君と最後のファンファーレまさか自分がバツイチになるとは思わなかった。理想の女性と結婚して、理想の家族を築きながら年老いていく、そんな人生だと思っていた。でも、現実は違った。逆玉になるであろう銀行の頭取である娘からの求婚を一度OKしたのちやっぱり断り、勢いで結婚したものの罪悪感に打ちのめされて離婚届を渡したというひどい男がいる。
「東海林武、あなたのことです」
低い声で春子に呼ばれ、ギクッと嘘がバレた子供のように東海林は怯えた。
「昔のことほじくり返すなよ…こんな日に」
「あなたが過去のことを色々話すからです」
「だってさ、やっとだせ。出逢って14年目でようやく結婚って…遠回りしすぎだろ。最初にプロポーズしたの俺が32歳の時だぞ」
東海林はヘアメイクさんが髪のセットに格闘している様子を鏡で見ながら隣の春子に話しかける。
「そうですね、でもあの時は私の中で結婚することは考えられなかったんです。あなたはハケンの敵でしたし」
「そんなこと言いながら裏に電話番号書いて人のことを試そうとしてただろ」
「あれはお情けでです、あの番号に気づいたら少しでも付き合ってあげようかと思っただけです。そもそもお見合いをOKしていたあなたが私にあんなアンケートを送ってくるのが間違いです」
「じゃあ、あの時お見合い断ってお前が好きだと言ってたら結婚してくれたのか?」
「すぐに結婚はなくとも食事くらいは」
「マジかよ…だったらそう言ってくれよ。でも名古屋にお前が来た時は本気で即結婚だと思ってたんだぞ」
「あの時はあなたに社長賞をとって欲しくて必死だったのでそんな余裕ありませんでした。でもあなたは社長賞を辞退した、それがわたしには振られたということだと感じました」
「誰も振ってねーよ!お前のその極端な解釈どうにかしろよ。面倒くせー女だな」
「じゃあ今から中止にしますか?くるくるパーマがうまくまとまらなかったということで」
「おまっ、今一生懸命セットしてもらってるのに失礼だな」
「本当に…ヘアメイクの森田さん、このくるくるパーマがご迷惑をおかけして申し訳ありません」
春子の髪をセットしているヘアメイクさんは笑いを堪えきれず口を手で押さえて吹き出した。
「ちょっと、笑わないでくださいよ」
「いえ、こんなに面白いご夫婦は初めてで…」
東海林がヘアメイクさんへボヤきを飛ばすも笑ってかわされてしまった。
「まぁ、今日はめでたい日だからな。もういいよ」
口を尖らせて拗ねている東海林を横目で見ていた春子は少し頬を緩めて、頭に被らされた綿帽子を見つめた。
庭園には、東海林と春子の晴れの日を祝おうといつもの面々が2人の出番を待ち構えていた。
「もうすぐだね、2人とも緊張してるだろうな」
礼服を来た里中は隣の浅野に声をかける。
「いや、また喧嘩でもしてるんじゃないですかね」
「まさか、こんな日にまで喧嘩はないでしょ」浅野の右側にいた近が話に入ると
「春子先輩、照れ屋さんだからまた東海林主任の髪の毛いじってるかもしれませんね」
久しぶりに会う森美雪が笑いながら言った。
「それにしても人前式って、東海林くんが無理矢理決めたんでしょうね。あの人大勢で騒ぐの好きだから」
森美雪の横にいた黒岩匡子は黒のワンピースで色気のあるシルクの紫色のストールを羽織りながら笑顔で言った。
すると、式場のスタッフがマイクを取りアナウンスをした。
「皆さま大変おまたせしております、新郎新婦ですが只今準備に手間取っておりまして、予定の時間を少し遅らせての人前式となります…」
「お前なぁ、賢ちゃんたち待たせてどうするんだよ」
「私のせいではありません、あなたがヘアメイクさんたちを笑わせるのがいけないんです」
「わざとじゃねーよ!お前が喧嘩売ってきたからだろ?」
「私は本当のことを言ったまでですが、何か」
「綺麗な顔していつものセリフ言うんじゃねーよ!!」
「あなたはいつもと変わりませんね、むしろくるくるパーマがバージョンアップしています」
「髪より服をみろ、この黒五つ紋付き羽織袴を!!まさに昭和の色男だろ」
式が遅れているのいうのに、登場前の扉でもずっと言い合いをしている2人を、式場のスタッフは微笑ましい表情で見つめていた。
「それではこのあと扉を開けますので、お二人は足並みを揃えて一緒に前へ進んでくださいね」
女性スタッフからそう言われると、2人も急に無口になり緊張が走った。
出逢ってから何度も遠回りや回り道を繰り返した結果、最後にはスタート地点にお互い戻って、その後同じ道を進むことになった。
その道がまたどうなるのかはわからないけど、同じ歩幅で歩いていきたい。
東海林と春子は真っ直ぐ前を見つめて、一気に開いた扉から溢れる光を見つめる。
その瞬間、心の中にファンファーレが鳴り響いたような気がした。
君と聴く、人生の中で最後のファンファーレを。