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  • 21最初の作戦2016年12月28日深夜
    #創作 #漫画 #オカルト #東京少年 #28
    フジサキタケト
  • たくさん準備中
    #オリジナル #女の子 #オカルト #不気味
    うり
  • 16鏡の国2016年12月28日
    #創作 #漫画 #東京少年 #オカルト #27
    フジサキタケト
  • オリンピック聖火の災禍式「既に信仰が絶えている神々を大真面目に祀る」……そんな事態が有るとしたら……普通に考えてそれは……?
    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

    #オカルト #魔術
    便所のドア
  • 神々の筏(いかだ)死の間際に「神」を呼び出し「自分は『天国』に行けるのか?」を問うた1人の男。
    だが、「神」の答は?
    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。
    #SF #オカルト #不条理もの
    便所のドア
  • 受け継がれる炎始まった以上、やめる事は出来ない……万に一つの可能性に賭けても。
    「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「pixiv」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。
    #オカルト #魔術 #ホラー
    便所のドア
  • 辰男と清二郎 #小説 #オリジナル #オカルト ##巳継奇譚

    憑物筋の息子・巳継辰男と彼に仕える少年・清二郎の話。
    女の怪異に好かれる清二郎。
    新矢 晋
  • 22月刊サスピシャズ ##創作
    #オリジナル #創作 #オカルト #ホラー #都市伝説

    Twitterに載せていたらくがきのまとめです。
    マイナーオカルト雑誌「月刊サスピシャズ」 オカルトとホラーと胡散臭さに塗れた怪しいヤツら。
    □K@いまりょうかい
  • 三男と四男と不思議な猫の話 #おそ松さん #年中松 #オカルト #モブ ##チョロ松と一松の話

    (こんな店、あったっけ…。)

    路地裏で猫と存分に戯れた帰り道、ふと視界に入った1軒の店。
    古びた外観のそこは所謂アンティークショップというやつだった。
    いや、そんな洒落た感じじゃない。
    どちらかというと骨董屋と言った方がしっくりくる。
    駅近くの雑多に店が建ち並ぶ通りの中、古びて質素な、
    しかし丁寧に手入れされてきたのであろうその店は
    注意深く見ていないとその存在を見過ごしてしまうくらい目立たなかった。
    では、何故そんな目立たない店に大して骨董に興味なんか持ち合わせていない僕が気付いたのか。
    それは、店のショーウィンドウに置かれた小物入れが目に入ったからだ。
    ちょうど大学ノートなんかが綺麗に収まりそうな大きさの長方形の小物入れは、
    蓋に彫刻が施され、その上面には美しい蒔絵が描かれている。
    唐草模様に漆が盛り上げられ、中央には金色の花に囲まれた銀色の猫。
    猫の蒔絵なんて初めて見た。
    漆塗りの蓋いっぱいに描かれた銀色の猫は
    気高く圧倒的な存在感を放っているように見えた。

    そう、この猫が目に入ったのだ。
    まるで呼ばれたみたいに。

    しばらく店の前で猫の蒔絵の小物入れを眺めていた。
    あまりにじっと眺めていたものだから、背後に近づく人影に全く気付かなかった。

    「一松。」
    「っ!…あ、チョロ松、兄さん…。」
    「何してんの?こんな所で。」
    「あ…えっと…」

    突然話し掛けられ、自分でもびっくりするくらい肩が跳ね上がった。
    勢いよく振り返ると、そこには一つ上の兄、チョロ松兄さんの姿。
    緑のチェックシャツにベージュのスキニー。
    よく見る服装だ。
    何かのイベント帰りだろうか。
    チョロ松兄さんが背中に背負っていたリュックを背負い直しながら、
    僕が見ていたショーウィンドウを覗き込んだ。

    「あ、猫。綺麗だね、何かの入れ物かなぁ?
     もしかしてコレを見てたの?」
    「…うん。」
    「へえ…。ここ、骨董屋?
     こんな店あったんだね。」
    「…俺も、今日初めて気付いた。」

    やはりこの店は相当目立たない佇まいらしい。
    僕よりも格段にこの道を通る回数が多いであろうチョロ松兄さんが気付いていなかったなんて。
    この猫の小物入れが視界に入らなかったら、僕も気付くことはなかったと思う。

    そろそろ帰ろうかな、なんて思っていたら、店の扉が開いて店主らしき老人が顔を出した。
    人の良い笑みでこちらを見たものだから、思わずチョロ松兄さんの後ろに隠れてしまった。
    チョロ松兄さんに呆れ顔をされたが、勘弁してほしい。
    知らない人と話すのは苦手だ。

    「おや…双子かな?よかったら店内も見ていくかい?」
    「えっ…あ、いや…僕らそんな骨董なんて高い物買えないし分からないんで!」
    「ははは、何も買わせようなんて思っていないよ。
     その猫の蒔絵が気になっていたんだろう?猫が好きなのかい?
     店の中にも、いくつか猫の品があるからよかったら見ておいで。」
    「うーん…どうする?一松…。」
    「み、見たい…ちょっとだけ…。」

    他にも猫の小物があると聞いて誘惑に勝てなかった僕は、
    チョロ松兄さんの背中に張り付きながら店内に足を踏み入れた。
    骨董屋独特のどこか懐かしさを感じるなんともいえないにおいがした。
    チョロ松兄さんに「こら、いい加減離れろよ。」と睨まれたので渋々離れたが、
    その様子を見ながら老店主は「仲がいいね」と朗らかに笑い、少し待っていろと奥へ引っ込んだ。

    店の中には様々な骨董が置かれていた。
    掛け軸、着物、花瓶、香炉…。
    きっとどれも僕が一生手にする事の無いような金額なんだろう。
    高価な物に囲まれて、初めての場所に来て、
    本当ならソワソワ落ち着かないはずなのに、何故だか居心地の良い空間だった。
    チョロ松兄さんも締まりなく口を開けて辺りを見回している。
    あ、すっごい間抜けヅラ。口閉じろ、口。
    …と思ったところで自分の口もだらしなく開いていた事に気付き、慌てて閉じた。
    2人して同じ顔してたのか。
    人のこと言えないね。
    店内を見渡していると老店主が奥から戻ってきた。
    その手にはこれまた様々な骨董品。
    奥にもまだまだ品があるらしい。
    見せてくれたのは招き猫や猫が描かれた屏風、それから手のひらサイズの根付けだった。
    …この根付け可愛いな。
    小さな鈴が付いてる。首輪が緑色だし、瞳が小さいし、なんだかチョロ松兄さんみたいだ。

    「この根付け可愛いな。」
    「うん。」
    「ほら、これなんて一松みたい。首輪が紫色で、眠そうな顔してる。」
    「ふふっほんとだ…こっちはチョロ松兄さんに似てる。」

    そんな僕らのやり取りを老店主はニコニコしながら眺めていた。
    僕らの他に客はいない。
    老店主はお茶まで淹れてくれて、勧めてくれた椅子に腰掛けさせてもらって、しばらく話をしていた。
    この根付けはいつ頃作られた物だとか、根付の作者の話だとか。
    普段なら絶対興味を引かない話題なんだけど、この店の雰囲気がそうさせるのか、
    穏やかな老店主の人柄か、話を聞くのは面白かった。
    不思議な人だな、と思った。

    結局僕とチョロ松兄さんは、老店主が見せてくれた手のひらサイズの小さな猫の根付けを一つずつ買って帰った。
    僕が紫色、チョロ松兄さんが緑色。
    根付は思ったよりお手頃価格だったから。
    去り際、「またおいで」と僕らを見送ってくれた老店主の笑顔に、また行きたいな、なんて思った。
    パーカーのポケットの中で、紫の首輪をした眠たそうな猫についた鈴がコロン、と音を立てた。

    ーーー

    ある日の帰り道、一松とたまたま見つけた骨董屋で小さな猫の根付を買って帰った日から、
    僕と一松は度々あの骨董屋に2人で訪れるようになった。
    老店主はただ時間を潰しに来るだけの僕らを嫌な顔一つせずに、
    いつも笑顔で迎え入れてくれて、お茶を出してくれる。
    僕らの名前も覚えてくれるまでになった。
    骨董屋の老店主はいろいろな話をしてくれた。
    昔話だったり、いわく付きの品物の話だったり。
    新しく仕入れた品を見せてくれたり。
    中でも猫の置物や根付けは真っ先に見せてくれて
    初めて僕らが訪れた時に買った根付けと色違いの根付けがあったから
    一松は黄色と桃色の猫の根付けを買っていた。
    十四松とトド松にあげるんだろうな。
    あとは贋作と本物の見分け方なんてのも教えてくれたけど、
    僕にはさっぱり見分けられそうになかった。
    目利きの人ってすごいんだなぁ。

    僕らの話も聞いてくれた。
    六つ子だと話した時はさすがに驚いてたな。
    ニートでどうしようもないクズで、底辺の人間な僕らを
    老店主は否定も肯定もしなかったけど、それがなんだか楽だった。
    隣に座る一松も同じ事を思ったと思う。
    あの極度の人見知りでコミュ障の一松が普通に会話できるようになるくらいには、僕らはこの店に馴染み始めていた。
    他の兄弟は誘わなかった。
    興味無さそうだし、
    暴れて物を壊したら大変だし、
    とか理由はいろいろあるんだけどなんとなく秘密にしておきたかったのだ。
    僕と一松だけの秘密の場所にしておきたかった。
    それ程に、この店で過ごす時間が穏やかで心地よかった。

    そして、僕らがこの骨董屋に訪れるようになって、結構な月日が経った頃、

    「え…店じまい、ですか。」
    「ああ。この頃体がキツくてね。やっぱり歳には勝てないよ。
     来月末で店を閉めることにしたんだ。」
    「そう、なんですか…。」
    「悪いね、せっかく常連さんになってくれたのに。」
    「いっいえ、僕らなんて大して物も買ってないし!時間潰しに来るばっかりで!」
    「いやいや、若い子と話せて楽しかったよ、ありがとう。」

    この店、なくなっちゃうのか。
    なんだか寂しいな。
    もう少し早くこの店の存在に気付いていればよかった。
    老店主が淹れてくれた緑茶に口をつけながらチラリと横を見ると、一松も明らかにシュンとしている。
    もし今猫耳と尻尾が生えていたら、絶対にへちょりと垂れ下がっていたに違いない、というくらいシュンとしている。
    そうだよなぁ。
    人見知りで家族がいればいい、と言い切る一松に気兼ねなく話せる相手がせっかく出来たのに。
    同年代じゃなくておじいちゃんだけど。
    僕としては弟の喜ばしい進歩だったのに、これでまた家と路地裏を行き来するだけの生活に
    後戻りしちゃうんだろうな、なんて考えると少し残念だ。

    「そうだ、別れの挨拶にこれを君に。」

    そう言って老店主が一松に差し出したのは、この店を見つけるきっかけになった猫の蒔絵の小物入れだった。
    突然のことに一松が狼狽える。

    「え…。えっいや、こんな立派なの?!む、む、無理です…!」
    「いや、君が持っていておくれ、一松君。」
    「でも…。」
    「物にはね、魂が宿るんだ。」
    「…?」

    物にはね、魂が宿るんだ。
    特に、長い時を経ていろいろな人の手を渡り歩いてきたような物はね。
    骨董屋には、そんな物が集まる場所なんだよ。
    そういった魂を持つ物は、偶に自分で持ち主を選ぶ事がある。
    この猫もそうだよ。
    これはね、君を持ち主に選んだんだ。
    だから、受け取ってくれないかい。
    老人の戯れ言に付き合ってやるくらいの心持ちでいいから、
    この猫を君の手元に置いてあげてくれ。

    老店主は穏やかな笑みを浮かべて、一松に猫の小物入れを差し出したままそう述べた。
    恐る恐る手を伸ばした一松がしっかりと小物入れ受け取る。
    それに老店主は安心したように笑みを深めた。

    「その…ほんとに、俺なんかが貰っても…。」
    「ははは、言っただろう。その猫が君を選んだんだよ。」
    「あ、ありがとう、ございます…。」
    「よかったね、一松。」
    「ん…。」

    一松が大事そうに、ぎゅっと小物入れを胸に抱いた。
    僅かに頬が赤い。
    最初に見つけた時、魅入られたようにじっと見つめてたもんな。
    嬉しそうだ。

    「その猫は守り神だよ。」
    「守り神…?」
    「ああ。その箱はね、元々は仏教の経典を保管するために作られた箱なんだ。」
    「経典…ですか。」

    中国の伝説では、猫は三蔵法師が大切な経典を守るためにインドから連れてきた、とされているんだ。
    だからこの箱もその伝説になぞらえて、経典を守るために猫の蒔絵が入っているんだよ。
    昔は鼠の被害というのは深刻な問題だったからね。
    鼠退治には猫、というわけさ。
    ああ、何も経典を入れる必要はないさ。
    君の大切な物を入れておけばいいんだよ。
    そうすれば、きっと猫が守ってくれる。

    老店主がそんな話をしてくれた。
    へえ…猫って三蔵法師が連れてきたんだ。
    もちろん、伝説上の話だろうけど。
    ここの老店主は本当にいろいろな話を知っている。
    老店主の話を、一松は頬を微かに赤く染めて
    そして最近では滅多に見ることのなくなったキラキラした闇要素ゼロの目をしながら
    (本当レアな顔だこれ。老店主すげぇ!)
    コクコクと頷きながら聞いていた。

    その後僕らは老店主に何度も何度もお礼を言って、店を後にした。

    ーーー

    骨董屋の老店主から譲り受けた経典入れ(僕は今まで小物入れだと思っていたけど)を大事に大事にしまった。
    傷つかないように、壊れないように。
    寝る前に、静かに取り出して蒔絵の猫を眺めてはそっと撫でるのが、あの日から僕の日課になっていた。
    経典を守る、気高い猫。
    老店主は自分の大切な物をしまえばいいと言っていたけど、
    そこまで大切な物は思いつかなかったから箱の中は空のままだった。
    チョロ松兄さんに「にゃーちゃんのブロマイドでも入れておく?」と冗談混じりに聞いてみたけど、
    「一松のなんだから一松の大切な物をしまいなよ。」と笑って返された。

    …あ、そういえば。
    パーカーのポケットに手を突っ込むと、コロリと小さな音を立てて猫の根付が3つ出てきた。
    一つは僕が初めて骨董屋へ行った時にチョロ松兄さんとお揃いで買った物。
    後の二つは、後日また訪れた時に買った。
    首輪の色が黄色と桃色だったから、なんとなく2人の弟を思わせてつい買ってしまったのだ。
    紫色の自分用は再びポケットに戻して、手のひらに黄色も桃色だけを乗せる。
    顔を上げると、チョロ松兄さんがソファで求人誌を捲っていて
    十四松がバランスボールでゆらゆらしていて
    トド松は卓袱台に頬杖を付いてスマホを弄っていた。
    因みに僕はいつも通り隅っこに体操座りをしている。
    上の兄2人はどこかに外出中のようだ。
    まぁ、多分パチンコと…いもしないカラ松ガールズ待ちとかだろう。

    僕が話しかけるよりも先に、手のひらの上で鳴った鈴の音に気付いた十四松が
    バランスボールから降りてこちらにやって来た。

    「兄さん、それ何ー?」
    「んー、猫の根付け。」
    「ネコの煮付け?!」
    「煮付けちゃダメエェェ!!
     根付け!今風に言うとストラップ!」
    「おー!可愛らしいでんな~。」
    「せやろ~?十四松はんに一つあげまひょ~。」
    「うおーほんまでっか~?!おおきに兄さん!!」

    黄色い方を十四松に手渡すと、十四松は「ネコ~ネコ~!!」と言いながら根付を揺らした。
    十四松の動きに合わせてコロンコロンと鈴が鳴っている。
    よかった、喜んでもらえた。
    ピロリン、と音がして顔を音の方向に向けるとトド松が何やら撮影していたようだ。
    うん…撮りたくなる気持ちわかるよ、十四松可愛いもんな。

    「トド松にも…はい。」
    「えっ僕にも?!」
    「あ、要らないなら…いいんだけど…。」
    「いるいる!ほしい!!」
    「…ん。」
    「えへへっ可愛いね、コレ!ありがと、一松兄さん。」

    トド松は女の子ウケしそうな可愛い物は基本的に受け取ってくれる。
    十四松と並んで「お揃いだねー」なんて笑いながら2人で写真を撮ってるのが微笑ましい。
    ブラコン?
    …うん、まぁ、否定はしない。

    「一松、まだ渡してなかったんだ。それ買ったの結構前じゃなかった?」
    「ん。忘れてた。」

    今まで黙っていたチョロ松兄さんがいつの間にか求人誌を閉じてこちらを見ていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さんからもらった!にゃんこ!!」
    「よかったね、十四松。これで4人お揃い。」
    「え、そうなの?」
    「うん。僕と一松も持ってるんだよ、緑と紫の。」

    ほら、とチョロ松兄さんが緑色の根付けを取り出して末2人に見せたので
    僕もそれに倣いポケットから紫の根付けを取り出して見せた。

    「おー!お揃いっすなー!」
    「わー可愛い!ねえねえ、4つ並べて写真撮らせて~!」
    「いいよ…はい。」
    「ありがと♪…あれ?でも4つだけ?
     赤と青がないよ??」
    「…なかった。」
    「そうなの?!王道的な色なのに!」

    後に帰ってきた長男次男に、「俺達にはないのか」といじけられた。
    あれは非常にめんどくさかった、と後に我が家の三男が語っていた。
    …何でか赤と青はなかったんだよなぁ。

    ーーー

    十四松とトド松に猫の根付けをあげた日の夜。
    全員が寝静まった深夜、天井から妙な音が聞こえてきた。

    タタタ、トンー…トタン

    トントントン、タンタンー

    上から降ってきた物音に目が覚めた。
    目を擦りながら上体だけを起こし、上を見上げる。

    トタトタトタ、カタン

    尚も上から小さな物音は響く。
    …屋根裏からかな?何の音だろう。
    上を見上げてみても、暗闇しか見えない。当たり前だけど。
    物音に他の兄弟も気付いたようだ。

    「んー?何の音だ??」
    「わかんない。」
    「屋根裏か?」
    「何か住み着いちゃったのかなー?」
    「ちょっやめてよ十四松兄さん!」
    「あ~…ったく俺の睡眠を妨害しやがって~。
    鼠とかじゃねーの?
     明日誰か屋根裏調べといてくれよ。」
    「軽く言ってるけどヤだよ鼠とか!」

    僕も鼠は嫌だな。
    本当に住み着かれてたらどうしよう。
    けどおそ松兄さんが「とりあえず今日は気にしないようにしてもう寝ようぜ」と布団に潜り込み
    再び夢の世界へ旅立ってしまったので、僕達もその日はそれ以上何もせずに、そのまま眠りに落ちた。

    ーーー

    「あああああああーっ!!!!」
    「えっ?!なになに?!」

    平和な昼下がり、突如響いた誰かの叫び声。
    次いでドタドタと誰かが2階から慌ただしく降りてくる音。
    スパァンッと襖が開く。
    そこには半泣き状態の十四松がいた。

    「十四松?!どうしたんだ?」
    「ヂョロ゛ま゛づに゛い゛ざぁあん゛!!」
    「えっえっ?!」
    「お゛れ゛のエ゛ロ゛本ボロ゛ボロ゛にな゛っでだあぁ~」

    いやいやいや、とりあえずお前がボロボロだよ本当どうした。
    僕の顔を見て本格的に泣き出した十四松をなんとか宥める。
    その手には破れてボロボロになった、年齢制限付きのアレな本が握られていた。
    何があったんだよ、アレな本を握りしめて号泣する成人男性の図とかワケわからんわ。

    しばらく宥め続けて、ようやく十四松が落ち着きを取り戻したので話を聞いてみると
    昨晩聞こえた屋根裏の物音が気になったので見に行ってみたらしい。
    すると屋根裏に隠していた十四松のアレな本はボロボロになっており、所々柱に傷も見受けられたそうだ。
    お前そんな所に隠してたのか。

    「なんか、齧ったような後もあったよ!」
    「うーん…やっぱり鼠でも住み着いたかなぁ?」
    「ネズミ!俺のエロ本ネズミにヤラレたのかな?!」
    「そうだなぁ…その可能性は高いんじゃないかな。」

    鼠だとしたら昨夜のあの物音も説明がつくんだよね。
    このご時世にまさか、と思うけど実は鼠被害ってまだ割とあるらしい。
    特にこの家は年季入ってるし、住み着かれても不思議ではない。
    とりあえずネズミ駆除の業者とか道具とか探した方がいいかな。
    よし、夕飯の後にでも母さんに相談してみよう。

    「ええぇぇえぇええっ?!!」

    ーガタガタンッドコンッ!

    …ええ?!
    今度はなんだ?
    またしても2階から物音、そして慌てて降りてくる音。

    「チ、チョロ松兄さんっ!ね、ねこっねこが…!!」

    駆け込んできたのは一松だった。
    注射以外でこんなに取り乱した一松って珍しいな。
    しかもなんだか泣き出しそうだ。
    本当に、今日は一体何なんだ。

    「どうしたの、一松。」
    「猫がいない!猫がいなくなった!!」
    「…はい?」
    「ね、ね…ねこ、ねこぉ…」

    あ、こっちも本格的に泣き出したぞ。
    実は十四松の次に涙腺緩いのって一松だよね。
    グスグスと涙を流す一松は胸に何かをしっかりと抱いている。
    一瞬こいつもアレな本か?!と戦慄したがどうやら違う。
    少しほっとした。
    それにしても猫がいなくなった?
    可愛がってる野良猫がいなくなっちゃったとか?
    そもそも一松が家に連れてくる猫ってほんといろいろだし、どの猫が?
    …と、思ってたら「違う、そうじゃない」と首をブンブン横に振って
    一松が僕に差し出してきたのは、骨董屋の老店主から譲り受けた猫の蒔絵が入った経典入れ。

    「…え?!」
    「昨日は、ちゃんといたはずなんだけど…。」
    「え、いや…ど、どういうこと?!」
    「僕にもわかんない…。」

    そこには、蒔絵の装飾はそのままに中央に描かれていた猫の姿だけが忽然と消えた経典入れ。

    ……意味がわからない!

    え、何で猫の姿が消えてるの?!
    「猫がいなくなった」ってそういうことかよ!
    わかりにくいわ!と、いつものツッコミよろしく叫びそうになったけど
    口調が幼くなってるし、結構なダメージを受けてしまっているらしい一松を見て、なんとか飲み込んだ。
    そりゃそうだよね。
    あの日から、一松がすごく大事にこの経典入れを扱ってきたことを知っているし。
    とりわけ蓋に描かれた蒔絵の猫を一松はとても気に入っていた。
    その蒔絵の猫だけが忽然と消えてしまったとは一体どういうことだろう。
    誰かのイタズラか?
    …いや、こんな手の込んだイタズラをするような奴はうちにはいない、と思う。
    それに、この経典入れのことを知っているのは一松の他には僕だけだと思うし。

    「と、とりあえず!明日になってもこのままだったら
     あの骨董屋に行って相談してみよう?
     僕も一緒に事情説明するからさ。」
    「うん…。」

    信じられないような馬鹿げた話だけど、あの骨董屋の老店主なら
    話を聞いてくれると謎めいた確信があった。
    元より、この経典入れは老店主が一松に譲った物だ。
    手渡した時にも思わせぶりな事を言っていたし、何か知ってるかもしれない。
    一松も少し落ち着いきたかな。

     にゃ〜

    ん?…今猫の鳴き声が聞こえなかったか?
    気のせい?

    「あれ?!にゃんこだ!」
    「…え?」

     にゃ~ん

    十四松の声の後に返事をするように足元から可愛らしい鳴き声。
    どうやら僕の気のせいではなかったようだ。
    一松と顔を見合わせて同時に下を向くと、そこには1匹の猫が一松の足に擦り寄っていた。
    銀灰色の綺麗な毛並みに金色の目。
    野良とは思えない、野良どころか浮世離れしてるというか
    まるで絵に描いたようなとても綺麗な猫。
    一松が連れてきたのかな?

    「一松兄さんの友達?」
    「いや…初めて会う…と、思う。」
    「あれー?そうなのー??」
    「うん。こんな綺麗な子、一度会ったら絶対忘れないし。」

    猫が相手だと普通にデレるのな、お前。
    一松が猫を抱き上げると、猫は嬉しそうに擦り寄った。
    一松も綺麗な猫にスリスリと擦り寄られて嬉しそうだ。
    十四松が「このにゃんこキレーっすね!」と猫を撫でている。
    綺麗な猫を抱き上げてすっかり落ち着きを取り戻し
    先程僕に泣きついた事が今更になって恥ずかしくなったのか
    目元を赤くした一松に消え入りそうな声で「ありがと…」と呟かれた。
    いつもそのくらい素直でいてくれるといいんだけどね!
    あ、それはそれでむず痒いな。やっぱりいつも通りでいいや。

    結局猫は夜になって、寝る時になるまでそのまま一松に寄り添っていた。
    不思議な猫だった。

    ーーー

    骨董屋の老店主から譲り受けた経典入れの箱に描かれていた猫が
    忽然と姿を消していた。
    パニックになって取り乱したままチョロ松兄さんに泣きついてしまった。
    今思い返すとだいぶ恥ずかしい。
    こういう時僕は無意識にチョロ松兄さんを頼ってしまうようだ。
    兄さんは僕をからかうでもなく、叱るでもなく
    優しく「明日骨董屋で相談してみよう」と僕を落ち着かせてくれた。
    この人こういう時は優しいんだよね、反則だと思う。
    後から知ったことだけど、僕が泣きつく直前に十四松も泣きついていたらしい。
    屋根裏に隠してた十四松のエロ本がボロボロになっていたそうだ。
    しかも屋根裏は鼠が潜んでいるのではないかという被害が見て取れたらしい。
    屋根裏に鼠?
    いつから住み着いていたんだろう。
    昨晩の物音も鼠の仕業なのかな。
    前々からいたなら友達の猫達が気付いていただろうし
    物音ももっと前から気づいていたはずだ。
    最近寄ってきたのは確かだと思うけど。
    チョロ松兄さんが鼠駆除の業者を呼んでくれと母さんに頼んでくれたらしい。
    さすがしっかりしてる。

    ところで、箱の猫がいなくなったのと入れ替わるように、綺麗な猫が僕の眼の前に現れた。
    すごく綺麗な猫。
    なめらかでキラキラした銀灰色の毛並みに金色の目。
    どことなく威厳を感じるシュッとした体躯。
    ずっと寄り添うようにして僕の傍にいる。
    何故かお風呂にもトイレにもついてこようとする。
    滅多に鳴き声もあげない。
    撫でてあげたり、抱っこしてあげるととても気持ちよさそうに目を細めるけど
    ご飯は食べようとしなかった。
    不思議な猫だ。なんだろう、初めて会うはずなのに…どこかで会ったような気がする。
    その猫は結局夜寝る時までずっと僕の傍にいた。
    布団の中に入ってもまるで見守るようにして枕元にちょこんと佇んでいる。
    銀灰色の毛並みが月明かりを浴びて光っている。
    綺麗だな…なんてボンヤリ考えながら眠りについた。

    どのくらい時間が経っただろうか。
    横並びに眠る6人全員が夢の中を漂っていたであろう深夜。
    また今日も天井から昨晩と同じような音が聞こえてきて、目が覚めた。

    ートタトタンッ

    ーガタッガリガリガリガリ…


    ーガタン!ゴトゴト

    なんか昨日より物音が派手じゃないか?
    思わず上体を起こし、天井を見上げた。
    他の兄弟も昨日と同じように次々と目を覚ました。

    「もぉ〜またぁ?明日僕予定あるのにぃ〜。」
    「鼠にしては煩すぎないか?何匹もいるとか?」
    「うげっ怖い事言うなよカラ松〜。」
    「スッゲー音してる!」
    「うーん…一応母さんが明日、鼠駆除の業者呼んでくれるらしいんだけど。」
    「あ…!」
    「うん?どうした一松。」

    ずっと枕元に佇んでいた銀灰色の猫が突如走り出した。
    勝手知ったる我が家とでもいうようにぴょこぴょこと家具や柱を飛び移り
    小さな隙間からあっという間に屋根裏へ入り込んだ。

    「え…屋根裏行っちゃった…。」
    「昼間の猫?」
    「うん…。」

    少しの間を置いて、先ほどよりも派手な物音。
    それに混ざる威嚇するような猫の唸り声。
    え、あの猫だよね?!何かと戦ってるの?
    てか、屋根裏は今どうなってるの?!
    猫は?!
    あの猫大丈夫?!

    「大丈夫だよ、一松。」
    「!」

    頭をポンポン、と優しく撫でられる感触。
    顔を上げると眉を下げて笑うチョロ松兄さんがいた。
    それだけで少し安心してしまう。

    天井からは尚もドスンバスンと音が響いている。
    なんとなく家も若干揺れているんじゃなかろうか。
    天井抜けないかな、これ。
    なんて思っていると、

    ーベキベキベキッ

    ードシャ

    「えええぇえ?!なんか上から降ってきたよ?!」
    「うわ天井!天井に穴あいた!!」
    「お、おおおお落ち着けブラザー!ひ、ひとまず明かりを点けよう!」
    「うん!お前も落ち着こうなカラ松!
     でもなんかテンパってるお前のおかげでお兄ちゃんちょっとだけ冷静になったわありがとう!」

    …本当に天井が抜けた。
    男6人ぎゃーぎゃーみっともなく喚きながらも、おそ松兄さんが電気を点けた。
    天井には大人1人通り抜けられそうなくらいの穴が開いて家の屋根の骨組みが丸見え状態。
    パラパラと木片やモルタルの欠片が降ってきている。
    そして、その開いた穴の真下には。

    「「「「「「うぉあああああぁああぁあ?!?!?!!」」」」」」

    さすが六つ子、ピッタリ同じタイミングで同じような叫び声。
    一ミリもズレがない見事なシンクロっぷり。
    成人男性6人が揃いも揃って情けない叫び声(しかも野太い)を上げてしまったわけだが許してほしい。
    深夜にご近所迷惑だね、死んで詫びます。
    でも本当、僕らの心中も察して頂きたい。
    天井にあいた穴の真下には、規格外な大きさの鼠さんの屍が横たわっていたのである。
    喉を噛まれたのか、血で畳が汚れている。
    いや、てか…え?これ鼠?!本当に?マジで鼠?!?!
    いやいやいや…おかしい。おかしいだろ。
    これ叫んでも仕方ないでしょ?!
    冷静でいられる方がおかしいでしょ?!

    いくらなんでも大型犬と同じくらいの鼠は怪奇現象レベルだと思います!!

     にゃ〜ん

    …猫の声?
    あ!そうだ、猫!!
    天井裏へ乗り込んでいった猫は?!
    慌てて天井の穴を覗き込むと、そこから銀灰色がピョコリと顔を出し
    トン、と床に着地した。
    あ、無事だった…よかった…。
    ていうか、この化け鼠はお前がやったのか?
    もうどうしたらいいか分からなくてその場にヘタリ込んだ僕の懐に猫が飛び込んできた。
    そのままスリスリと顔を僕の首に擦り付けるものだから
    心を落ち着けるために銀灰色の綺麗な毛並みを無心で撫で続ける。

    「ね、ねぇ…もしかしてこのどデカイ鼠…お前が退治したの?」
     にゃ〜

    まるで誇らしげに返事をするように猫が鳴く。
    と、銀灰色の猫は僕の頬に額を擦り付けるとすぅっと姿を消した。
    本日の怪奇現象その2である。

    「え…。」
    「え、き、消えた?」
    「消えた…ように見えた…けど。」
    「マジかよ。今日どうなってんの一体。」

    あまりの驚愕に襲われ、今度は叫び声を上げることすら出来なかった。
    それは他の兄弟も同じだったようで。
    兄弟がブツブツ言う中、僕はハッとして自分の私物をしまっている引き出しに手をかけた。

    どうして今まで気付かなかったんだろう。
    引き出しから、経典入れを取り出す。
    今日の昼間(いや、もう昨日かな)猫の蒔絵が消えて大騒ぎした経典入れ。
    そこには、骨董屋で譲り受けた時と、初めて見つけて店の前でじっと見ていた時と同じく
    蒔絵の猫がきちんと描かれている。
    銀灰色の毛並み。
    金色の目。
    威厳を感じるシュッとした体躯。
    間違いない。

    ーあの猫だ。

    老店主の言葉が蘇る。
    ー その猫は守り神だよ

    猫が…守ってくれたってこと?


    あの後、激しい物音と僕らの叫び声に何事かと様子を見に来た両親にチョロ松兄さんが必死で状況を伝えて
    僕らはとりあえず1階の居間に布団を敷いて寝ることになった。

    朝になって、母さんが呼んでくれた鼠駆除の業者が一応屋根裏を調べてくれたら
    屋根裏には鼠が20数匹潜んでいたらしい。
    あ、その鼠は通常サイズだったらしいけどね。
    化け鼠は業者の人もこんなの見た事ないって驚いてた。
    でも業者さんが屋根裏にいた通常サイズも大型犬サイズもまとめて処理してくれるそうだ。ありがたや。
    屋根裏の痛み具合や糞尿による汚れ具合を見ると住み着いたのは一週間経つか経たないかくらいで日は浅いらしい。
    それよりも気になったのは屋根裏にいた鼠の様子。
    怪我をした様子もないのに、全部息絶えていたそうだ。
    忙しなく屋内で作業していた業者の人も、鼠被害についてはもう大丈夫だろう
    仕事を終えて帰って行き、家の中は普段通りの平穏を取り戻しつつあった。
    天井は穴空いてるけど。

    経典入れの蓋には、今日もちゃんと綺麗な蒔絵の猫がいる。
    昨日のあれは見間違いだったのだろうか?
    …いや、そんなはずない。
    兄弟みんな猫を目撃している。
    昨日、屋根裏で一体何があったんだろう。

    ーーー

    「一松、出かけよう。」
    「え…」
    「気になることあるんだ。あの骨董屋に行ってみようよ。」
    「わかった。」

    昨晩の鼠騒動が落ち着いて、各々自由に平日の昼間を謳歌している中、僕は一松に声をかけた。
    突然屋根裏へ飛び込んで、馬鹿でかい鼠が降ってきて、そして一松に擦り寄って、消えた猫。
    その後一松が取り出した経典入れには、いなくなったはずの猫が戻ってきていた。
    よく見たら、その猫は昨日一松に寄り添っていた猫にそっくりなのだ。
    一松もそれにもちろん気付いている。

    もうワケがわからない。ワケが分からないけど、どうも経典入れの猫が関係しているらしい事はなんとなく推測できた。
    だから、骨董屋の老店主に話を聞いてもらおうと思ったのだ。
    何かわかるかもしれないし、わからないままかもしれないけど、何故だか店主には話しておきたかった。


    店の中に入ると、そこにいたのは老店主ではなく、女性の姿だった。
    咄嗟に一松が僕の背後に隠れた。
    …いや、お前な。人見知りも大概だぞ。
    女性は僕らを見ると、にこりと微笑み、
    「あら…ひょっとしてあなた方がチョロ松くんと一松くんかしら?」
    とゆったり話しかけてきた。
    笑顔も語り口もあの老店主によく似ていた。

    話を聞くと、この女性は老店主の娘さん。
    老店主が体調を崩ししばらく入院になったため、整理も兼ねて店番を買って出たそうだ。
    僕らのことは、店主がよく話題に出していてすぐにわかったらしい。
    入院、と聞いて背中に張り付いた一松の身体が強ばったのがわかった。
    お見舞いに行けないか聞いてみると、女性は穏やかな笑みはそのままに
    「是非行ってあげてほしい」と僕らに入院先を教えてくれた。
    女性が僕らが購入した猫の根付をまた見せてくれたから
    今度は僕が赤色の首輪をしたやつと、青色の首輪をした猫を買った。

    心ばかりの見舞いの品を手に、僕と一松は骨董屋へ訪れたその足でそのまま病院へ向かった。
    病室は4人部屋で、その中の窓際で1番奥が老店主のベッドだった。

    「おや…来てくれたのかい?
     娘から聞いたのかな。」
    「あ…えっと、はい。」
    「そうか、来てくれてありがとう。
     ちょうど少し散歩したいと思っていたんだよ。中庭に行かないかい。」
    「あ、はい。」

    病院の中庭は手入れが行き届いていた。
    入院患者の憩いの場になっているのだろう。
    中庭のベンチに腰掛けると、老店主は「何か話があって来たんだろう?」といつもの穏やかな笑みを向けた。
    どうやら何もかもお見通しだったようだ。
    老店主に促され、一松がたどたどしく昨日の一連の事件を語った。
    一昨日の夜に屋根裏から物音がしたこと。
    次の日、つまり昨日、経典入れの箱から蒔絵の猫が消えていたこと。
    それと入れ違いで蒔絵の猫と同じ銀灰色の綺麗な猫が現れて、ずっと傍を離れなかったこと。
    夜、天井裏から化け鼠が降ってきて!どうやらそれを昨日現れた猫が退治したらしいこと。
    猫が突然消えてしまい、経典入れの箱は元通り猫が描かれていたこと。
    ちょいちょい僕が助け舟を出しながら、なんとか話し終えた。

    僕らの話に黙って耳を傾けてくれていた老店主は
    話を聞き終えるなりまた不思議な言い伝えを教えてくれた。

    「猫王って知っているかい?」
    「ねこおう?」
    「猫の王様、猫王。」

    西の国から中国に献上された猫を夜、誰もいない部屋に
    二重の鉄籠に入れて置いておくと、次の朝に鼠が猫の周りにひれ伏して死んでしまうんだ。
    鼠は猫の威光に引き寄せられて、拝み伏しながら死んでしまう。
    その猫は猫王と呼ばれるらしいよ。
    その経典入れに描かれた猫は、きっと猫王なのさ。
    鼠に狙われていることに気付いて、君達を守るために箱から抜け出したんじゃないかな。
    不思議な話だろう?
    …けどね、これは必然だと思うよ。

    「どうして、必然だと?」
    「何故なら、一松くんが私の店の存在に気付いたからさ。」
    「………ん?え、はい?」
    「私の店はね、普通に過ごしている人はまず気付かない。
     君達が話してくれたような怪異に近づいたり
     君のように品に選ばれて呼ばれた人が訪れる場所なのさ。」
    「えーと、つまり…一松はこの猫王に呼ばれたから店の存在に気付いた?」
    「そう。君は普段から猫を大切にしているのだろうね。」
    「………。」

    老店主の言葉に、初めて骨董屋を訪れた日の事を思い出す。
    あの日、一松は魅入られたかのように瞬きも忘れてじっと猫の箱を見つめていた。
    僕はたまたまそれに巻き込まれたわけか。
    そういえば、トド松に店の場所教えたけど「見つけられなかった、ホントに合ってんの?」と言われたことあったな。
    突飛な話なのだけど、この老店主の口から聞くと何故か信じてしまう。
    自分が実際にそういう不思議体験をしてしまった後だからというのもあるけど。

    「お礼…。」
    「うん?」
    「猫に、お礼するには、どうしたらいいの…。
     昨日は、抜け出してきた猫、撫でたりはできたけど、ご飯は食べなかったし…。」
    「ははは、優しい子だね。
     普通の猫を可愛がるのと同じようにしてあげればいいんだよ。
     きっとこの猫王はこれから先も君に構ってほしい時に箱から抜け出すだろうから
     その時にうんと可愛がってあげればいいのさ。」
    「わ、わかった…!」

    それから少し話をして、僕らは病院を後にした。
    僕も一松も無言だった。
    やがて見慣れた河川敷まで来たところで、ふいに一松が口を開いた。

    「…なんか、現実離れした話だった…。」
    「そうだね。僕も自分が体験してなかったら絶対作り話だと思うよ。」
    「…ん。実際見ちゃったんだもんね。」
    「ほんとだよ…なんかもうすっごい疲れた。」
    「これから先も…こんな事に巻き込まれるのかな…。」
    「え?!」
    「いや…僕が猫王と一緒にいる限り、そんな気が、する…。」
    「ほんとに有り得そうだからやめて一松!」

    あれから、老店主が言っていたように経典入れに描かれた蒔絵の猫は
    度々箱から抜け出しては一松に擦り寄っているところが目撃された。
    そして、一松の予想もその通りで、僕らは度々不思議な出来事に遭遇するようになるのだがそれはまた別の話。

    次に骨董屋へ行った時、店は既に無くなっていた。
    ガラス張りのショーウィンドウから中を覗くと、そこは空っぽでなにもなかった。
    まるで随分前から空き店舗だったかのような佇まいすら感じた。
    店じまいするって聞いていたから当然なのだけど、こうして目の前にしてみるとやはり寂しい。
    隣に立つ一松も同じ思いだったのか、少し俯いていた。

    「一松、もう行こうか。」
    「…ん。」

    帰りにコンビニで肉まんでも買ってこうかな。

    あの老店主に会うことは、もうないのだろう。
    #おそ松さん #年中松 #オカルト #モブ ##チョロ松と一松の話

    (こんな店、あったっけ…。)

    路地裏で猫と存分に戯れた帰り道、ふと視界に入った1軒の店。
    古びた外観のそこは所謂アンティークショップというやつだった。
    いや、そんな洒落た感じじゃない。
    どちらかというと骨董屋と言った方がしっくりくる。
    駅近くの雑多に店が建ち並ぶ通りの中、古びて質素な、
    しかし丁寧に手入れされてきたのであろうその店は
    注意深く見ていないとその存在を見過ごしてしまうくらい目立たなかった。
    では、何故そんな目立たない店に大して骨董に興味なんか持ち合わせていない僕が気付いたのか。
    それは、店のショーウィンドウに置かれた小物入れが目に入ったからだ。
    ちょうど大学ノートなんかが綺麗に収まりそうな大きさの長方形の小物入れは、
    蓋に彫刻が施され、その上面には美しい蒔絵が描かれている。
    唐草模様に漆が盛り上げられ、中央には金色の花に囲まれた銀色の猫。
    猫の蒔絵なんて初めて見た。
    漆塗りの蓋いっぱいに描かれた銀色の猫は
    気高く圧倒的な存在感を放っているように見えた。

    そう、この猫が目に入ったのだ。
    まるで呼ばれたみたいに。

    しばらく店の前で猫の蒔絵の小物入れを眺めていた。
    あまりにじっと眺めていたものだから、背後に近づく人影に全く気付かなかった。

    「一松。」
    「っ!…あ、チョロ松、兄さん…。」
    「何してんの?こんな所で。」
    「あ…えっと…」

    突然話し掛けられ、自分でもびっくりするくらい肩が跳ね上がった。
    勢いよく振り返ると、そこには一つ上の兄、チョロ松兄さんの姿。
    緑のチェックシャツにベージュのスキニー。
    よく見る服装だ。
    何かのイベント帰りだろうか。
    チョロ松兄さんが背中に背負っていたリュックを背負い直しながら、
    僕が見ていたショーウィンドウを覗き込んだ。

    「あ、猫。綺麗だね、何かの入れ物かなぁ?
     もしかしてコレを見てたの?」
    「…うん。」
    「へえ…。ここ、骨董屋?
     こんな店あったんだね。」
    「…俺も、今日初めて気付いた。」

    やはりこの店は相当目立たない佇まいらしい。
    僕よりも格段にこの道を通る回数が多いであろうチョロ松兄さんが気付いていなかったなんて。
    この猫の小物入れが視界に入らなかったら、僕も気付くことはなかったと思う。

    そろそろ帰ろうかな、なんて思っていたら、店の扉が開いて店主らしき老人が顔を出した。
    人の良い笑みでこちらを見たものだから、思わずチョロ松兄さんの後ろに隠れてしまった。
    チョロ松兄さんに呆れ顔をされたが、勘弁してほしい。
    知らない人と話すのは苦手だ。

    「おや…双子かな?よかったら店内も見ていくかい?」
    「えっ…あ、いや…僕らそんな骨董なんて高い物買えないし分からないんで!」
    「ははは、何も買わせようなんて思っていないよ。
     その猫の蒔絵が気になっていたんだろう?猫が好きなのかい?
     店の中にも、いくつか猫の品があるからよかったら見ておいで。」
    「うーん…どうする?一松…。」
    「み、見たい…ちょっとだけ…。」

    他にも猫の小物があると聞いて誘惑に勝てなかった僕は、
    チョロ松兄さんの背中に張り付きながら店内に足を踏み入れた。
    骨董屋独特のどこか懐かしさを感じるなんともいえないにおいがした。
    チョロ松兄さんに「こら、いい加減離れろよ。」と睨まれたので渋々離れたが、
    その様子を見ながら老店主は「仲がいいね」と朗らかに笑い、少し待っていろと奥へ引っ込んだ。

    店の中には様々な骨董が置かれていた。
    掛け軸、着物、花瓶、香炉…。
    きっとどれも僕が一生手にする事の無いような金額なんだろう。
    高価な物に囲まれて、初めての場所に来て、
    本当ならソワソワ落ち着かないはずなのに、何故だか居心地の良い空間だった。
    チョロ松兄さんも締まりなく口を開けて辺りを見回している。
    あ、すっごい間抜けヅラ。口閉じろ、口。
    …と思ったところで自分の口もだらしなく開いていた事に気付き、慌てて閉じた。
    2人して同じ顔してたのか。
    人のこと言えないね。
    店内を見渡していると老店主が奥から戻ってきた。
    その手にはこれまた様々な骨董品。
    奥にもまだまだ品があるらしい。
    見せてくれたのは招き猫や猫が描かれた屏風、それから手のひらサイズの根付けだった。
    …この根付け可愛いな。
    小さな鈴が付いてる。首輪が緑色だし、瞳が小さいし、なんだかチョロ松兄さんみたいだ。

    「この根付け可愛いな。」
    「うん。」
    「ほら、これなんて一松みたい。首輪が紫色で、眠そうな顔してる。」
    「ふふっほんとだ…こっちはチョロ松兄さんに似てる。」

    そんな僕らのやり取りを老店主はニコニコしながら眺めていた。
    僕らの他に客はいない。
    老店主はお茶まで淹れてくれて、勧めてくれた椅子に腰掛けさせてもらって、しばらく話をしていた。
    この根付けはいつ頃作られた物だとか、根付の作者の話だとか。
    普段なら絶対興味を引かない話題なんだけど、この店の雰囲気がそうさせるのか、
    穏やかな老店主の人柄か、話を聞くのは面白かった。
    不思議な人だな、と思った。

    結局僕とチョロ松兄さんは、老店主が見せてくれた手のひらサイズの小さな猫の根付けを一つずつ買って帰った。
    僕が紫色、チョロ松兄さんが緑色。
    根付は思ったよりお手頃価格だったから。
    去り際、「またおいで」と僕らを見送ってくれた老店主の笑顔に、また行きたいな、なんて思った。
    パーカーのポケットの中で、紫の首輪をした眠たそうな猫についた鈴がコロン、と音を立てた。

    ーーー

    ある日の帰り道、一松とたまたま見つけた骨董屋で小さな猫の根付を買って帰った日から、
    僕と一松は度々あの骨董屋に2人で訪れるようになった。
    老店主はただ時間を潰しに来るだけの僕らを嫌な顔一つせずに、
    いつも笑顔で迎え入れてくれて、お茶を出してくれる。
    僕らの名前も覚えてくれるまでになった。
    骨董屋の老店主はいろいろな話をしてくれた。
    昔話だったり、いわく付きの品物の話だったり。
    新しく仕入れた品を見せてくれたり。
    中でも猫の置物や根付けは真っ先に見せてくれて
    初めて僕らが訪れた時に買った根付けと色違いの根付けがあったから
    一松は黄色と桃色の猫の根付けを買っていた。
    十四松とトド松にあげるんだろうな。
    あとは贋作と本物の見分け方なんてのも教えてくれたけど、
    僕にはさっぱり見分けられそうになかった。
    目利きの人ってすごいんだなぁ。

    僕らの話も聞いてくれた。
    六つ子だと話した時はさすがに驚いてたな。
    ニートでどうしようもないクズで、底辺の人間な僕らを
    老店主は否定も肯定もしなかったけど、それがなんだか楽だった。
    隣に座る一松も同じ事を思ったと思う。
    あの極度の人見知りでコミュ障の一松が普通に会話できるようになるくらいには、僕らはこの店に馴染み始めていた。
    他の兄弟は誘わなかった。
    興味無さそうだし、
    暴れて物を壊したら大変だし、
    とか理由はいろいろあるんだけどなんとなく秘密にしておきたかったのだ。
    僕と一松だけの秘密の場所にしておきたかった。
    それ程に、この店で過ごす時間が穏やかで心地よかった。

    そして、僕らがこの骨董屋に訪れるようになって、結構な月日が経った頃、

    「え…店じまい、ですか。」
    「ああ。この頃体がキツくてね。やっぱり歳には勝てないよ。
     来月末で店を閉めることにしたんだ。」
    「そう、なんですか…。」
    「悪いね、せっかく常連さんになってくれたのに。」
    「いっいえ、僕らなんて大して物も買ってないし!時間潰しに来るばっかりで!」
    「いやいや、若い子と話せて楽しかったよ、ありがとう。」

    この店、なくなっちゃうのか。
    なんだか寂しいな。
    もう少し早くこの店の存在に気付いていればよかった。
    老店主が淹れてくれた緑茶に口をつけながらチラリと横を見ると、一松も明らかにシュンとしている。
    もし今猫耳と尻尾が生えていたら、絶対にへちょりと垂れ下がっていたに違いない、というくらいシュンとしている。
    そうだよなぁ。
    人見知りで家族がいればいい、と言い切る一松に気兼ねなく話せる相手がせっかく出来たのに。
    同年代じゃなくておじいちゃんだけど。
    僕としては弟の喜ばしい進歩だったのに、これでまた家と路地裏を行き来するだけの生活に
    後戻りしちゃうんだろうな、なんて考えると少し残念だ。

    「そうだ、別れの挨拶にこれを君に。」

    そう言って老店主が一松に差し出したのは、この店を見つけるきっかけになった猫の蒔絵の小物入れだった。
    突然のことに一松が狼狽える。

    「え…。えっいや、こんな立派なの?!む、む、無理です…!」
    「いや、君が持っていておくれ、一松君。」
    「でも…。」
    「物にはね、魂が宿るんだ。」
    「…?」

    物にはね、魂が宿るんだ。
    特に、長い時を経ていろいろな人の手を渡り歩いてきたような物はね。
    骨董屋には、そんな物が集まる場所なんだよ。
    そういった魂を持つ物は、偶に自分で持ち主を選ぶ事がある。
    この猫もそうだよ。
    これはね、君を持ち主に選んだんだ。
    だから、受け取ってくれないかい。
    老人の戯れ言に付き合ってやるくらいの心持ちでいいから、
    この猫を君の手元に置いてあげてくれ。

    老店主は穏やかな笑みを浮かべて、一松に猫の小物入れを差し出したままそう述べた。
    恐る恐る手を伸ばした一松がしっかりと小物入れ受け取る。
    それに老店主は安心したように笑みを深めた。

    「その…ほんとに、俺なんかが貰っても…。」
    「ははは、言っただろう。その猫が君を選んだんだよ。」
    「あ、ありがとう、ございます…。」
    「よかったね、一松。」
    「ん…。」

    一松が大事そうに、ぎゅっと小物入れを胸に抱いた。
    僅かに頬が赤い。
    最初に見つけた時、魅入られたようにじっと見つめてたもんな。
    嬉しそうだ。

    「その猫は守り神だよ。」
    「守り神…?」
    「ああ。その箱はね、元々は仏教の経典を保管するために作られた箱なんだ。」
    「経典…ですか。」

    中国の伝説では、猫は三蔵法師が大切な経典を守るためにインドから連れてきた、とされているんだ。
    だからこの箱もその伝説になぞらえて、経典を守るために猫の蒔絵が入っているんだよ。
    昔は鼠の被害というのは深刻な問題だったからね。
    鼠退治には猫、というわけさ。
    ああ、何も経典を入れる必要はないさ。
    君の大切な物を入れておけばいいんだよ。
    そうすれば、きっと猫が守ってくれる。

    老店主がそんな話をしてくれた。
    へえ…猫って三蔵法師が連れてきたんだ。
    もちろん、伝説上の話だろうけど。
    ここの老店主は本当にいろいろな話を知っている。
    老店主の話を、一松は頬を微かに赤く染めて
    そして最近では滅多に見ることのなくなったキラキラした闇要素ゼロの目をしながら
    (本当レアな顔だこれ。老店主すげぇ!)
    コクコクと頷きながら聞いていた。

    その後僕らは老店主に何度も何度もお礼を言って、店を後にした。

    ーーー

    骨董屋の老店主から譲り受けた経典入れ(僕は今まで小物入れだと思っていたけど)を大事に大事にしまった。
    傷つかないように、壊れないように。
    寝る前に、静かに取り出して蒔絵の猫を眺めてはそっと撫でるのが、あの日から僕の日課になっていた。
    経典を守る、気高い猫。
    老店主は自分の大切な物をしまえばいいと言っていたけど、
    そこまで大切な物は思いつかなかったから箱の中は空のままだった。
    チョロ松兄さんに「にゃーちゃんのブロマイドでも入れておく?」と冗談混じりに聞いてみたけど、
    「一松のなんだから一松の大切な物をしまいなよ。」と笑って返された。

    …あ、そういえば。
    パーカーのポケットに手を突っ込むと、コロリと小さな音を立てて猫の根付が3つ出てきた。
    一つは僕が初めて骨董屋へ行った時にチョロ松兄さんとお揃いで買った物。
    後の二つは、後日また訪れた時に買った。
    首輪の色が黄色と桃色だったから、なんとなく2人の弟を思わせてつい買ってしまったのだ。
    紫色の自分用は再びポケットに戻して、手のひらに黄色も桃色だけを乗せる。
    顔を上げると、チョロ松兄さんがソファで求人誌を捲っていて
    十四松がバランスボールでゆらゆらしていて
    トド松は卓袱台に頬杖を付いてスマホを弄っていた。
    因みに僕はいつも通り隅っこに体操座りをしている。
    上の兄2人はどこかに外出中のようだ。
    まぁ、多分パチンコと…いもしないカラ松ガールズ待ちとかだろう。

    僕が話しかけるよりも先に、手のひらの上で鳴った鈴の音に気付いた十四松が
    バランスボールから降りてこちらにやって来た。

    「兄さん、それ何ー?」
    「んー、猫の根付け。」
    「ネコの煮付け?!」
    「煮付けちゃダメエェェ!!
     根付け!今風に言うとストラップ!」
    「おー!可愛らしいでんな~。」
    「せやろ~?十四松はんに一つあげまひょ~。」
    「うおーほんまでっか~?!おおきに兄さん!!」

    黄色い方を十四松に手渡すと、十四松は「ネコ~ネコ~!!」と言いながら根付を揺らした。
    十四松の動きに合わせてコロンコロンと鈴が鳴っている。
    よかった、喜んでもらえた。
    ピロリン、と音がして顔を音の方向に向けるとトド松が何やら撮影していたようだ。
    うん…撮りたくなる気持ちわかるよ、十四松可愛いもんな。

    「トド松にも…はい。」
    「えっ僕にも?!」
    「あ、要らないなら…いいんだけど…。」
    「いるいる!ほしい!!」
    「…ん。」
    「えへへっ可愛いね、コレ!ありがと、一松兄さん。」

    トド松は女の子ウケしそうな可愛い物は基本的に受け取ってくれる。
    十四松と並んで「お揃いだねー」なんて笑いながら2人で写真を撮ってるのが微笑ましい。
    ブラコン?
    …うん、まぁ、否定はしない。

    「一松、まだ渡してなかったんだ。それ買ったの結構前じゃなかった?」
    「ん。忘れてた。」

    今まで黙っていたチョロ松兄さんがいつの間にか求人誌を閉じてこちらを見ていた。

    「チョロ松兄さん!一松兄さんからもらった!にゃんこ!!」
    「よかったね、十四松。これで4人お揃い。」
    「え、そうなの?」
    「うん。僕と一松も持ってるんだよ、緑と紫の。」

    ほら、とチョロ松兄さんが緑色の根付けを取り出して末2人に見せたので
    僕もそれに倣いポケットから紫の根付けを取り出して見せた。

    「おー!お揃いっすなー!」
    「わー可愛い!ねえねえ、4つ並べて写真撮らせて~!」
    「いいよ…はい。」
    「ありがと♪…あれ?でも4つだけ?
     赤と青がないよ??」
    「…なかった。」
    「そうなの?!王道的な色なのに!」

    後に帰ってきた長男次男に、「俺達にはないのか」といじけられた。
    あれは非常にめんどくさかった、と後に我が家の三男が語っていた。
    …何でか赤と青はなかったんだよなぁ。

    ーーー

    十四松とトド松に猫の根付けをあげた日の夜。
    全員が寝静まった深夜、天井から妙な音が聞こえてきた。

    タタタ、トンー…トタン

    トントントン、タンタンー

    上から降ってきた物音に目が覚めた。
    目を擦りながら上体だけを起こし、上を見上げる。

    トタトタトタ、カタン

    尚も上から小さな物音は響く。
    …屋根裏からかな?何の音だろう。
    上を見上げてみても、暗闇しか見えない。当たり前だけど。
    物音に他の兄弟も気付いたようだ。

    「んー?何の音だ??」
    「わかんない。」
    「屋根裏か?」
    「何か住み着いちゃったのかなー?」
    「ちょっやめてよ十四松兄さん!」
    「あ~…ったく俺の睡眠を妨害しやがって~。
    鼠とかじゃねーの?
     明日誰か屋根裏調べといてくれよ。」
    「軽く言ってるけどヤだよ鼠とか!」

    僕も鼠は嫌だな。
    本当に住み着かれてたらどうしよう。
    けどおそ松兄さんが「とりあえず今日は気にしないようにしてもう寝ようぜ」と布団に潜り込み
    再び夢の世界へ旅立ってしまったので、僕達もその日はそれ以上何もせずに、そのまま眠りに落ちた。

    ーーー

    「あああああああーっ!!!!」
    「えっ?!なになに?!」

    平和な昼下がり、突如響いた誰かの叫び声。
    次いでドタドタと誰かが2階から慌ただしく降りてくる音。
    スパァンッと襖が開く。
    そこには半泣き状態の十四松がいた。

    「十四松?!どうしたんだ?」
    「ヂョロ゛ま゛づに゛い゛ざぁあん゛!!」
    「えっえっ?!」
    「お゛れ゛のエ゛ロ゛本ボロ゛ボロ゛にな゛っでだあぁ~」

    いやいやいや、とりあえずお前がボロボロだよ本当どうした。
    僕の顔を見て本格的に泣き出した十四松をなんとか宥める。
    その手には破れてボロボロになった、年齢制限付きのアレな本が握られていた。
    何があったんだよ、アレな本を握りしめて号泣する成人男性の図とかワケわからんわ。

    しばらく宥め続けて、ようやく十四松が落ち着きを取り戻したので話を聞いてみると
    昨晩聞こえた屋根裏の物音が気になったので見に行ってみたらしい。
    すると屋根裏に隠していた十四松のアレな本はボロボロになっており、所々柱に傷も見受けられたそうだ。
    お前そんな所に隠してたのか。

    「なんか、齧ったような後もあったよ!」
    「うーん…やっぱり鼠でも住み着いたかなぁ?」
    「ネズミ!俺のエロ本ネズミにヤラレたのかな?!」
    「そうだなぁ…その可能性は高いんじゃないかな。」

    鼠だとしたら昨夜のあの物音も説明がつくんだよね。
    このご時世にまさか、と思うけど実は鼠被害ってまだ割とあるらしい。
    特にこの家は年季入ってるし、住み着かれても不思議ではない。
    とりあえずネズミ駆除の業者とか道具とか探した方がいいかな。
    よし、夕飯の後にでも母さんに相談してみよう。

    「ええぇぇえぇええっ?!!」

    ーガタガタンッドコンッ!

    …ええ?!
    今度はなんだ?
    またしても2階から物音、そして慌てて降りてくる音。

    「チ、チョロ松兄さんっ!ね、ねこっねこが…!!」

    駆け込んできたのは一松だった。
    注射以外でこんなに取り乱した一松って珍しいな。
    しかもなんだか泣き出しそうだ。
    本当に、今日は一体何なんだ。

    「どうしたの、一松。」
    「猫がいない!猫がいなくなった!!」
    「…はい?」
    「ね、ね…ねこ、ねこぉ…」

    あ、こっちも本格的に泣き出したぞ。
    実は十四松の次に涙腺緩いのって一松だよね。
    グスグスと涙を流す一松は胸に何かをしっかりと抱いている。
    一瞬こいつもアレな本か?!と戦慄したがどうやら違う。
    少しほっとした。
    それにしても猫がいなくなった?
    可愛がってる野良猫がいなくなっちゃったとか?
    そもそも一松が家に連れてくる猫ってほんといろいろだし、どの猫が?
    …と、思ってたら「違う、そうじゃない」と首をブンブン横に振って
    一松が僕に差し出してきたのは、骨董屋の老店主から譲り受けた猫の蒔絵が入った経典入れ。

    「…え?!」
    「昨日は、ちゃんといたはずなんだけど…。」
    「え、いや…ど、どういうこと?!」
    「僕にもわかんない…。」

    そこには、蒔絵の装飾はそのままに中央に描かれていた猫の姿だけが忽然と消えた経典入れ。

    ……意味がわからない!

    え、何で猫の姿が消えてるの?!
    「猫がいなくなった」ってそういうことかよ!
    わかりにくいわ!と、いつものツッコミよろしく叫びそうになったけど
    口調が幼くなってるし、結構なダメージを受けてしまっているらしい一松を見て、なんとか飲み込んだ。
    そりゃそうだよね。
    あの日から、一松がすごく大事にこの経典入れを扱ってきたことを知っているし。
    とりわけ蓋に描かれた蒔絵の猫を一松はとても気に入っていた。
    その蒔絵の猫だけが忽然と消えてしまったとは一体どういうことだろう。
    誰かのイタズラか?
    …いや、こんな手の込んだイタズラをするような奴はうちにはいない、と思う。
    それに、この経典入れのことを知っているのは一松の他には僕だけだと思うし。

    「と、とりあえず!明日になってもこのままだったら
     あの骨董屋に行って相談してみよう?
     僕も一緒に事情説明するからさ。」
    「うん…。」

    信じられないような馬鹿げた話だけど、あの骨董屋の老店主なら
    話を聞いてくれると謎めいた確信があった。
    元より、この経典入れは老店主が一松に譲った物だ。
    手渡した時にも思わせぶりな事を言っていたし、何か知ってるかもしれない。
    一松も少し落ち着いきたかな。

     にゃ〜

    ん?…今猫の鳴き声が聞こえなかったか?
    気のせい?

    「あれ?!にゃんこだ!」
    「…え?」

     にゃ~ん

    十四松の声の後に返事をするように足元から可愛らしい鳴き声。
    どうやら僕の気のせいではなかったようだ。
    一松と顔を見合わせて同時に下を向くと、そこには1匹の猫が一松の足に擦り寄っていた。
    銀灰色の綺麗な毛並みに金色の目。
    野良とは思えない、野良どころか浮世離れしてるというか
    まるで絵に描いたようなとても綺麗な猫。
    一松が連れてきたのかな?

    「一松兄さんの友達?」
    「いや…初めて会う…と、思う。」
    「あれー?そうなのー??」
    「うん。こんな綺麗な子、一度会ったら絶対忘れないし。」

    猫が相手だと普通にデレるのな、お前。
    一松が猫を抱き上げると、猫は嬉しそうに擦り寄った。
    一松も綺麗な猫にスリスリと擦り寄られて嬉しそうだ。
    十四松が「このにゃんこキレーっすね!」と猫を撫でている。
    綺麗な猫を抱き上げてすっかり落ち着きを取り戻し
    先程僕に泣きついた事が今更になって恥ずかしくなったのか
    目元を赤くした一松に消え入りそうな声で「ありがと…」と呟かれた。
    いつもそのくらい素直でいてくれるといいんだけどね!
    あ、それはそれでむず痒いな。やっぱりいつも通りでいいや。

    結局猫は夜になって、寝る時になるまでそのまま一松に寄り添っていた。
    不思議な猫だった。

    ーーー

    骨董屋の老店主から譲り受けた経典入れの箱に描かれていた猫が
    忽然と姿を消していた。
    パニックになって取り乱したままチョロ松兄さんに泣きついてしまった。
    今思い返すとだいぶ恥ずかしい。
    こういう時僕は無意識にチョロ松兄さんを頼ってしまうようだ。
    兄さんは僕をからかうでもなく、叱るでもなく
    優しく「明日骨董屋で相談してみよう」と僕を落ち着かせてくれた。
    この人こういう時は優しいんだよね、反則だと思う。
    後から知ったことだけど、僕が泣きつく直前に十四松も泣きついていたらしい。
    屋根裏に隠してた十四松のエロ本がボロボロになっていたそうだ。
    しかも屋根裏は鼠が潜んでいるのではないかという被害が見て取れたらしい。
    屋根裏に鼠?
    いつから住み着いていたんだろう。
    昨晩の物音も鼠の仕業なのかな。
    前々からいたなら友達の猫達が気付いていただろうし
    物音ももっと前から気づいていたはずだ。
    最近寄ってきたのは確かだと思うけど。
    チョロ松兄さんが鼠駆除の業者を呼んでくれと母さんに頼んでくれたらしい。
    さすがしっかりしてる。

    ところで、箱の猫がいなくなったのと入れ替わるように、綺麗な猫が僕の眼の前に現れた。
    すごく綺麗な猫。
    なめらかでキラキラした銀灰色の毛並みに金色の目。
    どことなく威厳を感じるシュッとした体躯。
    ずっと寄り添うようにして僕の傍にいる。
    何故かお風呂にもトイレにもついてこようとする。
    滅多に鳴き声もあげない。
    撫でてあげたり、抱っこしてあげるととても気持ちよさそうに目を細めるけど
    ご飯は食べようとしなかった。
    不思議な猫だ。なんだろう、初めて会うはずなのに…どこかで会ったような気がする。
    その猫は結局夜寝る時までずっと僕の傍にいた。
    布団の中に入ってもまるで見守るようにして枕元にちょこんと佇んでいる。
    銀灰色の毛並みが月明かりを浴びて光っている。
    綺麗だな…なんてボンヤリ考えながら眠りについた。

    どのくらい時間が経っただろうか。
    横並びに眠る6人全員が夢の中を漂っていたであろう深夜。
    また今日も天井から昨晩と同じような音が聞こえてきて、目が覚めた。

    ートタトタンッ

    ーガタッガリガリガリガリ…


    ーガタン!ゴトゴト

    なんか昨日より物音が派手じゃないか?
    思わず上体を起こし、天井を見上げた。
    他の兄弟も昨日と同じように次々と目を覚ました。

    「もぉ〜またぁ?明日僕予定あるのにぃ〜。」
    「鼠にしては煩すぎないか?何匹もいるとか?」
    「うげっ怖い事言うなよカラ松〜。」
    「スッゲー音してる!」
    「うーん…一応母さんが明日、鼠駆除の業者呼んでくれるらしいんだけど。」
    「あ…!」
    「うん?どうした一松。」

    ずっと枕元に佇んでいた銀灰色の猫が突如走り出した。
    勝手知ったる我が家とでもいうようにぴょこぴょこと家具や柱を飛び移り
    小さな隙間からあっという間に屋根裏へ入り込んだ。

    「え…屋根裏行っちゃった…。」
    「昼間の猫?」
    「うん…。」

    少しの間を置いて、先ほどよりも派手な物音。
    それに混ざる威嚇するような猫の唸り声。
    え、あの猫だよね?!何かと戦ってるの?
    てか、屋根裏は今どうなってるの?!
    猫は?!
    あの猫大丈夫?!

    「大丈夫だよ、一松。」
    「!」

    頭をポンポン、と優しく撫でられる感触。
    顔を上げると眉を下げて笑うチョロ松兄さんがいた。
    それだけで少し安心してしまう。

    天井からは尚もドスンバスンと音が響いている。
    なんとなく家も若干揺れているんじゃなかろうか。
    天井抜けないかな、これ。
    なんて思っていると、

    ーベキベキベキッ

    ードシャ

    「えええぇえ?!なんか上から降ってきたよ?!」
    「うわ天井!天井に穴あいた!!」
    「お、おおおお落ち着けブラザー!ひ、ひとまず明かりを点けよう!」
    「うん!お前も落ち着こうなカラ松!
     でもなんかテンパってるお前のおかげでお兄ちゃんちょっとだけ冷静になったわありがとう!」

    …本当に天井が抜けた。
    男6人ぎゃーぎゃーみっともなく喚きながらも、おそ松兄さんが電気を点けた。
    天井には大人1人通り抜けられそうなくらいの穴が開いて家の屋根の骨組みが丸見え状態。
    パラパラと木片やモルタルの欠片が降ってきている。
    そして、その開いた穴の真下には。

    「「「「「「うぉあああああぁああぁあ?!?!?!!」」」」」」

    さすが六つ子、ピッタリ同じタイミングで同じような叫び声。
    一ミリもズレがない見事なシンクロっぷり。
    成人男性6人が揃いも揃って情けない叫び声(しかも野太い)を上げてしまったわけだが許してほしい。
    深夜にご近所迷惑だね、死んで詫びます。
    でも本当、僕らの心中も察して頂きたい。
    天井にあいた穴の真下には、規格外な大きさの鼠さんの屍が横たわっていたのである。
    喉を噛まれたのか、血で畳が汚れている。
    いや、てか…え?これ鼠?!本当に?マジで鼠?!?!
    いやいやいや…おかしい。おかしいだろ。
    これ叫んでも仕方ないでしょ?!
    冷静でいられる方がおかしいでしょ?!

    いくらなんでも大型犬と同じくらいの鼠は怪奇現象レベルだと思います!!

     にゃ〜ん

    …猫の声?
    あ!そうだ、猫!!
    天井裏へ乗り込んでいった猫は?!
    慌てて天井の穴を覗き込むと、そこから銀灰色がピョコリと顔を出し
    トン、と床に着地した。
    あ、無事だった…よかった…。
    ていうか、この化け鼠はお前がやったのか?
    もうどうしたらいいか分からなくてその場にヘタリ込んだ僕の懐に猫が飛び込んできた。
    そのままスリスリと顔を僕の首に擦り付けるものだから
    心を落ち着けるために銀灰色の綺麗な毛並みを無心で撫で続ける。

    「ね、ねぇ…もしかしてこのどデカイ鼠…お前が退治したの?」
     にゃ〜

    まるで誇らしげに返事をするように猫が鳴く。
    と、銀灰色の猫は僕の頬に額を擦り付けるとすぅっと姿を消した。
    本日の怪奇現象その2である。

    「え…。」
    「え、き、消えた?」
    「消えた…ように見えた…けど。」
    「マジかよ。今日どうなってんの一体。」

    あまりの驚愕に襲われ、今度は叫び声を上げることすら出来なかった。
    それは他の兄弟も同じだったようで。
    兄弟がブツブツ言う中、僕はハッとして自分の私物をしまっている引き出しに手をかけた。

    どうして今まで気付かなかったんだろう。
    引き出しから、経典入れを取り出す。
    今日の昼間(いや、もう昨日かな)猫の蒔絵が消えて大騒ぎした経典入れ。
    そこには、骨董屋で譲り受けた時と、初めて見つけて店の前でじっと見ていた時と同じく
    蒔絵の猫がきちんと描かれている。
    銀灰色の毛並み。
    金色の目。
    威厳を感じるシュッとした体躯。
    間違いない。

    ーあの猫だ。

    老店主の言葉が蘇る。
    ー その猫は守り神だよ

    猫が…守ってくれたってこと?


    あの後、激しい物音と僕らの叫び声に何事かと様子を見に来た両親にチョロ松兄さんが必死で状況を伝えて
    僕らはとりあえず1階の居間に布団を敷いて寝ることになった。

    朝になって、母さんが呼んでくれた鼠駆除の業者が一応屋根裏を調べてくれたら
    屋根裏には鼠が20数匹潜んでいたらしい。
    あ、その鼠は通常サイズだったらしいけどね。
    化け鼠は業者の人もこんなの見た事ないって驚いてた。
    でも業者さんが屋根裏にいた通常サイズも大型犬サイズもまとめて処理してくれるそうだ。ありがたや。
    屋根裏の痛み具合や糞尿による汚れ具合を見ると住み着いたのは一週間経つか経たないかくらいで日は浅いらしい。
    それよりも気になったのは屋根裏にいた鼠の様子。
    怪我をした様子もないのに、全部息絶えていたそうだ。
    忙しなく屋内で作業していた業者の人も、鼠被害についてはもう大丈夫だろう
    仕事を終えて帰って行き、家の中は普段通りの平穏を取り戻しつつあった。
    天井は穴空いてるけど。

    経典入れの蓋には、今日もちゃんと綺麗な蒔絵の猫がいる。
    昨日のあれは見間違いだったのだろうか?
    …いや、そんなはずない。
    兄弟みんな猫を目撃している。
    昨日、屋根裏で一体何があったんだろう。

    ーーー

    「一松、出かけよう。」
    「え…」
    「気になることあるんだ。あの骨董屋に行ってみようよ。」
    「わかった。」

    昨晩の鼠騒動が落ち着いて、各々自由に平日の昼間を謳歌している中、僕は一松に声をかけた。
    突然屋根裏へ飛び込んで、馬鹿でかい鼠が降ってきて、そして一松に擦り寄って、消えた猫。
    その後一松が取り出した経典入れには、いなくなったはずの猫が戻ってきていた。
    よく見たら、その猫は昨日一松に寄り添っていた猫にそっくりなのだ。
    一松もそれにもちろん気付いている。

    もうワケがわからない。ワケが分からないけど、どうも経典入れの猫が関係しているらしい事はなんとなく推測できた。
    だから、骨董屋の老店主に話を聞いてもらおうと思ったのだ。
    何かわかるかもしれないし、わからないままかもしれないけど、何故だか店主には話しておきたかった。


    店の中に入ると、そこにいたのは老店主ではなく、女性の姿だった。
    咄嗟に一松が僕の背後に隠れた。
    …いや、お前な。人見知りも大概だぞ。
    女性は僕らを見ると、にこりと微笑み、
    「あら…ひょっとしてあなた方がチョロ松くんと一松くんかしら?」
    とゆったり話しかけてきた。
    笑顔も語り口もあの老店主によく似ていた。

    話を聞くと、この女性は老店主の娘さん。
    老店主が体調を崩ししばらく入院になったため、整理も兼ねて店番を買って出たそうだ。
    僕らのことは、店主がよく話題に出していてすぐにわかったらしい。
    入院、と聞いて背中に張り付いた一松の身体が強ばったのがわかった。
    お見舞いに行けないか聞いてみると、女性は穏やかな笑みはそのままに
    「是非行ってあげてほしい」と僕らに入院先を教えてくれた。
    女性が僕らが購入した猫の根付をまた見せてくれたから
    今度は僕が赤色の首輪をしたやつと、青色の首輪をした猫を買った。

    心ばかりの見舞いの品を手に、僕と一松は骨董屋へ訪れたその足でそのまま病院へ向かった。
    病室は4人部屋で、その中の窓際で1番奥が老店主のベッドだった。

    「おや…来てくれたのかい?
     娘から聞いたのかな。」
    「あ…えっと、はい。」
    「そうか、来てくれてありがとう。
     ちょうど少し散歩したいと思っていたんだよ。中庭に行かないかい。」
    「あ、はい。」

    病院の中庭は手入れが行き届いていた。
    入院患者の憩いの場になっているのだろう。
    中庭のベンチに腰掛けると、老店主は「何か話があって来たんだろう?」といつもの穏やかな笑みを向けた。
    どうやら何もかもお見通しだったようだ。
    老店主に促され、一松がたどたどしく昨日の一連の事件を語った。
    一昨日の夜に屋根裏から物音がしたこと。
    次の日、つまり昨日、経典入れの箱から蒔絵の猫が消えていたこと。
    それと入れ違いで蒔絵の猫と同じ銀灰色の綺麗な猫が現れて、ずっと傍を離れなかったこと。
    夜、天井裏から化け鼠が降ってきて!どうやらそれを昨日現れた猫が退治したらしいこと。
    猫が突然消えてしまい、経典入れの箱は元通り猫が描かれていたこと。
    ちょいちょい僕が助け舟を出しながら、なんとか話し終えた。

    僕らの話に黙って耳を傾けてくれていた老店主は
    話を聞き終えるなりまた不思議な言い伝えを教えてくれた。

    「猫王って知っているかい?」
    「ねこおう?」
    「猫の王様、猫王。」

    西の国から中国に献上された猫を夜、誰もいない部屋に
    二重の鉄籠に入れて置いておくと、次の朝に鼠が猫の周りにひれ伏して死んでしまうんだ。
    鼠は猫の威光に引き寄せられて、拝み伏しながら死んでしまう。
    その猫は猫王と呼ばれるらしいよ。
    その経典入れに描かれた猫は、きっと猫王なのさ。
    鼠に狙われていることに気付いて、君達を守るために箱から抜け出したんじゃないかな。
    不思議な話だろう?
    …けどね、これは必然だと思うよ。

    「どうして、必然だと?」
    「何故なら、一松くんが私の店の存在に気付いたからさ。」
    「………ん?え、はい?」
    「私の店はね、普通に過ごしている人はまず気付かない。
     君達が話してくれたような怪異に近づいたり
     君のように品に選ばれて呼ばれた人が訪れる場所なのさ。」
    「えーと、つまり…一松はこの猫王に呼ばれたから店の存在に気付いた?」
    「そう。君は普段から猫を大切にしているのだろうね。」
    「………。」

    老店主の言葉に、初めて骨董屋を訪れた日の事を思い出す。
    あの日、一松は魅入られたかのように瞬きも忘れてじっと猫の箱を見つめていた。
    僕はたまたまそれに巻き込まれたわけか。
    そういえば、トド松に店の場所教えたけど「見つけられなかった、ホントに合ってんの?」と言われたことあったな。
    突飛な話なのだけど、この老店主の口から聞くと何故か信じてしまう。
    自分が実際にそういう不思議体験をしてしまった後だからというのもあるけど。

    「お礼…。」
    「うん?」
    「猫に、お礼するには、どうしたらいいの…。
     昨日は、抜け出してきた猫、撫でたりはできたけど、ご飯は食べなかったし…。」
    「ははは、優しい子だね。
     普通の猫を可愛がるのと同じようにしてあげればいいんだよ。
     きっとこの猫王はこれから先も君に構ってほしい時に箱から抜け出すだろうから
     その時にうんと可愛がってあげればいいのさ。」
    「わ、わかった…!」

    それから少し話をして、僕らは病院を後にした。
    僕も一松も無言だった。
    やがて見慣れた河川敷まで来たところで、ふいに一松が口を開いた。

    「…なんか、現実離れした話だった…。」
    「そうだね。僕も自分が体験してなかったら絶対作り話だと思うよ。」
    「…ん。実際見ちゃったんだもんね。」
    「ほんとだよ…なんかもうすっごい疲れた。」
    「これから先も…こんな事に巻き込まれるのかな…。」
    「え?!」
    「いや…僕が猫王と一緒にいる限り、そんな気が、する…。」
    「ほんとに有り得そうだからやめて一松!」

    あれから、老店主が言っていたように経典入れに描かれた蒔絵の猫は
    度々箱から抜け出しては一松に擦り寄っているところが目撃された。
    そして、一松の予想もその通りで、僕らは度々不思議な出来事に遭遇するようになるのだがそれはまた別の話。

    次に骨董屋へ行った時、店は既に無くなっていた。
    ガラス張りのショーウィンドウから中を覗くと、そこは空っぽでなにもなかった。
    まるで随分前から空き店舗だったかのような佇まいすら感じた。
    店じまいするって聞いていたから当然なのだけど、こうして目の前にしてみるとやはり寂しい。
    隣に立つ一松も同じ思いだったのか、少し俯いていた。

    「一松、もう行こうか。」
    「…ん。」

    帰りにコンビニで肉まんでも買ってこうかな。

    あの老店主に会うことは、もうないのだろう。
    焼きナス
  • 勝手にオカルト紀行‐ウサギの餅つきその昔、日いづる国では月の模様を見てその形からウサギが餅つきをしているに違いないと信じていたという。
    近年、実際に某国が月面着陸を果たすと、そこには生物が一匹も見当たらなかったという。 #動物 #月 #うさぎ #オカルト #餅つき #和風 #ウサギ
    草木田んぼ
  • 勝手に妖怪紀行‐雨降り小僧江戸時代に生まれたとされる妖怪。通り雨を降らせて人が困るのを見て楽しんだという迷惑な奴。 #日本 #雨降り小僧 #雨 #江戸時代 #オカルト #妖怪 #和風草木田んぼ
  • 勝手に妖怪紀行‐唐傘お化け有名な妖怪だが実は生息場所や詳細な伝承は残されていない。創作話に登場しているだけという説もある。 #唐傘お化け #妖怪 #幽霊 #お化け #和風 #猫 #オカルト草木田んぼ
  • 勝手に妖怪紀行‐文福茶釜群馬県館林市茂林寺に伝わる妖怪。茶釜と狸が合体したような姿をしており、一度水を入れるとその日ずっと汲み続けても水がなくならないという。 #お茶 #狸 #妖怪 #オカルト #群馬 #猫 #茂林寺草木田んぼ
  • 勝手に妖怪紀行‐小豆洗い全国各地で目撃例のある妖怪。川に出ていつも必死に小豆を洗っているようだ。彼はこしあん、粒あんどちら派なのだろうか。 #桃 #川 #小豆洗い #妖怪 #小豆 #おっちゃん #オカルト #オヤジ草木田んぼ
  • 勝手に妖怪紀行‐一反もめん九州は鹿児島県の伝承に布が飛んできて人の首に巻きつくという妖怪がいるという。 #一反もめん #九州 #妖怪 #鹿児島 #猫 #オカルト草木田んぼ
  • 勝手にオカルト紀行‐人魚のミイラ高野山の麓にある西光寺(和歌山県橋本市)にある人魚のミイラ。千数百年前に滋賀県の蒲生川で捕獲された模様。
    不老長寿、無病息災の信仰の対象となっているそうです。 #高野山 #滋賀 #和歌山 #オカルト #人魚 #ミイラ
    草木田んぼ
  • 4自作小説Pandula 第4話挿絵 「拉致された人とハイブリット人間ゼット、、、」SWクローンウォーズ(CW)の2次創作を始めた事もあり、パンドゥライラストのギャラリア公開が滞ってしまってごめんなさい(^_^;)いろいろ考える所があって、2次創作を進めてみたいと感じ昨年末より始めさせていただきました。それでもパンドゥラが僕の中では1番の活動領域、、、CWの2次創作も結果的にはパンドゥラの役に立つと判断し展開しています。僕の生活基盤である自営業の合間に活動していますので、各ストーリーはやや滞りがちになると思いますが出来る事を出来る範囲で進めていこうと思いますので、もし良かったらこれからも是非応援してあげてください。よろしくお願いします(^_-)-☆ #ハイブリット #霊能力者 #人造人間 #ハイテク #オカルト #ゾンビ #女の子 #オリジナル ##小説挿絵れーむ666
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