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    最愛の天国よりどたどたと大きな足音が近づいてきたので玄白はカルテを整理していた手を止めた。壁時計に目を向けると時刻は夜の11時。こんな夜更けに診療室兼自室に踏み込んでくる男などおそらく一人しか居ないだろう。その足音の勢いのまま盛大に扉が開かれることは無かったが、代わりにやや乱雑にノックされた。そんなに大きな音を立てなくても十分聞こえるのだがなと思いながら玄白は扉に手を掛けた。

    「玄白さん!誕生日おめでとう!」
    扉を開けると源内が満面の笑みで廊下に立っていた。そして割れんばかりの大声で祝いの言葉を述べる。そのボリュームと勢いに若干圧倒されつつも玄白は冷静に言葉を返した。
    「お前は当の俺以上にはしゃいでいるな…」
    「玄白さんが静かすぎんだよ!めでてえ日じゃねぇか!もっと嬉しそうにしてくれよ!!」
    「わかったから廊下で騒ぐな、声が響くだろ」
    何時だと思ってんだと言いながら玄白は源内を部屋へと招き入れる。彼相手だとどうも自分はいつも以上に説教臭くなってしまう。実際、源内はこの声量のまま廊下に立ったまま朝まで話し込みそうな勢いであったし、この騒がしさを聞きつけて何事かと既に寝静まっている仲間達が起きてくるかもしれない。なのでこの判断は最善なのだ。

    10月20日。玄白の誕生日。
    今日は偉人達が朝から代わる代わる玄白の元へ誕生日を祝いにやってきた。アビンとの戦いの中に身を置いている以上、彼らにとって怪我はつきものだ。その為豊富な医術知識を持つ玄白の存在は無くてはならないものであり、玄白の迅速且つ的確な処置(時たまやや強引だが)によって助けられている偉人は数多くいる。
    純粋に祝いの言葉を述べる者、日頃の治療について感謝を述べる者、それにかこつけて薬をねだる者など。中には贈り物をくれる偉人達もいた。ライト兄弟からは飛行機の模型を貰った。新たに設計し始めたものらしく、まだ試作段階なんだと彼らは言っていた。しかしそうとは思えないほど精巧な作りをしていたので診療室の机に置いてある。
    ちなみに屋敷の台所を通りがかった際に、玄白と同じ医者仲間である鴎外にも声を掛けられ祝われた。昼時であったこともあり饅頭茶漬けを振る舞ってやると言われたのだが、それは丁重に断った。
    誕生日という日に元から特別拘りの無かった玄白だったが、毎年こうもみんなから祝われるとどこか落ち着かない気分になってしまう。単純に言ってしまえば嬉しいのだ、そして少し照れくさい。今まであまり感じたことの無い感覚なのでこの時期はどういう表情をすればいいのかが未だによくわからない。いつものように平静を装えばいいのか、それとも手放しで喜んでみるか。いや、そのようなことをしたらどうしたんだと逆に心配されてしまうかもしれない。

    「玄白さんよぉ…ほんとに喜んでるのか〜〜?」
    玄白が思考を巡らせていると、彼とは正反対に思っていることが何もかも顔に出てしまう源内がこちらをやや不満げな顔でのぞき込んでいた。表情の出にくい友人の心中を察そうと思ったのだろう。
    「いや、これでも気分は上がっているんだがな」
    「ええ…全然そうは見えねぇんだけど…。あ!でもこれ見たら流石のあんたもテンション上がっちまうかもなぁ!」
    そう言って源内は得意げな顔で手にしていた風呂敷を広げる。
    「じゃーん!これだ!」

    現れたのはなにやら正二十面体の黒い箱のようなものだった。よく見ると面には小さな穴が無数に空いている。その妙な箱の正体に全く検討が付かないまま玄白はそれに手を伸ばす。
    「見たところ何かの新しい発明か?箱の中には電球も入っているようだが…。何だこれは?」
    「まあまあ、それはこれからわかるからさ」
    そう言いながら源内は部屋の明かりを消した。部屋は暗闇に包まれ、源内は黒い箱を床へと設置する。そのまま源内は床に座り込んだので玄白も隣に腰を下ろす。
    源内が箱の中の電球を捻ると箱に空いた無数の穴から一斉に光が漏れ、天井一面へと映し出された。先ほどぱっと見たときにはわからなかったがこの穴は無作為に開けられたものではなく何らかの形を模してしていたようだった。七つの光が柄杓のような形で並んでいるのを見て玄白は理解した。
    「星空か?」
    「当たり!部屋の中でも星空が見えるっつー絡繰りでさ、ガリレオさん達にも手伝ってもらって作ってみたんだけどよ。プラネタリウムっていうらしいぜ」
    あいつが教えてくれたんだ、と言いながら源内は笑った。あいつ、というのはこことはまた別の世界からやってきたという女性のことである。俺たちをこの世界に呼び出した張本人であり、新しい知識を玄白達によく与えていた。それにインスピレーションを受ける偉人達は多く、それは源内も例外では無かった。
    「成る程…。星空をプレゼント、これを見せたかったから夜にわざわざここを訪ねてきたってことか。お前は案外ロマンチストなんだな」
    「からかうなって!なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきたんだけど…」
    「褒めてるんだよ、ありがとう。大切にする」
    「…おお、ん?いやこれ褒められてるのか?」
    なにやら納得していない源内を見ながら、玄白は微笑んだ。
    源内は良い奴だと思う。多少突っ走ってしまうことはあるが発想は天才そのものだし手先も器用だ。どんな小さい発明でも完成したら今日のように走って玄白に見せに来る。玄白はそうして自分の元にまるで幼子のような無邪気な笑顔が嫌いでは無かった。このことを源内本人に伝えたことは一度も無い。


    『君、が杉田玄白なのか』
    玄白が源内と初めて“再会”した時。その頃の玄白は今のような診察室では無く、庭に面した大きめの和室で偉人達の診察を行っていた。夏の始め、まだ夜も涼しかったので障子を開けたままにしていた。
    夜風に紛れて懐かしい人の声がした気がする、と玄白が書きかけのカルテから顔を上げると庭先に一人の青年が立っている。燃えるような赤毛の青年は玄白の顔を見るともう一度玄白にお前が玄白なのか、と尋ねた。赤毛とは対照的なエメラルドグリーンの瞳がふたつ揺れている。それを見ながら玄白はそうだと言った。その青年とは初めて会ったのだが、彼が誰なのか、自分の感覚的にわかっていた。間違いないだろう。きっと、彼は。
    『源内さん』
    そう名前を口にすると青年—平賀源内は瞳を一層輝かせた。姿はあの時とは随分違っているがこの人がこの世界の平賀源内なのだと。会えて嬉しくないわけが無い、親友なのだから。玄白は柄にも無く鼻の奥がつん、として涙が出そうになったが、そう思った時には既に源内に飛びつかれていた。
    『おい!いきなり飛びつ…』
    『久しぶりだな…玄白さん。俺、あんた、に会えてッ…、会いたかった…!』
    苦しいくらいの力で源内に抱きしめられながら、玄白はこの人はこんなに暖かかったのかと思った。心臓の鼓動が聞こえる。また会えたのか。2人とも生きて、また会うことができたのか、ここで。玄白は源内の涙で濡れる左肩を感じながら彼の背に腕を回した。

    そこからは夜通し2人で生前の思い出話に花を咲かせ、気がつくと外が明るくなっていた。
    『もうこんな時間かぁ、長居しちまったな』
    そう言いながら欠伸混じりに源内が立ち上がった。
    『なぁ、玄白さん。もし覚えてるなら教えて欲しいんだけどさ』
    『何だ?』
    『俺の誕生日と…俺が死んだときの事ってわかるか?』
    玄白は息を飲んだ。
    源内は自分の誕生日を思い出せないのだという。そして自分が死んだ時のことも。それ以外は全て思い出せるのにどうしてもその二つが思い出せず、思い出そうとすると頭が痛くなるらしい。
    少し考えて玄白は口を開いた。
    『…生憎だが俺もどちらも覚えていなくてな、すまない』
    『そっか…。変なこと聞いて悪かった』
    ありがとう、と言って源内はその場を後にした。
    残された玄白は魂が抜けたようにその場から立ち上がることが出来なかった。代わりに玄白は長いため息をついた。
    源内の誕生日を覚えていないのは本当だったが、死んだ時のことを覚えていないというのは嘘だった。玄白は彼の死については鮮明に、昨日のことのように覚えている。忘れもしない、あの日のことを。罪を犯して獄中死した源内の墓を建てたのは、紛れもない玄白本人だったのだから。
    その後猫から転生前の記憶の保持は偉人によって個人差がある、と教えられた。つまり源内のように部分的に記憶が欠落しているのは何ら不思議なことではなく、この世界の誰にでもあり得ることなのだ。異世界に転生するにあたって起こった不具合なのだろうか、それとも源内本人が無意識のうちに余程忘れたかったことなのか。それはわからない。
    あの時、玄白は真実を伝えなかった。大切な親友の死を。死に方を。
    自分より年上で、自分より早くこの世を去った親友の墓の前でどうして普通に死んでくれなかったのかと玄白は嘆いた。変わり者で普通で無かった貴方だからこそ、息を引き取る時にはどうか、どうか普通に常人と同じように畳の上で安らかに死んで欲しかったのに—。


    「玄白さん?」
    源内に声をかけられて、玄白ははっと目を覚ました。プラネタリウムを見ながらどうやら寝てしまっていたらしい。電気は消されたままだったが、玄白は診療用のベッドの上に運ばれていた。玄白が起き上がろうとすると源内がそれを手で制した。
    「良いって、そのままで。玄白さんすげぇ魘されててさ…。どうしたのかと思ったんだよ」
    「悪い、少し疲れていたらしい」
    玄白はもう一度ベッドに脱力した。
    「ったく…。医者の不養生ってのはシャレになんねぇからな。あとさっき運んだ時も思ったんだけど玄白さんすっげぇ軽くね?ちゃんと食ってんの?」
    今度鰻でも焼いてやるよ、と言いながら源内はベッド際の丸椅子に腰掛けた。それをぼんやりと眺めながら玄白は呟いた。
    「源内さん」
    「んー?」
    「ここに来たばかりの時に言っていたことは思い出せたのか」
    源内の表情が固まった。
    しまった、と思ったがもう遅い。一体こんなことを聞いてどうするのか、と玄白は自問する。あの日、源内に真実を伝えなかったことに対する罪悪感はあった。しかしこの記憶は決して気分の良い記憶では無いので本人に改めて伝えなくてもいいことだとも思った。そうやって自分の中では折り合いをつけたはずなのに。なんで、何を今更。玄白は自分らしからぬ失態に天を仰いだ。
    「...なんでもない、忘れてくれ」
    「あのな、玄白さん」
    しばらく黙っていた源内が口を開いた。
    「ここに来たばっかの時さ、少し怖かったんだよ」
    「…怖い?」
    「ああ。自分が生まれた日のことも死んだ日のことも覚えて無い、ってのは結構怖いぜ?俺は本当に『前の世界』で生きていたのか、っていう不安もあった」
    椅子に座り直して、源内は絞り出すように続ける。
    「けどわからないものは考えてもしょうがないしな。そのうち色々思い出すかもって考え直した時に、庭から玄白さんを見たんだ」
    あの日と同じエメラルドグリーンの瞳が玄白の方へと向けられる。
    「もちろんあんたとは初対面だったけど俺、この人知ってるな、って思った。それと同じくらい、きっとこの人も俺のことを知ってるって、なんだかわかんねえけどわかったんだ」
    わからないのにわかった、とは。感覚的にわかった、ということなのだろうか。玄白は少し首を傾げた。
    「なんだそれ」
    「うーん、上手く言えねぇんだよな…。そういや玄白さんは俺とここで初めて会った時に何か感じたか?」
    なにか源内を見て感じたこと。改めて玄白は源内をまじまじと見つめる。
    「こいつ髪が赤いな、とか?」
    「そっ…!それならあんただって青いじゃねえかよ!」
    「まあそれは半分冗談だ。思ったことは他にもある」
    「え」
    玄白がベッドから身を起こし、悪戯っぽく笑いながら言った。
    「こいつは平賀源内だってな、『わからないのにわかった』よ」
    「ッ…!」
    「この『わからないのにわかる』っていうのはどうも釈然としないんだが…。…おい、源内さん」
    源内は泣いていた。いつかの夏の日の夜のように、肩を震わせてぼろぼろと涙を流している。拭うこともされないその水滴は次々とシーツに吸い取られていった。玄白は源内の膝に置かれていた手を握りこむ。
    「俺も、源内さんと同じ気持ちだった」
    源内の止まらない涙を見かねて手を伸ばそうとすると、とん、と源内の額が玄白の肩に押しつけられる。そのまま源内は玄白の手を握り返す。
    「源内さん」
    声をかけるとずる、と鼻を啜って源内が顔を上げて玄白に向き直る。涙と鼻水塗れのひどい顔だ。
    「この場所でまたあんたと会えてよかった」
    それを聞いて源内は小さく何度も頷き、玄白の手を握り返した。

    「今は怖くないのか」
    「今?」
    そう玄白が問うと源内がベッドの上で転がりながら聞き返した。
    本来このベッドは患者用のものなのだが、今晩は源内にここで寝て貰うことにした。時刻もすっかり日付を跨いでおり、源内も自室に戻りそうに無かったからだ。それに何より泣き腫らした顔の人間を部屋から出すのは気が引ける。
    しかし相手が源内でもこうして隣同士のベッドでお互いに寝たまま会話するのはなかなか新鮮だ。例えば友人と泊まりがけで行く旅行などはこんな感じなのかもしれない。実際に行ったことがないのでわからないが。
    「今はあいつとか仲間達もいるし、怖いって気持ちは無ぇよ」
    毎日が楽しいんだ、と言いながら源内は笑う。
    「それより玄白さん」
    源内はまだ話足りないと言った具合に話しかけてくる。
    「何だ」
    「嬉しかった、さっき。あんたも俺と同じこと思ってたんだな」
    「妙な言い方はやめろ…」
    雰囲気に飲まれた(ということにしておきたい)のかさっきは割と、というかかなりクサイことを言ってしまった自覚はある。プラネタリウムを貰った時に源内のことをからかってしまったが自分も大概ロマンチストなのかもしれない。冷静な自分は源内とは常に対極にあると思っているのだが。
    「っていうかさ、こうやって寝たまま誰かと喋るのってなんか旅行みたいじゃねぇか?」
    「…」
    「玄白さん?え、どうした?」
    撤回。ここでも彼とはまったく同じことを考えてしまっていたようだ。源内が悪い訳では無いのだが玄白は思わず源内をじろり、と見てしまった。
    「そんな目で見んなって!あ、そうだ今度どっか行こうぜ?温泉とかさ」
    「…ああ」
    「だよなぁ、玄白さん忙しいし…って、え!?」
    「考えておくと言ったんだ。もう寝る」
    玄白は寝返りをうち、源内に背を向けた。一方の源内はというと玄白から思いもよらない返事をされた衝撃からか、温泉…泊まり…温泉…と念仏のように唱えていたがやがて静かになりすぅすぅと寝息を立て始めた。玄白は横たわったまま視線を隣のベッドへと移す。
    源内の安心しきった寝顔を見ながらこいつが今幸せならそれでいい、と玄白は思った。
    彼にはどうか幸せなままで死んで欲しかった、という願いはある種玄白のエゴに過ぎず本人は新しいこの世界でまた思い出を作ろうとしている。自分の誕生日にプラネタリウムを作って一緒に見たことだって、思い出の一つとして2人の記憶にずっと残るだろう。
    一度死んで、再び生を受けた以上、記憶を失っていたとしても前に進むしかないのだ。源内の過去に縛られていたのは本人では無く玄白の方だった。
    なら自分も前に進まなくてはいけない。こいつともっと思い出を作っていきたい。
    早速明日、旅行について相談してみるか、と思いながら玄白は再び目を閉じた。
    Zehn_ymt Link Message Mute
    2019/01/02 20:27:52

    最愛の天国より

    新年あけましておめでとうございます。

    杉田玄白と平賀源内の蘭学組の話。
    『ラヴヘブン』サービス終了が刻々と迫ってきていますね。今までの感謝の気持ちと、自分の気持ちを整理する意味も込めて書いてみました。
    捏造大半、史実も少し。主人公ちゃんは直接本編に登場致しません。

    自分にソシャゲとはなんたるか、を楽しさと同時に苦しさも教えてくれたこのコンテンツを忘れません。
    約4年間ありがとうございました、そしてお疲れ様でした。
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    もっと書きたいことあったけど力量不足...!!小説難しいな...考えているネタもまだあるのでのんびり書いていきます。
    カップリング要素はありませんつもりです。今回は友情です、や〜〜〜杉平も書きてえなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(正直)

    #ラヴヘブン
    #蘭学組

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