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    おねだり 加州清光は節約ができない。できない、というよりは進んでしないのかもしれない。
     彼は小さなプレゼントが得意だった。大和守安定とさんにんで食べる串団子。五虎退の虎がまだ五匹だったときに教えてやったリボンのきれいな結び方。遠征に出る第三部隊に約束したホットチョコレート。乱藤四郎に施した、爪を保護する透明なネイル。
     それは形のあるものもないものも、値段がつくものもつかないものもあったが、限られた小遣いと時間を誰かのために使ってしまえば、自分のために使える分は減る。ごく簡単な引き算である。だから加州清光は自分から自分へ贈る贅沢なんて滅多にしなかった。
     それに目敏く気が付いたのは前田藤四郎で、以来彼はこのはじまりの刀に対してひそやかに、何かと気を使いたがった。八つ時の菓子はさんにん分だからと言って大和守安定に多めに持たせたり、釣り銭を駄賃にしていいからと買い出しを頼まれれば加州清光を伴って出かけたりした。とはいえそれも前田藤四郎の自己満足に過ぎないものだ。結果としては、果たして彼のためになったのかどうか。気になってあとでそれとなく尋ねてみれば菓子は隣室に分けてしまっていたし、買い出しの帰りには仲間への土産を買うか、通りに並んだ店先を覗くくらいで何も求めずに帰ることが多かった。
     加州清光は見かけ通りに無欲なのだろうか。
     ある日、万屋への使いの帰りに立ち寄った小間物屋で紅を眺める加州清光に、お似合いでしょうね、と話しかけてみたことがある。
    「ん?そーね。」
    と、熱心に色を見比べていた目とは裏腹にあまり関心なさげな声が帰ってきた。と思うと、
    「この色、次郎太刀が使いそうだなって思って。」
    などと言って加州清光の好む真紅ではなく、肌に馴染む朱色を指差して見せる。本心なのか躱されたのかわからなかったが、もう一歩踏み込んでみようと無邪気なふりで他の色を指し示してみた。
    「となると太郎太刀さんはこちらで、加州さんなら、こちらですね。」
    「ほんとだ。でも、俺はいいよ。」
     今度は明確に否定される。それで少し反発心が湧いたのか、前田藤四郎は、我ながら積極的な言葉だと思いながらもこれまで言わずにいたことを口にした。
    「こだわりに適うものだけ自分で選びたいのでなければ、僕に贈らせてください。加州さんはいつも僕たちのことを考えていてくれますから、お礼です。」
    「……ありがとね。でもこれがいやってわけじゃなくて、俺はいいの。」
    「加州さんはもう少し欲しがるべきだと思います。」
    「ね、だ、ん。見て。」
    「う、でも、お小遣い貯めていますから、このくらい。」
     結局言い負かされそうでたじたじとしていると、加州清光は小さく笑いの混じったため息をついて、内緒ね、とコートの内側に手を入れた。
     それが、前田藤四郎が加州清光の秘密の宝物を知ったきっかけだった。



     新しい合戦場に出た第一部隊が帰還し、城内は俄かに慌ただしくなった。あと少しで任務達成というところで隊長の加州清光が重傷を負ったため、強制的に撤退させられたのだ。他に中傷が一名、軽傷が三名。
     手入れ部屋に運び込まれた加州清光の血と泥に汚れた衣服を預かった亀甲貞宗は、これは修繕か廃棄かと考えながら居住棟へと歩いているところを前田藤四郎に呼び止められた。
    「亀甲さん。」
    「前田藤四郎。どうしたんだい。」
     前田藤四郎は話しやすいように屈んでくれる亀甲貞宗の腕の中を指して、
    「まず、ポケットに入っているものを出してあげてください。」
    と小声で言った。
    「ああ!確かにそうだね。」
     亀甲貞宗がズボンとコートのポケットを順に探り、予備の髪留めや耳飾りをしまうための巾着といった小物を出していくのを、前田藤四郎はそわそわと眺めていた。珍しく焦っているような不安がっているような様子を気にしつつも、亀甲貞宗は何も言わずにポケットを検めていく。最後にコートの内ポケットから、平たい円形の容器が取り出された。安っぽい容器の蓋は割れてしまい、中まで赤黒く汚れている。
    「これは?」
    「ああ……主君が加州さんに贈られた紅板です。」
     駄目になってしまった紅に落胆を見せ、前田藤四郎は簡単に事情を説明した。加州清光がかつて自分にだけその紅板を見せてくれたこと。いつもなら中傷状態でも自分で取り出して手入れ中そばに置いていること。脱衣もままならない重症の今はそれが叶わなかっただろうと思ったこと。
    「そう。割れてしまったのは残念だけど、君は初期刀思いのいい刀だ。」
     亀甲貞宗は微笑んで容器と先程取り出したものたちを渡した。
    「これは君から加州清光に渡してあげるといいよ。秘密は秘密のまま、僕は何も知らない。」
    「亀甲さん、ありがとうございます。」
     丁寧に礼を言って手入れ部屋へ速足で向かう。外から声を掛け、返事を聞いて障子を開けると、既に手伝い札を使って回復した加州清光が存外明るい声で迎え入れる。非番用の着物に袖を通しているところだった。この本丸のはじまりには敗戦や撤退のたびにひどく落ち込んでいた加州清光も、今はそのように嘆く姿を見せなくなっていた。それは大所帯の一口目らしく頼もしい姿だ。
     二言三言のやり取りの後、前田藤四郎が預かった小物たちを差し出すと、加州清光は少し目を見開いて、ありがと、と細い声で言った。差し出されたものを一つずつ掌に乗せ、壊れてしまった紅板を指で撫でると、もうどこも痛がっていない顔をくしゃりと歪ませる。
    「主、俺、勝てなかったよ。強くなって帰ってきたって、嘘吐きだよな。」
     俯いて、そのまま蹲った加州清光がやがて顔を上げるまで、前田藤四郎はじっと待っていた。ほどなく立ち上がった加州清光は本当に平気そうな顔をして、
    「ごめん、前田。もう大丈夫。」
    と言ってのける。
    「いいんです。大丈夫じゃなくても。」
     あの紅を見せてもらった時と同じような、負けん気のような力に促されて口から言葉が出た。一言こぼれると後から後から湧き出てくる。
    「いいんです。今は僕しかいませんから、大丈夫じゃなくても、五虎退ほどじゃありませんが、ずっと一緒にいる僕ですから、いいんです。少しくらい格好いい加州さんはお休みしてください。」
     加州清光は少し驚いたように顔を覗き込んで、眉を下げてどこか懐かしい笑い混じりのため息を吐いた。常はわかりやすく丁寧に話す前田藤四郎が堰を切ったように言葉を重ねるのは珍しい、ということも加州清光にはよくわかっていた。
    「ありがと、今ので本当に大丈夫になった気がする。」
    「無理は、しないでくださいね。」
    「無理じゃないって。ねえ、前田、やっぱり新しい紅を選んでもらっていい?あの時の高いのじゃなくて、もっと毎日使えるやつ。」
    「もちろんです!」
     ぱっと顔を明るくする前田藤四郎の見た目相応に幼い表情につられて、加州清光も口角を上げる。前田藤四郎が得意げに言った。
    「僕、やっと加州さんにおねだりをしていただきました。」
    「ん?……そーね。えっと、もしかして気にしてた?」
    「そうですよ、加州さんったら何も欲しがりませんから、僕が触れちゃいけないのかなって、紅のことは納得しましたけど他のもの、八つ時だって多めに受け取ろうとはしないし……あ、」
     密かに気を回していたはずが、緊張から解き放たれて思わず自白してしまって焦る様子に、加州清光は笑って答えた。
    「ごめんごめん、成程ね。……そうか、気を使わせちゃってたかあ。」
     もらうのも嬉しいけど、あげるのも俺はけっこう好きなんだよ、と笑う顔は頼れる一口目としては少しあどけない。
    「何も欲しがらないって言うけど、俺ね、欲しがりだよ。主にたくさん使ってもらいたい。大事にしてもらいたい。もっと可愛がってほしい。そばにも置いてほしい。それに、本丸の誰も欠けることなく明日を迎えたい。」
     はっとして聞き入る前田藤四郎に、加州清光は悪戯っぽくまた笑った。
    「それより前田、俺におねだりしてほしかったなんて可愛いじゃん。いつから?」
     答え合わせの打ち明け話に盛り上がり、手入れ部屋から帰らないのを心配した大和守安定たちが迎えに来るまでふたりで話し込んでしまった。日頃、出陣に加えてたくさんの刀剣男士を束ねる役割でいつも忙しい彼らは、思えばふたりきりでの会話など久しぶりで、話すことなどいくらでもあったのだ。
     紅を買いに行く日取りを決めて、別れ際、前田藤四郎が言った。
    「加州さん、本当は僕の前でだけじゃなくても、大丈夫じゃなくたっていいんですからね。……大和守さんもいますし、五虎退も、乱も、青江さんも、みんなも、います。」
    「最後の最後に泣かせにくるなあ。」
     加州清光はからりと笑って前田藤四郎の肩を叩いた。
    「だから、大丈夫なんだよ。」
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    2023/10/30 23:57:30

    おねだり

    自本丸の加州清光と前田藤四郎とおねだりの話。
    #刀剣乱舞 ##自本丸小説

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