とっくりとくるくる エピローグ子供が生まれて三ヶ月が経った。
今時の言葉で言うワンオペ育児に春子と東海林は奮闘していた。
東海林は一応一ヶ月は育休を取ったが全然足りなくて今も時々有給を取っている。
一番きつかったのは、睡眠だ。
まさか赤子が夜こんなに寝ないとは思わなくて、深夜もずっと抱き抱えながら家じゅうをフラフラと歩いて寝かしつける。寝たと思いベッドにおくとまた泣き出す。それをエンドレスリピートしていく。
そんな状態だったので2人とも寝不足でとにかく暇があれば交代で寝ていた。
さすがに40代で子育てはキツいな、そう思いつつも東海林は春子の方がもっとキツいだろうと心配していた。
「ーということで、明日はベビーシッターさんに来てもらう事にした」
「…私は大丈夫ですが?」
「大丈夫じゃねーだろ、その顔」
春子の表情は明らかに疲れ切っていた。髪もボサボサで目の下にはクマを作り、子供が寝ている束の間の休息も目が虚になっている。
「浅野に紹介してもらった人で、ちゃんと信用できる人だし…昼間4時間ほど預けるだけだから大丈夫だって、さくらもまだ人見知りはしないだろうし」
「…まぁこのベビーシッター派遣の会社は私も働いたことがあるので、そこは心配いりません」
「お前ベビーシッターもできるのかよ!!すげーな」
「でも24時間毎日見るのは本当に大変です。世のお母さんたちを私は尊敬しています」
春子は自分が入れたお茶をすすりながら言う。
「まぁ、そうだな…こればかりは経験してみないとわからないな」
頬杖をつきながら東海林は呟く。
「まぁとにかく、少しだけでもリフレッシュして一緒に食事にでも行こうぜ」
「あなたといてもリフレッシュした気になりませんが」
「何だとー!!」
東海林が激怒して叫ぶと、奥の部屋から泣き声が聞こえた。
「ああーっ、さくらが起きちまった…よしよし、ごめんな」
東海林は我が子を抱き上げまだ未完成な鼻を優しくつついて体を揺らしていた。
当日、2人は銀座に向かった。
子連れでは行けないところへ行きたいと
東海林が提案して春子は渋々了解した。
「一応さ、お前へのご褒美としてふぐが食べられる店を予約しておいたから」
「ふぐ!?…今日は死ぬほど食べましょう」
目を輝かせて春子は地下鉄の吊革をぎゅっと握った。
今日の春子はすこしおめかししている、結婚の挨拶で着たシルクのクリーム色したワンピースに、普段はつけないイヤリングやネックレスも装飾していた。
化粧も最近はすっぴんばかり見ていたが、久しぶりに綺麗に紅を引いていて唇が輝いている。
子供ももちろん大切だ、でもやっぱり春子のことも大好きでー東海林は春子の手をぎゅっと握った。
「あのさ、もうどこにもいくなよな」
どこか寂しげな声に聞こえた春子は、東海林を見つめてすこし影のある表情をした。
「私には守るものができたので、もうどこにもいきませんが、何か?」
その目は穏やかだけどどこか芯のある、ひとりの母親としての目だった。
東海林は胸が熱くなり、目が潤んでしまった。
こんなに大変な時間もきっと大切な思い出になる。春子と家族になって長いアルバムを一緒に作ることができて、もしかしたら夢ではないかと思ってしまう。
そんなことを考えていたら、電車はいつのまにか銀座に到着して2人はホームに出た。
「さくらが大きくなったらさ、今度は一緒に来たいな。キルフェボンのタルトとか食べさせてあげてさ…」
「典型的な親バカですね、あなたは」
「なんだよ、悪いか?」
「…悪くはないです、あなたがさくらの父親でよかったと思ってます。髪の毛以外は」
「おい、娘にまでくるくるパーマとか言うんじゃねーぞ」
「さくらの髪はエンゼルヘアーです、あなたのようにねじ曲がっていません」
「俺だって天使だよ!!」
相変わらず憎まれ口を叩きながら二人は手を繋いだまま外へと向かう階段を登っていった。