初詣(腐*ノクプロ) 一月二日の公務は絶対に真面目に取り組むから、年末年始はプロンプトとマンションで過ごしたい。とイグニスに頼みこんだ冬休み直前。
レポートに目を通すのはもちろん、ゴミをまとめて皿を洗って、洗濯物を靴下に至るまで洗濯機にちゃんと入れた成果か、なんとかイグニスの口添えで俺の願いは叶えられた。
当のプロンプトは年が明ける数時間前まで「本当にここで年越ししても良いのか」なんて心配をしてたけど、何度も大丈夫と言い聞かせるうちに納得した。
別にそういうつもりだったわけじゃないけど、なんだか良い雰囲気に持ち込めたのでそのままやることやって迎えた朝。気を遣ってか(もしくはいつもどおり早々に就寝していたか)朝を待って送られてきたイグニスからの新年の挨拶メールに、プロンプトは飛び起きて昨夜の名残を早々に服の下に隠してしまった。
内容を聞けば、初詣に行くのに迎えに来るらしい。
行くなんて言ってねぇとぼやく俺に、プロンプトは新しい服を投げて寄越しながら「俺が行きたいって言ったの」と告げ、俺にも着替えを要求してくる。
渋々指示に従い、それからプロンプトが用意してくれた簡単な朝食を食い終わったのとほぼ同時に、イグニスがグラディオを連れてやってきた。
俺がまだ寝ていると思っていたらしいイグニスは、新年の挨拶をするよりも前に「やればできるじゃないか」と嫌味のような、けれど恐らく本音に違いない言葉を口にする。
それからあたりを見回して、(主にプロンプトが)サボらずやった掃除の成果を見て一瞬だけ目を瞠り、再び同じ言葉を告げた。
それらにはノーコメントでジャケットを羽織る。甲斐甲斐しくマフラーを巻いてくれるプロンプトに礼を言うのに、グラディオがなにか言いたげな視線を送ってくるがこれにもノーコメントだ。からかいたいんだろうってことはムカつくその表情から察せるからな。
***
「初詣のあとはどうする?」
後部座席であくびを繰り出す俺に、イグニスが問う。
ほんの少しだけ考えて、特にやりたいことも思いつかなかったので隣のプロンプトを見る。
「なんか行きたいとこあるか?」
「え、俺? えっと……んー、俺は初詣行けたらそれで良いかな。ノクトは明日仕事だし、帰ってゆっくりしよ」
「賛成。つーわけだから特に予定なし」
「わかった。では雑煮かなにか用意して俺もすぐ帰ろう」
ずっとニヤニヤして聞いていたグラディオが、バックミラー越しにまーた俺に視線を投げてくる。
今度は無視せずになんだよと手短に問えば、大事にされてんなと案の定からかいを含んだ声音で告げられた。やっぱ無視すれば良かった。
「新年早々喧嘩はよせ。ほら、もう着いたぞ。俺は車を停めてくるから、先に降りて並んでいてくれ」
「はいはい」
小さく舌打ちをした俺にイグニスが先制攻撃を仕掛けてくる。
けどまぁイグニスの言うとおりだ。せっかくの新年だし、なによりプロンプトが不安そうな顔をしている。これ以上この顔でいさせるのは恋人としては不適切だと思った。
振り上げそうになってた拳を早々に下ろした俺にホッとしたのか、プロンプトはすぐに笑顔になった。
「グラディオ、お前は俺と場所探しだ」
一緒に降りようとするグラディオの腕をイグニスが引っ張って、誰の返事も聞かずに再び車を走らせる。
気を遣ってくれてるのか、それとも本当に新年早々喧嘩されるのが嫌なのか。どっちにしても二人きりにしてくれるのは有り難い。
去っていく車を見送るプロンプトの腕を引いて、朝も早いのに騒がしい列へと並びに行く。
十分かそこら待っていると、段々と体が冷えてきた。いくら着込んでても、風の冷たさが容赦なく体温を奪っていく。
耐えかねてポケットに手を突っ込む俺を横目に、プロンプトがちょっと待っててと告げて列を離れていった。トイレかと適当にあたりをつけて待つことさらに十分ほど。
雑踏をかき分けてよく通る声が俺の名前を呼んだ。
「お待たせ~、甘酒もらってきたよ」
「うお、マジか。助かる」
白いふわふわとした手袋から小さな紙コップを受け取る。
プロンプトの奥に目を向ければ、もうひとつ列ができてるのが見えた。どうやらあそこでこれを配ってたらしい。
革の手袋越しにじんわりと熱が伝わってくる。遠慮なく一口飲めば、今度は体の中から温まるようだった。喉を通るそれはイグニスが作るのよりも甘い。こんくらい甘い方が良いな、次からはもっと甘くしてもらおう。
「ちょっと甘いね。っていうかイグニスたち、車停められたかな。もう先頭来ちゃうよ~」
俺とは多少味の好みが違うらしいプロンプトは、両手で紙コップを包み込んでその場で足踏みをはじめた。
焦りを表現してるんだろうけど、動くたびに手袋と同じくふわふわとしたジャケットのフードがぴょこぴょこ跳ねて可愛い。
甘酒片手に揺れるフードを見ていると、ぴょんと一際大きくそれが揺れた。
「イグニス、グラディオ、こっちだよー!」
列の後ろからイグニスたちが足早にやってくる。前を見ればあと数人で先頭というところだった。
「すまない、思った以上に混んでいた」
「間に合って良かった~。あ、これ」
後ろの人にひとつ会釈をして列に加わるイグニスたちに、プロンプトがポケットからエボニーを取り出し渡した。やけにふくらんでると思ったらそんなもん入れてたのか。
「寒いから甘酒もらって来て、でも運転するなら飲んじゃダメなのかなって思ってイグニスのはコーヒーにしたんだけど……」
「あぁ、ありがとう。そうだな、俺はこちらのほうがありがたい」
「良かった! イグニスだけ仲間はずれなの可哀想だから、グラディオもコーヒーね!」
「気が利くじゃねぇか。おれもこっちのがありがてぇわ」
頭を撫でられてえへへと笑うプロンプトが気に入らない。腹いせにグラディオの足を小さく蹴れば、イグニスのわざとらしい咳払いが落ちてくる。
それに心の中でだけ舌を出したところで順番が来た。
作法通りに手を合わせ、あらかじめ決めていた願い事を神さまに告げる。
手短にすませて、最後に頭を下げて列から離れる。
何をお願いしたのか、なんて聞いてくると思っていたプロンプトは、そんなことは言わずに俺の腕にくっついて屋台を見たいと言ってきた。
「お、じゃあコーヒーの礼になんか買ってやるか」
「いいの!? わー、なに買ってもらおっかな~、向こうにすっげー高いステーキ串があったんだよね」
「おい、ちったぁ遠慮しろよ」
両脇に屋台の並ぶ道を意気揚々と歩くプロンプトの背中を少し遅れて追っていると、今度は隣にイグニスが並んだ。
そうして「良かった」と、なんに対してだかわからない言葉を落としてくる。
思わず横を見上げれば、やけに穏やかな顔をしたイグニスがプロンプトへと視線を向けていた。
「なにが」
「……お前がプロンプトと付き合うだなんて言い出したときにはどうなることかと思ったが」
それは初耳だ。あのとき、確かイグニスは表情ひとつ変えずに賛成の言葉を口にしたはずだったけど。
「あの子はお前を支えようとよく頑張ってくれている。自分がノクトと一緒に居たいだけだと言っていたが、おかげで城でもなかなか評判が良い。もちろん、付き合ってることは誰も知らないが」
「……へぇ、それも初耳だわ」
それも、と言ったことに対してだろう、イグニスは少し怪訝そうな顔をしながらも言葉を続ける。
「お前もこれまでより頑張っていると評判だ。まぁ……下心もあるだろうことは察するが……結果良ければ、だ」
「一言余計だっつの」
「それはすまない。だがおかげで俺も安心できる。お偉方のくだらない小言もずいぶんと減ったしな」
「俺もお前の小言が減って助かるわ」
「そうか。なら誰も損をしないな」
珍しく小さく声を上げて笑ったイグニスは、最後にぽんと俺の背中を叩いて大きく足を踏み出した。
「お前たちふたりで頑張っていけば、願い事は叶うさ」
「は?」
「ずっと一緒に居たい、だろう?」
思わず口を塞ぐ。まさか声に出してたか、なんて焦っての行為だけど今更だ。
冷や汗でも出そうなくらい焦る俺に、イグニスはもう一度笑い声を上げて告げた。
「安心しろ、口には出ていない。顔には出ていたがな」
結局汗が額に滲んだ。急に上がった体温のせいで。