最初の選択
「今日、ウチ来るか?」
「え!いいんですか!?行きます!」
と、元気良く返事したのを今はちょっとだけ後悔している。
いや、ちょっと違うな。後悔、じゃない。響也さんの家に行けるのは嬉しいんだ。
ただ、恋人の家に二人きり、という緊張を免れない状況じゃなければ。
俺も響也さんも、全く出来ないって訳じゃないけど、蒼星さんや仁さんほど料理が上手とはいえなくて。
何より、稽古終わりだったし「今から作るのは面倒臭い」って理由でお店でテキトーにご飯を買って響也さんの家に向かった。
着いて直ぐご飯を食べて、響也さんオススメのミュージカル映画を見て、お風呂に入って。
その時点で結構遅い時間だったんだけど。
(や、やっぱりする、のかな…?)
明日は一日オフだし、でも、今日は稽古で疲れてるからやっぱりなし?
そういう意味で誘ったんじゃない?
でも、でも…。
「昴」
「……はい」
「これはどういうことなんだ?」
「ええっと…」
悩みに悩んで、考えに考えて、「もう寝ようか」と響也さんに言われて寝室に入りベッドを見た瞬間、俺はいつの間にか響也さんを押し倒していた。
「あ、明日お休みだし、いいか、なぁ?と思って」
響也さんの視線が痛い。イケメンの睨みは通常の倍、痛い。
下から突き刺すように見られて、思わず俺は顔を逸らしてしまう。
「そっちじゃない。そうじゃなくて、なんで俺がコッチなんだ?」
「?」
コッチ?響也さんの言いたいことがわからなくて俺は首を傾げる。
「だから、何で俺が押し倒されてるんだ?」
「………」
たっぷりと考えること10秒。
「えっ!?オレが下ですか!?」
え、だって、え…!?マジで?響也さんが上?!
凄くビックリして自分でも引くくらい大きな声が出てしまった。しかも裏返ってるし。
直撃をくらった響也さんが煩そうに眉を顰めて耳をおさえている。
「そこまで驚くことないだろ」
「だ、だって…」
最初の選択を間違ってしまったことに焦り、しどろもどろになっている俺に対し、響也さんは冷静だ。
というか、若干怒ってる気がする。
「なんで俺がこっち…下だと思ったんだ?」
「あ、いや…だって、響也さんはオレよりその…小さいし、体格も……だし」
「へえ…?」
「そ、それに!顔も綺麗だし!可愛いし!何より、その……オレなんか、抱いても…」
俺なんて抱いても気持ち悪いだけなんじゃないか、とまで言おうとして、流石に自分でも悲しくなってやめた。
それ以前に、墓穴を掘りまくっているのは分かっていたが、上手く言葉に出来ない。
だって、こんなデカくてゴツイ…ってプロレスラーとかアスリート程じゃないにしても、やわらかい所は少ないし、何より声だって響也さんみたいに綺麗じゃないし。
だから、こんな俺なんて。
「と、とにかく!ダメなんです!大体響也さん、オレで勃つんですか!?」
俺は勃ちますよ!と、勢いに任せてとんでもないことを言ってしまう。
「試してみるか?」
「…へぁ?」
予想外の返しに脳の処理が追いつかなかった。
響也さんの綺麗な顔がいつの間にかすぐそこにある。
ミュージカルに触れている時、キラキラって感じで輝いている瞳が、今は熱っぽく肉食動物みたいにギラギラしてる。
そんな状態の瞳も綺麗だな、なんて見入っていたらあっという間に唇を奪われていた。
「んん!?」
隙だらけの俺の口内に、すかさず響也さんが舌を突っ込んできて。
響也さんの熱い舌がオレの、オレの口の中、暴れまわってる。
いつもは唇を合わせるだけのキスが多くて、舌がはいってもじっくりゆっくりって感じで、こんな性急なキス初めてでどうしたら良いか分からない。
「ん、ンッ、ッ」
「鼻で息しろ」
「はっ…ん、な…んんっ」
そんな器用なこと出来ない。こんな激しいの、したことない。
響也さんの服をギュッと掴んで縋りつきながら、合間合間に何とか息を吸い込むけど、だんだん頭がぼぅっとしてきた。
「ん、っ、ふ…ゃ、さ…」
もう無理だと薄っすらと開けた瞼の隙間から響也さんの顔を見る。こんな間近にあるのが恐ろしくなるほど整った顔で、でも、見たことない熱を帯びた瞳がオレを見返してて、オレの腰から背中にかけてよく分からないゾワゾワが走り抜ける。
「っ…はッ、はぁ!」
やっと唇を離されて慌てて酸素を吸い込む。急ぎすぎて途中咳き込みながら、縋りつく体勢はそのままに酸欠でクラクラする頭を響也さんの肩に乗っけた。響也さん、多分重いだろうなって思ったけど、足にも力が入らなくって動けない。
「昴」
名前を呼ばれたけどすぐに返事なんて出来なくて。
変わりに、服を握ったままだった右手を掴まれる。
「ッ…?っ、うひゃ…!?」
誘導された右手に何か触れた。なんだろ、って考えて、それが響也さんのアレだって気付いて。
「な、なッ…!?」
さっきまでふにゃふにゃだった体が一気に強張って、信じられないものを見る目で響也さんを見てしまう。
だって、だって、ちょっと触っただけだけど、響也さんの、アレ、ズボンの下で凄いことになってた。
「これで、分かっただろ?」
うろたえまくっている俺に反して、響也さんは相変わらず冷静だった。
落ち着きのない子供に言い聞かせるみたいに、有無を言わせない感じで、俺のことを相変わらずジッと見てくる。
響也さんのが、俺とのキスで勃ってる。
そうちゃんと認識したら、心臓が痛いくらいドクドクして顔も熱くて、どうしたら良いか分からなくて心臓の辺りをギュッと掴む。
「お、俺…」
どうしよう。どうしたら良いんだろ。
俺、響也さんに抱かれちゃうのか?それはイヤ、じゃないけど、ずっと俺が抱く方だと思ってたから、心も体も、どっちも準備できてない。困り果てて、縋るような思いで響也さんを見つめ返したら、さっきまで険しかった表情が不意に柔らかくなった。
「そんな心配そうな顔するなよ」
やり過ぎたかな、と眉を八の字にした響也さんが、俺の頬を優しく撫でる。
「大丈夫。ちゃんと、優しくするから」
そう言うなり、響也さんが身を乗り出したかと思うと、凄く滑らかかつ自然な動作で体の位置を入れ替えて、仰向けに俺をベッドに押し倒す。さっきと逆の体勢で、見上げた先には響也さんの顔と天井があって、「優しくする」って言って貰ったのに俺は緊張のせいで体がガチガチだった。
「すばる」
優しくてあったかくて、それでいてちょっと切なくて、愛おしい。
そんな、俺の頭の中にある単語だけじゃ到底表現できない声で名前を呼ばれて、胸の奥と、あと、腰の奥がゾクゾクする。
「きょ、きょうやさ…」
そんな声で呼ばれて、見つめられて、触られたら、俺、おれ…!
「よ…よろしく、お願いします」
て、言うしかないじゃないですか!!
こうして俺は、最初の選択こそ間違ったものの、無事響也さんと結ばれることが出来たのだった。