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    カラメルソース やってしまった——そう思ったのも束の間、どうせ返事はないだろうとチャット画面を閉じた政府支給の端末を掛け布団に放り投げ、それから自分もベッドにダイブする。このまま眠ってしまいたい。もう難しいことは何も考えたくなかった。
     仕事が忙しいのはいつものことだ。下っ端とはいえ時の政府に勤めている以上、覚悟の上である。それにしても今週はいつもより多忙な一週間ではあったが、おそらく催し物担当の課の人たちよりはマシだっただろう。忙しさだけで参っているのではないとしたら、思い当たるのはあのミスと、あのお叱りと、あとは今日の……いや、わざわざ思い出すのはやめておこう。私は寝返りを打って天井を見上げた。
     端末に通知はやはり来ていない。肥前忠広とはそういう刀なのである。彼とメッセージをやり取りするのはほとんど仕事についてのことだけだった。一応私と肥前は恋人という関係なんだから、私だってプライベートなメッセージのやり取りもしたいのが本心ではある。ただどうやら彼はそうではないらしい。面倒なのか苦手なのか、仕事の話ですら素っ気ない返事はプライベートの話となるともはや返事すらないことも少なくない。確実に返事がある話題といえばご飯のお誘いくらいだ。だから最近はもう仕事以外では彼にメッセージを送ることはめっきりなくなっていた。なくなっていた、のに。
    『疲れた』
    自分の送信履歴を見て私はため息をついた。こんなのを急に送っていったいどうしてほしいと言うのだ。疲労で頭が回っていなくて、ちょっと弱気になってて、打ち間違えて……私は言い訳を考えながらチャットに送信取り消しの機能がないことを恨んだ。どうせ月曜日に職場で会うのだ。弁明するのはその時にしよう。私は端末の電源を切り、自分の瞼も閉じようとした。その時だった。聞き慣れた音と共に真っ暗になったはずの手元の画面が再び光る。そこに表示された二文字を見た瞬間、私は思わず起き上がって布団の上に座り直していた。
    『行く』
    ……行く? どこに? 全く期待していなかった肥前からの返信に、私の思考は一瞬停止した。どこに、って、文脈からしておそらく私のところにだろう。そうは言ってもにわかには信じられず、私は急いでチャット画面を開いた。
    『私の家に?』
    勢いのままに打った文章に返事が来たのはすぐだった。
    『迷惑か』
    『迷惑じゃないよ』
    それ以上の返信はなかったけれど、どうやら本当に彼はうちに来るつもりらしい。心配してくれたのだろうか、ありがたいな……と感謝を覚えながらも、今誰かに会う体力はないかも、などと考えてしまう自分を頭から追い出せず、申し訳ない気持ちで勝手にダメージを受け、私は再び布団に沈んだ。


     一人暮らしの部屋は私にとって十分な広さだった。一般的な審神者のように広い本丸に住んでみたい気持ちもなくはないが、政府職員で職務上審神者という立場を付与されているだけの私にはそんな暮らしなど夢のまた夢だ。私の王国であり心身の防衛基地でもあるこの部屋には友達もほとんど呼んだことがない。まあ時の政府の守秘義務を守るためにはむしろその方が良いのだろうが。ただしそんなこの部屋も、肥前にとってはもうすっかり見知った家である。
     インターホンが鳴ったのは予想よりも早い時間だった。彼が来るまでの間、私はといえば閉め忘れていたカーテンを閉め、寝転んでボサボサになった髪をとかし、散らかっていた部屋の応急処置を少しだけして、それからはただぼんやりと時が過ぎるのを待っていた。インターホンの音で現実に引き戻された私は、一瞬これが夢ではないことを確かめて——だって彼が来てくれるのは本当に予想外だったのだ——よし、と気合を入れてからドアを開けた。たとえそれが恋人であっても今の私は人と会うのには気力がいる。
     ドアの外にはいつも通り目つきの悪い無愛想な顔で肥前忠広が立っていた。
    「本当に来た……」
    「来ちゃ悪ぃかよ」
    眉間に皺を寄せた彼は刀を持っているのと反対の手に何やらビニール袋を下げている。それに気づいた私が尋ねるよりも先に、彼は私の横をすり抜けて家の中に足を踏み入れた。ところどころ破れているくすんだ暗い色の和服にガサガサ鳴る真っ白なビニール袋がアンバランスだ。
    「それ、」
    ドアを後ろ手に閉めながら、草鞋を脱いでいる彼に声をかける。
    「何入ってるの?」
    「これか? プリンだ」
    彼の口から出てきた可愛らしい響きに面食らう。プリン、と反芻している私に、彼は言葉を続けた。
    「あんた、甘いもん好きだろ。コンビニで買ってきた」
    ——想像してほしい。政府の技術により刀剣男士たちは和服だろうが刀を持っていようが一般人からは普通の人にしか見えないようカモフラージュされている。とはいえあの肥前忠広が、夜道で煌々と照らされているコンビニにわざわざ入り、それもプリンを買ってきてくれたのだ。思わず顔のほころんだ私に、彼は舌打ちでもしそうな勢いで顔を背けた。
     勝手知ったる、という様子で手を洗い部屋へ向かう肥前に、私は後ろからついていった。私の家なのだから私がちゃんと迎え入れるべきなのだろうが、どうすればいいのかわからないというのが素直な気持ちだった。何をしに来たわけでもない、何かをしたくて呼んだわけでも、そもそも呼んですらいないのだ。私の面倒なメッセージに付き合ってくれたこの優しい刀に、私は何を言えばいいのか困っていた。一方の肥前は、他人の家だと躊躇うこともせず、プリンを入れようと冷蔵庫を開ける。
    「……何も入ってねえな」
    彼の呟きに、私はあはは、と曖昧な笑いを返した。ほとんど空っぽの冷蔵庫にコンビニのプリンが二つ並べられる。ああ、自分が食べる分も買ってきてたんだ。
    「どうせ忙しいとか面倒だとか言ってコンビニ飯とカップ麺ばかり食ってたんだろ」
    「おっしゃる通り……」
    呆れた顔を隠しもせずため息をつく肥前になんだかいたたまれなくなる。私は求められてもいない言い訳をこぼしながらベッドに腰掛けた。
    「だって本当に忙しかったの、今週は。スーパーに行く気力もなかったし、料理する時間あるなら寝たかったし、疲れてたし、なんかもう何するのも……」
    思いがけずじわっと涙が滲みそうになって、私は瞬きを繰り返して誤魔化した。存外丁寧に冷蔵庫の扉を閉めた肥前はそんな私の様子に気づいているのかいないのか、こちらに歩み寄ってくる。足音のしない歩き方は染み付いた癖なのだろう。刀を置いて私の右側に腰を下ろすとベットが僅かに沈んだ。
    「それで急にあんなの送ってきたのか」
    「それはほんと、その……ごめん」
    「ま、別にいいけどよ」
    素っ気ない言葉とは裏腹に声色には隠しきれない柔らかさが滲んでいる。触れるもの全てに牙を剥く獣のような、癒えきっていない瘡蓋のような、そんな普段の彼の鋭さはすっかり息を潜めていた。もしかしたら彼をよく知らない人からすればあまり違いはないのかもしれない。でもそのちょっとした違いが彼と私の関係性を物語っている。
     それから続いた沈黙は再び私の言葉を迷子にさせた。確かに彼は口数が多い刀剣男士ではない。だが別に怒っているわけでもないようなのにここまで会話がないというのも珍しい。そして困ったことに、黙ってじっと座っているとどうしてもまた今週の嫌な思い出たちが頭の中で再生され始めてしまう。一人反省会がしたいわけではないのだ。こういう時は本当に自分の性格が嫌になる。
    「……下手くそ」
    不意に右側から聞こえてきた思いがけない言葉に、私は思わず顔を上げた。隣を見ると肥前の赤い瞳と目が合う。突然の罵りにいったい何事かと目をぱちくりさせていると、彼は私を鼻で笑い、かと思うと左手で私の頭を無遠慮に撫で回した。
    「わっ、な、何?」
    「下手くそだっつってんだよ。他人に甘えんのが」
    乱雑な手つきで髪がボサボサになったが、今は髪よりも私の心の中の方がとっ散らかっていた。図星だ。自覚はある。そしてこれが、彼なりに私を慰めようと、甘やかそうとしているのだということに気づいてしまった時には、私は胸から喉に何かが込み上げてくる感覚を覚えながら俯いていた。急にそんなことしないでほしい。泣いてしまうじゃないか。
    「何があった、どうした、何をしてほしい。言わなきゃおれはわかんねえぞ」
    促されるままに私はぽつりぽつりと話し始め、やがて気がつけば堰を切ったように心の内を彼にぶつけていた。ミスをして先輩に迷惑をかけてしまったことも、理不尽なことで叱られたことも、女であるのが嫌になったことも、やっていた作業が全て無駄になったことも、ぜんぶぜんぶ、いつもなら我慢できることが少しずつ積み重なって、ダムが決壊するかのように溢れてしまった。
     肥前は私の話を黙って聞いていた。肯定も否定もすることなく。愚痴なんか聞いても楽しくないだろうけど、何百年も生きた刀にとっては小娘の癇癪のようなものかもしれないけれど、それでも彼は忍耐強く私に付き合ってくれた。そうこうしているうちに私の涙腺はどんどん緩んでくる。困った、泣きたいわけじゃないのに。ついに涙声を隠せなくなってしまった私は、彼と反対の方に顔を背けた。
    「……こっち向けよ」
    「やだ」
    「あ?」
    「だって……泣き顔見られたく、っない」
    「はっ。何を今更」
    いつの間にか私の顔の前には彼の手が伸びてきていた。避けることもできず、私の両頬は彼の大きな手に掴まれる。抵抗むなしく、私の酷い泣き顔は彼の眼前に晒されてしまった。ぼろぼろと溢れた雫が彼の指を濡らす。視界は涙でぼやけていて、黒と赤の髪の輪郭さえ曖昧だ。
    「ひでえ顔」
    「だから見な、でって言った、のにっ……!」
    「嘘だよ、馬ァ鹿」
    揶揄うようにそう言って彼は笑った。その笑みが優しいものだったことだけは、滲んだ視界でもなぜかわかった。彼のこういうところが敵わなくて、嫌いで、でも笑み一つで絆されてしまうのだから私も大概物好きである。作ろうとした拗ねた顔も、堪え損なった涙と共に流れていってしまった。鼻をすすった私は少し緩んだ彼の手から逃れようと体を引く。しかし逃れきるその前に私の体はぐい、と引っ張られ、気づけば目の前には巻かれた包帯と破れた暗色の布が迫っていた。背中に彼の手が回る。頭の上からは「これで顔見えねえだろ」と小さな声が降ってきた。抱きしめられているのだと、ようやくそう気づいてからの私はもう溢れ出る涙を抑えるようとすることはできなかった。あとからあとからこぼれる大粒の涙は彼の服に濃い色の染みを作っていく。少し彷徨った手は縋りつくように彼を掴んだ。しゃくりあげる私を宥めるように、彼は私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。


     どのくらいの間そうしていただろうか。少しずつ落ち着いてきた私は、鼻をすんすんと鳴らしながら伝わってくる彼の呼吸のリズムを感じていた。今日の肥前からは血の匂いはしない。血の代わりについた涙の染みは、彼にとっては血よりもよっぽど珍しいものかもしれなかった。
    「……肥前、ありがとう」
    少し引っかかりながら出てきた声に、私の髪を梳くように弄んでいた指先が止まった。未だ彼の肩口に顔を埋めたままの私は、独り言を呟くように言葉を続ける。
    「来てくれて、嬉しかった。会うまではもう疲れてて誰にも会いたくないかもって思ってたけど……私、全部『下手くそ』だからさ。心配かけてごめん」
    「そりゃあ毎日あんな死にそうな顔で仕事されたら心配の一つくらいするだろ。今日も幽霊みてえな面で走り回ってたじゃねえか」
    随分な言い様だが否定はできない。それよりも、彼がずっと私のことを気にかけていてくれたことが嬉しかった。私はようやく体を起こす。きっと目は真っ赤で腫れているだろう。明日が休みでよかった。彼の肩口はすっかり濡れて色が変わっていて、小さな子供のように泣いてしまったことが少し恥ずかしくなった。肥前はそんなことなどまるで気にしていないように、ベッドに後ろ手をついて横目で私の様子を見ている。私はぐちゃぐちゃになった前髪を直しながら、ずっと気になっていた問いを彼にぶつけた。
    「でも、どうして来てくれたの?」
    彼はあっけらかんと言ってのける。
    「おまえが言ったんだろ。隣にいてくれるだけでいい、って」
    ……確かに言ったかもしれない。けど、それはたぶんかなり前のこと。私のメンタルが、今回ほどではないにしろ沈んでいた時のはずだ。ということは、彼はなんてことない私の言葉をずっと覚えていてくれたことになる。
    「おれでいいならいてやるよ」
    口角を上げてそう言った彼の声色は、今日で一番優しいものだった。優しい、優しい言葉だった。それはまるで水に溶け出した絵の具のように、ふわっと広がって私の心の中に染み渡る。ああ、まずい、と思った時にはもう私の瞳は再び潤んでしまっていた。だって、人斬りの刀だと自嘲するのと同じ口で、彼は私の隣にいることを選んでくれたのである。寄り添うという選択肢は彼にとってどれほど難しい決断なのだろう。私は想像する。私の知らない間にとっくにそれを選んでくれていたというのなら、それを愛と呼ばずに何と呼ぼうか。
    「……っ、おい」
    私の反応が予想外だったのだろう。慌てたように目を見開いた彼がおかしくて思わず目を細めると、目尻から涙が溢れて頬を伝った。驚いていた彼も私の様子につられて肩の力が抜けたようにふっと笑う。それから親指でこぼれた涙をぬぐってくれた。頬に触れた指先は少し熱くて、ちょっとだけ雑な手つきがたまらなく愛おしかった。
    「世話のかかるお姫様だな」
    「きらい?」
    「まさか」
    そう言ってぐしゃりと私の頭を撫でると彼は立ち上がった。どうしたのかと思って見上げると、「食べるだろ?」と言い残して行ってしまう。そうだ、冷蔵庫の中では彼の優しさがじっと待っている。私はうん、と届いたかわからない返事を返し、それから手を伸ばしてティッシュ箱を引き寄せた。頬に残った涙の跡をティッシュでそっと拭き取る。涙の跡だけ。彼に触れられた感覚はぬぐってしまわないように、そっと。
    たず Link Message Mute
    2022/06/20 19:00:58

    カラメルソース

    メンタルぼろぼろの審神者ちゃんを肥前くんが甘やかしてくれるお話
    政府所属の肥前忠広と政府職員の女審神者のひぜさにです

    肥前くんの"存在価値"の自認は恋をすると変わるのかな……少しでも変わるといいな……

    ※時の政府等の捏造設定あり

    (pixivからの再掲です)


    #刀さに #ひぜさに #肥さに #刀剣乱夢 #女審神者 #肥前忠広

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