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    肥前忠広と葬式 一番古い記憶は、自分の歳もわからない赤ん坊の時、祖父の膝で誰かの子守唄を聞いたこと。次に古い記憶は、祖父の葬儀。
     当時四歳だった私はまだ幼いからとお骨上げには参加させられず、もっと幼い従弟を抱いたシッターさんとともにロビーで大人たちを待っていた。おろしたての黒い靴が足に合わず、大人たちも相手をしてくれず、私は不機嫌だった。退屈した私はぐずりだした従弟をあやしているシッターさんのそばを離れ、ロビーの柱に手を当ててそのまわりをくるくると回っていた。すると、不意に現れた黒いスーツの脚にぶつかりそうになった。いや、ぶつかったのかもしれない。その人は黒い柱のように見えた長い脚を曲げてしゃがみ込み、私に目線を合わせた。黒い髪に赤いメッシュの入ったお兄さんだった。その時はメッシュというものを知らなくて、ただきれいだなあとだけ思ったのだけど。私は少し人見知りしつつも、何となく目を逸らさずにその人の鼻筋を眺めていた。やがて、私の顔を覗き込んでいたその人が口を開いた。
    「あんた、爺さんの孫か。」
     私はこくりと頷いた。その人はそうか、とだけ言って立ち上がり後ろを向きかけたが、すぐに振り返ってまた私の目線の高さに戻ってきて続けた。
    「あんたの爺さんは、よく生きたよ。」
     返事も聞かず再び立ち上がったその人は、今度は振り返らずに出口の方へ去っていってしまった。その人の歩いたあとに、桜の花弁がひとひら残った。
     思い返せば季節は桜の咲かない夏のはずだった。それに、当時は大人のお兄さんだと思ったけれど、あとになって思えばずいぶん若かったように思える。気になって母に尋ねてみてもそれらしい人物の名前は出なかった。彼はどうしてお骨上げに参加していなかったのだろうか。
     なにぶん物心がついて間もない時のことだ。記憶の曖昧な部分もあるだろうと納得することは容易いが、私にはこの記憶が夢や思い違いでないという奇妙な確信があった。信じたかった、ともいう。
     私は祖父のことをほとんど覚えていない。私を膝に抱いて見下ろす顔と、ごつごつした手、子守唄。あの子守唄が祖父のものだったのかすらもわからない。それでも、言葉少なに祖父の生き方を肯定してくれたその人の言葉が嬉しくて、私を膝に乗せた祖父は、きっと私を愛していたのだと思えた。あの記憶は、大切にしてもいい思い出なのだと思った。だから今でも頭の抽斗の、たびたび思い出せる場所に仕舞ってある。
     だけど、思い違いじゃないかと言われないように、その人の言葉が嘘にならないように、他人に話すことはなかった。

    「そういう訳で、忘れていたわけじゃないよ。」
     私は喪服を準備しながらそのに弁明した。ひととおり話を聞いた近侍は「そうかよ。」と不愛想に言って喪服のハンガーを受け取った。明日は現世の知人の葬儀だった。人間である審神者は葬式に参列できるが、刀剣男士は最後まで参加することはできず、原則葬儀場の外で護衛に就くという規則だ。理由をこんのすけに尋ねてみても「人ならざるものが人の理の中には入れないのです。」という何ともはっきりしない答えしか返ってこなかった。
     祖父の最後の護衛を務めた彼は一度顕現を解かれたあと政府権限で再び顕現され、この本丸に配属された。今は私の近侍を務めている。
    「揃って俺をご指名とは難儀な血筋なこって。」
     ため息を吐く近侍を横目に、布の上に置いた黒い靴に足を通してみる。この会話のそもそもの発端は「は履きなれねえ靴で行くんじゃねえ。」という近侍の言葉だった。せっかく再会したのに私が何も言わないから、痺れを切らしたのだろうか。
    「靴、どうだ。」
    「これは何回か履いてるから大丈夫だと思う。」
    「ならいい。」
    「ねえ。刀剣男士は原則外で護衛につくんでしょ。あのときは中に、おじいちゃんとのお別れに来てたの。」
    「あ?……爺さんからの頼まれ事だよ。」
    「おじいちゃん、お見送りして欲しかったんだ。」
    「……そうなんじゃねえのか。」
     ぶっきらぼうにはぐらかす近侍に、できるだけ何でもないことのようなそぶりで言った。
    「その時が来たら私のことも見送ってよ。」
     近侍は私の足元に目を向けて俯いた姿勢のまま少し固まって、
    「厄介な種を残したもんだ、爺さん。」
    とぼやいた。
     ほらまた。
     私はあなたの今の主である前に「爺さん」の孫、なんでしょう。
     そう思うことが多々あったのだ。何かにつけて遠い目をして私を見つめることに、気づかないとでも思ったのだろうか。前の主のことを大事にしたい気持ちは尊重するけど、今の主として前の主を自分に重ねられるのはちょっと、嫉妬してしまう。
     忘れていたわけじゃない、どころではない。こっちは四歳の時から半生を縛られているのに。審神者になって肥前忠広という刀剣男士の存在を知って、漸く再会できたと思ったら自分ではない誰かを見る目をされて、それでもあなたを受け入れたのに。もしそう口にしてみたら、近侍はどんな反応をするだろうか。
     今は祖父のことばかりの近侍が、いずれ今度は私を忘れられなくなればいい。私を見送って、余所見ばかりしていて後悔したって、後で嘆けばいい。祖父の記憶と紐づいたままでもいいから、そう思う。



     子守唄を謡い終えると、主は膝の上で眠った孫娘を見下ろしたまま俺を呼んだ。
    「肥前、その時が来たら俺のことを見送ってくれよ。」
     咄嗟に否定の言葉を返そうとして躊躇すると、主は返事を求めてか顔を上げた。
    「……わかったよ。だがその心配をするのは早いんじゃねえか。」
    「おう、そう言ってくれるか。嬉しいね。」
     少し咳き込んで、主が目を細めた。
    「心配しなくても別れはさっぱり済ませてやる。」
    「そう言っておめえは俺のことを忘れんだろう。」
     主はからからと笑った後、孫娘の額を撫でた。
    「もしこの子が審神者になったら気にかけてやってくれよ。気に入るよ、俺の孫だから。」
     まあこの道に進まねえならその方が平和だけどな、と付け加える。
     主を亡くした後までそいつの世話をするなんて御免だ。今だってそいつに時間を取られて、主との時間がみるみる減っていくのに。年老いた主には、もう残された時間は僅かしかないのに。そう思っていた。


     果たして俺たちは主の、先代の、言った通りになった。今度の主は先代とよく似ていた。あるいは形見を求める己の希望によってそう感じているだけなのか、もうわからない。俺が先代との記憶に、思い出と呼ぶ方が正確なものに縛られていることはよくわかっているから。傍から見てもそうだろう。だがそれだけではないことも確かだ。
     俺は刀だ。モノだ。どうしたって使ってくれる者に愛着が湧くものなのだ。そのことに、今代の主が気付いていてもいなくても。たとえ俺自身が変化を受け入れられなくても、先代への不義理を感じることすら薄れていったとしても、どうしようもなく主に惹かれるたびに先代の記憶が遠く美しく片付けられてしまう。
     だからもう暫く、気付いてくれるな。もう暫くは、誰かの目の中でだけでも、先代に執心の刀のままでいたい。
    行燈屋(まこと) Link Message Mute
    2023/06/27 11:08:40

    肥前忠広と葬式

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    半端ですがここまで。
    #刀剣乱舞
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