レオクレ版ワンドロワンライまとめとおり雨 通り雨にあった。
買い物帰りのレオンとクレアは軒下へと雨宿りをする。雨に濡れた前髪を鬱陶しそうに撫でつけるクレアを一瞥して、レオンも前髪を掻き上げた。
雨。
この天気はレオンにラクーンシティでの出来事を思い出させる。クレアが隣に立つのなら、尚更。
雨の日は匂いが際立つ。
地面の埃臭さがあの時の火薬や血、死臭を記憶から呼び起こさせた。動く死体の失った体温。
「雨、止まないわね」
「そうだな」
クレアの呼びかけに空返事でレオンが答えれば、左肩に温かさを感じる。
クレアが頭をもたせかけたのだ。彼女は外でのスキンシップを好まない為、これは珍しい事だった。
「……帰ったら、レオンの好きなものを作ってあげる」
嗚呼、彼女は本当に。
レオンと言う男を理解していた。甘やかすように見せかけて、正しい方向へと導かせる。決して押し付けがましい態度でなく。
「それから、昼寝をしましょうか」
「いいね」
いつ止むとも分からない雨は、先程より強まっていた。走って帰るほうが早いかも知れない。
「その前にシャワーだな」
と、思いついてクレアに尋ねる。
「一緒に入る?」
「いいわね」
軽口とも彼なりの甘えとも取れる発言に、クレアは強気な笑みを浮かべた。
自分達は動く死体じゃない。
それは肩に触れる体温と、二人分の荷物が証明していた。
ライト・スリーパー 喉の乾きでクレアは目を覚ました。
時計を確認すると午前の二時を指している。ベッドサイドのペットボトルへと手を伸ばし、喉を潤す。
腰に回されたレオンの腕のせいで、身動きが取りづらい。クレアはレオンの頬にペットボトルの側面を、そっと当ててみせた。
「ん……」
レオンは眉間に皺を寄せると、逃れるようにクレアの腰へ頭を擦り付ける。それは彼の眠りが深いことを表していた。
エージェントとして世界を駆け巡る彼は、纏まった睡眠が取れるのは稀で、眠りも浅かった。
時々にクレアの自宅を訪れるレオンはリビングで、もしくはクレアの自室で昏々と眠り続ける。その姿を見て、クレアは心底ホッとするのだ。
裏切りも多い彼の世界で、この場が安らぎであれば良い。延いては自分がその存在になりたいと。
絡み付いたレオンの腕を解いてクレアは自身も横たわり、抱き合う形を取る。それから、いつもは皺の寄っている眉間に口付けた。レオンの表情が和らぎ、心なしか口角が上がった気がする。
「貴方、寝顔がいちばん可愛いわよ」
独りごちて、クレアは目を閉じた。
レモンのキッス レオンがキッチンに立つのは珍しい。
例えばクレアの自宅で一晩を過ごした後、朝食前のコーヒーを淹れるのはクレアの役目で、二杯目以降にレオンはようやくと腰を上げる。
ひとり暮らしのクレアはキッチンに人が立つことに慣れず、少し居心地が悪い。そんなクレアの気持ちを知る由もなくレオンはキッチンから姿を現した。
両手にあるグラスをテーブルに置きクレアの向かいに腰掛ける。グラスの中身は白く濁り、スライスレモンが浮かんでいた。
レモネード。
この国では砂糖の水割りが一般的で、夏の風物詩のひとつだ。
グラスに口をつけると酸味が口の中いっぱいに広がる。砂糖のうす甘さも丁度いい。
「美味しい」
「それは良かった」
クレアが頬笑むと、レオンも自分のグラスへ口を運ぶ。
「これを飲むとね、小さい頃を思い出すの」
夏に開かれる露天販売に小遣いを握りしめ、クリスと共にレモネードを買いに走ったとレオンへ語る。
「夏の思い出か」
レオンは幼い頃のレッドフィールド兄妹を想像する。抜きん出て活発な二人は近所でも有名だったろう。
「うん。それから、男の子とのキスも」
「キス?」
クレアの話では、もう記憶も朧げだが大人しく控えめな男の子だったと言う。ある日クレアに「可愛い」と伝えると、突然キスをしてきた。
「私、驚いてレモネードを落としちゃって」
「よくクリスが怒らなかったな」
クリスの前でキスをするなど、流石のレオンも憚る。彼は相当な馬鹿か、勇気のある男だ。
「それは、ほら。内緒だから」
兄妹にもひとつぐらい秘密があって良い。そう言ってクレアは片目を瞑って見せた。
「だから私のファーストキスは、レモン味なの」
懐かしむようにクレアがグラスを指の腹で撫でた。遠い日の夏に想いを馳せる。
と、手元に影が差す。上向くとレオンの顔が間近にあった。
「何よ。ヤキモチ?」
「まさか」
言葉とは裏腹に親指がクレアの唇をなぞる。
そうね。思い出を上書きするのも良いわ。
落ちてくる唇をクレアは受け止めた。
家族写真 クレアのリビングには、いくつかの写真立てがある。
クリスとジルのプライベート写真、ピアーズやモイラと共に写ったもの。どれもクレアの人間関係が伺える。
特に気に入っているのはシェリーとクレアが抱き合う写真だ。これを撮影したのはレオンで、実質クレアは三人の写真だと思っている。
「シェリーがもうすぐ着くそうだ」
携帯電話を片手にレオンが声を掛ける。
「分かった」
クレアは返事をして写真立ての置いてある棚の引き出しから、古びた封筒を取り出す。
「それは?」
レオンの問いに答えず、クレアは無言で封を開ける。中身は一枚の写真だった。
出会った頃のシェリーが笑いかけている。そして彼女の左隣と後ろには、それぞれ父と母が居た。
バーキン夫妻。世界をバイオテロに巻き込むウィルスを開発した研究者。
「そんな写真がよく残っていたな」
レオンは純粋に驚いた。
シェリーが保護されるにあたり、バーキン家の証拠は全てが抹消されている。写真とて例外では無い。
「……アンブレラの研究室で見つけたの」
タイプライターの横に置かれた写真を見て、咄嗟にクレアは手荷物に入れたそうだ。
「シェリーが独り立ちしたら渡そうと思ってたんだけど」
「迷ってる?」
促すようにレオンは言葉を続ける。
「昔、あの娘が言ってたの」
家族なんて、そんなに良いものじゃないよ。
彼女の状況下は、そう思わせるには充分だった。けれど最期、確かにアネットはシェリーへ向けて言ったのだ。愛している、と。
クレアも両親を幼い頃に亡くしているが、受け取めた愛情は自分を強くした。シェリーにも、それが伝わればと思う。
「でも、私の我儘でシェリーを傷つけるのが怖い」
写真の中のシェリーをクレアは指先で撫でる。今すぐにでも抱き締めたいのに。
レオンは自分の手をクレアに重ねた。
「大丈夫だ。シェリーは優しい娘だろ」
君に似て。
そう付け加え、つむじにキスをした。クレアの心が瞬く間に、あたたかいもので満たされる。
「そうね。シェリーは人の気持ちが分かる娘だもの」
貴方に似て。
顔を見合わせると二人は笑った。
あ・うん 愛とはお互い見つめあうことではなく、共に同じ方向を見つめることである。
昔、読んだ小説にあった言葉だ。
クレアは隣の男に信愛を抱きはじめている。出会ってから、数時間にも満たない。
小気味の良い音を立て、彼の持つ銃が弾を放つ。頭に向かって撃たれたそれは一体、また一体と動く死体を本来の姿へと戻していった。
「君は後ろを」
「分かってる」
クレアもまた通路の角から現れた動く死体に銃を構え、引き金を引く。
ラクーン市警に勤めるはずだった男─レオン─は、同じく兄を訪れたクレアと行動を共にしている。地獄と化した、この街で。
隣に居るのが彼で良かった。
判断の誤りが許されない状況で、レオンは簡潔に意図を伝える。
ひとしきり片付け終わった後の廊下は死臭と火薬の臭いが漂い、まるで戦場だ。
かなり追い込まれたらしく、気付けばレオンの背中と密着していた。彼の呼吸に合わせて上下する体温は、クレアを安堵させる。
死の気配が漂う街で感ぜられる生命。
レオンに背中を預けるのは心地が良い。
「とんだ初デートね」
重苦しい空気を和らげるようにクレアが笑った。目を見開いた後、レオンも笑ってみせる。
「ああ。ホントぶっとんでる」
二人は銃の弾を補填すると廊下を歩き出す。
これが愛情かは分からないが、同じ方向を見つめているのには違いない。
背中合わせの信愛で。
日月 クレアが眼鏡をかけるのは仕事中か、プライベートで検索をかける時かの二択だった。視力はすこぶる良いほうだが、疲れ目対策としてブルーライトカットの眼鏡を愛用している。
「少し、休んだらどうだ?」
マグカップを片手にレオンが声を掛ける。
「そうね。ちょうど休憩しようと思ってたの」
タイプを打つ手を止め、レオンからマグカップを受け取るとアップルの香りが漂う。
普段はコーヒー派の二人だが、シェリーが訪ねてきた際に常備している紅茶だった。いわゆる「お客様用」にあたるので値段も味も相応である。
彼なりの気遣いとは理解しているけれど、ティーバックを白湯に落とした状態で渡してくる杜撰さに笑ってしまう。
それでも紅茶は美味しく、普段は口にしないせいか華やいだ気分になる。
「ありがとう。美味しいわ」
レオンの頬へ手を当て親指で顎髭をなぞる。
「こっちの補充も必要?」
クレアの腰を引き寄せるとレオンの掌が後頭部を撫でた。
「うん」
言葉少なにクレアも胸元へ擦り寄る。
身体の疲れは心と直結していて、人の温もりを求めるものだ。傍に居るのが彼なら尚更。
何方からともなくキスを求めようと顔を近付ける。が、レオンの動きがすんでの所で止まった。
「邪魔だな」
クレアの眼鏡に手をかけ外すと、デスクの上に置く。
「跡がついてるぞ」
「やめて、くすぐったい」
鼻あての場所を撫でて揶揄うレオンに身を捩る。
歳だな。
なら、貴方もオジサンね。
冗談を交わしながら、互いの頬へ、額へキスを贈る。
とうとうクレアは声を立て笑い出した。
歳を重ねても、二人で居るとあの頃に戻ってしまう。それは幸せなのだと。
歳を重ねることで知る思いもあるのだ。
ロック・ペーパー・シザーズ ひどく寒い朝だと思い窓の外を見遣ると、雪が降っていた。道路も走る車も建物でさえ、雪化粧が施されている。
幸いにクレアは休日だった為、暖房の入るあたたかな部屋で惰眠を貪ることが出来た。隣で眠るレオンの腕に抱かれながら。
そうして今は、彼の作る朝食を待ち構えている。彼が家事をこなすのはそうそう無いが、勝負に負けたのだから仕方が無い。
ロック、ペーパー、シザーズ
掛け声と共にレオンから差し出されたのは拳で、クレアは手の平だった。コーヒーカップへ近づけた口元が綻ぶ。
あの時のレオンの顔!
ラクーンシティで彼を追いかけ回す「ストーカー」に出くわした表情と一致し、クレアは声を立てて笑った。
またロックを出すのは兄であるクリスと同じ癖であり、それもクレアの笑いを誘発した(勝率が下がるので黙るとしよう)
簡単なものだけど。
レオンが断りを入れて運んできた朝食は、自炊続きのクレアには上等だった。表面がきつね色に焼かれたクロックムッシュはクレアの食欲をそそる。
キッチンの惨状を横目で確認したが調理器具の存在すら忘れていたのだし、大掃除のキッカケだと思い目を瞑ろう。
「グッボーイ」
触れるだけのキスの後にクレアが頭を撫でると、はにかむようにレオンは笑った。
ハッピー・ホリデイ ─ークレア、すまない。
兄の言葉を聞き、電話口でクレアはそっと溜め息をつく。
「いいのよ、クリス。今年も駄目かと思っていたの」
赤と緑に統一された街はイルミネーションで輝いていた。控えめに降る雪が楽しむように舞っている。
「プレゼントを職場宛にして正解ね」
世の中はクリスマスと呼ばれる日で家族や親戚と過ごす日だ。たった一人の兄に逢いたいと願う気持ちは、脆くも崩れ去ったのだが。
電話越しに平謝りするクリスを宥める。少し揶揄いたかっただけなのだが、兄の愛情を感じて物悲しい。誰かの幸せを願う日に、ひとりきりなんて。寒さには耐性のあるクレアの身体が震える。きっと寒さだけでは無い。
─他の相手が向かっているんだが……。
歯切れの悪いクリスに、クレアは首を傾げる。代わりを寄越すなど初めての事だった。
問いただそうと口を開きかけて、手にした携帯を大きな掌に奪われる。ついで、聞き慣れた声が耳に届いた。
「クリスか?ああ、いま到着した」
振り向けば濃紺のコートを纏ったレオンが佇んでいる。視線がぶつかり、彼は悪戯げに人差し指を口元にあててみせた。
「これから彼女をディナーに誘うところだよ。そこから先は……」
瞬間、携帯からクリスの怒鳴り声が響く。レオンは笑うと通話を終了した。
「クレア、待たせたな」
返された携帯画面は真っ暗で、ご丁寧に電源が切られている。
「青いサンタを呼んだ覚えは無いわよ?」
腕組みをして皮肉たっぷりに言い放つ。
「君たち兄妹は、人を呼び出しておいて怒るのが礼儀なのか?」
クレアの髪に舞い降りた雪の結晶を払いのけレオンは軽口を返す。手袋をしていない指先が、かじかんでいた。
「冗談よ。来てくれて嬉しい」
レオンの赤い指先を両手で覆い、そのまま自分の指を絡める。
クリスマスに恋人を送り込むなんてクリスも苦肉の策だったろう。
「それで、ディナーの当てはあるの?」
今日は、どの店も盛況のはずだ。加えてレオンが強行軍で訪れた事を考えると、予約の線は薄かった。クレアの意図を汲み取るようにレオンは苦笑する。
「すまない。当ては無いんだ」
「だと思った」
いいわよ。私も用意は無いし。
言って、レオンの手を引くと歩き出す。
「少し先にクリスマス・マーケットがあるの。そこに行きましょう」
「いいね」
二人は身を寄せ合い、雑踏に紛れ込む。もう寒くは無かった。何だか癪でクレアは言い訳のように呟く。
早くホットワインで暖まりたいわ。