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    【WEB再録】陽だまりの竜詩※作中に産後うつの描写があります。
     ご覧になる際、ご留意ください。



    ドラヴァニア雲海の風は、今日も切りつけるように乾いて蒼い。物資と工兵を載せた人間の乗り物が、この土地を恐る恐るといった様子で行き交いはじめ、まだ間もない。群れをなして空を渡る、翼ある生き物たちの、好奇に満ちたまなざしを受け、ゆっくりと浮島の間を進んだ小さな飛空艇は、やがてやわらかい菫色の灯りのともる、石造りの広場にやってきた。
    降ろされた簡便なタラップを危なっかしい足取りで踏む、この荒涼とした土地にひどく似つかわしくない人影があった。
    飾りのない毛織のローブに細い体を包み、胸元に、何十にも布にくるんだ小さな赤子を、すがるように抱き寄せている。
    荷下ろしのためにやってきたひとりの工兵の、乗組員に何か声をかけようと顔をあげたその顔色が、ローブの乗客を見るや真っ白になり、真っ青になり、次いで真っ赤になった。
    「お、お前、どうしてこんなところに」
    ほとんど悲鳴といっていいその声は広場いっぱいに響き渡り、バール・レス広場にいた人間とモーグリ、それから竜が一斉に首を振り向けたのも、無理はないことだった。
    書付を放り出して駆け寄った工兵は、乗客——妻が抱えている小さな影の正体に気がつき、さらに腰が抜けるほどに驚いた。それは、この冬のはじめに生まれた彼のひとり娘。邪竜の眷属さえ跋扈する、このような土地にいていいはずもない、柔らかな命だった。
    「イザベラ、一体何を考えてるんだ、エミリアまで連れて・・・」
    驚きと恐怖に飲み込まれた心から、咄嗟に生まれる言葉は鋭く己の妻、イザベラを責め立てる。夫の糾弾を受け、イザベラは我が子を抱えたままよろめいた。その顔色は透き通るように青い。紫にくすんだ唇が震え、何事かを口にしようと開いては、力なく閉じる。
    「……あなた、ごめんなさい、でも私もう……どうしても 一人では……」
    小さな声は風鳴りに負け、夫にまでも届かずに消えてしまう。イザベラの視界が、ふと暗くなった。

    『おうや、おや。ヒトの仔ではないか。』

    見上げるとそこには、炎のようなウロコを持つ、大きく恐ろしい竜の姿があった。しなやかに首をたわめて肩越しに赤子を見下ろす琥珀色の瞳は、その実、小さくやわらかなヒトの赤子をいつくしんで細められていたのだが、そのようなことを知る由もなく、イザベラは細い喉を恐怖に震わせ、声もなくその場にしゃがみ込むと、ふっと気を失った。

    くつくつと何かが鍋で煮える優しい音がして、イザベラは 目を閉じたままその音に聞き入る。何かをナイフで刻む、リズムのよい小さな音。遠くで話し声がして、たまに笑い声も。 「誰かが食事を作ってくれている」、そういう音を聞くのは、震災で死んでしまった母がまだ生きていた、ほんの幼いころ以来かもしれなかった。夢でもいいから、まだそのあたたかい気配に身を浸していたかった。
    目覚め始めたイザベラの耳に、大きな弦楽器のように豊かで美しい声色が、ごうごうと怒っている様子が届く。
    『なんと、なんと。この冬に生まれたばかりだと? まだ卵の殻もとれていないではないか』
    「いえ、ですからグリンカムビ殿、あれは卵の殻ではなくおくるみでして……」
    『そのようなこと、どちらでもよいわ。そなた、巣にひとりつがいを残して、まして助けを求めて飛んできたつがいを言うに事欠いて責め立てるとは、いったい仔育てをなんだと思 っているのだ。命がけで命を育てているのだぞ』
    閉じたイザベラの目から、ぼろぼろと熱い涙がこぼれた。

    この長い長い冬、迷い苦しみひとりで削られていった長い冬、 誰ひとりとしてかけてくれなかった言葉、イザベラを労わる気持ちが、耳を通して聞くのではない竜の言葉から染み入ってきたのだった。

    厳しい冬のはじめに迎えた、初めての出産は体に深い傷を与えた。幸いにして、長く苦しいお産の果て、生まれた我が子はすぐに大きな声で泣き、体も恐らくは健やかだろうとの見立てをもらった。しかし、産褥も抜けないうちに、何か竜との戦に大きな動きがあったと報せがもたらされた。
    何もわからぬうち、病床を兵のために開けよと通達があり、イザベラと小さなエミリアは火の絶えた小さな自宅にこもり、いつ邪竜の咆哮が襲うかしれない日々を怯えて過ごした。
    いつ、竜の恐ろしい翼音がするかもしれぬ。いつ、伝令が家にやってきて、神殿騎士団に属する夫の戦死を知らせるかもしれぬ。
    宝杖通りでは、戦の激化を恐れて保存食を買い占める人々のささやきばかりが聞こえ、そのようなことをする余分な金もないイザベラは怯えることしかできなかった。
    小さなエミリアは健やかではあったが、その印か夜泣きが酷く、抱いても泣き寝かせても泣き、乳をやっても泣いた。わたしの世話が至らないから、この子はこんなにも泣くのだろうか。もし家を焼け出されて、どこかのお屋敷に屋根を借りたとて、こんなにも泣く赤子連れは迷惑だと、追い出されたらどうしよう。
    やがて、イザベラには何もわからないまま、千年の戦は終わったのだと、高揚した顔の夫は言う。戦が終わったんだよイザベラ。アイメリク様は正しかった。イシュガルドは新しくなる。エミリアは竜に怯えない人生を生きるんだ。
    そうですか、それは良かったわ。イザベラは精一杯笑う。皇都の未来? イシュガルドの新しい千年? この数か月、考えたこともなかった。不安で不安でたまらない。あなた、お乳が出ないのです。エミリアが泣き止まないのです。医者に見せても健やかというばかりで、だけど本当に大丈夫なのでしょうか。
    話したいことはたくさんある。でも、この「新しい時代」 で頭がいっぱいの夫に話して、何になる?
    イザベラは何も言えなかった。
    あなた、わたし、わたし眠りたいのです、朝 まで眠れた日がないのです。戦が終わったら、あなたは帰っていらっしゃるのではなかったの?

    だから、目を開けて、そこにはやはり見間違えようもなく竜の巨体があっても、その深く労りに満ちた声をもう聴き違えることはなかった。竜の鼻先には、なぜかちんまりと正座 した夫の姿があり、しかし彼が竜の牙を恐れる様子はない。
    『あっ!おきた、おきたよ』
    木製のオカリナのような、小さな声に振り向くと、そこには小さな翼と顎の、ほんの幼い(おそらくは)竜がいる。咄嗟に悲鳴をあげかけたイザベラを気にする様子もなく、ヒトの 赤子に興味しんしんだ。
    『ちっちゃいねえ、ふわふわだねえ!』
    はしゃいだように宙返りする姿が、怯え続けるにはあまりに愛らしい。大きな竜が優雅に身をかがめて、はしゃぐ仔竜をあむりとくわえて引き寄せる。ヒトの仔のうろこは花びら よりもやわらかいのだよ。だから決しておまえの爪でつっついたりしてはいけないよ。低い声が優しくいさめる。
    竜の親子のやりとりを、あっけにとられて見守っていたイザベラに、あたたかいスーブの腕が運ばれてきた。
    見慣れぬ装いの、冒険者だろうか、先ほどから料理をしていたのは、 傷の多いその人の手だった。出来立てのスープが注がれた深 い椀が、かじかんだ手を温める。
    やわらかく煮られた肉と、透き通る赤いビーツ。ふわふわと立ち昇る白い湯気からは香草のよい香りがした。ひと匙、 口に運ぶ。肉と野菜の優しい旨味と、サワークリームのまろ やかさが口いっぱいに広がり、喉をあたため、腹に落ちていく。
    また、ぼろぼろと涙が落ちていくのがわかった。またひと匙。丸麦が少し入ってとろみがついている。野菜の出汁を 吸った麦は噛めば噛むほど旨味が出る。おいしい。涙が出るほどに、おいしかった。
    冒険者のかきまぜる鍋のまわりには、いつの間にか工兵たちの列ができていた。それどころか、翼を休める竜たちですら、めいめい木を粗く彫って作った椀を前にしている。優雅に首を傾けてスープ椀を空にしては、満足そうに目を細めて尾を揺らす。
    親竜の説教から解放され、よろよろと足取りのおぼつかない夫が力なく隣に腰を下ろした。
    「イザベラ……、」
    「……はい」
    「すまなかった……」
    がっくりとうなだれた夫のそばにちょろちょろと仔竜がやってくる。おかあさん、怒るとこわいよねえ。言葉もない様子の夫と、話さなければならないことは山ほどあるが、こうして竜とすら言葉を交わし、共に鍋を囲むことができるのなら。 同じ指のかたちをして、同じ頭の高さで暮らす私たちが、話をできないはずもない、という気がした。

    (ああ、これが、)
    これが新しい世界。

    美しい、赤い鱗の親竜が、ゆったりとエミリアを覗きこむ。 小さな仔竜の宙返りを見上げて、エミリアはたいそうご機嫌だ。
    きゃっきゃと笑う娘の声を、愛らしく聞くことができる心の余裕が、この数か月ではじめて生まれていた。
    調理を担う冒険者が、スープの野菜をやわらかくすりつぶして温めなおしたものを、エミリアのために持ってきてくれる。枝を削って作った即席の小さな匙で口に運ぶと、あむあ むと娘はよくたべた。
    『ヒトの母御よ、こわがらせてすまなかったね』
    竜の語りかけを、もうイザベラは恐れなかった。
    『お前のつがいにも、子育てについてよくよく言い聞かせておいたから、連れてお帰り。よく働くヒトではあるのだ、その力を仔育てに向けられないはずがあろうものか』
    「――ありがとう。ありがとうございます」
    また滲む涙をこらえる。
    『それにしても、なんと小さくやわらかい仔か。ヒトの仔は、ウロコもなく生まれるとは聞いていたけれど、こんなにも小さく、自ら歩くことも飛ぶこともできぬ命を守る、ヒトの親の難儀よな』
    そのしみじみとした物言いが何故だかおかしく、イザベラはくすくす笑った。
    竜は優しい目をすがめてエミリアを覗きこみ、ふうっとあたたかい乾草の香りのする息を吹きかけた。竜の息にふくまれた、あたたかく無害な火のエーテルが、目をまるくしたエミリアの丸い頬のまわりでぱちぱちと弾ける。
    『我らが殻を割ったばかりの仔にかけるまじないだ。これで、 強い風の中を渡っても、体が冷たくなることはない。小さなヒトの仔。お前の翼によい風が巡り、お前の胸によい火が宿るように』
    イザベラもエミリアも、冒険者すら知る由もないことだが、 かつてこの雲海を共に駆けた竜と人は、それぞれの抱いた新しい命を引き合わせ、竜はその息吹を持ってヒトの仔の鱗としたのだった。ふたつの命は共に空をめぐり、狩りをし、鍋を囲んだ。
    新しい時代を生きる小さな命を、新たな竜詩を抱いた小さな翼が覗きこむ。そのはじまりに、ある冒険者がじっくり煮込んだ、とてもおいしいクリムゾンスープがあったことは、どんな歴史書にも残らない。
    浮草の花々を揺らす、ドラヴァニア雲海の変わらぬ風だけが、その優しい香りをいつまでも覚えている。
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    2023/12/27 19:57:05

    【WEB再録】陽だまりの竜詩

    2023年発行「FF14めしアンソロ アーテリスダイニングでいただきます。」に寄稿した小品です。
    竜詩戦争後、ドラヴァニア雲海での炊き出しのお話です。
    寒い季節に読んでいただくと野菜たっぷりのシチューが食べたくなる内容をめざして書いた記憶があります。
    ※大きな展開のネタバレ等はありませんが、時系列としてはパッチ3シリーズおよびモーグリ族友好部族クエスト進行中〜終了後をイメージしています。
    ©︎ SQUARE ENIX
    #FF14 #イシュガルド

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    • こうかんにっき #すずめの戸締まり  #宗像草太  #芹澤朋也
      草太と芹澤の大学生活でのできごといくつかの二次創作です。明確な関係性はありませんが、なんで泣いてるのと聞かれ答えれる涙なんかじゃ表せない出会いも、誰かの手に触れた時にだけ震える心も、異性間だけのものじゃないし、恋愛だけのものじゃないと思って書きました。
      Hatake_ager
    • はつゆき見舞いパッチ6.0後&レイドシリーズエデン後。
      「冬」を経験するクリスタリウムと、ライナと公が文通するお話です。リクエストをいただいて書きました!素敵なお題をありがとうございました。
      表紙画像に使用しているゲーム内スクリーンショット:© SQUARE ENIX
      #FF14 #水晶公 #ライナ #クリスタリウム
      Hatake_ager
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