不器用な、俺のアルファ 男女の他に三種類の性別が存在する現代社会、授業が終わった俺はスマホとノートが入った鞄を掴むと放課後の部活に向かうクラスメイトを尻目に学校を飛び出し、恋人への連絡もそこそこに目星をつけていたスーパーのタイムセールへと走る。金は好きに使えって言われてるものの節約するに越した事無いし、何よりほっとくと不摂生を体現した様な生活を送るって知ってる身としては日々の食事に手抜きは出来ない。無理な時は諦める事もあるけど。
時間もない中、人混みを潜り抜けてなんとか目当ての一パック十個入りの卵を確保した俺はもう一度スマホを開いてみるけど同棲してる恋人からの音沙汰はない。前は既読すら付かなかったことを考えると随分譲歩してくれてる方なんだよなぁ……口数も少ないし表情も滅多に動かない上誰に対しても無愛想。恩人だと言う鍾離の前だけでは多少緩和されるけど、そんな彼が通りすがりに初めての発情期を起こしかけてた俺を助けてくれたなんて言うのは奇跡に近い出来事だったと改めて思ってしまう。
まぁ俺もなんとなく気にかける様になって、頻繁に顔を合わせる内に向こうが接し方を知らないんだと気付けたってだけなんだけどね。何回も会う内に好きになってしまったと言うか、まぁ好きでもないアルファと同棲しないだろって言われたらその通りなんだけど。
単に感情を表に出すのが苦手なだけですごく優しいし、俺を気遣ってくれてるんだなって判るくらいには愛情深いし、俺を助けてくれた理由だけは運命だって言う直感に従ったって言ってたけど普通の人なら見過ごしてしまう様な場所で見つけてくれたんだから彼の直感はあながち間違いでも無かった気がする。実際彼の言ってた通り運命の番だったのは心底驚いたけどね、一生分の運を使い果たしたって言われても不思議じゃないぞ。
「今日、魈は何が食べたい? っと……なんかなんでもいいって言いそう……お、返事きた。空の食べたい物がいい……? そう来るか」
それなら遠慮なく休み明けのお弁当の事も考慮してほうれん草のおひたし作るついでに火を通した奴を冷凍保存、タイムセールで確保した卵はオムレツにでもして鶏むねが安いから揉み込んで焼いて、後は豆腐の味噌汁でも出しておけば良いかな。魈をほっとくとマジでプロテインバーとサラダチキンと水だけで生きてるから少しでも彩り豊かな食卓に……あ、トマト切って並べておけば食べるな。案外野菜も好きだって知ってるんだぞこっちは。
ついつい張り切ってしまった結果、予定よりも重くなった買い物袋をぶら下げて想定よりも夕暮れに近く暗くなってしまった帰り道を歩いていると、いつも通り道にしてる公園の出入り口によく見慣れた姿が見えた。
もう、普段なら必要が無ければいつまでも外に出ないクセに連絡した時間より少しでも遅くなろう物なら必ずこうして迎えに来てくれるんだもんな。こんな時ばっかりと呆れつつも大切にされてるなって実感出来る数少ない瞬間だ、直接言われた事は無いけど。
「迎えに来るって連絡してくれれば良いのに」
「我はたまたま、飲み物を買いに出てきただけだ」
「いつも足りない物があったら連絡してって言ってるよ?」
「……またいつ、発情期を迎えて倒れるかもわからないだろう」
「はいはい、毎日ちゃんと薬飲んでるから大丈夫だよ。一緒に帰ろ、魈」
「……あぁ」
手を差し出せばゆるりと絡め取られて、ついでに買い物袋も流れる様に持たれてしまった。アルファだし無愛想だけど優しいし、顔も良いんだからモサモサな見た目をなんとかすればモテたろうに……勿体無い気もするけどそう言うのを全部知ってるのは俺だけで良い気もするし、なんか複雑な気分。
あぁ、でも夕陽に照らされた横顔がすごく綺麗だって言うのは俺だけが知ってればいいかな。
「どうした、我の顔に何か付いてたか」
「ううん、見惚れてただけ。ねぇ、今晩魈と一緒に寝て良い? 明日と明後日休みだし」
「……どうなっても後悔しないと言うならば好きにしろ」
「うん、好きにさせて貰う」
チリチリとチョーカータイプの首輪に覆われたうなじがヒリつく、発情期が近いせいもあると思うけど自分で思ってる以上に期待が大きいんだろうな。それもそうだよ、好きな人の近くにいられて嬉しくない人の方が少数派……もしかすると魈は少数派かも知れないけど、嫌だったら嫌だって言うから多分大丈夫だ。
少し考えが飛躍してしまったので自分を落ち着かせる様にぎゅっと手を握り返すと俺より少し大きな手が握り返してくれて、その温かさに少し安心してると急に手を引かれ急ぐでもない帰り道を二人で結構な速度のまま駆け抜けて一緒に住んでるマンションまで帰ってくる。
大きな音を立てて扉を閉めると二人して玄関の中で靴も脱がずに肩で荒く息をしながら、何か急用でも思い出したのかと魈に視線を飛ばすと曇ってしまったメガネを外したらしく整った顔と鮮やかな金色の瞳がすぐ側まで迫って来てて、気恥ずかしさから咄嗟に目を閉じると唇に柔らかいものが触れた。場所を変えながら音を立てながら、何度も何度も啄まれればこっちも嬉しくなってついつい応えてしまう。
「ん、ふふっ、擽ったいよ魈。今日は急いで帰らなくても良かった気がするんだけど……」
「あぁ。だが外で愛でようとするとお前は怒るだろう」
「それはまぁ……だから慌てて帰って来たの? 俺とイチャイチャしたい気分だったから??」
「……嫌な気分にさせてしまったか」
「ううん、すごく嬉しい! 嬉しいから、えと、その、あの……もっと二人でベタベタしませんか……」
「空の望みならば、喜んで。……もう少し、言葉に出来るよう努力しなければな」
急に走り出した理由や玄関に入るなり降ってきたキスの雨が全部同じ理由に繋がってると知り、嬉しくなった俺は目の前でバツの悪そうな顔をしている魈に思いっきり抱きついて素直な気持ちを全部口にした。嫌なはずない、何事にも消極的な魈からそんな事したいなんて言われたの初めてだ!
抑制剤飲んでなかったら発情して本能のまま襲ってたかも、それくらい嬉しい。あーもう大好き過ぎてどうしたらいいのかわかんない!!
「一度離れろ、くっつくのは荷物整理してからだ」
「あ。ここ玄関だったね……じゃあこのままお夕飯作ってお風呂も済ませて、それからそれから」
「明日と明後日は休みだった筈だろう、焦らなくて良い」
「うー……じゃあ魈も仕事入れないでね?」
「善処する」
だからお前もさっさとやること済ませてしまえと俺の額に口付けた魈は食材を持ったまま部屋の奥へと歩いて行ってしまう。どうしよう、嬉し過ぎて変な顔になってないかな、両手で両頬を揉んでみるけどこの後も一緒にいるのに大丈夫かな、笑われたりしないかな……でも笑ってくれたら絶対カッコいいだろうし、あーもう……
「下手に好きって言われるよりヤバいってぇ……」
毎日一番近くにいるだけなのに、俺は貴方に溺れ続けるんだ。