【ツキ。】イタズラなお化けさん【始春】 ハロウィーン。それは海外の風習であるが、日本はお祭りのようなものだ。
「じゃあ、絶対に一人になっちゃ駄目だからね」
「はーい」
「始くんと手を繋いではぐれないようにね」
「はーい!」
お母さんの注意事項に、可愛らしい返事をしてはるは白い布をぼふりと頭からかぶる。ひょこりと顔を出した姿は、丸みを帯びたシルエットにひらひらと揺れる裾。お母さんお手製の可愛らしいお化けさんに変装したはるは頬を上気させお菓子を入れる籠を手に、迎えに来たはじめと手を繋いだ。
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
「気をつけてね。暗くなる前には帰って来るのよ」
「「はーい」」
元気に挨拶をした二人は、弥生家を出発して向かう先は隣のマンションに住む霜月家の部屋だ。
はじめはヴァンパイアの仮装で、ひらひらとしたマントをたなびかせながら、はるの手を引き率先して歩いていく。
「はじめ、かっこういいね。吸血鬼さん」
「はるも可愛い」
「えへへ。お母さんが作ってくれたの!」
はじめに褒められ嬉しそうに笑うはるに、はじめもつられた様に微笑んだ。
「じゃあ、まずはしゅんの家だな。このマンションの最上階フロアだから……」
手慣れた様子ではじめが玄関ホール前の暗証番号を入力するパネルを操作する。ピピピッと電子音が鳴るとと同時に、スピーカーからしゅんの声が聞こえ始めた。
『やあ二人ともいらっしゃい。今、自動ドアを開けるから、いつものように僕の部屋専用のエレベーターに乗ってね』
「お邪魔します」
開けられた自動ドアから可愛らしい吸血鬼とお化けさんが入っていく。
最上階専用エレベーターはどの階にも止まることなく、しゅんの部屋まで連れて行ってくれる専用のエレベーターだ。
「このぐんっとなる感じ少し苦手……」
高いところが苦手なはるは、エレベーターが昇り始める感覚も苦手らしく、はじめの手をぎゅっと強く握る。そんなはるを守るように、はじめも手を握り返した。
ポーンっと最上階に到着した音が鳴る。
はじめはまたはるの手を引き、開いたエレベーターの扉を抜けた。はずだった。
だが、そこに広がるのは見たことのない部屋の一室だ。
二人でぽかんと目を見開いていると、とことこと足元にふわふわの大きな猫が一匹。黒い羽根を背負ったその猫は、見たことのないお客様に興味を持ったのか、ふんふんとはるとはじめの足元をぐるぐると回り、匂いを確かめている。
「大きな、猫さん?」
「ここは、どこだ?」
間違いなくしゅんの部屋に繋がるエレベーターに乗ったはずだった。しかし、辿り着いたのは、見知らぬ部屋。
はじめは警戒しつつ辺りを見回すが、振り返った先にエレベーターのドアが無くなっていることに気づく。
「エレベーターは?」
「あれ? どこ行っちゃったんだろうね?」
はじめの焦りとは裏腹に、はるは目に前に現われた猫に夢中になっている。
「ハル、なに騒がしくして……はッ……?」
リビングと思わしき部屋から顔を出した大人に、はるとはじめの体が強張る。
勝手に家に入ってしまって怒られるだろうかとドキドキしている二人に対し、家主のような男性は目を丸くしてから、何か考え込むようにして、どこかけと電話をかけ始めた。
「おい、隼。これはどういうことだ」
『やあ、始! 僕のイタズラは届いたかな! まあ、僕の、と言うより、周りの悪戯好きのお化けさんたちに便乗して少し力を貸してあげただけなんだけどね!』
「それがなぜ、俺と春にそっくりな子供は目の前に現れることになるんだ」
『え、待ってそんな素敵なことになっているのなら、僕も今すぐ始の所にってあー! こんな日まで仕事だなんて、ひどいよ海ぃ~。あ、大丈夫だよ始。彼らは、お菓子をたくさん貰えたら満足して子どもたちを返してくれるはずだから』
大きな声だったので、スピーカーにしていたわけでもないのに、隼の声は駄々洩れだったので、近くで聞いていたはじめも状況を理解するのには十分だった。
「聞こえたか?」
「ああ。とりあえず、お化けのイタズラでここに来てしまったが、お菓子を貰えれば帰れるんだな?」
「理解が早いな」
「当然だ」
始は、自分の子どもの頃を思い出しながら、こんなにも可愛げのない子どもだったろうかと振りかえってみる。
「始、何かあったの? って、えぇ!?」
「春。落ち着け。子どもたちと猫が驚く。とりあえず、二人ともこっちに来い」
「しゅんの知り合いのお兄さんたちってこと?」
「そうだな。この人たちにお菓子を貰えたら帰れるらしい」
「お菓子貰えるの! やったー!」
初めて会ったにもかかわらず、全く警戒心の欠片もないはるの言動に、始とはじめが不安になる中、すっかり仲良くなったハルを抱え、はるはトコトコと二人のあとをついてくる。
リビングに向かえば、真っ黒で艶やかな毛並みの猫が警戒した瞳ではるとはじめを眺めていた。ハルと同じように背中にはコウモリの羽根を背負う姿は黒猫なだけあって魔女か吸血鬼の眷属のようだ。
「名前は、はじめと、はるか?」
「うん! そうだよ! お兄さんたちはだぁれ?」
「俺たちは隼の友だちなんだけど、驚いたことに、俺も春って言うんだ。春お兄さんって呼んでね。それで、こっちは始お兄さんだよ」
「春お兄さんと、始お兄さん!」
「そう。そして、紛らわしいことに、このふわふわの猫ちゃんもハルって言ってね。こっちの黒猫の方はハジメって言うんだ」
「本当に紛らわしいな」
はじめの的確なツッコミに思わず春から笑顔がこぼれる。
「じゃあ、ハルにゃんとハジにゃんだね! よろしくね?」
はるがそっと手を差し伸べて指先の匂いを嗅がせると、ハジメがその指先をぺろりと舐めた。初対面の相手には決して気を許さない気難しいハジメだが、はる相手には心を開いたようで、顎や頭を撫でられても大人しくしている。
「さすが『春』だな。たらしはこの時から健在か」
「もう、からかわないでよ」
「さて、じゃあ、子どもたちが二匹に夢中な間に、お菓子の準備でもしようか」
「そうだね。まさか、子どもが来る予定じゃなかったからお菓子なんて用意してなかったもんね。なにかあげられるものあるかな」
「お前の隠しお菓子箱を漁れば何かあるだろ」
「え、なんで知ってるの!?」
大人たちがあれやこれや準備を始める中、猫に夢中な子どもたちはふわふわな感触を楽しみながら楽しそうに声を上げている。
「凄い、ハルにゃんはもこもこで手が埋まっちゃう。気持ちいい」
「ハジにゃんはつやつやですべすべだな。腹のあたりは柔らかいが」
どこからともなく出て来た猫じゃらしをものすごい速さで動かし、それを目にも止まらぬ速さで追うハジメ。はじめとハジメの攻防戦を横目に、はるはハルのお腹の毛をもふもふと堪能してはふにゃふにゃと幸せそうに笑っている。
「はぁい、お待たせ~。二人とも、準備はできてる?」
「お菓子くれるの!!」
はるが弾かれた様に顔を上げ、キラキラとした瞳で始と春を見つめる。その反応に、ハルも何かを貰えると思ったのか、期待のこもった瞳で同じように二人を見つめた。
「はる。お菓子を貰うには合言葉が必要だぞ」
「そうだったね、はじめ。じゃあ、俺の籠はハルにゃんが持ってくれる?」
よいしょっと。と掛け声とともに、はるがハルを持ち上げ始と春の前に立つ。
「はじめも、ほら一緒に!」
はるに急かされ、はじめもハジメを抱えてはるの隣に立つと小さな声で「せーの」と、掛け声が聞こえる。
「「とりっくおあとりーと!」」
「にゅ~!」
「にゃ!」
二人と二匹の息の合った掛け声の可愛らしさに思わずその場で身もだえそうになったが、始はこほんと一つ咳ばらいをするとクッキーの入った小さな袋を差し出す。リボンはもちろん、紫と黄緑色だ。
「ハジメとハルの分はこっちだよ」
ちゅーるとカニカマを口にくわえた籠に入れてもらい、ご満悦の表情の二匹に大人たちの相貌は崩れっぱなしだ。
「じゃあ、俺たちからも、トリックオアトリート!」
「え、え。俺たちお菓子持ってないよ……」
「ちなみに、今貰ったやつじゃだめだよ」
「卑怯だ……」
「じゃあ、トリートで決定だな」
ひょいっとはるを持ち上げた始が、膝の上に乗せてこちょこちょとわき腹をくすぐり始める。
「きゃあー! くすぐったい! はじめお兄ちゃんくすぐったいよぉ!」
じたばたと暴れるはるだが、なぜか楽しそうだ。
「俺も、はじめに。ほら、こちょこちょ~」
「やめっ……わっ……」
あまり表情が動かないはじめも、春のくすぐ攻撃には敵わなかったようで、あははと声を上げて笑っている。
そんな人間たちの行動を不思議そうに見上げる猫二匹は、混ざりたそうにそわそわと尻尾を揺らめかせていた。
「ハルにもイタズラだ」
かぷりと鼻を始に甘噛みされて、真ん丸な目をもっと大きくしてぱちくりと瞬きすれば、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
「ハジメは肉球吸いだぞ」
じたばたと暴れてはいたが、最後には大人しく肉球を吸われるのがハジメらしい。
そんな笑い声の絶えないハロウィーンの時間はあっという間に過ぎてしまう。
「あ、そろそろ外が暗くなり始めちゃう。はじめ、はる。お帰りの時間だよ」
「帰れるのか?」
「たぶん?」
「たぶんなのか」
大人びて見えるが、はじめもまだ小さな子どもである。
少し寂しそうな表情に、春がぎゅっと抱きしめてあげた。
「また来年も遊びにおいで?」
「うん。はるとまた、来る」
「待ってるね」
来た時と同じように、はるとはじめが手を繋ぎ、玄関の方へと歩いていく。
「また来年、絶対に遊びに来るからね! 始お兄ちゃん、春お兄ちゃん。ハジにゃん、ハルにゃん!」
「あぁ、また来い。待っているぞ」
「にゅ~」
「にゃー!」
名残惜しいように二人の足元に体を摺り寄せ匂い付けをしている二匹を優しく撫で上げ、二人は玄関の扉を開ける。
踏み出したその先は、見慣れたエレベーターの中。
振り返れば、二人と一匹が手を振っている。はるとはじめは扉が閉まるその時まで、ずっと手を振り続けたのだった。
来年のハロウィンもイタズラ好きのお化けに出会えるように。