魔王様は仰いました。 とある世界に、魔界と人間界がある。
黄金色で腰よりも長い髪。黒い服に金の刺繍。歩けば地面を掃除できるほどの長いマント。
魔界には黄金色の瞳をもった魔王と呼ばれる者がいた。
そしてとても暇だった。
拝啓
勇者様。
お元気ですか? ワタクシ共は今日も変わらない日をすごしております。
***
魔王様は仰いました。
「世界征服をしよう」
ワタクシは遺憾ながら、辞表届をだしたいと申しあげました。
奴隷にそんな権利があるわけないだろうと一蹴されてしまいました。
確かにその通りです。
ふう、と溜め息をつきました。馬鹿に付ける薬はないのです。わかりましたワタクシ全力で寝込みたいと思います。仮病でよろしければ今から病気ということに致します。
「ああ、魔王様。急に腹痛が」
「うそつけ」
間髪ないお言葉。少しは考えて欲しいものです。
ワタクシ心より魔王様にお仕えしておりますのに、疑われるとは心外です。
「そんな魔王様。ワタクシ冗談と嘘は嬉々としてつきますが」
「嬉々として嘘をついているのではないか」
目を半眼にして睨まれる魔王様。
不満そうな顔をしながら、魔王様はよっこらせと立ち上がります。
いかがなされたのでしょう?
魔王様は拗ねたようにこちらを見ました。
また文句でしょうか? でしたら速やかにお願いしたいものです。
沈痛な面持ちで魔王様を見据えます。ワタクシきちんと顔を拝見しながら怒られることに致します。
すこし顔をそらし魔王様は一言。
「お大事に」
魔王様萌え。
疑ったワタクシが悪かったのです。
こんなにもワタクシを思っていてくださったのに、叱られるとしか考えませんでした。これも魔王様の日頃の行いの悪さ。いいえ、そんなもの、言い訳にすぎません。
これからは魔王様をきちんと敬おうと思います。
一時間後に、暇だからと主張された魔王様と一緒に、人生ゲームを致しました。ワタクシの天下にございます。億万長者です。
***
ある日ワタクシは言いました。
心からの一言にございます。
「効率的に征服できないのならいっそのことお止めなさい」
魔王様は仰いました。
「……効率的になら世界征服してもよいのか?」
「もちろんにございます」
常々思っておりましたが、何故魔王なる生き物は、いいえ、物語の悪役は被害者に猶予を与えるのかと。そして少しずつ痛めつけるのだろうかと。
そんなことをしたら抵抗するのは当然ではありませんか。
一気に壊滅させる力があるのなら、出し惜しみなどせずに使い切るべきです。
能ある鷹は爪を隠すとはいいますが、馬鹿の一つ覚えのように固執し、隠しすぎて結局正義の味方に殺されていては意味がないではありませんか。
魔王様はしばらく無言だったかと思うと、すがすがしい笑顔で仰せになりました。
「ドSだからじゃないか?」
納得にございます。
しかし魔王様はドMのように感じられます。きっとそれは触れてはならない、大人の事情というものなのでしょう。
ワタクシ、意見は控えさせて頂きます。
***
魔王様は紙を破きながら仰いました。
「暇だ」
ワタクシ僭越ながら意見させていただきました。いいえ、質問でございましょうか。
「その書類は破いてもよろしいのですか?」
「ちょっと、一部の魔族が、ちょっと、路頭に迷うだけで、少しも問題ないな」
そうなのかと肯きます。
路頭に迷っても問題にならないとは、低級魔族とはすごい存在です。見習わなければなりません。
しかし書類数百枚程度で人生が変わるとは大変です。
とりあえず紙くずはワタクシが処分しなくてはならないのでしょう。迷惑な話にございます。
***
ある日魔王様は仰いました。
「勇者が召喚されたらしいぞ」
ワタクシは言いました。
「それはようございました」
魔王様から固い紙を引きます。模様を拝見して眉をしかめました。ジョーカーにございます。魔王様は口の端をあげこちらを意味ありげに見ておられます。
ワタクシは目を細めて、にこやかに見えるよう努力致しました。
優雅さを忘れないように心がけながら、すっと立ち上がります。
「暇つぶしの材料ができたようなので、これにて失礼致します」
「逃げるな」
「ほほほ、面白いことを仰いますね。ワタクシは逃げも隠れもする一般人ですわ」
すすす、と魔王様から離れます。
一礼をしてから、扉まで歩み寄り、笑顔をふりまきながらその場を去ります。
魔王様の伸ばされた手は見なかったことに致します。
罰ゲームがあったら大変ですもの。
***
ある日魔王様は仰いました。
「勇者が来ない」
「それは致し方のないことにございます」
沈痛な表情だと思われる表情を作り、慎重に述べました。
「勇者様には勇者様のご都合というものがあるのですよ」
人とはそういう生き物です。
黄金の髪をかきわけ、眉のあたりにゴリゴリと手を押し付けられる魔王様。
目付きが悪いのは、ゲームをしまくって目が悪くなったんだ! と主張されております。特に怖いと思ったことはないのですが、顔に対してなにかトラウマでもあるのだろうかと、ワタクシは常々邪推、いいえ、疑問に思っております。
「ならばいっそのこと迎いに行くべきか」
「それは目立つのではないでしょうか?」
「目立つ方が来やすいのではないか?」
「むしろ来づらいのではないかと……」
魔王様は唸りながら仕事に戻られました。
暇で暇でしょうがないのでしょう。お可哀そうな魔王様。
きっとそのうち愉快な事がおこると信じております。
***
魔王様は仰いました。
「勇者が迷子になったらしい」
「それは……致し方のないことかと」
勇者様召喚場所と魔王様の現在所は隣合わせにございます。
目と鼻の先というやつでございましょうか。
もちろん、わざわざ魔王という存在が人間界に来たのですが。
「わざわざ道順まで作っているのにだぞ」
遠回りの道順にございます。
わざわざ大陸を一周するルートにしなくてもよいのではないかと存じます。
「方向音痴とは、どこにでも存在するものなのです」
目頭を押さえる魔王様。眉間にしわを寄せるワタクシ。
「それを考慮しなかった魔王様が悪いのでございます」
そんなに勇者様に来てほしいのなら、城を覆う妙な影を消してしまえばよろしいのに。
***
目を細め、ジッと一点を見つめます。
ワタクシは赤い爪を噛みます。こんなことではいけないのです。
辺りを警戒致します。
影が風のように素早く動きました。あやつ、できる! しかしワタクシ魔王様の腹心の下僕、ここで後れを取るわけにはまいりません。
ワタクシは両手で棒を握りしめ、真上から真下へと落とします。風を切る音を諸ともせずにやつは避けました。その身体能力は素晴らしいものです。ですが負けません。ワタクシは更に振りかぶります。
いざ、尋常に、勝負!
「何をやっているそこの奴隷」
「ゴキブリ退治にございます」
「斧を使ってか?」
「もちろんにございます」
眉をしかめて疲れたようなお声の魔王様にワタクシは即答させて頂きました。
ワタクシ僭越ながら魔王様の下僕にございます。邪魔者は排除しなくてはなりません。
魔王様は悲しそうな顔で辺りを見わたします。
ああ、なんということでしょう。魔王様が来られる前に消し去る予定でしたのに。
お役に立てないとはなんたる不覚。
あまつさえ悲しそうな顔をさせてしまうとは、なんという不敬。
即刻排除が必要のようです。
「頼むから部屋は壊すなよ」
「お約束致しかねます」
魔王様は憂鬱な表情で出て行かれました。
ワタクシ魔王様のお役にたてるよう頑張らせて頂きます。
***
魔王様は笑顔で仰いました。
「とうとう勇者が乗り込んできたらしい」
「それはようございました」
ずずずずずずず。お茶を啜りつつ、ちらりと魔王様を拝見致します。嬉々として目を輝かしていて、とても微笑ましい限りです。
やっと終わりに近づいてきているのですからわからなくもありません。
ですが、その情報は古いのです。
「勇者様なら先程、罠にかかったご様子」
ふっと一瞬、目線を魔王様から外します。
「今は地下にいらっしゃいます」
軽い音がしました。
お茶菓子がぱっとしない床で存在を主張しております。魔王様は口を大きくあけて目を見開いておられるかと思えば、すぐに額を押さえました。
「そうだっけか」
「人生、すんなりいかないのは当然にございます」
魔王様はしばらく動きになりませんでした。
ぽつりと魔王様は仰います。
「髪そろそろ染めようかな」
ワタクシ、染料品は現在持ち合わせてはおりません。
魔王様が望むのなら取り寄せますが。
「現実逃避はおやめになってください」
「……はい」
背中には哀愁が漂っております。お可哀そうな魔王様。暇つぶしはいまだ現れません。
***
魔王様は仰いました。
「もうこのさいだから勇者を引き取りにいく」
「却下にございます」
頭を殴られたような表情の魔王様を、おや、と見つめます。
何故ショックをうけておられるのでしょう。
手で乱暴にご自分の頭を撫で回すご様子。
「地下の魔族からクレームが来ているのだが」
「何故」
にこやかに応対致しますワタクシ。
何故ワタクシを通らずに魔王様に話がいくのでございましょう。しょうがないことではありますが、魔王様は情け深い方なのです。
「勇者が地下で暴れて敵わん。うざったいから持って帰れと」
「下の者の意見に耳を傾けるのも大変結構な話ですが、それにとらわれはいはいと下僕のように従うのでは、示しがつきません」
眉をしかめ、目つきも鋭くこちらを見てくださる魔王様。
大変慈悲深くいらっしゃいます。
「それが嫌なら滅ぼしますか」
生命といものに上下関係はつきものです。
それを差別だと思われるのなら上の者になる資格はございません。それを驕る者にも資格はございません。泥をかぶることができぬのなら、貴方は人形であれば良い。
「俺は下僕のように従った覚えはない」
ぐっと拳を握りしめ、唇を噛み、じっと見据える瞳。
「話しあわなきゃ、わからないし、わかってもらえない」
話して、わかって、それでどうするのでしょう。
「できることがあるならするし、してもらう」
見つめるくる瞳が潤んでおります。
「助け合うことの何が悪い」
貴方はの気質はやはり、魔王には向いておりませんね。
ワタクシは頬の筋肉を緩め、魔王様に進言致しました。
「ここで待っていれば、勇者は来ます」
だから余計な事は、しなくて良いのです。
***
鋭い剣先が、魔王様を付け狙います。
魔王様は本当に嬉しそうな顔をしておられます。
「よく来たな勇者」
やっと来たな愚鈍と変換できるお言葉です。
チッと舌打ちをすると、勇者様は後方に飛びました。魔王様はすかさず追いかけます。
勇者様は剣を、構え、魔王様を睨みつけます。ワタクシは口元を歪めてしまいました。鏡合わせのように並ぶお二方。この流れはお約束。いままでもよく見てきました。
天が轟き、地が割れ、すべてが灰になる。世界が悲鳴をあげました。
刹那的な光が辺りをうつしだし、勇者様は驚愕の表情を。
同じ顔が同じ顔を見つめ、ふっと微笑みます。
心から安らかな顔。けれど痛みを感じているような、同情するような表情。
わかっていたことなのです。
「魔王様を殺すのは魔王様」
***
ですからワタクシは勇者様を憎むことはいたしません。
堂々巡りは人の業。
なんの因果か勇者様は魔王様になられます。本物の魔王を従えて。
ですからワタクシは永遠に魔王様の下僕にございます。
敬具
剣を片手に、茫然としている黒髪の青年。その隣には、血が海のように広がっていく体を横たえた金髪の青年。
その二人の顔のつくりはまったく同じ。
その彼の元に、妖艶な女が一人、歩み寄る。
赤い爪、赤い唇。瞳は美しくも禍々しい黄金。
スッと手をひいて、お辞儀をひとつ。
「貴方こそ、真の魔王様にございます」
追伸
死んでしまっては暇も糞もありませんね。
貴方様はきちんと元の世界に還ることができましたでしょうか?