長谷部が苦手な審神者と主大好きな長谷部がなんだかんだ心を通わせて両想いになる話の最初の一歩――私は、へし切長谷部という刀が嫌いだ。
嫌いというか、苦手と言ったほうが失礼じゃないのかもしれないけど、
どちらかというと"嫌い"と言ったほうがきちんと伝わりそうなので、嫌いだと言う事にしている。
「主、あなたの望むままに」
審神者に忠誠を誓う刀は彼だけではないし、役に立ちたい、愛してほしいと願う彼らの想いもわかっている。
一番になりたいという気持ちは誰もが持っていて、そのうえで私は彼らの主として平等に扱うことが必要とされている。
なのに――
「主、なにか俺にできることはありませんか?亅
「主、少しお耳に挟んでおきたいのですがーー亅
「主」
「あるじ」
「……もう、無理!!!」
私は勢いよく立ち上がると執務室の奥にある私室の鍵を開け、飛び込んでから急いでドアを締める。
内側から鍵をかけてしまえば向こうから開けることは決してできないし、合鍵を持っているこんのすけはかれら刀剣男士の言いなりになることはないだろう。
ドアに持たれて大きく息を吐くと、その向こうで控えめなノックと共に私を呼ぶ声がした。
「主……何か、お気に障ることでもあったのでしょうか?」
声の主、へし切長谷部は少し困ったように息を吐く。
返事をすべきかどうか迷ったけれど、本人に自覚がないのなら真実を伝えたところで無駄になるような気がして、私はため息とともに「なんでもない」と声を上げた。
「……なんでもないなら、どうか開けて頂けませんか」
「ごめん、それは無理」
「では、せめてここでお話を――」
優しくなだめるように話しかけてくる長谷部の声に耳をふさいで床に座り込む。
手に持っていたメモ帳に「夕食には行きます」とだけ書いてドアの下から差し込むと、長谷部はそれを受け取ったようで、少しすると長い紙にそれを了承したことや何があったか教えて欲しいという事、それから体調不良の場合は迷わず政府本部に連絡をするようにと念押しするように書かれていた。
「……悪い人じゃないことは、知ってるんだけどなぁ……」
急いで書いていたはずなのにとてもかっちりとした字のメモを眺めながら、私はぎゅっと目を閉じた。
* * *
「苦手なものから逃げていても改善しないと思うので、一度話し合ってみてはどうだろうか」
「そりゃ……もちろん……」
初期刀の蜂須賀虎徹が全くの正論をぶつけてきて、私は言葉を失う。
話し合って改善するものなら何としてでもお願いしたいとは思うけど、長谷部の場合は持って生まれた性質、
いわば彼の性格設定のようなもので、それは揺らぐことが無さそうな気がする。
それを指摘したところで長谷部は落ち込むかもしれないし、逆に「その程度の事で」と叱られるかもしれない。
泣いてすがられたりしても困るし、とにかくできるだけ距離を置きたいと思っているのだ。
「主の事だから、遠征部隊にでも組み込めば直接顔を合わせることもない、とでも思っているのだろうけど……
その場しのぎの対策で事態が良い方向に動くとはとても思えないよ」
「いや……うん、蜂須賀の言う通りだね」
はぁぁ、と大きく深呼吸すると、意を決して蜂須賀を見上げる。
「こんな時間だけど、起きてたら長谷部を呼んできてくれる?」
「ああ、お安い御用だ」
蜂須賀は私の言葉を待っていたようにスッと立ちあがると、綺麗な所作で部屋を出て行った。
* * *
「――主、俺に話があるとお伺いしたのですが」
蜂須賀が出て行って5分もしないうちに長谷部が部屋を訪ねてきたので、私は慌てて居住まいを正す。
呼びに行ったはずの蜂須賀はまだ戻ってこないというのに、長谷部はワープでもしてきたかのように部屋に入ると、私の後ろで跪く。
「……蜂須賀は? 長谷部を呼びに行ったはずなんだけど」
「ああ、あいつならじきに来ますよ。俺は主をお待たせしてはいけないと思い、先に参りましたので」
「……そう。ええと、じゃあとりあえずそこに座ってもらっていい?」
「かしこまりました」
長谷部はなぜか嬉しそうに私の顔をじっと見つめてくるけど、これから話す内容を思うと笑顔になれるわけもなく、なんと言うべきかと思考を巡らせる。
「あのね長谷部……実は」
「はい!」
――キラキラした目が私を見つめている。
……うぅぅ、これは言いにくい……
「その……長谷部がね」
「ええ、なんでしょう?」
――あなたの性格が苦手だから、あまり近づかないでほしい。
そう、スパッと言えていたらここまで落ち込むこともないのだろうか。
「えっと……」
「はい」
顔を上げると目が合う。
そのまっすぐな瞳に見つめられると、私は何も言えなくなってしまう。
「話は終わったか?主」
目を逸らしてうつむいていると、 蜂須賀虎徹が堂々と執務室の扉を空けた。
「えっと……まだ、かな」
「主には主のタイミングがあるだろう、急かしてどうする」
長谷部のフォローは有難いけれど、できればこの状況は早く脱したいし、それができないからこうなっているわけで。
告白は、内容がどうであれとても勇気と時間のいる行動だと妙に実感していたら、蜂須賀は少し苛立ったように私を呼んだ。
「主、いつまでこうしていても埒が明かないからと長谷部を呼んだのだろう?それなら、”嫌いだ”と一言伝えるだけなのに、一体何を迷っている?」
全くの正論だし、蜂須賀ならそれが出来る。
だからこそ、このこの期に及んで私がイジイジしているのが見ていてとても不快なのだろう。
「うん……そ」
「主は俺の事がお嫌いなのですか」
「え」
長谷部は眉を八の字にして、困ったように私の顔を覗き込む。
「いや……あの」
「ああ。へし切長谷部特有の主への執着が嫌いだと、以前からハッキリ言っていた」
私の代わりに蜂須賀が答え、私は長谷部と蜂須賀を交互に見る事しかできない。
「俺特有の、執着」
「ああ。へし切長谷部というのはそういう刀なのだろう、しかし近侍でもないのに何かにつけて自分を訪ねて来ては何かしようと手を出してくる所、主にとっては嫌悪感を抱かずにはいられないそうだ」
「あれは……何か、主のお手伝いができればと……」
「そういう所だな。指示もないのに執務室をやたら尋ねるのはへし切長谷部、お前くらいのものだから」
蜂須賀に相談したのは間違いだったのだろうか、私が苦手だと感じているところをこれでもかというくらい
まっすぐに伝え、長谷部は言葉を失ったように黙り込んだ。
「あのね……長谷部」
「主……蜂須賀の言っていたことは本当ですか。俺は……主の口からお聞きしたい」
長谷部はすっかり俯いてしまい、表情は読み取れない。
いつもの声とは違う弱々しい声に、私は罪悪感で胸が一杯になる。
だって長谷部のその性格は、誰にも変える事が出来ないものなのだから――
「苦手……っていうか、その、解釈違い? なのかな……前の主と色々あって、その……執着しちゃうっていう性格? っていうのはわかってるんだけど……もっと、こう……クールに接してほしいというか」
しどろもどろになりながら言葉を探していると、横で蜂須賀が大きく溜息を吐く。
長谷部も不思議そうな顔で私を見ていたので私は大きく深呼吸して、長谷部の顔をみつめた。
「……ごめん、何言ってるのかわかんないよね。
多分あなたみたいな刀剣が本丸にいるのはとても有難いことだと思ってはいるの。
へし切長谷部の人気はものすごくて、いろんな本丸の近侍やお世話係みたいなポジションだっていうのも知ってるし……でも、私は顕現してすぐからそんな風に迫ってこられて……正直、困って、それで嫌いになってしまった。この本丸の審神者はそういうタイプなんだって、判ってくれればそれだけでいいから」
そして、できればせっかく人の形になったのだから、主の私だけでなく、色々な人や刀剣と接してほしい。
願いを込めて長谷部に告げると長谷部はしばらく何かを考えるように目を逸らし、それからまっすぐこちらを見た。
「――主の仰りたいことはわかりました」
「えっ……本当?」
「ええ。主の信頼を得るにはもっと……段階を踏む必要があると言う事ですね」
嫌い、と言われているのに自信たっぷりにそう宣言すると、パッと破顔してみせた
「奥ゆかしい方だとは思っておりましたが、そうですね。
確かに主は女性でもある訳ですし、いきなり主命を求め俺を信頼してくれとは図々しい行為でした。
ですがもう大丈夫です。これからはきちんと文を送るなり、事前に予告をしてからこちらへお伺いしますし正しい手続きの上で主の役に立つ刀である事を証明して見せますよ」
そう言うと長谷部は「それで良いのだろう?」と蜂須賀にも問いかけ、蜂須賀もまた
「ああ、手順を踏むのであれば構わないだろう」
と真面目に頷いたので、私の意志はどこかへ行ってしまったように遠くを見る事しかできなかった。
「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ、嫌いだと感じて頂けるほど、俺の存在があなたにとって大きなものであったとわかり、むしろ嬉しく思っております。これからも――よろしくお願いいたしますね、主」
最後の”あるじ”にはハートマークが尽きそうな勢いでそう告げられ、あれよあれよという間に話に決着がついたこととなっていて、
気が付けば執務室に私は一人残され、長谷部と蜂須賀は部屋へ戻っていた。
明日から起こる長谷部からの怒涛のアピールの嵐によって起こるちょっとした騒動と、
それからいつの間にか、なぜか、結果的に、私自身が”へし切長谷部に焦がれる女審神者”になってしまった…という経緯については、誰かからの要請があったら、どこかの機会にでも。
だから――私は、へし切長谷部という刀が嫌いだ。