孵化 孵化
清潔なシーツを甘く満たした後の倦怠感と夢心地の中、ホークアイとアンジェラは寄り添い合う。身体が離れた事を惜しむように二人は指と足を絡ませた。褐色の手がアンジェラの耳をゆっくりと、一定の速度を保ち撫ぜると、満足そうに目蓋を閉じる。
「身体、辛くない?」
「うん。ヘーキ」
ホークアイとベッドを共にするのは何度目かとなる。内側で感じる違和感にはまだ慣れないが、彼の指と唇で上り詰めるのをアンジェラは好んでいた。
「ホークアイと寝るのは好きよ?」
人と繋がるって、こんなに素敵だと思わなかった。
そう伝えればホークアイは目を細める。耳を撫ぜていた手を離し、冷えないようブランケットをアンジェラの肩へと掛ける。
「俺は深窓のお嬢様と関係を持つのは、まだ早いと思ったけど」
「問題ないわ。……それにアルテナの性教育って早いのよ」
「へぇ」
意外だと言わんばかりのホークアイへ言葉を続ける。
「どちらかと言えば、男性から身を守るための知識だったけど」
アルテナ城内は、そのほとんどが女性で形成されている。もちろん城下には男性も存在するが、女王の娘であるアンジェラが接する機会は無いに等しい。
男性と出会った際に触れさせてはならない場所、性行為が今後の人生にどう影響を及ぼすのか。肯定的な教育を受けた覚えは無い。だからこそ、ホークアイと寝た時の多幸感は忘れ難かった。
「担当は誰が?」
「ホセよ」
純粋な興味から聞かれたのだと分かっていても、アンジェラは苦笑せざるを得ない。思った通りホークアイは面食らった様子だ。
「それは大変だったろうな」
どちらが、では無い。どちらも、だろう。
ホセとは親子以上に歳が離れているし性別も違う。教育を受ける自分より、指導するホセの気苦労が今なら理解出来た。
「そうね。驚かせたわ」
重ねた手の親指でホークアイの人差し指をなぞり、記憶を呼び覚ます。
これを人に話すのは初めてだ。
「私ね、卵から産まれたと思っていたの」
「たまご?」
ホークアイは、おうむ返しに答える。
「ほら。母鳥は卵を温めるでしょ?私には、お父様が居ないから」
「なるほどなぁ」
アンジェラが私生児であるのは本人にとって問題では無い。そんな彼女が好きだし、周囲から愛されて育ったことが伺える。
ホークアイは思い浮かべる。
母親が温めた卵から孵るアンジェラを。
ひびの入った殻の表面が捲れ、赤紫色の髪が覗く。産まれたての肌は陶器のようで、たっぷりとした睫毛は伏せられていた。ゆっくりと瞳が見開かれ翡翠色の両目がこちらを向く。視線がぶつかれば形の良い唇が弧を描いた。
「……綺麗だね」
「え?」
聞き取れるかどうかの声量で呟いたホークアイにアンジェラは聞き返す。
「卵から孵るアンジェラ。想像したらとても綺麗だった」
言葉と同じ柔和な眼差しを向けられる。
分かってた。ホークアイは笑わないと。
彼に伝わったことが嬉しくてアンジェラは抱き締めた。それはもう、ぎゅうぎゅうに。
アンジェラ、苦しい。
頭上から困るような、それでいて慈しみのある声が降りてくる。
「ありがと」
アンジェラは顔を上げると、鳥の雛がするように口を啄んだ。