東大もとクライシス私は派遣社員としてS&Fという会社で働いている。
趣味を楽しむために働く私は仕事に行くのは正直億劫で、でも派遣社員だから責任感もなく雑用を頼まれるのも嫌いじゃない。むしろややこしい仕事をしなくてラッキーだ。
私の趣味は同人誌を作ること。でも1次創作ではなく2次創作、つまり既存の作品をアレンジして作品を作ること。これは著作権に違反しているので、あまり公にはできない、でも公式も訴えることはせず黙認してくれているので、私や他の人たちはこっそりと楽しんでいた。
そんな私が、次にハマってしまった2次創作は…。
「とっくり、お前裁縫得意だろ?ボタン縫ってくれよ」
「得意ですがあなたの背広をさわるなんてばっちいのでお断りします」
東海林課長のスーツのボタンが外れたらしく、大前さんに頼んでいたらあっさり拒否されていた。
「これはちゃんとクリーニングして綺麗なんだよ!!いいよ、ハケンの女の子に頼もうかなー。福岡くん、お願いしてもいいか?」
東海林課長は背広を脱いで、外れたボタンと一緒に福岡さんへ差し出す。すると福岡さんは嫌な顔をせず笑顔で
「私でよければ、ソーイングセットも持ってるので」
鞄から薄いピンクのケースを取り出した。
「やっぱり優しいね〜誰かさんとは違って」
「…福岡さん、貸してください」
大前さんは立ち上がりなかば強引に背広とボタンをを奪った。
「なんだよ、やっぱりつけてくれるのか?」
「ボタンをつけられないほどギチギチに縫ってあげます」
「嫌がらせかよ!!」
そんなやりとりがオフィスに響く。
私は心の中で叫ぶ。
(いやああああまた東大がイチャイチャしてる!!!嫌がりつつもちゃんと縫ってあげるところが超萌えるんですけどーーーーーっ!!!お前ら早く結婚しろ!!!うひゃあああーーーーーーっ!!!)
これを口にしたら確実にドン引きされると思うので、平静を装いつつも奥のデスクでその様子を伺っていた。
そう、私が今ハマっているのは同じフロアにいる東海林武と大前春子という実在する人物の2次創作。
数ヶ月前に東海林課長が人事異動で課長としてやってきた頃からこんなやりとりをしていて、2人の関係が気になりいろんな人に聞いて回ると、13年前に本社で一緒に働いていてその時に恋愛関係にあったらしい。東海林課長は大前さんにプロポーズしたとか、大前さんもまんざらでもなく、その後東海林課長が左遷された名古屋まで追いかけて一緒に働いていたとか。
その後離れていた2人が再び本社で再会して今に至る。
そんな話聞いたら萌えずにいられなかった、このツンデレな会話と過去の2人の関係性とか想像するだけで全身が悶えそう。
やだもう、この2人可愛すぎる!!!
私はもう完全に2人のことをそう言った目線で見てしまった、そして同人用語でカップリングのことをキャラの頭文字を合わせて言うので、私は2人を「東大」というカップリング名をつけて心の中で呼んでいた。
ちなみに私は小説書きで、アナログ派なので今日あったことも家に帰るなりペンを走らせて妄想を書き殴っていた。
登場人物の名前は一応名を変えて、東(あずま)カイと大間エルという名前にしている。少し変えただけで漫画のキャラクターのような名前に変わるなと感じた。
もちろんこんな妄想をしているなんて会社の人には絶対に言えない、というかバレたらおしまいだ。とくに本人たちにでも知られたら気持ち悪がられるに決まってる。だからこのことは誰にも秘密。
今日の出来事を書き綴ったあと、私はその後2人が服を脱いで心も縫い合わせていくというなんともハレンチな小説を1話書き終え、いつのまにか眠りについていた。
朝目が覚めると、もうすでに7時を過ぎていた。私は慌てて身支度をしていると、昨日派遣会社の近さんから渡された書類のことを思い出す。確か今日提出しないといけなかった。
私は殴り書きで住所と氏名を書き判を押して鞄に突っ込んだ。
ギリギリセーフで会社へ着くと、また2人のやりとりがあった。
大前さんがやっている大前体操を東海林課長も一緒にやっていてなぜかチューチュートレインのように2人でくるくる回っている。
「くるくるパーマが後ろでくるくるしないで下さい!」
「うるせーよ、真似してるからってわざと変な踊りするのやめろよ、ついやっちまうだろ!?」
それを見るなりまた変な妄想が生まれてきてしまった。
(やだもう、ベッドの上でもくるくる回ってるようにしかみえないんだけど!!もう、朝からおいしい東大ご馳走さまでしたーー!!)
「どうしたの?にやにやして」
隣のデスクの派遣さんに言われて思わず、正気に戻る。
やばい、あまりにも尊いから気持ちが溢れてしまった…。
「ううん、あの2人があまりにも面白くて変な顔になっちゃった」
そう言って誤魔化した。
危ない危ない…周りにバレちゃいけないのに油断してしまった。私が顔の歪みを直したと同時に始業のチャイムが鳴った。
私もパソコンを開いて今日の業務確認とメールチェックを行った。するとハケンライフからメールが届いていた、今日渡す予定の書類を13時に取りに行くということだった。
私は書類を確認しようと鞄を開いた、するとなぜか昨日書き綴った2次創作のノートが入っていた。
「!!!!」
全身が凍りついたように冷や汗が出て固まった。
なぜ?なぜこれがカバンに…??
そして思い出した、書類の下敷きにしていて、そのまま一緒に手にして鞄に入れてしまったことを。
やばい、まずい、こんなもの会社に持ってきてしまったなんて。もし誰かに見られたりでもしたらもうここでは働けない。どうしよう、どうしたらいいのか。
とにかく、誰にも見られないようなところに隠すしかない。私は必死になって考える。誰も来ないような気づかれないようなところ…。
そうだ!!!!備蓄倉庫だ!!!!私はこっそりジャケットにノートを隠してトイレに行くと偽り備蓄倉庫に走った。
ここは鍵がかけられておらず誰でも入れるが、災害用の備蓄品が入っているので災害が起こらない限りは誰も入ってこない。
備蓄倉庫の奥にあった毛布の間にそっとこのノートを忍ばせて私はデスクに戻る。
帰るときにまた立ち寄って持って帰ろう。さっきまでの焦りは消えて安堵した私は足を弾ませていた。
そして5時のチャイムが鳴り、私は帰る支度をしていた。もちろんノートのことも覚えていて、備蓄倉庫によって帰ろうと立ち上がる。
すると、里中課長から声をかけられた。
「ねえ、大前さん知らないかな?」
「え…そう言えばさっきからいないですね」
「東海林さんもいないしどこに行ったのかな」
そういえば1時間前ほどに東海林課長が探し物があると席を外していたのは覚えている。それを伝えると里中課長はもしかしたら大前さんも手伝いにいったのかな?と話していたので、私もそうじゃないかなと適当に返事した。
私は備蓄倉庫に向かいながら、東海林課長の探し物を大前さんから手伝いにいったという予測にまた萌え始めていた。(相手のピンチに駆けつける東大が尊すぎる…!!)
そして、備蓄倉庫の前に着き、ノートを取ろうとバンと勢いよくドアを開けたらー。
なぜか、目の前に東海林課長と大前さんがいた。
そして…大前さんの手には私のノートが開かれていた。
「!!!!!!!!!!」
私はムンクのように顔が伸びて声にならない叫びをあげた。
まさか、まさか東大本人たちに私の創作を見られたなんてーーーーー!!!!!!!!!
「あ…あの……その、中身…見ました???」
「はい、もしやこれはあなたのですか?」
大前さんは冷静に私に質問する。東海林課長はニヤニヤした顔で手で顎を触っていた。
「は…は…はい」
もう終わった、明日からここに来ることはできない。
まさか、本人に妄想まみれの2次創作を読まれるなんてーーーーー………。
私は項垂れドアに体を委ねてしまった。
そんな私をみて大前さんはまた何か口にした。
「なかなか面白い小説でしたよ」
「へ??」
「官能小説はあまり読みませんが描写が女性ならではの美しい表現で面白かったです」
「は、はぁ…」
私は目が点になりつつもとりあえず返事をした。
「探しものをしていた時に発見して確認のためにとはいえ勝手に読んでしまい失礼しました」
大前さんは私にノートを渡すと、腕時計を見て
「もう定時を過ぎているので失礼します」そう言って
1人足早に去っていった。
呆然としていたら、今度は東海林課長が私に
「あのさ…それ今度コピーしてくれないかな?」
「え??いいですけど…」
「マジで?ありがとうな…本当に」
なぜか感謝されるようにニコニコ笑顔で返されて、部屋を出ていった。
私は状況がよくわからずしばらくその場にいたが、とりあえず公認ということでいいのかな?と勝手に解釈して会社から出た。
そして電車の中でふと考える。
あの2人、備蓄倉庫になんでいたんだろう。
毛布の下に隠していたノートを見つけたということは、毛布をさわったんだよね…?まさか……??
私の頭の中では裸の2人が毛布にくるまり〇〇〇している姿が浮かんできた。
(いややああああ!!!!頭がフットーしそうだよっ!!!!東大がまた壮大なネタ投下してくれるからもうどうしよう!!!いやあああああああ!!!!)
私の想像力がフル回転して、早く家について2人の話を書きたいと手がそわそわしていた。
そして、数日後に東海林課長という愛読者1号が生まれることになる。