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    幾つもの世界線の中でⅡ『いつまでもにっぴきで』『ヴァーミリオンヴァンパイア』『Adorabil(アドラヴィル)』目次

    『いつまでもにっぴきで』(本誌ロド+ジョン)

    『ヴァーミリオン・バンパイア』(アイドルパロ口ド)

    『Adorabil(アドラヴィル)』(30年後ロド)
    『いつまでもにっぴきで』※本誌ロド(付き合っていない世界軸)

    ※〇のヌン語は翻訳済みです。
    ※最初はちょっと暗いですが、ちゃんとハピエンです。
    ※話捏造含む。一日クオリティで失礼。
    「ドラルク。ジョンとこの広い城に二人きりで……寂しくはないかい?」
     ドラルク様のお父様がお城に遊びに来てくれたあの日。ドラルク様に伺ってきたなんて事のない疑問を、ジョンはご主人様に抱えられながら耳にしていた。ドラウス様がすごくつらそうな顔色をしている。彼は今にも大粒の涙が出てきそうなくらい、くしゃりと歪んでいたんだ。
    ヌンも初めのうちは、どうしてあんなに悲しそうな顔をしているのか分からなかった。
    どうしてそんなに泣きそうな顔をしているの?そんな顔しないで。ドラウス様、ジョンは今、とても幸せなんです。ドラルク様とこうして居られることが。一緒に散歩したりお菓子を食べたり、作ってもらったり、ボール遊びをしたりすることがとても充実していて、愉快だと思っているんですよ。それなのに。ドラウス様はずっとドラルク様の方を凝視したまま、動こうとしない。一体何があったのだろう。
    段々怖くなってきて、ヌンは恐るおそるドラルク様を見上げてみる。そこに、ふわりと白い手袋に包まれた掌がジョンの頭上に乗っかる。布越しに伝わってくる仄かな温かさが気持ちよい。撫でてくれるのは嬉しいけど、ドラルク様。そうされると、あなたの顔が見えません。お願いだから顔を見せてくださいよ。ねぇ。ドラルク様。
    「大丈夫ですよお父様。寂しくありません。ジョンと一緒ですし。お城にはゲームもありますから、楽しいですよ」
     ムリムリドラルク様の顔を一目見ようとしていると、明るく振る舞うようにドラルク様は言い切った。カラカラとしたドラルク様の声色。手のひらの隙間から見られたのは、作り笑いを浮かべたご主人様の姿だった。 ヌンは使い魔としてご主人様であるドラルク様と感覚を共有している。それだからか何となく分かるんだ。いや、理解できてしまった。喉奥に突っかかって沸き起こってきたものも。手が小さく震えている感覚も。
    あぁ、どうしたら良いんだろう。どうしたら大好きなご主人様のこの気持ちは晴れるんだろう。どうやったら取り除けるんだろう。モヤモヤ、モヤモヤ。拭いきれない感情の波がヌンの小さな胸中の中へと渦巻いていく。
    お願い、誰か。どうか。彼を。
    ドラルク様を助けてあげて。ドラウス様気づいてよ。あなたの息子さんは今ーー。
    「そうかい?それだったら良いのだけれど。パパは心配だよ」
    「いい加減に子離れしてくださいよ、お父様。私は大丈夫です。ジョンもいますし。生活には困っておりませんから」
    平然と繰り出される会話が、やまびこみたいに聞こえてくるようだった。ここにヌンがいるのに。ヌンはここにいるのに、一人だけどこか遠くに置いてかれているような心地になる。あぁ、お願い。
    誰か気がついてほしい。

    どうか、彼を。ドラルク様を。
    このカゴの中から出してあげて。



    「……ヌー」
    時は変わって現代。初夏の暑さが凄まじく、日中気温が三十五度を平気でこえるような日々が続いていた。どっぷりと夜がふけてきたにも関わらず、モワモワとした空気がヌンの顔に吹きかかってくるようだ。暑い。全身からブワリと汗が込み上げてくる。気持ち悪い。ベタベタする。
    今日は室内でのフットサル大会があって帰りが遅くなってしまった。早くシャワーを浴びようと、ヌンは事務所の玄関をこっそり開けて、そして閉める。居住スペースの扉から差し込む光を目で追って、ヌンがコロコロとドアの前まで転がってきた時だった。
    誰か……ケンカしている?
    ドアを挟んでくぐもった声しか聞こえてこないけれど、近づいてみたら怒号に近い声色が耳に入る。そっとドアの隙間を覗き込むようにひょっこりと視界を見渡してみれば、すぐに大好きなドラルク様とここの主であるロナルド君の姿がお出迎えしてくれた。
    それにしても、どうして二人とも気難しい顔をしているんだろう。また何かケンカでもしているのかな。こっそり覗いてみよう。
    「君、顔面偏差値とスペックの高さはピカイチなのにどうしてそんな部分的にぶきっちょなんですかね~?」
    あざけるドラルクに歯を食いしばるロナルド。その手元には細く切り取られた折り紙が握られている。最初は奇麗だった折り紙は今や見る影もなくグシャグシャになっていた。
    「五歳児でもできることは出来ないなんて、本当に脳筋ゴリラなんでちゅね~。私が丁寧に教えてあげまちょうか~?」
    「殺す!!」
    「ブエーッ!」
    問答無用で殺されていくドラルク様を見て、思わず悲鳴が上がりそうになったのをヌンは両手で口元を抑えて防いだ。再生していくご主人様を見てみると、その顔は笑顔で満ちていた。笑っている。心の奥底から……笑っている。ヌンにはぼんやりと分かる。城にいた頃よりもずっと--楽しそうだ。良かった。本当に良かった。胸の奥がだんだんと熱くなっていく。
    ロナルド君とドラルク様はケンカしながらも、本当に仲が良さそうだ。微笑ましくて。晴ればれとしているな。
    ……あれ。変だな。視界がだんだんとぼやけて、かすんで、二人の姿がだんだんと見えなくなって--。
    足元がふわふわする。あれ、おかしいな。体が、だんだんと、動けなくなって……。あ、扉が……。
    「「ジョン!」」
    「!!」
    心痛が混じった叫び声とともに、ヌンの体がふわりと支えられる感覚を覚えた。おかしいな。どうしたんだろう。二人の決死な金切り声が耳元まで届いてくるようだ。眩しい。この部屋って、こんなにまぶしかったっけ。冷えた空調の風が何とも心地が良い。ぼんやりとした空間に取り残された気分になっていったのが、だんだんと音が大きくなっていく。
    ヌンが意識を取り戻すと、ロナルド君とドラルク様の動揺した表情が視界に映る。あれ、二人とも。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?
    「ジョン! よかった……もう。こんなに汗だくになるまでこっちの部屋にいなくても……」
    ひんやりとした細身の指が、ジョンの火照った頬を伝う。
    「本当にどうしたんだ、ジョン。熱中症か? あっちの部屋は冷房を消しちゃっていたからな。悪いこと……しちまったな。ごめんな、ジョン。」
    今度はヌンを包み込むように撫でるロナルド君の手がヌンの熱を冷ましてくれるようだ。
    二人がいる。愛してやまない、かけがえのないものが目の前にある。喉がはれ上がって、うまく呼吸ができない。言葉がつむがなくなって、無理やり開こうとすると今度は胸の辺りに圧迫感を覚える。喉に張り付いたように、動いてくれない。
    おかしい、変だな。あれ。どうしちゃったんだろう、ヌンは。ヌンは言いたいだけなのに。
    「……ヌー、ニュー……ニュー!」
    目尻が熱い。見えない、みえないよ。二人の顔が。見たいのに。見たいのに。
    「ジョ、ジョン!?どどどどどどどどうした!? お、おいクソ砂! なななななにをジョンを泣かしているんだよ!」
    「わ、わわわ私は何もしていないわ! そそそ、そうだよね、ジョン?」
    「ニュー、ニューニュー!」
    「え、えーっと……」
    「ど、どうすりゃあ、いいんだよ……」
    違う、違うの。そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。えっと、えっと……そうだ。二人とも。ちょっと腕、貸して。
    「「おわっぷ!?」」
    ヌンはふと、ロナルド君とドラルク様の腕を掴んで引き寄せる。ポスンと二人の両腕に顔を埋めると、柔軟剤の匂いがした。ヌンとドラルク様とで一緒に選んだお花の香りがふんわりと漂ってくる。布の感触がサラサラしていて、気持ちいいな。
    でも、このままずっといるわけにもいかない。二人とも困らせちゃってるよね。
    ごめんなさい、二人とも。戸惑わせてごめんなさい。ヌン、もう泣かないから。自分に言い聞かせるようにヌンは顔をバッと上げると、今度は目を丸くしたロナルド君とドラルク様が視界に飛び込んできた。
    「じょ、ジョン?」
    「……」
    「(ごめんなさい。二人とも。違う、違うの。本当はね。伝えたいことがあって……)」
    「「伝えたいこと?」」
    声の調子を合わせるように同時に口を開いたロナルド君たちはシンクロするように首をかしげている。ちょっと妬けちゃうな。
    「(あのね。ヌンはね。嬉しいの。前までドラルク様と一緒に城で暮らしていた時も楽しかったけど、今の方がすごく楽しいの。ドラルク様、前まで城にいたときよりも、今の方が生き生きとしているんだ)」
    「ジョ、ジョン……」
    「(ドラルク様。ヌンのことを使い魔にしてくれてありがとうございます。ヌンはとっても幸せです)」
    「……っ!」
    口をポカンと開けたままのドラルク様は、唇を小刻みに震わせながらも動かない。ちゃんと伝わっているといいな。今度はヌンのことをじっと見つめていたロナルド君に伝えよう。
    「(ロナルド君。ドラルク様をここに招き入れてくれてありがとう。そして……えっと。ドラルク様をあの城から連れ出してきてくれて、ありがとう!)」
    「ジョ、ジョン……」
    「(今日ジョンのお誕生日だから、頑張って輪っかを作ろうとしてくれていたんだよね。嬉しい。これからも、この先も、ずっとジョンのこと。お祝いしてほしいな)」
    ヌンの思いの丈をぶつけてから、ロナルド君とドラルク様の様子が変だ。二人とも開いている方の手を口元に抑え、顔をそっぽ向かせている。あ、あれ。二人ともどうしたの。なんだか目がだんだん赤くなっているよ。ヌン、変な事を言っちゃったかな。二人のことを交互に見やってみる。すると今度はヌンの頭にそっと、太い指と細い指が頭を優しくさすってくる。
    「あ、当たり前だろ。そんなのお安い御用じゃねえか」
    「あぁ、私は世界で一番幸せ者だ。まさかジョンの誕生日にこうして言葉を掛けてくれるとは思っても見なかったよ。私たちの絆は永遠だ」
    「はんっ、泣いているんじゃねえよ。いい歳をこいた吸血鬼が泣くなんてな」
    「ロナルド君の方こそ、声がぷるっぷるじゃないか」
    「うるっせぇよ……!」
    あぁ、なんだ。そうか。ロナルド君たちは悲しくて泣いている訳じゃなくて。嬉しくて泣いていたのか。よかった。肩の荷が下りたように軽くなり、ヌンは小さく笑う。あの時のご主人様の笑いの仮面は、もう外されていたんだ。
    ロナルド君のおかげかもしれないな。
    「ヌッシッシ」
    「あれ、どうしたんだジョン。その笑い方は」
    「(なんでもなーい)」
    すっとぼけるようにヌンはロナルド君の問いを返す。すると空気が立ち替わるように、ご主人様は口を開いた。
    「ジョン。今日は君の誕生日だ。何か欲しいものはあるかね?」
    「(うーんと……。あ、ホットケーキが食べたい!あのテレビでタワーになっていたやつ!)」
    そういえば、ドラルク様と洗濯物をたたんでいた時に出てきた、ふわっふわのパンケーキが連なっているやつ。確かスフレパンケーキの上に生クリームがたっぷり乗っかったものだったはず。ヌンはそれを早口口調で説明すると、だんだんとドラルク様の顔が引きつってしまう。
    「スフレホットケーキは確かにジョンから言われて材料はそろえてあるけど……まさかあれ全部食べる気かい? さすがにあれを全部食べるのはカロリーオーバーでは……」
    ムムッ、ヌンの提案を渋っているな。それだったら……こうしよう。
    「(あー、おなかが空いたなー。せっかくの誕生日だっていうのに作ってくれないんですかドラルク様。高貴な吸血鬼が聞いて呆れますね~)」
    ごめんなさいドラルク様。決して煽りたいとかそういう訳じゃないんです。普段のあなた様を見てまねてるだけなんです。わざとらしく演技をしてみれば、ドラルク様はホゥ、と言いながら片眉をあげていた。
    「ほう……。その挑戦、受けてたとうではないか。わが使い魔にして最高のかわいさを誇るジョンよ。あ、ロナルド君手伝ってくれたまえ」
    「なんで俺が……」
    嫌そうに顔をしかめるロナルド君のことはこういえば……。
    「(ヌン、ロナルド君が活躍しているところみたいなー! そうしてくれたらジョン、綿毛とかモフラせてあげるのにな)」
    「よし、やるぜクソ砂! 数秒で支度しな!」
    「腕まくりするのは結構だが手を洗え五歳児が。調理中は殺すんじゃないぞ。砂利だらけパンケーキになるからな」
    「うるっせぇ。そのくらい理解しているわ!!」
    二人が喧嘩腰に話しているのを眺めながら、ヌンは思う。本当に楽しそうにしているな。
    ありがとう、ロナルド君。君がドラルク様を救い出してくれたから。こうして和気あいあいとお話しできているんだよ。ヌンには分かるもん。ドラルク様が本当に楽しそうに笑っているんだって。
    箱庭の重い扉から解放してくれて、ありがとう。
    ロナルド君。
    『ヴァーミリオンヴァンパイア』
    アイドルパロもどき。
    ※アイドルの自信を無くしたロナルド君を慰めるお話。
    ※設定が本誌寄り。ドラルク吸血キ設定。アイドルの知識がとぼしいので結構ワヤワヤ設定です。
    ※話捏造、モブ有。一日クオリティ。
    「ううっ……。俺はどうせ、ヘマやらかして指差されて笑われるんだぁ……」
    某音楽ホール。新横浜駅から徒歩数分の距離にある劇場内。そこには充実した音響設備が整っている施設だった。木張りのステージへと飛び出せば、天から空を見上げているような気持になる場所でもある。きっとお客さんが会場を埋めつくせば、サイリウムの光が生き物のようにそれぞれ別な動きをするのだろうな、とリハーサル時には心が浮き立ったものだ。
    そんな会場内。もう間もなく我々のパフォーマンスが始まる寸前。ステージ傍で縮こまっている男が一人。赤を基調としたアイドル服に身を包んだロナルド君がいる。
    色男だと一目見れば分かる彼は、何を隠そう。巷で話題を呼んでいるアイドルの一人である。私と一緒に行動をともにしている彼であるが、元気が一段とない。
    あれほどライブを宣伝している時にはキラキラしていたのに、今はすっかりキノコでも生えるのではと思わざるを得ない位にどんよりしている。整った顔つきもすっかり真っ青に染まり切ってしまい、今にも消えてしまいそうなオーラを醸し出していた。それをあざ笑うかのように、軽快な音楽と胸元に響いてくるようなベース音がこちらにも耳に届く。
    「行きたくねえ……。このまま逃げ出してぇ……俺は貝だ巻貝だ。中身を食われたシジミの殻なんだよ……」
    蒼天な瞳をどんより曇らせたロナルド君は、その場で体育座りする。そして両腕を組み、その中に顔を埋めていった。銀髪が美しい青年はそのまま動かなくなってしまい、会場の隅に待機していたスタッフの一部は苦情を浮かべ、もう一方の女性従業員さん達はこぞって慌てふためき始めていた。
    同じくステージ脇に待機中の私は、そんな彼を一目見て直感する。これは少し面倒なことになった、と。やれやれ。ここまで本番に弱い男だとは思いもよらなかった。さてどうしたものか。このまま放っておくわけにもいかないし……。
    私は縮こまってしまったロナルド君を達観しながら、深く長い溜息をこぼすほかなかった。

    彼と出会ったのは、今から数ヶ月前。私が使い魔と共に新横浜へ観光に来ていた時のことだ。繁華街を観光していた私たちの目前に、急に音楽事務所の社長を名乗る一人の女性が現れる。
    最初は何かの押し売りだと勘違いしていた私は持ち前の話術で切り抜けようとしたのだが、どうも違うらしい。はてなんだろうと私が思考を巡らせていた所で、三十代ほどの現役OL姿の女性が名刺を渡しながらこう伝えてきたのだ。
    ー-アイドルをやってみないか、と。
    私がよく話に耳をかたむけてみれば、彼女は某音楽プロダクションに所属している社長さんだった。何でも、自分が手塩をかけて育てている新人アイドルがいる。しかし、せっかくならその辺のアイドルとは違う、全く新しい形のユニットを生み出すことを考えていたのだという。ところが現実はそう甘くはない。思っているようなコンビ相手がなかなか見つからず、彼女が途方に暮れていた時。偶然観光をしていた私を見かけたのだという。
    吸血鬼の男性が街中を歩いていることに特に真新しさを感じなかったそうだなのだが、私に話しかけてみて確信したのだそうだ。私は素晴らしいアイドルになると。吸血鬼と人間がアイドルグループをしたとなれば、きっと面白そうだと社長は目を爛々と輝かせながら私に訴えかけてきたのである。
    彼女の言葉を聞き入っている内に、私の中で妙なざわめきが走っていった気がした。永い時を過ごしてきた中で感じることのなかった高揚感。体中が笑いに溢れていくようだった。
    なにそれ面白そう。享楽主義な私を突き動かしたのは、たったそれだけのことだった。吸血鬼でアイドル。なんだか楽しそうで退屈はしなさそうだ。人間と一緒だというのも癪だが、私のかわいさを十二分にアピールするチャンスではないか。あのケツホバ師匠をギャフンと見返すチャンスではないか。それに、ファンサにまぎれてこっそり血を分けてもらうのも一興かもしれん。そう考え着いた私は、彼女に二つ返事でOKを出したのだ。
    そして音楽事務所で、彼ことロナルド君と邂逅を果たすことになったのだ。第一印象はモデルをしていてもおかしくないイケメン。フタを開けてみれば、口が悪くて不器用で短気な暴力ゴリラだったから驚きである。
    黙っていればイケメンなんだけどね。と社長も口を引きつらせていたことは今でも覚えている。最初のころは、「吸血鬼となんてアイドルを組みたくない」とロナルド君はギャーギャー言っていたっけ。私も最初は御免被ると思っていたが、私の使い魔にして可愛い化身のジョンがロナルド君に「カッコいいところが見たい」と声を掛けた瞬間。彼はホイホイとやります、といい返事をしていたっけ。チョロルド君に改名した方がいいんじゃないのと私が口に出したら、彼から鉄拳を喰らって砂になってしまった。うーん、暴力は反対。
    日々のレッスンを重ねて、ロナルド君とあちこちをめぐって路上ライブとかやって分かったことがある。彼はどこまでいっても素直なのだ。いつでも全力だし、笑う時には心から笑う。そして私が茶化しを入れれば全力で怒って殴り殺す。
    そんなロナルド君を見ていた私は、その反応を見るのが愉快に思うようになった。彼にセロリをけしかけた時には腹を抱えて笑った。それからどんどんと表情を変えていく青年を見ると、胸が高まったのだ。それから泣き顔や破顔している彼の顔を見つめていたら……。
    もっと眺めていたい。彼の傍で一緒にアイドルをしたい。ロナルド君の間近でアイドルをしている姿を大観していたい。と強く願うようになっていた。
    そして、二百年近くを生きてきた中で、今がすごく楽しそうだ。レッスンが終わった後、そうジョンは言ってくれたっけ。因みに、ジョンもアイドルユニットに入るかと社長がスカウトしたらしい。ところが意外なことに、彼は断ったとのことだった。どうしてか私が尋ねた時「ドラルク様のファン第一号として応援していたいんです」とハッキリそう言ったのは記憶に新しい。
    少し寂しい気もするが、彼も拗ねている訳ではなさそうだし、いいかと私は当時思った。その後に同担拒否とかファンクラブ結成とか言っていた気がするけど、気のせいだよね。うん。
    そして、私たちは階段を昇るようにアイドルユニットとして成長していく事となる。最初は地下アイドルみたいにファンはまばらだったが、ロナルド君の爽やかな歌声と私の畏怖さを感じるようなラップと司会進行。そしてテレビにも少しずつ出るようになってから、徐々に世間で私たちのことを取り上げられるようになった。
    そもそも、ロナルド君は黙っていれば顔は良いのだ。私も可愛いから当然の結果だがね。ただ、どうして社長は私に絶対歌うな、と釘を刺してたのだろうか理解ができん。
    まぁ、その分ファンとの交流会でおしゃべりしたり、いろいろファンサービスをやってみたりして楽しかったから良いけど。ロナルド君に向かって手を銃の形にして「バーン」とやってみたら、青二才は顔を真っ赤にして怒鳴ってきたっけ。あの時もゲラゲラと笑わせてもらったよ。
    こうして私たちは『ヴァーミリオンバンパイア』というアイドルユニットとして、SNSで注目を集めるようになる。こうして、私たちのアイドルユニットは人気アイドルに躍り出ることができた、というのが事の顛末だ。

    さてここで冒頭に戻る。世間では注目のアイドルユニットの初のライブ。チケットは完売。室内会場ホールは満席で尚且つロナルド君や私を待っているファンたちが会場内を埋め尽くしている。マネージャーだったら感激の冥利に尽きる、そんな状況下でだよ? 私のコンビ相手でもあるロナルド君が意気消沈した状態になっているのだ。
    どうしよう。しかもこのタイミングで落ち込むか。時間稼ぎとして別の音楽ユニットにステージへ出てもらっているが、演奏はもう後半部分に差し掛かっている。スタッフいわく、あと数分で生演奏が終了し、次は私たちの番になるということらしい。このままのテンションで若造がステージを歩いてみろ。次の記事は『ステージデビューを迎えたアイドルに一体何が』と書かれて社長に大目玉を喰らってしまう。そうすれば次にくるのは……給料カットだろうな。彼女は怒ると後が怖いからな。その情景がまぶたの裏に浮かぶようだ。ゾワリとした感触を覚え、私はその場で頭を左右に振った。
    どれ、そろそろ励ましてやることにしよう。私は、蹲っているロナルド君の隣に寄り添うようにしゃがみ込む。
    「ちょっと。そこの人気アイドルさん? いつまでそんな泣きべそを掻いているつもりだ」
    「……」
    「おーい、どうした五歳児。もうお眠なんでちゅか~?」
    「…………」
    私の言葉に、ロナルド君からの反応はない。彼はピクリとも動く素振りもなく、そのままの姿勢を保ち続けてみる。ただ声掛けしても煽ってもダメか。いつもだったらこれだけで目の色変えて怒鳴ってくるのに。
    ふむ、少しアプローチ方法を変えてみよう。そう思い至った私は、ポスンと彼の頭に手を添えた。ふわふわとした銀糸色の髪が手袋越しに伝わってくるようだ。同時にロナルド君の背中がピクンと震えた気がしたが、嫌がる様子はないようだ。彼の熱を帯びた後頭部を、私はそのまま優しく撫で上げる。
    「もっと自信をもちたまえ。このコンサートをやるのにあれだけレッスンをして。何度もリハーサルを行ったんだ。私も付いているから大丈夫さ。後は本番まで駆け抜けるだけなのではないかね」
    「……」
    「それにほら、見てごらん」
    「……?」
    彼の頭頂部から手を離し、右肩を優しくポンポンとたたいてみる。なにかと思ったのか、両腕からロナルド君は少し顔をあげた。青空の色をした瞳が一瞬だけキラリと瞬いたようなそんな感じがした。私たちの視線の先には、会場席を埋め尽くしているお客さんの姿。深紅の幕でしか垣間見ることはできないが、真っ暗な席の中に『ロナルド様頑張って!』とマーカーで書かれた垂れ幕やペンライト、そして団扇といったグッズを手に持っている人々の姿が伺えた。
    「あれだけ君のことを待ってくれているファンがいるんだぞ。もちろん私のファンもいるだろうが……。もっと胸を張りたまえ。君はいまや立派なアイドルだよ。」
    「……」
    「私は普段の君の方が好きだよ。泣き顔を浮かべている君じゃなくて。太陽のように輝いている笑みを浮かべた君がね」
    「……ドラ公っ」
    腕の隙間から見えた彼の瞳は大きく揺らいでいた。海のように深い色をした双眼が私のことを映し出す。
    「ほら、そんな顔をしないの。それに私たちのファンの一人であるジョンもいるんだ。最前席を取って応援してくれているんだって」
    「え、それマジか。チケットの最前席って倍率ウン倍とかじゃなかったか!?」
    待てまて立ち直るの早いよ。もう少しへしょげている姿を満喫していたかったのに。
    「起きるのはやっ。さっきまでのテンションをどこにやってきた」
    「いいじゃねえか。今の顔の方が好き……なんだろ?」
    あー、ニヤニヤするな。調子が狂う。思いもよらないロナルド君の反応に顔が火照るのと同時に鼓動が早まるのを感じ取るも。私はゴホンと咳ばらいをする。
    「さっきの話の続きだがね。どうやら自分の運で勝ち取ったものらしいぞ。泣いて喜んでくれていたし」
    「マジかよ……」
    少し赤みが混ざった目をぱちくりと開き、こっちを見やるロナルド君の顔が面白い。喉奥に沸き上がってきた笑いを押し殺せず、つい私は吹き出し笑いをしてしまった。
    「ふはっ。それ、アイドルの前で見せる顔じゃないぞ若造」
    「わ、悪かったな。……テメエの前しか見せる気はねぇよ」
    「何か言ったかね?」
    「な、なんでもねえよ!」
    私の質問に手をワタワタさせるロナルド君。なんだそんなに慌てて。変な汗が噴き出しているが大丈夫だろうか。風邪でも引いたら大変だ。私は懐からハンカチを取り出す。
    「ほら、これで汗を拭えよ。あんまりゴシゴシやるなよ。もう一回メイクのやり直しになるからな」
    「ん」
    ロナルド君は私からハンカチを受け取った。そして頬に浮かび上がった汗をポンポンと優しくなでる。よしよし元に戻ったな。さすがは私。メンタルケアはお手の物だな。
    満足気に私が頷くと、スタッフさんが私たちにひっそりと声を掛けてきてくれた。そろそろ本番なので準備してほしい、とのことだ。
    視線をステージ上に戻すと、音楽グループの人たちがどんどんと捌けていくのが見受けられる。彼らがいなくなったタイミングでステージが薄暗くなると、MCをやっている女性にスポットライトが照らされる。目に染みる光に私は一瞬砂になり掛けてしまう。やっぱりあの光にはなかなか慣れないな。確か女性MCが私たちのことを紹介したタイミングで登場するようになっている。私はロナルド君に視線を向けて言う。
    「元気は出たかね。泣きべそルド君」
    「うるっせぇな。今は泣いてねえよ」
    「はいはい、そういうことにしておこう」
    「これ終わったら数十回は殺す」
    「拳を向けながら物騒なことを言うな。いくら私がステージ上で死にやすいからといって。普通の人にそんなことを言ったら速攻逮捕ものだからな。気を付けてくれたまえ」
    「だれかやるか」
    「それだったらいいがね」
    「……ドラルク」
    「今度はなんだ」
    「……助かった」
    MCのはつらつとした声色で塗り潰されそうな小さな声。私からそっぽ向けているから彼の顔は見えんが、耳まで紅葉色になっているのに目が行った。
    ……素直じゃないのは彼らしいといえば、らしい、か。なんだか少し肩から力が抜けたような気がする。泣き顔を見るよりも、今の彼を見ていた方が、なんだか私も気分がいいからな。
    「このライブが終わったら何か奢ってよね。あ、私。若い子の血がいいな」
    「ちゃっかり吸血行為をしようとすんな。VRCに引き渡すぞ」
    「冗談だよ」
    「……だったらさ」
    「ん?」
    「俺の血を、その……飲めばいいんじゃねえの」
    どうした頭にウジ虫でも湧いたのか。絶対君の口から出てこない言葉ランキングトップ十が出てきたんだけど。
    「いや。君の血はマズそうだからいいや」
    「おう、ケンカなら買うぜ?」
    「アイドルが青筋を立てながら拳を鳴らすものじゃないだろ、やめてくれたまえーー」

    「ーーそれでは登場していただきましょう! 今SNSで話題のアイドルユニット『ヴァーミリオンバンパイア』の登場です!」

    私が拳を構えるロナルド君を堂々と宥めていると、登場の合図が聞こえた。女性司会者の声色に続いて拍手喝采が、ホール内を駆け巡っていく。じわじわと興奮が体中に巡ってくるこの感覚。ピリッとした緊張感。ドクンドクンと大きく脈打つ心臓の音が喧しく感じられる位だ。……あぁ。私でも緊張をするのだな。若造は平気だろうか。
    私はチラリとロナルド君の方に目配せしてみる。ステージを見据えるロナルド君の瞳の色が変わったのが手に取るように分かった。天空の色彩を双眼に宿らせた男はゆっくりと息をつき、スタッフからマイクを受け取りながら言う。
    「ダンスの振り付けのとき死ぬんじゃねえぞ。途中で死んだら笑ってやるからな」
    どうやら調子は戻ったようだな。私は一度唾を飲み込んで頷いてから言う。
    「ロナルド君の方こそ、挨拶の時に慌てて変なことを言うんじゃないぞ。あれフォローするの大変なんだから」
    「き、今日は完璧に覚えてきたわ!」
    「言ったな。じゃあ途中で噛んだら高級ワインを奢ってもらおう」
    「んなっ……! じ、上等だクソ砂! じゃあテメェがヘマしたらQS5借りて映画観賞会に付き合ってもらうからな」
    「ほう……。その条件で飲もうではないか。ま、結果は目に見ているがね」
    「はんっ! それはこっちのセリフだ」
    そんなロナルド君の言葉を合図のように、照明が落とされ、そして舞台に光が灯っていく。ギラギラと照らす太陽のように床張りの会場を明るく照らし出してくれた。私たちをあっという間に飲み込むような大歓声と拍手音。それを肌に直に感じ取りながら、私たちはステージへと躍り出たのだった。

    【了】
    『Adorabil(アドラヴィル)』
    30年後ロドのお話。
    某フォロワー様に捧げたものです。
    「よっし。朝食の準備はこんなところだろう」
    「ヌンヌヌ~」
    事務所居住スペースの台所に立ちながら、私は大きく息をついていた。その調理台の上には作り置きを詰めたタッパーが、三つほど並んでいる。オムレツ、ニンジンのマリネ、ピーマンとちくわのきんびらが八分目ほどまで詰まったオカズ達だ。これらは全てあの若造、ロナルド君の朝ごはんになる。
    「それにしてもあの青二才は本当にもう世話が焼ける……。放っておくとインスタントラーメンとか食べ始めるから困ったものだ。このドラドラちゃんが栄養バランスを考えてやっているというのに…」
    「ヌッヌヌ、ヌヌヌイヌヌヌヌ?」
    「え、量が足りないからだって? いいんだよジョン。彼だってもう若くはないんだ。最近唐揚げを食べすぎてお腹壊していたくらいだからな。そろそろ歳を自覚してもらわなきゃ困る」
    「ヌー……」
    自分に言い聞かせるように、私は言葉を脳内で反芻する。そう、彼はもう若くはない。
    私が愛おしく思っている太陽の子はもう、あの時の青年ではないのだから。
    しみじみと物思いに耽りながらも、私はソファに寝ているであろう色男に視線を向けていた。

    若造と出会って、ドラドラキャッスルマークツーに移り住んで早三十年。彼との時間は瞬きをする暇もないほどにあっという間で、愉快で。そして--充実したものだった。
    私の目の前でコロコロと顔色を変える美青年。私のときには口を悪くして怒る様相も。童貞だとか揶揄ったら、顔を真っ赤にして狼狽する姿も。ファンに見せる笑顔とはまた違う、あどけなくえくぼを深めるその表情に私は目を奪われる。
    私は恋をしてしまった。あのゴリラに--ロナルド君に。彼は二百年近く不動だった私のトキメキを蘇らせてくれたんだ。
    でも、最初の内はこの気持ちを、あの若造に伝えるつもりは毛頭なかった。私は長命種で、彼は定命種。ロナルド君は私のように、永遠のときを過ごす者ではない。だから--きっと。別れるとき。私の目の前から姿を消した時が……辛いものになるかもしれない。置いて行かれた悲しみに、私は耐えられる自信がない。永遠に塵から復活することができないかもしれない。思い出という形ないものが、苦痛という形へと成り代わってしまうのは、嫌だった。
    それであれば、この思いを。好きだという気持ちを、永遠に封印してしまった方がいいだろう。ロナルド君への好きだという心持ちにフタをして、なかったことにしてしまおう。せめて、君が歳を取って私が用無しになるまでの間だけ。このままの関係をもたせよう。そう私は思い込んでいた。
    ところが、そんな考えは杞憂だということを、この身をもって思い知ることとなった。

    事務所の居候になってから五年が過ぎたある日。吸血鬼退治から戻ったロナルド君は、両手いっぱいの薔薇を私に差し出して、こう言い放ったんだ。
    『好きだ、付き合ってくれ。吸血鬼ドラルク』
    耳まで真っ赤にした青年が情熱的な瞳を私に向けていた。カミカミな愛の言葉。ガタガタと小刻みに震えた花束から赤い花弁がチラリ、またチラリと落ちていく。ドラマや映画のセリフとは程遠いような、愛の告白だった。
    けれど、そんなロナルド君を見た刹那。胸から暖かい何かが込み上げる。次第に私の頬は火照り、胸が弾みを増す。だんだんと息苦しさを覚えた私は、勢いよく肺に息を送り込む。どうやら知らず知らずのうちに--呼吸や瞬きすらも忘れてしまっていたようだ。私は落ち着くべく大きく息を吸い込んで、そして吐いた。
    信じられない。これは夢だ。私が見ている都合の良い幻だ。ロナルド君が私に告白なんてするわけが無い。雲をつかむような壮大な夢が、こんな一瞬で叶う訳がない。自己肯定力の高い私でも、これについては自信がない。いや、持てないのだ。彼が私のことを好きなわけがないと。長年、この筋肉ゴリラに連れ添ってきたから分かると、私は誤った解釈をしていたのだ。
    私は何度も聞き返した。良いのか。私は吸血鬼で君は人間だと。時間の流れが全く異なると。君が好きな巨乳のお姉さんではないと。
    それでも、蒼天の瞳は私を映し続けた。まっすぐな視線。曇りなき眼とは正に、彼の目のことを言っているんだろうな、とつくづく思ったくらいだ。
    ロナルド君は首を縦に大きく振る。慕うような迷いなのない蒼。ピンク色に染まった両頬。純粋なその代わりもせず熱しない愛情が、私の全身を包み込む。
    「この気持ちにウソはねぇ。……俺は、ドラルクのことを心から愛している」
    彼の双眼を見て確信した。……これは、私の負けだと。ロナルド君の心に偽りはないと。完敗だよ、ロナルド君。私も、いい加減に腹をくくろう。
    『……仕方がないな。そこまで言うなら……付き合ってあげなくもない、よ』
    あぁ、素直になれないものだ。この口は。日頃から彼に悪口を叩き続けていたツケが回ってきたのだろう。ソワソワする感触に心づきながら、私はロナルド君から目を背けた。
    ふと、私の頬にそっと彼の手のひらが当たる。子供体温よりもはるかに熱をまとった手。じっと見据える天空の眼差しは、私の上半身を映しこんでいた。
    これは逃げられない。そう強く確信した私は、そのまま彼に身を預けるようにすり寄った。
    この日を境に、彼とのお付き合いが幕を開けたのだ。



    「見てごらん、ジョン。あれが五日連続で退治に駆り出されていた野生生物の姿だよ~」
    「ヌー」
    だっこしている愛おしいジョンの頭を優しくなでながら、私はソファに寝そべっている彼ことロナルド君に目をやる。定期的に聞こえてくる寝息。タオルケットを豪快に蹴り落としている姿はなんとも怠け面だ。少しずつ彼に歩み寄って見てみると、色男が私の視界に飛び込んできた。
    数々の退治によって鍛え上げられた肉体が、服を身にまとっていてもハッキリ分かる。顔に皺が少し目立ち始めているが、それを気にしない位にこぼれるような艶かしさを醸し出している。短く刈り取った銀髪が、より男気を感じる。そんな風貌をしていた。
    彼こそが私の恋人であり、いまも現役退治人のロナルド君だ。いや、もう「君」と言える程の年齢ではないかもしれんが……私からしたら、まだまだ子供だからな。
    ロナルド君は、前日から怒涛の仕事ラッシュで憔悴しているようだった。この事務所に帰ってきたときには死んだような形相をしていたっけ。風呂に入って夜食を平らげて、そのまま流れるように眠りについたのだ。
    全く、私が付いて行けない依頼--スラミドロの退治に連日に出かけてこの様とは。まぁ、五日間ずっと走り回っていたのだろう。クタクタになるのも無理はない、か。ふむ。今日の夕ご飯は久しぶりに唐揚げにでもしてやるか。感謝しろよ。若造。
    私は壁時計に視線を向ける。時刻は午前六時。外はすっかり明るくなっている時間帯だが、若造に買ってもらった遮光カーテンが功を制しているようだ。全く陽光をこの部屋に通す気配がない。素晴らしいものだ。
    「ヌー……」
    ふと私はジョンに視線を向ける。さっきから黙り込んでしまっていると思えば、彼は眠そうにまぶたを閉じかけているではないか。ジョンは私の胸元で何度も首をコクッ、コクッと上下に動かしていた。思えば朝食を作る私に付き合って、ここまで夜更かしをさせてしまったな。チクリとした罪悪感が私の胸に突き刺さる。
    「……先に寝てていいよ。ジョン」
    「ヌー…。ヌヌヌヌヌヌイ」
    おやすみなさい。そう告げた彼は瞼を小さな手で擦る。そして私の腕の中から抜け出し、フローリングに着地する。いそいそと自分の寝床へと歩み寄り、布団の中へと潜っていった。
    さて、私も寝るか。寝支度を済ませて……。あ、その前に作り置きの粗熱が取れたのを確認しよう。そう思い至った私は、若造から離れるように踵を返そうとした。
    「んー」
    ふと、背後から寝ぼけた低い声が耳元に届く。視界を再びソファに戻すと、五十歳児こと寝起きルド君がむくりと起き上がっていた。彼は今にも眠ってしまいそうなくらいに目を細めながら、私に声を掛けてきた。
    「……んー。あるぇ……ドラ、公? いま……なん、じだ?」
    やれやれ。無防備すぎるぞ五十歳児。そんな隙だらけの状態を、この吸血鬼の前で見せるのはどうかと思うが。まぁ。これも恋人の特権だと取るべきか。私は何とも言えない気持ちをため息と共に吐き出した。
    「おはようロナルド君。今は朝の六時だよ」
    「んー……おま、え……ねて、ねぇの?」
    舌足らずな口調で、ロナルド君は私に歩み寄りながらそう告げた。私とジョンが話してたから起こしてしまったのか。そうだとしたら悪いことをしてしまったのかもしれない。
    「これから寝るところだよ。作り置きを用意していたらこんな時間になってしまってね。今日は休み?」
    「…んあ、これから……九時くらいから……フクマさん、と……うちあわせ……」
    彼はこのまま寝かしつけたら、休んでしまいそうなくらいに足元をおぼつかせていた。無理してこっちにこなくていいのに。若干オロオロとした心持ちで、私は会話を続ける。
    「九時か……。起きるにはまだ早いんじゃない?」
    「……昨日の……吸血鬼退治の報告書……VRCに提出、しなきゃだから……」
    「真面目なのは結構だが。自分の体もちゃんと労わってくれ」
    そうでもしないと私は心労で倒れそうだ。ロナルド君が文字通りボロボロになって帰宅してきた時、どれだけ心臓がきゅっとなってしまったことか。
    無理しないでくれ。たったそれだけの言葉のはずなのに……その時口から出てこなかった。
    喉奥に引っかかったこの感触。何となく言ったら負けだ、という私の変なプライドがそれを許さなかった。三十年も経っても、やはり言えないか。彼みたいに素直に気持ちをぶつけたいものだが、難儀な性格をしているな。私も。
    平然を装いながらそんな会話を続けていると、ふと彼の右側頭部に目が行き届く。
    短髪でありながらピョンと飛び出した寝ぐせ。多分寝ていた時についてしまったのだろう。
    これから彼が起きるというのであれば、髪をそのままにしてミーティングに行くかもしれん。それでは私がいる意味がない。せっかくのダンディな退治人の容姿が台無しになりかねん。
    「ロナルド君。寝ぐせついてるよ。ほら、直すからこっち向いて」
    「……んっ」
    私がロナルド君の頭部に手を伸ばそうとするよりも、先に動いたのは彼の方だった。若造は大きな体を腰から丸め、素直に頭を差し出してきたのだ。
    そのしぐさはまるで、犬が撫でてくれと頭を突き出してきた時に似ている。若いときに見た綿毛とはまた違うが、すっかり短くなったふさふさの銀髪は健在。まるで草原のような銀糸色の短髪が、私の視界に映った。
    それと同時に、今までのけだるさが一瞬で吹き飛んだ気がした。体が熱い。なんだか体がウズウズする。情欲のような激しい衝動を、この時強く感じたのだ。
    「……!」
    気がつけば、私は彼の頭を包み込むように抱きしめていた。それはぬいぐるみをそっと抱き上げるかのように。ふんわりとシャンプーの香りが私の鼻をくすぐってくる。あったかい。愛おしさが胸を突き上げてくるようだった。
    どうしてこうしているのか、自分でもよく分からない。けれどなんだかポワポワして、手足も軽くなって……。言葉にしがたい感情が私を容易く支配したかのように思えた。
    「……どら、こう……?」
    まどろんだ意識の中にいるからか。甘い声が音となって伝わってくる。子供のようにあどけない声色に、私は口元が緩んで仕方がなかった。絶対誰にも渡すもんか。誰にも見せてやるものか。この愛くるしい表情をした彼を。これは、恋人である私だけの特権なのだから。
    おっとこのままだと彼の首を痛めかねん。名残惜しい気もするが……仕方ない。
    「おっと。ごめんねロナルド君。寝ぐせを直そうとしたら、つい」
    私はパッと彼から手を離した。いかん。このままではにやけていたのがバレてしまう。
    「じ、じゃあ私作り置きを冷蔵庫にしまってーー」
    早くここから離れよう。そう感じた私が、その場でUターンをしようとした時だった。ふと右手首を掴まれ、引き寄せられたのだ。ポンッとロナルド君の胸元に飛び込むように、私は彼に抱き留められていた。トクントクンと定期的に聞こえてくる心臓音。服越しでも分かるほどのじんわりとした温かさが、私の頬に伝わってくる。
    「!?」
    「……んだよ。自分からくっついておいて、勝手に離れるんじゃねえよ」
    左耳元に響く、低くも艶を含んだ声色。私の胸はまた一段と昂っていく。抱きしめられた焦燥というよりも、やっぱり起きたかという反省の気持ちの方を強く感じていた。でも、このままがいい。あったかい。ずっとこうしていたい。
    って、いやいやいや。待て待て目を覚ませ吸血鬼ドラルク。まずは聞かなきゃいけないことがあるだろ。彼から離れるように彼の腕から解放されながらも、私は疑問を口にする。
    「……いつから覚醒したんだ」
    「さっき抱き寄せられた時にな。あれで目が覚めたわ。ったく、かわいいことをしてくれるじゃねえか。俺の恋人はよ」
    「っ!」
    「おっと。今は死ぬなよ。今死んだら、寝ているジョンが気の毒だし。俺も寂しいからさ」
    くっそ、生意気な口を利くようになったな。この五十歳児は。誰が育てたんだ?……私だ。
    「ふんっ。その歳になってもなっても寂しいとは。いつまでたってもお子ちゃまだな」
    苦し紛れな皮肉を言ったつもりだったが、彼はニッと歯を見せて笑った。
    「お互い様だろ。ほら、二度寝に付き合えよ。どうせ寝る所だったんだろ?」
    「……今日だけだぞ」
    あぁ。本当に夢のようだ。あの片思いしていた時とは全然違う高揚感。恋人として、独占しているんだという圧倒的な自信。
    遠くにいる存在だと思い込んでいた彼が、今はこうして私の目前にいてくれている。口元がにやけるのを必死に抑え込むように、私は彼の二度寝に付き合うべく歩み寄る。
    「あ、そうだドラ公」
    「ん?」
    明後日の方向に視線を置きつつも、澄んだ声でロナルド君は続けた。
    「俺もお前のこと手放すつもりは毛頭ねぇからな。人間の間も、その先も」
    「……それって、」
    「だから変な心配してねぇで、俺に添い寝してくれよ。せめて八時くらいまで、な?」
    再度入眠すべく、布団を拾い上げながらセッティングしていくロナルド君の言葉。サラッと言いのけたセリフに、私は思わず足を止める。
    聞き間違いではないよな。手をつねって痛いし、一部塵になっているし……。
    え。それってもしかして……手放さないのって……それって……!
    「~~~っ!!」
    意味を理解してしまった私は、その熱に耐えきれなくて塵になってしまった。そういう意味ってこと? 人間の姿を変えても、私に寄り添ってくれるって事……!?
    ……信じられない。嬉しい。限りない喜びで満たされていくのと同時に、体全体に羞恥が現れていく。言葉に言い表せない感情に、私はそのまま死に続ける他なかった。
    その様子を見た彼の「ドラ公!?」という裏返った声が私の耳元に届けられる。その後塵をかき集めてくれたロナルド君とソファベッドで寝た事実に気がついたのは、それから数分後経ってからのことである。

    【了】
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    2022/09/02 10:48:38

    幾つもの世界線の中でⅡ

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