【学パロ土ガマ】春雨に濡れる話学パロPNU学パロPNU
「大ガマ生徒会長おはようございます!」
「おうおはよう!今日もがんばろーな!」
「おはようございまーす!」
よく晴れた朝、校門の前を多くの学ランとセーラー服が通り過ぎて行く。その黒の大群を右から左へ満員電車担当の駅員の如く見事に整列させているのが、輝かんばかり、真っ白な学ランを身にまとった生徒たちである。
「おいお前!その胸に入ってんのタバコの箱じゃねーか⁉」
「これはココア味のお菓子だ」
「なわけねーだろどう見てもオレンジの箱の安いやつだろ!!」
「……お前も吸ってるのか?」
「大ガマ様は生徒会長だぜ吸うわけないだろさっさと出せ」
「生徒会」と書かれた腕章と白ランを着用を許された生徒たちは、その中心で不良にも積極的に声をかける生徒に尊敬のまなざしを向ける。夏でも龍頭のマフラーを手放さないタバコの不良は、この学校でも指折りの不良で教師もかなり手を焼いている。それに全く怖気づかない大ガマという生徒は、もちろんきっちりと着込んだ白ランの腕に「生徒会長」の文字を巻いている。
「おはよう大ガマちゃん、今日も元気いっぱいね」
「おはよう!ってまた化粧してるな!学校で化粧は禁止だ!」
「あらアナタだってしてるじゃない?お化粧。アタシの好みじゃないけど」
「オレのこれは模様だ!産まれた時からあんの!」
次から次へと現れる校則違反野郎共に舌が絡まっちまいそうだぜ。登校ピークも過ぎ、己の髪の舌を撫ぜる余裕ができてきた頃、大ガマくんちょっと良いですかニャン、足元から声が掛かる。
「ニャンパチ先生!おはようございます!」
ニャンパチは大ガマとはあまり関わり合いの無い教師であったが、大ガマは礼儀正しく挨拶をする。しかし、その教師の口から次いで出た言葉には戸惑いを隠せなかった。
「おはようニャン!えーと、あの、土蜘蛛くんのことニャンけど」
「……土蜘蛛?」
場所を変えて職員室のドアの前で話をする。慌ただしく行き交う生徒たちを気にしながら、授業まで時間もニャいし、とニャンパチが話し始める。
「大ガマくんもあんまり土蜘蛛くんと交流ニャいかもだけど……」
「いやオレ昔は結構話してたんで」
一瞬曇る大ガマの表情に気がつかなかったのか、ニャンパチはパッと顔を輝かせた。
「それなら良かったニャン!土蜘蛛くん、このままだと行ける高校はどこも無いニャン……とにかく学校の授業だけでも出るように頼んでくれないですかニャン?オレっちが言っても良いニャンけど土蜘蛛くんてちょっと……怖いニャン……」
教師相手でなくとも大ガマは頼られると弱い。オレは生徒会長だし何とかなるだろ!昼休みにでもとっちめて連れて来てやろう。あいつのことだからきっとじめじめしたところに一人でいるんだろうよ。
「わかりました。オレに任せてください!」
胸を張って大声を出す大ガマにニャンパチはほっとした表情を浮かべ、じゃ、頼んだニャンよー!とこれまた問題児ばかりの教室へと向かって行った。
「全然いねーな土蜘蛛……」
急いで給食を食べ終え校内を歩き始める。まあ、学校に来てないかもだよな。土蜘蛛の名前が出て焦っちまった。渡り廊下からなんか雷でも鳴り出しそうな黒い雲が旧校舎にかかっているのが見える。
「でもあいつ、こーいう時に出るんだよな」
大ガマがお玉杓子に毛が生えたくらいだったの頃のこと、雷鳴に怯える大ガマを後目に喜々とした表情で雨を浴びていた土蜘蛛の姿を思い出す。「悪い」天気の方が性に合っているのだと牙を見せ、大ガマは優しい兄貴分の豹変ぶりに恐怖を募らせつつも、こいつと一緒なら雷なんて怖くねえかもなという気持ちになったのを記憶している。やっぱりいた。
「土蜘蛛、」
旧校舎の薄暗いトイレに人の気配を感じたので入ってみると、奥の小窓から外を眺める大蜘蛛が一匹。車鬢がゆっくりと振り向く。
「大ガマか?」
久しいな、薄く口元で笑みを作る土蜘蛛は何だか別人のように思えた。不良らしく短ランと袴を着こなして、不良の敵である生徒会長の様子を窺っている。
「何してんだよこんなとこで?腹でも壊してんのか?」
たまには授業出ろよ、と気さくに言うつもりだったが、できなかった。ためらいがちに土蜘蛛が口を開く。
「……待ち合わせだ」
彼の言う通り、トイレの外には先程から誰かがいるような気がする。不良にビビって入って来られないのかと思い声をかけようか迷っていたが、違うのか。
「何の待ち合わせだ?悪いことしてんじゃねーだろうな、こんな人気無いところで!」
「お主には関係の無いことだ」
土蜘蛛は変わってしまった。毎日一緒に遊んでいた仲だったのに、中学校に上がった途端土蜘蛛は「大人」になったようだった。一年遅れて大ガマが入学した頃には土蜘蛛は学校中の不良を束ねていて、取り付く島もなかった。改心させようと大ガマが生徒会に入ったことも溝を大きくさせてしまった。会長になった大ガマは校則違反を厳しく取り締まるようになり、不良グループと生徒会は対立する勢力になっていった。
「なんだよオレに言えねえことって⁉」
「騒ぐでない!」
中学生になった土蜘蛛が女子に騒がれているのを知って、大ガマは初めて土蜘蛛の顔が整っていることに気づいた。他校の生徒を妊娠させたとかいう噂、まさか本当だったのか。今日もここで女子と密会ってことか……⁉くそオレも土蜘蛛の卵産みてえよ!
「昔のあんたじゃねえ!オレらに隠し事なんて無かったじゃねえか!」
「そう思っていたのはお主だけだ」
「何だと……⁉」
しまった。つい手が出てしまった。白粉をはたいたように白い土蜘蛛の左頬がまあ綺麗に桃色に染まっている。大ガマから目を離さずに土蜘蛛はゆっくりと患部に手をやる。
「わ、悪い、つい……」
「大ガマ」
「ちゃ、ちゃんと保健室行けよ!じゃあな!!」
「大ガマ!」
トイレを跳び出した大ガマに蜘蛛糸は飛ばされなかった。
昼からの授業は全く頭に入って来なかった。
「復習ガチらないとな……定期テストもあるし」
とぼとぼと歩く大ガマの帰路には雨が降っている。オレの心も雨模様だぜ……。ぼんやりして普段通らない道に来てしまった。
「生徒会長が道草なんてまぢいよな……ん?あれは……」
見知らぬ土手で他校の生徒たちが大勢騒いでいる。リンチか?その集団の中心には誰かがいるようだ。相手がいくら多かろうが、大ガマは同じ学校の一般生徒なら迷わず助けに向かう。しかし……いや、あれはもしかして土蜘蛛か?
「大ガマ、お主には関係のないことだと……!」
「さっきうっかり殴っちまったからな!これでお相子にしてくれよ!」
集団に殴り込みながら向かって来た大ガマに土蜘蛛は目を丸くした。集団のうちの一人がぽーんと小気味よく空に向かって飛んでいく。今日は驚いてばかりだ。この雨の日に、白ランが単騎で乱入してくるとは思わず当然に陣形を崩した集団を土蜘蛛が糸で絡め取って行く。
大ガマは意外にもケンカが強い。どこで覚えたのだろうか、格闘技とは異なる、所謂ケンカの技術をよく体得している。昔は吾輩ともよくしたものだが。ケンカしたのか、吾輩以外の奴と!
「なんとかなったな、やっぱり強えーよあんた」
「お主もな……」
雨が上がり差して来た日に照らされて伸びている集団から自分たちに目をやると、髪も制服も雨と泥でぐちゃぐちゃになっている。特に大ガマは白ではなくもう茶ランだ。本人は気にしていないようだが、ここからだとうちの方が近いな。
「大ガマ、吾輩の家に来い」
「おう」
吾輩はまだ嫌われてはいないのか。素直に後をついて来る元弟分を、土蜘蛛は、転んだりせぬよな、昔のように気にかけながら歩く。
「悪いなシャワー貸して貰って」
土蜘蛛の親は最近頻繁に家を空けるようだ。もう大人だと思われているのか。うちとは大違いだな、今日のことは生徒会の用事だと説明しておこう。これが一番余裕があるはずだと土蜘蛛から借りた服には、藤色にデカデカと蜘蛛の巣のプリントがあるが、あまり着た形跡は無くお客さん扱いなのだと少し悲しくなる。
シャワーを終え土蜘蛛の部屋に入って来た大ガマの髪は腰よりも長く伸び、タオルでわしゃわしゃと拭かれている間も舌のような不思議な動きをしている。その間から見え隠れする体にはいつの間にかがっしりと筋肉がついており、背も土蜘蛛よりももう高いようだ。幼い頃は淡かった顔の紋様も、濡れてくっきりと浮かび上がり、妖しい雰囲気を醸すようになった。
「変わったのはお主の方だ」
「あ?」
髪を結わえ始めた大ガマの、まとめられず残った横髪の先に土蜘蛛は思わず手を伸ばした。
「見ないうちに綺麗になったな……」
暗闇でなくともぴかぴかと光る金の瞳に近くでじっと見つめられて、大ガマはびくりと体を震わせた。中に入ってすぐに拭いたのに土蜘蛛がごくりと喉を鳴らすと、その崩れた総髪からぽつりと一滴。水も滴るなんとやらってか!
「いいからあんたも早くシャワー浴びろよ!シャワーありがとな!明日こそ学校来いよ!!」
今日は跳び出してばかりだ。何だよ綺麗って。褒め言葉だと思ってんのか?照れるぜ。
「おい、どうしたんだよ」
明くる朝、大ガマが普段通り生徒会メンバーと共に校門を守っていると、やけに大騒ぎしてやって来る一団がいる。
「いや~さすが大ガマくんですニャン!」
「……ニャンパチ先生?」
「この期に及んでのこのこやって来るなんてさすが不良だねぇ……」
生徒会役員の一人がこう呟いたのに反応したのは、群衆の中心にいた、変形学生服の生徒。あいつほんとに来たのかよ……。あれもしかして土蜘蛛くん?こんな時間に来てるの初めて見た、そういった声に混じってやっぱりカッコいい、声かけちゃおうか?というものも聞こえて来るのは聞き捨てならない。しかしそのお互いライバルも知らない片想い攻防には、他でもない当事者の一言で一時決着がつくことになる。
「想う相手に頼まれたら断るわけにはいかぬからな」
ギャーと叫び泣き崩れて行く土蜘蛛に想いを寄せる生徒たち。手に持っていた帽子を校門の直前でちょこんと頭に乗せ、大ガマに……ガンを飛ばしているのだろうか。誰に頼まれたのかは大ガマ以外知らないはずだが、「キュン」に一家言ある先程の役員は、隣で青くなったり赤くなったりしている上役に気がつかないのか、へえ、と興味深そうだ。
「ニャン?それって……」
「ニャンパチ先生!」
このことはどうか内密に!蛙らしからぬ桃色になってしまった大ガマを横目に土蜘蛛はぺたんこの学生鞄を肩に担いで校舎へと入って行く。
「おーい!授業もちゃんと出ろよなー!!」
笑顔で声を張り上げているのだろう大ガマに、土蜘蛛もつられて破顔し笑みをこぼす。しまった吾輩のきゃらが……。幸い誰にも見られてはいないようだ。