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    C100サンプル/この素晴らしき世界What a Wonderful World as Shitty「キリコ先生、その腕があるんなら、どこぞのお抱え医師になれるんじゃないのか?」
     使用した器具一式の乗る台車を近くに控えていた保安局の局員に渡しながら、キリコと呼ばれた男は手を止めることなく問いを口にした相手の顔を見ることもなく、横たわるものを仏頂面のまま見つめ、口を開いた。
    「で、報酬はきちんと準備してもらえているのかな」
     ここは東国の国家保安局の庁舎内にある、拘束されている政治犯やら国家の反逆者たち専用の病棟の処置室。
     尋問から拷問までがありとあらゆる手段で行われる死の監獄だが、口を割らせるために死なれては困る場合もあり、本来であればバーリント総合病院などで高い地位にいられるような凄腕の医者が勤務する。それでもある種のエキスパートが必要となる場合もあり、今回は「毒」を包括する「薬」、そして「死」に関するエキスパートであるDr.キリコが呼ばれたのだ。
    そして、キリコが見つめていたそれは保安局員だったモノで、死体袋に移されジッパーが閉じられると、遺体安置所に運ぶためにストレッチャーを押し処置室から出ていった。
     運ばれていく死体は生まれも育ちも東国でありながら、保安局が血眼になって追っている西国一のスパイ〈黄昏〉に唆され情報を流していた売国奴。保安局員となるために高度な訓練を受けたその死体だったものは拷問でも口を割ることはなく、東国で使用する各種の自白剤も意味をなさなかった。そこで呼ばれたのがDr.キリコだ。

    ――Dr.キリコ、死に神の化身。

     医者でありながら死を提供するその闇医者は、裏の世界では有名人で、彼の仕事は死だけではなく、死に繋がるもの――毒物や関連する薬のエキスパートなのだ。


    *          *          *


     二週間前、Dr.キリコはその依頼の手紙を受け取っていた。
     依頼は、訓練されている者への自白を引き出せる薬が欲しいということだった。キリコにとってこの手の依頼は少なくはない。差出人の国が東国で、手紙を寄越した主が保安局のトップだった時点で、なんのために使われるのか考えなくとも分かりきっていたが、それはキリコには関係のないこと。仕事として依頼されれば裏がない限りは引き受ける。
     生業である「安楽死」の依頼であれば受け取りはたとえ東国だったとしても東側の通貨は受け取らず、この世界で覇権である合衆国通貨を指定するのだが、今回はキリコの使う薬が欲しいということ。であれば、薬だけではなくキリコ自身が運びキリコ自身が対象者に使い、依頼者には使わせない。これが依頼する側への最低条件。
     依頼内容からすれば、結局は安楽死も依頼されることを見越し依頼場所までの往復の旅券と旅費に相当する代金も請求する。尾行も詮索もなし。
     そして薬の依頼への報酬は、キリコでもなかなか手に入らないその国ならではの指定された薬を提供すること。こんな条件でも、横暴な東側諸国の連中であっても素直に従うのは、キリコのバックに付く力を怒らせたくはないということだ。
     現在、東国は〈黄昏〉を捕まえるのに必死になっている。普段はうっかり殺してしまったが得意な保安局がトップの名入りでわざわざ連絡を寄越したのは、〈黄昏〉絡みで少しでも情報を得たいからだと考えられる。それなのに手紙なのはうっかり殺しかけたのだろう、しゃべれる程度に回復する時間が必要らしく、返事も手紙でいいときている。その手の拷問の加減が難しいのはキリコも軍医時代に経験済みで、普段からうっかり殺してしまう連中に「絶対に殺すな」はさぞかし高難易度なお達しだったのだろう。

     裏もなそうな依頼に引き受けることとし、返事を書く前に二、三連絡するべき場所があるなと髪を掻くと、盗聴の心配のない回線の方の電話の受話器を取った。

     滅多に鳴る事がない回線を引いた電話が鳴る。
     その電話は緊急回線でもあり、この番号を知っているのはWISEの局員でもほんの一握りだけで、後は直接自分自身で話を通したい各方面で顔のきく名の通った人物に渡している程度。どちらにしろ、鳴ることのない電話が鳴っている時点で良いことではない。毎朝、出勤時に部屋の中の盗聴器の有無を確認しているが身分が外交官とう時点で安心はできないため、緊急回線が繋がる電話は盗聴器の仕込む余地のない壁の前にあるチェストの上にあり、そこは外からの監視の目の死角になる場所でもあった。
     ただ立ち上がったただけを装い電話へと歩いて行き受話器を取ると、間髪おかずに声が聞こえた。
    「シルヴィア・シャーウッドか?」
     聞いたことのない声にシルヴィアは眉を顰めた。だが、この回線を知っているということは何かしらで関わったことがあるということ。
    「ああ。そちらは?」
    「Dr.キリコだ」
     名前を聞いて、シルヴィアの息が詰まる。
     死に神の化身と言われる非合法に安楽死を施す闇医者が連絡してきたことに戸惑いを覚えつつ、相手が盗聴される可能性のない電話にかけてきたことに胸をなで下ろす。声を聞いたことがある訳がない。キリコとは話したことはないが、確かにキリコの関係者にこの番号を教えたことがあった。それがきちんと伝わっていたということなのだが、はっきり言ってこの男と関わり合いになりたい組織は無いだろう。
    「いい話と悪い話がある。どっちから先に聞きたい」
    「それよりも、なんの意図があって死に神の化身が私に連絡を寄越した」
    「ふっ、そっちでも嫌われているようだな。俺のところにきた話が、あんたら(WISE)にとっても美味しい話じゃないかと思ってね」
     いい話も悪い話も、さらには「美味しい話」というのであればなおさらDr.キリコから告げられるのでは出来れば聞きたくないものだが、わざわざこの電話にかけてきたということだけで話を聞く価値はありそうだった。
    「いいだろう、聞かせてもらおうか」


     シルヴィアとキリコの電話から数時間後、突然召集の連絡を受けた〈黄昏〉は、訪問診療の患者の様子を診てほしいと連絡があったと偽り、勤務先の病院を出ると指定のセーフハウスへとやってきた。
    「こんにちは、あるいはこんばんは、エージェント〈黄昏〉」
     〈黄昏〉は、管理官であるシルヴィアの声に少しの苛立ちが混じっている事に気づき不安を覚えたものの、その後に起こる無茶振りには慣れてしまっておりそのままシルヴィアの座るデスクへと歩いていく。
    「……悪い知らせですか?」
     帽子をとりながらデスクの前に置かれた椅子に腰を下ろすと、シルヴィアの盛大なため息が流れ出した。滅多なことでため息をつかないシルヴィアがここまで盛大についたという事実に〈黄昏〉は胃がズキリと痛んだものの、それは慣れた痛みで無視できるものだったため、ポーカーフェイスを貫いた。
    「〈黄昏〉、Dr.キリコに会ったことは?」
     突然、意外な人物の名前が飛び出し過去の記憶が頭をよぎる。WISEの本部には、その人物の追跡できる範囲ではあるもののエージェントになる前からの過去のデータがどのエージェントのものか解らぬよう、ただのデータとして保管されているため、嘘はつけない。
    「……軍属だった時に」

     年齢を誤魔化して軍に入隊するため、ローランド・スプーキーという名で生きていた時に前線でおかしな医者に出会った。
    元々は東方の熱帯圏で起こった戦争に介入した合衆国の軍医だったというその医者は、西国の正規軍の軍医ではなく、傭兵のように報酬に見合えば依頼を受け雇われている流れ者の医師だった。なぜ印象に残ったのかというと、医者だというのに隻眼で眼帯をしていたから。そういった者は正規軍では後方任務に回るというのに、その医者はフリーの雇われ医師で、前線から運ばれてくる負傷者に応急処置を施すMASHの第一線で仕事をしているのだ。
     ローランドは前線の人員補充のためにそのキャンプに行ったわけではなく、たまたまそのキャンプの維持のための人員として補充されたため、その変わった医師を観察する時間があった。十歳そこら、爆撃で母親を亡くし、ドブネズミのように地べたを這いずり回り、死ぬもんかと生きていせいか、変わっている人物に興味を持ちやすい。そういった人物は大抵生き残る上で役に立つ業を持っており、子供のころはそういった大人に付きまとい業を盗んで身に着け、自分のものにして生きてきたのだ。
     軍の医者ではないからなのか、休みや暇を見つけて顔を出す自分を嫌がるどころか医療技術が知りたいんならと助手として使ったり、誰も気にしないのをいいことに緊急処置を教えてくれたり、ひどい時には敵の攻撃で溢れかえった負傷者の処置までこき使ってくる始末。そのおかげで今に至るまで大いに役立ったことは役立ったのだが、おかげでその医師がなぜ雇われたのかも知ったのだ。
    彼の本当の仕事は、戦場では必要悪となるその仕事を一手に引き受ける、死に神の化身。

    「ならば話が早い。写真がなくても見れば分かるだろう」
    「声で分かりますが、そもそも彼は隻眼で眼帯をつけてますよ」
    「であればいい。いい知らせではないが悪い知らせでもない。協力者にした保安局員が消えたことに関係している」
     消えた協力者は〈黄昏〉がこちら側に寝返らせた保安局員で、接触時は毎回変装し〈黄昏〉をちらつかせたことがあるが、〈黄昏〉だと伝えたことはないものの、相手が相手だけに消えた協力者について探りつつ、続報が入るのを待っていたところだった。
    「ではオレ絡みですか?」
    「とも違う」
    「Dr.キリコとどう関係あるかぐらい、教えていただけませんか?」
     歯切れの悪いシルヴィアの返答に、流石の〈黄昏〉も苛立ちを覚えはじめていた。
     シルヴィアは「いい話でも無いが悪い話でもない」とは言ったが、Dr.キリコが関与しているのであれば悪い話でしかないのだろうと、保安局絡みでもある故キリコの仕事を思い出し、座り心地の悪くなった椅子に座り直すと、〈黄昏〉の動きにシルヴィアはまたため息をついき、ようやく口を開いた。
    「取引を持ち掛けられた」


     話を聞いた〈黄昏〉は背もたれに寄りかかり天を仰ぐ。
    「管理官、これは我々の仕事ではなく、火消しか火種の仕事でしょう」
    「どちらともDr.キリコが絡んでいるなら関わり合いになりたくないと言ってきた。当たり前だがな」
     それはそうだろう。
     軍医時代に助からない兵士を「安楽死」と称し薬殺していったその男は、不名誉除隊になっておきながらも非合法的に呼び戻され従軍し、不名誉除隊となったその仕事を請け負い、それ以外の時であっても彼の背後には合衆国の力がちらつくのだ。普段から国内にばらまかれた火種を消すために奔走する組織も、逆に国外で火をつけ燃え上がらせるために奔走する組織も、お互いそれぞれの諜報機関が奪い合うこともある仕事でも、今回の件にDr.キリコが関わっている以上、後始末に手は貸しても自分たちで取引したいとは絶対に言わないのだ。
     それは、取引を提案されたWISEがすべきだ、と言ってくる。
     分かりきったことだったが、ぼやくたくもなる。
    「取引内容を考えれば、あの国が出てくることは無いでしょうが」
    「第七艦隊の機で来るそうだ」
    「じゃあどうしてオレが接触しなくてはならないのか教えてください」
    「ああ、まずはDr.キリコが連れてくる別の医者との接触及び輸送の任務もあるんだ」
     この話が持ち込まれてから超特急で集められただろう資料がデスクに置かれ、〈黄昏〉の方へ押し渡された。
    「かの天才無免許医、ブラック・ジャック」

    ――天才無免許医、ブラック・ジャック

     自分達と同じ裏社会の住人なのだが、彼の仕事は裏社会だけではなく、自分達が陰ながら守る表の世界にも及び、依頼を受けるのは彼の気分次第。貧乏人から金持ちまで幅広く、知らないものは誰もいない無免許――モグリの外科医だ。
     無免許ながらその腕は世界一だが、法外な依頼料を吹っかけてくるかと思えばタダだったり異様に安かったり。
     見た目は、白髪と黒髪のツートンカラー、顔には大きなサンマ傷、おまけにサンマ傷の左右で皮膚の色が違う、モグリの闇医者らしいいで立ちだという。顔立ちから日本人だと言われており本名は知られていないが、裏社会に生きる者に本名は必要ないどころか自分を貶めるモノでしかないので、ブラック・ジャックという通り名なのは頷ける。
    そしてとても傲慢だとも聞いている。

     と、〈黄昏〉が知っているのはその程度で、自分で調べたことも裏を取ったこともない相手なので、〈黄昏〉自身は実際のブラック・ジャックについて知らないと言ってもいい。そんな人の噂ほど信用ならないものはないが、シルヴィアから渡された資料を見れば、強ち間違ってもいなさそうだった。
     クセの強い人物の相手は慣れているが、こちらは使い捨ての駒として動くことに慣れた人間だけ。相手は命を救うことに情熱を燃やす医師。考え方が違いすすぎる男に振り回される予感に身震いをする。ブラック・ジャックとDr.キリコを相手にするなら、Dr.キリコを相手にする方が共通点も多く、そしてキリコを知っているという点では扱いやすい。
    「助手も一緒に来るそうだ」
     シルヴィアがページをめくれと顎をしゃくる。
     めくった先には、アーニャと同じぐらいの女の子の写真があった。
     馬鹿にされているのかと思い険しい顔つきで資料から目を上げると、シルヴィアは肩をすくめて見せた。
    「それがブラック・ジャックの助手だ」
     シルヴィアの一言に、流石の〈黄昏〉も絶句してしまったのだった。

     シルヴィア・シャーウッド書記官直通の電話を終えたキリコは、かけたくもないし覚えたくもないのだが嫌でも覚えてしまったダイヤルを回し始めた。
     あのシルヴィアをやり込め契約成立の連絡をもらったのだから上上すぎる結果だ。持ちかけた件は、後はWISEがやってくれる。回しているダイヤルは、一番相手にしたくない疫病神への電話だ。
     ダイヤルを回し終えると少し間があり、そして回線が繋がると、キリコは呼び出し音を数え始めた。

    一コール……っと、ああ、なんで電話してるんだか
    二コール……だが俺じゃなく、あの疫病神じゃないと
    三……

     受話器が上がった音が聞こえると、間髪おかずに口を開く。
    「よお、ブラック・ジャック。あんたの腕を借りたい」
     キリコは挨拶もなしに依頼を切り出すと、電話口のブラック・ジャックは明らかに不機嫌な声をあげる。
    「人殺しに貸すもんなんぞないね」
    「話ぐらい聞けよ。それに報酬はたんまりもらえるぜ」
     報酬に興味を持ったのか、不機嫌さは変わりなさそうだが静かになった。
    「聞かせろ」
    「センセのとこの電話、盗聴の心配ないよな?」
    「ああ、ここの所ところ盗聴されるような心配のある患者の手術はしてないし、今朝調べた時点ではバグはない」
    「ならいい。面白いモン、治療できるぜ?なんならセンセの腕を奮いまくれる。報酬は、あのWISE持ち」
     キリコの話に、電話越しだが食い入るように聞いていたブラック・ジャックだが、「WISE」という単語を聞いて明らかに声が陰った。
    「ああ、なるほど。確かに魅力的だが……だからといえば、だからだな」
    「詳しくは電話口じゃなんだ、言えないが、偽装は俺んとこのチームがやってくれる。センセが西国に行ったことも東国に行ったことも、そんな事実は出てこないさ」
     電話越しにブラック・ジャックが唸っているのがよく分かる。キリコはそう言うものの、WISEの仕事を受けたと分かれば、東側陣営にも仕事に行くブラック・ジャックにも不利益なことが多い。キリコとは違い、ワンマンアーミーなブラック・ジャックを守る後ろ盾もないのだ。そこがネックだった。
    「漏れることはないと断言できるが、万が一漏れることがあったらだが、そんな時は俺の依頼だったって噂を流してやるよ」
     今回の依頼は、キリコの後ろ盾がにらみを利かせなければならない可能性もあるような内容なだと言うこと。ダブルブッキングやブラック・ジャックでは対応できないとなった時にキリコにと言うことで二人が呼ばれ喧嘩になることはあるが、キリコから稀にくる依頼に不足なところもなければ、むしろ自分の腕を見せることで顔が広がることを依頼してくる、イヤミな奴。今回も、万が一の可能性はあったとしても、それ以上に価値のある仕事であるからキリコは電話をかけてきたのだろう。腹を決めた。
    普段から協調性のない無鉄砲な男だと言われ、自覚しているものの直す気のないブラック・ジャックだが、今回の依頼の重大さは分かっているようで、受話器越しに大きなため息が聞こえてきた。
    「お前さんの顔を立てるのと、死に神の化身が俺に依頼してきたということに自尊心が満たされそうだから、引き受けよう」
    「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。交渉成立だ。詳細はセンセの家で話そう」
    二週間後


    「おいおいおいおい、なんで第七艦隊のマークがついた航空機がいるんだよ!」
    「ちょっとツテを使っただけなんだが。西国まで運んでくれるとさ」
     迎えに来たのはナンバーも日本の、普通の車だったが、着いた先は都内の合衆国の某基地だ。そこに珍しい飛行機が一機鎮座しており、それが本日出発する自分たちのために用意されたのは、最終点検のためにあわただしく整備士たちが動き回っているから明白だ。
    「お前さんの後ろに合衆国軍がついてるって本当だったのか?」
    「さぁてね。権力者ってやつは臆病だからな……」
    「先生、あのひこーきにのれゆの?」
     キリコの言葉を遮り、後部座席のブラック・ジャックの隣にお行儀良く座っていた少女が目を輝かせながら窓の外の飛行機を見ている。普段、ブラック・ジャックに同行する時はファーストクラスの搭乗するため、軍用機というのが珍しいのだろう。小さな子供は男の子だろうが女の子だろうが、普段は目にすることのない物に目を輝かせて興奮するのが常だ。
    「ああ、この「こよしやのれきそこない」のおっちゃんが、ぜーんぶ準備してくれたんだぞ。腹たつな」
     キリコのすることは全て気に入らないと言うかのように、ブラック・ジャックはムスッとしてしまったが、少女は顔をさらに輝かせた。
    「キリコ先生が?しゅごいのよさ」
    「センセに言われるのは嬉しくないが、お嬢ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいねぇ」
    「じゅんびをちてくれや キリコ先生にかんしゃするのはあたりまえなのよさ」
    「はいはい。でもこれプライベートジェットのサイズだろ。軍でそういうのって中身が人のために作られてないだろ?」
    「プライベートジェットをなんだと思ってんだ?輸送機ならまだしも軍に納入されて塗装もそれっぽくされただけの至って普通のやつだぞ。だけど、このサイズだからな、飛行距離が稼げない。給油のために何度か着陸することになるが、俺達は外に出ることは禁止だ」
    「なんでこいつと常時顔を突き合わせてなきゃならないのか……ああ、やだやだ。詳細話し合う時以外はお前さん、俺の見えない場所にいろよ」
    「この依頼は誰からの依頼だっけな?ああ?お前が俺の見えないところに居ろよ?」
     この二人が顔を突き合わせると碌なことが起きない。ブラック・ジャックの家での打ち合わせも、迎えが来て基地に着くまでの間も、何事もなく過ぎたのが不思議なくらい、普段はお顔を合わせれば言い争いや取っ組み合いの喧嘩を始める二人なのだ。
     今まさにその状態で、車の中だというのに一触即発な状況に、少女は声を上げた。
    「もう!うわきはゆゆしまちぇん!れもおとこよひとやら め つぶっててあげゆかや キリコ先生とうわきなや ゆゆしてあげゆ」
    「ピノコ!これがどうやったら浮気に見えるんだ‼︎」
     運転席で、一般人に扮した兵士がこらえきれずに噴出した。
    「こりゃ、お嬢ちゃんに一本取られたな」
     キリコは額を押さえながら高笑いしながら笑い続ける。
    「まったく、どこで覚えてくるのやら」
     少女の名前はピノコ。
     元は奇形脳腫で、ブラック・ジャックが足りないパーツを補い人の形にしたのだ。姉の体の中で十八年もの歳月を過ごしたため本人は十八歳だと主張するのだが、体の大きさは四歳児ほどで喋り方も舌っ足らず。自称、ブラック・ジャックの助手であり奥さんだという。食事はボ◎カレーかお茶漬けで済ませてしまうような男の元にいたために、料理の腕はいつの間にか上達し、世間一般の家庭と同じものを簡単に作ってしまうし、この小さな体で掃除洗濯もお手の物。
    人にしてくれたブラック・ジャックに対して、奥さんだからという気持ちから役に立ちたいと、今では手術の助手まで勤めてしまうほど。
     そう、〈黄昏〉が調査書の写真を見て絶句したのが、このピノコだ。
    キリコの笑い声と、頭を抱えるブラック・ジャックと満足げなピノコを乗せた車は滑走路の脇の格納庫の前で止まったのだった。

     飛行機は、何度か給油で世界中にある合衆国の基地に立ち寄り、最後に西国内にある合衆国の基地へと降り立った。
     東国とは友好国ではないため、東国以東の国に合衆国の航空機が乗り入れできる場所はなく、国境を接するために置かれている西国の基地にやってきたのだ。自国の機がやってきたようにしか見えず、カタギではないが一応は民間人が乗っているなど、はた目にはわからないだろう。
     滑走路からエプロンにやってきた飛行機は、速度を落とし右に旋回して扉の開いた格納庫へしずしずと侵入し、扉が閉まるのと同時に既定の場所へぴったりと止まり待機していた作業員によってタイヤ留めがかけられる。その作業員たちも機体のチェックに入らずそそくさといなくなってしまった。
    「なるほど、給油なしでもいける機体じゃなくて小さい機体なのは格納庫に入れるからか」
    「ああ、だから少し時間はかかったが、たまにはゆっくり休むのいいだろ?」
    「万年暇人のキリコ先生が言うと重みがありますなぁ」
    「いちいち突っかかるのやめて欲しいねぇ。さて、お仕事開始だな」

     格納庫の一角にある詰所にいた〈黄昏〉は、飛行機のエンジンの回転が完全におさまるまで固いパイプ椅子がまるでソファーであるかのように座りながら今回の任務を反芻しつつ、メインの任務である〈オペレーション・梟〉についても思考を巡らせていた。
    発表する論文のために出張が入ってしまったという名目でフォージャー家を出てきたのだが、そのせいでアーニャにはお土産をねだられたが、それは嘘の出張先にいる局員に見繕わせ送ってもらう手筈は整えてあるので心配はない。メインの任務で演じるロイドの精神科医という職業柄、学会だとかなんだかんだで出張について怪しまれることはないのだが、偽装家族とはいえ妻であるヨルと娘のアーニャを置いて数日家を開けるのが心苦しくなってきているのだ。
    ――いかん、いかん。ロイドはただの役。任務で家を空けたっておかしくはないんだ。オレがロイドになってはいけない。
     今は別な任務の時間であり、ロイドという男が持つフォージャー家のことなど足を引っ張る荷物でしかない。家族を持つと足枷になるのではと思っていたが、やはり切り離せない部分ができてしまい考えることが多くなった。一度体の力を抜き気持ちを切り替えると、今後のことを左右する任務のために立ち上がった。
     格納庫の扉が閉り飛行機のエンジンの回転が完全に止まると、〈黄昏〉は詰所から駐機する飛行機の元へと歩いてく。タイヤ留めをかけた軍の作業員はすでに姿を消し、人影はない。合衆国の軍人はこういうことに慣れているのだろう。やってきた機に搭乗する者達が去るまでそしてその後も、見ざる・言わざる・聞かざるが徹底される。
     諜報員同士の街角での接触ではないため帽子やコートは身に着けておらず、普段のレトログレーのスーツ姿で金髪の柔らかい髪を軽く撫でつけただけの〈黄昏〉は、いつものようにポーカーフェイスのまま一定の足取りで飛行機の搭乗口まで歩いていくのだが、軍の基地であるもののこの格納庫はWISEの貸切で、今はもう軍関係者は飛行機のコックピットにいる連中だけ。だから格納庫は妙に静かで〈黄昏〉の靴の音だけが響いており、それに混じりタラップが降りる機械音が混じり、降り切る頃に〈黄昏〉はタラップの脇にたどり着いていた。
     初めに降りてきたのは長い銀髪の男だった。
    〈黄昏〉の記憶のキリコは坊主頭で、伸びてくると整えてクルーカットにしており職業軍人たちと同じような髪形だったが、降りてきた男の髪質は確かにキリコだ。
    タラップの下に人がいることに気づいたキリコが少しだけ顔を上げる。自分らを迎えに来る局員が〈黄昏〉だと告げられた時、裏の社会では有名な諜報員のコードネームを持つ人物を寄越すなど、自分達はそこまで重要人物扱いなのかと苦笑を漏らしたのだが、その〈黄昏〉というコードネームの諜報員の顔を見て驚いて歩みを止めてしまった。そのため、後ろにいたブラック・ジャックがキリコにぶつかり怒ってその背中を殴っているのだが、それすら気づいていない様子だ。
    まさか、知っている人間が来るとは思ってもいなかったキリコは、少しの間、残る片目を丸々と開きタラップの下にいる男を凝視する。仕事柄、恨みを買うことも多いため用心のために過去に出会った相手の顔を覚えており、その中に、〈黄昏〉の顔と一致する青年の顔があった。
    ――あいつは……ローランド……そうだ、ローランド・スプーキー……あの好奇心と学習力の塊のようだった青年が、噂に名高い〈黄昏〉だと?
     昔出会った青年が、自分と同じ世界の住人になっていたことに驚きながらも、出会った頃も、兵士だからというありきたりなものではない何か別の奈落の底のような暗さをも湛えていたことを思い出した。生き残るために少しでも「生きるための知識」を必要として吸収していたあの青年の片棒を担いだ気になり眉を歪めたものの、その道を生きると決めたのは自分ではなく彼自身での決断なのだから、何も自分が背負い込むことではないと肩をすくめると、タラップを降り〈黄昏〉の元へと歩いていく。
    「初めまして、君が〈黄昏〉?」
     ローランドであれば初めましてではないが確かに〈黄昏〉とは初めましてだ。〈黄昏〉の笑顔はこちらを知っているそぶりは浮かんでいない。流石と言ったところ。自分は動揺してもなんら問題はないが、〈黄昏〉にとって動揺は命取り。知っていても一寸たりとも見せないのだから。恐れ入る。
    「ええ、初めましてDr.キリコ。そちらが?」
    「こっちがブラック・ジャック、で、足元にいるお嬢ちゃんが……」
    「ピノコなのよさ」
     キリコに紹介されたピノコは先に紹介されたブラック・ジャックの前に出て、タラップの階段の上から〈黄昏〉へ手を差し出した。
     子を持たぬ大人であれば、子供の目線に合わせることなどせずそのまま差し出された手を握るだろうに、〈黄昏〉はタラップの下までいくとアーニャと話す時のようにピノコの目線までしゃがみその手を握り返し、いつもロイドが見せる笑みを浮かべた。
    「ピノコちゃん、よろしく」
    「よ、よろしくなのよさ」
     仕事柄、女性をたぶらかすことに慣れている〈黄昏〉の笑みにピノコはどぎまぎしてしまい、顔を真っ赤にして俯いた。微笑ましいというかのようにさらににっこりと笑った〈黄昏〉はピノコの手を離し立ち上がると、ピノコとのやり取りにか口をへの字にしてむすっとしているブラック・ジャックへと向き直る。
    「ブラック・ジャック先生、お待ちしておりました」
     ピノコに向けた笑顔のまま差し出された〈黄昏〉の手を見て、キリコを見てまた〈黄昏〉の手を見る。主に裏の世界で仕事をするブラック・ジャックにとって、〈黄昏〉の笑顔はうさん臭さしかないのだが、今回の件は自分の腕が存分に振るえることよりキリコをぎゃふんといわせたいがために受けたようなもので、依頼主であるキリコの顔を立ててやらねばならないのだ。普段であればその握手を無視するのだが、仕方なしに手を握り一通り挨拶を済ますと、相変わらず笑顔のまま〈黄昏〉が三人を詰所へと案内する。
    ――キリコの妙な間、ありゃなんだったんだ?
     最後尾を歩くブラック・ジャックは、〈黄昏〉の後ろを歩くキリコを睨みつけながら、キリコがタラップの上で見せた妙な間が気になっていた。普段であればキリコのことで気になればすぐに詰め寄って締め上げて聞き出そうとするのだが、今回はキリコから依頼で来たため、流石のブラック・ジャックも詰め寄るのを我慢して大人しくついていっているのだ。普段とは違い、詰め寄らなかったためにピノコが心配そうにブラック・ジャックを見上げながらキリコの後を追って詰所へと入っていく。
     詰所はがらんとしており自分達以外の人影はなく、歓迎のお出迎えもなければ軽食も飲み物も見当たらない。
    「痕跡は残せません。ですので、説明は全て口頭になります」
     キリコが西国内の合衆国の基地へ到着することは周知の事実のため、キリコは一人基地から車で最寄りの駅まで送られることになり、一足先に東国へ出発することになった。万が一を想定し、キリコへは全てを伝えず東国内で接触の度に都度情報を伝えることになり、諜報員とやりとりすることもあるキリコは慣れっこだと笑って手まで振って出ていった。一方のブラック・ジャックは相変わらずムスッとしたまま、〈黄昏〉の説明を聞いているため、〈黄昏〉の内心は穏やかではなく、不機嫌の原因とそこから発生するさまざまな障害についてシュミレーションし、ありとあらゆるパターンを作り出していく。
    「もうすぐこの基地をでる車が何台か出発します。その車列に紛れて目的地へ向かいます」
     準備されていた車は窓にスモークの張られたセダンで、目立つ存在であることを自覚しているブラック・ジャックは仕方ないかと乗り込み、普段はブラック・ジャックが運転するため後部座席で隣に座れるピノコは長旅になるというのに上機嫌だ。しかし、ブラック・ジャックがハンドルを握る〈黄昏〉を険しい顔で見たり、そうじゃない時も考え事をしている顔つきでいるので、ピノコはお節介で思い切って聞いてみることにした。
    「先生、キリコ先生のこと どーちてにらんでたの」
    「ん?睨んでなんかないぞ」
    「うそ。いちゅもならちゅっかかってゆくのに かわりににらんでた」
     運転する〈黄昏〉がバックミラーからもしっかりと確認できるほど、ブラック・ジャックが大きく肩を落としやれやれといった顔をしている。本当に子どもは親のことをよく見ている。引き取って娘としたアーニャも、時々こちらを見透かしているような態度や発言をするのだが、子供とはそういったものらしいとピノコの発言を聞きながら〈黄昏〉は心の中で苦笑している。
    ――これは、教えておいた方が因縁をつけられなくて済みそうだ。
    「キリコ先生とは前の大戦でお世話になっているんですよ。でもオレの口からは言えません。この依頼が終わったら、キリコ先生から直接聞いてください」
     ブラック・ジャックの顔が驚きからますます苦虫を潰したような顔になったものの、その後の道中、〈黄昏〉をにらみつけることは消えたのだった。


    続く
    未定/未定 Link Message Mute
    2022/07/19 21:53:53

    C100サンプル/この素晴らしき世界What a Wonderful World as Shitty

    #スパイファミリー  #C100 #コミックマーケット100  #サンプル  #クロスオーバー #ブラックジャック
    C100 13日(土) 東6ホール「カ13b」未定
    SPY×FAMILYでスペースいただきました。
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    この話は、SPY×FAMILYの〈黄昏〉と、ブラック・ジャックのブラック・ジャックとDr.キリコ(ふたりの黒い医師:通称ふた黒)のクロスオーバー小説です。
     SPY×FAMILYの世界にブラック・ジャックやDr.キリコもいる設定です。
     SPY×FAMILYの作品時間より五〜一〇年後で〈オペレーション・梟〉は遂行中のためフォージャー家も継続中
     ブラック・ジャックの作品時間では一九七五年〜一九八〇年頃に相当し、ブラック・ジャックは二九〜三四歳(無免許医になったのが二六歳)。ブラック・ジャックと名乗っている時間にずらしています。(ふた黒の設定はブラック・ジャックの方の年表から有り得そうな歳で作っていますが、SPY×FAMILYの時間軸にいるます)
     ■■■少年が巻き込まれた西国と東国の戦争と少し重なって、東南のとある国を二分した泥沼の戦争が終結しています。
     西側陣営・東側陣営があります
     某合衆国のような国もあり、西側陣営で影響力は強いです。
     ふた黒は極東の島国に住んでいます。
     Dr.キリコに関しては、ヤングブラック・ジャックとDr.キリコ〜白い死神〜の設定も入っています。
    年齢:Dr.キリコ>>〈黄昏〉>ブラック・ジャック
    コミケ後、通販予定です。
    https://undecideddown.booth.pm/items/3991490

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