段など選んでいられなかった。というよりも。
     ―――手段にしろ。
     ―――標的にしろ。
     ―――選んで殺すことが、それほど上等なことなのか。
     とは言え、なにも無差別に殺すことを推奨しているのではない。英霊と成ってからも自分は町のすみっこに転がっている平穏を夢見る小心者なのだから。
     大体、数を撃てばどれかは当たるといった楽観思想では狩人はおろか射手も満足に務まらない。なにしろ射手は装置だ。獲物を確実に射殺すために、殺しの瞬間をひたすら待って構えつづけるシステムの一部あるいはそのものだ。装置として機能できないのでは話にもならない。同時に、山林を歩く者の心得としてあるのは何事も欲張らないこと。すなわち、必要の最低限度に留めることだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しというのは東のことばだったか。殺しすぎてはいけない。殺さなすぎてもいけない。多くの死体はその数の分だけ恐怖と憎悪を増長させる。よってこそ見せしめを目的とした悪辣な手段が有効にもなってくるわけで。その点については、我がマスターも重々承知している。承知の上で、疎んでいた。
     国家。宗教。個人の利益。なし崩し。己が利益のために他人を害する。かたちも見えない聖杯なんてものにはこれらすべてが絡みついていてなるほどこれは正しく戦争だ。
     では、その戦争において上官となった老人は正義のひとであってもどうやら善人ではないらしい。正攻法を尊びながらも工作が有効であることを知っている。かれが語る騎士道とやらには当たり前に綺麗ごとが子どもの宝箱かのごとくきらきらしいものが大なり小なり詰まっていて、そのくせ声には塗りに塗られて塗りつぶされたもののせいでかえって苦々しく聞こえるものだ。
     他人に対してかくあるべしと諭す人間のなかみはふたつ。自分自身がそういう生き物であるときと、自分自身がそうありたい生き物であるときだ。果たしてマスターがそのどちらかなんて知ったこっちゃない。
     戦争と言えば、自分の故国には戦争と恋愛は何をしても正当、なんてことわざがあるそうだ。なんとも物騒な話。
     たしかに同郷のサーヴァントらはどいつもこいつも世界的に有名だわ相応に過激だわで個人的にはできれば遠巻きにしておきたい連中だ。そのような英霊ばかりが生まれたのだから思考が物騒であるのもさもありなん。もちろん自分は除外する。英雄でもない田舎者の名前なんぞ、どこにも残っていないほうが歴史的には平和なのだし、自分にはあまい顔で笑いかけたくらいでころっといってくれる町娘で十分だ。なにをしてでもお近づきになりたい、たとえばアイドルとかいう生き物はこちらから遠慮したい案件だ。
    「いやあ、できれば会いたくねえな。うん。絶対にごめんだわ」
     思い浮かんだ同郷の有名どころ/ついでにアイドルを生業とする何某さんにぶるぶるする肩を抱きしめる。
     聖杯戦争の名のとおり、これは聖杯獲得を目的とするのだから聖杯探索の代名詞である同郷の英霊たちが召喚に応じないとは考えにくい。戦いはトーナメント形式だ、幾重も勝ち抜いていけばいずれかち合う羽目になるのは分かり切っているが叶うかぎり顔を合わせたくない。いるかどうかもわからない、顔も知らないサーヴァントを敬遠するというのはわれながら愉快な思考の迷走だ。ご苦労なことで、皮肉な笑みも浮かぼうというものだった。だれに宛てたものかは、自分でも不明。
    「ま、どこのどいつが相手だろうとぶっ殺すだけだけどな」
     いくらマスターが騎士道を語ろうとも結局のところするべきことは変わらない。なにせ、自分をアーチャーとしてこの戦争に招いたのはマスターなのだ。口ではなにをどのように言ってみせようが要は殺しについてのことで、自分はかれの用いる飛び道具に過ぎない。なるほど、そう考えてみれば言うことを聞かない道具はがらくたも同然か。けれどもまあそこはそれ、自分みたいなのを召喚してしまったおのれの運がわるかったと思ってもらおう。同様に、あのようなマスターに呼ばれてしまったこちらもまた手前の運のなさを呪っておくことにする。ひと目見たときから反りが合わないだろうことはわかっていた。
     さて、としゃがんでいた体勢からひざを伸ばす。
     臆病者の嗜みとして対サーヴァント及び対マスター警戒は常におこなっている。〈顔の無い王〉は展開中。しかし自分の探査に引っかからない規格外がいてもおかしくないのが聖杯戦争だ。自分と同じ手合いがいないとはかぎらない。マスターに黙って工房から抜け出してきているのもあって、そろそろ戻っておいたほうが吉だ。またぐちぐちと説教されては堪ったものではない。年寄り――成立はどうであれ、あちらは髭面の爺、こちらは若々しい青年。物を言うのはいつだって外見年齢だ――は話が長くて困る。
     ふ、と強い風が吹いたように花がざわついた。正しくは風が吹いたのだと目で認識した。重たい頭を振るように揺れる花の群れをたしかに見たのに、自分の皮膚感覚にはなんの訴えもなかった。それは宝具の作用ではなく、花と自分では異なる世界法則下に置かれているからと推測する。
     不意に、自分と同じようにこの花壇を見ていた老人の背中を思い出す。自分が召喚される前からの日課(日課! こんな非日常じみた空間において陽だまり模様の日課をこなすなんてたとえ自分の頭のなかの想像だとしても頭がおかしい)のように、たとえばこの教会を訪れる前後でマスターは花壇を眺めていた。―――花には決して触れないでいた。
     だからではないが、自分もまたこの花は触れるものではないと思う。それについてはマスターに同意できた。これは善悪よりも可不可の問題。
     咲くことも枯れることもない書割の花ばなは、きっと終戦の日にも今日と同じく特別な風に揺れるのだろう。




    *やよい Link Message Mute
    2018/10/23 13:50:17

    花と修羅

    緑衣のアーチャー中心アンソロジー「the ballad of Corolla」寄稿
    http://maaindiish.wixsite.com/ryokutyaansr

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    • 日曜日の死者、それからささやかなる幸せと乾杯2017年SCC発行のコピー本でした。
      某コンビニのあん食パンはおいしいです。
      あと某モノレール始発駅のアイリッシュパブは最高です。

      #降谷零  #赤井秀一  #再録
      *やよい
    • 36ショートショート #ポアロ組  #あむあず  #バボあず  #ふるあず  #秀明  #赤明  #大明

      四年前の話
      恋愛準備指南
      曇りのち晴れ、もしくは雨
      ハートが返らない
      そういう男なんです
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      かどのないテーブル
      (無題ドキュメント)
      飲み物はホットショコラで
      (無題ドキュメント)
      いただきますのその前に
      【 あ 】
      (無題ドキュメント)
      手をつかう
      (無題ドキュメント)
      群青色とプラムカラー
      (無題ドキュメント)
      わたしの頭の中の消しゴム
      いつからか。最初からか。
      あなたは私の好きな人
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      くちばしのない鳥
      将来の夢
      誰がためのご機嫌伺い ロールケーキの変
      (無題ドキュメント)
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      (無題ドキュメント)
      正夢を離れて
      誰がためのメモリアル ドーナツの変
      ポアロの賄いちゃん アラビアータチャレンジ
      *やよい
    • 27幼馴染ふたりとその恋人アポトキシン的なサムシングで体が縮んでたりするパラレルストーリーだったり、某法医学ドラマとクロスオーバーしてたり
      要は降谷くんと明美さんと赤井さんの周辺です
      #宮野明美 #降谷零 #バーボン #赤井秀一 #灰原哀 #秀明
      *やよい
    • 4ショートショート #赤安 #安赤*やよい
    • FUTURE is like a cup of tea士凛アンソロ「BOY MEETS GIRL!」再録
      http://bmg.client.jp/main.html
      *やよい
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