「断片」少女の世界のその前の -04- あの後、眠いと訴えるリトに合わせて二人は就寝した。アディは寝室に人を入れるのがどうしても嫌で、申し訳ないがリトにはソファで毛布にくるまってもらった。寝心地が心配だったが、アディの体格に合わせて買ったソファはリトにとって十分な広さだったようだ。
そして現在、二人は朝食をとっている。
「そういや、私も訊いていいですか?」
リトがパンにかじりつきながらアディに話しかけた。
「アディさんこそ、私が異世界から来たっていう主張をよく信じましたね?」
……なるほど、昨晩の「アディが嘘をついているかもしれない」という脅しを受けての話だろう。
アディはスープをかき混ぜつつ、昨日のリトを思い出しながら話す。
「えっと、なんだっけ……ガラカラ?」
「福引みたいですね。ガラケーのことですか?」
リトはポケットに入れていたらしいガラケーを取り出した、パチンと蓋を開けた。
「それ。見たことないから」
「……え、そんだけ?」
「…………それを、君が言うのか?」
「いやごめんて」
思わずドスを聞かせてしまったアディに対して、リトが謝る。だが怯えた様子は見られなかった。
つくづく肝の座った子だと思いつつ、アディは感覚的な信用をどう言葉にすべきか考える。
「……それだけじゃなくて……ああ、筆記用具とかも」
「あ、シャーペン?」
昨日地図を突き合わせた時に、リトが筆箱から取り出した消せるペンを覚えている。
「どちらも小さな箱にどんなからくりが入ってるのか想像もつかない……えっと、技術力が桁違いすぎる、って感じかな……?」
「アディさん知らないだけかもよ?」
パチンパチンとガラケーの蓋を開け閉めしてあそぶリトに対して、食事中に遊ぶなと窘める。
「だとしても、僕の周りで普及はしてない。希少なのか高いのか……そんなものをいくつも持って僕を騙しに来るなんて、さすがに効率が悪すぎる。やる意味がわからない」
「えー例えばなんか団体への勧誘とか……あでもそれならもっとグイグイ見せびらかすかな」
リトがアディの考えに反論しようとするも、自己解決してしまった。それはアディも考えたことなので、素直にうなづく。
「だから、ホルメンより発展した国とか、未来とかかなって」
「タイムリープもそれはそれで突拍子ないですねー」
茶化しつつも、リトは理解してくれたようだ。ほっとして、アディはスープを飲む。自分の考えを話すなんてなれないことをした。
「……それで、この後はどうするの」
リトに話をふる。また何も考えてないのかと思いきや、想定内とでも言うように、すぐに返事が返ってきた。
「この世界のことある程度知っときたいので、とりあえず明るいうちに外は歩きたいですね。ただ一人放り出されて行くあてもない状態で生き延びられるほどの自信はないので、何も見つからなかったらまたアディさんのとこでお世話になりたいんですけど、いいですか?」
「ぼ、僕は構わないけど……」
本当にこの子は僕のことを警戒していないんだな……。昨日何度も確認したことではあるのだが、子供には泣かれ、小動物には逃げられるような経験しかしたことがないアディは、未だに戸惑っていた。
「……そうだな……例えば兵士に声をかけて、保護してもらうという手もあるけど」
「あーまあ確かにそうなんですけどねぇ……」
アディが考えた中でリトにとって一番いい選択を言ったが、リトはあまり気乗りしないようだった。
じっと待ち、リトに言葉の先を促す。
「いやなんか……面倒くさそうだなって」
「面倒くさい」
アディにとってその答えは予想外で、オウム返しにする。
「いやほら、アディさんも言ってたみたいに、私の持ってる機械とか色々って未来っぽいんでしょ?そういうのとか知識とかを根掘り葉掘り訊かれるのとか、疑われるのとか、なんか面倒くさいなって……」
随分とふわふわした理由だ。リトもふわふわしたことを言っている自覚があるのか、徐々にアディから目が逸らされていく。
「……面倒くさいのが、そんなに嫌?」
「嫌です」
リトが即答する。そうか、そんなにか……。
「……まあ、もうちょっとまともな理由を言うと、私とかいう異分子が未来技術運んできて、この国だけ唐突な技術革新とかなったら、それもなんか倫理的なアレ的にもちょっとどうかと思うし」
まともな理由と言いながら、判断基準はやはり曖昧だ。それに、本心はそこではなく、やはり面倒くさいんだろう。
「……そんなに理由を無理に作るほど嫌なら、行かなくていいよ……他の場所が見つかるまでここにいてもいいし」
「あほんと?やった」
色々考えてアディを納得させられる理由を作るリトの様子に、アディが思わず譲歩をしてしまう。リトは素直に喜んでくれた。
アディは立ち上がり、空になった食器を片付けはじめた。
「……それじゃ、今日は外を見に行くだけなんだね」
「そーですね」
リトが皿洗いくらいすると声をかけてくれたが、多分アディに合わせた台所にはリトの身長では足りない。かわりに布巾を渡して、テーブルを拭いてもらう。
「昼過ぎまで、良ければついて行っていいかな。……ここにいるにしろ、他の所に行くにしろ、服とか色々必要だろうし」
「えっ、買ってくれるんですか?」
予想もしていなかったとでも言うように驚かれた。
警戒しないわりに、期待もしないのか。図太いのかなんなのか、アディにはもうよく分からなかった。
「いやだって、一人分の生活必需品を揃えるってそれなりにお金かかりますよ?」
「大丈夫だよ……普段、贅沢も紅茶くらいしかしないから」
「なるほど確かに昨晩の紅茶は美味しかったですね。っていうか、失礼ながらご職業は?」
……それはアディにとっては痛い質問だった。
「……えっと……時々夜勤?みたいな……」
「誤魔化すの下手すぎでしょ」
リトがテーブルを拭き終わった布巾を台所に返しに来た。
「まあ、言いたくないなら無理に聞きませんよ」
「……そうしてくれると、助かる」
アディも洗い終わった食器を片付け、外出の準備をしに自室へ戻った。