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    雪山Δ「寒い…」
     実は雪はあまり好きじゃない。なぜだかうちのクソ本部長を思い出すからだ。
     はぁ。小さくため息をついて、木枠の窓の外に目をやると、相変わらず叩きつけるような吹雪で視界は真っ白のままだった。
    「どうする?ロナルドくん」
     白銀の髪を濡らした吸血鬼は子犬のような顔できょとんとしている。
     いやきょとんじゃないんだよ、きょとんじゃあ。
    「誰のせいでこうなったと思ってるんだ…」
     濡れた前髪を撫でつけながら、息を吸う。
     落ち着け、まずは状況を整理しようじゃないか。
     あれは、さかのぼること小一時間──

    ***

     新横浜に隣接するウィンタースポーツの名所、新横山。
    「雪やこんこォ!  ず〜んずんこんこォオ!!」
     雪だるま型のスーツから生々しく手足を生やした吸血鬼のかけ声に合わせて、次第に雪が強くなっていく。
     いい加減にしろ、おぽんち吸血鬼め! もうすぐ初夏だぞ。
    「漏れは吸血鬼、雪にwktk(ワクテカ)!  春のヌクモリティに包まれるとww  ついつい我を忘れて暴れてしまいまつねww」
     うーん…。彼の古(いにしえ)ネットスラングに合わせて、心なしか隣のアベックにく美くんの殺気が増している気がする。
    「ぽまいらも五月病には気をつけてくれメンスww」
    「…隊長。抹殺の許可を…」
    「い、いや! 今回は捕縛で!」
     ふぅ…。気を抜くと、思い切りのいい隊員たちのせいで、私が何枚も始末書を書くはめになるからな。
    「身体能力は高そうに見えん。警戒しつつ、ゼンラくん、へんなくんで左右から押さえこもう。マナーくんは後方のフォローを頼む。にく美くんは正面で待機」
    「「はい!」」
     隊員たちがドラルクの指示のもと、一斉に持ち場につく。
    「…俺は?」
    「君は、私の隣で待機」
    「ちぇっ」
     うなだれた銀髪の隙間から、しょぼくれた空色の瞳が覗いている。
     我が隊が捕獲した高等吸血鬼、ロナルド。訳あって私の保護観察のもと、隊に所属している。
     彼の強大な能力の数々は敵になっても味方になっても厄介だが、日光の影響を受けないため、武器としては昼夜問わずで使い勝手がいい。
    「ただでさえ君は、出力が0か100だからね。新横山は、最近雪崩の報告が多いんだ。積雪を刺激されては敵わない」
     彼は私の言葉に対して、満足そうに目を輝かせて、額にかかった毛束をぴょこぴょこと揺らしている。
     いや、畏怖っぽいことは言ったけど…。褒めてないからね、これ。
    「隊長、あとは私が。お車までお下がりください」
    「あぁ。ありがとう、希美くん」
     この吹雪でもう私の体力は限界に近い。倒れる前に彼女の思慮に甘えることにした。
    「行くぞ、ロナルドくん!」
     彼を連れて歩きながら、手袋、マフラー、イヤーマフ、ニット帽、ダウンコート、ダウンベストを順に脱いで、山頂付近の駐車場に戻る。ぎりぎり電波が届く駐車場の警察車両内では、参謀役のマイクロビキニくんが通信担当を務めてくれている。
    「やぁビキニくん、周囲の状況は変わりないかい?」
     荷物をまとめて座席に置く。 確かカバンに、持参したあったか〜い紅茶があったはずだ。
    「問題ない。退治人どもの増援も間もなく来るそうだ。まぁ、今回はそこまで人員が必要とも思えんがな」
    「フゥン! 上々上々〜!」
     ドラルクは機嫌良く、自前の魔法瓶を取り出し、打点高めに、温かい紅茶をコップにそそいだ。
    「…おい? ところで、あいつはどこに行った?」
    「ん?」
    「例の。不死身の高等吸血鬼だ」
    「んんん?!!」
     ドラルクとビキニは慌てて車両から飛び出した。しかし、前方、後方、上空、どこを見てもロナルドの姿がない。
     バカな!?  目を離したのは車両に入るまでの一瞬だぞ?!
     いや、この気配は…!
    「南東に2km!」
     ドラルクが勢いよく振り返ると、頂上付近の立派な一本杉に豆ツブみたいな彼のシルエットが見える。
     嘘だろ。帰ったら大型犬用の首輪と猛獣用のリードを用意しよう…。
    「うぉおーーーい!!!!! ドラ公ぉーーーー!!!!」
     豆ツブは大声を出しながら、立派な杉の木を大きく左右に揺らしている。おい、ドラ公じゃなくて隊長と呼べと言っただろう。
    「ここまで飛んで一瞬だぜ?! 俺、畏怖いかなぁーーーー?!!!!!」
     おいおいおいおい高等吸血鬼!!?  そんなところからクソでかい声出して、クソでかい木ぃ揺らしたらどうなるか!! 今どき五歳児でも知ってるぞ?!!
    ───ゴォオオオオオ
     雪煙と共に景気よく雪崩が始まった。
    「ヒョーw 案の定だ!」
     自分の推理が当たりすぎると、人はヤケで笑えてくるものだ。
    「おい! 走って逃げるぞ、ビキニ!」
     雪崩の規模は大したことないが、雪崩の進路が山中の道路に沿っているため、この車両は使えまい。
     下手に車で雪道を走り回ろうとするよりは、駐車場の周りが小高い崖になっているため、さっさと登って、この辺りからとんずらするのが賢明だろう。幸いにも他の隊員は距離がある。これなら問題なく全員避けられるはずだ。
    「ってあれ?」
     すわ登らん! と思って、ふと振り向くと子鹿のようにプルプルと震えたビニキがフリーズしていた。生まれて初めて見る超常現象に、完全に頭がショートしてしまったようだ。
     ええい! この甘ちゃん次男坊が!
     腰が抜けているのか、ビキニは押しても引いても動かない。
     こうなったら!
    「秘技!!!」
     ドラルクが両手両足を大きく広げて、ビキニの両手を掴む。
    「ドラドラ遠心力!!!!」
    ── 長い手足を活かして、回転運動で対象を遠くに吹き飛ばす!  ドラルク隊長の必殺技である!
     グルングルンと大きく弧を描いたビキニの体が、ブワっと宙に浮き、崖の上へと飛んでいく。
     一方で、ドラルクは反作用で雪崩の方向に吹っ飛んだ。
     グキッ☆
    (あ、やっばw 肩と膝、脱臼(や)っちゃったかも…)
     そう思ったのも束の間、ドラルクの視界は真っ白になった。
    (でも我ながら、ナイス『ぐるぐるどーん』だったんじゃない? )

     ドラルク隊長の意識がゆっくりと薄れていく───

    ***

     木枠の窓に寄りかかり、濡れた隊服の端を絞りながら、竜の血を引く痩身のダンピールは天を仰いだ。
    「あー危なかった…」
     雪崩に巻き込まれたときは、腕の一本や二本は覚悟したものだが、折れた杉の木をスノーボードのように乗りこなした全ての元凶こと、ロナルドくんが慌てて来たことで、私の身体は再び雪の上に掬い上げられたのだった。
    「…で、誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」
    「あの…。あの…すごく反省してます…」
     やれやれ…。これで悪意がないからタチが悪い。
    「まったく…痛てて…」
     ビキニくんを放り投げたときの影響で肩と膝が痛むが、それ以外には大きな外傷はなそうだ。ジャケットの内ポケットからスマホを出すと、電波こそ立っていないものの、充電は十分にある。これならGPSで場所を特定できるだろう。
    「それにしても、奇跡的に山小屋があって助かったな」
     あのままでは、元凶ルドくんに木の棒で全力ラッセルさせながら、そのへんで雪洞を掘ってビバークするか、大人二人分のカマクラを急ごしらえするかの二択だった。
     雪を吸って重たくなったロングコートを、とりあえず近くの木の椅子にかける。欲を言えば、熱いシャワーの出るバスルームと、アフタヌーンティーのルームサービスが欲しいところだが…。仕方あるまい、諦めよう。
     ドラルクは、古びた暖炉の前にある一人用のソファに近づき、積もったほこりをポケットチーフで拭いながら言った。
    「雪を吸った服を着ていても、体温を奪われるだけだ。君も上着は脱いでおいたほうがいい」
     吸血鬼が風邪をひくことはないだろうが。寒さで急に調子を崩されても困る。
    「おぉ…! わかった!」
     ロナルドは少し嬉しそうに、脱いだマントをバッサバッサと振っている。
    「さっきのところから、どれくらい離れちゃったかな」
     ドラルクは、拭いたソファに腰掛けて目をつぶる。スラックスの裾口から、ポタリ、ポタリと雪解け水がしたたり落ちた。
    「ふむ。先ほどの変態吸血鬼の気配から察するに、ここはあの地点から西に3kmほど移動したあたりといったところか。吹雪も強くなってきたし、これ以上はまずいな…」
    「でも、そのうち髪の長い子とかオヤツの子が見つけてくれるんじゃねぇの?」
    「にく美くんと希美くんね。まぁ遅かれ早かれ、見つけてくれるだろう。特に、にく美君は戦闘だけじゃなく、諜報員としても能力が桁違いだからな」
     署内の機密情報から、道ゆくカップル達の裏アカツイートまで瞬時に探り当てる彼女の情報収集力とカンの良さを私は買っている。
     って、そうじゃなくて…ハッ…
    「ハッ…クシュ!」
     あー…これだから私のような、か弱き麗しのカナリア系男子は…。
    「このままじゃ、私が風邪ひくんだよ…」
    「風邪?」
    「そう、風邪だ。ただでさえ虚弱体質の人間が、風邪をひくとどうなるか知ってるかね」
     私だって全国の虚弱体質の人間の方を網羅しているわけではないけど、以前、繁忙期に風邪をひいた際には、微熱、頭痛、倦怠感が二ヶ月以上続いて、それはもう散々だった…。
    「ごめん。俺、風邪ひいたことないから、わからねぇ…」
    「……」
     ともかく、私が風邪で寝込むと我々の仕事に支障が出るんだよ、彼にそう伝えて、気休めに血液錠剤を半錠ほど服用しておこうと思ったが…。しまった。血液錠剤はダウンコートの内ポケットだ。つくづくついてない…。
     ちらりと横に目をやると、自分のせいで仕事に影響が出ると聞いた高等吸血鬼は、間違えてゴミ箱をひっくり返してしまった大型犬のように、申し訳なさそうな顔で部屋の中をうろうろと動き回っている。
    「…ロナルドくん。とりあえず、暖を取るために薪を探そう。もし見つからなければそこの椅子を解体してくれても構わない」
    「おぉ!! わかったぜ!」
     一応、公務として捕獲した彼がいる手前、気丈に振る舞ってはいるが、先ほどからすでに足先の感覚が無い。ただでさえ元から低い体温が着々と下がっているのがわかる。一刻も早く暖を取らなければ…。
     ロナルドはしばらく部屋の隅を物色していたが、目ぼしい材木が手に入らなかったのか、椅子をバキリ、バキリと薪に変えていった。
    「そうだ! 俺が隊長をかかえて、山のふもとまで飛ぼうか?」
    「…君、以前に署内の運動場で、私と飛行訓練をしただろう。そのとき、どうなったか覚えてないのか?」
    「うん! 訓練服を着た隊長をかかえて飛んだはずなのに、降りたときには隊長が裸でおもしろかった!」
    「こっちは死ぬかと思ったんだぞ!?」
     お客様の中で、成層圏をこの目で見たことあるよ〜って人いますか? 私は先日見たんですけど。
    「大丈夫だって〜…。今は加減できるから…」
    「気持ちは嬉しいが、遠慮しておこう。イチかバチかで豪雪ぶち抜いて成層圏を見るくらいなら、風邪のほうがまだましだ」
    「うぅ…」
     加減できるのになぁ…と、彼はまだ一人でブツブツ言っている。まったく不器用なやつだ。
     ドラルクは、よろよろとソファから立ち上がり、毛布でもないかと小屋の奥の物置らしき棚を物色することにした。

    ****

     私の努力のかいあって、毛布と呼ぶには毛羽立ちすぎだが、ボロボロのブランケットを一枚見つけることができた。しかし、一人で使うには大きいが、二人で使うには小さすぎる。どうしたものか…。
    (うん。ロナルドくんには毛布の使用権を諦めてもらおう!)
     ドラルクは心の中でそう決心した。
     一方、先刻まで椅子だったものは、ロナルドの手によって暖炉の中で立派な薪に姿を変えていた。
    「隊長! 薪ができたぜ!」
    「よぅし!! よくやった! あとは火だ!」
    「おぉ!!」
    「…? 火」
    「???」
     …そうか。そうだよな。タバコなんて吸わないよな、最近の吸血鬼は(?)。私も吸わないもの。
    「…君って、火とか出せるの?」
    「おう! 出そうと思えば、半径20kmくらいまでの火柱も出せるぜ!?」
    「……」

     その後、我々は厳正なる話し合いをした結果、ロナルドくんの指パッチンで火をつけることとした。木を擦り合わせる原始的なやり方も(ロナルドくんが)試してくれたが、技術が足りなかったのか、煙が上がるばかりで一向に火種にはならなかった。
    「じゃあ、行くぞ…?」
     ロナルドくんが恐る恐るクロスさせた中指と親指を暖炉の木材に近づける。 くれぐれも小屋ごと吹き飛ばすなよ、ロナルド。フリじゃないからねこれ。
    ──パチッッ!

     ボッコォオオオ!!!!!!
     ビリビリと窓が揺れて、かんぬきを挿したはずのドアがバァンと勢いよく開く。背後のソファは二回転ひっくり返り、ドラルクの手元にあったはずのスマホは部屋の中を激しく跳弾し続けた結果、小さくて丸い一つの塊になった。
     当然、暖炉の前にいた二人の服はすべて燃えて塵になっていた。
    「ゲホ…。まぁ、火はついたな」
     私の馬鹿。なぜ彼が火をつけるときに、30メートル以上の距離を取らなかったんだ。
     幸いにも、窓際にかけてあった毛布は少し焦げただけで無事なようだ。毛布を取り、マントのようにひるがえして、全てがあらわになった自分を優しく包みながら、720度縦回転したソファにゆっくり腰かける。
     皮張りのソファはまるで痩せ細った哀れな地方公務員を慰めるかのように、ギシリと穏やかな音を立てた。
     はは、やっぱりこの毛布、ちょっと焦げくさいな。薪とスマホの破片が混じった暖炉の中では、パチパチと音を立てて緋色と翡翠色の炎が揺らめいていて、まるでのオーロラのように綺麗だった。
     さて…

    「とりあえず。扉閉めてくれる?」

    ****

    「ごめん、隊長……」
     ここまで来ると、もう怒ってはいないが、私は無言を貫いた。かわいい顔で謝ればなんでも許してもらえると思わせてはいけないからだ。
     ロナルドは、小屋の物置から拝借した『おでん』と書かれた小さなのれんを腰に巻いたまま、暖炉の前のソファの上で毛布にくるまれて顔だけ出しているドラルクに続けて言った。
    「俺のせいで、隊服も全部消しとんじゃったし…。そんな布一枚じゃ寒いよな…」
     あぁ。残念だが、君のせいで焦げた毛布が一枚しかないし、これは君には絶対使わせないからな。
    「それで…俺…!」
     ロナルドくんが顔を赤らめて、もじもじしている。どうした。トイレなら外で頼むぞ。
    「俺…思い出したんだけど、雪山で遭難したときは……」
     うん…?
    「は、は、は、裸で抱き合うのがいいって…テレビで……!!」
     そうか〜! それじゃあ早速!
    「裸であっため合おルドくん!」
     ───って言うわけないだろそんなこと!!!!! !!
     もぉーー!! 最近の教育テレビは何を放送しているんだ!??! うちの子に変なこと教えないでくださる!?!!
     ロナルドはおずおずと続けた。
    「隊長さえ良ければ…だけど…」
     どんな提案だバカ!! そう言ってピシャリと断ろうと思ったが、ロナルドくんの足元をよく見ると、銀色のすね毛だらけの足は霜焼けですっかり赤くなっていて、心なしか本人も意識がぼんやりしているようだった。そうか、不死の吸血鬼って言ったって寒さは感じるんだな。
     ───男二人で雪山で裸で抱き合う、か…。
     IQ200のドラルク隊長の頭の中では、瞬時に様々な言葉が飛び交う。社会的立場。性的言動。正当防衛。人命軽視。低体温症。判断力低下。組織管理能力。矛盾脱衣。動物愛護。六ヶ月以下の懲役ないし三十万円以下の罰金。
     …答えがでた。今思えば、私もこのときだいぶ頭が疲れていた。

    「まぁ…君さえ良いのであれば…??」

    ***

    「ロナルドくん…私、もう…っ…!」
     尖った耳の端を赤らめてドラルクが言う。
    「退屈で死にそうだ」
     暖炉の火は安定して暖かいが、まだ小屋のスキマ風が寒くて、耳も赤くなるってものだ。まったく何が好きで、男二人で裸で抱き合ってるのか。
     ドラルクは心の中でそうひとりごちたが、正面から暖炉の熱を受けて、背中からロナルドの肌の温もりを浴びて、崩れかけた体調はだいぶ改善していた。
     毛布の中では『おでん』の布一枚を挟んで、ロナルドがドラルクを包み込むように身を寄せ合っていた。
    「えっと…。しりとりでもするか?」
    「しない。…こんなことなら新作の積みゲーでも持ってくるんだったよ」
    「それって俺が隊長の家に初めて行ったときに壊しちゃった白いやつ?」
    「…それはPS5だね」
     あれから何度も抽選には応募しては外れているんだぞ、この馬鹿力め。
     それにしても…
    「吸血鬼ってこんなに体温が高いものなの…?」
    「お、おう! いや、俺くらいかもしれない…」
     ひさびさの人肌の温もりでなんだか頭がぼんやりする。元々は彼のせいとは言え、この温もりを味わえたのは役得だったかな。思えば、ここ数週間ずっと働きづめだった。あぁ、疲れた。市民のために粉骨砕身、そう言ってはいるが…
    「休みたいな…」
     気づけば、声に出ていた。弱音を吐くつもりなんてなかったのに…。
     少しバツの悪そうに俯いたドラルクを見て、気遣うようにロナルドが毛布をかけ直す。
    「休めばいいじゃん」
     はぁ〜?! いきなり何を言い出すかと思えばこのアホ吸血鬼…
    「無理に決まってるだろ!」
     見上げると、ちょうど彼と目が合い、なぜだか思わず逸らしてしまった。
    「そんでいっしょにハワイとか行こうぜ!」
    「アホ!! 誰が行くか!」
     このアホルドくんとハワイね。 …まぁ、退屈はしなそうだけど。
     行ったことのない南国で、イメージだけの青空バックの異国のビーチで、嬉しそうにコーラフロートを持って走ってくる彼のアロハ姿が目に浮かんで、思わず顔がほころぶ。
    「隊長、目がとろんとしててかわいい…」
    「ん?」
     んんん?
     ロナルドはドラルクのこがね色の瞳に吸い寄せられるように、その口にそっと口づけた。ゆっくりと、たどたどしく、ついばむようなキスだった。
    「うわ…。君ねぇ……。そういうのは本当にやめたまえ…」
    「な、なんで!?  俺、ドラ公のこと好きだ!」
    「…『隊長』」
    「…隊長は、俺のこと好きじゃない?」
    「はぁ?」
    「俺は、隊長とこれからもずっと一緒にいたいって思ってるんだ…!」
     ええい! 泣きそうな顔でもだもだしゃべるな! うっとうしい!
    「落ち着け。私はいい歳こいたおっさんだぞ?」
    「俺はその何倍も生きてるし!」
    「さっきから…。急にどうしたんだ」
    「前からドラ公と…。こ、恋人みたいな関係になりたいって思ってたんだ…」
    「…私は残業ばっかりで、君のための時間なんてとれないぞ」
    「いつも仕事終わるまでいっしょにいるじゃん」
    「ヒョロガリだし、きっと血もまずい…」
    「俺…血が欲しいんじゃなくて、ドラ公の隣がいいんだ…」
     しょぼくれた瞳のロナルドがドラルクの毛布を掴んだ手首にそっと自分の手を添える。
    「それでも、だめ?」
     ロナルドの真っ直ぐな視線がドラルクの隠れた庇護欲に刺さる。
    (うぐっ!!)
    ───ってしまった?! 顔に出た!?
     焦るドラルクを見て、畳みかけるようにロナルドが半身寄り添う。毛布がぱさりと落ちて、ふたりの一糸まとわぬ姿が暖炉の炎を反射して、艶やかに光っていた。
     ロナルドはドラルクの手首を握ると、そこに触れるような口づけをし、真剣な顔で言う。
    「ドラ公って…やっぱ俺のこと好きだよな」
     やめろ!!!  従順な犬みたいなフリして、まじまじと目を見てくるな…!
     少しずつ握った手に力を入れるな! 腰に手を回すんじゃあない!
     というか、口もとが緩んでるんだよアホぉ!
     勝ち確イベントだとでも思ってるのか!
     変なとこばっかり自信つけやがって、この浮かれぽんちが…!
     そのうち、目にモノを見せてやるからな?!!
     まぁ!?!!

    「…私も…好き、だけど………??」

     さっきから、顔が熱い。脈が早い。息が苦しい。早く目をそらしたいのに、彼から目が離せない。
     きっと、こんなの、いや絶対に!

     全部、雪のせいだ。

    ***

    「ドラルク〜〜!」
     綺麗な赤毛を揺らして、退治人の少女がドラルクに駆け寄る。
    「やぁ、ヒナイチくん。こないだの雪山での捜索活動、本当に助かったよ。退治人の皆さんにも迷惑をかけたね」
    「何を言うんだ。ふたりとも無事で本当によかった!」
     またあの吸血鬼とも戦いたいしな!
     ヒナイチくんはそう笑うと、お見舞いの品として、カルシウムたっぷりのウエハースを置いていってくれた。なんて気の利く子なんだ…。それに比べて…
    「…何だよ」
    「なんだ。まだ拗ねているのか」
    「なんで昨日帰るの遅かったんだよ…」
    「あのねぇ…」
     全部君のせいなんだが?! というかお前も昨日隣にいただろ!! 目の前の物損報告書の山を見ながら、そう言おうとして、グッと言葉を飲む。
    「…ロナルドくん、これ」
     ドラルクがそう言って差し出したのは、春から新設された新横浜ハワイアンズのペアチケットだった。
    「近場で悪いけど…もうすぐ大型連休だろう。休みは取れる確率が高い」
    「ドラ公ぉ!!」
    「きっと激混みだろうがって……グフッ!」
     満開の笑顔のロナルドに勢いよくハグされたドラルクは大きく後ろに倒れ、そのまま来客用のソファに転がり込んだ。
     臭い。重い。退け。
     ドラルクは、すっかりドッグランに来た大型犬のようになってしまった吸血鬼を退かしながら、数日後の大型連休のレジャー施設の混み具合を想像し、めまいをのする眉間を指で押さえた。
     タイミングを見計ったかのように、コンコンとドアがノックされる。
    「隊長、お楽しみのところ、失礼します」
    「…何だね、稀美くん」
    「本部長付けから伝達です。エリアBで例の指名手配犯の目撃情報が入ったと」
    「ほう。例の連続串刺し事件か。ロナルドくん! 君の出番だぞ」
     ドラルクは素早く立ち上がると、愛用の打刀を腰元にさし、ソファに腰掛けるロナルドに優雅に手を差し伸べた。
    「さぁ、公務員の根幹は社会奉仕。面倒くさいが、市民のために粉骨砕身、働こうじゃないか」
    「おう!!」


     後日、地元の週刊誌には、新横浜ハワイアンズにて、コーラフロートを持って走る吸血鬼ロナルドと、それを見て微笑むドラルク隊長の仲睦まじいアロハ姿が掲載されていた。



                                    おわり

    knmgi_ Link Message Mute
    2022/08/07 3:09:09

    雪山Δ

    #ロナドラ
    5月4日のうち吸で頒布していたΔ ロナドラの小説です。

    画像は、ぱくたそ様からお借りしました。
    フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com)

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