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    漆月拾玖日参・伍
    今でもはっきり覚えている、幼少時の記憶がある。

    当時からうちは母子家庭だった。
    母さんは自営業で比較的時間の融通が利くから、僕はその頃から家にいることが多かったけれど、それでもやはり忙しい時はあったようで、一時的に託児所へ預けられることも度々あった。
    僕は別段、寂しさや怒りを感じることもなかった。幼心にもその行動の意味は理解していたつもりだったから。
    託児所の先生からは、物分かりの良い子だと評価されていたらしい。

    とはいえ、1日以上離れなければならないともなれば、話は違ってくる。
    普段利用していた託児所では日を跨いでの対応はしていなかったし、だからと言って未就学児をひとり家に置いていくわけにもいかない。
    母さんは気丈な女性で、できる限りのことは自分で解決するような人だけど、どうしてもという時に人に頼ることもまた上手な人だ。
    そんなわけで、やむを得ない事情により、僕は数日間、伯父さんの家にお世話になることになった。


    伯父さんの家は代々、とある町の寺の住職を勤めていて、そこには数珠丸という名の、僕より年上のひとり息子がいる。
    初対面だったけど、僕たちはその日にすぐに打ち解けた。
    何か通じるものがあったんだろう、と今なら思う。
    僕もひとりっ子だし、彼もまた落ち着きのある人だ。
    これは今でもそうなんだけど、僕は自然と彼のことを「数珠丸にいさん」と呼ぶようになっていた。

    そして、あの時の僕にはもうひとつ、大きな出会いがあった。
    日にちもはっきり覚えている。
    7月19日。伯父さんの家に滞在して3日目のことだった。


    近所の神社でお祭りがあるというので、数珠丸にいさんに連れられてやって来たはいいけれど、その会場で彼とはぐれてしまった。
    町や神社の規模から考えると意外なほど大きなお祭りらしく、参道や境内の屋台の並ぶ付近にはそれなりに人混みができていた。というのもある。
    だが、決定打は間違いなく別のものだった。
    歩く途中でいくつか見かけた、灰色の砂のような、靄のようなもの。
    何となくでもあの時の僕には分かっていた。
    あれは多分、普通には“見えない”ものだと。

    僕はいわゆる、生まれつき“見えた”り“聞こえた”りする人間だ。
    幸い、母さんはその方向にある程度は理解がある人だった。
    まあ、近しい親戚に住職がいるくらいだし、その手の話は多少なりとも聞いていたのかもしれない(物心付く前から、何もないはずの空に向かって、何かを目で追うように見つめていたことがある…というのは、更に後になって母さんから聞いた話だ)
    ただ、それと同時に現実的な人でもあったから、理解のない人に知られたら不利益を被るかもしれないことを教えてくれたし、僕もその教えをすんなりと受け入れて、他の人に安易に打ち明けることはしなかった。
    でも、伯父さんの家に来た僕は新たな発見をしたんだ。
    同じような人は案外身近にいる、ということを。
    実は数珠丸にいさんも、そういったものを認識できる感覚の持ち主らしい。
    僕ほどはっきり、というわけではなく、気配が感じ取れるくらいだそうだけど。
    だいぶ年が離れているにもかかわらず、僕たちが互いに親近感を覚えたのは、ひとりっ子同士というだけじゃ決してなかったのだろう。

    閑話休題。
    だから、僕は多くの人には見えない色々をしばしば目撃していたけど、“それ”は今まで見たことがなくて、純粋な興味からしばらく立ち止まって眺めていたんだ。
    カーブミラーの下にある、蹲ったような灰色の陰を。
    そしたら、いつの間にか数珠丸にいさんの姿が見えなくなっていた。

    幼い子供にとって、馴染みの薄い土地での迷子というのはさぞかし心細いものだろう。
    でも、肝心の当時の僕はさほど慌てても、怖さを感じてもいなかった。
    もし迷子になったらあまり無闇に動かない方がいい、と母さんも言っていたことがあるし、いざとなれば歩いて帰れると思っていたからだ。
    母さんの忠告通りその場に留まって、自分なりに考えた結果、誰か神社に関わる人に助けてもらおうという結論に至った。
    お寺に伯父さんや数珠丸にいさん以外にも人がいたことを思い出して、きっと神社にも人がいるに違いない、と幼いながらに判断してのことだった。

    お寺でも、大体の場合、人がいるのは建物の方だとはぼんやりと理解していた。
    境内を進んでいく間も、不思議と不安は無く、むしろ心地良さすら感じていたのが今でも不思議だ。
    清浄な空気とは、きっとああいうのを言うんだろう。
    僕が拝殿らしき建物に辿り着いた時には、まるで狙ったかのように人がいなかった。
    ――ただひとりを除いては。
    「おや。幼子がこんなところにひとりとは、珍しいね」
    近付いてきたのは、聞くものを無条件に安堵させるような、柔和な声だった。
    この人なら大丈夫だ、と僕に直感的に思わせてしまうほどに。
    「…はぐれてしまったんだ。にいさんといっしょにきていたんだけど」
    事情を話すと、その人は僕の目線に合わせるようにしゃがみ、小さく首を傾げた。
    切り揃えられているかと思えばちょっと違う前髪が、はらりと動いた。
    「その割には落ち着いているね。君くらいの子で、迷子になってここまで落ち着きのある子は珍しいよ」
    「それ、ほかのひとにもいわれたことあるけど。そんなにめずらしい?」
    事実だったし、偽りのない本音だった。
    「ふむ、私の感じた印象も間違ってはいないわけだ。将来有望だねえ」
    何を考えていたかは分からなかったけど、彼はうんうんとひとり頷いて、じっと僕の目を見据えてきた。
    お日様が昇る少し前の、きれいな空の色をしているな。と思った。
    「お兄さんが探している可能性を考えると、しばらくは社務所か、本殿の近くで待っていた方がいいかもしれないね。お兄さんはどんな人なのかな?」
    いくら知っている人でも、どんな人か、と聞かれてとっさに的確に説明するのは難しいものだ。
    けれど、僕が数珠丸にいさんの姿を思い浮かべ、特徴を言葉に変換するまでの間も、彼の瞳が僕から逸らされることはなかった。
    「かみがとてもながくて――めがぱっちりあいてないひと。じゅずまるっていうなまえなんだ」
    「じゅずまる?…ああ、ひょっとしてあのお寺の数珠丸さんかい?」
    「しってるの?」
    「あそこには昔から、色々とお世話になっているからね。君はもしかしてあのお寺の子なのかな?」
    同じ町の神社と寺であれば、つながりがあっても何らおかしくはないだろう。
    ただ、あの頃の僕はそのことを知らなかったから、素直にびっくりした。
    「ぼくはおてらのこじゃないよ。でもちょっとだけいるんだ」
    そのせいもあって、その時の自分の状況を、あまり上手くは説明できなかった。
    だから、どう受け取られたのかは分からない。
    彼はただ静かに「なるほど」と返しただけだった。
    「数珠丸さんのことは私も知っているから、見つけられればすぐに分かるよ。もし見つからなかったとしても、お寺まで送り届けて差し上げよう。だから、安心してここにいなさい」
    この時、僕は初めて知った。
    こういう事態の時に出会った初対面の人が、自分に近しい人と知り合いであると知ると、安心感が段違いなのだと。
    「うん」
    僕の返事を聞いてから立ち上がった彼だったが、あっ、と何かを思い出したような顔をして、慌ててもう一度中腰になった。
    「すまない、申し遅れたね。私は石切丸という。よければ君の名前も教えてくれないかな」
    「あおえだよ」
    「あおえくん、か。良い名前だね」
    いしきりまる。ちょっと変な名前だなと思った。――まあ、僕の名前も大概だとは思うけれど。
    ただ、変わった名前だったからこそ、すぐに覚えられて印象に残った、というのもある。
    「いしきりまるさん、ありがとう」
    一礼と共に感謝の念を述べると、彼はいっそう笑みを深めた。
    「どういたしまして。いくら大人びているとはいえ、迷子を放っておくわけにはいかないからね」

    彼はその見た目や声からの印象に違わず、ゆったりと話をしてくれた。
    例えば、神社とは神様を祀る場所であるということ。日本にはたくさんの神様がいるということ。
    中には当時の僕には難しくて理解できない内容もあったけれど、彼の話をただ聞いているだけで心が落ち着いた。
    「いしきりまるさんはいろんなことをしってるね」
    「私はこの神社の関係者だからね。これでも、この辺りのことには詳しいつもりだよ」
    突然、彼の双眸が細められる。
    にこにこしていたはずの彼が、少しだけ怖いと感じた。
    そして、次の瞬間、僕は確信した。その直感は正しかったのだ、ということを。
    「――“ああ”いうものにも、ね」
    数珠丸にいさんがするような、丁寧な指し示し方だった。
    「君には、“彼ら”が見えているんだね」
    トーンこそ変わらなかったものの、ほとんど断定していると言っていい口調だった。
    確かにこの時の僕は、彼の話を聞いている間も、不自然に思われない程度にちらちらと“あれ”を見ていた。
    優雅に揃えられた彼の指の先、白く大ぶりな花の根元にあるもの。
    数珠丸にいさんとはぐれる直前に見かけたものは、もう少し小ぶりだった気がする。
    しかし、彼がそれに気付いているということは。
    「…いしきりまるさんにも、みえるの?」
    彼は躊躇なく「見えるよ」と肯定した。
    「見えるだけではなく、音も聞こえるね」
    「じゃあ、あれのおとも?」
    根拠はなかったけれど、僕には“あれ”が発しているものだとなぜか分かっていた。
    やや離れた場所から聞こえる楽音に合わせるかのような“あれ”の音が、耳に届いてきていた。
    「ああ、かすかに音がしているね。何と言うか――言葉にならない、囁き声のような音だ。歌っているようでもある」
    言われてみれば、確かにそんな音だった。
    やはり彼には“見えて”いるし、“聞こえて”もいるらしい。
    「“あれ”は、いつもいるの?」
    そのことを理解した瞬間、僕の口はますます軽くなってしまった。
    そんな人に――自分と同じくらい感じ取れる人に、会ったのは初めてだったからだ。
    「いつもはそうでもないのだけれどね。今日はお祭りの日だから、いつもより多いんだよ」
    「おまつりのひにはおおい?」
    「祭りというのはね、こちらの世と、あちらの世の境が曖昧になる時なんだ。だから、君や私には見えるああいうものたちが、私たちの近くにやって来やすくなるし、私たちもあちらへ行きやすくなるんだよ。時々、それに巻き込まれてしまう人がいたりもするのだけれど――」
    彼は僕の方へ視線を戻し、目を閉じたが、1秒と経たないうちに瞼を上げた。
    「君はどうやら、霊力も普通の子より強いようだね」
    「れいりょく?」
    初めて聞く言葉だった。
    今なら何となく言葉としての意味は知っているけれど、それでもよく分からない。
    ましてその時は、本当に謎の言葉だった。
    僕が頭に疑問符を浮かべているのを察したのか、彼は殊更温和な口調で話してくれた。
    「人と同じように、君が見たり聞いたりしているものの中にも、人に悪いことをするようなものがいる。それは知っているかな」
    「うん。じゅずまるにいさんからきいたことがあるよ」
    「君はそうしたものから、悪さをされにくい体質なんだよ」
    「わるさをされにくい?」
    「だから、明らかに悪いものは、そう易々と君には近寄れないだろうけれど――そうでないものほど、気を付けた方がいいかもしれないね。自分のことを分かってくれるというだけで、君と仲良くなろうとするものは多いだろうから」
    「それって、だめなこと?」
    純粋な疑問だった。
    あの頃から、僕にとってはとても身近な存在だったから。
    「…え?」
    僕の質問に驚いた様子を見せた彼に、この人も驚くことがあるんだなあ、と妙な納得をしたのを覚えている。
    「なかよくするのは、だめなことなの?」
    もう一度尋ねると、彼の目がぱちぱちと瞬き、少しだけ考える素振りを見せた。
    でもすぐさま、緩やかに、しかし明確に首を振った。
    「いや、駄目なことではないよ。むしろ良い心がけだ。けれど、“彼ら”が良かれと思ってやったことが、君にとっても良いこととは限らないからね」
    日が落ちきってしまう直前の、暗い赤と青の混じる空が彼の顔に陰を作っていて、その声も、心なしか深みが増したように聞こえた。
    「先ほども言ったように、この時期は私たちもあちらへ近付きやすくなる。特に気を付けなければいけないよ」
    本当に気を付けなければ、と頭に過ったのは、もはや本能的な理解と言ってもよかったのかもしれない。
    わかったよ、と僕が返答する前に、彼は自らの懐を探り、何かを取り出した。
    「これを持っておくといい」
    その指から下がっていたのは、当時の僕が知ったばかりのものだった。
    「おまもり?」
    「私がそばにいればお祓いや祈祷などで何とかして差し上げられるのだけれど…そういうわけにもいかないからね」
    確かに、そばにいてくれたらきっと心強いだろうな、とは思った。
    でも、幸か不幸か、それが今は叶わないであろうことを察するくらいには、僕はすでに分別がついていた。
    「もし何か怖いことがあっても、これがあれば大丈夫だよ」
    手を出してごらん、と言われるままに開いた手の平に、お守りがそっと乗せられた。
    僕がお寺で見たものよりは小さかったけれど、白地に金糸が細かく編み合わされているのが美しかった。
    「ありがとう。だいじにするよ」
    お守りの触れたところがあたたかい、とすら感じた。


    あの後、数珠丸にいさんとは無事に合流できた。
    それから石切丸さん(漢字でどう書くのかは随分後で知った)は、「いっしょにいこうよ」という僕のお誘いと数珠丸にいさんの説得により、僕たちと一緒になったんだ。
    お祭りの中での行動でね。あまり長い時間ではなかったけれど。
    数珠丸にいさんよりも背の高い彼と並んで、時々彼とまた話をして。
    少しの間だけ、手を引かれたりもした。
    その時に、確かに感じたんだ。
    ぼく、このひとがすきだなあ。――って。

    ちなみに、お守りのことは、実は数珠丸にいさんにも話していない。
    何となく、本当に何となくだけど、誰にも話してはいけない気がしたから。
    まあ、彼のことだから、何となく察している気もするんだけどね。

    僕は、とても恵まれた環境にいると思う。
    母さんがひとり家計を切り盛りしている中で、こうして中高一貫校に通わせてもらっているのだから。
    もちろん、母さんがその手腕をいかんなく発揮して、僕のために多くのエネルギーを注いでくれたというのもある。
    その上で、親戚の理解や援助も大きかった。
    あの一時的な滞在をきっかけに、伯父さんは僕のことを大層気に入ってくれたらしく、学校に通うために住んでもいいとまで言ってもらえたのだ。
    そんなわけで、中学入学と同時に、僕は再び、伯父さんと数珠丸にいさんのいる家に居候することになった。


    この町に数日間だけいて、しばらく離れて、またやって来た。
    その経験から、分かったことがある。
    お祭りの日に見かけた、謎のもの。
    “あれ”はやはりこの町でしか見かけない、ということだ。
    例えば、今もそこ――うっすらと陰るカーブミラーの裏側にある、砂のような、灰のようなもの。
    凝り固まっているようで、でも時折、ごくわずかにだけど、さらりと流れていることもある。
    この数年間でまた色々なことを知ってしまったから、迂闊に触る気にはなれないけれど、やっぱり気にはなっていた。
    数えながら歩いていると、やがて、鳥居が姿を現した。

    母さんは、僕が私立中学校に通いたいと望むほどに、勉学に積極的なことを喜んでくれていた。
    確かに、それも嘘じゃない。
    僕を支えてくれる人たちに何か恩返しをするためにも、多くのことを学びたいという気持ちは、本物だ。
    でも多分、違うんだ。一番の理由かと言われると。
    あれはおそらく、今までの人生で最大のわがままだった。
    そして、そのわがままの理由が、ここにある。

    例の神社がどうかは不明だが、社務所は17時までのところが多いと聞いていたから、その時間に間に合うように向かっていた。
    別の日に出直すか、もしくはもっと早い時期に行ってもよかったんだろうけど、せっかくならやっぱりこの日――初対面の日と同じ日に、また会えればいいと思っていた。
    先ほど通った公園の時計の時刻からして、まだなんとか時間はあるはずだ。
    そう思って鳥居を潜り、まず辿り着いた社務所をやや離れたところから覗いてみたら、確かに人はいたが、肝心の彼がいそうな様子はなかった。
    誰かに聞いてみようか、とも思ったが、その直後に心当たりを思い出し、もしかしたら、とそちらへ足を向けた。

    本殿の近くで人影を見つけた瞬間、僕は無意識に小走りになっていた。
    その後ろ姿が、あまりにも――僕の記憶と寸分違わぬ形をしていたから。
    記憶よりは幾分小さく見えたけど、それはきっと僕の方が大きくなったからだろう。
    気付いていないのか、まだこちらを向く気配は無い。
    やっぱり少し躊躇いはあったけれど、ひとつ深呼吸をして、声をかけた。
    「お久しぶり、石切丸さん」
    名を呼ばれ、振り返った切れ長の目が、一拍の間を置いて見開かれる。
    僕のこと、覚えてる?
    そう訊こうとする前に、ぽつりと彼が声を漏らした。
    「――青江くん?」
    今度は僕が目を丸くする番だった。


    「では進学を機に、こちらへやって来たのだね」
    「お言葉に甘えて、ってやつかなあ。また伯父さんの家にお世話になっているんだ」
    久しぶりで、連絡も無しにいきなり訪れたにもかかわらず、彼は快く僕の話を聞いてくれた。
    さすがに会わなかった期間の全てを伝えるわけにはいかないから、ひとまず、再びこの町に来ることになった経緯をかいつまんで話した。
    「それにしても、よく分かったねえ。僕が小さい頃に一度会っただけなのに」
    神社には、日々たくさんの人が訪れるはずだ。子供だって数え切れないほどに見てきているだろう。
    普通の参拝者より多少は長く彼といたとはいえ、まさか僕から明かす前に気付かれるとは思っていなくて、完全に虚を突かれた気分だった。
    そんな僕の心情を汲み取ったのか、彼はどこか楽しげに答えた。
    「あれほど印象に残る子どもは、私も初めてだったからね。迷子でもあんなに落ち着いていて、しっかりしていて、」
    「見えたり聞こえたりもして、って?」
    口元がにやりと上がったのは、無意識のことだった。
    あれから以来、石切丸さんほど“見えた”り“聞こえた”りしている人には出会えていない。
    そういう意味でも、彼は僕にとってはいっとう印象的な人になっていた。
    石切丸さんは僕の反応に一瞬だけ意外そうに瞬きをしたが、くすくすと笑ってくれた。
    「その様子だと、今でも能力は失っていないようだね」
    「おかげさまで、いい感じだよ。君がくれたお守りも、まだ出番は来ていないしね」
    その証拠として、制服の胸ポケットから件のお守りを取り出して彼に見せた。
    文字はすっかり擦れ、色も随分と褪せてしまったものの、何とも言えない心地の良いあたたかさを感じるのは、もらった時のままだ。
    「それは何よりだ。まだ霊力も残っているね」
    「ああ、やっぱりこれもそうなんだね。僕に言っていた霊力とは別物なのかい?」
    「これは言わば…そうだな、私の霊力と言っていいかな。けれど、君の持っているものと根本的には同じものだよ」
    「ふぅん…あの時君が言っていたことも、今なら分かる気がするよ。少しだけだけど」
    内容を全て理解できたわけじゃないし、今でも不明なことだってある。
    僕と彼の霊力が根本的には同じ、なんていうのも正直、分かっていない。
    ただ、彼がどんなことを言っていたのかは、未だに自分でも驚くくらい覚えていた。
    「ううん…あの時私は何を話したのだったかな」
    でも、どうやら彼は違ったらしい。
    「覚えていないのかい」
    「何せ、もう――ええと、今君が中学1年生だから、7年か。それくらい前のことだからね。君のことははっきり覚えていたけれど、そういった細かいところまではさすがに記憶が曖昧だよ」
    「つれないなあ。まあでも、そういうのって案外覚えていないものだよね。言った方は特に」
    良いことにしても、悪いことにしても、覚えているのは大体やった方ではなく、やられた方だ。
    …まあ、全く寂しくないわけじゃなかったけれど。
    そもそも、僕のことを覚えてくれていた時点ですごいことじゃないか。
    そう自分に言い聞かせながら、言葉を続ける。
    「それならさ、もう一度話してくれないかい」
    「何をだい?」
    「確か、この神社だったか、町だったかに残る言い伝え。あの時はよく分からなかったから」
    7年前、神社や神様のことだけでなく、この町のことも聞いた記憶がある。
    その内容が、何と言うか、奇怪さを感じるものだったから、印象には残っていても、当時の僕にはほとんど理解できなかったのだ。
    「ああ、そうだった。そんな話もしていたねえ」
    のんびりと呟いた彼は、ほとんどそのままの口調で、あたかも5歳の時の僕に聞かせるような声で語った。
    「ここはね、戦場になったことがあるそうだよ」
    「ああ、戦場。そういうことだったんだねえ」
    つまりは、戦いが起こった場所、ということだったのか。
    その掴みが分かれば、その先も把握できるかもしれない。
    「それで、どんな戦があったんだい」
    「それがね、よく分かっていないんだ」
    「…え?」
    前言撤回。
    まさか余計に意味不明になってしまうとは。
    「どの時代の、どんな人たちがどんな理由で争った戦なのか、何ひとつ分からない。ただ、戦場になったことがあるという内容と、その戦があったとされる日に催される祭りだけが、この町の共通認識として残されている」
    ああ、ますますぐちゃぐちゃになってしまったよ。頭の中がね。
    「戦場になったことがある」というのが町中に知られているのに、その証拠が何ひとつ無く、ただそれにまつわるお祭りは開催されている…?
    「…やっぱりよく分からないなあ。今聞いても」
    厳密に言うと、彼の言っていることは理解できる。ただ、“なぜ”なのかが、分からなかった。
    「それは、私も――昔からこの町にいるはずの人たちも、同じだよ」
    「でも、それが当たり前として受け入れられているんだろう?それって、へたな作り話よりよっぽど奇妙じゃないか」
    「そうだね。仮に戦場になったことが作り話だとしても、その作り話よりも奇妙な事実がこの町にはあるようだ」
    昔からこの町にいる人にとっては、全く不思議には思わないことのようだった。
    いや、だが、石切丸さんも“奇妙”だとは評していた。
    少なくとも彼にとっては、そうは感じていても、「まあ、それもいいんじゃないかな」くらいの感覚だったのかもしれない。
    とはいえ、僕にとってはかなりの疑問だった。
    そして、何より、彼ともっと話したいと思うきっかけでもあった。
    彼はきっと、まだまだ僕の知らない世界を教えてくれるに違いない。と実感させられたから。
    「ねえ、石切丸さん」
    だから僕はまたひとつ、人生の中でも大きなわがままを言った。
    「僕、高校まではこっちにいると思うから。また、来てもいいかな。――その、もっと色んな話も聞きたいからさ」
    石切丸さんは大きく首肯して、ふわり、という擬音が似合いそうな微笑みを浮かべた。
    僕の語尾が消えてしまったにもかかわらず、それすらも受け止めてくれるような表情だった。
    「私でよければ、いつでもおいで」
    口にこそしなかったけれど、「石切丸さんだからいいのになあ」という思いは、至って自然に湧き上がってきた。
    だからせめて、「じゃあ、これからもよろしくお願いします」と、今までにしたことがないくらい丁寧に、お辞儀をした。

    頭を上げた瞬間、視界に飛び込んできた入道雲は、人型の成り損ないのような、何とも例えがたい形をしていた。

    中学に通い始めて、1年と少しが過ぎて。
    生徒とも先生とも、大体は付かず離れずの付き合いを続けていた。
    別に人が嫌いだとか、誰かと話すのが苦手だとかいうわけじゃない。
    ただ、必要以上に関わる気にはあまりなれなかった。まあ、この“能力”のこともあるしね。
    そんな僕にも、何の縁か、友だちと言って差し支えないような人ができた。


    僕は今、その彼と待ち合わせをしている。
    元々用事を済ませてから来る、という話は聞いていたから、ひとりで動き始めてしまってもいいのかもしれないが、多分、大人しく集合場所で待っていた方が確実だ。
    彼はあまり、文明の利器を使うのが得意ではないようだから。
    「もうすぐ着く」と簡潔なメッセージが届いたのを確認して、携帯端末をしまう。
    集合場所は、僕にとってもお馴染みの場所だ。
    ここのお祭りというなら、やはり中心となっている神社が一番分かりやすいだろうし、その割にここの近くは人が少なめだからね。
    それに、他にもいいことが起こるかもしれないし。
    「やあ、青江くん」
    ほら、こんな風に。
    「今日は、私の話し相手になってくれるだけではなさそうだけれど、何をしているのかな?」
    箒の柄の隣にある石切丸さんの顔は、相変わらず温厚だ。
    お祭りの日のこんな時間に掃除をするなんて変わっているけれど、石切丸さんは割とこういうところがある。
    これは、彼と過ごす時間が増えたからこそ知ったことだった。
    「人を待っているんだ。一緒に回ると約束したからね」
    「ご友人かい?」
    「まあ、友だち、って言ってもいいかな。なかなか面白い人だよ」
    やがて、ひとつの下駄の音が、僕たちの方へ近付いてきた。
    一房だけ特徴のある跳ね方をした、ふんわりとした紫の髪が微妙に揺れながらやって来る。
    僕はそこまで詳しくはないけれど、彼が着ているのはおそらく量産品の浴衣ではなく、本格的な着物だろう。
    「すまない、待たせてしまっただろうか」
    「気にすることはないよ。誘ったのは僕の方だしね。お楽しみはこれからだろう?」
    「その様子だと待ちくたびれてはいないようだね。心配して損したよ」
    軽口の代わりに短く溜め息をついた彼が、石切丸さんに気付くや否や、じり、とほんのわずか距離を取ったのがばっちり視界に入ってしまった。
    そうだった。彼、人見知りの気があるんだった。
    「ああ、そうだ。君にも紹介しておかないとねえ。彼は石切丸さん。この神社の関係者だよ。昔、ちょっと色々あってね」
    「色々…?」
    胡乱げな声で返された。
    これは明らかに怪訝に思われていたやつだったんだろう。
    普段は別段気にしないのに、彼とのことに関しては――正直、勘違いされるのは嫌だな、と感じてしまった。自分でこんな言い方をしておいて何だけどね。
    「色々、というほどのことかは分からないけれど。彼が幼い頃、この神社で迷子になっていたのを見つけてね」
    だから訂正を入れようと口を開こうとして、石切丸さんに先を越された。
    「ご親族と合流するまでの間、付き添って差し上げたんだ。その後彼はしばらくこの町を離れていたのだけれど、中学生になってから再びやって来て、時折こうして私と話をしてくれるようになったんだよ」
    「ああ。そういうことか…全く、君のその誤解を招きかねない言い方はどうにかならないのかい」
    そんな目で見られても、ならないもんはならないねえ。残念ながら。
    とはいえ、こうしたやり取りは出会ってしばらくの間何度となく繰り返したから、僕も突っ込むつもりはないし、彼だって今更続けるつもりはないだろう。
    言わば、僕たちの間の挨拶のようなものだった。
    「で、石切丸さん。見れば分かると思うけど、彼がその人だよ。歌仙って言うんだ」
    そこから進めそうにない歌仙の代わりに、彼のことを軽く紹介してあげると、石切丸さんは笑みを崩すことなく彼の方を向いた。
    「君が青江くんの言っていた友人だね」
    本当に、彼のこの顔は何なんだろうねえ。
    人をこんなに安心させるなんて、かえって恐ろしいくらいだよ。
    しかも、この直後、彼が恐ろしいのはこれだけじゃなかったと思い知ることになろうとは。
    「私はこう見えて、あまりそちらには明るくないのだけれどね。その私が見ても分かるくらい、誂えの良い着物だ。それに、立ち振舞いを見る限り、普段から着慣れているようだね。君も、君の親御さんも、和服に造詣が深いと見える」
    歌仙が小さく目を見開いた。
    「…ありがとうございます」
    先ほどとは一転して、はにかむように笑う彼はどこか嬉しそうだ。
    「うちは小さいですが料亭をやっていて、着物には少々、こだわりがあるので。僕もその影響を受けているんです」
    一見で彼のこだわりを見抜いた上に、着物を着ているという共通点として結び付け、さらに彼のことだけでなく彼の親までさり気なく褒め、会話のきっかけを引き出す。
    その話術のテクニックは、今思い出しても舌を巻く。
    さすが、神社で多くの人々と触れ合ってきただけのことはあるよねえ。
    「ええと…石切丸殿、ですよね」
    おかげで歌仙も上手く流れに乗れたようで、するりと言葉を続ける。
    よく見ると絶妙に目が合ってなかったんだけど、彼にしては頑張っていた方だろう。
    「いつも青江がお世話になっているようで――ああ、僕は歌仙と申します。何と言うか…不本意ながら、彼のストッパー、のような立ち位置になっています」
    「ええ…どういう紹介だいそれ」
    至って真面目に言っているらしい彼に思わず突っ込んだら、石切丸さんに声を上げて笑われてしまった。
    「ふたりとも、良い友人を持ったものだね。私から言うのも何だけれど、青江くんをよろしく頼むよ」
    一方の歌仙は一瞬動きを止めたが、すぐに眉尻を下げ、口元を手で隠しながら細かく肩を震わせ始めた。
    「おや、何かおかしなことを言っただろうか」
    「いえ、そういうわけでなく…その言葉、数珠丸殿にも言われたもので」
    「ああ。確かに彼なら言いそうだね」
    ふたりしてくすくすと楽しそうにしていて、すっかり打ち解けたようで何よりだけど、僕個人としてはどこか腑に落ちない。
    「…僕は君たちにどう思われているんだろう」
    「心当たりがあるなら、少しは言動を改めることだね」
    歌仙が僕に、じと、とした目を向けたのが面白かったのか、石切丸さんはまた小さく笑っていた。

    この時の僕は情けない顔をしていた気がするけど、それは歌仙からの指摘が理由じゃなかった。
    僕のことで石切丸さんが笑うと、むず痒いような感覚になってしまっていたんだ。
    当時の僕には、まだその理由は分からなかったけれどね。
    参・伍
    「それで、ここからはどう行くつもりなんだい」
    祭りを巡り始めてからしばらく経った後、僕たちは一息つくために、人の流れから少し外れた茂みの近くに立っていた。
    「僕に身を委ねてくれればいいよ。これでも経験豊富なんだ。数珠丸にいさんとも、石切丸さんとも回ったことがあるからね」
    「数珠丸殿は分かるが、石切丸殿とも?」
    色々あった、の中にそれも含まれていたとは知らず、意外に思ったのでつい聞き返してしまった。
    「同じ町にある、神社とお寺のつながりなんだろうねえ。数珠丸にいさんと石切丸さんは元々知り合いっていうのもあって、僕と合流したあと、一緒に回ってくれたんだ」
    なるほど、神社と寺院で横のつながりがあるのであれば、それも納得だ。
    彼にとっては懐かしい記憶なのだろう、話を続けるその目はやわらかく細められていた。
    「石切丸さんは、その日はその日で神社でやることも多いそうだから、あまり長い時間ではなかったけど。でも、楽しかったなあ」
    水風船に落とされた視線と同じように、ぽつり、と呟いた声が地へ落ちていった。
    「石切丸さん、金魚掬いをやったんだけど、全然掬えなくてさ。試しに僕がやってみることになって。――その時はまだ小さかったから、ぼくだって決して上手くはなかったんだけど」
    つい、とその目線が移動した先には、先ほど通りかかった金魚掬いの屋台が1軒。
    「でも、ようやく僕が1匹掬えた時、彼、とても喜んでくれたんだ。まるで自分のことのようにさ」
    塞がっていない右手で、ポイを握り、掬う仕草を見せる。
    至って自然に出てきた、意識せずにやった動きのようだった。
    「だから、あげたんだ。掬った金魚を。迷子でお世話になったお礼も兼ねてね」
    あの水槽には、赤い和金が多かったような気がする。
    彼の話す当時から変わっていなければ、彼が掬ったのもその内の1匹だったのだろう。
    祭りの賑わいの明かりを反射しきらめく1匹の金魚と、それを通じた人と人との関わり。
    その場にいなかった僕でも、そこで交わされたであろう微笑ましいやり取りは想像に難くなかった。
    「素敵な思い出じゃないか」
    彼がどんな光景をなぞっていたのか、僕が正確に測り知ることはできない。
    ただひとつ言えるのは、あの時の彼に見えていたのはこの祭りではなかった、ということだ。
    過去は戻っては来ないけれど、それがその者にとってかけがえのない思い出なら、時にはじっくりとふけるのも悪くない。
    今なら尚のこと、僕はそう思う。
    「ふふ、ありがとう。でも、これにはもう少し続きがあるんだ」
    聞いてくれるかい、と念を押されたけれど、ここまで聞いておいてその先を聞かないのも無粋だろう。
    僕が頷いたのをしっかり確認して、彼は再び口を開いた。
    「これは、後で知ったことなんだけど。石切丸さん、その金魚をずっと飼っていたんだって。僕がまたこの町に来るちょっと前に、死んでしまったらしいけど。『君にぜひ見せたかったよ』って、話してくれたよ」
    7月らしい、生温いそよ風が、彼の言葉を攫うように過ぎ去った。
    「それが、心残りかい」
    我がことながら、そんな言葉がぽろりと表れたのには内心驚いた。
    けれど、一瞬だけ何かに気付かされたという顔をした彼が、その後僕に向けたいつもの笑みは、どこか寂しげでもあった。
    「…全く残っていない、と言えば嘘になる。かなあ」
    彼の本音はまたその口から落ち、消えていった。
    「でも、命はいつかは終わるものだろう?」

    僕が言うのも何だが――この時の彼の顔は、明らかにこの年には似つかわしくない憂いを帯びていた。
    彼は、僕たちが普段見過ごしてしまっているような何かを、捉えているのかもしれない。
    彼の手に合わせてたぷんと跳ねる、白と紫の斑点混じりの薄緑を、ぼんやりと見ながらそう考えたことを今も覚えている。

    中学も、早くも3年目になった。
    2度目のクラス替えで、初めて同じクラスになる生徒も多い。
    その中で、新たな出会いもあった。

    良くも悪くも目立つ特徴のある生徒の噂というのは少なからず耳に入るもので、以前から彼の噂は聞いていた。
    この町の近くに居を構えるという、良家のお坊っちゃんだと。
    確かに、第一印象からして育ちが良さそうだとは感じたが、だからと言って別段に思うこともなかったし、今でもそれは変わらない。
    ただ、ひょんなきっかけから、案外波長が合う相手であることが判明し、自然と話すようになった。
    次第に歌仙も彼と打ち解けてきたらしく、いつの間にか3人で過ごすことも増えていったのだった。
    彼の名は、蜂須賀と言った。


    歌仙は昨年同様に先に用事を済ませて来るとのことで、合流はもうしばらく後の予定だった。
    彼もちょっとずつ文明の利器を使えるようになってきたようだから、連絡は問題ないだろうと、僕と蜂須賀は一足先に屋台を見て回らせてもらうことにした。
    「蜂須賀は初めてかい?このお祭り」
    「ああ。話には聞いていたが…予想以上に規模が大きいな」
    彼が興味深そうに辺りを見回している様は、同い年のはずなのにもっと小さな子供を見ているようで、どこか微笑ましく映った。
    「ふふ、確かに大きいよねえ。僕も初めての時はそう感じたよ」
    5歳の頃は、周りが大きく見えたから余計にそう思えたのかもしれない。
    ただ、それを差し引いても彼の感想には同意だった。
    特に宛てがあるわけでもなく、ぽつぽつと言葉を交わしながら歩いていく。
    クラスであったこと。テレビやネットで見たニュース。夏休みやそれに伴う宿題のこと。お祭りの屋台で見かけたもの。
    そんなささやかな話題ではあったものの、純粋に会話を楽しんでいるうちに、特に人の集まっている開けた場所に出た。
    人々の賑わいの中に、祭り囃子が興を添えていた。
    「そろそろ何か食べるかい?あの辺りに食べ物屋さんが固まっているみたいだけど――」
    その方向を指差しながら一歩踏み出し、「何がいい?」と蜂須賀へ目配せをしようとした、その刹那だった。

    きん、と耳鳴りがした。
    同時に、強烈な立ち眩みのような感覚に襲われる。

    瞬きする間もなくそれらが収まった次に感じたのは、明らかな異変だった。
    「…蜂須賀?」
    ついさっきまで並んで歩いていたはずの蜂須賀の姿が、見えない。
    いや、それどころか――人がまず見当たらない。

    行き交う群衆どころか、屋台の店員すらも誰もいなくなっていた。
    ハッとして携帯端末を確認しても、電波が入っている気配は一切見られなかった。
    視界の隅に見える空は、夏の日没直前であることを考えても、あまりにも暗く、赤い。
    それに、空気も重たく、生々しいほどに熱がこもっている。
    纏わりつくような、むしろ、空気そのものが体温を持っているような。

    その感覚が到達した瞬間、僕の脳は素早くある結論を弾き出した。
    ここは“来てはいけない”場所だ、と。
    僕は弾かれたように、来た道を戻るために駆け出した。

    音色が僕を後ろから追いかけてくる。
    これは、先ほども聞こえていた祭り囃子だ。
    かん、かん、かん。
    薄い金属を叩いたような音がとりわけ耳についた。

    頭の中に響く警鐘のように、音が大きくなっていく。
    確実に距離を詰められているのが分かった。
    おそらく、あと数歩で“追いつかれる”。
    そんな時だった。

    一陣の風が駆け抜けていった。
    良い香りが鼻を掠める、とても涼やかで、清らかな風。

    りぃん。

    それから、今までとは違う金属音が聞こえた。
    空気は震わせず、直接僕の頭を伝わって。

    ああ、鈴の音だ。と思った。


    闇が消え、光が見える。
    いつの間にか目を閉じてしまっていたらしい。
    飛び込んできたのは、見覚えのある景色と、よく見知った人。
    「――石切丸さん?」
    僕の目の前、拝殿の手前に立っていた石切丸さんから漂う雰囲気は、いつもと少しだけ違う気がした。
    何がと聞かれると、はっきりとは説明できないけれど。
    「青江くん。確か、あの時にも話したような気がするけれど」
    僕が先ほどまで陥っていた状況を知ってか、知らずか。彼は至って平静な声色で続ける。
    「この時期は、あの世――彼岸と、この世、すなわち此岸がつながりやすくなっているからね。気を付けなければいけないよ」
    いいね?と念を押され、間を空けることもなく頷いた。
    彼岸と此岸。あの世とこの世。
    あの短時間の出来事で、漠然としていたそれらの境目を、俄然身近に感じられるようになっていた。
    ふと、石切丸さんの瞳が横へ逸らされ、固定される。
    僕もまた、それとほぼ同時に、浮かび上がる何かを端に捉えた。
    「飛んでいっている…?」
    その正体に思い当たった時、僕は呆然とした。
    文字通り、飛んでいっていたんだ。
    僕がこの町で――特にこの時期に多く見かける、“あれら”が。
    「どうやら、“彼ら”もようやく、あの祭り囃子の役割に気付き始めたようだね」
    「…どういう意味だい?」
    次に彼からの返答が来るまでには、数呼吸の合間があった。
    その時の彼はというと、穏やかに目を細めて、さらさら、ふわふわと飛び去っていく“あれら”を慈しんですらいるようだった。
    「あれは、“彼ら”に彼岸を指し示し、行くべき道を教える音色だ。おそらく君は、動き始めた“彼ら”の波に巻き込まれかけたのだろうね」
    そうか、“あれら”にも行き先や、行くべき道があるんだねえ。
    咀嚼してみても頭ではよく理解できない、曖昧な表現であるにもかかわらず、なぜか僕は合点がいった。
    その動きを追ってみると、空に聳える入道雲に吸い込まれているようにも見えた。
    今は大分と遠くなった祭り囃子も、“あれら”と連動しているみたいに、さらに遠ざかっているような気さえした。

    「青江!」
    そして、新たに近くで聞こえたのは、僕を呼ぶ2つの声。
    「どこに行っていたんだい!」
    「全くだ!合流早々、蜂須賀と一緒に探す羽目になった僕の身にもなってくれ」
    蜂須賀と歌仙は、少々息を切らしながらも僕のそばへ急いでやって来た。
    「…ふたりとも、ごめん」
    本気で心配されていたことがひしひしと伝わってきて、謝罪の言葉は素直に出てきた。
    「蜂須賀、君を見失ってしまったんだ…その、ちょっとの隙に、人混みに流されてしまってさ。携帯の充電も危なかったから、へたに探すよりはここにいた方がいいかなと思って」
    不可抗力のようなものだったとはいえ、彼らからしてみれば、僕が彼らを置いて勝手に姿を消してしまったことに変わりはない。
    歌仙に至っては、蜂須賀と会ってすぐに僕の捜索に加わっていたわけだから、小言が漏れるのも当然だろう。
    だから真相はぼかすとしても、いなくなってしまったことに関してはちゃんと謝るべきだと思った。
    それに、後半はただの言い訳に聞こえるかもしれないが、実はあながち嘘でもなかったりする。
    後になってさり気なくチェックしてみたら、なぜか携帯端末の電池が10%を切っていたからだ。
    「連絡も無いから、心配だったよ。もしやここにいるのでは、と思って来たが、予想が当たっていたようで本当に良かった」
    「君が時々ふらりといなくなるような男だとは理解しているつもりだが、こういう時には少し控えてもらいたいものだね」
    ホッと一息ついたような蜂須賀の言葉に、若干食い気味になって一言物申してきた(まあ僕自身、自覚はあるから反論はしないけれど)歌仙は、怒りというよりは呆れていたような表情を幾分か和らげ、石切丸さんの方へ向き直った。
    「申し訳ない、石切丸殿。また青江がご迷惑をかけたようで…」
    「いやいや、構わないよ。彼のことを迷惑だなんて思ったことはないからね」
    ――彼は、僕が体験したことをどこまで知っているんだろう。
    相変わらず人好きのする顔で歌仙に応じる彼をちらりと横目で見て、僕は思った。
    本人に聞かないことには分かりようがないだろうけど、このタイミングで尋ねるわけにはいかないし、だからと言って後日訊いてみたところで、真実を教えてもらえる保証はどこにもない。
    「…“また”?」
    そんなことが頭の中を巡っていた僕だったが、蜂須賀がぽつりと呟いた一言は聞き逃さなかった。
    ああ、これ、多分彼にも石切丸さんとの出会いを説明しなきゃいけないやつだよねえ。
    内心、溜め息がこぼれた。
    まあ、石切丸さんとのエピソードを語る機会が来るのは、実は悪い気はしないのだけど。――それは、当の本人にも秘密だ。


    ああ、それから、これは余談だけど。
    あの後家に帰ったら、数珠丸にいさんが「何があったのか、聞かせていただけませんか」と言わんばかりの空気を醸し出していてさ。
    これはごまかせそうにないと即座に悟って正直に話したら、お互い正座で向き合った状態で、静かに諭されてしまったよ。
    僕からしてみれば、そっちの方がよっぽど奇妙な出来事だったんだけど。それもまた、ここだけの話だ。

    季節はあっという間に過ぎて、僕は晴れて高校生になった。
    といっても、環境が変化したという実感は正直、あまりなかった。
    僕も、歌仙や蜂須賀も、そのまま繰り上がりで入学しているからね。
    一方で、高校から新たに入ってくる人もたくさんいる。
    その中でまたひとり、友人、と言えるのかも知れない人が現れた。
    宗三とは、保健室で体育の授業をサボっているところにたまたま遭遇したのをきっかけに話すようになって(一応補足するとこの時の僕はサボっていたわけじゃない)、気が付けば歌仙と蜂須賀も巻き込んで4人のひとまとまりが形成されていった。
    とはいえ――自分で言うのも何だけど、僕も含めて総じて年不相応に落ち着いていたから、あまりわいわいと騒がしく話すことはなかったかな。


    ただ、いくらそんな面子とはいえ、4人全員が、それもお祭りという非日常の中で揃えば、それなりに盛り上がりもするというもので。
    「で、結局のところどうなりたいんです?」
    僕はなぜか、その話題のど真ん中にいた。
    率直に核心に突っ込んできた宗三は、僕の返事を、さっき屋台で買った焼きそばを啜りながら待っていた。
    とはいえ、僕だって両手に立派なもの、もといチョコバナナを持っているのだからそこはお互い様だ。
    「どうって聞かれても…僕は今のように楽しめればいいと思ってるんだけどねえ。彼とおしゃべりするのを、だよ」
    これだって嘘は言っていない。
    確かに、そもそもこうなってしまったのは、僕がうっかり彼とのことを漏らしてしまったからだけど。
    しまったな、と焦燥を覚えた僕の心情とは裏腹に、全員に「ようやく口を割ったか」という感じの反応をされたのは…何というか、拍子抜けだったよ。
    「今が楽しいなら、それはそれでいいことじゃないか?」
    宗三の隣に座っていた蜂須賀は、摘んでいたベビーカステラをまたひとつ、きちんと話し終わってから口の中に入れた。
    「おや、羨ましいんですか」
    「そ、そういうわけでは…!」
    蜂須賀は宗三の突っ込みを遮るように否定した。けど、これじゃあ実質答えを教えているようなものだよねえ。
    ついさっきまで食べ終わってから話していたのに、まだ食べ物が口に入っている状態でそんなことをしたら。
    花の形の飴細工を眺めていた歌仙が、ふたりを若干咎めるように横目で見たのも、多分、そこがちょっと気になったからだろう。
    「今は確かに大切だが…僕たちは、自らの将来も考えなくてはならないからね」
    その歌仙の双眸は、話す中でやや遠いところに向けられ、やがて僕の方を見つめた。
    「君はまだ進路は決めていないようだが、この町を離れる可能性だってあるだろう。そろそろ、そちらも考える時期に来ているんじゃないかと僕は思うよ」
    そうだよねえ、と何ともふわっとした返答をするほかになかった。
    タイムリミットがじわじわと近付いてきているのは、肌で感じていた。
    それも、高校を卒業してからどうするのか、ということだけじゃない。
    学校で主に問われるのはそこだけど、実際のところ、大人として社会に出るにあたって大きく変わっていくこれからのことを、もっと広く考えていかなければならないのだ。
    ――それこそ、彼との関係をどうしていきたいのか、とか。
    「それ、あなた自身にも言い聞かせているんでしょう」
    歌仙の眉が実に分かりやすくひそめられた。
    ああ、これは痛いところを突かれた時の反応だねえ。
    それくらいのことは、この数年で分かるようになっていた。
    その図星の内容に関しては僕も心当たりがある、というのもあるけれど。
    複雑な思いが反映された表情を見るに、彼は彼なりに考えたり、葛藤を抱えていたりするのかもしれない。
    そう考えてみたら、僕のことであの反応をされるのは、ある意味当然だったのかなあ。
    「まあ、僕も同意見です。特に青江、あなたの場合は」
    ここで宗三の矛先は再び僕に向いたわけだが、きっかけは僕だったのだから仕方ない、と受け入れる態勢に徹することにした。
    これ以上、言い訳をしたいわけでもなかったしね。
    「変なところで我慢強いあなたなら待てるのかもしれませんが、時間は待ってはくれませんよ」
    時間は待ってはくれない。その通りだ。
    もし待ってくれていたら、重ねた年月の差も、会えなかった7年間も、とっくに縮まっているだろう。
    「とはいえ、俺たちが勝手に口を挟める話でもないから、難しいところだね」
    「そうですね。僕たちから言えるのはこれくらいしかありません」
    「やはり思い切って、数珠丸殿にも話してみた方がいいんじゃないか?彼なら少なくとも否定はしないだろう」
    みんなの言うことだって、尤もだと思う。
    結局は僕自身で何とかするしかないことも。数珠丸にいさんなら相談しても、きちんと話を聞いてくれるだろうことも。
    ――それでも、僕はまだ、首を捻っていた。
    「…ちゃんと定めなきゃ、だめなのかなあ。この気持ち」
    定めることなんて、できるのだろうか。
    そもそも、定める必要なんて、あるのだろうか。
    僕自身ですら、これが一体何なのか、掴みきれてはいないというのに?
    まして彼の方は、きっと――
    「定めるも定めないも、好きにすればいいんですよ」
    宗三の一言が、またも鋭く斬り込んできた。
    でも、この時の言葉は、僕の中のもやもやしたものも斬り進めて、抜けてきた感じがした。
    「ただ、そこを決めるためにも、結局、一度は向き合わなきゃいけないんじゃないかと思いますけどねえ」
    一度知ってしまえば、あまりにも呆気ない気付きだった。
    向き合ってみることで、分かることもある。
    幽霊と言われているものだって、よく観察してみれば、何ということはない柳の影や枯れ尾花かもしれないのと同じだ。
    彼の心の内は、僕にとっては霧の中にあるように不透明だけれど、せめて自分の心くらいは。
    「…ありがとう。少し先が見えてきた気がするよ」
    お礼として、じゃんけんで勝ってもらったおまけのチョコバナナ(もちろんまだ手は付けていない方だよ)を差し出したら、彼は「おや、分かっているじゃないですか」と言わんばかりの顔で遠慮なく受け取っていった。


    一通り巡り終わった後に本殿の方へ戻ってみると、石切丸さんがいた。
    本心を打ち明けてしまった3人がいる手前、変に避けるわけにもいかない。
    たとえそうでなくても、彼がすぐそこにいるのにスルーするという選択肢は、僕の中には端から無かったわけだけども。
    「いやはや、君の周りも随分賑やかになったものだねえ」
    ぞろぞろと4人でやって来た僕たち一行を見て、彼は朗らかにそんな感想を述べた。
    ――その賑やかな面子で何を話していたか、知らないくせに。
    「ふぅん。僕が今までずっとひとりぼっちだったみたいに言うんだねえ?」
    そんな理不尽な苛立ちが、ほんのりとあったりもして、ちょっとだけ意地悪な表現で返したら、
    「ああっ、いや、そんなつもりで言ったわけではなくてね」
    一転して眉を下げた彼に「青江くんを傷つけてしまったならすまない」と真面目に続けられてしまって、わずかに乱れていた心の波は即座に落ち着いた。
    言い方だって一応、ちゃんと冗談っぽく聞こえるようにしたはずだったのに。
    そういうところがあるから、何かあっても憎めない。
    多分、何があっても、嫌いにはなれない。
    「…ふふ、ごめんね。冗談だよ。小さい頃を知っている石切丸さんからすれば、そう見えてもおかしくはないだろうしね」
    あの時は学校に通っていたわけでもないし、短期間の滞在だったから、友だちがいないのは事実だった。
    それに、実際、友だちが増えたのもスローペースだった自覚はある。
    「それなら良かった。けれど誤解を招く言い方をしてしまったね。君が友人と親交を深めていく様子を見たり聞いたりしてきているから、私としてはどうしても感慨深くなってしまうんだよ」
    やっぱりそれかあ。
    つい出来心でああは言ったけれど、改めて直接彼から聞くと、どことなくくすぐったい気分になる。
    「といっても、君が小学生だった頃のことは、君が話してくれる以上のことは分からないけれど。――ああ、でも」
    そんな僕の心の内は知らぬまま(伝えようとしていないから当たり前なんだけどね)話していた石切丸さんは、しかし最後になって語尾を途中であえて切ったようだった。
    …何だろうなあ、この空気。何か起こりそうなこの感じ。
    「…できることなら、その頃の青江くんの時間の中にも、私と共にいるひとときがあって欲しかったかな」
    「へえ、――えっ?」
    僕からしてみれば、その口からとんでもない威力の爆弾が飛び出してきた心地だった。

    今、何て言った?
    私と共にいるひとときが、あって“欲しかった”?
    すごく素な感じで(いや、彼は大体いつも自然体だけども)心底残念そうな物言いだったけど、そのまま素直に解釈しろと?
    いや、それとも何か別の――その、例えばそういう意味、なんかを含んでたり?するのかい?
    にわかに思考が混乱し始めて、「それ、どういう意味だい」という問いかけすら、ついに喉から出てきてくれることはなかった。
    やっぱり僕の脳内の状況なんて分かっちゃいない当の本人は、小首を傾げながら僕をじっと見ている。
    「もしかして、また誤解を招く言い方をしてしまっただろうか」
    「あ、いや…そういうわけじゃなくて。そんなこと言われたの初めてだったし、ちょっとびっくりしただけ、だよ」
    彼にこそこれ以上誤解されないように、そういうわけじゃないと伝えるのが精一杯だった。
    ああ、そんなに熱いものを注がないでくれよ。
    嫌じゃない。嫌じゃないけど、だからこそ。
    …視線のことだよ。

    ただ、それ以上に痛い、それぞれの思うところを乗せて送ってくる友人3人の視線は、さすがに勘弁して欲しかった。

    梅雨も明けた時季の空には珍しく、雲もどこかどんよりとしていた。
    心なしか、空気もいつも以上にじとじとと湿っていて、いつ雨が降ってきてもおかしくはない感じだ。
    いつもより暗く、鈍重な夏の朝空。
    でも、その時は、僕の心に落ちた影の方が暗いように思えた。
    庭先のドクダミが枯れていた、7月19日の早朝のことだった。

    境内に足を踏み入れ、いつもの本殿が見える場所までやって来たところで、足が止まってしまった。
    彼はやはり、その近くに立っていた。
    話しかける意を決する前に、石切丸さんの方が僕を見つけたようだった。
    小さく手を振られたけれどそれに返す余裕もなく、諦めたようにとぼとぼと彼の元へ向かう。
    「…青江くん?」
    僕のただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、石切丸さんの声がいつもより固くなっていた。
    「ごめんなさい」
    第一声として、もはやこれしか言えなかった。
    「壊して、しまったんだ。石切丸さんがくれたお守りを」


    「何が遭ったのか、話してもらえるかな」と問いかけてきた彼は、やさしそうでいて絶対に逃してはくれなさそうな雰囲気で、僕は訥々と事の次第を伝えていった。
    「前から、気になっていたんだ。“あれ”は結局、何なんだろうって。そして、石切丸さんからこの町の伝承について聞いてから…ずっと考えていた。その話と、僕がこの町でしか見かけない“あれら”が、関わっているかもしれないってことを」
    具体的な証拠が皆無であるにもかかわらず、この町に残る伝承。
    この町にしかいない、正体不明の何某か。
    偶然と片付けるには、あまりにも奇妙な独自性の一致だった。
    「それから、時間を見つけては、少しずつ調べてみたんだけど…その伝承に関わる史料や記録は、何ひとつ見つからなかった」
    言い伝えられている情報以外には何ひとつ分からない、と言っても、よくよく探してみればわずかにでも手がかりはあるものだと思っていた。
    ところが、本当に微塵も見当たらなかったのだ。
    何かしらの陰謀が働いていて、意図的に情報が隠蔽されたり削除されたりしているのでないか。
    そんな推論に至りたくなるほどに。
    「来年になったら、受験勉強も本格的にしないといけないだろう。それに、まだ進路は決めていないけど、卒業したらこの町を離れることになるかもしれない。追いかけるなら今年までだろう、と思っていた。多分、そんな焦りもあったんだろう」
    本音を言うと、焦っていた要因は他にもあった。――ただ、静かに耳を傾けてくれている、彼のことだ。
    僕に対する彼の思いへの不安と、“あれら”に対する彼の扱いへの疑問が、僕の判断を鈍らせた。
    「だからかな。血迷ってしまったんだ。記録を探していて見つからないなら、一度、気になる対象そのものに触れてみたら、何か分かることもあるんじゃないか、って。それで、」
    僕の方にいきなり陰が落ちてきた。
    俯きかけていた僕でも、石切丸さんが動いたのだということに気付いた。
    怒られるのかと思うと体が強張って、思わず目をつむってしまった。
    けれど、次にやって来たのは、何かに包まれたような感触で――
    「君が無事で、良かった」
    いつもより少しだけ低い、真摯な声が耳元で聞こえて心臓が跳ねた。
    石切丸さんの体温は狩衣越しでもあたたかくて、この気候ではむしろ熱いとすら感じられるほどだった。
    「“彼ら”としては、人に害をなすつもりはない。けれど、人が――我々のように生きているものたちが、安易に関わっていいものでもないんだよ」
    背中をゆるゆると擦るように撫でられ、必要以上に入っていたらしい力が抜けていく。
    子供を諭し、あやすような動きなのに、なぜかそんな風にはとても思えなかった。
    「分かっていたさ、本当は。…でも、虎穴に入らずんば、なんて言葉もあるだろう。時には大胆に行動してみるのもいいかなって、思ってしまったんだ」
    これは半分本当で、半分嘘だ。
    大胆というよりは、自棄という方がより正確だった。

    「青江くん。ひとつ、聞いてもいいだろうか」
    いつの間にか抱擁は解かれていたけれど、僕の肩にはまだ手を添えたままで彼は言う。
    本当に、彼はどこまで知っているのだろうか?
    元々、こう見えて食えない人だなあ、とは思っていたけれど、ここまで感情が窺えない、底の見えない深淵のような瞳は見たことがなかった。
    「“彼ら”に触れてみて、君は何かを掴んだかい」
    この時、僕はようやく気が付いた。
    彼が最初から、“あれら”のことを“彼ら”と表現していたことに。
    「…よく、分からなかった」
    実は、彼が尋ねてきたとおりのことは、起こった。
    “彼ら”に触れた時に、何かが頭に流れ込んできたんだ。
    たくさんの人、のような影の蠢き。鋭いのと鈍いのがごちゃごちゃに混ざった、とにかくやかましい音。
    視点が下に向けられたかと思うと、そこには誰かの手と、握られた柄に錆や埃のついた刀身。
    それが結局何だったのかは、ちっとも分からない。
    ただ、奇妙にも確信を覚えたことが、ひとつだけあった。
    「ひとつだけ確かに言えるのは――“彼ら”の記憶する伝承は真実だった、ということだけだよ」
    この町の伝承は真実だった。少なくとも、“彼ら”にとっては。
    そう思わせる何かが、あのビジョンにはあった。
    「…そうか」
    彼は何を知っているのか。
    ――いや、むしろ、何を“知ろうとしている”のか?
    「ねえ、石切丸さん」
    僕自身と同様に、彼とも向き合う必要がある。
    その思いは、中学3年生でのあの出来事以来、日に日に膨れ上がっていた。
    そして、我ながら驚くほどに、僕の出した予測は早かった。
    おそらくここが最大のチャンスだ、と。
    「君は一体、何者なんだい」
    できる限り淡々と、冷静に聞こえるように、声に出した。
    「私は、この神社の関係者だよ」
    明けの空を閉じ込めた色の双眸は、揺るがなかった。
    いつかはこのような形で問われることを、あたかも予期していたかのように。
    「そうじゃなくて、」
    「けれど、君が望むなら、もっと詳しいことを話そう」
    やっぱりか、と心の中で溜め息が漏れた。
    ということは、少なくとも、僕の知らないことをあえて隠しているのは事実だと、分かってしまったからだ。
    けれど、僕が求めれば教えると、彼は可能性を提示してくれた。
    あと一押しすれば、おそらく宣言どおりに、彼は僕の心に引っかかっていたことを全て解消してくれるだろう。
    ――ただ。
    「…やっぱりまだ、待ってくれ」
    もう少しだけ、まだ留まるべきだ。
    僕の内側のやわらかいところが、そう訴えかけていた。
    「構わないよ。心の準備ができるまで待って」
    「そうじゃなくて!」
    ああ、つい声が大きくなってしまった。彼もぽかんとした顔をしている。
    彼に対して、に限った話ではなく、ここまで声を荒げたのは多分、今までにないことだった。
    けれど、それすらどうでもいいと思う程度には、僕は必死だった。
    「僕は本当のことを知りたいし、ここで聞いておきたいと思う。でも、今言わないと、きっともっと後悔することがあるから、――」
    それなのに、どうしてなかなか本題を告げられないのがもどかしい。
    一番大事なことで、一番シンプルなことのはずなのに。
    茶化すこともなく、ごまかすこともなく、彼が律儀に待ってくれているのが救いだった。いっそ残酷なまでに。
    「僕は。……石切丸さんのことが、好きだ」
    絞り出した声は、情けなくなるくらい弱々しく響いた。
    「好きだよ、石切丸さん。初めて会った時から、ずっと」
    それでも、その裏にある意思は固いのだと伝えたくて、半ばうわ言のように繰り返す。
    “好き”が何を意味するのか、どんな定義なのかは、結局、ぼんやりとしたままだ。
    そもそも今ですら、まともに形にはなってはいない。
    「だからこそ、聞きたいんだ。君が何者であったとしても、君が何を知っていたとしても。僕が君を好きなのは、変わらないから」
    それでも、彼のことが“好き”だということは――彼に対して“好き”を思い続けるだろうことだけは、僕の中でははっきりしていた。
    11年前のあの時から、彼と共にある時に心が震えるこの感覚を指し示す言葉は、それしか知らないのだから。
    「ただ、話を聞いた後に伝えて、嘘だと思われたくはなかっ――!?」

    息が詰まる。
    また抱きしめられたのだと、一呼吸ほど遅れて思い立った。
    前回のやさしい抱擁からは想像もつかないほど、強く、引き寄せられるように。

    「青江」
    心臓が飛び出てきそうだった。
    だってそんな、完全に不意打ちじゃないか。いきなり呼び捨てだなんて!
    「やはり君には、全てを話さなくてはね」
    それでも、何か重要な話が聞けるような気がして、僕の頭はかろうじてその内容に意識を向けていた。
    「その代わり、と言っては何だけれど――」
    ごくり、と生唾を呑み込む音を立てたのは、どちらの喉だったのだろう。
    「私の話を聞いてから、もう一度、その言葉を言ってもらえないだろうか」

    語尾がかすかに震えていたように聞こえたのは、気のせいだと思うことにした。
    彼はなんてひどい大人なんだろう。
    でも、僕は僕でひどい子供だ。
    「君からは何も言ってくれないのかい。それとも、言えない?」
    「君が待って欲しいと言ったように、私にももう少しだけ時間をおくれ」
    「…ずるいなあ」
    それじゃあ、僕だけが悪いみたいじゃないか。
    思わず漏らすと、「すまないね」という言葉と共に体が離れ、さらに困った笑みを浮かべられてしまったのだから、尚のことそう思う。
    だから、さらに何かを言おうとした。が、その前に僕の喉と体の時が止まってしまった。

    突然、両手で右手を包まれる。
    彼の手のひらはほんのりと湿っていた。
    そして少し持ち上げられたかと思えば、彼の頭が下がっていき――てのひらに、唇がそっと触れた。
    幼い頃にお守りをもらった時も、先ほど彼に抱きしめられた時も、確かに同じものを感じた。
    あれはお守りの、というより、彼のあたたかさだったのか。
    そう今更悟って、僕の方も目と鼻の奥がつん、と熱くなった。

    今は、これで。
    初めて見た彼の上目遣いが、何よりも雄弁に語りかけていた。

    歌が流れていた。
    また静かな境内の空気に、染み渡っては吸い込まれるように。
    神社にはちょっと似合わない旋律と歌詞の、異国の歌だ。
    境内の片隅や、まだ咲いていた白い花の陰に隠れるようにいた、灰のような砂のような“彼ら”が、上へ上へと昇っていく。
    天に向かって、あるいは別の何処かへ導かれるように、浮かんでは飛んでいく。


    余韻も消えた数拍の静寂の後、その歌に拍手が送られた。
    まあ、歌ったのは僕なんだけどね。
    僕の歌を聞き、舞台演出のような“彼ら”の動きを見ていた観客は、彼ひとりだけ。
    でも、とても気分が良かった。
    「青江は歌が上手だね」
    「ふふ、ありがとう」
    至って自然に、さらりと言われてしまうから、すっと心に入り込んでくるものがある。
    思えば、彼の送ってくれる評価は、他ではあまり聞かないものが多い気がした。
    彼から褒められることでいっそう嬉しさを覚えるのは、それもあるのかもしれない。
    「それにしても、“彼ら”を導く力があるとは、不思議な歌だねえ」
    「これはね、レクイエムだよ」
    「れくいえむ」
    辿々しい発音を不覚にもかわいいと思ってしまって、笑った吐息が漏れてしまった。
    「教会で歌われる曲さ。亡くなった人々を追悼するためにね」
    「なるほど。どうりで“彼ら”にも作用するわけだ。どこで知ったんだい?」
    「んふふ、知りたいかい?」
    「君の話ならどんなことでも聞きたいよ」
    好いている人からそう言われて、悪い気がする人はいないよねえ。
    それじゃあ、と一息置いて、事の経緯を話し始める。

    もう2週間くらい前なんだけど、浦島くんが入院したと聞いたから、お見舞いに行ったんだ。
    そう、蜂須賀の弟くんだよ。前にも話した通りさ。
    何でも、水球をやっている最中に怪我をしてしまったらしくてね。
    ちょうど予定が合ったし、宗三も一緒お見舞いに、ってことになった。
    蜂須賀のところとはまたちょっと違うけど、宗三も三兄弟の真ん中だからか、ふたりは日頃からよく兄弟談義を繰り広げていてね。
    彼のことだから態度にこそ出さないけど、本当は心配だったんだろうなあ。

    「話を遮るようで悪いけれど、ちょっといいかな」
    「何だい?」
    「その、浦島くんの容態はどうだったのだろうか」
    断りを入れてまで尋ねてきた石切丸の顔には、本当に彼のことを気遣っているというのがありありと書かれているようだった。
    「彼なら心配いらないさ。ぴんぴんしていたよ。怪我以外は至って健康で元気みたいだね」
    浦島くんはまだ中学生だから、同じ中高一貫校に通っているとはいえ、僕が会ったことのある回数は少ない。
    けれど、蜂須賀の話に聞く彼も、数回会った彼もいつも溌剌としていて、病室においてもそれは変わりない印象だった。
    「でも何で今、それを――ああ、」
    半ば反射的に訊きそうになったけど、ちょっと考えてみれば思い当たる節がありまくりだった。
    「今の君の考え、当ててみせようか。『彼のために祈祷して差し上げようか』って考えていたんだろう?」
    「えっ、何で分かったんだい」
    「ふふ…自分の普段の言動を見直してみるといいよ。理由を知りたければね」
    というのも、彼の口からは、普段から結構な確率でお祓いやら祈祷やらといったワードが飛び出すのだ。
    しかも大体は自分がやる前提での発言だったりする。
    気付き始めた頃は神社に関わるものとしての義務感のようなものなのかと思っていたけど、単に彼自身で行うのが好きなだけだと知るのに、そう時間はかからなかった。
    「でも、そうだなあ。君が祈祷してくれるというなら、僕からもお願いするよ。彼も蜂須賀も――蜂須賀のお義兄さんも、きっと喜ぶだろうから」
    けれど実際、彼の行う祈祷は評判が良いようだし、僕も立ち会わせてもらったことがあるけど、何と言うか――すごかった。
    おそらく普通の人が見えていないような部分で、色々と。
    だから、浦島くんのためにその力を発揮してくれるというなら、僕としても素直にありがたかった。
    「それはありがたい。とはいえ、無断で行うわけにはいかないからね。よければ君から、彼らに話してもらえると助かるのだけれど」
    本人、もしくは近しい人の承諾が無ければ行わない。というのは、祈祷における石切丸のポリシーであるらしい。
    彼曰く、「許可無く行うことは失礼に当たるし、相手の方に祈祷することを認識してもらわなければ、効力も薄れてしまうからね」だそうだけど、そういう考えを持っているところも好ましいと思う。
    「お安い御用さ。蜂須賀なら今連絡が取れるから、ひとまずメッセージを送っておくよ」
    そう答えながら携帯端末を取り出し、蜂須賀に向けて簡単に用件を入力していく。
    メッセージアプリを閉じたそれをポケットにしまってから、話を続けてもいいかな、と確認すれば、どうぞ、と返ってきたので本題に話を戻した。

    それで、ここからは浦島くんの病室から帰る時の話になるんだけど。
    帰りに、教会の近くを通りかかったんだ。病院の敷地内でね。
    附属の教会があるなんて、その時までは知らなかったよ。
    そしたら、ちょうどその教会から何かが聞こえてきたんだ。
    教会音楽だろうってことは僕にも分かったけれど、何の曲かは検討もつかなかった。
    でも、ちょうど宗三が足を止めて、答えを言ってくれたんだよ。あれはおそらく追悼のミサでしょうね、って。
    うんうん。意外だと思うだろう?何せ彼の家もお寺で、彼のお兄さんはすでに和尚さんになっているからねえ。
    僕もそう思って、そこからさらに話を聞いてみたらさ。
    何でも、彼の知り合いにその教会の関係者がいるとかで、教会に関わることも少しは知っているんだって。
    彼の予想では、僕たちが聞いたのは入祭唱というものらしかった。
    そう、さっき僕が歌った曲。それが入祭唱だよ。

    「そしてね。これは宗三には言わなかったことだけど。実は僕、この目で見たんだ。歌が流れていた時、病院の庭や病室の片隅に固まっていた“彼ら”が、天へ昇っていくのをね。それで、ひとつこの歌を覚えてみたくなったというわけさ」
    話を終えた後、小さな声で、さっき歌った曲のワンフレーズをもう一度なぞる。
    『私の祈りをお聞き届けください。すべての肉体はあなたの元へ還ることでしょう』
    まだ少し残っていたらしい細かな一部分が、先行を追うように上昇していった。
    天に召される、という表現があるけれど、ひょっとしたらこういう様子を指すのかもしれないと、何気なく思った。
    「…案外、とても単純なのかもしれないなあ。“彼ら”との付き合い方って」
    きっと、難しく、ややこしく考える必要なんて、最初からなかったのだろう。
    ごちゃごちゃと頭の中でこねくり回すことをやめて、真正面から向き合ってみれば、驚くほどにその正体は単純明快だったりするものだ。
    “彼ら”のことも――彼のことも。
    「やはり君は、将来有望だったねえ」
    しみじみといった体で呟いた彼は、記憶を遡りながら僕を眺めているに違いない。
    でも、“だった”と過去形で済まされるのは、納得がいかないよねえ。
    「僕の人生はまだまだこれからなんだけどねえ?」
    「もちろんだよ。そして、そのこれからの青江の人生の中に、私もいていいのだろう?」
    ああ言えばこう言う、というのが、僕たちの間でも次第に増えていった。
    僕も楽しんでいるし、それだけ気の置けない関係になれているという証左だと思うから、それももちろん、喜ばしいことなんだけど。
    今度は、こうしてごまかしの一切ない好意や本心をねじ込まれることも増えつつある。
    こっちは心が飛び上がるくらい嬉しいと思う半面、未だに気恥ずかしさを覚えてしまうのはなぜだろう。
    「そりゃあ、もちろんさ。もう君無しではいられない体になってしまったからねえ」
    そんな気恥ずかしさから、彼の方もまた何かしらの反応をしてくれたら面白いのになあ、くらいのノリの軽口のつもりだった。
    「おや、それは大変だ。では責任を取って差し上げなくてはね」
    ところが、予想外の、どう聞いても笑顔であっさりと言うような感じではない内容を返され、思わず目を逸らしてしまう。
    この流れで素っ頓狂な声を上げなかっただけでも、自分で自分を褒めてやりたい。
    そりゃあ、嬉しくないわけじゃない。けど、正直参ってしまう。
    だってそれじゃあ、責任を取るという発言が洒落にならなくなるじゃないか!
    石切丸の、冗談を本気にする基準がどこにあるのかは未だに分からないが、ともかくやられっぱなしは性に合わないと(僕は案外こういうところがあるけれど、彼に対してはなぜか特に対抗意識を燃やしたくなってしまうんだ)作戦を練っていて、はた、と閃いた。
    我ながらいい案だと心の中でにっかりと笑みを浮かべながら、僕は石切丸の目を見据えた。
    「…まあ、もし君と出会っていなかったとしても、それはそれで僕は生きていけるんだろうけどね」
    そう言いながら、ぐっと顔を近付ける。
    彼が息を詰めたらしい音も、聞き逃さなかった。
    「でも、今はもう、ちっとも思えないんだ。…君を知らなかった頃に戻ろう、だなんて」
    だから、責任、取って欲しいなあ。
    ダメ押しとして囁くように伝えたところで、ついに彼が硬直した。
    人間、ぴしり、という音でもしそうな勢いで固まることって本当にあるんだねえ。
    目が泳ぎ気味だし、眉が何とも複雑な形を成しているし、いつもより明らかに頬が赤い。
    こんな彼は珍しくて面白いから、正直まだまだ観察していたくなるところだけど、ここでその優越感に浸り続けるような僕じゃない。
    「さて、そろそろ時間かな」
    一泡吹かせてすっきりした心持ちのまま、僕は1歩分離れ、彼に背中を向けた。
    「えっ、待っておくれ青江、まだ早過ぎるんじゃないかい!?」
    見慣れないその慌てようがどうしてもおかしくて、彼にバレないように、喉の奥でくつくつと笑う。
    「少し早めに行って、準備の様子から眺めてみるのも面白いんじゃないかと思ってね。君は神社に近いところならともかく、路上に出ている屋台の様子はあまり見たことがないだろうから」
    少なくとも彼にとっては間違いではないはずだけど、所詮はでっち上げた建前だ。
    我ながらいい性格しているよねえ、僕って。
    だから、それなりに自惚れてもしまうんだ。
    彼の方も、僕のわがままを受け入れて、わざわざ僕のために時間を取ってくれたという事実に。
    彼も同じことを考えてくれている――なんてね。


    ねえ、石切丸。
    君との思い出は、どこを切り取っても色鮮やかだよ。
    今となっては随分と遠くなってしまった、あの時のものでさえも。
    これからもきっと、そうなんだろう。
    だからこそ君との時間は大切にしたくて、今夜だって、どうしても君とふたりで行きたかったんだ。

    振り返った先にいた彼は、まだあわあわとしている様子で、それでも僕をしっかり見てくれている。
    ――ああ、やっぱり僕、この人が好きだなあ。
    「ほら、一緒に行こうよ。“石切丸さん”」
    今度は僕からその手を取って、引いてみせた。


    7月19日。
    人々が祭りを楽しみ、その裏側で密やかに、知らず識らずのうちに“彼ら”を弔う日。
    そして、僕と彼が出会い、僕が彼に惹かれ、関係を育み、進めた日。

    ありふれた町と僕たちは、これからもこの日を記憶し続けるだろう。
    音華 Link Message Mute
    2018/09/19 0:00:00

    漆月拾玖日

    とある曲から着想を得た、色々ふわっとした雰囲気の石かり現パロ。2ヶ月前の石かりの日にサイトや渋に上げたものです。

    作業進捗やちょっとした裏話→https://qovo.jp/@yaM_Onk/project/614
    表紙はこちら(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69229180)からお借りしています。

    #刀剣乱腐  #石かり  #腐向け

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