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    ロング・タイム・ノー・シー ——ザザ、ツー……と耳元で音がして、私は手元の作業を止めた。時刻は現在午後五時十七分。フロアの掛け時計の下では一文字則宗が缶コーヒーを飲んでいる。私は耳を押さえ続けているヘッドホンを一度上げ、それからもう一度ちょうどいい位置につけ直した。微かに聞こえてくる雑音はおそらく周囲の環境音だろう。やがて間を置かずに聞き慣れた声が耳に届いた。
    『こちら肥前忠広だ。聞こえるか』
    「聞こえてるよ、肥前」
    返事をしながら私はデスク上のモニターを確認した。画面には肥前の現在位置が紫の点で示されている。
    『もうすぐ指定の場所に到着する。遡行経路の開門と帰還の許可を頼んだ』
    「了解。任せて」
    『もうこの時代でやり残したことはねえな?』
    「現時点では……うん、肥前に調査してもらったので全てだよ。あとは集まった証拠から報告書を作れば私たちの仕事は完了ね」
    『そうか。じゃあ、ゲートに到着次第帰還する』
    「わかった。気をつけて」
    プツンと小さな音がして通信が終了される。私はヘッドセットを外し、それから椅子の背もたれを軋ませて大きな伸びをした。無事に肥前が帰ってくればようやくこの任務は終わる。そのためにもあと一仕事だ。私は席を立ち、時間遡行ゲートの管理室へ向かった。
     肥前が任務に赴いているのは天明年間、江戸。この時代に出陣したとある本丸の刀剣男士たちにより、歴史改変が助長されたのではないかという疑いが持たれていた。そこで肥前が調査任務に単騎派遣されたのである。こうした任務は時の政府犯罪対策課である我々の仕事としては珍しいものではない。しかし、今回は少しばかり普段とは違う点があった。それが調査期間である。通常調査任務なら出陣してから帰還するまで、どれだけ長くてもこちらの時間で二十四時間を超えることはない。しかし今回の任務では肥前が出陣してからすでに三十時間を迎えようとしていた。その間はもちろん私も常に彼と連絡が取れるようスタンバイしていなければならないのであり、食事休憩や仮眠こそ取ったもののほとんど休憩なしでオフィスに張りついていたのである。これが終わったら臨時休暇だ。一日中寝て過ごしてやる。私は決意を固めながら、たどり着いた扉のロックを数種類の生体認証で解除し、ゲート管理室に足を踏み入れた。
     関係者以外厳重に立ち入りが禁じられた部屋の奥には、時空の裂け目、所謂時間遡行ゲートが口を閉じて佇んでいる。入り口の物々しさとは反対に至ってシンプルな部屋の隅で、私は職員権限によりゲートの操作画面を立ち上げた。画面に表示された情報ではまだ肥前はゲートに着いてはいないようだ。私はパネルを操作して彼の帰還に許可を出す。それにしても……と、私は思考を巡らせた。歴史改変に加担する刀剣男士、あるいは本丸というのは定期的に現れる。人も刀剣男士も心を持っているのだ。何かしらの過ちを犯すことだってあるだろう。嘘をつくことだって過ちの一つである。しかし歴史という大河に落ちて混ざった一滴の泥水が、その先の何万人、何億人の未来を狂わせるということにどうして思い至らないのか。それともそれをわかっていながら自分の欲望を優先させてしまうのか——
     ピー、という電子音に私の意識は引き戻された。画面を見るとゲートの向こうに生体反応がある。識別された個体番号は……肥前忠広だ。私は安堵の息を吐きかけて、いいやまだだと飲み込んだ。安堵するのはきちんと彼が帰還して遡行ゲートを閉じてからにするべきだろう。気を取り直し、私の指が開門のボタンを押す。すると時空の裂け目は不気味にその口を開いた。何色と表現すればいいのかわからないその穴から、やがて見覚えのある足が現れる。
    「おかえり」
    十分に全身が現れ裂け目から離れたのを確認し、私は閉門のボタンを押した。約三十時間前に会った時と変わらない肥前の姿にほっとする。報告にもなかったが大きな怪我はなさそうだ。
    「任務お疲れ様。怪我とか大丈夫?」
    「ああ。たいした怪我じゃねえよ。かすり傷だ」
    「よかった。念のため手入れ部屋でメンテナンスだけしてもらってね。長期の任務だったんだし」
    ふん、と軽く返事をした彼は興味なさげに操作パネルから視線を逸らす。彼は少々無理をするというか、自分に無頓着なところがあるのだ。きちんと手入れをしてもらうよう言っておかなければきっと面倒がって帰ろうとするだろう。……そうだ、私も手入れ部屋まで同行しようか。そのまま彼を待って一緒に帰るのもいい。そのためにも残りの仕事を早く終わらせなければならない。私は思案しながらゲートの操作画面を閉じた。再び時空の裂け目は沈黙する。
    「じゃあ、あとは戻って報告書を提出すれば……」
    仕事は終わり、と言って扉に向かおうとした私。しかし振り返って歩き出したところで私は立ち止まざるを得なかった。手首を掴まれたのだ。肥前に。
    「……どうしたの?」
    振り向くと、彼は何とも言えない表情で黙っていた。心を読もうとするかのように、あるいは読ませようとするかのようにじっと私の目を見つめる。困惑しながらも私は彼を見つめ返した。無機質な部屋は静寂で満たされる。数秒間だっただろうか。やがて手首を掴む彼の手にぎゅっと力が込められ、それから放り出すように離された。
    「……癪だな」
    「え?」
    「おれだけかよ」
    ぼそりと呟かれた言葉の意味を捉えきれず、私は沈黙するばかりだった。しかし尋ねるよりも先に彼は歩き出してしまう。苛立ちさえ感じるようなその足取りの原因はわからなかったが、私は一人扉に向かう彼を慌てて追いかけた。私でないとこの扉は開けないのだ。ロックを解除する私を一瞥して、それからの彼は閉ざされた扉に視線を向けるばかりだった。


     任務の報告書は案外すんなりと書き上がった。これは肥前が任務中にきちんとした報告を何度もくれたおかげだ。彼はああ見えて根は真面目なのである。仕事の相棒として助かることこの上ないほどに。これだけ正確な証拠が集まればおそらく該当の本丸は罪に問われることだろう。その先の処分は私の管轄外だ。
     そうして無事に仕事を終えた私たちは、肥前の手入れをしてもらうべく、うちの課の手入れ部屋に向かっていた。
    「手入れ部屋の前のベンチで待っとくね」
    「いいのかよ、早く帰らなくて」
    「これくらい待つって。待ってる間にメールの確認でもしとくし」
    まあメールの確認なんていつでもできるんだけど。心の中でそうつけ足す。本当は彼を待って一緒に帰りたいだけだ。それに、帰還した後の彼の様子も気になっている。できればちゃんと彼の話を聞きたかった。
     他愛もない話をしながら手入れ部屋まで来た私たち。しかし手入れしてもらう前に、二人して部屋の前の廊下で立ち止まっていた。複数並んでいる手入れ部屋が満室だったのだ。
    「全部使用中か」
    「珍しいね。あ、でもあの部屋、使われてるんじゃなくて改修工事中らしいよ」
    扉に貼られた貼り紙を見つけ、私は彼を呼んだ。しかし工事の通達などあっただろうか。そう不思議に思いながら貼られたお知らせを読むと予想外に我々の見知った名前に遭遇する。
    「はあ……南海先生かよ」
    南海太郎朝尊——学者然とした、肥前と同郷の刀剣男士だ。マイペースで探究心が強く、頼りにもなるがそれと同じくらい手に負えない刀でもある。どうやらこの改修工事は彼が発案者であり責任者らしい。工事の予定があることなど全く聞かされていなかったが、概ね彼の急な思いつきで突然始まったのだろう。貼り紙には工事の目的も終了予定時刻も書かれていなかった。
    「手入れ部屋……もしかして魔改造される……?」
    「さすがに手入れはできんだろ。……いや、学者先生のことだ、おれたちの想像の範囲を余裕で上回ってくるからな。どうなることやら」
    苦笑する肥前は案外楽しそうで、私も期待半分不安半分の目で扉を見つめた。どうなるにせよ、とにかく今は工事中だ。この部屋は使えない。肥前は他の手入れ部屋の残り時間を見て回ると廊下に設置されたベンチに腰を下ろした。
    「一番右の部屋があと残り十五分だ」
    「十五分なら他の課の部屋を許可取って貸してもらいに行くよりここで待ってた方が良さそうだね」
    「そうだな」
    私も彼の隣に座る。ふう、と息を吐く彼は前かがみになり腿の上に肘を置いた。手には小さな傷がついていて、私の視線に気づいたらしい彼はそれを隠すようにもう片方の手を重ねる。彼はいつも動物の本能であるかのように自らの不調を隠すのが上手かった。私としてはそれが心配だったりもするのだが。
     職員が数人前を通り過ぎる。私より年下らしい女性がこちらをちらりと確認してそそくさと歩き去っていったのを見て、そういえば肥前はよく知らない人からは怖がられがちなタイプの刀剣男士だったことを思い出した。
    「それにしても長い任務だったね」
    私は背もたれに体を預けてため息混じりに口を開く。人の行ってしまった廊下は静かで、手入れ部屋の中から聞こえる作業の小さな音は私の声で聞こえなくなってしまうほどだ。
    「一日以上職場にいたのなんてひさしぶりだよ」
    「たった一日か」
    「たった、って? 結構長かったけど」
    肥前の言い方に引っかかる。彼は聞き直した私をじろりと横目で見て、それから目を逸らした。彼は少しだけ口を尖らせたように見える。
    「こっちは向こうで何年過ごしたと思ってんだよ」
    その言葉にはっとした。任務の内容によっては刀剣男士たちは遡行先の時代で少なくない日数を過ごすことになる。数日から数週間、数ヶ月、そして数年……通常の本丸の刀剣男士たちよりは短いことが多いが、私たちの同僚の刀剣男士たちだってそうだ。そのことはわかっていたつもりだったが、いざこうして時間の流れ方の違いを突きつけられると自分は何も理解していなかったのだと実感する。特に肥前は遡行先での話はあまりしないから余計に、私はある意味忘れていたのかもしれない。
    「……そうだよね。こっち側の時間と比べちゃ駄目だよね」
    「別に。それが刀剣男士の任務だからな」
    無愛想な返事ながら、その声音からは少なからず複雑な心情が読み取れた。私が生きてきた二十数年分の一年と彼が生きてきた数百年分の一年では一年の比重が違うだろうが、それでもやはり一瞬一瞬を生きる今にしてみれば感じる時間の長さは同じだ。長期にわたる任務が大変でないはずがない。それに……と、私は想像する。もし私が肥前と何年間もの間離れて過ごさなければならなくなったら。会いたくても会えない。通信越しの声しか聞けない。……そんなのって、寂しすぎる。
    「肥前、寂しかった?」
    私の唐突な問いかけに、肥前は狼狽えた。
    「っ、んなこと一言も……」
    「じゃあ何年も私に会えなくても平気?」
    座り直してそう尋ねると、彼は少しきまりが悪そうな顔をする。それからかがめた体を起こし、私の方から顔を背けてしまった。私は少し悪戯心が湧いてきて、見えなくなった表情を追うように軽く覗き込む。
    「私はそんなに離れてるのなんて、辛いなぁ」
    追い討ちをかけるように言うと、彼の口元が何か言いたげに動くのが見えた。やがて観念したように大きな大きなため息がつかれる。私が待っていると、彼はようやく絞り出すように声を発した。
    「……会いたかったに決まってんだろ」
    半ばやけくそのように呟かれたその言葉に、私の心の奥がぎゅっと締めつけられた。嬉しい。ただ純粋に嬉しかった。ぱっと花が咲いたような私の笑みを見て、肥前は案外満更でもなさそうな顔をする。そうか、会いたいと思ってくれていたんだ……そう心の中で反芻する私に、意外にも彼は私の肩に頭を預けてきた。
    「そんなに嬉しいかよ」
    「嬉しいよ」
    耳元近くで聞こえる声にそう返すと、彼はふん、と鼻を鳴らした。寄せられた体から微かな体温が伝わってくる。肩に感じる重みは珍しくて、やっぱり彼は寂しかったのだと確信した。そして改めて遡行ゲート管理室での出来事を思い出す。
    「もしかして、帰還した時のあれも……」
    話題に上げると、肥前はあー、と煮え切らない声を上げて、それから黙ってしまった。その沈黙こそが何よりの返事だ。私もそれ以上何も言わず、黙って手入れ部屋の残り時間を見つめた。
     しかし私は嬉しい思いと同時に、自分の命令で肥前を辛い思いをさせる任務へ向かわせなければならないことへの罪悪感も感じていた。彼はただでさえ『斬る』ということに一つも二つも思うところがある刀なのだ。いずれ彼のこの価値観も苦しみも、私に少しでも何とかしてあげられるならどうにか僅かでも軽くしてあげたいと思っている。でもその前にまずは同じ時代を生きるはずの彼と私が過ごす時間の違いについて、もう少し自覚的になるべきだったと反省した。だが彼はそんな私の考えなどお見通しであるかのように、まあ、と口を開く。
    「これだけ長いこと生きてりゃ数年間待つのなんざそう珍しいことじゃねえよ」
    「それはそうかもだけど……」
    その数年もの間、愛想を尽かさずに「会いたい」と思い続けてくれることがたかだか百年ほどの命の人間にとってどれだけ嬉しいことか、彼にはわからないだろう。うーん、と頭を悩ませる私に彼は茶化すように言う。
    「なんだよ、職務放棄でもするか?」
    「違うって!」
    ふっ、と笑って身じろぎすると、彼のはねた髪が揺れてくすぐったい。そう、これは仕事だ。私の裁量だけではどうしようもできない。ならばせめて彼を笑顔で送り出し、笑顔で出迎え、可能な限り一緒にいてあげたいと思う。ありがたいことに彼が私を求めてくれるのであれば。
    「お仕事、これからも頑張らないとね」
    自分に言い聞かせるようにそう呟くと、「頑張りすぎんのはおまえの悪い癖だけどな」と、ほどほどにするよう彼に釘をさされてしまったのだった。
     肥前と二人でいると時間というのはすぐに過ぎてしまう。いつの間にか十五分が経ち、一番右の手入れ部屋の使用中のランプが消灯された。やがて扉を開き部屋から出てきたのは山姥切長義である。
    「おや、もう少し手入れ時間を延長してもらった方がよかったかな?」
    私たちの方を見て意味ありげに片眉を上げた彼に、そういえば今の私たちはあまり人前で見せるようなものではない状態だったことを思い出す。慌てて姿勢を正す私に対し、肥前は動じることなく私の肩にもたれかかったままで長義の方に視線を向けた。
    「おまえか。とっとと部屋空けて手入れさせろ。疲れんだよこっちは」
    「随分な態度だな。まあいい。長期任務だったんだろう? ゆっくり休むといい」
    「言われなくとも休むっての」
    悪態をつく肥前を軽くいなして去っていく長義を、私は小さく会釈して見送る。彼が廊下の角に消えてから、ようやく肥前は体を起こした。軽くなった肩に少しだけ物足りなさを感じてしまう。立ち上がった彼は気怠げに手入れ部屋へと向かった。扉に手をかけて、彼は一瞬立ち止まる。
    「帰りに飯食いに行くぞ」
    「え?」
    「味の濃いもん食いてえ」
    「いいけど……」
    「その後おまえん家」
    「どうぞ……?」
    「寂しい思いさせた分、構ってくれんだろ?」
    「……!」
    肩越しにこちらを振り返って口角を上げた肥前。私が何か返事をする前に、彼は手入れ部屋に入ってしまった。使用中のランプが灯り、モニターに手入れ時間が表示される。
    「……やっぱり寂しかったんじゃん」
    私は思わず微笑みを浮かべてしまう。しばらく彼の入った扉を見つめ、どこにご飯を食べに行こうかと考えた。彼が私と一緒に過ごしたいと思ってくれるのと同じように、私だって彼と一緒にいたいのだ。それから私は待ち時間の間にメールの確認をしようと、端末を取り出して電源を入れた。
    たず Link Message Mute
    2022/06/20 19:06:26

    ロング・タイム・ノー・シー

    時間遡行の長期任務から帰ってきた肥前くんを審神者が出迎える話
    政府所属の肥前忠広と政府職員の女審神者のひぜさにです

    ※時の政府等の捏造設定あり
    二人が所属している犯罪対策課は時間遡行や歴史改変、刀剣男士、本丸など時の政府が管轄しているもの全般における警察組織のようなイメージです

    (pixivからの再掲です)


    #刀さに #ひぜさに #肥さに #刀剣乱夢 #女審神者 #肥前忠広

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