イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    呑吐する悪霊 舌にまとわりつくような、エグく苦いブラックコーヒーに思わず顔を顰める。
     煙草が吸えるというだけでとりあえず入ったが完全に外れだった。気つけのための泥水みたいな液体をそれでもすすって、未だもやのかかる頭の中を少しでも晴らそうと試みる。
     昨晩は結局ベッドで一睡もすることができず、そのくせ編集作業でデスクに腰掛けると一瞬気絶し、飲み物を取りに行ったキッチンで昏倒しかけ、浴室で座った記憶のないバスタブのふちに座り込んで気を飛ばしていた。もはやこのところの毎日は、自分が起きているのか眠っているのかすら分からなくなっていることが間々ある。
     まともに眠れぬまま、今日の昼前に予定されているイベンター含む打ち合わせ場所まで向かおうとかなり早めに用意をして玄関に立ったとき、靴紐が解けているのに気づいた。舌打ちと共に座り込んで、そして、瞬きの間に二時間が消滅していた。
     慌ててスマホを取って表示された時間に動転する間もなく、数件の通知が目に入る。そのうち一つはネモからの『今日はもうお前来なくてもいいからそのまま寝てろ』と短いメッセージで、もう一つはヴィクターからの『ネモもそこまで怒ってるわけじゃない。とりあえず少しは調子戻しな。また明日ね』のライムだった。その気遣いに余計に惨めにさせられて、腹が立って壁を殴った。
     完全に出かける格好で足の片方だけに靴を履いた半端な己のやり場に困って、結局時間以外は予定通りに家を出た。ほとんど惰性で目的地に向かってみたものの、歩を進めるうちに眩暈を覚えてどこか座って休めるところ、ついでに喫煙できるところを探し、駅前の喫茶店の扉をくぐって今に至る。
     結局、コーヒーを飲んでも煙草を飲んでも、息が詰まるほどの気重から逃れることはできそうになかった。それもそうだ。いつのまにか外出前ルーティンに組み込まれて今日もつけてきた香水の香りも、さっき灰皿に押し付けた煙草の銘柄もギンガとお揃いのせいで、どうしたって離れようと決めたあの男が思考に侵入してくる。無意識にスマホを触りそうになっている手を無理やりコーヒーカップに持っていった。プリントされたダサい花柄が掠れて消えかかっているのがやたら癪に障る。
     あの女の家で飲んだコーヒーも大概苦かったが、こんなに不味くはなかった。むしろギンガから押し付けられたそれは甘美にすら感じられたが、今はもうその味を思い出せないでいる。
     あれだってそもそも本物のギンガじゃなかったかもしれない。タカフミさんの優しさだったのかもしれない。あれがあの男の優しさからくる行為だったのだとしたら、結局俺はギンガじゃなくあの男の優しさに喜ばされていたことになるのだろうか。ギンガを差し置いて?
     そんなの耐えられない。ギンガだけくれればよかったのに。優しさなんていらないのに。でも結局自分は喜んでしまう。その浅ましさが耐えがたく、腹立たしい、のに。
     今もあの男はお仲間や、ほかの有象無象の連中と笑い合っているんだろう。俺がいなくても楽しくやってるわけだ。そしてこの瞬間も誰かまたあの男の優しさを享受しているのかもしれない。俺以外の誰かが。
     そう思うと自己嫌悪すら上書きしてしまえるほどの激情で腸が煮える。悔しくて羨ましくて気が変になりそうになる。
     苛立ちが募りすぎてまた気分が悪くなってきつつあった。苦味でも気晴らしにならないのならと、卓上に備え付けの容器からスティックシュガーとコーヒーミルクのポーションをいくつか取ってやけくそに突っ込む。真っ黒の液体に白が歪な模様を生みながら溶けだしていくのを、乱雑にかき混ぜる。
     ついでにとばかりにメニューも開いて何か腹に入れるかと思案するが、何一つそそられる物がない。本当にどこまでもハズレの店だ。
     ギンガと初デートでお茶しに入ったところは良かった。紅茶もカップも、カトラリーも趣味の良いものだったし、何よりミルフィーユが美味しくて。
     そういえばあの時、自分の所作をお姫様かよと笑われたのだっけ。こちらの話す内容も聞いてない様子で俯いて震えだすから何かと思えば、途端に人を指さしてひゃひゃひゃと大笑いしていた。
     自分のこういう少し世間離れしているらしい仕草を面白がられるのは特に珍しくもないので何の感慨もない。一定の層にウケるので、定期的にネタとして動画にまでしている。
     でもなぜだかあの時、少し恥ずかしいという気持ちが湧いた。咄嗟に「マナーとか全く知らないところが好きだ」なんて煽りで返したけれど、なんであんな気持ちになったのだろう。今まで時に進んで笑われて、それで食ってきたはずなのに。喜んで即座に撮られるべきだったのに。あの男の心の底からおかしそうに笑う顔に、声に、なんだか奇妙な羞恥が湧いて、でも決してそれを嫌とは感じていなかった。
     そうだ、あの時、確かにギンガが俺を見ているというのをまざまざと意識したのだった。何気ない仕草まで当たり前に見られているのだと。彼の目に自分が映って、彼は愉快そうに笑って……。
     なぜだか体温が上がって顔に熱が集まって、妙に喉が渇くのを感じた。自律神経がイカれてしまってるせいかもしれない。
     すっかり冷めたコーヒーにもう一度口をつける。ドロリと口の中で広がる甘みは喉の奥に張り付いて、砂糖が粘膜の水分を奪ってピリッとした不愉快な痛みが生じた。
     とても飲み下せない代物になり果てたそれを睨む。いくら憎しみを込めて眺めても、もう元には戻らない。
     スローモーション。取り返しがつかないことが目の前で起こるとき、度々その現象は訪れる。
     今も目の前で落ちる透明なグラスが、ゆっくりと、くわんくわんと回転しながら床と近づき、それをなぜかぼんやりと眺めていて、はた、と我にかえるときにはもう大抵手遅れのときだ。
     ガシャン、と耳障りな大きな音が立つ。きつく咎められた子どものように思わず首をすくめて目をすがめた。
     ガラスの破片と中身が飛び散っている。歪に尖った切っ先が光を集めて、白く輝き目の奥を刺すような光を発していた。嫌々ながら惨状を確認し終えて、重たい溜息が出る。アルコールの匂いが立つ。
     このところずっと多忙だったから、久しぶりに家に一人で飲んでいた。知り合って日の浅い人らと飲んだ酒はあまり酔った気がしなくて、適当に上書きしたかった。
     ウイスキーのボトルを開け、コンビニで買った一袋三百円くらいのチョコレートとリビングのテレビモニターに映した動画をつまみに、舐めるようにダラダラ飲む。ふいにSNSの通知が鳴って、なぜか少し慌ててスマホを取ったら、目測を誤って手の甲でグラスを弾き飛ばしてしまった。原因たる通知の主は、だいぶ前に何とは無しに登録した飲食店の営業LIMEだった。
     酒気に浸った重ダルい体を無理やりソファーから引き剥がして後始末を始める。自分でやっときながら何でこんなことしなきゃならんのだという気分に支配される。いや分かってる大人だから。でも大人だって嫌なもんは嫌だし、ダルいもんはダルい。
     適当な紙袋にガラス片を拾い集める。普段買わないブランドのロゴが艶感のあるニス塗りをされていて、濡れたような質感を伴い存在を示しているのが妙に気に障る。テレビからは同じブランドの服を着ている男がパールホワイトの頭を揺らし、わぁわぁと騒ぎ立てていた。
     相変わらずうるせぇな、と思う。配信時と言うのは自分もそうだが、マイクで拾いやすい声や、動画内でのメリハリというものがあり、キャラをつくるという以前に声の出し方話し方、身振り手振りをある程度それらしくやらなければならない。編集で多少どうにかなるとは言え、カメラの前に立ちエンジンをかければ、フラットなテンションの時と多少の乖離はあるのが普通だろう。
     だが画面内のこの男は、通常時とそれほど大きく変わらない気がした。SNSを通したやり取りを除けば、実際に顔を合わせた回数は片手で足りる程度でしかないけれど、会う度にいつも大体こんな喧しい奴だったように思う。
     いや、いつもではない。こいつが頼んでもないのに見せて来た内臓は確かにこんなもんじゃなかった。もっと、もっとうるさかった。
     勝手に膨らませきった夢、奴の心臓、そういうものが破裂する瞬間を、間近で見せつけられた。見せられてしまった。あの時の破裂音は今でも鼓膜の奥に響いている気がする。それは一瞬で、今はもう何の音もしないはずなのに、時折じんと痺れるような耳鳴りだけ残っていた。それが、ひどく煩わしい。
     身勝手な夢を捧げ、意味不明な理想で好き放題に人をぶった男。でも、俺の話を決して遮らず、相槌ひとつも妙に真剣だった。だから、煩わしくもそれらに甘んじてやっていたのに、急に一人でくず折れて、子供みたいに大口開けて甘ったれの泣き方で。欲しい欲しいってねだるから、だから、俺は。
     ぽたりとサイドテーブルから落ちた雫が手の甲を濡らしてハッとする。酔いが回ってきたのかいらんことを考えてしまう。モニターには自動再生で次の動画が映し出されていて、よく名前も知らんような輩が騒いでいる。単純にうるさい。テレビを消して、毛羽立ちの目立つタオルで家具と床を適当に拭った。水気を取るだけでは匂いがどこかしらにうっすら残ってしまって取れない。でももうこれ以上の始末をする余力もない。タオルも、このまま捨ててしまおう。
     タオルやら紙袋やらの始末跡をキッチンのゴミ箱脇に隠すみたいにしまった。明日の朝までもう視界にも入れたくなかった。
     飲み直すかどうか迷いながら、新しいグラスに冷蔵庫から出したばかりのミネラルウォーターを汲む。冷たい水が胃にまで落ちて行くのがまざまざと分かって、体が冷えたせいかぞくりとした。ふいに部屋の静かさが気になる。動画、消したんだった。スマホも、こんな時に限って通知のひとつも鳴らさない。
     耳鳴りは、本当は自分の体から鳴っている音だと言う。体内で反響する音がくわんくわんと鳴っている。うるさい。なんなんだ。本当にこれは単純な耳鳴りか?
     耳鳴りの響きが、聞き覚えのある声に似ている。よく通る声だった。俺を追いかけて来たくせに、俺よりよっぽどこの仕事に向いている声だと思った。
    「ずっと画面の中で暮らそうよ、俺と」
     なんで、どうしてそんなこと言うんだ。俺にはコズミックがあるんだよ。コズミックのギンガなんだよ。何でお前は全部欲しいだとか、無茶なことばかりしか言わないんだ。俺にできないことを、俺に求めてくれるなよ。
     ああよくも、と思う。よくもあんな風に泣きやがって。弱いところを晒しやがって。よくも、よくもテメェは……。
     頭の中で、あるいは胸の内で、何かが脈打ちながら勝手に膨らむのを感じる。膨らんだそれが思考や胃を圧迫している。
     冷水で洗い流したはずのそこが気持ち悪くてざわつく。吐き気に似ている。嫌だ吐きたくない。吐いた後のことを考えたくない。だって俺たちはもう大人で、やってしまえば、出してしまえば、そのケツ持ちは自分でやらなきゃいけない。今の俺にどうにかできる気がしない。なのにどうして。
     頭の中で警鐘が鳴る。何かが壊れそうで、何かが変わりそうで、酔いでボヤける視界の中で、照明ばかりが嫌に白く、目に痛かった。
     嫌いではない。本当だ。だが嫌な気分だ。
     本当の、気持ちだった。
    17kid Link Message Mute
    2022/11/23 15:42:59

    呑吐する悪霊

    時系列的には原作59〜60話の間、ファンミ少し前くらいかなと思いながら書いた幻覚です。
    互いの存在に対する感情のやり場に困って情緒乱していたら可愛いなというお話。

    ツイッターにて10/4と11/21にそれぞれ初出したものを再掲。

    #ギンミツ

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    • キュートアグレッションシーシャバーのあと疲労でヘロヘロの蓮に庇護欲が一周回って暴力衝動を刺激される隆文…という幻覚です。
      ギミギミ本開催限定公開だったものです。当日はありがとうございました!

      #ギンミツ
      17kid
    • diazepam5/4 惑星サブスクライブにて頒布予定のForever(ミカドとネモ)の冒頭です。
      これだけでも読めるところまで抜き出しています。

      このあと元気ないミカドくんをネモが連れ出してボルダリング行ったり二人でご飯食べたりする本が出る予定です。

      ちょっとえっちな展開にもなる予定ですが書き途中なのでならんかったらすみません…。
      詳細は決まり次第ツイッターなどでお知らせしますのでよろしくどうぞ。

      #惑星サブスクライブ #forever(ガ粘) #ミカネモ #ネモミカ
      17kid
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