創作SNS GALLERIA[ギャレリア] 創作SNS GALLERIA[ギャレリア]
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  • 局外者個人サイトに乗っけていたピタウェイと同じものです。
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    #スパデプ #ピタウェイ
    m000st
  • 小話詰め合わせ #スパデプ #ピタウェイ

    お題箱(https://odaibako.net/u/byxvd)にお題を貰って書いたものです。

    ―――――――

    『ハロウィン』

     季節のイベント事は大好きだ。仕事が増えるのは嫌だけど、毎日変わらない退屈な仕事はもっと嫌だ。こうして掃除道具を載せたワゴンを押しながらいつもと違う風景を見るのは大切な癒しの時間になっている。
     今は10月、もうすぐハロウィンだ。厳密に言えばハロウィンは1日だけのイベントだけれど、世間では丸々一ヶ月間くらいはその景色一色になる。特にお客さんが毎日変わる、こんなテーマパークでは。

     決められたルートに沿ってゴミを回収しながら周囲の様子を眺める。楽しみは建物や歩道を彩る橙や黒の飾りつけだけではない。このテーマパークではハロウィンの時期に怪物やおとぎ話の人物に変装して入場することが許されている。いわゆるコスプレってやつ。みんなが思い思いの格好をしてテーマパークを練り歩く。その様子は本当におとぎの国へ来たみたいで、楽しそうで、とても素敵だ。こっちまでワクワクしてくる。
     もちろん、コスプレと言っても様々で、頭に猫耳のカチューシャを着けただけの簡素なものから全身着ぐるみ状態の本格的なものまである。そして、ハロウィンに全く関係なさそうな、それってどうなのって尋ねたくなるような格好をしている人までいる。
     その中でも目を惹くのがスーパーヒーローのコスプレだ。ミュータント、ミューテイトなんて呼ばれている彼らはある意味では怪物なんだろう。でも、たぶんコスプレしている人たちはそこまで考えていない。自分が何かになりきって楽しみたいだけだ。

     ほら、今も目の前にいる。真っ赤な全身タイツに身を包んだ筋骨隆々の男性二人組が。片方は蜘蛛の巣模様と青い差し色がアクセントのスパイダーマン。もう片方はXマークのように2本の刀を背中に携えた黒いグローブにブーツのデッドプール。
     二人が並んで歩いてくるのを見た瞬間、思わず目を奪われた。
     ここに来るまでもキャプテン・アメリカやハルクのようなアベンジャーズの集団を見たが、この2人は異彩を放っている。コスプレの完成度という点で、だ。全身スーツの細かい模様や装飾はもちろん、その姿形までテレビで見る本物の2人とそっくりだった。
     みんな、格好は真似できても彼らのプロポーションまでは真似できない。さっき見たキャプテン・アメリカだって本物とは似ても似つかない丸いお腹を揺らしていた。それなのに、この2人ときたら! 薄いスパンデックスを盛り上げる筋肉も、無駄な贅肉のない引き締まった腰回りも、しどけなく相手に寄りかかる仕草も本物の彼らそのものだ。

     2人の手は指と指を絡ませた恋人同士特有の繋ぎ方をしていて、スパイディプールだとすぐに分かった。ヒーローオタクの女性たちの間で彼らがそういう意味で人気があることは有名な話だ。きっとそれを分かっていて狙ってやっているのだろう。実際、周囲のお客さんたちの多くが彼らの姿をスマホに納めようとしている。
     2人はそんなことに頓着してない様子で歩いてくると空いているベンチに座った。デッドプールはどかりと大きな体を投げ出すように腰を下ろし大股を開いてベンチに寄りかかる。スパイダーマンはその隣にちょこんと腰掛けて両膝を蛙のように曲げ座面に足を上げる。その相反する仕草が更に本物らしい。
     半ば感動を覚えながらベンチの近くにあるゴミ箱に近付いていく。決して野次馬根性ではない。仕事のためだ。大体、こんな風に完成度の高いコスプレを見たことだって何度かはある。この2人のものが初めてだってだけだ。
     ワゴンを押して距離を縮めるにつれ2人の会話が聞こえてくる。

    「次、どこ行く?」
    「ねーハニー、アイス食べない?」
    「いいね」

     デッドプールの方が甘えた声を出して小首を傾げた。野太い男の声が無理矢理高くされているようで、ちょっと気持ち悪い。だけど、本物の彼がそういう感じだし、ただなりきっているだけかもしれない。そう思いながらゴミ箱からゴミを回収していると、スキップしながらアイスを買いに行く後ろ姿が見える。スパイダーマンはベンチに居残りだ。
     どうしても気になって新しいごみ袋をセットしながらもチラチラと彼の方を見てしまう。形の良い頭部、すらりと細長い手足、割れた腹筋に立派な太腿、その間にある無防備な股間。なんて均整のとれた美しい体なんだろう。ベンチに隠れて見えないが背中や尻もきっと美しいに違いない。ついつい仕事の手を止めて見惚れていると彼に気付かれてしまった。

    「何か用?」

     あの大きな白い吊り目がこっちを見る。かくんと小首を傾げるおまけ付きで。なんと研究し尽くされた完璧な仕草なのか。

    「いえ、あなたがあまりにも彼にそっくりなので見とれてしまいました」
    「そうかな? ありがとう」
    「こちらこそ、あなたのような方に会えて今日は幸運でした」
    「僕もだよ。お仕事お疲れさま」

     爽やかに労を労ってくれる彼は中身まで本物そっくりだ。まさか、本当に本物ではあるまい。ここはNYではないし……などと考えていると、目の前に赤い巨体が割り込んできた。

    「ヘイヘイヘーイ! 俺ちゃんの目の前で俺ちゃんのスイータムをナンパするとはどういう了見だ」
    「デッドプール」
    「事と次第によっちゃ決闘も辞さないぞ。お前の武器はそのホウキか? それともゴミでもぶつける?」
    「デッドプール、おすわり!」
    「バウ!」

     鼻がくっつきそうになるくらい詰め寄られて威圧感のある赤いマスクに睨まれ目を白黒させていたら、スパイダーマンが彼を制してくれた。犬の鳴き真似をしたデッドプールは目にも止まらぬ速さでベンチの愛しい相手の膝の上に収まった。スパイダーマンもいつの間にかベンチに上げていた足を地面に下ろしていて、大きな犬の体を抱き止めている。

    「人に迷惑をかけちゃ駄目だ」
    「だってぇ」
    「ナンパなんかされてないよ、されてたとしても僕のダーリンは君だけさ」

     首を伸ばして大男の頬にキスをするスパイダーマンを見て今度こそ確信した。この2人、ホモだ。スパイディプールにかこつけていちゃつきたいだけの、ただのカップルだ。
     偏見はないつもりだけれど、こうも堂々といちゃつかれると居心地が悪い。何しろ、本物と見紛うような完成度のスパイディプールなのだから、本物のヒーローであるスパイダーマンがいけないことをしているようで見ていられない。さっきまでノリノリだったデッドプール本人でさえ恥ずかしそうに彼の膝から降りている。

    「アイスを食べ終わるまで抱っこしててあげても良いのに」
    「い、いや、遠慮しとく……」
    「どうしたの?」
    「あんたって時々俺よりイカれてるって思うよ」
    「天下のデッドプールにそんなことを言われるなんて光栄だな」

     デッドプールはぼそぼそと呟いて3段重ねのアイスクリームを舐め始めた。捲り上げたマスクの下はケロイド状でそんなところまで本格仕様とは恐れ入る。
     スパイダーマンは面白そうに肩を揺らして笑ったようだった。声は聞こえなかったけど、たぶん笑ったんだと思う。
     そこで2人から目を逸らした。これ以上ぐずぐずとここに留まるわけにもいかないので、他のゴミ箱も急いで片付け始める。楽しそうな声は止まらない。

    「ね、僕の分は?」
    「えっと……」
    「これ、一緒に食べて良いってこと?」
    「そうだけど、でも」

     最後のごみ袋をセットして顔を上げると、赤い蜘蛛の巣頭がデッドプールの持つアイスクリームにかぶり付くところだった。肩にしっかりと腕を回してぴったりと体をくっつけ、もう片方の手でアイスを持つデッドプールの手を上から包み込み引き寄せて食べている。引き上げたマスクの下は白く皺のない肌をしていた。
     デッドプールの方はびくりと震えて、それからそわそわと辺りに視線を巡らせている。さっきまで相手のことをスイータムなんて呼んで恋人繋ぎまでしていたのに、今更何を恥ずかしがっているんだろう。そう思いながらワゴンを押してその場を後にする。

    「なあ、本当に良いのか?」
    「何が?」
    「SNSにアップされるぞ」
    「別に良いよ。誰も気付かないだろ」
    「いや、分かる奴には分かるぜ?」
    「そのつもりで誘ったんじゃないのか」
    「あんたは嫌がると思ってた」
    「誘いに乗った時点で覚悟は決めてるよ」

     そんな会話が背後を追いかけてくる。2人は周囲にカミングアウトしてないカップルなのかもしれない。昔よりマシになったとは言え、まだまだ2人のような関係には厳しい世の中だ。今日だけは変装をして思う存分いちゃつくつもりでここへ来たのだろう。
     名残惜しく、最後にもう一度振り返ると、溶けかけたアイスクリームをそっちのけで熱いキスを交わす2人が見えた。

    ―――――――

    『腹ぺこスパイディ』

     いつも腹を空かせていることは知っていたつもりだった。傍にいると時折、腹の鳴る音が聞こえてくるし、もの凄い勢いでホットドッグを飲み込んだり、逆に噛み締めるように1つのサンドイッチを食べていたりするのを見るから。ただ、まさか戦闘中にぶっ倒れるほど腹ぺこなのを押してパトロールしているとは思わない。

    「突然ふらついて倒れるから吃驚したぜ。謎の光線にでも当たったのかと思った」
    「お腹減った……」
    「あんた、いつから食べてないの?」

     背中を支えるようにして抱き起こすと、スパイダーマンは謝罪もそこそこにぐったりと俺に身を預けた。その姿はヒーローを庇って銃弾を受けたヒロインさながらの儚さで思わず抱き締めて慟哭したくなるけれど、まだ死んでないし理由は銃弾じゃなくて空腹だから締まらない。
     俺の問いに対して囁くように告げられた言葉が微風となって胸をくすぐる。俺は仰天して声がひっくり返ってしまった。

    「2日前から?! 断食かよ! 宗教的な理由……じゃねえよな」
    「違うんだ……パトロールが終わったら何か買いに行くつもりだったんだよ。今日、というか昨日から間が悪くて」

     そう言えば、スパイディは昨日から夜通しパトロールをしたと言っていた。何故かは知らないがとにかく忙しかったらしい。
     俺はポーチから何か口に入れるものを出そうとしてハッとした。

    「やべっ、キャンディーきらしてんだった」
    「あ~……もう無理」
    「えっスパイディ?! おい! しっかりしろ!」

     スパイディは必死に持ち上げていた頭を震わせか細く呟くと俺の胸の中でがくりと力を抜いた。いつも力強く前を向いているウェブヘッドが垂れて細い腕が地面に落ちる。

    「ス、スパイディー!!」

     ニューヨークの空に俺の悲鳴が響いた。



     一先ず俺のセーフハウスに連れてきてベッドに寝かせた。別にいやらしい意図はない。低血糖でも起こしたのかと思ったら寝息が聞こえてきて、寝不足も祟っているのだとすぐに分かったからだ。飲まず食わずで2日もパトロールし続けるなんて馬鹿にも程がある。そもそも燃費だって悪いはずだ。途中でなんか食えよ。
     冷蔵庫の中身は信用できなかったので近くの店に買い物に出た。半ば腹立ち紛れに大量の食料を買い込んで戻ると、キッチンの床にスパイディが転がっている。ぎょっとして駆け寄ると意識はあるようで、食い物を求めてここまで這ってきたのだと分かった。

    「ほら、これ舐めてて」
    「あ」

     買ってきた飴の包み紙を剥いて彼の口元へ持っていってやるとマスクを上げもせずに中で口を開けるのが見えた。ここまで這ってくる力があるなら自分でできるだろうと思わないでもなかったが、スパイダーマンのマスクを俺の手で捲る許可を与えられるのは嬉しい。首元の切れ目に指を差し入れて鼻まで引き上げると薄く開いたままになっている唇の隙間に飴玉を押し込む。
     乾燥した唇が柔らかく飴玉を受け入れて閉じる様を見て、すぐに立ち上がった。そうしないと、弱ったスパイディがなんだかエロくて催してしまいそうだった。今はそんな場合じゃない。

    「ウェイド」
    「何?」
    「早くして」
    「集る気満々! 別に良いけども」

     意外と元気なスパイディを床に転がしたまま、俺は買ってきた魚介と野菜を細かく刻んで鍋にぶちこみ、チャウダーを作った。圧倒的に栄養が足りてない彼にビタミンとかミネラルのようなたんぱく質以外の物もとって欲しくて。肉を焼くだけに比べると多少調理時間はかかるが、待つ間はジュースで誤魔化して貰った。断食明けにいきなり固形物はまずい。

    「パンケーキ以外も作れるんだね」
    「パンケーキが作れたら他のものも作れるよ」
    「それは飛躍しすぎじゃない?」
    「いやいや、これだって切って炒めて煮るだけだし、加減さえ覚えたら誰でもできるって」
    「そうかなあ」

     スパイディは俺の作ったチャウダーをあっという間に一鍋分平らげた。膨れた腹を満足そうに撫でながら話す様はすっかり元通りの蜘蛛男で、断食明けの胃腸を心配して消化の良いものを考えた俺の努力が無駄だったように感じる。

    「ところでさ、あんた、しょっちゅう腹空かせてない? ニューヨークの市民はあんたが食う暇もないくらい助けを求めてるわけ?」
    「それは違うよ」
    「じゃあ、なんで?」
    「……知ってるだろ。お金がないんだ」

     スパイディはぷいと俺から顔を背けた。さすがに言いにくいのか、声が小さい。俺はそれに対して物申したいことがあった。

    「金がないわりにスパイディって外食ばっかりだよな」
    「だって料理できないもん」
    「いや、しろよ。その方が節約できるぞ」
    「そうなの? でも」
    「そうなの! でもじゃないだろ。ヒーローなら努力しなくちゃ。今のままだといつかヴィランにやられちまうぜ」
    「……うん」

     戦闘中に倒れたことが響いているのだろう。スパイディはいつになく素直に頷いた。俺はこれで彼の腹の音を聞く機会も減るだろうと思い、ホッとしたのだった。



    「という流れからのこれかよ」
    「……お腹減った……」

     あれから数日後、俺は再び腹ぺこスパイディと再会した。ビルの屋上で力尽きた蜘蛛はぺしゃんこの腹を抱えて俯せている。俺は彼の側に行き、しゃがんで問いかけた。

    「いやいや、なんで? 自炊は? 俺ちゃんとの約束忘れちゃったの? ヒーローの癖に嘘吐いたのか?」
    「約束なんてしてない。ていうか、料理してるよ。してる、と言うより、した、って言った方が正確だけど」
    「なら、なんで? まさか馬鹿みたいに高い食材ばっかり買ってんじゃねえよな」
    「まさか。食材に限らず買い物の時はなるべく安いのを選んでる。そうじゃなくて」
    「何?」
    「……料理、できないんだよ」
    「料理って言うけど、肉焼くだけでも良いんだぜ? あんたの好きなホットドッグとか、ソーセージ焼いてパンに挟むだけじゃん。外で買うより安く作れるから量も確保できるだろ」
    「簡単に言ってくれるね」
    「だって簡単だし」

     疑問でいっぱいの俺に対してスパイディは無言でスマホを操作しその画面を見せてきた。画面には黒い固まりが皿に乗っているのが映っている。

    「何これ?」
    「ステーキ」
    「???」
    「安い牛肉を買ってきて焼いたんだ」

     スパイディは更に画面を操作して卵の殻が混じったスクランブルエッグやスープの画像を出す。

    「あー……まあ、あんたの力で卵を割るのは大変そうだよな。それより、こっちのスープはできてるじゃん」
    「塩辛くて飲めたもんじゃなかったよ」
    「……作り方とか、調べなかったの?」
    「そんなわけないだろ。説明しても良いけど、先になんか食べさせて」
    「しょうがないベイビーだな」

     俺が溜め息を吐くのと同時にスパイディは素早く起き上がり俺を小脇に抱えた。さっきまで地面に這いつくばってた奴とは思えない動きだ。

    「スパイディ、元気そう」
    「じゃ、行くよ」

     スパイディは俺の言外な非難をものともせず屋上から飛び出した。
     こないだみたいに俺の料理にありつこうと思っているのは分かるがそうは問屋が卸さない。このままじゃ俺がいない時に困るだろう。俺だって別に料理が好きなわけじゃないし。それに、毎日三食ちゃんと食事する習慣をつけなきゃダメだ。朝飯を食べないと力が出ないだけじゃなく頭が働かなかったりイライラしやすくなったりする。スパイディが短気なのはひょってしてそのせいかもしれない。ヴィラン相手に短気を起こすと危険なことだってある。隔日でホットドッグとコーラを摂取するくらいじゃいつかヒーローとしてやっていけなくなる。

    「俺ちゃんが料理教えてやるよ」
    「別に良い」
    「良い、じゃなくて! 作れって言ってんの!」
    「え~……」
    「俺はあんたのコックじゃねえんだぞ」
    「だって……できないんだもん」
    「大丈夫。手取り足取り腰取り教えてあげるから」

     スパイディは俺の提案に反対のようで不服そうな声を出してソファーにかじりついている。我が儘だ。仕方なく俺の方から側に寄っていって手を差し伸べる。そこまでされて無視するのも憚られたんだろう。彼は渋々といった様子で俺の手を取り立ち上がった。

     キッチンに連れていき、肉とフライパンを準備する。とにかく焼くだけでもマスターしてもらわないといけない。横に立ったスパイディの顔を見ながら、彼が納得できる説明を考えた。

    「いいか、料理ってのは化学反応だ。実験の時に余所見したら危ねえだろ? 料理も同じだ」
    「ふーん」
    「肉を焼きだしたら目を逸らすな。時々捲って裏側を確認しろ。そして、そのために必要なものは全部手の届くところに準備しておくんだ」

     フォークと皿、それに塩と胡椒を手元に引き寄せて見せる。スパイディはそれを見て頷きながらも反論してくる。

    「僕のこと馬鹿にしてる?」
    「焼くだけの単純作業を失敗する奴だとは思ってる」
    「あのさ、僕だって目を離したくてしたんじゃないんだよ」
    「分かってる。料理ができない奴は皆そう言うんだ。退っ引きならない事情があったんだろ? 例えば急な腹痛とか来客とか面白いテレビ番組が始まったとか。でもな、料理はそんなものよりも重要な仕事だ。命の源を作り出す神聖な行為なんだよ。誰にも何者にも邪魔されるべきじゃない。トイレは済ませておけ。インターホンは無視しろ。テレビとラジオは消すんだ。聞きながら優雅に調理なんてのは俺くらいベテランになってから初めてできる高等技術だってことを理解しろ」
    「……君の言うことは理解できるよ。でも」
    「黙れ。分かったら実践だ」

     口答えを許していたらいつまでも終わらないので、彼が口を挟む隙を与えず一気に畳み掛けて素早く肉を渡した。そして、フライパンの前に誘導し背後から抱き込むようにして彼の両手を掴む。こうして密着すると温かくてスパイディの匂いも感じられる。

    「ここまでしてもらわなくてもできるよ」
    「良いから俺ちゃんに身を任せて。緊張しなくて良い。固くなるなよ。優しくする。あ、別にどうしようもなく固くなっちゃった時は言ってくれれば」
    「分かった、して」
    「良いの? 準備万端?」
    「良いよ、早く」
    「OK」

     彼の手を誘導し肉に塩と胡椒を振りかける。裏返して満遍なくかけたら、コンロの火を点けフォークを持たせた。

    「牛肉の場合は牛脂を使う。これな」

     白い塊をフォークでフライパンに投げ込む。溶けるのを待ってから牛肉の投入だ。あとは焼けるのを待つだけだからスパイディの手を離して腹に腕を回した。別にいやらしい意味はない。スパイディがフライパンの前から逃げないようにするためだ。

    「時々肉を捲って確認するんだぜ」
    「うん」
    「Good boy」

     肩に顎を乗せ、もたれかかりながら見る彼の横顔はマスク越し真剣に肉を見つめているようだ。視線よし。手つきよし。腹筋よし。臀部よし。
     俺も真面目にスパイディチェックをしていたら彼が低い声で俺を制止した。

    「今すぐ離れろ」
    「いやん、怒らないで」

     俺はパッと両手を上げ一歩後ろに下がる。心地よい体温と感触が遠ざかった。スパイディはそのまま料理を続け……るかと思いきや、フォークをフライパンの中に放り投げて体を反転させる。

    「えっ、そんなに怒った? ごめん、ちょっとした出来心で」
    「何の話? 僕、行かなきゃ」
    「へ?」

     焦って言い訳を並び立てる俺をスパイディはちらとも見ずに、ウェブを飛ばして窓から外へ飛び出していった。殴られるのかと思ったのに。
     ぽかんと立ち尽くしていると、フライパンからの煙と焦げ臭さが俺を襲った。

    「やべ! 焦げてる! あちゃちゃ!」

     スパイディがフライパンに入れちまったフォークを拾おうとして手を火傷する。グローブしてても熱いもんは熱い。が、面倒臭いのでそのまま無理矢理フォークを掴んで肉をひっくり返した。そうして見た裏側は黒焦げにはなってないが見事に茶色い焦げに覆われている。

    「黙って逃げ出すほど嫌だったのか?」

     あのスパイディがそんなことをするなんて信じられなくて首を傾げながら続きを焼き上げた。皿に肉を移しているとガタンと窓枠が揺れる。振り向けば蜘蛛が入ってくるところだった。

    「あれ? お帰り~。ステーキできたところだぜ」
    「ごめん……」
    「いや、俺もあんたがそんなに料理嫌いだなんて知らなかったし」
    「そうじゃないんだ」
    「別に良いよ。無理強いした俺が悪かった。何か悲しい過去があってあんたをそうさせるんだろ? 俺ちゃんには分かってるから」
    「だから、違うって。近くで女の人の悲鳴が聞こえて、助けに行ってただけ」
    「ほえ? そうなの?」
    「うん。料理に限らないんだけど、僕が何かしようとすると何故か必ず事件が起こるんだよね」
    「そんな馬鹿な」

     スパイディのステーキが黒焦げになった理由は理解した。だけど、そういつもいつも事件は起こらないだろう。きっと悪い偶然が重なってるだけだ。
     俺はスパイディを励まそうと、次の食材を取り出した。レタスとトマトでサラダを作ろう。これなら1分もかからずにできるから、邪魔が入る隙もない。

    「ほらスパイディ、このナイフでトマト切って。できたらレタスちぎって終わり」
    「待って。それならグローブを外さなきゃ。手も洗いたい」
    「いいとも、ベイビー。それくらいの時間ならたっぷり……」
    「また悲鳴だ! 今度はお爺さん!」

     俺が話してる途中でスパイディは再び外へ飛び出していく。まだ手も洗ってない。まあ、これくらいは想定内だ。彼が帰ってきたらすぐに取りかかれるよう、皿を用意してレタスも二、三枚剥がしておく。これなら本当に手を洗って切ってちぎるだけ。絶対にできる。大丈夫だ。
     湯気を上げるステーキを監視しながら俺はスパイディが帰ってくるのを待った。



     そして、日が暮れ真夜中になり夜が明ける頃、平べったくなった蜘蛛がぺしょんと窓から床へ潰れるように帰ってきたのだった。

    ―――――――

    『ウェイドと新しいお友達』

     NYに拠点を構えて以来、通い始めたバーがある。別に気に入って通ってんじゃなく、家から近くて便利だから自然とそうなっているだけだ。はやってるとは言えない寂れた雰囲気で、かと言ってチンピラの溜まり場にもなってない。私服で静かに呑みたい時に来ても面倒なやつに絡まれないというのが良い。
     俺だって黙って考えたいこともあるわけよ。ま、この顔で黙って飲んでりゃ、余程の馬鹿か酔っ払いでなきゃ話しかけては来ない。ただ、最近このバーで見る顔の中にその馬鹿がいやがるんだ。

    「また来てるのか?」
    「うぜえ、てめえも同じだろうが」

     知り合いを見たら必ず挨拶しなきゃならないとでも思ってるのか、そいつは俺を見ると毎回声をかけてくる。一度、トイレでフードを脱いで脅かしてやったのにもかかわらずだ。むしろ、面白がってるのか、余計に話しかけてくるようになった。今までにもそういうやつが全くいなかったわけじゃない。俺の顔を見て、恐れるより面白がるやつ。糞みたいなつまらないジョークで俺の顔をからかおうものなら、その口に銃口を突っ込んで二度と口が聞けないようにしてやる。上手にお口で愛撫できたら脅すだけで許してやるけどな。とは言え、こいつにはそこまでしたことはない。挨拶と世間話くらいしかしない。すげえつまんねえ男だ。

    「おい、ジョン。お前、童貞か?」
    「そんな名前じゃない」

     興味がないから名前は聞かず勝手にジョンと呼んでいる。童貞臭い顔をしているくせに、いやに落ち着いていやがる態度が気に入らない。こっちがからかおうとしても大して引っ掛かってこないし、俺と話していても楽しそうじゃない。座る位置だって俺とは離れてる。なのに、俺を見ると必ず声をかけてくるんだ。そうしておいて距離を取る、妙なやつ。そのおかげで俺も何もできないんだが、ここには酒を呑みに来ているのでどうでもいいことだ。
     ただ今日は違った。珍しくジョンが俺の隣に座ったのだ。

    「んだよ?」
    「なんか今日、雰囲気が悪くないか?」
    「はあ?! 喧嘩売ってんのか」
    「お前のことじゃない。店だよ」

     ジョンが後ろを見るので、俺も同じ方向に目をやった。そこには確かに堅気じゃない野郎共がいた。NYに住んでいればそんなやつを見かけるのは珍しいことじゃない。ただ、ここで見るのは初めてだったかもしれない。

    「放っとけ。今、何かしてるわけじゃねえだろ」
    「……そうだな」
    「つうか、なに勝手に座ってんだ? 俺の隣は特等席だっつってんだろ」
    「初耳だ」
    「はあ~物を知らねえやつだな。俺の隣に座るのはスパイダーマンって決まってんだよ。ほら、行った行った」
    「ああ、なるほど」

     手を振って追い払うとジョンはあっさりと離れていった。俺は呑むのを再開する。ケチがついちまったような気がしたので、グラスの中身を飲み干してすぐに店を出た。
     そして、ドアを閉めて階段を2~3歩上がった時のことだ。店の中から銃声と怒鳴り声がした。どうせ、さっきのやつらだろう。逃げるためにはここを通るはずだから、俺は階段の端に避けて出てくるのを待った。

    「早くしろ!」

     銃を持った男たちが飛び出してきて階段を上っていく。ちらりと目が合ったが、俺に興味はないようでそのまま走り去っていく。俺だってこんなやつらに興味なんてない。でも、放っとくと俺がここで呑めなくなる。それは嫌だから、後ろから撃ってやろうと思って懐の相棒を取り出した。

    「待て」
    「!」

     撃とうとした瞬間、銃身を掴み上げられ狙いがずれた。見れば、ジョンだった。何のつもりか知らないが、プロの傭兵を舐めてもらっちゃ困る。こんなもん、ちょっと捻ってやれば簡単に外れ……簡単に……あれ? 外れない。押しても引いても掴まれた銃がびくともしない。なにこいつ、すげえ怪力。とか思っていたら、ジョンが言った。

    「殺しはダメだっていつも言ってるだろ」

     俺はポカンと口を開いた。確かにいつも言われているが、ジョンに言われるのは初めてのはず。それに、こいつにそんなことを言われる筋合いはない。やっぱりこいつ、イカれてるのか。その考えを証明するかのように、ジョンはその場で服を脱ぎ出した。勘弁して欲しい。俺に気があって話しかけてきてたのか?

    「おいおい、ストリップかよ。どこで俺が両刀だってことを聞いたのか知らねえが、お前は好みじゃ……」

     俺は台詞の途中で声をなくした。何故なら、服を脱いだ途端、そいつは完璧に俺の好みの男になったからだ。

    「あんた……!」
    「そう、僕だよ。サプラ~イズ?」

     驚く俺にジョンはヒラヒラと手を振って見せる。やつは服の下に見慣れた赤と青のスーツを着ていて、仕上げにウェブ模様のマスクをつけ、スパイダーマンになっていた。

    「ジョンがスパイダーマン……」

     俺が呟きかけると、すかさずスパイディは俺の唇を人差し指で撫でた。

    「これは僕とお前の秘密だ。それと僕の名前はジョンじゃない。ピーター」
    「わお、ネバーランドはNYにあったのか」
    「僕が妖精に見えてたなら、もっとまともに会話して欲しかったね。ま、残念なことに名字はパーカーなんだけど」

     スパイディは脱いだ服をウェブでまとめて背負うと、さっきのやつらを追うために跳躍した。俺がその足に掴まるのはもう言わなくても分かるだろ?



     やつらはどこかの組織から追い出されたはぐれ者だったらしい。金がなくての強盗だ。あのバーには特に深い関係もないようで俺は安心した。
     スパイディは仕事を終えた後、俺の前でマスクを脱いだ。改めて自己紹介したい、なんて言って。ピーターは濃い茶色の目と髪をした若い男だった。スパイダーマンと違って、気の弱そうな目をしている。

    「あんた、そんな顔してたのか」
    「ずっと見てただろ」
    「いや、全然。あんたの瞳の色とか読者も初めて知ったと思うぜ」
    「どれだけ興味なかったんだよ」
    「あんたも家があのバーから近いの?」
    「どうかな。そんなに近くはないかも」
    「じゃあ、なんで? そんな気に入るほどの店か?」

     ピーターは呆れたように笑った。

    ―――――――

    『肩車』

    「なあ、他のやり方はないのか?」
    「これが一番効率的なんだよ。契約の時も言ったけど、僕のやり方には口出ししないで」
    「でもさぁ」
    「黙って」

     俺は思わず眉間に皺を作りながら唸った。ちょっとした意見の食い違いだ。俺の雇った護衛であるところの男はNYで一番頑固で分からず屋で、そして頼りになる。その能力は大いに買っている。だから雇った。だが、そのやり方は俺の考えていたものとは違いすぎる。確かに口出ししない契約だから、俺が文句を言うのは間違いだ。それでもただ黙って受け入れることなんてできない。だって、どこの世界に護衛を自分の肩に乗せてパーティーに出席する社長がいるんだ? まあ、ここにはいるけど。

    「本当にそこじゃなきゃ護衛できない?」
    「できない」
    「マジ……?」
    「守るのが僕の命だけならここでなくてもできるよ。でも、君を守らなきゃならないのなら話は別ってことさ」

     俺は天井に向かって顔を向けながら問いかける。すると、蜘蛛の巣模様の顔が俺を見下ろしている。彼の名はスパイダーマン。その名の通り、壁にも天井にも蜘蛛のように張り付いて移動できる男。NYの親愛なる隣人、そして世界的に有名な不刹の傭兵だ。ただ今の彼は天井にいるわけではない。さっきも言った通り、彼は俺の肩に乗っている。青い筋肉質な太腿が俺の頭を挟み、固い股間の感触が後頭部を包む。確かに、これなら俺が頭を撃ち抜かれることはなさそうだ。でも、なんだか、違うものに撃ち抜かれることになりそうなんだけど気のせいか?
     目立つのは慣れてる。本当ならこんな場面は喜んでのっているところだ。ただ、自分で計画するのと他人に泡を吹かされるのは違う。相手がぶっ飛んでると自分はスッと冷静になる。そんなことってあるよな。

    「そんなことより、みんなとお喋りしないの?」
    「うん、あんたのおかげで誰も話しかけてこないな」
    「だから、君から行かなきゃ」
    「……」

     スパイダーマンは俺を促すようにぷらぷらと下腿を揺らした。その反動でふらつきそうになりながら姿勢を保つ。俺だって鍛えちゃいるが成人男性の数倍の筋肉量を持つ男を肩車するのは初めてなのだ。ちょっと肩も痛いし、みんなは遠巻きにして笑ってるし、俺ちゃんしょんぼりしちゃう。
     だが、こうしていても始まらないので俺は一番近くにいた取引先の男に話しかけることにした。近付いていくと当然、相手の視線は俺の上に向く。

    「羨ましい人を連れていますね。私は彼のファンなんですよ」
    「やあ、ありがとう。今日は彼の護衛を頼まれてるんだ」

     仕事相手が俺より先に俺の護衛と握手している。俺は思わずその手を奪い取るようにして握手した。

    「護衛なんだから余計なお喋りは禁止!」
    「えー」
    「えー、じゃないよ! 俺ちゃんお仕事しに来てるんだから、邪魔しないで」
    「挨拶しただけなのに……でも、分かったよ」

     スパイディは不満そうな声でそう言った。ごっ、と音がして頭に固いものが当たる。窓の方を見ると俺の頭に肘をついてその手の上に顎を乗せたスパイディが映っている。その姿勢はとても可愛いから、されてるのが俺じゃなかったら口笛でも吹いてるところだ。でも、スパイディの肘がグリグリ当たって痛いこの状況じゃ単純には喜べない。
     それでも、みんな慣れてきたのか、次々に話しかけられるようになってきた。立食パーティーなんて人と話してなんぼだ。仕事相手の誕生日とかいうつまらない内容でも出席することで新たな取引先を開拓できるかもしれない。料理は気取ってて好みじゃないけど、我慢して人付き合いするのが社長の仕事だ。
     そうして人と会話していると派手な襟巻きのことは意外と忘れることができた。

    「ねえ、僕も食べて良いよね?」
    「ん?」

     その襟巻きが突然喋りだしてピシュンと蜘蛛の糸を発射したりしなければ。
     周囲で歓声が上がる。俺の頭上から白い糸が伸び遠くの皿を引き寄せた。更に連続で様々な料理が引き寄せられる。頭に皿の平らな感触が当たる。

    「美味しい!」
    「いや、あんた俺の護衛だよな?」
    「君も食べる?」

     無遠慮な手が俺のマスクを引き上げて、フォークに突き刺した牛肉を口に持ってくる。口を開けてそれを受け入れるとスパイダーマンの顔が上から俺を覗き込んできた。

    「美味しいだろ?」
    「うん、まあ」

     俺の答えにスパイディは満足そうに笑った。彼もマスクを半分上げているから、ソースで汚れた口元が見える。柔らかい肉を噛み締めながら俺はその表情に見惚れた。他人を振り回すのが好きだ。でも、スパイディになら振り回されるのも良い。スパイディはちょっとお馬鹿さんで間抜けなところもあるけど、時々、俺の予想を越えてくる。良い意味でも悪い意味でもな。

    「あ、スパイダーセンス」
    「え」

     しみじみと彼と見つめあっていると急にぐるりと視界が回った。がしゃんと音がして皿が割れる。悲鳴が聞こえ、俺のいた場所に突撃する男が見えた。体が動かない。

    「あいつ、誰?」
    「さあな」

     スパイディは俺に訊ねながら素早くその男を捕獲した。今時、ナイフで俺ちゃんを殺ろうなんて古風な男だぜ。セキュリティチェックで銃を持ち込めなかったんだろうがな。
     冷静に考えつつ、俺は目玉をぐるりと動かして自分の状況を確認した。スパイディの屈強な両足が俺の首に巻き付いて、俺を天井からぶら下げている。さっきから腕も上げられない理由がこれで分かった。

    「スパイディ?」
    「何? こいつ、警察に引き渡すよ?」
    「うん、ありがとう。ところでさ、俺ちゃん、頸椎がイッてるみたいなんだけど……」
    「わお」

     スパイディは片手で天井に張り付きながらもう一方の手で俺の頬を撫でた。

    「ごめん。だって君、治っちゃうからさ。緊張感なくて」
    「プロ失格だぞ。刺客よりあんたに害されてる」
    「ごめんってば」

     スパイディは謝りながらぐっと背中を丸めて俺に顔を近づける。相変わらず柔らかい体だ。そして、至近距離から俺の唇に向かって投げキッスをする。

    「でも君だって楽しんだろ。必要のない護衛とパーティーに来られてさ」
    「もっと格好良いのが良かった」
    「僕はいつでも格好いいだろ」
    「それは否定しないけど」



     こうして、仕事を利用した俺とスパイディの公式デートは終わりを告げたのだった。せっかく堂々といちゃつける機会だったのに、本当に刺客が現れるなんてついてないぜ。

    「ねえ、たまには普通にデートしない?」
    「いやん、恥ずかしい!」
    「人前の方がよっぽど恥ずかしいと思うけど」
    「二人っきりの方が絶対に恥ずかしい」
    #スパデプ #ピタウェイ

    お題箱(https://odaibako.net/u/byxvd)にお題を貰って書いたものです。

    ―――――――

    『ハロウィン』

     季節のイベント事は大好きだ。仕事が増えるのは嫌だけど、毎日変わらない退屈な仕事はもっと嫌だ。こうして掃除道具を載せたワゴンを押しながらいつもと違う風景を見るのは大切な癒しの時間になっている。
     今は10月、もうすぐハロウィンだ。厳密に言えばハロウィンは1日だけのイベントだけれど、世間では丸々一ヶ月間くらいはその景色一色になる。特にお客さんが毎日変わる、こんなテーマパークでは。

     決められたルートに沿ってゴミを回収しながら周囲の様子を眺める。楽しみは建物や歩道を彩る橙や黒の飾りつけだけではない。このテーマパークではハロウィンの時期に怪物やおとぎ話の人物に変装して入場することが許されている。いわゆるコスプレってやつ。みんなが思い思いの格好をしてテーマパークを練り歩く。その様子は本当におとぎの国へ来たみたいで、楽しそうで、とても素敵だ。こっちまでワクワクしてくる。
     もちろん、コスプレと言っても様々で、頭に猫耳のカチューシャを着けただけの簡素なものから全身着ぐるみ状態の本格的なものまである。そして、ハロウィンに全く関係なさそうな、それってどうなのって尋ねたくなるような格好をしている人までいる。
     その中でも目を惹くのがスーパーヒーローのコスプレだ。ミュータント、ミューテイトなんて呼ばれている彼らはある意味では怪物なんだろう。でも、たぶんコスプレしている人たちはそこまで考えていない。自分が何かになりきって楽しみたいだけだ。

     ほら、今も目の前にいる。真っ赤な全身タイツに身を包んだ筋骨隆々の男性二人組が。片方は蜘蛛の巣模様と青い差し色がアクセントのスパイダーマン。もう片方はXマークのように2本の刀を背中に携えた黒いグローブにブーツのデッドプール。
     二人が並んで歩いてくるのを見た瞬間、思わず目を奪われた。
     ここに来るまでもキャプテン・アメリカやハルクのようなアベンジャーズの集団を見たが、この2人は異彩を放っている。コスプレの完成度という点で、だ。全身スーツの細かい模様や装飾はもちろん、その姿形までテレビで見る本物の2人とそっくりだった。
     みんな、格好は真似できても彼らのプロポーションまでは真似できない。さっき見たキャプテン・アメリカだって本物とは似ても似つかない丸いお腹を揺らしていた。それなのに、この2人ときたら! 薄いスパンデックスを盛り上げる筋肉も、無駄な贅肉のない引き締まった腰回りも、しどけなく相手に寄りかかる仕草も本物の彼らそのものだ。

     2人の手は指と指を絡ませた恋人同士特有の繋ぎ方をしていて、スパイディプールだとすぐに分かった。ヒーローオタクの女性たちの間で彼らがそういう意味で人気があることは有名な話だ。きっとそれを分かっていて狙ってやっているのだろう。実際、周囲のお客さんたちの多くが彼らの姿をスマホに納めようとしている。
     2人はそんなことに頓着してない様子で歩いてくると空いているベンチに座った。デッドプールはどかりと大きな体を投げ出すように腰を下ろし大股を開いてベンチに寄りかかる。スパイダーマンはその隣にちょこんと腰掛けて両膝を蛙のように曲げ座面に足を上げる。その相反する仕草が更に本物らしい。
     半ば感動を覚えながらベンチの近くにあるゴミ箱に近付いていく。決して野次馬根性ではない。仕事のためだ。大体、こんな風に完成度の高いコスプレを見たことだって何度かはある。この2人のものが初めてだってだけだ。
     ワゴンを押して距離を縮めるにつれ2人の会話が聞こえてくる。

    「次、どこ行く?」
    「ねーハニー、アイス食べない?」
    「いいね」

     デッドプールの方が甘えた声を出して小首を傾げた。野太い男の声が無理矢理高くされているようで、ちょっと気持ち悪い。だけど、本物の彼がそういう感じだし、ただなりきっているだけかもしれない。そう思いながらゴミ箱からゴミを回収していると、スキップしながらアイスを買いに行く後ろ姿が見える。スパイダーマンはベンチに居残りだ。
     どうしても気になって新しいごみ袋をセットしながらもチラチラと彼の方を見てしまう。形の良い頭部、すらりと細長い手足、割れた腹筋に立派な太腿、その間にある無防備な股間。なんて均整のとれた美しい体なんだろう。ベンチに隠れて見えないが背中や尻もきっと美しいに違いない。ついつい仕事の手を止めて見惚れていると彼に気付かれてしまった。

    「何か用?」

     あの大きな白い吊り目がこっちを見る。かくんと小首を傾げるおまけ付きで。なんと研究し尽くされた完璧な仕草なのか。

    「いえ、あなたがあまりにも彼にそっくりなので見とれてしまいました」
    「そうかな? ありがとう」
    「こちらこそ、あなたのような方に会えて今日は幸運でした」
    「僕もだよ。お仕事お疲れさま」

     爽やかに労を労ってくれる彼は中身まで本物そっくりだ。まさか、本当に本物ではあるまい。ここはNYではないし……などと考えていると、目の前に赤い巨体が割り込んできた。

    「ヘイヘイヘーイ! 俺ちゃんの目の前で俺ちゃんのスイータムをナンパするとはどういう了見だ」
    「デッドプール」
    「事と次第によっちゃ決闘も辞さないぞ。お前の武器はそのホウキか? それともゴミでもぶつける?」
    「デッドプール、おすわり!」
    「バウ!」

     鼻がくっつきそうになるくらい詰め寄られて威圧感のある赤いマスクに睨まれ目を白黒させていたら、スパイダーマンが彼を制してくれた。犬の鳴き真似をしたデッドプールは目にも止まらぬ速さでベンチの愛しい相手の膝の上に収まった。スパイダーマンもいつの間にかベンチに上げていた足を地面に下ろしていて、大きな犬の体を抱き止めている。

    「人に迷惑をかけちゃ駄目だ」
    「だってぇ」
    「ナンパなんかされてないよ、されてたとしても僕のダーリンは君だけさ」

     首を伸ばして大男の頬にキスをするスパイダーマンを見て今度こそ確信した。この2人、ホモだ。スパイディプールにかこつけていちゃつきたいだけの、ただのカップルだ。
     偏見はないつもりだけれど、こうも堂々といちゃつかれると居心地が悪い。何しろ、本物と見紛うような完成度のスパイディプールなのだから、本物のヒーローであるスパイダーマンがいけないことをしているようで見ていられない。さっきまでノリノリだったデッドプール本人でさえ恥ずかしそうに彼の膝から降りている。

    「アイスを食べ終わるまで抱っこしててあげても良いのに」
    「い、いや、遠慮しとく……」
    「どうしたの?」
    「あんたって時々俺よりイカれてるって思うよ」
    「天下のデッドプールにそんなことを言われるなんて光栄だな」

     デッドプールはぼそぼそと呟いて3段重ねのアイスクリームを舐め始めた。捲り上げたマスクの下はケロイド状でそんなところまで本格仕様とは恐れ入る。
     スパイダーマンは面白そうに肩を揺らして笑ったようだった。声は聞こえなかったけど、たぶん笑ったんだと思う。
     そこで2人から目を逸らした。これ以上ぐずぐずとここに留まるわけにもいかないので、他のゴミ箱も急いで片付け始める。楽しそうな声は止まらない。

    「ね、僕の分は?」
    「えっと……」
    「これ、一緒に食べて良いってこと?」
    「そうだけど、でも」

     最後のごみ袋をセットして顔を上げると、赤い蜘蛛の巣頭がデッドプールの持つアイスクリームにかぶり付くところだった。肩にしっかりと腕を回してぴったりと体をくっつけ、もう片方の手でアイスを持つデッドプールの手を上から包み込み引き寄せて食べている。引き上げたマスクの下は白く皺のない肌をしていた。
     デッドプールの方はびくりと震えて、それからそわそわと辺りに視線を巡らせている。さっきまで相手のことをスイータムなんて呼んで恋人繋ぎまでしていたのに、今更何を恥ずかしがっているんだろう。そう思いながらワゴンを押してその場を後にする。

    「なあ、本当に良いのか?」
    「何が?」
    「SNSにアップされるぞ」
    「別に良いよ。誰も気付かないだろ」
    「いや、分かる奴には分かるぜ?」
    「そのつもりで誘ったんじゃないのか」
    「あんたは嫌がると思ってた」
    「誘いに乗った時点で覚悟は決めてるよ」

     そんな会話が背後を追いかけてくる。2人は周囲にカミングアウトしてないカップルなのかもしれない。昔よりマシになったとは言え、まだまだ2人のような関係には厳しい世の中だ。今日だけは変装をして思う存分いちゃつくつもりでここへ来たのだろう。
     名残惜しく、最後にもう一度振り返ると、溶けかけたアイスクリームをそっちのけで熱いキスを交わす2人が見えた。

    ―――――――

    『腹ぺこスパイディ』

     いつも腹を空かせていることは知っていたつもりだった。傍にいると時折、腹の鳴る音が聞こえてくるし、もの凄い勢いでホットドッグを飲み込んだり、逆に噛み締めるように1つのサンドイッチを食べていたりするのを見るから。ただ、まさか戦闘中にぶっ倒れるほど腹ぺこなのを押してパトロールしているとは思わない。

    「突然ふらついて倒れるから吃驚したぜ。謎の光線にでも当たったのかと思った」
    「お腹減った……」
    「あんた、いつから食べてないの?」

     背中を支えるようにして抱き起こすと、スパイダーマンは謝罪もそこそこにぐったりと俺に身を預けた。その姿はヒーローを庇って銃弾を受けたヒロインさながらの儚さで思わず抱き締めて慟哭したくなるけれど、まだ死んでないし理由は銃弾じゃなくて空腹だから締まらない。
     俺の問いに対して囁くように告げられた言葉が微風となって胸をくすぐる。俺は仰天して声がひっくり返ってしまった。

    「2日前から?! 断食かよ! 宗教的な理由……じゃねえよな」
    「違うんだ……パトロールが終わったら何か買いに行くつもりだったんだよ。今日、というか昨日から間が悪くて」

     そう言えば、スパイディは昨日から夜通しパトロールをしたと言っていた。何故かは知らないがとにかく忙しかったらしい。
     俺はポーチから何か口に入れるものを出そうとしてハッとした。

    「やべっ、キャンディーきらしてんだった」
    「あ~……もう無理」
    「えっスパイディ?! おい! しっかりしろ!」

     スパイディは必死に持ち上げていた頭を震わせか細く呟くと俺の胸の中でがくりと力を抜いた。いつも力強く前を向いているウェブヘッドが垂れて細い腕が地面に落ちる。

    「ス、スパイディー!!」

     ニューヨークの空に俺の悲鳴が響いた。



     一先ず俺のセーフハウスに連れてきてベッドに寝かせた。別にいやらしい意図はない。低血糖でも起こしたのかと思ったら寝息が聞こえてきて、寝不足も祟っているのだとすぐに分かったからだ。飲まず食わずで2日もパトロールし続けるなんて馬鹿にも程がある。そもそも燃費だって悪いはずだ。途中でなんか食えよ。
     冷蔵庫の中身は信用できなかったので近くの店に買い物に出た。半ば腹立ち紛れに大量の食料を買い込んで戻ると、キッチンの床にスパイディが転がっている。ぎょっとして駆け寄ると意識はあるようで、食い物を求めてここまで這ってきたのだと分かった。

    「ほら、これ舐めてて」
    「あ」

     買ってきた飴の包み紙を剥いて彼の口元へ持っていってやるとマスクを上げもせずに中で口を開けるのが見えた。ここまで這ってくる力があるなら自分でできるだろうと思わないでもなかったが、スパイダーマンのマスクを俺の手で捲る許可を与えられるのは嬉しい。首元の切れ目に指を差し入れて鼻まで引き上げると薄く開いたままになっている唇の隙間に飴玉を押し込む。
     乾燥した唇が柔らかく飴玉を受け入れて閉じる様を見て、すぐに立ち上がった。そうしないと、弱ったスパイディがなんだかエロくて催してしまいそうだった。今はそんな場合じゃない。

    「ウェイド」
    「何?」
    「早くして」
    「集る気満々! 別に良いけども」

     意外と元気なスパイディを床に転がしたまま、俺は買ってきた魚介と野菜を細かく刻んで鍋にぶちこみ、チャウダーを作った。圧倒的に栄養が足りてない彼にビタミンとかミネラルのようなたんぱく質以外の物もとって欲しくて。肉を焼くだけに比べると多少調理時間はかかるが、待つ間はジュースで誤魔化して貰った。断食明けにいきなり固形物はまずい。

    「パンケーキ以外も作れるんだね」
    「パンケーキが作れたら他のものも作れるよ」
    「それは飛躍しすぎじゃない?」
    「いやいや、これだって切って炒めて煮るだけだし、加減さえ覚えたら誰でもできるって」
    「そうかなあ」

     スパイディは俺の作ったチャウダーをあっという間に一鍋分平らげた。膨れた腹を満足そうに撫でながら話す様はすっかり元通りの蜘蛛男で、断食明けの胃腸を心配して消化の良いものを考えた俺の努力が無駄だったように感じる。

    「ところでさ、あんた、しょっちゅう腹空かせてない? ニューヨークの市民はあんたが食う暇もないくらい助けを求めてるわけ?」
    「それは違うよ」
    「じゃあ、なんで?」
    「……知ってるだろ。お金がないんだ」

     スパイディはぷいと俺から顔を背けた。さすがに言いにくいのか、声が小さい。俺はそれに対して物申したいことがあった。

    「金がないわりにスパイディって外食ばっかりだよな」
    「だって料理できないもん」
    「いや、しろよ。その方が節約できるぞ」
    「そうなの? でも」
    「そうなの! でもじゃないだろ。ヒーローなら努力しなくちゃ。今のままだといつかヴィランにやられちまうぜ」
    「……うん」

     戦闘中に倒れたことが響いているのだろう。スパイディはいつになく素直に頷いた。俺はこれで彼の腹の音を聞く機会も減るだろうと思い、ホッとしたのだった。



    「という流れからのこれかよ」
    「……お腹減った……」

     あれから数日後、俺は再び腹ぺこスパイディと再会した。ビルの屋上で力尽きた蜘蛛はぺしゃんこの腹を抱えて俯せている。俺は彼の側に行き、しゃがんで問いかけた。

    「いやいや、なんで? 自炊は? 俺ちゃんとの約束忘れちゃったの? ヒーローの癖に嘘吐いたのか?」
    「約束なんてしてない。ていうか、料理してるよ。してる、と言うより、した、って言った方が正確だけど」
    「なら、なんで? まさか馬鹿みたいに高い食材ばっかり買ってんじゃねえよな」
    「まさか。食材に限らず買い物の時はなるべく安いのを選んでる。そうじゃなくて」
    「何?」
    「……料理、できないんだよ」
    「料理って言うけど、肉焼くだけでも良いんだぜ? あんたの好きなホットドッグとか、ソーセージ焼いてパンに挟むだけじゃん。外で買うより安く作れるから量も確保できるだろ」
    「簡単に言ってくれるね」
    「だって簡単だし」

     疑問でいっぱいの俺に対してスパイディは無言でスマホを操作しその画面を見せてきた。画面には黒い固まりが皿に乗っているのが映っている。

    「何これ?」
    「ステーキ」
    「???」
    「安い牛肉を買ってきて焼いたんだ」

     スパイディは更に画面を操作して卵の殻が混じったスクランブルエッグやスープの画像を出す。

    「あー……まあ、あんたの力で卵を割るのは大変そうだよな。それより、こっちのスープはできてるじゃん」
    「塩辛くて飲めたもんじゃなかったよ」
    「……作り方とか、調べなかったの?」
    「そんなわけないだろ。説明しても良いけど、先になんか食べさせて」
    「しょうがないベイビーだな」

     俺が溜め息を吐くのと同時にスパイディは素早く起き上がり俺を小脇に抱えた。さっきまで地面に這いつくばってた奴とは思えない動きだ。

    「スパイディ、元気そう」
    「じゃ、行くよ」

     スパイディは俺の言外な非難をものともせず屋上から飛び出した。
     こないだみたいに俺の料理にありつこうと思っているのは分かるがそうは問屋が卸さない。このままじゃ俺がいない時に困るだろう。俺だって別に料理が好きなわけじゃないし。それに、毎日三食ちゃんと食事する習慣をつけなきゃダメだ。朝飯を食べないと力が出ないだけじゃなく頭が働かなかったりイライラしやすくなったりする。スパイディが短気なのはひょってしてそのせいかもしれない。ヴィラン相手に短気を起こすと危険なことだってある。隔日でホットドッグとコーラを摂取するくらいじゃいつかヒーローとしてやっていけなくなる。

    「俺ちゃんが料理教えてやるよ」
    「別に良い」
    「良い、じゃなくて! 作れって言ってんの!」
    「え~……」
    「俺はあんたのコックじゃねえんだぞ」
    「だって……できないんだもん」
    「大丈夫。手取り足取り腰取り教えてあげるから」

     スパイディは俺の提案に反対のようで不服そうな声を出してソファーにかじりついている。我が儘だ。仕方なく俺の方から側に寄っていって手を差し伸べる。そこまでされて無視するのも憚られたんだろう。彼は渋々といった様子で俺の手を取り立ち上がった。

     キッチンに連れていき、肉とフライパンを準備する。とにかく焼くだけでもマスターしてもらわないといけない。横に立ったスパイディの顔を見ながら、彼が納得できる説明を考えた。

    「いいか、料理ってのは化学反応だ。実験の時に余所見したら危ねえだろ? 料理も同じだ」
    「ふーん」
    「肉を焼きだしたら目を逸らすな。時々捲って裏側を確認しろ。そして、そのために必要なものは全部手の届くところに準備しておくんだ」

     フォークと皿、それに塩と胡椒を手元に引き寄せて見せる。スパイディはそれを見て頷きながらも反論してくる。

    「僕のこと馬鹿にしてる?」
    「焼くだけの単純作業を失敗する奴だとは思ってる」
    「あのさ、僕だって目を離したくてしたんじゃないんだよ」
    「分かってる。料理ができない奴は皆そう言うんだ。退っ引きならない事情があったんだろ? 例えば急な腹痛とか来客とか面白いテレビ番組が始まったとか。でもな、料理はそんなものよりも重要な仕事だ。命の源を作り出す神聖な行為なんだよ。誰にも何者にも邪魔されるべきじゃない。トイレは済ませておけ。インターホンは無視しろ。テレビとラジオは消すんだ。聞きながら優雅に調理なんてのは俺くらいベテランになってから初めてできる高等技術だってことを理解しろ」
    「……君の言うことは理解できるよ。でも」
    「黙れ。分かったら実践だ」

     口答えを許していたらいつまでも終わらないので、彼が口を挟む隙を与えず一気に畳み掛けて素早く肉を渡した。そして、フライパンの前に誘導し背後から抱き込むようにして彼の両手を掴む。こうして密着すると温かくてスパイディの匂いも感じられる。

    「ここまでしてもらわなくてもできるよ」
    「良いから俺ちゃんに身を任せて。緊張しなくて良い。固くなるなよ。優しくする。あ、別にどうしようもなく固くなっちゃった時は言ってくれれば」
    「分かった、して」
    「良いの? 準備万端?」
    「良いよ、早く」
    「OK」

     彼の手を誘導し肉に塩と胡椒を振りかける。裏返して満遍なくかけたら、コンロの火を点けフォークを持たせた。

    「牛肉の場合は牛脂を使う。これな」

     白い塊をフォークでフライパンに投げ込む。溶けるのを待ってから牛肉の投入だ。あとは焼けるのを待つだけだからスパイディの手を離して腹に腕を回した。別にいやらしい意味はない。スパイディがフライパンの前から逃げないようにするためだ。

    「時々肉を捲って確認するんだぜ」
    「うん」
    「Good boy」

     肩に顎を乗せ、もたれかかりながら見る彼の横顔はマスク越し真剣に肉を見つめているようだ。視線よし。手つきよし。腹筋よし。臀部よし。
     俺も真面目にスパイディチェックをしていたら彼が低い声で俺を制止した。

    「今すぐ離れろ」
    「いやん、怒らないで」

     俺はパッと両手を上げ一歩後ろに下がる。心地よい体温と感触が遠ざかった。スパイディはそのまま料理を続け……るかと思いきや、フォークをフライパンの中に放り投げて体を反転させる。

    「えっ、そんなに怒った? ごめん、ちょっとした出来心で」
    「何の話? 僕、行かなきゃ」
    「へ?」

     焦って言い訳を並び立てる俺をスパイディはちらとも見ずに、ウェブを飛ばして窓から外へ飛び出していった。殴られるのかと思ったのに。
     ぽかんと立ち尽くしていると、フライパンからの煙と焦げ臭さが俺を襲った。

    「やべ! 焦げてる! あちゃちゃ!」

     スパイディがフライパンに入れちまったフォークを拾おうとして手を火傷する。グローブしてても熱いもんは熱い。が、面倒臭いのでそのまま無理矢理フォークを掴んで肉をひっくり返した。そうして見た裏側は黒焦げにはなってないが見事に茶色い焦げに覆われている。

    「黙って逃げ出すほど嫌だったのか?」

     あのスパイディがそんなことをするなんて信じられなくて首を傾げながら続きを焼き上げた。皿に肉を移しているとガタンと窓枠が揺れる。振り向けば蜘蛛が入ってくるところだった。

    「あれ? お帰り~。ステーキできたところだぜ」
    「ごめん……」
    「いや、俺もあんたがそんなに料理嫌いだなんて知らなかったし」
    「そうじゃないんだ」
    「別に良いよ。無理強いした俺が悪かった。何か悲しい過去があってあんたをそうさせるんだろ? 俺ちゃんには分かってるから」
    「だから、違うって。近くで女の人の悲鳴が聞こえて、助けに行ってただけ」
    「ほえ? そうなの?」
    「うん。料理に限らないんだけど、僕が何かしようとすると何故か必ず事件が起こるんだよね」
    「そんな馬鹿な」

     スパイディのステーキが黒焦げになった理由は理解した。だけど、そういつもいつも事件は起こらないだろう。きっと悪い偶然が重なってるだけだ。
     俺はスパイディを励まそうと、次の食材を取り出した。レタスとトマトでサラダを作ろう。これなら1分もかからずにできるから、邪魔が入る隙もない。

    「ほらスパイディ、このナイフでトマト切って。できたらレタスちぎって終わり」
    「待って。それならグローブを外さなきゃ。手も洗いたい」
    「いいとも、ベイビー。それくらいの時間ならたっぷり……」
    「また悲鳴だ! 今度はお爺さん!」

     俺が話してる途中でスパイディは再び外へ飛び出していく。まだ手も洗ってない。まあ、これくらいは想定内だ。彼が帰ってきたらすぐに取りかかれるよう、皿を用意してレタスも二、三枚剥がしておく。これなら本当に手を洗って切ってちぎるだけ。絶対にできる。大丈夫だ。
     湯気を上げるステーキを監視しながら俺はスパイディが帰ってくるのを待った。



     そして、日が暮れ真夜中になり夜が明ける頃、平べったくなった蜘蛛がぺしょんと窓から床へ潰れるように帰ってきたのだった。

    ―――――――

    『ウェイドと新しいお友達』

     NYに拠点を構えて以来、通い始めたバーがある。別に気に入って通ってんじゃなく、家から近くて便利だから自然とそうなっているだけだ。はやってるとは言えない寂れた雰囲気で、かと言ってチンピラの溜まり場にもなってない。私服で静かに呑みたい時に来ても面倒なやつに絡まれないというのが良い。
     俺だって黙って考えたいこともあるわけよ。ま、この顔で黙って飲んでりゃ、余程の馬鹿か酔っ払いでなきゃ話しかけては来ない。ただ、最近このバーで見る顔の中にその馬鹿がいやがるんだ。

    「また来てるのか?」
    「うぜえ、てめえも同じだろうが」

     知り合いを見たら必ず挨拶しなきゃならないとでも思ってるのか、そいつは俺を見ると毎回声をかけてくる。一度、トイレでフードを脱いで脅かしてやったのにもかかわらずだ。むしろ、面白がってるのか、余計に話しかけてくるようになった。今までにもそういうやつが全くいなかったわけじゃない。俺の顔を見て、恐れるより面白がるやつ。糞みたいなつまらないジョークで俺の顔をからかおうものなら、その口に銃口を突っ込んで二度と口が聞けないようにしてやる。上手にお口で愛撫できたら脅すだけで許してやるけどな。とは言え、こいつにはそこまでしたことはない。挨拶と世間話くらいしかしない。すげえつまんねえ男だ。

    「おい、ジョン。お前、童貞か?」
    「そんな名前じゃない」

     興味がないから名前は聞かず勝手にジョンと呼んでいる。童貞臭い顔をしているくせに、いやに落ち着いていやがる態度が気に入らない。こっちがからかおうとしても大して引っ掛かってこないし、俺と話していても楽しそうじゃない。座る位置だって俺とは離れてる。なのに、俺を見ると必ず声をかけてくるんだ。そうしておいて距離を取る、妙なやつ。そのおかげで俺も何もできないんだが、ここには酒を呑みに来ているのでどうでもいいことだ。
     ただ今日は違った。珍しくジョンが俺の隣に座ったのだ。

    「んだよ?」
    「なんか今日、雰囲気が悪くないか?」
    「はあ?! 喧嘩売ってんのか」
    「お前のことじゃない。店だよ」

     ジョンが後ろを見るので、俺も同じ方向に目をやった。そこには確かに堅気じゃない野郎共がいた。NYに住んでいればそんなやつを見かけるのは珍しいことじゃない。ただ、ここで見るのは初めてだったかもしれない。

    「放っとけ。今、何かしてるわけじゃねえだろ」
    「……そうだな」
    「つうか、なに勝手に座ってんだ? 俺の隣は特等席だっつってんだろ」
    「初耳だ」
    「はあ~物を知らねえやつだな。俺の隣に座るのはスパイダーマンって決まってんだよ。ほら、行った行った」
    「ああ、なるほど」

     手を振って追い払うとジョンはあっさりと離れていった。俺は呑むのを再開する。ケチがついちまったような気がしたので、グラスの中身を飲み干してすぐに店を出た。
     そして、ドアを閉めて階段を2~3歩上がった時のことだ。店の中から銃声と怒鳴り声がした。どうせ、さっきのやつらだろう。逃げるためにはここを通るはずだから、俺は階段の端に避けて出てくるのを待った。

    「早くしろ!」

     銃を持った男たちが飛び出してきて階段を上っていく。ちらりと目が合ったが、俺に興味はないようでそのまま走り去っていく。俺だってこんなやつらに興味なんてない。でも、放っとくと俺がここで呑めなくなる。それは嫌だから、後ろから撃ってやろうと思って懐の相棒を取り出した。

    「待て」
    「!」

     撃とうとした瞬間、銃身を掴み上げられ狙いがずれた。見れば、ジョンだった。何のつもりか知らないが、プロの傭兵を舐めてもらっちゃ困る。こんなもん、ちょっと捻ってやれば簡単に外れ……簡単に……あれ? 外れない。押しても引いても掴まれた銃がびくともしない。なにこいつ、すげえ怪力。とか思っていたら、ジョンが言った。

    「殺しはダメだっていつも言ってるだろ」

     俺はポカンと口を開いた。確かにいつも言われているが、ジョンに言われるのは初めてのはず。それに、こいつにそんなことを言われる筋合いはない。やっぱりこいつ、イカれてるのか。その考えを証明するかのように、ジョンはその場で服を脱ぎ出した。勘弁して欲しい。俺に気があって話しかけてきてたのか?

    「おいおい、ストリップかよ。どこで俺が両刀だってことを聞いたのか知らねえが、お前は好みじゃ……」

     俺は台詞の途中で声をなくした。何故なら、服を脱いだ途端、そいつは完璧に俺の好みの男になったからだ。

    「あんた……!」
    「そう、僕だよ。サプラ~イズ?」

     驚く俺にジョンはヒラヒラと手を振って見せる。やつは服の下に見慣れた赤と青のスーツを着ていて、仕上げにウェブ模様のマスクをつけ、スパイダーマンになっていた。

    「ジョンがスパイダーマン……」

     俺が呟きかけると、すかさずスパイディは俺の唇を人差し指で撫でた。

    「これは僕とお前の秘密だ。それと僕の名前はジョンじゃない。ピーター」
    「わお、ネバーランドはNYにあったのか」
    「僕が妖精に見えてたなら、もっとまともに会話して欲しかったね。ま、残念なことに名字はパーカーなんだけど」

     スパイディは脱いだ服をウェブでまとめて背負うと、さっきのやつらを追うために跳躍した。俺がその足に掴まるのはもう言わなくても分かるだろ?



     やつらはどこかの組織から追い出されたはぐれ者だったらしい。金がなくての強盗だ。あのバーには特に深い関係もないようで俺は安心した。
     スパイディは仕事を終えた後、俺の前でマスクを脱いだ。改めて自己紹介したい、なんて言って。ピーターは濃い茶色の目と髪をした若い男だった。スパイダーマンと違って、気の弱そうな目をしている。

    「あんた、そんな顔してたのか」
    「ずっと見てただろ」
    「いや、全然。あんたの瞳の色とか読者も初めて知ったと思うぜ」
    「どれだけ興味なかったんだよ」
    「あんたも家があのバーから近いの?」
    「どうかな。そんなに近くはないかも」
    「じゃあ、なんで? そんな気に入るほどの店か?」

     ピーターは呆れたように笑った。

    ―――――――

    『肩車』

    「なあ、他のやり方はないのか?」
    「これが一番効率的なんだよ。契約の時も言ったけど、僕のやり方には口出ししないで」
    「でもさぁ」
    「黙って」

     俺は思わず眉間に皺を作りながら唸った。ちょっとした意見の食い違いだ。俺の雇った護衛であるところの男はNYで一番頑固で分からず屋で、そして頼りになる。その能力は大いに買っている。だから雇った。だが、そのやり方は俺の考えていたものとは違いすぎる。確かに口出ししない契約だから、俺が文句を言うのは間違いだ。それでもただ黙って受け入れることなんてできない。だって、どこの世界に護衛を自分の肩に乗せてパーティーに出席する社長がいるんだ? まあ、ここにはいるけど。

    「本当にそこじゃなきゃ護衛できない?」
    「できない」
    「マジ……?」
    「守るのが僕の命だけならここでなくてもできるよ。でも、君を守らなきゃならないのなら話は別ってことさ」

     俺は天井に向かって顔を向けながら問いかける。すると、蜘蛛の巣模様の顔が俺を見下ろしている。彼の名はスパイダーマン。その名の通り、壁にも天井にも蜘蛛のように張り付いて移動できる男。NYの親愛なる隣人、そして世界的に有名な不刹の傭兵だ。ただ今の彼は天井にいるわけではない。さっきも言った通り、彼は俺の肩に乗っている。青い筋肉質な太腿が俺の頭を挟み、固い股間の感触が後頭部を包む。確かに、これなら俺が頭を撃ち抜かれることはなさそうだ。でも、なんだか、違うものに撃ち抜かれることになりそうなんだけど気のせいか?
     目立つのは慣れてる。本当ならこんな場面は喜んでのっているところだ。ただ、自分で計画するのと他人に泡を吹かされるのは違う。相手がぶっ飛んでると自分はスッと冷静になる。そんなことってあるよな。

    「そんなことより、みんなとお喋りしないの?」
    「うん、あんたのおかげで誰も話しかけてこないな」
    「だから、君から行かなきゃ」
    「……」

     スパイダーマンは俺を促すようにぷらぷらと下腿を揺らした。その反動でふらつきそうになりながら姿勢を保つ。俺だって鍛えちゃいるが成人男性の数倍の筋肉量を持つ男を肩車するのは初めてなのだ。ちょっと肩も痛いし、みんなは遠巻きにして笑ってるし、俺ちゃんしょんぼりしちゃう。
     だが、こうしていても始まらないので俺は一番近くにいた取引先の男に話しかけることにした。近付いていくと当然、相手の視線は俺の上に向く。

    「羨ましい人を連れていますね。私は彼のファンなんですよ」
    「やあ、ありがとう。今日は彼の護衛を頼まれてるんだ」

     仕事相手が俺より先に俺の護衛と握手している。俺は思わずその手を奪い取るようにして握手した。

    「護衛なんだから余計なお喋りは禁止!」
    「えー」
    「えー、じゃないよ! 俺ちゃんお仕事しに来てるんだから、邪魔しないで」
    「挨拶しただけなのに……でも、分かったよ」

     スパイディは不満そうな声でそう言った。ごっ、と音がして頭に固いものが当たる。窓の方を見ると俺の頭に肘をついてその手の上に顎を乗せたスパイディが映っている。その姿勢はとても可愛いから、されてるのが俺じゃなかったら口笛でも吹いてるところだ。でも、スパイディの肘がグリグリ当たって痛いこの状況じゃ単純には喜べない。
     それでも、みんな慣れてきたのか、次々に話しかけられるようになってきた。立食パーティーなんて人と話してなんぼだ。仕事相手の誕生日とかいうつまらない内容でも出席することで新たな取引先を開拓できるかもしれない。料理は気取ってて好みじゃないけど、我慢して人付き合いするのが社長の仕事だ。
     そうして人と会話していると派手な襟巻きのことは意外と忘れることができた。

    「ねえ、僕も食べて良いよね?」
    「ん?」

     その襟巻きが突然喋りだしてピシュンと蜘蛛の糸を発射したりしなければ。
     周囲で歓声が上がる。俺の頭上から白い糸が伸び遠くの皿を引き寄せた。更に連続で様々な料理が引き寄せられる。頭に皿の平らな感触が当たる。

    「美味しい!」
    「いや、あんた俺の護衛だよな?」
    「君も食べる?」

     無遠慮な手が俺のマスクを引き上げて、フォークに突き刺した牛肉を口に持ってくる。口を開けてそれを受け入れるとスパイダーマンの顔が上から俺を覗き込んできた。

    「美味しいだろ?」
    「うん、まあ」

     俺の答えにスパイディは満足そうに笑った。彼もマスクを半分上げているから、ソースで汚れた口元が見える。柔らかい肉を噛み締めながら俺はその表情に見惚れた。他人を振り回すのが好きだ。でも、スパイディになら振り回されるのも良い。スパイディはちょっとお馬鹿さんで間抜けなところもあるけど、時々、俺の予想を越えてくる。良い意味でも悪い意味でもな。

    「あ、スパイダーセンス」
    「え」

     しみじみと彼と見つめあっていると急にぐるりと視界が回った。がしゃんと音がして皿が割れる。悲鳴が聞こえ、俺のいた場所に突撃する男が見えた。体が動かない。

    「あいつ、誰?」
    「さあな」

     スパイディは俺に訊ねながら素早くその男を捕獲した。今時、ナイフで俺ちゃんを殺ろうなんて古風な男だぜ。セキュリティチェックで銃を持ち込めなかったんだろうがな。
     冷静に考えつつ、俺は目玉をぐるりと動かして自分の状況を確認した。スパイディの屈強な両足が俺の首に巻き付いて、俺を天井からぶら下げている。さっきから腕も上げられない理由がこれで分かった。

    「スパイディ?」
    「何? こいつ、警察に引き渡すよ?」
    「うん、ありがとう。ところでさ、俺ちゃん、頸椎がイッてるみたいなんだけど……」
    「わお」

     スパイディは片手で天井に張り付きながらもう一方の手で俺の頬を撫でた。

    「ごめん。だって君、治っちゃうからさ。緊張感なくて」
    「プロ失格だぞ。刺客よりあんたに害されてる」
    「ごめんってば」

     スパイディは謝りながらぐっと背中を丸めて俺に顔を近づける。相変わらず柔らかい体だ。そして、至近距離から俺の唇に向かって投げキッスをする。

    「でも君だって楽しんだろ。必要のない護衛とパーティーに来られてさ」
    「もっと格好良いのが良かった」
    「僕はいつでも格好いいだろ」
    「それは否定しないけど」



     こうして、仕事を利用した俺とスパイディの公式デートは終わりを告げたのだった。せっかく堂々といちゃつける機会だったのに、本当に刺客が現れるなんてついてないぜ。

    「ねえ、たまには普通にデートしない?」
    「いやん、恥ずかしい!」
    「人前の方がよっぽど恥ずかしいと思うけど」
    「二人っきりの方が絶対に恥ずかしい」
    ぶたこ
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