夢から醒めた夢必死な就職活動の末、大手の食品会社に就職した。入社式は九段下にある会館で行い、新入社員代表で挨拶を任された。
東海林武は自信満々の表情で3日間考えた挨拶文を読み終えステージから同じ新入社員たちを見下ろした。
すると、1人だけ真っ先に拍手する男がいた。1番前の列のまだ学生くささが抜けていないような少年。
それがのちに親友となる里中賢介だった。
それから2ヶ月後。
「東海林さんと同じ部署だなんて嬉しいな」
「賢ちゃん、困ったことがあればなんでも俺に言えよな」
商品管理部に配属された2人は隣同士のデスクで和気あいあいと話していた。
「お前ら、ここは学校じゃないんだぞ!!ビシバシ鍛えるから覚悟しておけよ」
そんな2人を見下ろしながら、ガタイのいい40代の課長が喝を入れた。
2人は席を立ち「はい!!」と揃えて声を上げた。
毎日新しいことの連続で、叱られることも多く凹んだ日もあったりしたが、部署の飲み会で発散してまた明日につなげていった。
昼休みに2人で社員食堂へ行くと、研修で同じチームだった黒岩匡子にあった。男勝りのかっこいい女で最初は黒岩と呼んでいたが、別のチームに黒沢という男がいて紛らわしくなり東海林だけ「匡子」と名前で呼んでいた。
匡子は青果部に配属されて、女ばかりの社員にもまれているそうだ。女特有の集団行動に嫌気がさしているからと別の同期の男と2人でランチを取っていた。
東海林と里中は一緒のテーブルに座り、お互いの近況などを話し合う。
「匡子は女に嫌われそうだよな」
「失礼ね、東海林くんは上司に好かれてるんじゃない?」
「そうなんだよ、東海林さん課長に気に入られて昨日も飲みにいったみたい」
社会というプールに飛び込んでうまく泳げるか不安だったが、いい仲間と頼りになる上司に囲まれて、働くことってこんなに楽しいことなのかと東海林は毎日が大学の退屈な授業よりも何倍も勉強になると思っていた。
この会社で死ぬまで働きたい、みんなと一緒にー。
そんな夢はある日突然砂の山のように崩れ落ちた。
「リストラ…!?何でですか??」
課長や同期、そして後輩も含めて200名もの社員を一斉にリストラするという通達が来たと知り、東海林は声を荒らげた。
「会社命令なんだ…仕方ない、お前たちはまだ未来があるからと残されたんだ、俺たちの分まで頑張れよ」
そう言って悲しそうな手が東海林の肩を叩いた。
リストラの理由はすぐに耳に入ってきた。来年度から派遣を大量に入れて人件費をカットしていくらしい。
派遣だなんて、3ヶ月しかいない人間が使い捨てコンタクトのように期間が来たら交換するようなものではないのか。
そんな人間たちと信頼関係なんて築けるのか?
以前1度だけイベントで派遣社員と仕事をしたが、責任感もなくだらだらと働き、嫌になったら途中で帰ったりなどとにかく散々な目にあったせいか余計に腹立たしく感じた。
その日、夜遅くまで残業していた時にふと見つめた課長たちのデスクを目にして東海林は涙が出てきてしまった。
「俺、あの会社で1日も早く昇進してさ…社員ばかりの人事に変えるんだ」
馴染みの居酒屋で東海林は里中に宣言した。
「東海林さん…東海林さんならすぐ上層部にいけるよ」
「賢ちゃんもだよ、一緒にS&Fを変えて行こうぜ!」
酔いの回った東海林は里中の肩を抱いて腕を振り上げた。
「ーあなた、いつまで寝てるんですか?」
春子の声で東海林は目が覚めた。
「…夢かよ…」
東海林は今までの事が夢の中での出来事だったと確認する。
デジタル時計を見ると2021年9月20日と書かれている。
「もう20年近く前なんだな…」
本当に過去にあった出来事をある日突然夢に見るなんて。あの時夢見ていた社員ばかりの会社も叶っていないし、自分もまだ課長止まりだ。
でも、過去の辛い出来事にはすべて意味があった。
そう今は思える。
もし派遣を雇うことにならなければ春子に会うこともなかっただろう。
東海林は頭をかきながら起き上がる。
「早くしないと遅刻しますよ」
春子は洗濯物をタンスに入れながらそう言った。
「よし、今日も1日頑張るぞ!!」
自分に気合を入れるため、東海林は両手でガッツポーズをとりながら大声を出した。