winter,again 朝から街に霜が下りて、雪が降り積む朝だった。底冷えがして、空には街の人々が暖をとる煙がもくもくと昇っている。焼き芋屋の声に、小さな子供たちが誘われて、駆けていくのと行き違った。革靴が、水と氷のあいだくらいになった雪の道に、うすく足跡を残した。
あぁ、雪は下々の家にも天下人の城にも変わらず降るんだな、そんなことを考えながら城を見上げた。いつもどおり、そよの部屋までやってきて、ぎょっとした。姫さんが、部屋にいねえ。―――また探させる気か!? よりによって、この寒空のしたで。
口をついて出そうになった悪態にかぶさるように、ひじかたさん、と呼ばれおれは振り返った。開け放たれた障子の向こうは、白くきらきらと反射する景色に姫さんのあかい着物が映えていた。何をしているんだ、この、ばか―――あんたみたいな育ちの人間なんか、簡単に身体壊しちまうくせに。
姫さんは、白い両手を着物の袖に隠し、顔のまえにかざしてうれしそうだ。そういや、あんなふうにすると結晶が見えるんだっけか。おれが溜息をついて、庭に出ようとした瞬間に、姫さんはおれにその笑顔を向けた。
「ひじかたさん、みて!」
…あんた、なぁ。おれは呆れる。きれいな着物が汚れたって、知らねえぞ。
「ねぇ、見て!」
その満面の、というよりはちいさなこどもが母親に向けるような、信頼にみちた、あんまり無防備な笑顔、に、言葉を失った。長い黒髪に溶けた雪が水滴になって光っている。白い頬は今、微かに紅潮していて、見上げたその首がまた雪とおんなじくらいに白くて―――そんな目で見上げてくるせいで、どんだけおれが苦労してるか、この姫さんは知りもしないな、きっと。――――そうやって考えてる時点で、おれも終わってる、と、そんなことを思う。
「……"雪が、珍しいんですか"」
とにかく、とんでもないことを口走っちまうまえに、どうにか違う言葉をくちにする。部屋に連れ戻さねえわけにもいかねえから、気をつけて庭に下りた。
「こんなふうに、降っているときに外に出ることってないものですから」
くすくすと少し俯いて、わらう。そりゃあ、そうだろうな。あんたの場合、そうしたくても周りの人間が許さねえだろ。
「…積もっても庭が少し白くなったところで消えちゃいます」
おれの故郷はもっと積もりますよ、と適当なことを言いながら、姫さんに近付いた。姫さんは本当に雪が消えてしまうのがつまらそうだった。それなら、となにげなく思った。それがまずかった。
「――いつか二人で雪のつもる頃に、いきましょうか」
…待て、おい。今、おれ、なにを、口走った――?
姫さんはそんな俺の心も知らず、ぱっと花が咲いたように笑った。
「うれしい!」
―――あぁ、まったく――あんた、自分が何を言われたか、何に応じたか、分かってんのか? わかってねぇんだろうな、将来を、約束しちまった、なんてことに。
おれだって、予想外だ―――おれは心の中で頭をかかえた。自分が信じられねぇ…。
「行きましょうね、雪を見に!」
いたって姫さんは無邪気だ。そういうところも、かわいいと思い―――あーあ。とうとう、いかれちまったな、おれ。
「そうですね、……必ず」
きっと、100年たっても200年たっても、おれはあんたに振り回されるんだろうな。そんな、なんとなくしあわせな、不吉な予感がして、頭がいたくなった。そう口にしたら姫さんは、まぁ大変、風邪ですか? 寒いから気をつけないと、と目をまんまるくして言った。