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    手長足長の話-兄者様、ここは何処だろう。
    -よくわからぬ。何処であろう。

    -兄者様、我らは何故ここに。
    -よくわからぬ。何故であろう。

    -兄者様、我らは誰だろう。
    -よくわからぬ。我らは誰であろう……











    ある戦士の一族に、武芸に優れた勇猛果敢な兄弟がいた。幼き頃より仲の良い二人は、成長してからも兄弟切磋琢磨して戦士としての実力を付けてゆき、遂に兄はその力を認められ、一族当主の座を戴く事になった。
    選ばれなかった弟は、だが、兄の当主就任を心から喜び、これを祝った。
    兄弟は、今は立場は異なれど、互いを想う気持ちは変えることなく共に戦おうと、固く固く誓い合ったのだった。


    彼らは戦士の一族であり、地獄より無限に湧き出る魑魅魍魎を討伐する責務を負う。彼らの頂点に立つ当主とは猛者揃いの一族の中でも際立つ勇士の事であり、地獄に異変が認められた際には率先して忌み地に足を踏み入れ、その原因を突き止めねばならぬ責があった。
    或る日の事、一族が放った斥候が忌み地の異変を伝えた。本来ならばあり得ぬ場所に、あり得ぬ巨城が建っていると。忌み地は常人が生き延び暮らせるような場所ではない。かような地に建てられた城の主が、生きた人間である事などあり得ない……。
    知らせは即座に当主の元に届き、就任したばかりの若き当主は、館に腰を落ち着ける間も無く地獄異変の真を探る旅に出ることとなった。否、旅とは名ばかり。忌み地探索とは、人を襲い食らう化物亡者共が数多徘徊する場での絶望的な戦である。足を踏み入れたが最後、屈強な一族当主と言えども生きて帰れる保証は無い。しかし、忌み地での異変究明こそが何よりも大切な当主の努めであり、責務である。
    一族臣下に見送られ、若き当主が地獄へと旅立とうとしたその時。今は当主の右腕として仕えていた彼の弟が戦への同行を申し出た。若き当主は弟のその想いに素直に喜びを感じたが、直ぐに厳しい顔に戻り、弟を嗜める。

    -弟よ、お主の気持ちは有り難い。だが、お主の身にまで何かあれば一族はどうなる。もし私が還らぬ場合、次期当主は其方だ。

    だが弟は一歩も引かず、こう言い募る。

    -兄者様、何を申されます。私は当主の座など欲しくはない。唯唯兄者様の御身が心配でならぬのです。

    一族の地獄行脚は、通常であれば知力体力共に最も優れた者……当主単身で向かうのが習わしであった。地獄の魑魅魍魎相手に数の力は通用せず、また、一寸先に何が起きるかわからぬ魔境では迅速で臨機応変な対応が何よりも必要になるからだ。……そして万が一の際、失う戦力を最小限に抑えるという非情な理由も合わせ持つ。
    兄は幾度も弟を窘めたが、兄の身を案じる弟の切実な訴えに遂には心を動かされ、当主命により異例の兄弟地獄行脚と相成った。慣習を重んじる一族の中には当主の判断に不安を抱く者もいたが、優れた戦士でありながら仲の良い兄弟同士であるならば、忌み地にあっても大きな禍事は起こらぬであろうと己を納得させたのであった……。


    揃って地獄へと墜りた兄弟は、常のように力を合わせ、互いを支え護りながら魔境の奥深くへと進んで行った。
    二人は真に優れた戦士であり、瘴気の中より限りなく湧き出る魑魅魍魎共も、兄弟に致命傷を負わすことはできなかった。
    だが、無限に現れる亡者を斬り捨て、永遠に続くかと思われるような地獄道を進み行くうち、まるで粉塵のように、徐々に、だが確実に彼ら二人の身体と心に降り積もるものがあった。疲労に焦燥、倦怠だけではない。相手に対する不満と苛立ちと懐疑である。
    兄弟は間違いなく互いを想い、信頼し、労りあう心を持っていた。だが真の意味で一寸先は闇である地獄に於いては、ほんの僅かな判断の遅れや過ちが死へと繋がる。身体や心の疲れを癒やす場所も無く、だからと言って目的を果たさぬままに引き返す訳にもいかぬ。晴らせぬ疲労と鬱憤は垢のように二人の心にこびりつき、当初は笑いと共に許していた相手の僅かな過ちが許せなくなり、今ではあれほど信頼しあっていた彼ら兄弟の間にも、何やら刺々しい空気が漂い始めるようになっていた……。


    ……やがて、無限に続くかと思われる地獄道を進み続け、遂に兄弟は斥候が告げた魔城塞へと辿り着く。そこには、なんとも異様な光景が広がっていた。
    二人の前に現れたのは威風堂々たる石造りの城塞であり、紅く光る月がそびえ立つ天守閣を妖しく照らしている。……そう、月が昇っているのだ。ここは大地の奥深く、陽の光など欠片も届かぬ地獄の底の底であると言うのに。

    だが、彼らはその身に致命傷こそ負ってはいなかったが心身共に疲労困憊しており、物事を深く考える余裕すらも失われつつあった。二人は無言のまま、まるで吸い込まれるかのように、そびえ立つ魔城へと足を踏み入れる。
    城塞の門扉は訪問者を歓迎するかのように開け放たれており、紅い月の光が内部を照らし出している。城内に魑魅魍魎の気配は感じられなかった。彼らは血と泥と疲労に塗れた身体を引きずるようにして、城塞内をゆっくりと進んで行った。

    城内は広大であり、不気味なほどに静まりかえっている。行けども行けども妖魔一匹、亡者一匹現れぬ。
    二人はそのまま半刻以上も紅い月の光が差し込む城内をただただ歩き続けたが、遂に、静寂に耐えられなくなった弟が声を上げた。

    −兄者様。

    −……何用か。

    −兄者様、ここは何処だろう。

    −何を今更。知らせにあった魔城塞よ。

    −……兄者様、奇妙だと思わぬか。これ程進んでも魔物一匹現れぬ。道中、我らに寝る間すら与えず襲いかかってきた彼奴らどもが。

    −………。

    足を止めず、無言のまま先を進む兄の背に向かい、一つ大きく息を吐くと、弟は言った。

    −兄者様、ここは一時退くべきではござらぬか。

    その声に兄は初めて足を止め振り返ると、疲労に落ち窪んだ目でじろりと弟を見やった。それに怯まず弟は続ける。

    −いくら進めど魔物一匹現れぬ。これはきっと我らを地獄の底に引きずり込む罠に違いない。我らも疲れ果てている。兄者様、無念なれど一旦館に戻り、体勢を立て直すべきではないか。

    −ふん、そして俺は当主の努めを果たせぬ臆病者の烙印を押されると言う訳か。

    −兄者様、そんな事は……

    −無いと言えるか。言えぬだろう。

    弟を睨む兄の目は、まるで煮えたぎる焔の池のようだった。そこには既に血を分けた肉親に対する信頼も情も消え失せており、相手に対する底知れぬ恨みと懐疑、怒りが渦巻いている。その形相を見て言葉を無くした弟に、兄はこう吐き捨てた。

    −貴様の魂胆はわかっている。

    −兄者様……?

    −俺に無能者と言う烙印を押し当主の座から追い払い、貴様が後釜に収まる気だろう。

    −兄者様、私はそのような事は毛頭も……

    −嘘をつけ!

    叫びと共に兄は抜刀し、驚愕する弟に刀の切っ先を突きつけた。

    −貴様の稚拙な企みなど見通しておるわ。地獄へついてきたのも俺の邪魔をする為であろう。貴様のような無能者がいなければ、俺がここまで傷を負うことも無かったのだ!

    −……なんだと、自分の失態を俺のせいにする気か。その程度の度量で一族当主とは笑わせてくれるわ。

    −本性を現したな、この愚弟め!

    絶叫と同時に、兄は弟に斬りかかった。だが弟は、正気を無くした様子の兄の一撃を己の刀身で受け止めると、即座に斬り返す。あいも変わらず静まり返る城内に、激しい剣撃の音が響き、幾重にも木霊した。
    熾烈な兄弟の争いは、だが、実に唐突な終焉を迎えた。何十合かの苛烈極まりない撃ち合いの末、床に散った血で足を滑らせた弟へ兄がのしかかり、その胸深くに刃をつき立てたのだ。
    仰向けに倒れる彼の身体から真紅の血が吹き出し、魔城の床をみるみる紅く染めていく。一瞬ごとに広がっていく血の海を視界の隅に映し、両手で刀を握りしめたままに肩で息をする兄の耳に、弱々しい弟の声が聞こえた。

    -……兄者様、

    -…………。

    -……兄者様、ここは何処だろう。

    兄は何も答えられぬ。

    -兄者様、我らは何故……ここに。

    -…………。

    −兄者様、我らは何故……こんなことに……

    弟の声は、そこで途切れた。
    遺された兄は、血の海の中で横たわる弟の姿と、未だ刀身を離さぬ己の両手を幾度も見比べると、まるで息ができなくなかったかのような荒い呼吸を繰り返し、遂には絶叫をあげた。
    喉も裂けよとばかりの悲痛な叫びは城塞内に響き渡り、木霊し、吸い込まれてゆく。兄は絶叫を止めぬままに握りしめていた刀を放り投げ、血塗れの弟の身体を抱え上げた。そしてそのままふらふらと城の中を進んでゆく。幾ら進んでも城は果てしなく広がっていたので、兄は弟を抱えたままに泣き叫び続け、どこまでもどこまでも歩き続けた。

    あまりに永い間彷徨い続けていたので、彼らの全身の赤い血はすっかり抜けきり、二人の身体は真っ白になった。
    あまりに永い間目を見開き続けていたので、彼らの眼はどんどん大きくなり、二人の眼は一つだけになった。
    そして、あまりに永い間歩き続けていた兄の足と、あまりに永い間垂れ下がり続けていた弟の手は木の枝のように細く、長くなり、ふと気がついた時、彼らは自分が何者なのか、何故ここにいるのかを忘れ果ててしまっていた。

    理由は忘れてしまったが、ずっと抱きかかえていた大切な「弟」が…………ああ、そうだ、これは弟なのだ。弟だと言うことは覚えているのだ………身動きし、大きな一つ目で「兄」を見やる。

    −兄者様。

    −……お前は私の弟なのだな。

    −そうです兄者様。私は何もかも忘れてしまった。しかし貴方が兄者様という事は覚えている。

    −そうか弟よ、して、兄である私に何用か。

    -兄者様、ここは何処だろう。

    -よくわからぬ。何処であろう。

    -兄者様、我らは何故ここに。

    -よくわからぬ。何故であろう。

    -兄者様、我らは誰だろう。

    -よくわからぬ。我らは、誰であろう……




    人であった頃の記憶を無くし、身も心も物の怪となった兄弟は、それでも二人離れることなく魔城の中を彷徨い続けた。そうしていれば、いつの日か何かを思い出せるかもしれない。いつの日か我らを知る誰かと出会えるかもしれない。此処は何処なのであろう、我らの目的は何であろう。我らは一体誰なのであろう……。

    二人は呟きながら闇の中へと消えていく。



    と、再び静寂に包まれた亜空の城塞の、開け放たれていたままの城門が音を立てて閉ざされた。
    そしてそれとほぼ同時に、紅い月がかかる天守閣の背後に城よりも巨大な人影が立つ。その影は大きく息を吸うと、一息に紅い月の明かりを吹き消した。



    門は閉ざされ、月は消えた。
    暗黒の中で巨大な金の眼が光り、くぐもった唸り声が響く。



    だが、すぐにそれも闇に溶けて消えてゆき、



    そして辺りは、真っ暗になった。



    fin.
    MARIO6400 Link Message Mute
    2022/06/04 0:35:10

    手長足長の話

    月風魔伝UndyingMoon、亜空の城塞に出てくる「手長足長」の過去を想像して書いてみました。
    作中の一族の設定は公式設定ではなく、私が考えたものになります。

    #月風魔伝 #月風魔伝UndyingMoon #GetsuFumaDen #月風魔  #妖怪

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