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    【7/23新刊】岩神と公子と夜叉が旅人を愛でる本ラフに無配のコピー本を作る予定が普通に新刊になりました。
    夏をテーマにした短編集のサンプルです。全体的に甘イチャです。
    両方とも時間軸は間章第二幕以降になるので、ネタバレが気になる方はご注意ください。

    お品書き

    君の水着が眩しすぎるっ!(タル&鍾離×空/下ネタ有り)

    その愛情は声に出せ(魈×空/本編軸/本では成人向け)



     今年も自然な流れだと言わんばかりに、茹だるような暑さをもたらす季節がやってきた。
     何処にいても陽が出ている間は非常に気温が高いので旅人たちも日陰に避難したり霧氷花の側で過ごしたり、耐えきれなければドラゴンスパインに向かったりするして涼を取るのだが当然移動や他の用事をこなすために離れれば暑さが戻ってくる。
     何回もそんな事を繰り返していればやはり生き物はより楽に避暑や涼を求める本能が備わっているとも言えるのだろうか、暑さに耐えかねた旅人こと空とその一行もやはり雪山なんかよりも夏らしいバカンスを求めて水着を片手に金リンゴ諸島へと降り立っていた。
     そう、イベントクエストの攻略ついでに海水浴でしようと言う魂胆である。
     
    「海だ! ほらパイモン、冷たくて気持ちいいよ!」
    「オイラは海より海の家でよく冷えたスイカとラムネに焼きイカを……いや、焼きそばにかき氷に三色団子……焼きスミレウリにとうもろこしも捨て難いぞ!」
    「焼きスミレウリってなぁに?」
    「あたしも気になる、どんな味がするの?」
    「そっか、香菱とバーバラは知らなかったな。オイラもこの間初めて食べたんだけどー……」
    「三人で食べに行って来なよ、俺は海で遊んでくる。はい、これお小遣い。使い過ぎないでね?」
    「おう、サンキュー旅人! また後でな!」
     
     一体誰が建てたのか、海の家での食事のラインナップを見かけた途端に海水浴で涼むよりも食い気に釣られたらしいパイモンと水着姿になったものの普段聴き慣れぬメニューに興味を示した香菱とバーバラの三人は空から渡されるも決して多くない軍資金を受け取り仲良く海の家へと向かってしまった。
     改めて周りを見渡してみると浜辺で砂遊びをしたり、海の家で早速一杯やっている者もいたりと各々自由に過ごしているらしい。
     確かにその方が休暇っぽいのかも知れないと判断した空は一人波打ち際まで歩いていくと、真夏の日差しを浴びながら砂浜に押し寄せては引いていく波の中に躊躇なく足を突っ込んでパシャパシャと水飛沫を上げながら冷たい海水の感触を楽しむ。
     普段冒険する中で比較的大人びている彼も、この時ばかりは年相応とも言える無邪気な表情を見せるのだ。
     そんな楽しげな空の姿を砂浜に立てたパラソルとその下に敷いたレジャーシートの上から遠巻きに見守る影が二つ。なんとなく隣に置かれた大量の荷物とクーラーボックスの番をしているがそれぞれこだわりの水着やラッシュガードを身に纏い、双眼鏡を小競り合いで相手から奪っては片手に日光の下で無邪気にはしゃぐ空を眺めながら重々しいため息をこぼしているのは鍾離とタルタリヤの二名だ。
     眺めるだけなら海の家でやればいいし其方の方が遥かに快適なのは容易に想像が付く。パラソルで日陰を作り出しているとは言え好き好んでこの様な所で遠巻きに見守らずとも波打ち際で遊ぶ空に一声掛けて共に戯れれば良いものを、何故こんな所で一つしかない双眼鏡を奪い合ってまで居座っているかと言うと、彼らにもその場から動けない事情と言う物が存在しているのだ。
     
    「海なんざ普段から散策ついでに来てるのに、あんなにはしゃいで可愛いな相棒。水着姿もめっちゃエロいのに、絶対そんな自覚ないだろアイツ」
    「腹と腕だけ日焼けしてる分、全体的に露出した肌のコントラストが艶かしいな……少年らしい華奢さがより色気を増幅してると言うか」
    「この間なかなか筋肉が付かないって悩んでたけど、あのぷにっと感が良いんだって言ったらドン引きされたわ。あと普段絶対に出さない生足が出てるのもエロく見える」
    「普段編んでる髪も濡れない様に高い位置で結い直してるから頸が見えて色っぽいな。実に美味そうだがこれがチラリズムと言う奴なのだろうか……」
    「……で、股間は落ち着いたか鍾離先生よ」
    「駄目だな。タルタリヤこそどうだ」
    「あんな相棒見てたら到底無理に決まってるだろ、今すぐ人気のない場所に連れ込んで襲わないだけ俺たち偉いって」
    「それはそうだな」

     何故か一つしかない双眼鏡の争奪戦を繰り広げながら交互に水着姿ではしゃぐ空を褒めちぎっているものの、その内容に関しては本人は疎か他の誰かに聞かせられたものじゃないと言う自覚が双方にある上、身体の一部が持ち主たちの言うことを一向に聞かないので立ち上がることすらままならない。二人がパラソルの下から一歩も動けないのはそう言う事なのだ。
     しかしパラソルの下の事情なんか知る由もない空は一人で熱せられた身体を冷やす様に素足に感じる水の冷たさと感触を一通り楽しんだ後、ずっと此方を見ているだけで動こうとしない青年二人に気を使ったのか、それとも上半身に日差しを浴び続けたせいで体内に熱が篭ってきたからなのか? よりにもよって物理的に動けない二人がいるパラソルの下目掛けて二人の名前を呼びながら駆けてくる。
     燦々と照り付ける日光の下で頬をほんのりと赤く染めながら笑顔で駆け寄ってくる様子は確かに愛らしく、タルタリヤも鍾離も普段ならば一も二もなく駆けて来た空の身体を抱き止めている状況だろうが今それをやってしまうと周囲に空への劣情を抱いている事が確実にバレてしまう。
     いや、別にバレた所でこの三人ならば既に特殊な関係を築いているのでそこは構わない、しかし一応自制している状況故に無意識に誘われてしまったら周囲の目も気にせず襲ってしまいそうだから遠巻きに見守る程度に留めていたのだが肝心の空にとって大人二人の事情など知る由もないのだから、嬉しそうに手を降りながら駆け寄ってくるのも仕方ないと言えるだろう。
     



     その日は比較的雲が少なく、何処までも青空が広がっていて日差しが突き刺さるように眩しいせいでとても暑い。
     海の近くなので比較的湿度も高いのだが海面で冷やされた気持ちの良い海風が吹き抜けていく。お陰で璃月港付近は思っているよりも過ごしやすく彼方向こうの空には入道雲が見えると言う、それはそれは実に夏らしい天気だったと記憶している。
     今いる場所は港からかなり内陸に入った所なので日差しがジリジリと照り付けてくる上に周囲を高い山に囲まれているので熱気がなかなか抜けていかない地形なのだが、川沿いを気まぐれに風が吹き抜けていくお陰なのか我慢出来ない程の暑さではないと強がりながらも顎に伝う一筋の汗を拭う人物が一人、璃月の郊外へ向けて急いでいた。
     湿気が少ない様に感じるのは璃月港から離れたからだろうか、想像していたよりもカラッと乾燥していて過ごしやすく感じるものの強い日差しが肌に突き刺さる事には変わりないので何となく日陰を歩きながら両手に花束と水筒を抱えた旅人こと空は銅雀が祀られた寺院への道をひた走る。
     早くしなければお供物として持ってきた花束が萎れてしまう上、とある人物との待ち合わせに遅れてしまうと危機感を抱いた彼はひたすら道中を急いでいた。
     いつも一緒にいるパイモンをあしらうのに思ったよりも時間が掛かってしまったが自分から声を掛けておいて遅れる訳には行かない、そう思いながらついいつもの癖でズルズルと人助けを行って時間を浪費してしまった空は慌ててワープポイントを起動すると少し離れた場所に降り立つと、そこから器用に崖を滑り降りて寺院の正面に回り込むと日中解放されている出入り口からそっと内部を覗き込む。
     なんでも願いを叶えてくれる相手として仙人を頼る者は璃月には案外多く、今日も銅雀の逸話に肖ろうと数多くの線香が手向けられた大きな香炉が置かれているが思っていたよりも周囲の人影はまばらで約束した相手もまだ来てない様子。
     良かった、なんて安堵しながら空は胸を撫で下ろしたが果たして自分でも何が良かったのだろうと疑問に思わなくもないのだが考えていたよりも時間に余裕も無い為、そんなを考えるよりも先にやるべき事をやらなくてはと寺の中に足を踏み入れた空はまず持ってきた花束を今は亡き夜叉・銅雀へ手向けた。
     次に近くにいる寺の管理者から線香を買い求めるとその場で火をつけてもらい、煙る香炉に差し込んでから両手を合わせて最近起こった層岩巨淵での事件の顛末を心の中で報告し始める。
     遥か昔に亡くなっている銅雀に対して空が彼に顛末を報告した所で死者の姿も声も認識出来ないのだが仙衆夜叉の偽物を懲らしめるのに彼の幻影に手を貸してもらった恩と未だ璃月の為に戦い続ける彼の同僚が心配だと言う事も相まって、時間がある時はこうして有志が直した寺に足を運んで参拝をしているのだ。
     運が良ければ同僚の参拝をしにきた彼に会えるかも知れない、なんて期待もこっそり込められているものの結局出会えたのは海灯祭の期間だけだった。
     いや、でも今日は話がしたいと事前に約束を交わしたので流石に会えると空は信じているのだが、普段の無愛想な様子を思い出すとそうもいかない気がして来た。以前思い切って告白した時にはきちんと返してくれたものの、それ以降はまるで何事もなかったかの様に振る舞われている為か更に期待と不安が入り混じって余計に緊張が高まってきてしまう。
     それを紛らわせる為に一旦参拝をする事で自分を落ち着かせてから待ち合わせに臨もうとした空だったが、彼に縁深い場所を選んだのは逆効果だったかも知れないと思い始め、ついには緊張に耐え切れなくなった空は想定よりも早く外に出てきてしまった。時計を確認しても待ち合わせしている時間には早すぎるが、かと言って他の場所に行って帰ってくる様な余裕は無い。
     ここで変に避暑を求めて遅刻するよりかは暑さを我慢して待っている方が幾分かマシだと結論を出した空は待ち合わせ場所として指定した寺院の裏手に聳える崖の上までよじ登って行く。が、徒歩で山を迂回する道を辿るならまだしも岩壁を直接登攀するとなると標高の違いはあれどそこまで距離が離れてないので大した時間を掛ける事もなく、あっという間に目的地に辿り着き手持ち無沙汰となってしまった。
     普段ならそういった距離と時間の計算は苦手じゃ無いのになんてぼやきながら、空は持参した水筒の中身に口をつけて夏空を見上げる。
     
    「……遅刻の心配、いらなかったな……」

     だけど物事に対して律儀な彼の事だ、念のため先に来て待ってやしないかと一通り周囲を見渡してみるが特に何も見当たらない。崖の上から見えたのは夏特有の強烈な日差しを受ける足元の草むらと抜けるような青空に映える、起伏の激しい璃月ならではとも言える雄大な景色だけだ。
     しかし日当たりの良い崖の上に居れば当たり前と言うか、いくら湿気が少なく風が吹き抜けてくとは言っても日陰や水場に逃げる事なくジリジリと肌を刺す光を浴び続けていればこうなる事は予想が付いた筈……なのだが、緊張と期待で浮ついていた空はそんな初歩的な事をすっかり失念していた事に今更気付く。
     その所為か、次第に体内に熱が篭り始めたかと思えば額や背中が滴るほどの汗が流れ落ちて少々鬱陶しく感じた様子の空は自身の顔を伝い落ちてきた汗を手で乱雑に拭ってみせる。
     こんなに天気が良いと知っていたならばもう少し木陰がありそうな場所を指定すれば良かった、なんて考えるものの空にはその場から動こうと言う発想はない様で、背後から聞こえてくる涼やかな滝の音に耳を傾けながらその場で来るかどうかも判らない相手をじっと待っている。と。

    「早く着いていたならさっさと我の名を呼べば良かったものを、随分待たせてしまった様だな」
    「色々あったから少し早めに来て銅雀にお参りしてただけだよ。久しぶり、魈」
    「あぁ、久しいな。……話を聞こうと思ったが、先に涼しい場所に移動するぞ。顔が真っ赤だ、暑かったんだろう」
    「あ、コレはその、えーっと…………どこ行く?」

     事前に打ち合わせて決めた時間通り待ち人である魈が姿を表すと空はそれを嬉しそうに出迎えるも、待たせてしまったと言う魈に対して緊張して時間まで待ちきれなかった、なんて素直に言える筈もなくそれとなく誤魔化してしまった。
     確かに今日の目的の一つにもしていたので疾しいことは何も無いのだが、それでも璃月の為に戦い散っていった者を口実として使ってしまった罪悪感はなかなか拭い切れるものでもない。
     何より、今日参拝してきた相手はこの少年の様な容姿をした仙人の身内の様な人物だったのだと寺院を再建する時と巨淵の底に閉じ込められた時に魈本人から聞かせて貰ったからだろうか、余計に良心が抉られる気がするのだが目の前で心配そうに顔を覗き込む夜叉……魈は特に気にしていない様子で赤く染まった空の頬に触れてくる。
     それどころか少し距離が縮まったからなのか以前の様に関わりそのものを淡白かつ最低限に留める気もないらしく、燦々と太陽が照り付ける事で上がりきった周囲の気温と興奮で肌を赤く染めた空の体調を気にかけてくれるので、ますます厄介な相手を好きになってしまったと空は内心でため息を吐いた。
     自ら想いを告白してしまうほど好きな人にグローブ越しとは言え頬を撫でられた空は興奮のあまり目眩を覚えてしまうものの、恐らく素直に理由を伝えれば向こうも大丈夫だと納得してくれるだろうと言葉にし掛けたが、言葉を重ねて説明しようとした所で魈にとっては何もかも胡散臭く聞こえてしまうのではと思い至り漸く自分が墓穴を掘った事に気付いた。
     あー、だのうーだの呻く空だったが魈に対して何が大丈夫なのかと言う理由を一つも挙げる事が出来ないまま、結局ゴニョゴニョと言い淀んでその場を誤魔化してしまった。
     こんな状態で何を言っても大丈夫な感じがしないのは割と致命的なのでは、なんて事は空自身でも判って居るのだがここで魈からの好意を断るなんて選択肢は最初から用意されていないので、素直に受け入れる以外の道は存在しない。

    「璃月港がいいのかも知れないが……人が多い場所は我が苦手でな。望舒旅館か軽策荘になってしまうが、何か異論はあるか?」
    「前に街は騒がしくて苦手って言ってたもんね。俺は魈とゆっくり話が出来るならそれでいいから、好きな方選んで?」
    「……すぐに望舒旅館へ向かうぞ。それと……いや、後で話すとしよう。今はお前を涼しい場所に連れて行く方が先決だ」
     
     後でと言う言葉に魈は何を言いかけたのだろうかと空は暑さにやられて回らない頭で疑問に思いながらも差し出された魈の手を取った。
     毎日妖魔退治の為に槍を振り回しているからなのか、豆だらけになった皮膚の感触と握り返してくる力の強さを布ごしに感じ取ってしまい、頬と言わず耳まで赤く染まってしまった空だったが不意に肩に手が回ったかと思えばそのまま抱き寄せられて二人で望舒旅館の高層に設けられたワープポイントまで飛んでいく。
     点と点を結ぶ移動手段のお陰で瞬きする間に遠く離れていた目的地まで辿り着いたことで改めてテイワットの便利さに感動を覚える空だったが、到着したと判断した魈にしっかりと肩を抱き寄せられたまま歩く様に促されてフラフラと覚束ない足取りではあるがゆっくりと前に進み始めた。
     確かに、この目眩と脱力感は好ましく思う相手の側に居られると言う現実に緊張の糸が切れてしまった可能性も考えられるが、やはり待ち合わせとは言え厳しい日差しを遮るものがない場所で水分補給もそこそこにぼんやりしてしまったのが一番の原因だろう。
     涼しい日陰で休みながら水分と塩分補給をする程度で治れば良いのだが、空は今自分が望舒旅館の何処を歩いているのかも判別出来ていない事にすら気付いておらず、このままでは良くないと判断した魈が空の手を強く握って声を掛けた。

    「空、大丈夫か?」
    「っ! あ……ごめん、少しぼーっとしてた……」
    「身体を冷やす物と飲み物を貰ってきた。衣装合わせ等は後にして休憩しに行こう、話は空が落ち着いてから聞かせてくれ」
    「ごめん、ありがと…………衣装、合わせ……?」
    「その話は追々する。部屋はこっちだ」

     声に反応してびくりと身体を震わせて反応を返す空に一先ず魈はホッと胸を撫で下ろす。その表情を見た空はやっぱりこれは来ないかも知れないと思っていた想い人と無事に会えた事で緊張で熱中症になりかけてたのが判らなかったのだろう、と魈から手渡された氷嚢を受け取って抱き締めると思考の片隅に残された冷静な部分で分析してみせる。
     とは言え熱が体内に篭ってるお陰かクラクラと眩暈を覚え、纏まらなくなってきたと判断した空は考える事を一度やめて魈に案内されるまま岩山を利用して建てられた複雑な構造となっている旅館の中を歩いていくと、ある部屋の前で二人の足が止まった。
     少々小ぶりな造りをしているが知識がなくても判るくらい丁寧な装飾が施されている扉を魈に開けて貰い、部屋の中に足を踏み入れてみると備え付けらしい家具以外は言葉通り本当に何も置かれていない空間が空の目の前に広がっていた。
     今の時間はあまり日光が当たらないらしく扉を閉めても風の通りが良いので快適だと感じるくらいには涼しいのだが、何とも言えない寂しさを感じる部屋だと空は思う。生活している気配はあるのにパッと見渡した限りでは何も荷物が置かれていないからだろうか、それともこれは多くの人が利用する旅館ならではの光景なのだろうか?
     あまりこう言った場所に宿泊する機会もないのでどちらなのか判別出来ないまま空は魈の手によってぽつんと部屋の中に置かれたベッドに座らされたが、魈も一緒に座るのかと思えばすぐに踵を返し今来た方向へと歩き出してしまった。
     
    「お前はベッドを使って休め。飲み物は此処に置いておくから好きに飲むといい」
    「待って魈、どこ行くの……?」
    「……こんな状態のお前を連れ回せないからな。すぐに戻るから大人しくしていろ」
    「う……わかった。約束だからね?」

     ぐったりとした様子の空が無事ベッドに腰掛けたのを確認し、安心した表情を見せると早速部屋を出ていってしまう魈。休めと言う言いつけを守り、その背中を大人しく見送った空は持ち込まれた茶器に手を伸ばすと傍らに添えてあった大きめのグラスをひっくり返して中身を注ぎ入れ一気に煽ってみせる。
     どうやら茶器の中にはよく冷えた麦茶が入っていたらしく、優しい味と冷たさが火照った空の身体に人わりと染み渡っていく。それを立て続けに三回ほど繰り返すと漸く身体に篭った熱が落ち着いてきた気がして、引き続き氷嚢を頸と背中の境目に当てて身体の芯に篭った熱の対処をしながら改めて室内を見回した。
     熱でぼんやりしていたとは言え最初に感じた、ほぼ備え付けの家具しかないのではと言う印象は少し落ち着いた今も変わらない。
     しかし注意深く部屋の中を見回してみれば、片隅に僅かだが普段見かける魈の衣服が畳まれて置いてあったり、武器を手入れするためであろう研ぎ石や布巾などがまとめてあったりと、小さな生活の痕跡をいくつも見つける事が出来る。その度に空は今まで触れられなかった魈の側面を知る事が出来た気がして、胸の内が暖かい気持ちで満たされていく。
     とは言え、普段魈がこの部屋に戻ってきて滞在する時間は極端に少ないのだろう。恐らく定期的に手入れや清掃はされている気配はあるのだが、作り付けの棚にはうっすら埃が積もっている上に休めと言われて空が借りたこのベッドだって、整えられた時のまま誰も使わなかったのかも知れないと肌触りの良いリネンを撫でながら想像してみる。ピシッと張られたシーツはついさっき空が腰掛けるまで、皺ひとつ見当たらなかったのだ。
     もしかして、と考えた空はベッドに上体を倒して添えてある枕に顔を埋めてみるがあまり使われていないのか、魈の匂いも特にしない……ただもしかすると戻ってくる頻度が少ないとは言え魈の部屋の中なので既に鼻が慣れてしまった可能性も捨てきれず、尚且つ空の身体を気遣って気持ちの良い風が吹き抜けていく様に風通しをよくしているからと言うのもあるかも知れない。
     それにしても一人きりで休憩するとなると途端に暇を持て余すな、などと空は独言ながら勢いをつけてベッドに沈めた身体を起こすと茶器から追加でもう一杯冷えた茶を注ぎ入れると両手でグラスを包み込んで、ほんのりとした冷たさと香ばしい風味をゆっくりと味わってからグラスを置くと飾り気のない天井を見上げて再びベッドに倒れ込む。
     普段ならばパイモンと雑談したりして時間を潰すことも多いのだが、今回魈と会うに当たって水を刺されたくなかった空は彼女をピンばあやに預けてきてしまったので今は正真正銘一人きりだ。
     そこまでしてでも魈に聞きたい事があったから約束を取り付けて待ち合わせたと言うのに、物事はどうしてこうも上手くいかないのだろうかと深いため息を吐き出した。
     
    「起きていたか、空。具合はどうだ?」
    「うん、大分良くなったよ」
    「もう少し休んでおけ。これは追加の茶と氷だ」
    「ありがとう、魈。休ませてもらうついでに聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
    「ふむ……ならば先に話を聞かせてもらうとしよう」

     最初に持ってきた時に使わなかった方のグラスを手に取った魈はその中によく冷えた茶を注ぎ入れ、空が使ったと思しき物にも継ぎ足してやってからベッドの上で恥ずかしそうに俯く少年の側に腰掛けた。
     確かに再会した時と比べるとここで休ませた甲斐があったのか、色素の薄い肌からは赤みが引いて呼吸も随分落ち着いてきた様に感じる。欲を言うならばもう少し顔が見たいと指で空の髪を掻き上げようとしたのだが、その仕草を目にした空は再び頬を赤く染めると小さく悲鳴を上げながら、何故か魈の側から飛び退ってしまった。
     予想だにしなかった空の反応を目にした魈は追い掛けようとグラスを持っていない方の手を伸ばしかけるが空に届く寸前で思い留まり、一旦その手を引っ込めると何か彼の気に触るような事でもしただろうかと目を閉じて眉間を指で押さえ込み直近の記憶を手繰ってみるものの、特に思い当たる節は見つからない。
     強いてあげるならばこの炎天下の中で空を待たせてしまったくらいなのだが、魈には嫋やかな見た目と異なり存外気が強くて肝が据わっているこの少年が悲鳴をあげながら飛び退って触れるのを拒否してくる様な出来事とも思えず、眉間にますます皺が寄せられる。
     どちらかと言えば空の大胆すぎる行動によって魈の肝が冷やされる事の方が多い気もするのだがこの部分は特に関係ないと思考の外に追いやった頃、魈から距離を取っていた空が若干気まずそうな表情を見せながら近くに戻ってくると漸く重い口を開き始めた。

    「ごめん、触られると思ってなかったからビックリしちゃって……それでね、えっと、話って言うのが……魈と俺って、付き合ってるの?」
    「は?」
    「前に告白した時に好きって言って貰えたけどそれ以降何も変わった所もないし、もしかして告白したのは俺の夢の中だったんじゃないかって思い始めて」
    「落ち着け、その気持ちは今も変わりない。何と言えばいいか、特に言葉にせずとも通じていると思って必要性を感じなかった……が、その所為で空に不安を抱かせていたとはな。考えが及ばぬ我が未熟であった、すまない」
    「あ、えと、確認したかっただけだから、魈をデートに誘ってもいいのかわからなかっただけだし、ね?」
     
     だから謝られても困るんだ、なんて拗ねた様に唇を尖らせる空の姿も魈にとっては非常に愛らしく映るがそれはそれとして扱うべきだろう。
     なんせ空には伝わっているだろうから改めて声に出す必要もないと魈が判断していた物事の、せめて半分程度でも声に出して伝えていたならばこの少年は熱中症になどなっていなかった。
     おまけに空が魈に好かれているのか判らないなんて言う悩みを抱えずとも済んだかも知れないと思うと己の愚かしさを実に腹立たしく感じる魈だが今やるべき事は其方では無いと思い直し、グラスに注いだ茶を臓腑に流し込む事で頭を冷やす。
     一人で行いを反省するのは後からいくらでも出来る、しかし目の前で少し嬉しそうな表情を浮かべてそっかぁなどと呟きながら氷嚢を弄る空と、その空から注がれる想いに対して魈が正面から向き合えるのは共にいられるこの時だけ。
     故に魈は意を決して微妙に離れたままだった空との距離を一気に詰めると柔らかさの残る手を握り締め、驚いた様子で魈の事を見つめてくる柔らかな金色の瞳を真っ直ぐ見つめ返すと必ず伝えなければならない事を伝える為にその重い口を開いた。
    ツナ缶@細々原稿中 Link Message Mute
    2022/07/07 10:24:31

    【7/23新刊】岩神と公子と夜叉が旅人を愛でる本

    間に合いそうなのでお知らせ。
    7/23日開催「星に願いを。DAY1」にて東3ホール フ12aでスペースを頂きました
    当日はFGOの術ギルぐだ♂吸血鬼パロの新刊と原神の新刊と少し残った既刊を頒布する予定
    全て成人向けなので購入の際にはご注意を
    サンプルは原神の空受け短編集ですが、興味を持って頂ければ幸いです
    https://tunakan001.booth.pm/items/3996842
    とらのあなさん
    https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030996496

    7/7追記 もう少し先まで足しておきました、内容はpixivと同じです
    7/12追記 表紙を作って頂いたので差し替えました。とらのあなさんでも通販開始されてました!

    #原神 #原神BL #魈 #鍾離 #タルタリヤ #空 #二次創作 #本編軸

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