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  • それは昔の話。
    とあるところに女の子がいました。
    女の子はママと二人、貧しいながらも幸せに暮らしていました。
    ママが編んでくれた真っ赤なカーディガンと、四つ葉のクローバーの髪飾りが、女の子の数少ない宝物でした。


    女の子の幸福な日々は、大好きなママがいなくなってしまったことで終わりました。
    白い部屋で横たわる、変わり果てたままの姿の隣、女の子は泣きながら思いました。
    だいじょうぶ、私には宝物がある。
    ママが編んでくれたカーディガン、ママがくれたピン、ママがくれた名前。

    けれど、一人ぼっちになるはずだった女の子を、男の人が迎えに来ました。
    女の子の父だというその人は、大きなお屋敷へ女の子を連れていき、今日からここで暮らすのだと言いました。
    お屋敷には、男の人の伴侶と、子供と、男の人の母にあたるおばあさんがいました。

    女の子はとても賢い子でしたから、紹介された人達と、その冷たい目で、自分がどういう立場の子なのかすぐにわかってしまいました。
    女の子は男の人もお屋敷の人達も、到底好きにはなれまいと思いました。
    それでもママがくれた宝物があるから平気だと手を握りしめていました。
    けれども、男の人の母、つまり女の子の祖母は言いました。
    「なんて汚らしい服、そんなもの脱いでおしまいなさい」
    女の子が着ていた真っ赤なカーディガンは、毟り取るように剥がれて捨てられてしまいました。

    女の子の祖母はまた言いました。
    「なんて変な名前、そんな名前は気持ち悪い」
    女の子の、ママの言葉でつけられた名前は変えられてしまいました。

    ママがくれた宝物がなくなっていきます。
    クローバーの髪飾りまでとられてしまうのではないかと、女の子は頭を押さえました。
    女の子の祖母はぬっと皺くちゃの手を伸ばして、女の子の髪を掴み言いました。
    「なんて忌まわしい色の髪、あの阿婆擦れと同じ色」
    さんざ女の子を貶して、最後に一つ女の子をぶって、祖母は女の子に与えられた部屋から出てゆきました。
    女の子はじんじん痛む頭と頬とにしくしく泣きながら、握りしめた髪飾りが奪われなかったことに、そっと息をつきました。
    女の子はその日から、祖母にそうやって謗られながら暮らしてゆくことになりました。
    大好きなママの事も貶されて、苦しい日々を送りました。
    帰ることの少ない男の人も、男の人の伴侶も、家政婦も、それを止めはしませんでした。

    子供は祖母の真似をして、女の子を馬鹿にし、髪を引っ張りました。
    祖母はそれを止めましたが、その都度女の子の前で子供に言うのです。
    「あんな汚いものに触ってはいけないよ」
    そう言って女の子を嘲笑うのです。
    そうしてまたママを貶し、女の子をぶつのです。

    女の子はなにも言わずに口を噤んでいることしか出来ませんでした。
    最初のうちははらはらと涙をこぼしましたが、それすら汚いといわれるので、いつからかそれもぐ、と堪えるようになりました。
    反抗すればするほど罵倒も増えていくので、ただ堪える他なかったのです。
    黙っていれば時間は過ぎ去っていきます。
    従順に罵倒を受け入れる様子を見せる女の子に、いつしか祖母は手を上げるのをやめ、いないものとして扱うようになりました。
    男の人の伴侶や子供と女の子の悪口を言い合うこともありましたが、女の子は痣を作ることが減っていきました。

    ただ、口を噤んだ女の子は、自分の心臓が硬く動きを止めて行くように思えました。
    冷たく重く、お腹のそこまで落ち込んでいき、時々ぎゅうと痛むのです。
    心臓が止まってしまえば死んでしまいます。
    難しい病気で死んでいった女の子のママは、女の子に生きて欲しいと言いました。
    「リリー、ママのかわいいお花ちゃん、どうか生きてママの分まで幸せになってね」


    ママがそう呼ぶのを思い出すと、とくんと固まりかけた心臓が動き出します。
    髪飾りを握りしめていると、とくんとくんと続いて動きます。
    そうしてやっと、女の子は生きていけるのです。

    もうママが呼んでいた名前で呼ばれることはありません。
    そもそも新しくつけられた名前を呼ばれることもほとんどありません。
    時々やってくる男の人が新しい名前を呼び頭を撫でることがありましたが、それも女の子の心臓を動き出させることはできません。

    女の子は毎日そうやって、少しずつ消えていくママの声を必死に思い出して、髪飾りを握りしめて、どうにか心臓を動かしながら毎日を過ごしていきました。
    女の子はいつしか少女になりました。

    子供とは違う学校へゆくことになりましたが、どのみちあまり満足に学校へはゆけませんでした。
    ママが罹った難しい病気に、少女も罹っていて、その頃には学校へ行っても具合の悪くなる日が多くなっていたのです。

    その日も少女は咳をしていました。
    少女は硬く動きを止めて行く心臓のせいで具合が悪くなって行くような気がしていました。
    ママの声はどんどん思い出せなくなっていきます。
    顔も手も、どんどん思い出せなくなります。
    少女は自分はこうして緩やかに死んで行くのだと思いました。



    「先生、廣瀬さんが具合が悪そうです」



    その声は、リンと鳴る鈴の音のように、硬まった少女の心臓まで届きました。

    目を瞬いた少女に、もう一度同じ声がしました。
    「大丈夫?」
    そっと背中に触れる体温。
    少女は顔をあげました。
    こちらを伺う少女が、顔を上げた少女を見て、柔らかに微笑みました。
    「僕と保健室に行こう」
    少女が歩くのを助け、背筋を伸ばして歩く彼女を、少女は知っていました。
    同じクラスの、双子の妹がいる少女です。
    明るくて、人気者で、妹や幼馴染といつも笑っている少女です。
    自分と同い年なのに、まるで燦然と輝く太陽のように少女には思えていました。

    少女は彼女が苦手でした。
    彼女を見ていると、彼女の近くにいると、自分の醜さが際立つように思えて。

    それは思い込みでしょう。
    少女はママに似ている髪も目も顔立ちも大好きでした。
    それでも、長年言われ続けた言葉は、少女の深層に焼き付いて離れず、心臓を硬めていくのです。

    彼女は少女より少し背が低めでした。
    体調のせいでよろめいてしまう少女を支えて歩くのは、一苦労のように思えました。
    少女は申し訳なくて、居た堪れなくなりました。
    一人で保健室へ行く、と申し出ましたが、彼女は笑って首を振り、ずうっと少女を支えて歩きました。

    彼女は保健室までついてきて、少女をベッドに寝かせました。
    謝る少女に、彼女はまた笑いました。
    どうってことないよこんなの。当然だもの。
    そう言い切れる彼女に、少女はまた居た堪れなくなるのです。
    「それに僕、ずっと君と話して見たかったんだ」
    少女は一瞬耳が聞こえなくなったような気がしました。
    その位今聞いたことの意味がよくわからなかったのです。
    黙ってベッドサイドに座った彼女を見上げる少女に、彼女ははにかむように笑いました。
    「だって君、とてもきれいだもの」
    「きれい…?」
    「うん。そうだよ。ずっと見ていたんだ」
    「あなたが?…私を?」
    「うん。物静かで、肌が真っ白で、まつ毛が長くて、髪がサラサラで、本当に綺麗」
    「…綺麗なんかじゃありません」
    少女は彼女があまりに褒めるので、何だか苦しくて顔を背け言いました。
    「私、とても汚いんです。貴方が言うように、綺麗なんかじゃあありません」

    それは少女の中で、歴然とした事実でした。
    少女は、少女を綺麗だという彼女に、嫉妬していました。
    家族に恵まれ、周囲に恵まれた彼女をずっと羨んでいました。
    彼女だけではありません。彼女の周囲の人々も、皆。
    羨ましくて、妬ましくて、しかたなかったのです。

    そんな自分はきっと、祖母や子供が言うように、誰よりも醜いのだと少女は思っていました。
    優しく微笑んでくれた母や、…太陽のような彼女には、足元にも及ばない汚いものだと。

    すると目を丸くして、彼女は言いました。
    「そんなことないよ。すごく綺麗だよ」
    そっと少女の髪に手を触れながら、言ったのです。



    「光に透けてキラキラ光る、月や星みたいな色」
    月や星?
    少女は驚きました。
    彼女は少女を月や星のようだと言ったのでしょうか?
    太陽の光を浴びて夜空を照らすあの月や星と?
    一人ぼっちの夜、彼女を慰めたあの輝きのようだと?

    「君が思わなくても、僕はそう思うよ」

    声の出ない少女に、彼女は続けて言いました。

    「君や他の誰がどういっても、僕はね、君が綺麗だと思う」
    少女はその時、自分が爆発してしまったような錯覚を感じました。

    宇宙が生まれたときのような爆発。

    彼女と言う太陽が、自分に齎したものを、そう感じました。
    硬められていた心臓が、大きく音を立てました。
    弱々しかった音が、耳元にまで聞こえます。
    それに驚いてしまって、振り向いてこちらに手を伸ばした彼女を見て、心臓はまた大きく跳ねました。

    彼女が、微笑みました。「君はとても素敵だよ」
    心臓が身体から飛び出して行きそうでした。

    強く動く心臓が血を押し出して、身体中に巡って行きます。
    少しだけ髪に触れた彼女の指先から、熱が伝わっていくようでした。
    あまりに強く強く心臓がなり続けるものですから、自分は今死んでしまうのではないかと思いました。

    熱が目にまで伝わって、ぼろりと溢れ出ました。
    ずうっと体の底に閉じ込めていた涙でした。
    「あれ、ごめんね、嫌だった!?」
    慌てたように彼女が言って、肩に触れます。
    柔らかで暖かい掌は、少しだけもう遠い日の記憶のものに似ていたように思えました。
    爆発は熱を生み、熱は涙に変わって零れ続け、心臓は高く鳴り続けました。

    緩やかに死に始めていた少女は―――少女の心は、その時蘇ったのでした。



    心が蘇った少女と彼女とは友人となり、少しずつ互いを知り―――
    また彼女が、少女の心臓を硬めていく蟠りを端から打ち砕いて行ったりもするのですが、また別の話。

    それは、彼女が彼女に恋を始め、愛するに至るまでの物語の始まりでした。





    ◇◇◇

    死霊課企画の怪異百合子さんが主人公の赤紫陽花様宅みことさんをお借りしたついったーで流した短文もどきでした。
    いい加減私はみことさんに夢を見すぎてるんじゃあないかと思います
    実にすみませんでした。みことさん尊い。
    かえる Link Message Mute
    2014/06/29 4:20:15

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    彼女が彼女を愛するに至る経緯の話 ##創作

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