いつまでも隠したままではいられない「紡さん」
IDOLiSH7がデビューして数年経ったある日、紡が事務所でパソコンに向かい黙々と事務作業をこなしていると、
いつの間にか事務所内に入ってきていた一織に声をかけられた。
「あっ、一織さん!いらっしゃっていたんですね。すみません、気が付かなくて…」
頭をぺこりと下げる。
「いえ、いいんです。遅くまでお疲れ様です」
一織の声が聞こえて顔を上げると、
その表情に紡は少しの違和感を感じ取った。
「あの…一織さん。間違っていたらすみません。何か…ありました?」
「…!!」
紡の問いに、一織は驚いたように目を見開くと、すっと顔を背けた。
どうやら紡が思ったことに間違いはないようだった。
「一織さん、もしよろしければお話してくださいませんか?」
一織の左頬にそっと手を添えて、優しく微笑む。
すると一織は顔を徐々に赤く染めながら、突然紡の身体を強く抱き締めた。
「貴女って人は…。何故、分かったんです」
「一織さんの事ですから。きっと三月さんの次くらいには分かると思いますよ」
力強く抱きしめてくる一織の背中を、優しくぽん、ぽんとあやすように叩く。
普段の一織であれば、「子ども扱いしないでください!」と怒りだしそうなものだが、
この時は珍しく反論もせず、ただただ静かに紡を抱きしめてそれを受け入れていた。
「一織さん、何かあった時、ポーカーフェイスになるんですよ」
「…それは…ポーカーフェイスが出来ていないということでは?」
「出来ていないというか…ポーカーフェイスになろうとしている時の表情があるというか…」
「出来ていないんじゃないですか…」
一織は手の甲で口元を覆い、顔を背けて照れている。
恥ずかしがる時の、一織が無意識にする癖だ。
「あっ、でも三月さんと私以外の人はきっと気づいていませんよ!完璧なポーカーフェイスです!」
「ポーカーフェイスが上手いと褒められるのは素直に喜んで良いのでしょうか。
というか、兄さんはともかくとして貴女に効果が無いのならあまり意味はありませんね」
「あっ、そこはもう諦めて下さいね。
私はいつだって一織さんの変化を見つける自信がありますよ!いつも見ていますから」
「はぁ…。本当に、貴女には敵いませんね」
そう言って一織は困ったような笑顔で紡の顔をのぞき込み、唇にそっとキスをした。
触れ合うだけの、それでもお互いの存在を確かめ合うような、気持ちを伝え合うような、そんなキス。
「紡さん…私のこと、好きですか」
唇を離し、ふっと息を吐くと唐突に一織から質問が投げかけられる。
「いっ、一織さん?!突然なにを」
「答えてください」
そう告げる瞳は、いつもの自信溢れる一織とは違う、どこか不安げな色を湛えていた。
「一織さん…」
紡はそっと、今度は両頬に手を添え、自分から一織に口付ける。自分の気持ちを伝えるように、伝わるように。
驚いた様子の一織だったが、次第に嬉しさが湧き上がり、滅多にない紡からのキスを受け入れる。
唇を離すと、紡は両頬に手を添えたまま、おでこをこつん、と合わせる。
「一織さん。私は一織さんが大好きです。
私と出逢ってくれて、こうして恋人同士になれて。
こんなに幸せだと感じることが出来るのは、一織さんだからです」
「紡さん…」
「さっきも言ったでしょう?私はずっと貴方を見ています。支えていきます。
貴方を、愛していますから」
漸くほっとしたような笑顔を見せてくれ、紡も安心すると同時に、自分の発言を頭の中で反芻して思わず顔を両手で覆う。
指の隙間から見える顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「私は…私も。貴女を愛しています。だからどうか、離れていかないで下さいね」
「一織さんは、私が離れていってしまうと思っていたんですか?」
「いえ…」
一織は再び、恥ずかしそうに口を噤む。
「一織さん?」
「…っ!実は…その。社長が、紡さんにお見合いをさせようかと、大神さんと話しているのを昼間…聞いてしまいまして」
「えっ?!」
「私たちのことは、まだ社長には話していませんし…社長の事です。ご自身の認めた方でないと、貴女を嫁がせることはしないでしょうから」
「あっあの…大変申し上げにくいのですが…」
一織が話す悩みの種を遮るように、紡が話す。
「えっと…父が言っていたのは恐らく…きなこの事だと思います」
「は…?きなこ?」
「はい…私もさっき父から話があったのですが…きなこももう大人ですし、そろそろ赤ちゃんも見たいねって話していて…
そこで、相手候補は父と万理さんが挙げるから、相手を決めるのは私に…という事で」
つまり、社長は「紡にお見合いをさせよう」ではなく、「紡に(きなこの)お見合い(相手)を(決め)させよう」という話を、昼間社長室でしていたというのか。
一織は自分の勘違いと、それに伴う醜態に目の前が真っ暗になる思いだった。
「それに」
ショックと恥ずかしさのあまり動けなくなっている一織に、
追い討ちをかけるかのように紡が告げる。
「父は、私と一織さんの事も知っていますよ?」
「?!?!」
「以前、三月さんと万理さんと父が話しているところを…聞いてしまいました」
「兄さんが…?」
紡曰く、一織と紡の事を知った三月が、社長の元へ出向き、頭を下げて2人の交際を認め見守ってくれるよう願い出たというのだ。
2人はただ心配をかけまいとまだ社長達には黙っている、いつか必ず話してくれるからと。
「きっと他から耳に入って驚かせてしまう前に、と配慮して下さったんだと思います」
「兄さん…」
一織は兄に気付かれていたことに恥ずかしいやら嬉しいやら、本日何度目とも分からないほど頬を赤くし、微笑んだ。
「『一織はしっかりとケジメつけれるやつですから』と、仰ってました」
兄さんは、流石だ。自分が紡との事を誰にも話せず悩んでいる事など、端からお見通しのようだ。
ここまで後押しをしてもらって、動かないわけにはいくまい。男として、しっかりと筋を通さなければ。
「紡さん」
「はい」
「社長に…お父様に、私たちのことをご報告させてくださいますか」
「…はい!」
紡は満面の笑みで、そう答えた。
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「皆さんにご報告があります」
寮のリビングで、メンバー全員が集まったタイミングで一織が立ち上がり、宣言する。
「今まで黙っていましたが、私と小鳥遊紡さんは、社長の公認のもと、結婚を前提にお付き合いさせていただいてます。驚かせてしまってすみ」
一織の発言を遮るように、他のメンバー達は声を上げ、皆一様に顔を綻ばせる。
「一織!やっとかー!一織が話してくれなくて兄ちゃん寂しかったんだぞ!」
「イチからの報告、おにーさん首を長ーくして待ってたんだぜ?」
「…えっ」
「Hmm...ツムギがイオリに取られたことはカナシイですが…こんなに誇らしそうな報告を聞いてはソロソロ認めざるを得ませんね」
「一織くん!待ってたよ。おめでとう!」
「…あの」
「一織〜!!やっと報告してくれた!!マネージャーの事、大事にしないと許さないからな!」
「いおりん」
唖然とする一織に、王様プリンを頬張りながら環が事も無げに告げる。
「バレバレ」
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