Cat.……なあに?
ナンか用?ナンパならお断りヨ。
……何よ、しつこいわね。お断りって言ってるでしょ。アタシ、ヒマじゃないのよ。
アタシが誰だかわかってるの?悪名高き宇宙暴走族、FREE AS A BIRDの元メンバーよ。
……え、知ってるって?あら、そう。
え、何?アタシみたいなかわいい娘、見たことが無いって?うふふ、どうもありがとう。
やだ、そんなに誉めないでったら。もう、やあねえ。
あら、しかもおごってくれるの?ここのお酒は安くないのよ。……いいの?
嬉しいわ、じゃあ遠慮せず……。
アンタ、見ない顔ね。この街は初めて?ここは良い街よ。みんなが自由で陽気だわ。よそ者だってお構いなし。きっとアンタも気に入ると思うわ。
……やだ、そんなに飲ませないでヨ。ヘンな事考えてるんじゃないでしょうね?あんまり女の子にちょっかいだすと、ひっかかれるわよ?
アタシにひっかかれるなら光栄だって?……お世辞が上手いのネ!
なんだか気持ち良くなってきちゃった。……アラ。何、アンタ、まだいたの?子供はもう寝る時間ヨ。
早くお家に帰ったら?ママが心配してるわヨ。
……なによ?そりゃないだろうって?アタシの方が子供だろうって?アタシのママは泣いてるだろうって?
ふふ、残念でした。アタシにママはいないの。アタシはずっとひとりぽっちだったのよ。
何よ、その顔。ひとりぽっちがそんなに珍しい?
……いいわ、良かったら話してあげましょうか。お酒のお礼よ。アンタ、そう言えばアタシのことが知りたいって言ってたわよね。どうして女だてらに戦闘機乗りをやってるんだ、とか。
あんまり明るい話じゃないケド……いい?
いいの?……なら、話してあげる。
アタシがどうやって、ここまで来たのか……。
アタシは、気がついたときには、ひとりぽっちだった。
ママのぬくもりも、パパの優しさも知らない。物心ついたときにはもう、何だかアタシと同じよーなヤツがうじゃうじゃいる小さな家で暮らしていた。今思うとあれは、施設か孤児院かなんかだったんだろうね。
狭くて汚くて、嫌な大人ばっかりで大嫌いだった。
中でも最高に嫌いなヤツがいて……アタシを目の敵にしてて、ちょっとしたことでアタシをすぐにぶったり蹴ったりする男。……ホントよ。ホラ、見て、このアザ!まだ残ってるのよ。まったく、女の子の柔肌に傷をつけるなんて最低だと思わない?
……で、そう、ある日アタシは、その『最高に嫌いなヤツ』に仕返しをしてやったんだわ。そりゃーもう、とびっきりのやつを。
庭にね、大きな蜂の巣があったの。それをそーっと持ってきて、アイツの寝室に
ぽいっ!
アイツはもう大騒ぎで、涙流して逃げ回っちゃって、もう笑えたのなんの。今でも覚えてるワ。アイツのあの情けない顔!うふふ。
……でも。問題はその後だった。
あっさりバレちゃってね。アタシがやったんだって。もー、ぶたれまくったね。本気で死ぬかと思ったわ。殺されると思った。
だから、アタシは逃げ出したの。
真夜中に、小さなリュックの中に手当たりしだいに物つめこんで。部屋にあった金目になりそうなもん、ちょっくら拝借して。(ロクなもんはなかったけどね)
真っ暗な世界をアタシは走った。部屋を抜け出し、門を潜り抜け、めくらめっぽー走りまくった。……やがて息が切れてきて、胸が苦しくなって、もう一歩も走れなくなって。初めてアタシは後ろを振り向いた。そうしたら……。
そこには、いままでアタシが暮らしてきた家が、地平の彼方に小さな小さな灯りを灯していたの。
ごまっ粒みたいな、小さな灯りを。
……なんだか、妙な気分だったわ。今までは、アタシの世界のすべてだったあの家が、ちょっと離れてみればこんなにもちっぽけなんだなあって思っちゃって。
ここからじゃ、アイツなんて顔も見えない。そう考えるとなんだかイイ気分だった。あんな小さな世界で威張り散らしてるなんて、本当にバカみたい!アタシは何だかおかしくなって、彼方に見える小さな明かりにむかって思いっきり舌を出したわ。
すると、その瞬間。
アタシの背後で、突然、耳をつんざく轟音がした。慌てて振り向いたアタシの目に映ったものは、夜空を切り裂くように上昇して行く戦闘機の一群だった。
近くに軍の飛行場かなんかがあったのね。で、その周辺の安い土地を買い上げて孤児院を作ってた訳よ。……そういえば、うるさかったもんなー。朝でも夜でもお構いなしに聞こえてくる大騒音。そうそう、訳がわからないで耳をふさいでいるアタシ達に向かって、アイツはこう言ったのよ。
『ホラ、悪ガキども、地獄からお迎えが来たぞ!』ってね。
アタシ達が悪い子だから悪魔が迎えにやって来た。あの音は、悪魔が吹いているラッパなんだぞ。さらわれたくなかったら、さっさと飯を食って寝ちまいな!
……こう言うのよ。まったく腹が立つと思わない?いたいけな子供たちを騙してさ、残飯みたいな食事を無理矢理食べさせようっていうんだから……。
……あれ、話がズレたね。
そうそう、戦闘機の話だったね。戦闘機が夜空を切り裂いて上昇していって……。
見とれちゃった。
その夜は満天の星空で、空のありさまは、まるで黒い布の上に宝石箱をひっくり返したかのようだった。
それを背景に、自らもきらきら光りながら、どこまでも昇っていく戦闘機。
……あの時が最初だったのかもしれない。パイロットになりたいって思った。
いや、もちろんアタシはガキだったから、具体的にパイロットになりたいって思った訳じゃあないのよ。ただ、アタシもあの戦闘機のように、この大空をどこまでもどこまでも飛んでいきたいって、無性に思っちゃったの。
誰にも縛られない、誰にも指図されない大空を自由に飛んでいる自分を想像したわ。すごくわくわくした。胸が熱くなったわ。
……で、気がついたら、アタシ、泣いてた。
どうして泣いちゃったんだか今でもイマイチよくわからないんだけど、恐らく想像するに『未知への世界への期待と不安、束縛から逃れられる歓喜、幼年期をすごした住居を離れる郷愁、それらが交じり合い、精神の一時的な高揚感をもたらした』ってヤツじゃないかと思うわ。この間、本で読んだのよ。急に難しいコト言ったからびっくりした?
……そしてアタシは、その土地に永遠の別れを告げたの……。
運が良い事に、飢え死にする前に、アタシは大きな街に辿り付く事ができた。
そりゃあもー、ショック大きかったわヨ。見るものすべてが珍しくて、楽しくて……。なにしろ、今までのアタシの世界って言ったら、あの小さな家の中だけだったもんね。
どこから沸いて出てくるの、と思うくらいの人の数、溢れるばかりの食べ物、聴いた事の無い音楽、見たことの無い品物……。アタシは夢中になってあちこち見て歩いて……当然の事ながらすぐにフラフラのへろへろになった。考えてみたら、孤児院からこの街までほとんど飲まず食わずで歩いてきたんだもん、当たり前よね。
とりあえずなんか食べて、一休みして、それからいろいろ考えよう。そう思ったアタシは背負っていたでっかいリュックを下ろそうとした。……すると!!
いきなり背中を強く押されて、アタシは思いきり転んでしまった。何かと思って慌てて起きあがると、人ごみをかきわけるようにして逃げさっていく、薄汚れた男の姿が見えた。
で、それだけなら『何よアイツ、超ムカツク!』ですむでしょう。ところがそれだけじゃあすまなかったのよネ。
なんと男は、すれ違いざまにアタシのリュックを奪っていったのだ!いわゆる一つの引ったくりってヤツ!
今のアタシだったらそんなヤツ簡単にコテンパンにしちゃうんだけど、あの時のアタシはひたすら子供だった。無我夢中で男を追いかけながら、返して、返してって泣き叫ぶ事しかできなかった。
周りのやつも冷たいのヨ。いたいけな女の子が困り果ててるってのによ、誰も手助けしてくれないんだもん。ああ、なんだか今思い出しても腹が立ってきたわ。ちくしょう、あいつら、今度あったらただじゃおかないんだから!
……あ、また話がずれちゃったね。
アタシは一生懸命男を追いかけたけど、子供が大人の足に追いつくはずがない。ましてやアタシは疲れてお腹が減って、もうボロボロだった。男の姿はあっという間に人ごみの中にまぎれて、見分けがつかなくなってしまった……。
ああ、かわいそうなアタシ。このまま大都会の一角で儚くなってしまうのかしら?
……なんてネ。でも、あの時は本当にこう思ったのよ。ああ、アタシはもう本当に死ぬんだって。
どうしてそうならなかったかって言うとね。
いたんだわ。引ったくりを捕まえてくれた人が。……でも、その人は、アタシが昔から夢想していたような、白馬に乗った王子様じゃあなかった。
そうね。どっちかというと、暗黒竜にまたがった大魔王って感じの人だったわね。
見上げるくらいに高い背丈、丸太のように太い腕、顔はヒゲもじゃ。暗い夜道で出会ったら、マトモな女じゃ悲鳴を上げます……って風体の男だった。
でもその人は、引ったくりの男の腕をねじりあげ、見事にアタシのリュックを取り戻してくれたわ。そして、男の腕を持ったままのしのしとアタシに近づくと、アタシの顔を見てニヤリと笑った。そして、こう言ってくれたの。
『お嬢ちゃん、気をつけないとな。この街にはこういうのがゴロゴロいるぜ』って。
呆然としているアタシにもう一度ニヤリと笑いかけると、その人は引ったくりをぶんぶんと振りまわし、文字どおりに放り投げた!
引ったくりの男は、ひゅーんってすごい勢いで空を飛んでいくと、けたたましい音を立ててどこかの屋根に頭から突っ込んだ。
大男はそれを見て大声で笑った。アタシも笑ったわ。だっていい気味じゃない。か弱い女の子にひどい事するようなヤツ、どんな目にあったって文句なんて言えないでしょ?
と。
アタシがふと気がつくと、さっきまで隣にいたはずの大男の姿が消えていた。慌てて周りを見まわすと、何も無かったかのような様子でのしのしと歩き去っていく彼の姿が目に入った。
アタシは思わず彼の後を追って走り出した。だって、まだお礼も言ってないのよ。名前だって聞いてない。この街で、一番最初にアタシに優しくしてくれた人……。
追いかけて、追いついて、取りすがって。大男はびっくりしたようにアタシを見た。
彼に取りすがったまま、アタシは言おうとしたの。助けてくれてどうもありがとうって。そしたら、その瞬間!アタシの腹の虫が、物凄い声で鳴き出した。
もう、あちゃー……って感じ。よりによってこんな時に……って思ったわ。カッコ悪いったらありゃしない!
大男はそんなアタシを見て一瞬呆気にとられ……。そして、再び豪快に笑い声を上げた。真赤になってうつむいたアタシの頭を撫でてくれて、なんか食うか、って言ってくれたわ。
アタシは正直に頷いた。実際、おなかが減って死にそうだったし。……と、大男は唸るような声で『よし』って言うと、アタシの手を引いて再びのしのしと歩き始めた。
連れていかれたのは安食堂だったけど、そこで食べたご飯はこの世のものとは思えないくらいおいしかったわ。夢中で食べ続けるアタシを、大男はニコニコ笑いながら見ていてくれたわ……。
そこで、聞いたの。この大男が、最近巷を騒がせている宇宙暴走族の頭領だって事を。
……ま、何回も言うけど、アタシはほんとーにガキだったから、いきなり『ぼくはうちゅーぼーそーぞくのとうりょうです』なんて言われてもイマイチぴんとこなかったけどね。でもとにかく、この人はなんだか偉い人なんだって言う事はわかったの。
頭領は、アタシが家出娘だって言うことをすぐに見抜いた。(…でもまあ、年端も行かない可憐な少女がボロボロの格好をして街をうろついてたら、あいつは家出娘だろうなって大部分の人は思うだろうけどネ)……で、慣れた感じでこう言ったの。
『どうせ家に帰る気はないんだろう。行くところが無いなら俺のところに来い』って。
えーえー、アタシは喜んでほいほいついて行きましたとも。だって、無理もないでしょ?知らない街で独りぽっちで寂しい思いをしている時に、ばーんって現れて力強いとこを見せてくれちゃって、『行くところが無いならおいでなさいよ』って笑ってくれるんだもん。これでついて行かないほうがオカシイと思うわ。実際。
……で、結局。アタシは頭領に連れられて、宇宙暴走族の一員になったのよ。
後から知った事だけど、頭領はよくこうして家出っ子やら孤児やらを引き取ってたみたい。……あ、勘違いしないで。頭領は決して慈善活動をやってた訳じゃないのよ。
子供が大きくなるのはすぐよ。成長した子供は、頭領の役に立ってくれるわ。チームのメンバーとして、兵隊として、それから……。
……ま、いろいろ使い道があるってワケなの。
はれて宇宙暴走族の一員になったアタシは、そこで色々な事を教えてもらったわ。
具体的に知りたい?
……カツアゲの仕方やイチャモンのつけ方、効果的なケンカのやり方。アタシ、こう見えてもかなり強いわよ。そうねえ、アンタくらいだったらノックアウトできるかな?
あら、何引いてんのヨ?うふふ、大丈夫。アタシにだって分別ってもんはあるから。弱いものいじめはやりません……ってね。
……で、アタシは、そう言う事を教えてもらいながら成長していった。頭領はアタシの事が気に入ってたみたいで、本当に色々なコトを教えてくれたわ。前に話したケンカの仕方からお勉強まで。それから……。
……ふふっ。
……後は、戦闘機の操縦の仕方とかね。
宇宙暴走族ってのはその名のとおり、宇宙を小型の戦闘機で暴走する集団なの。
最初の頃は、何か問題を起こして軍を追い出された軍人の集まりだったらしいけど、最近はフツーの生活してるフツーのヤツが、平和な毎日に嫌気がさして、刺激を求めて暴走族に身を投じるって事もあるらしいわね。
でも、アタシに言わせれば、そういうヤツってかなり最低。普通の生活がどんなに素晴らしいものかわからないなんて、ほんっと最低。
……ね、『普通の生活』って大切なものヨ。もしアンタがそれを持っているなら、大事にしなさいよね。
……って、アラ。また話がそれちゃったわね。
チームの戦闘機はみんな時代遅れのボロっちいものばかりだったけど、それでもアタシは興奮した。機体に触らせてもらって、操縦席に乗せてもらって。これが本当に空を飛ぶんだって思うとね。これが、小さい頃に見た戦闘機のように、きらきらしながら空を駆け昇っていくんだって思うとね。もう、いてもたってもいられなくなって。
頭領にお願いしたの。飛行機の乗り方を教えてくれって。
ふふ、あの時の頭領の顔ったらなかったワ!
渋々ながらだったけど、頭領はそれを許してくれた。アタシはもう嬉しくて……。飛行訓練はなかなか辛かったけど、空を飛ぶためならばって思えば余裕で耐えられたわ。
訓練っていっても、軍隊がやるような正式なものじゃあモチロンないのよ。早い話が、ごくごく基本的な操縦を教えてもらって、後はぶっつけ本番、実技あるのみ…って感じ。
訓練中に昇天とか、事故って半身不随とか、全然珍しい事じゃないのよ。
だけどアタシはそういった悲惨な目に合う事もなく、練習をはじめて季節が一周くらいする頃には、まるで自分の手足のように戦闘機を乗りこなす事ができるようになっていた。
運が良かったってのもあるでしょうけど、やっぱり元々素質があったのね。頭領も驚いてたわ。アタシには才能があるって言ってた。こんなに短期間で戦闘機を乗りこなせるようになるヤツは珍しいんですって。
で、初めて空を飛べた時。アタシがどれほど嬉しかったか、アンタ、わかる……?
アタシの快挙をまるで自分の事のように喜んでくれた頭領は、アタシに一機の戦闘機をプレゼントしてくれたわ。パワーはあまり無いけれど、そのぶん機体が軽くて小回りがきく。装甲の色は、アタシの大好きな薄い桃色。
……これってやっぱり頭領が特別に注文してくれたのかしら。ピンク色の戦闘機なんて、
普通は無いものね。
それからアタシは、頭領やメンバーの皆に混じって、毎日のように大空を駆け回った。
初めて宝石をちりばめたような夜空に向かって駆け昇っていった時は、不覚ながら泣いちゃったわネ。……今のアタシは遠い昔に見た戦闘機のように、きらきら輝いているかしら?……なーんてことを思ってね。感傷的な気分になっちゃったワケ。
でも、操縦しながら泣くなんて、今思うととんでもないわね。よく事故らなかったなあ。
……さて。それからのアタシにはもう怖いものなんてなかったわ。頭領もいる。仲間もいる。空を駆ける手段もある。毎日がどんちゃんさわぎだったわね。好きなときに好きなことをする。飲んで歌って踊って食べて、気に食わないやつがいたら叩きのめして、ヤバくなったら空に逃げればいいの。
空はいつだって自由で、うっとおしい決まりや制約なんて無い。
アタシ達のチームは、文字通り、宇宙をマタに駆けて暴れまわったわ。アタシの名前も有名になりましたとも。宇宙最大の暴走族の女将軍、小さな女豹。……変わった所では『春一番』なんてのもあったなあ。ほら、アタシの機体、ピンク色だから……。
でも。そんなこんなでまさにこの世の春を謳歌していたアタシ達の前に、『その男』はいきなり現れた。
ソイツは一匹狼の飛行機乗りだった。まだ、てんで若造で……。そうね、アタシと同い年くらいか、もしかしたら年下だったのかも。
で、若いくせに、アタシ以上に血の気が多いらしくてね。あちこちでとんでもなく無茶な事やらかしてたらしくて。ソイツの噂はチームのメンバー全員が耳にしていたの。
でもアタシ達は、本当の事を言って、その噂をてんで信じていなかった。だって、あまりにも無茶苦茶な話ばかりなんですもの。
曰く、警備隊の大群をたった一機で壊滅状態にした。
曰く、当時、アタシ達のチームと派閥争いを続けていたチームに突然殴り込みをかけ、これまた壊滅状態にした。
真偽の程は定かではなかったけど(でも、その噂が流れ始めた頃から、ライバルチームの連中の顔を見かけなくなったのは確かだった)、とにかくソイツも名前だけはいっぱしに知られてたのよ。
で、ソイツは、こともあろうに!アタシ達のチームに挑戦状を叩きつけてきたのだ!
その生意気な態度に頭領も頭に血を昇らせちゃってね、ソイツの言われるままに、とんでもない約束をしちゃったの。
自分が負けたら、自分のチームの全てをお前にやろう!
……アタシは正直、あちゃー……って思ったわ。アタシにはわかってしまったの。頭領はアイツにはかなわないって。ソイツの噂を聞いただけではとても信じられなかったけど、ソイツを目の当たりにした瞬間、すべてを納得できてしまったの。ああ、彼は本物なんだって。……どうしてかって?きっと、女のカンってやつよ。
……で、ソイツと頭領の勝負の結果がどうなったかというとね……。
アタシのカンは、やっぱり外れなかった……ってトコロね。
約束通り、ソイツはチームの全てを手に入れた。戦闘機もメンバーも、そしてアタシも。
反発するヤツはいたけれど、反抗するそばからあっという間にコテンパンにのされてしまうと、ほどなく従順な犬に変わったわ。
……アラ、笑うんじゃないわよ。強い者を見極め、ソイツに従って生きていくってのも立派な人生の選択肢の一つなのよ。
アタシもそう考えたわ。こいつは強い。アタシが今までに出会った誰よりも。
アタシは強い男が大好きなの。束縛を断ち切り、誰にも従わず、自分で道を切り開いて歩いていける男。
……だからアタシは、ソイツについて行った。
元頭領はどうしたのかって?……さあ、勝負に負けて、身一つで放り出されて……。それから一回も会ってないわ。運が良ければどこかで会えるんじゃないかしら。
……なんですって?なんて薄情な女だ、ですって?それが、小さい頃から面倒見てくれて、戦闘機まで買ってくれた男に対して言う言葉かって?
あら、育ててもらった恩はちゃあんと返したわ。頭領のために一生懸命働いたし、お金も稼いだし、お世話だっていっぱいしたもの。差し引きゼロくらいの割合にはなってると思うけどなあ。
まあいいじゃない、そんなこと。…そうね、アンタの言うとおり、女は薄情なのヨ。アンタも騙されないようにせいぜい気をつけなさいね。……ふふっ。
幸運な事に、アイツもアタシを気に入ってくれたようだった(こんな美女を放っておくはずないと思うけどね)。
アタシの第二の人生は、またもや結構楽しかった。もしかしたらアタシって、何だかんだ言っても運が良い方なのかもしれないわね。いっつもぎりぎりピンチの時になると、拾う神様が現れてくれるんですもの。
アタシ達はまたもやどんちゃん騒ぎの毎日に戻った。チームの頭領は変わったけれど、やる事は一緒ね。……ううん、アイツは前の頭領より全然若かったから、その分考える事も行動も過激だった。アタシ達のチームは前よりもいっそうその悪名を広め、勢力を大きくしていったわ。もはや地方の警備隊なんてもんじゃあアタシ達の勢いをおさえる事なんてできなかった。ホント、もう、得意の絶頂だったわね。あの時は。
怖いものなんて何も無くて、勝手放題し放題。宇宙警察隊の正規軍でさえ全然怖くなかったわ。アタシ達を止められるヤツなんて、今度こそ誰もいない……。
……って、思った直後だったのよね。
やっぱり、天罰ってあるのかしら。それとも運命の神様ってヤツは、良い事を与えた分だけ悪い事を与えなければいけないって規則でもつくっているのかしら。
アタシ達の始末に手を焼いていた警察隊は、なんと、本物の軍隊に暴走族の掃滅を依頼しやがったのよ!
いくらなんでも、プロの軍隊と暴走族とじゃあ位が違いすぎる。こそ泥を追いまわすしか能のない警察隊くらいだったらいくらでも煙に巻けるけれど、最新の武器や戦闘機を装備し、超一流のパイロットを所有している、ここ、ライラット系最大の戦力を持つコーネリア防衛軍なんてのに出てこられちゃあたまったもんじゃない。アタシ達はあっという間に、文字通り、バラバラにされたわ。
もちろんアタシ達も抵抗の限りを尽くしたわ。……でも、歯が立たなかった。幾多の死闘を潜り抜けたプロの戦争屋にとって、アタシ達は所詮、グレた子供たちの集まりにすぎなかったって訳……。
軍隊が介入してからわずか数ヶ月でチームは壊滅。皆は散り散りになって逃げていった。
……で、アタシは。
他にいくところもないし、今更まともな人生は歩めないし。
ちょっとだけ悩んだけど、結局アイツの元に残ることにした。全てを失って気落ちしてるアイツを、放ってはおけなかったしね。
……って言っても、三たび新しいチームをつくることはしなかった。警察の奴ら、軍のおかげで助かったってのに、アタシ達が壊滅したとたんに急に元気になりやがってね。今までサボってばかりだった繁華星の巡回やら、家出した子供の保護やらを、いきなり積極的にやりだしたの。
ちょっとだけ腹が立ったけど、まあいいやって思ったわ。
アタシもアイツも、さすがに疲れてしまったしね……。
その日暮らしのささやかな生活をしながら、アタシは思ったわ。こういった暮らしもいいものかもしれない。幸せという名前の砂糖菓子を、毎日少しづつかじりながら過ごしていくような……。こういった暮らしもいいものなのかもしれない。
アタシは、そうね、アイツといられるだけで、幸せだったの……。
それからしばらくたった、ある日。
アイツはいつになく興奮して家に帰ってくると、呆然としているアタシに告げた。
……オレは、傭兵になる。遊撃隊の一員になるんだ。
呆気にとられているアタシを尻目に、アイツは瞳を輝かせて言葉をまくしたてた。
なんでも、いつものように酒場でとぐろをまいていたアイツに、一人の男が話しかけてきたんだそうだ。男は自分の事を元・コーネリア防衛軍士官だと名乗り、今は軍を辞め、雇われ遊撃隊を結成したのだと語った。で、結成したのはいいけれど、メンバーが少々心もとないので、頼りになる戦闘機乗りを探していたのだ、と。
その男は正規軍時代に宇宙暴走族討伐に参加しており、暴走族の頭領であったアイツの顔を覚えていたのだ。行きつけの酒場がたまたま同じで、彼の方はかなり前からアイツに目をつけていたらしい。
彼は、言葉巧みにアイツを焚きつけた。我がチームに力を貸してくれ。君の腕ならば即戦力となる。君のような優秀なパイロットが腐っていくのを見過ごしてはおけない。
……で、まあ、アイツは、見事に焚きつけられてしまった、っていうワケなのだ。
アタシは、アイツを止めたわ。行かないで。もう戦いなんてやめて。戦闘機なんてもういいじゃない。飛べなくったっていいじゃない。アタシは今のままで十分幸せよ。お願い、アタシの傍にいて。独りにしないで……。
……我ながら妙な気分だったわ。アタシは空を飛ぶ事が何よりも好きだったはずなのに。誰にも縛られず、誰にも従わず、なんの制約もない大空を自由に駆けあがる事は、アタシの望みでもあったハズなのに。
でもアタシは、アイツとのささやかな生活の中で、自分でも気がつかないうちに変わってしまっていたの。アタシは羽根を無くしてしまったの。
もう、独りでいることに耐えられなくなってしまったの……。
今のアタシが欲しいものは、大空を駆けるための戦闘機でも、孤独と背中合わせの自由でもなかった。日々のささやかな暮らしと、アイツのぬくもり……。
それだけだった。
……たった、それだけだったのよ……。
……でもね、アイツは、アイツにとって本当に大切なものは、アタシなんかとの生活じゃあなかったの。
アイツは行ってしまったわ。アタシを置いて。元・防衛軍士官だという男に連れられて。雇われ遊撃隊とやらになる為に。
……泣いたなあ、あの夜は。
あんなに泣いた夜は久し振りだった。
声が枯れて出なくなるまで、涙が枯れて出なくなるまで、アタシはひたすら泣き続けた。
……そして、どれくらいの時が流れたのかしら。さすがに泣き疲れたアタシは、ゆっくりと寝床から起きあがった。胸の悲しみは癒される事は無かったけど、両目から流れる涙はようやく止まっていてくれた。
アタシはしばらくの間、何も考えずにぼんやりして……。ふと思い立って、窓を開けた。
すると、その途端に冷たい、新鮮な空気が部屋に流れ込んできて、アタシは思わずくしゃみをし……ふと、視線を上に向けた。
そこには、満天の星空が広がっていた。
黒い布の上に、宝石箱をひっくり返したかのような……。
アタシは唐突に、遠い遠い昔のことを思い出した。
孤児院を抜け出した夜。生まれて初めて『世界』に触れた夜。宝石を散りばめたような夜空を、自らきらきらと輝きながら戦闘機が駆け昇っていったっけ。
……そうだわ、アタシは、あの時の輝きに魅せられて、ここまで歩いてきたんだわ。
アタシごときをここまで魅了する、大空。
ちんけな孤児だったアタシを、ここまで歩かせてくれた、輝き。
……その時になってようやくわかった。アタシは、こともあろうに、この大空とケンカをしようとしていたのだ。
まったくバカだよね、かなう訳がないじゃない。アイツはアタシよりこの大空を選んだ。当たり前じゃない。
そうよ、当たり前じゃない……。
……やだ。シンミリしちゃった。ごめんごめん。
……そうそう、それでね、アイツの入った遊撃隊。結構な大活躍をしたのよ。
覚えてる?ちょっと前の、天才科学者ドクター・アンドルフの叛乱。あの大軍隊を、たった四機の戦闘機で壊滅させた遊撃隊がいたじゃない。
それよ、それ。それこそが、アイツが入った遊撃隊なのよ!
無鉄砲なヤツだったけど、肝心なところでの判断力はあったからねー、アイツ。
今でも彼と会ってるのかって?……ううん、全然。まあ、アイツは今や有名人だからね。前みたいにおいそれと出歩く訳にもいかないだろうし、色々と忙しいだろうしネ。
……さみしくないのかって?そりゃ、さみしいに決まってるわ。だけどアタシは決めたの。もうワガママ言って、彼の足枷になるようなことはやめようって。
あの人の生命は、自由に空を駆け続けているのよ。
……ねえ?
……なによ、その、あたしの肩においた手は?
なんですって?僕が慰めてあげる、ですって!?ちょっと、冗談は顔だけになさいよ。言ったでしょ、ナンパはお断りって!離しなさいよ、ひっかくわヨ!
……あら?
はあい、お久しぶりね。……まったく、遅かったじゃない、待ちくたびれちゃったわ。おかげで妙なヤツにからまれるし、長話して顎がつかれるし……。
……何よ?
言ってなかったっけ?アタシ、アイツと待ち合わせしてたのよ。
久し振りのおデートなの。
そんな事聞いてないって?あらそう。でも別にアンタには関係無いでしょ?暇つぶしにつきあってくれて、お酒までおごってくれて、本当にどうもありがとう。うふふ、お酒、おいしかったわ。
じゃあね、またどこかで会いましょう。……縁があったらネ。
お待たせ。さ、行きましょう。
……え、アイツは誰だって?やーね、誰でもないわよ。お酒をおごってくれた親切な人。
やだ、本当に誰でもないったら。アンタを待っている間、退屈だったから、ちょっとだけお相手してあげただけ。
アラ、なぁに?もしかして……妬いてるの?
……ふふっ、冗談よ、冗談!
さあ、今夜は遊びまくるわよ! ……ね、ファルコ!
Fin.