……………、
作法に従い、きちんと薙刀を倉へ置き戻すと、ちょうど太陽の位置が昼近くの時間にさしかかっていた。
(亜乱)「 急いで準備しなくちゃっ。」
(釜)「 ─────…。」
カパッ
母屋のかまどには、ふっくら艶々に炊き上がったばかりの白飯と、囲炉裏の鍋からは白い蒸気がホワンと香り立つ。
さぁ、みんなのお昼の準備だ。
──────────── 、
(亜乱)「 フンフンフン♪ 」
ギュむギュむと軽快なリズムに合わせ、真っ白なまん丸にぎり飯の山がどんどん皿に盛られていく。
(亜乱)
「 当主様は よく塩のきいたおむすびが好みだってコーチンが言ってたっけ? あっ!」
────────……。(静かに煮立つ)
(囲炉裏鍋)
(亜乱)「 そろそろ… かな?? ・・・えっと..、里芋 しいたけ、昆布にだいこん。おっ? 、へへんっ♪ ぼくのとっておきの、煮豆っ・・と。」
「 だいぶ奮発しちゃったけど、一緒に煮詰めちゃえばいいんだから、…すぅ〜〜〜. . . . ふふん、いい匂い。」
「 そうだ、フキだ フキ!」
(亜乱)
「 みんな煮しめなんて すぐに無くなるくらい好きだもんね。よっ..と、」
まだ日にちも 収穫した葉も新しい。
手の届く棚に置かれてある竹で編んだザルには
保存のきく食材がいつも置かれている。
コーちんだけでなく討伐に出向いてた皆が帰還する途中、町や山で小まめに調達し、みんなで生活を支えあっていたのだ。
(亜乱)
「 当主様は、討伐で屋敷を長く留守にするから誰も管理できなくって、だから庭の畑は僕がお世話やっちゃう、何でも好きなもの植えていいんだ。えいやぁ! 」
「バサッ」
まいた野菜くずに 土を被せ、
柄杓でまんべんなく大根の葉に水をやると
亜乱は休む間もなく再び炊事へ戻った。
「グゥ…。」(腹の虫)
(亜乱)「 う..っ、もうそろそろ僕が限界…。ホントはみんなが揃ってから一緒に食べようかと思ってたけど… ……、」
(煮しめ鍋)
「 ───…クツクツ…。」
(亜乱)「 …っ!あぁっ、もうだめだ。一個だけ…一個だけ何か食べとかないと僕が倒れちゃうよ。」
食欲には勝てず手は正直に一個分のにぎり飯を握っていた。
──────────…。
やがてみんなの好物、煮しめも出来上がり、
(亜乱)「 でーきーたっ! 」
器に盛られたにぎり飯もホコホコと美味しそうだった。
(亜乱)「 えっへへへ、まっ、ご飯はたぁんと作ってあるから平気平気。いっただっきまー… 」
(正門)
ガタンッ…、ギギィィィィーーーー …。
(コーちん)「 ただいま!亜乱様ーっ!戻ったよ~!! 」
(亜乱)「 …!! ムグッ!? 」
…………………。
(当主)「 …、静かだな?」
モソモソと玄関で履物の紐をほどきながら変だなとみんな耳をすませていた。
すると、
(小さな足音) トタタタッ。…
(万里)「 亜乱、良かった 誰もいないのかと思ったじゃない。…? えっ? 」(再度振り返る)
(当主)「!? なっ!亜乱っ…? 」
(コーちん)「 うぇぇっ!?」
「!」
みんな目が驚いていた。
(亜乱)
「 ……とーひゅひゃま(当主様)、おひゃえりなひゃい(お帰りなさい) 」
亜乱の小さい口は、大きなにぎり飯で無理矢理リスの頬袋みたいな事になっていた。
これには固まる全員をよそに、コーちん大爆笑。
(全員)「 ……。」
(季子)「 …っ!(笑) くふっ、 ちょっともう亜乱、何よそれ。新手の一発芸? 万里がどスケベな鬼を殴ったあとみたいなコトになってるじゃないのよ、そっくり。アハハハハッ!!」
(万里)「 Σ殴 …って、そこまでひどくないわよ!失礼ねっ 」
(亜乱)
「 ひゃっへ (だって)、ひゅーに(急に)みんは、ひゃえるんだもん(みんな、帰るんだもん)。ムグムグ… あ、やぶれそう。」
・・悶える頬袋。
(七瀬)「 とりあえずお茶、飲んできたら? もうっ… その顔やめて! ダメ・・私………… (笑) 」
(コーちん)「 やぁッ!! あっし…もうだめっ、腹筋崩壊!死ぬっ…死ぬ!うははははっ!!」
(万里)
「 亜乱、ちょっと見せて。……、呆れた・・ この子ったら頬袋、一体 何個詰まらせてんの。どんぐりがパンパンじゃない。こらっ 」
食い意地小曽に指でツンッとつつく。
(亜乱)
「 りふひゃないよ!(リスじゃないよ!) 」
(当主)「 アッ!、ハハハハッ。これじゃほんとにリスみたいだ。しょうがないなぁ ほら亜乱、早く水を飲まないと のどに詰まらせるぞ?」
(亜乱)「 うぅ…。」
(慌ててお茶を飲みに行く)
─────────。
(亜乱)
「 ぷはっ、あーー びっくりしました。」
(季子)「 それはこっちのセリフなんだから もう、」
ガタンッ!
(コーちん)「 わーーっ!!おにぎりだ!おっにぎりおっにぎり♪……はむほむ…ハム。」
(万里)「ちょっとちょっと、コーちん、そんなにいっぺんに… のどに詰まらせるわよ 」
(亜乱)「 あっ、そうだ!とうしゅさまたちみんな帰ってくる頃だと思って、たーっくさん準備してたんです 」
「ほらっ。」
(ぱぁぁっと輝く 大皿に盛られたみんなの昼ご飯)
(当主)「 すごい、…煮しめまで作ってくれてたのか、白飯なんて久々だなぁ。ありがとう、亜乱。」
(コーちん)
「 はーやっく、早く。たべよ、食べよ♪ 」
………………………、
みんな 久しぶりの我が家で
おにぎりをつまみながら茶の間や陽の当たる縁側に座って食べた。
(七瀬)「 はむ…。」
(季子)「 もぐもぐ。」
(当主)「 ───… 」
(亜乱)「 …ーー、」
何だか 当主様のこんなに安心したくつろいでいる表情は久しぶりに見れたような気がした。
出陣前の日常は、
いつも難しそうな書物に目を通したりしていて
夜遅くまで仕事してたから…。
(亜乱)「 とうしゅさま、」
(当主)「 ..ん?」
(亜乱)
「 ..あ、いえ。ぼく、もっと他に何か作ってきますね、とうしゅさまの好きなものなんでも 」
“ もっともっと いっぱい休んでもらいたい… ”
(当主)「 いや、もう充分だよ。このにぎり飯も、煮しめだってホントに美味しいし。亜乱、お前もこっちで隣に来て座らないか?」
(亜乱)「 とうしゅさまのとなり..。」
そう言われるとすぐさま、
ピョンッ。
(コーちん)「エッへへーン!いっちばん乗り────っ!」
得意げにイタチ姿のコーチンが膝を占領した。
「 当主様の膝はあっしの特等席だもんね。ふふん、ハグッ。」(当主の煮しめをつまみ食い)
(当主)「 あっ!こら、コーちん 」
(コーちん)「 テヘヘ。」
(亜乱)「 ……、」
そんなコーちんを見ていたら亜乱も嬉しげに当主様の隣に座ると大きなにぎり飯を幸せそうに頬張った。
(当主)「 いっぱい食べろよ 」
(亜乱)「 はいっ 」
(コーちん)「 ムグムグ。」
(季子)「 はーー…、やっぱり我が家が一番いいわよね~ 」
(万里)「 ほんとにねぇ。」
「チチチチ… 」(鳥)
───────────…。
昼下がり、
(庭には真っ白な手ぬぐいや着物の洗濯物が竹竿に干され風になびく)
討伐から帰った後でも皆、家の仕事もそれぞれにあった。
ドタドタドタッ!
(コーちん)「 あーっ!忙し忙しい 」
(万里は武具倉庫の整理、七瀬はこれまでの戦利品の仕分け)
そのすぐ側の静かな自分の部屋で当主様は地図の修正と今回 討伐での鬼録整理、
戦法指示を出した全ての記録書きの仕事をしていた。
(当主)「 ……。」
そして中庭では、
(亜乱)「395…っ!396…!!」
亜乱の薙刀の稽古をつけてるのは似た者職業の季子だった。
(亜乱)「 399…!400…っ!!」
(季子)「 一度やめ。どう?初めての慣らしは、本物の薙刀もだいぶ腕にしっくりしてきたでしょ。」
(亜乱)
「 うん 、まだ 僕には少し重いけど、やってみるよっ」
(季子)「 頑張りなさい。けど そろそろ亜乱にも、実戦向けが必要ね。相手は常に動く対象だから今日からは目の動体視力を養う応用訓練を始めるわよ。」
(亜乱)「 動体視力…… って? 」
(季子)
「 こういうこと。ーーー…、」
「!」
(空中に呪歌の花が出現)
(亜乱)「!? きっ… 季子ねーちゃん!それって…、まさか術使用なの!?」
(季子)「 そうよ。ほら、構えっ。攻撃はすぐに発動するんだから【花乱火】っ!!」
…ヒュンッ! ビュッ‼︎
「 ボウッ‼︎!」
炎の花が散り散りに乱れ強い発火現象を引き起こす。
(亜乱)
「 うわぁぁぁぁぁ───────っっ!!! 」
(コーちん)「 ………大変大変!当主様ぁっ!!」
(当主)「!」
コーちんの声の後に、
外から二人の異変にすぐさま気付いた当主も、これには屋敷が火事になりかねないと急いで呼び止めようとした時だった。
(透明な結界が揺らぐ)
「 ーーー…。」
(当主)「 ? これは… 」
季子が家の柱に結界で術の無効化を施していた。
(当主)「 ( 屋敷はいいとして… ) 」
(亜乱)
「 このっ! ひ…!? うわっ …!!あっぢぃっ!! 」
・・・・・・。
(当主)「あぁーー…。」
(頭を抱える)
「こらっ!!」
庭は穴だらけになりそうだった。
(二人)「!? 」
(当主)
「 二人とも、程々にしないと花乱火は後が大変な事になるぞ 」
(季子)「 ! 亜乱っ 大丈夫!?」
ボウッ…!
(もはや必死に防御)
(亜乱)
「 ……。大丈夫じゃ…ないかも… 」
「 アチチ…ッ‼︎ 」(火傷)
(当主)
「 ーー….. 言わんこっちゃない…。」
───────────…。
(季子)「 すみません、当主様… 」
亜乱に【※仙酔酒】と【※お雫】をかけてやってると、コーちんが珍しく真剣な表情で声をかけてきた。
【※仙酔酒】… 味方全体 状態変化と異常を平常に戻す
【※お雫】… 味方単体 中回復
(コーちん)
「 当主様、あの…ちょっと相談事が…。」
(当主)「 どうしたんだ?急に改まって 」
(コーちん)「 大事な話だからその… 一度、当主様の部屋で… 」
よっぽど何か重要な内容らしい。
(当主)「 ……? 分かった。季子、亜乱の訓練もあまりやり過ぎないようにな。しっかり頼むぞ 」
(季子)「 えぇ、大丈夫です。」
───────…。
(当主)「 それで、話って 」
(コーちん)
「 うん。えっとね… 当主様、そろそろ交神の儀をとり行わないと。時期的に行けば元服、本当はとっくに過ぎちゃってるんだけど当主様も迎えられたんだよ 」
今まで討伐やら家の仕事に追われる日々でそんな余裕すらなかったのか今ようやく気付いたような様子だった。
(当主)
「 あっ、────・・そっか、もうそんな時期だったんだなぁ 」
「 いつのまにか七瀬や亜乱の成長も早いなって、見てきて自分の事すっかり置いてたよ。アッ、ハハハハッ」
(コーちん)「 …なんて、呑気に笑ったりして!そんな場合じゃないのすけ! 」
コーちんが事の重大さをこれでもかと指で鼻の先を突き上げてくる。
(当主)「 わかっ…分かってるって。ごめん… 」
(コーちん)「 もう、あっしが見てないとすぐコレなんだから。」
「 当主様だってまだ若いんだから、仕事を言い訳に大事な世継ぎを逃した。。なんてことになったらバカチンだかんね!しばらくは出陣禁止!!…こっそり仕事しようたって、ダメだからね? 」
(コーちんの気迫に押される)
(当主)「…は …はい。」(苦笑)
こうなるとコーちんの方が権限が上になる…。
いつもは皆を引っ張っていく立場の当主もこの時ばかりは頭が上がらない。
それだけ長いこと歴代の当主らを支え、時にはおかまいなしに生意気な発言をズバズバと言うけれど、
みんなそれだけコーちんには感謝しているのだ。
(当主)「 こうしちゃいられないな、皆にも知らせなきゃならないし、来月までの準備、しばらく瞑想に入るからそれまでは… 」
(万里)「 もう皆知ってるわよ、当主様 」
ガタンッ。
(当主)「 …え?」
振り向くと
みんなして障子の向こうから身を乗り出す勢いで顔を覗かせていた。
(亜乱)
「 ねっね?当主様、だれとけっこんするの?」
(七瀬)「 相手はもうお決まりで…?」
(季子)「 二人とも、シ─────ッ!気が早いんだから 」
(万里)「 ほぅら、ね?」
(当主)「 ………。(苦笑い) ハハハ… 」
きっと気になっていたんだと思う。
交神の儀はその内、1人1人が大切に果たしていく義務だから。
それから。。。
みんなの質問攻めに合うやいなや
結局、うまくはぐらかされ
当主様はしばらく禊ぎで体を清め、一人静かに瞑想に入った。
(当主)「 ……。」
────────────────…。
そして一ヶ月後、
「 チュン、チュン…。」
早朝、
日の出の光を体に感じ、瞑想から静かに目を開ける。
交神の儀に必要な精神統一も十分に高まっていた。
(当主)「 ── ──…。」
(鳥) チチチ…ッ。
いつもの朝とは違う…
不思議と心穏やかに当主のまなざしは曇り(迷い)のない透明に澄んでいた。
(障子)
カタン、 ─ ──.. 。
(万里)「 当主様、おはようございます。…気分はいかがですか?」
(当主)「 万里か? ぁぁ、特に体調は問題ない。…もう時間か? 」
(万里)
「 いえ、コーちんはまだあちら(天界)での交神の儀の準備があるとの事でこれを…。」
万里はある遺言状を差し出した。
(当主)「 ………。」
カサッ。 ーーーー…
(書かれてる内容文を読む)
(当主)「 …──── ── 」
(万里)「 詳しいことはコーちんから当主就任時、一度聞かされたことだと思いますが今一度、交神の儀の前にその御心確かめさせていただきます。」
(当主)
「 何も問題はない。初代の決めた事に従い、10代目の節目として【天竺姉妹】様との交神の儀をとり行う。」
(万里)「 …そのお言葉、確かにうけたまわりました」
(当主)「 ありがとう、万里 」
万里は当主に双手礼をし、静かに部屋を退室した。
(当主)「…… 」
当家のしきたりには一つ交神の儀に関する初代からの遺言状がある。
その内容には代々、
一族の当主となる血筋を引く者は、ある一定の数代に達した者の場合のみ
ひとつ、
一族の繁栄と存続を願う神への信仰を表す意志として初代と交わした神と再び交わり、
血縁の血をより強い者として子孫に残すべし。
・・という風な内容が書かれていた。
つまり若宮はちょうど、その数代に当てはまる10代目の節目として
決められた相手との儀式によって従わなければならなかった。