変わらないもの ほか作品紹介「変わらないもの」
テーマ『日記』『まぼろし』
本編終了後。雲深不知処の静室での二人の日常の一コマ。
魏無羨は、座学を受けに来ていた頃を思い出す。
「かくれんぼ」
テーマ『啓蟄』『隠れ家』
本編終了後。雲深不知処でかくれんぼする二人。
「赤く染める」
テーマ『火傷痕』『○○を染める』
座学時代。
自覚はないものの、藍忘機に惹かれつつある魏無羨の甘酸っぱい話。
魏無羨視点。藍忘機出番少なめ。江澄との会話多いです。
変わらないもの
「そうしたらさー、江澄の奴が……」
思追だったか、景儀だったか。昼間に俺が雲深不知処で学んでいた頃のことを聞かれた。
いろいろと思い出した俺は、静室で飲みながら話すうちに、つい止まらなくなってしまった。
(俺はずっとこんなんだけど、昔の藍湛は自分にも他人にも厳しかったからな……)
ちらりと横目で藍湛の顔を見る。嫌そうではなかったので、ほっと胸をなでおろした。
江澄の名が出るたびに、ムッとした表情を浮かべるの以外は。
(そういえば……)
俺は蔵書閣で藍湛を描いた絵で彼をからかって、怒らせたことがあった。
実は、あの絵はもう一枚あったのだ。
いたずらに使ってなくなってしまうのが、なんだかもったいなくて。なぞり描きしたのを、日記帳に挟んで手元に置いておいた。
その後、蓮花塢に帰ることになって、慌てて荷物をまとめたものだから、日記帳ごと忘れていってしまったのだった。
「結構うまく描けてたのになー、残念だ」
つい、口にしていた。
「なんだ?」
「ここを出る時に、日記帳を忘れたのが、少し心残りなんだ。とっくにないだろうけど」
「ここにある」
藍湛は立ち上がって部屋の奥に行くと、小さな箱を差し出した。
開けてみると、見覚えのある日記帳と、薄紙に包まれたなにかが入っていた。
包みを開くと、あの藍湛の絵が出てきた。年月の経った紙には、かすかな指の跡と白檀の香りが残っていた。
考えることといえば、その日何をして遊ぶか。座学を受けに来ていた頃の自分を思い出した。
そして、その後起こった多くの出来事も……。
一度死んで、見た目さえも変わってしまった俺。
(なにもかも変わってしまったと、思っていたけれど……)
目の前の男だけは、ずっと変わらない。
顔を上げれば、今も、昔と同じ瞳が、こちらを見ている。
俺の胸は、ぽかぽかとあたたかくなった。
「こちらもか?」
藍湛は、今度は両手で抱えるほどの大きな箱を持ってきた。
「それはなんだ?」
「君が書いたものだ」
「俺がここで世話になってからの!?」
「そうだが」
藍湛は首こそ傾げてないものの、不思議そうだった。
「そ、それは片付けてもいいんじゃないか」
かくれんぼ
「藍湛、外に出よう!」
魏無羨は、ここ何日も事務仕事にかかりきりの藍忘機の袖を引っ張った。藍忘機は筆だけ置くと、大人しく従ったので、そのまま外へ連れ出した。
「あたたかくなってきたな」
「うん」
「聞いてくれよ、この前、景儀がな……」
藍忘機は魏無羨の話に「うん」と返すだけだったが、その口元は緩んでいるように見えた。
「あ、あれなんだ?」
藍忘機は、魏無羨が指し示す方に視線をやるが、なにもない。
視線を戻すと、
「魏嬰……?」
そこには誰もいなかった。
バサッ。
近くの草むらから、魏無羨が頭だけ出している。
その顔にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。
「俺を捕まえてみな!」
藍忘機が伸ばした手が届く寸前に、彼は逃げた。
「藍湛!」
「こっちこっち!」
「おーい」
捕まる寸前で、魏無羨は逃げていく。こんなことを何回か繰り返した。
(おっと……危ない)
魏無羨が潜んでいる所のすぐそばを、藍忘機が通りがかった。
辺りを見回している。まだこちらには、気づいていないようだ。
魏無羨は、古びた小屋を見つけ、中を覗いた。物置だろうか。しばらく使われていない様子だが、危険な感じはない。
周囲を確認してから、そっと中に入った。
「魏嬰!」
少し離れたところから、藍忘機の声がする。
(この様子じゃ、全然気付いていないな)
ニシシと笑っていると、突然ガッと大きな音がした。
小屋の扉が取り払われると、入口には藍忘機が立ちふさがってた。
「藍湛! いつの間に?」
魏無羨は狭い空間の中、逃げることもできず、追い詰められた。
「さっきのはわざとか!」
ずいと近付いてくる藍忘機に気圧される。
がしっと肩を掴まれ、身動きが取れなくなった。
「離せ!」
子供のように、バタバタと手足を動かして抵抗した。
その勢いで二人は、床に重なり合った。
「痛っ! ったく、含光君は乱暴者だな」
魏無羨はあえてそっけないふうに、こう言った。
「そんなに、俺が恋しかったのか?」
「うん」
どちらともなく、二人の顔は近付いた。
規律の厳しい場所ではあるが、陽気に門弟たちの足取りも自然と軽くなる。
「思追!」
「どうしたの、景儀?」
「含光君、見なかったか?」
「ううん」
「そっか……最近、今みたいにいない時があるんだよな。しばらくすると戻ってるんだけど。アイツもいないしな」
「魏先輩も……? もしかしたら、根を詰め過ぎないように、気遣って連れ出しているのかも」
「アイツがか? 自分が遊びたいだけだろ」
「あ!」
藍思追は、少し離れたところに、魏無羨と藍忘機が歩いているのに気付いた。
(いつの間にあんなところに……?)
それに二人の様子は少し変だった。藍忘機は連日の多忙さなどなかったように、生命力に満ち溢れていた。一方で、魏無羨はぐったりとした様子で、支えられるように歩いていた。その顔は火照っているように見えた。
「どうかしたのか、思追? ……って、どうした、顔赤いぞ」
「あたたかいのに、体がまだ慣れてないのかな? 熱っぽいみたいだ」
藍景儀が自分の視線の先を追うより早く、彼の袖を掴むと、藍思追は屋敷の方へ大股で歩き出した。
赤く染める
「ったく、馬鹿は死ななきゃ治らないのか!?」
「なんだよ、大したことなかったんだから、良いだろ!」
講義の後、魏無羨と江澄は、川へ遊びに行った。
ふざけて衣を着たまま飛び込んだ魏無羨は、濡れたまま戻るわけにもいかず、焚き火で衣を乾かそうとした。
組んだ木の枝がずれて、衣が炎の中に落ちそうになり、慌てて掴んだら、指を火傷してしまったのだ。指先は真っ赤に染まっていた。
罵り合いながら、二人は雲深不知処に戻ると、視線を感じた。入口に藍忘機が立っていた。
「らん、じゃん……騒いで悪かったよ」
どう言い訳しようかと考えつつ、頭をかいた。
その間、藍忘機は魏無羨の赤くなった指先を凝視していた。
藍忘機は乾坤袋に手を入れると、なにかを差し出した。軟膏だった。
「塗るといい。火傷によく効く」
彼の口元がわずかに緩んだ気がして、魏無羨は呆気にとられたが、すぐにはっとして礼を言い、軟膏を受け取った。
魏無羨の礼を聞くか聞かないかのうちに、藍忘機は立ち去った。
「てっきりなにか言われると思ったのに。藍湛って意外と優しいんだな」
「なに感極まってるんだ? 藍家はしつけに厳しいからな。怪我人に親切にしただけだろ」
「そうか? お前なら『唾でもつけとけ』って言うだろ?」
「おう! 唾でもつけとけ!」
数日後、魏無羨は自分の指を見つめていた。
軟膏がよく効いたのか、火傷痕はもうほとんど残っていなかった。
辛うじて分かるくらいの、うっすらと赤みの残った指先を、愛おしむように、親指で一本一本撫でていく。
『塗るといい。火傷によく効く』
あの時の藍忘機の言葉と表情を思い返していた。
じんわりと胸があたたかくなる。そのあたたかさはだんだんと全身へ広がっていく。
「痕、消えてほしくないな……」
口に出してから、自分で自分の言葉に驚く。
胸がドクンドクンと大きく鼓動する。頬がチリチリとするし、体中が熱い。
魏無羨は無意味だと分かりつつも、心臓の音を鎮めるように、胸元を押さえた。
どうしてそんなことを思ったのか。どうして体がこんな反応をするのか。
彼には分からなかった。