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    なにわのゆめ ──ほうほけきょ。
     中庭から鶯の鳴き声が聞こえる。咲き誇る桜の花が、円窓に切り取られて絵のように見える。この本丸にも何度目かの春が来た。
     三日月宗近は、自分の部屋のもうあたたかくはない炬燵に足を入れている。火を入れてもいいが、炬燵布団があるだけで十分だった。向かいには同じように座る一期一振がいる。三日月が誘った。茶でもどうだ、と、どこぞの鶯のように囀って。
    「そういえば、今日はえいぷりるふうる、というやつらしい」
     三日月が湯呑を傾けながら一期を見やる。ああ、と返事をして一期が茶請けに、と出されたカステラを菓子切で切り分けた。
    「嘘を吐いても良い日ですね。弟たちが何かと画策しているようで……」
     困ったものです、と言いながら笑うその声音も顔色も、不安が混ざりつつも随分と穏やかだ。
    「あっはっはっ、なに、聡く優しい子らだ、心配はいらんだろう」
    「ありがとうございます、三日月殿」
     今度はただ穏やかに笑う一期を見て三日月が茶を啜る。あたたかなそれをゆっくりと飲み込んで、ふう、と一息。白い湯飲に入った色鮮やかな茶と、正面に座る一期を視線だけで何度か交互に見比べた。
    「……ふむ、そうだ。俺も一つ嘘を吐いてみるか」
     カステラを口に運んでいた一期の動きが一瞬止まる。なんとなく三日月はそういうものと無縁だと思っていたから。この美しい刀はどんな嘘を吐くのだろう。見当もつかずにカステラを口に含んだ。
    「好いているぞ、一期」
     にこにこと笑いながら三日月が一期を見る。その屈託のない笑顔に一期が何度か目を瞬かせた。モグモグと口を動かして咀嚼途中のカステラを飲み込んで、茶を飲む。その間も三日月は楽しそうに、真正面から一期を見ては、にこにこと笑っている。
    「私もお慕い申し上げる、三日月殿」
     こほん、と一度咳払いをしてから、一期も穏やかな微笑みを浮かべてそう告げる。ひい、ふう、みいと、言葉の無い時間が流れて、そして二人で改めて顔を見つめ合って大きく笑った。
    「あっはっはっ、まさかそう返されるとはなあ」
    「三日月殿こそ、今から嘘を吐く相手に宣言してどうするのです」
    「いや、嘘はよく分からん」
     けらけらと笑いながらお互い思い思いに茶を啜る。ほけきょ、と鶯がまた鳴いた。ふと、一期が窓の外を見る。
    「そろそろ鶴丸殿たちが帰ってくる頃合いですね」
    「ああ、そういえば今日の近侍は一期一振だったなあ。出迎えてやらねばな」
     はい、と返事をして一期が残ったカステラと茶を少し慌ただしく口に運ぶ。その様子を見ながら三日月はゆっくりと自分のカステラを口に運んだ。
    「ご馳走様でした。では、失礼します」
    「ああ。またこのじじいと茶に付き合ってくれ」
    「勿論、喜んで」
     すくりと立ち上がった一期は、部屋を出る前に恭しくもう一度礼をした。それを三日月が軽く手を振って見送る。廊下を歩く足音が次第に遠ざかる。その足音を聞きながら、少しぬるくなった茶をまた一口。
     エイプリルフール、というものを三日月に教えてくれたのは今剣だった。みかづき、しっていますか? なんと、うそをついてもいいひなんですよ! と、得意気に。そして、教えてくれたことは他に二つ。
     ふと、庭の方が騒がしくなる。太鼓鐘貞宗が率いる、伊達に縁のある刀たちで編成された部隊が遠征から帰ってきたようだった。ひょこりと部屋から顔を出してその様子を確認すると、出迎える一期と、誇らしげに成果を報告する太鼓鐘の姿が見えた。その様子を後ろから鶴丸が見ている。主にも報告に向かうのだろう、太鼓鐘が踵を返す。あとに残った鶴丸が一期と何か話をしている。どちらも青い空の下、桜が咲いたように笑った。
     その姿を微笑ましく見つめて、三日月は炬燵へ戻った。湯呑を両手で持って、じんわりとあたたかなそれで指先を温める。
     エイプリルフールについて、今剣から教えてもらったことは三つ。一つは、嘘を吐いてもいいということ。二つは、嘘は朝のうちに吐くということ。そしてもう一つは、吐いた嘘は実現しないということ。
     一人の部屋には二人分の茶器。円窓からは桜が綺麗に見えて、光が差し込む。自分の湯呑に茶を注ぐ。ほけきょ、と鶯が囀る。湯呑を傾けて茶を一口。外では短刀の子たちであろう笑い声が聞こえてくる。ふう、と息を吐いて、三日月は窓越しに空を見た。
     どこか霞がかった春の空はまだ青がいくらか薄くて、昔、それはもう随分と昔に自分を好いてくれたその人を思い出す。いとおしい、いとおしい、大切なそのただ一振りは、同じく三日月が大切に思う子と少しずつ想いを育み、心を通わせて始めている。それでいい。それは確かに三日月にとっては僥倖だった。
    「よきかな、よきかな」
     だからこそ。どうかどうか、あの人が吐いた、優しくて、いとおしくて、残酷なあの嘘だけは本当になりませんように。そう願いを込めて、想いと共に三日月は茶を一息に飲み込んだ。
    ななくさ80 Link Message Mute
    2019/04/01 0:42:29

    なにわのゆめ

    いちつる前提のいち←みかエイプリルフール小話。
    #小説
    #刀剣乱腐
    #いちみか

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