最大級の口説き文句 グランサイファーの一室。シエテに用意された部屋にある円卓には、お茶のポットとお茶菓子、それにソーサーにのったティーカップが二つ用意されていた。このお茶会の主催者であるシエテは、ベッドに腰掛けて菓子を囓り始める。彼の対面で椅子に座って、円卓の上のソーサーからティーカップを手に取ったのはウーノだ。
「今日は天気も良いし、気持ちがいいよね~」
「ああ。こんな日は、甲板で空を眺めるのもいいだろうね」
その言葉に、シエテが窓の方を見る。そこから見える空は明るく、白い雲が穏やかに流れていた。
「いいねえ。このお茶会の後に行ってみる?」
「そうだね。……それで、このお茶会の目的は何かな」
尋ねる言葉に、菓子を頬張っていたシエテは、ティーカップに手を伸ばして、お茶を一口飲む。
「目的らしいものはないんだけど、何か話題は必要だよね~。ん~」
そう言って、考えるように斜め上を見た彼は、少しして何かを思いついたのか、目の前のウーノに視線を戻した。
「誰かを好きになった時、ウーノならどうやって口説く?」
その言葉は、恋愛相談と言うには深刻さに欠けた軽い口調であったために、問われた相手は少しだけ首を傾げる。シエテが、どのような話題の発展を試みようとしているのかがわからなかった為だ。
「ふむ……。好きな人でも出来たのかい?」
「いや、この間、楽しそうに恋バナに花を咲かせている子たちを見てさー。そういえば、こういう話自体を皆としたことなかったなあって思って」
彼の言う皆とは、十天衆のことであろうとわかった。しかし、話題の振り方があまりにも雑だと思い、ウーノは少し笑ってしまう。
「俺、何かおかしいこと言った?」
「いいや? ……そうだね。そういったことは、相手にもよると思うが」
「あー。まあ、そうだよね」
「例えば、私が君のことを好きだとしよう」
「え? ……あ、例えばね!」
シエテの笑顔が一瞬揺らいだのが見えたが、ウーノは特に気にすることなく、持っていたティーカップを円卓の上のソーサーに戻した。
「まずは相手との精神的距離を詰める。もちろん、相手を不快にさせないようにね」
そう言いながら、彼は椅子から降りて、シエテの左隣に腰掛けた。大人の拳二つ分ほどの距離に座ったウーノは、部屋の主を見上げてにこりと微笑む。
「ふむ、ふむ」
「それから、実際に少し近付いてみる。それなりに気を許してくれているかどうかを、この時点で見誤らないように判断しなければならないだろう」
笑顔を向けられたシエテは、「それ、すごく難易度高くない?」と眉を顰める。すると、ウーノはふふっと笑い、片手を差し出した。
「手を、握ってくれるかな」
「うん?」
不思議に思い首を傾げると、彼は「駄目かい?」と穏やかに問いかける。
「いや、良いけど……。これでいい?」
シエテが握手に応じると、その手を握り返してウーノが言った。
「ありがとう。君は私に随分と気を許してくれているようだ」
その言葉に、シエテは瞬きをする。
「いや、まあウーノだし。でも、なんで?」
「利き手での握手に応じてくれたからだよ」
「あーー。そういう」
確かに、いまウーノの手でしっかりと握られているのは利き手だ。双剣をも扱うシエテだが、実力が近い相手の場合、利き手を塞がれていることは不利に働きかねない。そのため、彼の言わんとしていることはわかった。
「ここまで確認できれば、あとは状況を整えて気持ちを伝えるよ」
そう言って離れていく小さな手の温もりに、ほんの少し、心にさざなみが立つ。
「でも、それだけじゃ玉砕するかもしれないよ?」
その言葉は意識せずに溢れたものだった。口にした後で、しまったなと眉を寄せる。それをどう受け取ったのだろう。ウーノは目を細め、穏やかに答えた。
「どんな手順を重ねても、相手の気持ちを完全に理解することはできない。それは君もわかるだろう?」
わかる。それはそうだ。けれど、何故かそこで話題を打ち切ることが出来ず、シエテは隣に座るウーノの手に、自らの手を重ねて尋ねた。
「……どう、伝えるの?」
ウーノはゆっくりと目を閉じて、開く。それから、視線を窓へと向けた。遠くを見るその目を、シエテは静かに見つめる。
「シエテ」
少しの間を置き、彼は名前を呼んだ。
「この空は、広い」
穏やかな声。遠くはるかな空を見つめながら、ウーノは微笑んだ。
「私は、君と、この空の未来を見たいんだ」
こちらを見ることはなく、そう告げたウーノは、それから少しの間、沈黙した。
シエテは何の言葉も発することができず、ただ、重ねた彼の手を強く握る。それに反応して、ウーノが視線を戻した。次いで、その目は驚いたように見開かれた後、柔く眦が下がる。
「驚いたよ。……君は、そんな顔もできるんだね」
優しい声は、シエテの耳に甘く響く。
自分がどんな顔をしているかなんて知らない。ただ、形容し難い感情に翻弄されるシエテに、ウーノは空いている手を伸ばした。差し出された小さな手を握って、背を丸める。自らの頬にその手を押し付けて、顔を隠すように俯くシエテ。そんな彼に、ウーノはふっと息を吐いて笑った。
「さて、私の話ばかりでは不平等だろう?」
そう言って、耳元に囁く。
「君は、どんな口説き文句を使うのか、ぜひ聞かせてほしい」
耳をくすぐる、穏やかなでいてどこか楽しそうな声に、シエテは大きく息を吸って、長く吐いた。それから、ゆっくりと顔を上げる。
「……うん。もう、凄いんだから。覚悟して聞いてよね」
目前のウーノの瞳を捉え、そう言ったシエテの顔には、不敵な笑みが浮かんでいたのだった。