ベンチソファとぼなぺてぃ あるいは、先生の"かわいい"の話「先生のおうちでのお誕生日のお祝いのしかたってどんなだったんですか?」
先生の部屋で、登米の木でできたベンチソファに並んで牛乳たっぷりの紅茶を並んで飲みながら、ふと隣の先生に聞いてみたら、ものすごーく怪訝な顔をした光太朗さんがいた。
「藪から棒ですね。どうしたんです、いきなり」
「ん、なんとなーく気になって」
先生はあまり自分の話を積極的にする方ではないし、ましてや未成年の頃の話なんてめったに聞く機会がない。私も無理やり聞こうとは全然思わないけど、気になったら聞いてみてもいいかな~ぐらいには思うようになってきた。去年、日にちはだいぶずれたけど、先生が私の誕生日をお祝いしてくれた時に、家に帰ってから今飲んでるのと同じミルクティー淹れてくれてて、そうだ、先生のお祝いももうすぐ、って思い出したんだった。
「どんな…って、家族でいわゆるお祝い然としたことをしたのなんて小学生ぐらいまででしたよ。その後は、買ってきてくれていたケーキを食べるぐらいですか。あぁ、でも誕生日に限らず、何かの折に母が作る定番のメニューはありましたね。それは作ってくれてたな」
子供の頃の話をするときの先生はいつもちょっと照れくさそうで、その照れくさそうな顔が見たくてこういう質問してるって知ったらどんな顔するかな、なんて思ってしまう。
「その定番メニューってどんなのなんですか?」
「骨付きの鶏もも肉をなにかに漬けて焼いたものと、甘栗のピラフでした。父の誕生日などには今でも作ってるみたいですよ」
そういえばしばらく食べてないな、と目じりがくしゃっとなるものだから、何気なく話してはいるけど、思い出の味なんだな、って分かるのがうれしい。どんなレシピなんだろう、って気になるけど、それを聞くのはまだ踏み込みすぎな気がして興味をグッとのみこむ。
今年の先生のお誕生日はどうやってお祝いしましょう?って聞いたら、その週に学会で横浜に行くのでいずれかのタイミングで会えたら、それだけで十分ですよ、って、百パーセント予想通りの答えが返ってきた。去年、私が、会えるだけで十分です、って言ったら、それじゃお祝いになりませんってチベスナ顔で言ったのに。せっかくだから、先生の真似してチベスナ顔してみせたら、怪訝な顔になる。
「私も、ちゃんと、お祝い、したいです」
一文節ずつ区切って言ってみれば、照れくさそうに手がこめかみや首筋をさまよう。
「はい」
律儀に両手を膝に置いて、ぺこりと頭をさげるので、私も同じに「ぜひ」と頭をさげる。
結局、その年の先生のお誕生日のお祝いは、品川のホテルに泊まってレストランでお祝いした後、併設の水族館で宿泊者だけが参加できるナイトツアーに行くことに。すーちゃんに相談したら、こんなのあるよってサラッと教えてくれて。仕事柄いろんなデートパターン知っておくのも大事なんだっていうすーちゃんがほんとに心強い。
レストランでドレスアップした先生も素敵でドキドキしちゃったし、その後のナイトツアーで普段見れない夜のサメや魚に目をきらきらさせてた先生もかわいかった。かわいい、って言ったらちょっとスネた顔になっちゃったけど、もちろんそれもかわいくて。
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骨付き鶏もも肉を漬けダレから取り出して強力粉と小麦粉を混ぜた粉をはたきながら、ふとあの日のお誕生日デートを思い出して笑いが漏れちゃう。光太朗さんのお誕生日を初めて私が独り占めしてお祝いできる時だったから、私も張り切ってたな。うーんと、もちろん今もまさに張り切ってるんだけど、何て言うか、若さと気合が違った?なんて思っちゃうぐらいには私も大人になったかなぁ。
でも、一緒に住むようになって初めての誕生日ときたら、やっぱり張り切るよね。今年はおうちでお祝いしましょうね、って言ったら嬉しそうに頷いてくれたけど、これはちょっぴりサプライズ。数か月前、お義母さんにレシピを聞いて、気仙沼の実家で母と試作してみた、菅波家のお祝いごはん。光太朗さんにはレシピ聞いた事内緒にしてくださいねってお願いしたら、任せてって。
『今から帰ります』ってメッセージが入ったのを見届けて、鶏肉をオーブンに入れて。甘栗のピラフはもうできてるし、付け合わせのサラダも準備オッケー。さすがに無謀な手作りには挑まなかったケーキは、甘すぎないガトーショコラで、椎の実ブレンドもぬかりなく。
「ただいま~」って、帰るメッセージから、ほんの少しの時間なのに待ちわびた声が聞こえて。いつも通り、手洗いうがいと着替えを済ませて、まずぎゅってハグしてくれる先生にハグを返したら、早速にダイニングテーブルに座ってもらう。食卓の支度を何も手伝わなくていいって言うのがなんだか落ち着かないみたいな先生がかわいくて。
莉子さんから以前もらったフルートグラスと、明日ちょっと朝早い先生の予定も勘案したノンアルコールのシャンパンを出して。抜栓お願いしますね、って言ったら、何度やっても慣れないんだけど、と苦笑しながら手に取ってくれた。おめでとうございます、って乾杯したら、ありがとうございます、って律儀なぺこりが帰ってくる。
その間に焼けた骨付き肉と、ピラフとサラダをワンプレートに盛って、ぼなぺてぃ、って先生の前に置いたら、目を丸くして。
「これ、ウチの実家の?」
って見た目に流されずに、念には念をいれて聞いてくるのがさすが先生。
「お義母さんにレシピ教えてもらいました。やっぱりお祝いならお祝いごはんしたいなと思って」
「わざわざ聞いてくれたんですね、ありがとう」
「お義母さんと同じにできたかは分からないけど…」
「またこれを食べられると思っていなかったし、何より昔の話を覚えていてくれたのがうれしいです」
驚き顔のまま器用に笑う先生がとってもかわいい。
いただきまーす、と手も声も合わせて。
「どうですか?」って、思わずおそるおそる聞いたら、「おいしいですよ」とにこにこと言ってくれる。
「なんだろ、知ってる味なんだけど、なんか新しい味な感じもして」
うーん、とおもむろに何やら分析顔になるのも先生らしくて。
「何が同じで何が違うんでしょね」
確かにこのレシピのお肉もピラフも美味しくて、私も首をひねりつつも、手は忙しく動いちゃう。
「別にあなたに『菅波の味を覚えろ』だの『味を継げ』だの、びた一文言う気も言わせる気もないので、これがこれからの味ってことでいいんじゃないでしょうか」
本当においしい、と嬉しそうに食べながら、先生がそう言ってくれるのが、またとっても先生らしい。
「あ、これからの、って言っちゃったけど、また作ってくれます…か?そして僕にも教えてほしい」
上目遣いに言ってくる先生がもう反則過ぎる。また作りますし、私のお祝いに先生が作ってくれるなら、それも大歓迎ですとも。
椎の実ブレンドでケーキをいただいたら、ソファベンチに並んで、お替りのコーヒー片手に二人で並んで座る。ふふって思い出し笑いしてたら、先生がん?って覗き込んでくる。
「登米にいた時に、このソファベンチでお祝いごはんの話聞いたんでした」
「そうでしたっけ。よく覚えてるね」
「先生と二人のことは、なんでも」
「これだけは登米に住んだころからずっと使ってるものね」
座れば熱伝導できるこのベンチソファは、私も先生も口に出さないけど、引っ越しを重ねたどの家の中でもある意味一番落ち着く場所。
来年も、再来年も、お祝いして、ここでこうしてお茶やコーヒー飲みましょうね、私のかわいい先生。