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    桃色雑談(昔のもので未完完結しない)桃色の災難桃色と変人変人の皮を被った変態一方その頃桃はどうしたこうしたどうだった三つ巴?いいえ三馬鹿です桃、二歩下がる(仮)嬉し恥ずかしの夜桃色の災難
     薄く色付いた桃色の頬をかく。
     ふう。
     何故に自分はこうもピンクなんだ。彼は嘆息する。彼はとても嫌いだったのだ、自分の色が。この色はどこまで自分を陥れれば気が済むのだろうか? 常々、彼はそう思っている。
     目を眇めた。
     風があたり周辺を渦巻いている事に気付いた。苛立ったように葉をグルグルと翻弄している様は、とてもおもしろい。竜巻になるのだろうか?
     自身の家から、外を覗く。
     彼はキョトンと目を丸くした。外は晴天、青空はキレイで風が気持ちがよさそうだ。散歩が無性にしたい。
     いや、まて、ならばこの風は何だ?
     彼は辺りを見回した。
     風が轟く。
     彼はあごが外れるのではないかというくらい、口をこれでもかとあける。
     家が壊れる。寝床が破壊される。
     風の咆哮する様は恐ろしい。
     彼は慄いた。何が起こると言うのだ。
     目をギュッとつぶった。
     凍え死にそうな様子で、まるで地震が起きたかのように、この世の終わりだとでも言うかのように、彼は震えた。
     怖い。恐ろしい。何故こんなにも不可思議な事が起こるのだ。自分はなにか悪いことをしたのか、天罰を受けなくてはならないほどの何かを。


     無から声がする。
    「異世界トリップなんて初めてだ」
     彼は愉快そうな、神の声を聞いた。




     ん?
     彼は首を傾げた。何かがおかしい。
     神の声はこんなにもトーンが高かっただろうか? ついでに能天気そうだったろうか? 底なしに明るいというか、元気と言うか、正直彼の中で二番目に苦手なタイプだ。
     そろそろと目を開く。
     ポカンとした表情を浮かべた。彼の目の前の存在も、同音同意語で表せる表情を浮かべている。こちらのほうはすぐに笑顔になった。
     なんだあれ?
     彼は目を凝らす。
     人だ。少女だ。彼の五分の一にも満たないのではないかと推測される人間だ、これ事態は彼にとって珍しい事ではない。
     目の前に立つ少女が、異様としか言いようがない熱気で一心に彼を凝視し、顔を満面に輝かせながら叫んだ。
    「ネタの巣窟キター!!」
     彼は瞬時に目頭を押さえた。妙なのが湧いて出たらしい。勘弁してほしい。なにか自分は取り返しのできない事を仕出かしたのだろうか? 前世に。
    「え? 夢? これ、夢?」
     顔と言わず、体すべてを使って、オーラも交えて、嬉しそうに少女は言葉を重ねた。
    「現実? わたしって今、もしかして寝ているの?」
     問いかけは、少女自身に向かってなのか、彼に向ってなのか、彼女本人ですらわからないのではないだろうか。
     でも彼は、これだけは言える。
     少女は確実に自分を見ながら言った、と。だからこの問いかけには、自分が答えなくてはいけないだろうと思い彼は口を開く。
    「紛う事なき現実だろう。少なくとも俺自身は寝た覚えがまるでないんだが」
    「だよね! アナタも現実よね、うん」
    「……」
     唖然。
     夢か現かと、聞くものなのか?
     何だこの人間。彼はマジマジと少女を見つめた。人間の女の子をここまで間近で観察したのは初めてかもしれない。少女は目に輝きを放ったまま、彼を見つめ返す。その顔に恐怖も嘲りも焦りさえも、存在しない。
     彼女はにっこり、花が咲き誇るように微笑んだ。
    「ね、ドラゴンさん」
     彼はゆっくりと額を押さえた。頭が痛い。
     なんだこの女。





     彼は――ドラゴンだ。
     背中にはきちんと堅そうな羽がある。皮膚だって固いし、爪も鋭く長い。口を開ければ、少女など簡単に丸飲みにできる。
     彼の国ではドラゴンは畏れられる。その存在は神と同位か。
     彼自身がその恩恵に与れるのはそう多くはない。




     彼は無言で少女を見つめた。
     間違っても突然目に入ったドラゴンを相手に、嬉々として話の相手にしようなどとは通常の人間であれば思うまい。
    「本物に遭遇しちゃったわ。うわあ、メチャ嬉しいんだけど!」
     ドラゴンは首を傾げた。本物に遭遇とはどういう意味だ。
     少女はその仕草で彼の疑問を理解したらしい。
    「ドラゴンって存在しないんですよ、わたしの世界って」
     つまらないでしょう? 少女は愛想良くそう言った。
     やはり彼女と自分の世界は、別モノらしい。ドラゴンは、苦いものを気付かずに食べた後のような顔をした。
    「でも想像上にはいるのよ」
     笑顔のままに言う。
     想像という事は、そこにないという事だ。現実ではない。どうやら少女のいる世界には自分のような姿の存在はいないらしい。
     ドラゴンは情けない表情であたりを見渡した。
     家中がボロボロである。
    「すごく面白い世界でしょ。この世にいない生物を想像して、それが公になっているの。皆が知っている。どの国の人だって、テレビや絵本がない国じゃないかぎり、知っている。頭のいかれた変人あつかいもされずに。不思議でしょう?」
     少女の笑顔が彼には空恐ろしく感じた。

     彼女は存在しない生物と普通に話しているのか。

     ドラゴンは途方に暮れたように呟く。いっそ食っちゃダメかと思いながら。だが彼にそのような度胸があるはずもない。
    「未確認生命体……」
     彼は少女に対してそう称した。
     別に人間が存在しないという意味ではけっしてないし、女性がいないわけでもなければ、幼児が存在しないわけでもない。少女という固有名詞はきちんとあるし、ある特定の年代性別が存在しないという意味でさえもない。ただただ単純に、初対面のドラゴンに嬉々として、お前は現実かと聞く者が本来いないという事と先に自分の頭具合を心配するだろうという現実を、とりあえず逃避気味の、彼の脳内でなんとか発掘できた常識を元に考えた結果である。


     彼の不安に合わせるように、桃色の尻尾が忙しなく動く。


     怖くは、ないのだろうか?
     自分は怖い。だって自分は桃色だし、気が弱いし、でも見かけは立派なドラゴンだ。他のドラゴンと比べても、彼は大きい方だ。
     少女が怖い。でも他の存在よりは怖くない。そこで彼は友人を思い浮かべた。あいつのほうが見た目も中身も怖い、だったら少女はそれほど怖くはないのではないか?
     彼の呼吸に合わせ、尻尾も踊る。
     その尻尾の動きを、涎を垂らしながら観察していた少女は呟いた。彼はその言葉に仰天することになる。
     なにせ、彼自身の存続の危機なのだから。



    「おかしいなあ……トカゲの料理が食べたいなんて言ったおぼえ、ないのに」
    「は?」
     彼は少女を凝視する。いまなんと言ったかこの娘。
    「トカゲ?」
     今トカゲの料理って言ったか。
     トカゲとはなんだっただろうか。彼はしばらく停止した頭を駆使して考える。
     尻尾が切れてもまた生えてくるアレだ。彼にとっては、見つめるには小さくてとても重労働がいる存在だ。空を飛ぶわけでもない。
     何故トカゲが出てくるのだろうか。

     彼は目を細めた。

     ここはドラゴンの住みかだ。
     彼は天井を仰ぐ。ああ、暗いなあ。先程の風騒動で穴が開くんじゃないかと心配していたのだが、無用だったようだ。
     人間の娘を見る。
     ああ、とっとと消えてくれないだろうか。
     彼の住みかは突然、変な空間に仕上がった。主にこの小娘のせいで。ああ、帰りたい。いやここが彼の住みかなのだ。住みかということはここが彼の帰る場所だ。
     彼はガックリと項垂れた。


    「焼き鳥が食べたかっただけなのに、なんでトカゲになるんだろう」
     それは俺もぜひ聞きたい。彼は慎重に少女の言葉を待つ。嫌な予感しかしない。
    「おっきいトカゲで食べ応えはありそうだけど……ドラゴンさんはマズそうだし」
    「まてまてまてまて」
     慌てて少女に声をかける。声が不自然に震えたのは、彼の気のせいではないだろう。
    「お前が、トカゲを連想しているのは、俺、でか?」
    「うん」
     下を呆然と見た。
     赤茶、焦げ茶、影で辺りを隠すように主張する黒色。そして己のピンク色の皮膚。馬鹿にされることはあれど、トカゲに見られた事はない。それも食用ときた。
     次に何を言い出すのやら、想像がつかない。


    「桃が食べたい」
     ジッとドラゴンを見ながら少女は言う。
     彼女は一体何が言いたいのだろうか?
     そんなにもドラゴンを食したいのか。それとも食えるものを用意しろという暗黙の意思か、どちらであろうとも、ドラゴンには解せない。何故こちらを見て、桃が出てくるのだ。
    「桃は白だろう」
    「ピンクに薄ピンクでしょ。それに白。中身は薄く色づいているんじゃなかったかな」
     少女は不思議そうな顔をし、そしてドラゴンの顔を見据える。
     正直なところ、ドラゴンは視線を少女に向けると窮屈だ。一般的にいう動作、上を見上げるというものも首が痛いらしいが、下を見続けるというのも中々つらい。
    「ドラゴンさん以外も、皆その色なの?」
     ふっと外を見た。ドラゴンは目を細め、口元を歪める。
     ドラゴンは皆、黒や青、白銀だ。
     人が人と違う存在を廃するなら、他の生き物もまた、己と違う存在を忌み嫌うのだ。
     少女もまた、外を見た。こちらは口元を緩める。




    「異世界トリップ初体験なんだけどさ」
    「異世界トリップ?」
     最初もそう言っていたな。ドラゴンは少女を見つめた。少女は朗々と語る。その表情はいつになく真剣だ。少なくとも今まで話した中では、真面目だ。
    「道を歩いていたら、あら不思議、ここはどこ? そこは今まで見ていた場所ではなかった。見知らぬ空気、見知らぬ景色。彼女は慄いた!」
    「彼女って誰だ?」
    「さあ?」
    「……」
     真面目な顔でいい加減に喋らないで欲しい。

    「そして定番は!」
     くわっ、と少女は目を見開いた。その勢いに思わず後ずさる。でもここはそんなに広くはない。すぐに壁に背があたる。
     彼女の存在感が一気に濃くなった。
    「王子様!!」
     髪があちこちに揺れる様は少し怖い。
    「第一王子かなにかで権力争いをしてる王子様! もしくは皇帝」
    「定番が王族?」
    「そして少女と王子様は恋に落ちるの」
    「畏れ多いな」
    「それが恋よ、落ちるのよ、お互いに」
    「奈落の底に?」
    「そう!」
    「そうなのか!?」
     いいのかそれで。
    「ヒロインにはヒーローが付き物なのよ!」
     ドラゴンは眉間のあたりを、人間相手なら簡単に裂いてしまう長めの鋭い爪で少し押さえ、息を吐き出した。この少女はいっそ、友人である本物の『王子様』に押し付けるべきか。いや待て、あの他称王子、あいつも大概変な奴だった。
     ううむ、押しつける事が不可能だったら、とりあえず引っ越すべきかな? ドラゴンは遠い目をしながら、結構本気で思案した。



     少女の頬を見る。
    「桃食べようかな」
     いつのまにか彼はポツリとそう呟いていた。
     物語の始まりというのは、理不尽で珍妙なのだ。彼はのちにそう語る。




    桃色と変人
     世界はわりと生き物に興味がないらしい。
     いや、わかっていたさ。わかっていたことだが、少々ひどくはありませんか神様。
     むしろ俺が生き物に興味がないのか?

     どこかぼうっとして働かない頭をひとつ振り、彼は体を動かした。
     

     うぎゃ。


     己の下から聞こえた妙な効果音に、彼は首を傾げる。
     地に落とそうとしていた足をとめ、体のぐらつきを懸命に押さえる。片足で耐えるには、彼の体は少し大きいしバランスを保のは、少々――いやかなり――大変なのだ。たまに思うが、この大きさも考えものだなと彼は一人思案する。
     もっと広い所に移住するべきか。


     さてと、と体を支え、今までののんびりした空気が嘘のように、慌てた様子で視線を彷徨わせる。
     つんざくような高い音波だけが聞こえた。

     ううむ?

     彼にしては精一杯、油断なく、眉間に皺をよせてあたりを警戒する。そして足を違う位置に落とすと、彼は目を糸のように細めた。    
     視界が暗やみに襲われた。…目をつぶってしまったらしい。
     彼はひくっと鼻を震わす。恥ずかしい失態だ、穴があったら入りたい。そうしてから板か何かできっちり蓋をするのだ。頭を抱え、膝にしっかりと額をおしつける。そこまで考えて彼は氷河期に突入する。
     彼の不安と呼吸して、桃色の物体が左右に揺れた。
     暗やみのなか酸素が徐々に薄れていく感覚まで想像してしまった。
     酸素がなければ死ぬから空気穴くらいは開けておこうと心に決める。
     恐る恐る目蓋を広げる。
     一面の白が広がり頭を振る。己の家の残骸しか見えない。ああ、ここを破壊されたのは昨日の事だ。少し顔を歪めてから彼は腹を引っ込めて下を見やった。


     音の根源と、目が合う。

     彼は眉間に皺を寄せ、さっとそこから顔をそむけた。心臓の愉快な踊りから意識を遠ざけ、息をつく。つりあがった漆黒の瞳には抗議の色が見えた。こくりと喉を鳴らす。
     今にもその瞳から雫をこぼしてしまいそうだった。

     つまりは泣きそう。そんな馬鹿な!

     桃色の物体が、ピンッと張った。
     自分はなにかこの小さい生き物にしてしまったのだろうか? 慰めるべきなのだろうか、それとも自分のことなど見たくもないだろうから消えるべきか、生き物を泣かせるような自分ならば、存在せずに無くなればいいのに。
     桃色の物体は、シュンと下がった。低空飛行を始めたソレを見て、少女は一瞬目を細めて眺めやりながら、ハッとしたように彼の顔を視線で追った。


     ぶるりと体を震わせ、憤慨した高い声を少女が出す。
     彼もぶるりと体を震わせる。
    「潰されそうになったのよ!」
    「それは悪かったな」
     びくびくと彼は少女を見下ろす。
     小さすぎて見えなかったなと、ひとり内心で言い訳をする。
     普段は一応、意識して気を付けてはいるが、なにも考えてないときはまったく見当たらないらしい。
     人間にあまり興味がないことも敗因か。
     やはりバランスは大切だ。彼女の大きさに合わせるべきだろうか。いや、でも叩き潰されるのも嫌だな。どうすればいいんだと彼は頭を抱えた。
    「ドラゴンさんは自分の体格を気にかけるべきだわ」
     ドラゴン、彼は抱えていた頭を開放して、額を今度は押さえて呻いた。
     なんて素晴らしいタイミングなのだ。体格の件で話が合っても仕方ない気がするが。
    「これでも気を付けているつもりなのだがな?」
    「全然まったく気を付けてなんかいないわよ!」
     彼は視線をまたもや彷徨わせる。
     彼女の言うとおりの気を付け方は、おそらく無理だろう。自分はあまりにも無力だ。
     こんなちまっこい生き物を、どうしろと言うのだ。


     やはり彼は、おそるおそる、片手を少女に添える。
     少女は眼を丸くした。
     コテンと首をかしげるオプション付き。
     そこに恐怖は見当たらない。どうやら彼女は怖くないらしい。固い皮膚を欠片も気にしない様子の彼女にあっぱれだ、と彼は感心した。
     ほう、と吐息を漏らす。
     少女の髪がふわふわと踊った。
    「凄まじいほどの豪胆さだな」
    「なにが?」
     彼はやれやれと首を振る。
     じっと彼を見る少女を掬うようにして持ち上げる。目と目を合わせるにしても屈むのは勘弁して欲しい。
     倒れる自信がある。
    「乾燥してない? 保湿クリームとかないの?」
     ああー、でもベタベタは嫌だな。生理的嫌悪抱くかもしれないわ。と少女は呟く。
     彼は内心首をかしげる。ホシツクリームとは一体なんぞや?
     新手の嫌がらせだろうか。



     空を見つめて彼は考え込んだ。
     ここは女の子の居るべき場所じゃないだろう。どこか、彼女がいても相応な場所へ連れて行こう。ここよりは王宮とかの方がマシかな。よし、押し付けてこよう。
     感覚的には、捨て猫を拾ったけど自分では飼えないから友人に飼ってもらおうかなだ。
    のっしのっしと足を進める。素晴らしきかな晴天。風はなし。日向ぼっこ及び、散歩を推進したい。
     思いもがけず良い状況だ。
     後ろに神経をやり、風を切る音に耳を傾ける。巨体が空中に浮かんだ。
     胸が不安なんて存在していないと主張するかのように高鳴る。

     この湧き上がる感覚は、そう、歓喜。

     森がそれに呼吸して諸手を挙げ、喜びを伝えてくれる。ああ、嬉しい。風が遊ぼうよ、と彼にまとわりついてくる。そうだ、遊ぼう。
     すべての生命体が彼の気持ちに応えてくれる。
     そうだ、行こう――なんて状態の中でチクリと肌に痛みを感じる。
     あ、なにか忘れていた。




    「ちょっとおおお、ドラゴンさん、ヒドイ!」
     これだったか忘れていたのは。
     恐る恐る、手に持っていた少女を見つめる。
     怒られる。
     何故自分はこうなのだろう。自分以外の生物の考えを読めない。思いやることができない。この状況で忘れるなんて、落としていたら死んでしまっていた。握りしめていたらどうだろう。今彼女が生きているのは奇跡だ。
     血の気がひいていくのを感じた。


     少女は彼の様子には気にもかけずに息を吸い込み、それを一気に開放した。
    「空飛ぶなら事前に言ってよね! ネタはいつだって考えるけど言ってくれたほうが効率よくその時の状況を見てとれるでしょ! 経験は大事なのよ!? 言ってくれていれば、言われていない素のわたしと、それを知っている第三者的なわたしの、ふたつの視点を妄想できたのよ! こんな体験そうそうできるものじゃないんだからね。オタク根性を舐めるなああああああああ!!」
     すみません。何言っているのかまったく聞き取れませんでした。
     彼は一時停止する。
     そこに彼女の一言。
    「あ、それと」
     何かを思いだしたかのように一瞬考え込む動作をし、そして彼女はキッと彼を睨んだ。
    「飛ぶなら飛ぶって言ってくれれば、どこかに捕まることもできたのよ。危ないでしょ!」
     彼の体は下に、少女の髪は上に。重力の掟に則って落下する。
     手で少女を覆い、茫然と、すさまじい悲鳴を背景に背負いながら、心の中で主張した。
     ちょっと待ってくれ、話し合おう。

     後ろに集中して、体を持ち上げる。
     彼は自分の体の所有権が戻ってきたことに安堵の吐息を漏らす。
     少女包んでいた手を広げる。
     覗き込んで彼は息を止めた。少女は恍惚の吐息を漏らす。

     ちょっと待ってくれ話し合おう。

     なんだこの生き物。
     なんで嬉しそうなのだ。
     彼は少し身を引く。
     恐怖はどこなのだろうか? 憎悪とかそういった類の感情はどうしたのだろうか。
     あれか、さてはこちらを油断させて、次の瞬間怒涛の罵倒劇か。

     少女がこちらをみて微笑んだ。
    「リアルバンジー」
     笑顔が怖い。
     怯えた彼の目と、しっかりした少女の目があった。目は正気だ。
     正気であることが、逆に怖いと思うのは間違っていないと彼は思う。


    「臨死体験もできるのかしら」
    「正気にかえれ」
     訂正。少女の目は輝いている。存在感が膨れ上がっているし嫌な熱気が見える。
    「トリップ最高」
    「意味わからん」
     頭痛がしてきたと彼は思い、空を仰ぎ見た。さっさと帰りたい。
     頬を紅潮させニコニコと表せる表情で笑っている少女を、呆れた思いで視界に無理やりいれる。
     できることなら逸らしたい。ちょっとそこらへんに捨てちゃダメか。



     ねえねえ、と話しかけてくる小さい生き物。
     好奇心で彩られた瞳。
    「空中回転可能?」
    「……可能、だ?」
    「ドラゴンさん、マジで愛しているわ」
     この生き物は理解できない。
     でも、懐かれるとなにかしてやりたいと思ってしまうのは、生命体として生まれたからには、しょうがない事だよな。

     彼はそっと微笑み、数秒後の悲鳴に思いを寄せた。
     長年悩んでいることを、どうでもよくさせるこの才能は一体なんなのだろうかと頭の片隅に置きながら。

    変人の皮を被った変態

     ひゅっと息をのんだ。
     おかしい。どういうことなんだろう。この状況は絶対におかしい。
     体は硬直していて動かない。違う、動けない。恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
     当事者でさえなければ、この、とてもありがちで不運とさえ呼べるような、幸薄主人公的な展開を楽しく見学することができたのに。第三者万歳! 返ってこいわたしの同人生活。寝る時間を削り、執筆中修羅場中素晴らしき本まみれ。リア充を舐めるように見る涙ぐましいこの努力……!
     少女は顔をこれでもかとしかめる。
     創作活動、それは、わたしにとっての天国、パラダイス、酒だ。できなくなるのであればファンタジー世界にいても悲しすぎる! 無意味だ。と豪語し、一日五時間はネット生活が約束されているのならばトリップ最高なのに。ああ、リアルカポーに会いたい。などととりとめなく考える。
     ツッコミは現在、不在だ。
     唇を噛みしめた。酸っぱい味が口内に染みる。その味に、そっと微笑んだ。唇が腫れぼったく感じる。
     なんて悔しい事態なのかと少女は嘆く。


    「リア充はどこ!?」
     あ、間違えた。


     わたしの心は、今、どん底なのだ。
     ついでに体は風を切りながら落下中。体が支えもなく浮くなど恐怖。むしろ放心。


     どうしてこうなった。


     少女は心の底から、怒り力のあらん限りを尽くし、吠えた。
    「リアルバンジーは安全を確保してからやるもんでしょおおおおお!!」
     空腹時の彼女にとって食欲をかりたてるには十分な、ピンク色の残像はもう見えない。




    ***

     もう見えない。なんて言葉が浮かんだ次の瞬間、意識が揺さぶられるかのようにして戻る。
     もう少し平穏な、平和的に意識が戻る、というやり方はなかったのかと考え、なかったんだろうなという結論に至る。
     まあ、世の中そんなもんさ。
     だが、あえて言わせてもらおう。わたしは神にだって断言してやる。
     光の宿らない、頼りなさそうだった瞳から、少女はぎらっとした意志のこもった瞳に変える。

    「ファンタジー世界に感謝!!」

     わたしは生きているか? 生きていますとも。さすがは不思議な世界の不思議体験。五体満足で無事に木に引っかかるなんてなんて素敵な事態。おk、把握した。
     一面の緑を少女は見渡した。
     ドラゴンさんは一体どこにいるのだろうか? 腹が減ったぞコノヤロウ。いかん、違うのだ、これは間違い。いや、腹は減っているのだが。ドラゴンさんから恵んで頂いた食料は、わけのわからん果実だった。肉が食べたかったというのが正直なところだ。
     別段ドラゴンを食べようとは考えていない。ただ連想しているだけだ。あの大きさなら、少しくらい剥いでも問題はないと少女は考える。

     動物のうめき声のような音が腹から漏れる。
     焼き鳥が食べたい。こてこてで油たっぷりの、あの、肉が食べたい。
     目を細めて少女は呟いた。
    「素晴らしきかな晴天、暗闇に隠れた木々よ、ここはどこ」
     すべてを呑み込みそうな静寂が訪れる。
     少女は震えそうな肩を抱き、なんてことはないのだと口元だけで囁き、目を忙しなく動かす。
     返事は期待していない。
     返事があったら正直、おいしすぎる。何そのネタの巣窟。ホラー作家になれと? よっしゃあ任せろ。わたし国語の評価で低い方なんだけどやってやるわ。女に二言はない!!
     ここで片足をあげ、勢いよくその足を地面に叩きつけ、拳をあげる。という動作があれば完璧だと思う。
     

     足が地についていないと、不安な気持ちが強くなる。
     目を閉じ、あさく、息をする。 
     物語の道順はどうなっているのだろう?
     王道だったら、どうなる?
     最悪のパターンはどうだった?
     最善の行動をとった主人公はいただろうか?
     歴史書ならばどうだ。それとも漫画でもいいだろうか。

     話は好きだ。
     人が考えた道筋、人が経験した考え方、夢想した思考。そのどれもが、参考になる。無から有が現れるのではなく、有から無限を選びとろうしている。事実から始まるものなのだ。
     だから行動をする時、物語を思い浮かべることにしている。テストの前の参考書を確認するかのように。
     それが危険な思考だとは思わない。現実と夢の区別くらいは付いているはずだったし。基本はなにも考えない。
     それがいつのまに、空想と現実の区別がつかなくなったのだろう?

     少女は首を傾ける。
     王道だったら助けがあってしかるべきだろうにと思う。それともここいらで苦労するパターンだろうか? 正直どれが王道なのか、判断がつかなくなってきた。
     苦笑いを浮かべながらそっと目を開く。
     それにしたって、まさか異世界トリップの夢を見るとは思わなかったわと少女は首を左右に動かす。
     現実との証言もあったけれど、夢とはそういうものだ。心ではなんとなく現実じゃないとわかっているのに、現実だと思ってしまう。他人がいたって所詮それは、その人本人ではない。ましてやドラゴンなんて生き物いるわけがない。
     そもそもこれが現実だったとしても、私の生きる世界観ではありえない。虚栄の出来事。非日常には憧れているが、日常から消え去るなどとは思っていない。
     所詮絵空事だ。わたしはきっとこの現象を認めるべきじゃない。


     ぎしぎしと、自分の体は、さび付いたロボットのように自由がきかない。
     眉をしかめた。
     なにが悲しくて、十代でそんな経験をしなくてはならないのだ。

    「――――!?」

     下から音。正確には声が聞こえた。
     ひょいっと目線を下げる。
     目を見開いた。
     うわお、なんという美形。ところでサラサラな、髪がとても長いお兄さん。
    「それは地毛?」
    「――?」
     青年の口が開き、音がそこから響く。
     少女は満面の笑みを浮かべた。
     日本語カモン。
    「ちょっ、なにこれ、え、萌え設定が御光臨なされた?」 
    「――!!、?」
     鋭く、叫ぶ声。
     警戒心が浮かぶ瞳。
    「言葉が通じない設定キター!!」
     なにそれおもしろい。
    「それってあれですね。言葉が通じなくて苦労する話ですよね、わかります。その時のセオリーとしては宮殿の魔術師かなんかが魔法を使って言葉が通じるようにしてくれるっていうフラグですね! しかもやっぱり美形なんだろうね! 美女でもいいわ。楽しみだけどちょいムカツクー、その精度をわけるべきだと思うの。あと王子とヒロインの親密度が上がるというおいしい状態よね!」
     手を固く握り合わせる。
    「日本語を王子様に教えたりとかね」
     手をほどき、振り回す。
    「あと言葉が下っ足らずで片言とかも萌えるわよね。そして思うのよ、この子を保護するのは自分しかいないとね!」
     ほうっと熱い息が漏れる。
     トリップ最高すぎる。
    「他にテンプレ的ありがち話があったかな?」
     恍惚とは成程、この事か。 
    「寡黙な騎士がいたりなんかしたらやっぱり萌えね。言葉の通じない少女を相手に、青年は困るの。手振り身振りの異文化コミュニケーション。普段は笑わない彼が、あら不思議! 少女の前だけは笑顔に。とかねー。少女が無垢だったりすると雛鳥決定? それとも腹黒だったりなんかするとおもしろい? ああ夢って膨らむわ」
     少女は、ふにゃふにゃと顔を歪ませて笑う。
     少女の放つ空気は、まるで熱病であるかのように熱がこもっている。いまにも湯気が具現化しそうな勢いだ。


     あれ、さっきまでは話通じていたような気がするな。少女は首を斜めに傾げる。
     体を揺らすと正直落ちそうな気がしてくる。ブルリと体を震わせた。


     少女の耳に、青年の言葉が届く。
    「貴様は人間か?」
     はて、また疑問符を行動で表す。
     なにを言っているのやら、わたしはホモサピエンスですがと考え、訝しむ。
     やがて目を見開いた。
     え、なんで言葉が理解できているの? まさか、これが有名な……、
    「フラグクラッシュ!!」
     叫んだ瞬間、桃色の風が少女の体を掻っ攫った。
    一方その頃桃はどうしたこうしたどうだった

    【変人の皮を被った変態】と同時期です。
    ***

     彼は困っていた。
     嫌な汗の予感に、泣きそうな瞳をむける。
     自分はなんて馬鹿なんだろう!!
     上半身が重力に則って移動する。皮膚に爪を食いこませ頭を振った。
     今まで持っていた生き物を、落してしまった。人間は脆い。すぐに、あとかたもなく、あっけなく、壊れてしまう。待ってくれ! と叫んでも、通り過ぎて行ってしまう。追いつくことなどできないのだ。
     探しにいったら無残にも変形しているかもしれない。それですめば、まだいい。ヘタをすれば見つかられない可能性もある。万が一生きていても、全身に怪我をしていて動けないということもあるだろう。餓死もあるかもしれない。そうなれば、それは生き地獄だろう。
     あの、苦労もあまりしていなさそうな少女が、自分抜きでどうやって生き残る? 労働に向いているとはとても思えないし、だからといって水仕事をしているような肌ではなかったように思う。正直ちいさくてよくわからないが。
     彼にだってなにかできるというわけではない。けれど彼女を安全な所に連れていくことくらいはできるだろう。いや、できるはずだった。
     単刀直入で言ってしまえば、少女をついうっかり、ポロっと落して慌てているドラゴン(薄いピンク色の肌の持ち主)一匹の図だ。

     鼻を濁音で形容すべき音を出す。
     むずむずと痒くなったので腕で拭うと、ヒブシッと妙な効果音とともに炎が少量、その場に流れた。風がくすくすと笑いながら受け流し、彼の頬に寄りそう。
     元気をだして! と言われているようだ。目をぱちぱちとさせ、微笑む。
     そうだな。ここで諦めたら、それこそ終わりだ。

     変な生き物だったけれど、ここで命を消すには、惜しい。

     クルルル。
     喉を鳴らし、声をだす。

     音の次に、静寂が続く。
     -------ーーーーーッ!!
     次は音をだす。
     ある、特定の生き物だけが聞き取れるような音を。


     遠吠えが響いた。
     木々がざわめく。

     ――あっちだよ! そう、こっち。おいで、逢わせてあげる! 勇気をだしたご褒美だよ!

     彼は泣きそうな瞳で、頭を下げた。
     感謝する。


    *** 



     木達を極力傷つけないように体を縮め、森の間を抜ける。
     一面の緑に囁かれ、地に足を付けずに駆け抜ける。
     すると、木や風達ばかりが活躍するのは、いささか不公平だ、我達こそが力になろうぞ!! と白銀の狼達が吠える。
     遠吠えに誘われるようにして速度を更にぐんぐんとあげていく。
     彼を目で捉えるのは、至難の業だろう。


    「貴様はなんだ? ここは、おいそれと人間が侵入できるところではない」
     警戒したような声を、己の耳が拾う。
     低い、男の声。
     彼は氷河期にいるかのように震える。血の気がひき、しばらく停止する。
     森は呆れたそぶりで葉を散らした。
     嫌な予感しかしない。

    「まさか里が!? いや、だが人間ごときに理解できるはずがない……」

     彼は頭を抱えた。
     今現在、この森にいるのは、武器をもったガタイのよろしいなんだか臭いオスと、先程落したばかりの未確認生命体くらいである。
     エルフにでも発見されたのだろうか?
     縄張りの考えが強い生き物達だ。めんどうなことになるのに違いない。
     ふるふると尾が揺れる。
     帰りたい。いやいやいや、今は帰る所がないではないか。考えて、しばらく止まる。

     帰るところがない?

     尾がピンッと、天を仰いだ。
     そういえば今うちは破壊されつくされているではないか! 尻尾が地上を向く。
     どうしよう、あれ、修理するのはめんどうだ。

     「言葉が通じない設定キター!! それってあれですね。言葉が通じなくて苦労する話ですよね、わかります。その時のセオリーとしては宮殿の魔術師かなんかが魔法を使って言葉が通じるようにしてくれるっていうフラグですね! しかもやっぱり美形なんだろうね! 美女でもいいわ。楽しみだけどちょいムカツクー、その精度をわけるべきだと思うの。あと王子とヒロインの親密度が上がるというおいしい状態よね!」
     目がくらむ。
     何を言っているのかはさっぱりな、少女のすさまじい勢いの言葉を拾った。
    「寡黙な騎士がいたりなんかしたらやっぱり萌えね。言葉の通じない少女を相手に、青年は困るの。手振り身振りの異文化コミュニケーション。普段は笑わない彼が、あら不思議! 少女の前だけは笑顔に。とかねー。少女が無垢だったりすると雛鳥決定? それとも腹黒だったりなんかするとおもしろい? ああ夢って膨らむわ」
     帰りたいと囁く己の心に鞭を打ち、さらに少女の方向に進む。
     人間族とエルフ族はあまり関係が良好じゃないから逆立てるな。後生だからおとなしくしていてくれ!


    「貴様は人間か!?」


     ぐんぐんと近づき、最後通告の響きをもった言葉を発する、人間の姿を催した青年の真上を通り過ぎ、少女を掴む。そしてそのまま勢いを殺さずに、逃げた。
     このまま居座ったら怒られるでは済まされない。殺されるかもしれないのだ。
     彼自身、あまり交流をもっているわけではないのだが、エルフは長命だ。少ない交流でも同じ人格の持ち主とたびたび目が合う。幼少の頃よりその同じ存在達から冷たい視線を浴びていた身としては、あまり関わりあいたいとは思わない。
     人間は代替わりをしても恐ろしいが。

     たのむから嫌悪の眼差しで見ないでほしいと願う。
     

     びくびく震えながら拾った少女は叫んだ。
    「フラグクラッシュ!!」
     ……捨てるぞ。
     少女を落とさないだけの体格に戻りながら、唸った。
     意味はわからなくとも、突拍子もないことを叫んでいることは理解できる。少女の方は、下手をしたら殺されそうだったという事実がわかっていないのだろう。
     いや、だが、元を正せば自分が落したせいだ。
     森は不味い。せめて普通の所に落すべきだった。人がいる所だと、餌を落としてしまったと捉えるか、魔物の類だと捉えるかは賭けだが。
     どっちにしろ駄目だろうか。
     餌だったら取り返しに来られたら厄介だと思われるかもしれない。そうだと意味がないのだ。
     
     彼は嘆息し、肩をガックリと落とした。
     どっちにしろ、自分の傍に置いていても、どうしようもできないのだ。
     彼は悲しげに瞼を閉じる。
     少女の悲鳴が少し聞こえたのは、きっと気のせいだ。

    三つ巴?いいえ三馬鹿です友人視点
    ***


     彼は内心、頬を引き攣らせて喚き散らしたかった。
     一瞬、柔らかく微笑んでいた顔を硬直させ、すぐに何事もなかったかのようにその微笑を継続した。


     桃色の生き物が少女を乗せて空を飛んでいる状況とは一体、なんとまあ、珍妙、いや面白いことになっているとは思うものの、疑問が多く残る状況だ。どうなっているのだろうか?
     ふんわりと、彼は笑う。
    (しょうがない奴だな)
     彼の桃色の友人は、常識で考えてはいけないのだ。
     前に立つ男が、訝しげに彼を見据えた。
     いくつもの飾りを身にまとう男達を見渡し、彼はなんでもない、という態度で目元を和ませる。
     離れたところにいた、白さが目立つ背の低い男に視線だけを向けながら鷹揚に肯く。
     前に立つ男が頭を下げ、その場に膝をついた。低い声が右から左へと通り過ぎる。
    (まずいな、おもしろい方に気が向く)
     彼は目の端にちらちらと映るピンク色の残像を、頭から追い出すことにした。

     いかにしてこの場にいる彼ら納得させ、その場を去るかは、後で考えようと思いながら。

    (どうせ王位からは遠い三男坊、やろうと思えば撒けるな)
     表面上ではやわらかくにこやかに、内心では意地悪くニヤリと笑う。

    ***

    「アル、これ、拾った」
    「うわあ、良い男」
    「やあ、不運な天災」
     三者三様の発言がその場に発せられた。

     友人が指し示した、黒髪に漆黒の瞳の少女の『良い男』発言に、アルと呼ばれた青年は微苦笑を浮かべる。
     これはまた、強烈な印象の、とてつもなく素直な女の子を連れて来てくれたものだ。アルに謙遜という言葉は通用しないのである。
     めずらしいなと感心する。
     アルの友人は、対人恐怖症な気配があった気がするのだが、勘違いだったのだろうか。と内心首を傾げる。
     目を細めて少女に会釈をする。
     相手から高感度を得るためには、挨拶は基本中の基本で必要事項であろう。第一印象は大事なことなのだ。
     穏やかな空気が辺りを流れた。
     あたたかい日差しに、ここだとすぐに発見されそうだと頭の片隅で考える。町にばっくれればいいだろうか。
    「やっぱりカッコイイ」という少女の発言に、微笑みでかわす。
     まあ、当然だよね。とは言わない。
     素直な生き物は嫌いではない。頬はそめていないあたりを考えると、鑑賞生物という位置か。

    「まるで王子様みたい!」
    「よく言われる」
     目を輝かせた少女に、にこやかに答える。
    「髪が短いのね?」
    「庶民はわりとこんな感じだけど? 君はどこかのご令嬢かな?」
    「え、見える?」
    「いや、どちらかというと、巫女って感じかな?」
     良くも悪くも。
     邪悪なものに使えているのか、神聖なものに使えているのかは特定できないが。
     少なくとも王族にも貴族にも、この城内で黒髪の者はいなかったはずだ。もしいたとして、存在を隠していたというのだったら、かなりの罰を受けるだろう。
     国の王を欺いていたということになるのだから。
    (さて、そこらへんの有無、あの人は知っているのか?)
     珍しい髪や瞳の持ち主は大概、神かそれに準ずる存在等に愛された者だけと言えよう。
     アル自身、神にでこそないが愛され、加護のようなものが与えられている。普段はきちんと、普通にアルの家族と同じ金髪碧眼だが。
     ドラゴンの尾が揺れる。

     アルは友人――ピンク色のドラゴンに目を向けた。
    「ラス」
     ラスとドラゴンを呼び、それに疲れた表情で「なんだ」と厳かな口調で返すドラゴンに、アルはまた言葉を重ねる。
    「人を指差して、拾ったと言うのは、マナー違反じゃないかな」
     犬や猫や魔獣を拾った感覚で言う友人に、困ったものだと笑う。魔神の方がマシだった可能性もあるのだ。ある一定以上の知能は邪魔という場合もある。馬鹿も、まあ、困るが。
     尾が下に垂れさがった。
    「それは悪かったな」
     淡々とした低い声音に、アルは吹き出しそうになるのをこらえる。体がブルブルと、内なる熱を全身で表したいと主張しているかのように震えた。
     ダメだ、ここで笑ったら、この友人は拗ねる。間違いなく拗ねる。拗ねる姿は大変おもしろいし愛着すら覚えるが。
     態度と発言が噛み合っていませんが、そこらへんどうお考えでしょうか。
     近づくと怯えて逃げる。遠ざかるとしょげかえる。なんともめんどうな生き物で、けれど憎めない。


    「とりあえず」
     うーんと首を捻る。
    「そこのお嬢さんはどなたかな」
     腰のあたりまである黒髪に、黒い瞳。黒っぽい不可思議な服装。少し変わった、長さのない黒い靴。この少女は何者だろうか?
     少女を少し観察してから、ラスに視線を向ける。
     ギョロッとした悪意のない瞳を穏やかな顔で見る。
    「異世界トリップだそうだ」
    「意味がわからないね」
     理解を超える言葉を、アルは笑顔で切り捨てた。



    「ところでこの女性の名前は、なんて言うんだい?」
    「……は?」
    「……え?」

     ぽかん。
     呆けた表情がふたつ揃う。

    「「あ」」

     間の抜けた声もふたつ、揃う。

     一見、表情のない爬虫類と、おそらく十代前半の少女が、目線をたがいに合わせる。 
     その様子に、アルは思わず吹いた。

     顔を背ける。
     体を大きく震わせ、地に膝をつける。
     空気を震わせ、涙を拭う。
    「君たち、自己紹介もせずに何しに来たの?」
     黒い瞳をまるくして、少女は首をかしげる。
    「さあ?」
     高い、娘らしい声音だ。
    (分からず来たのか!)
     ひぐっ。
     声が漏れ、声に出して笑う。
    (凄まじく能天気だ!)
     ドラゴンを相手にしても嫌な表情はしていない。どこまでも穏やかな様子に、それだけで好感は少々持てる。
    (奴隷として売られても気付かなそうだな)
     

    「俺はアル。そっちのでかいのがラス」
     傍目からは、人畜無害そうだと見えるような表情で笑い、手を差し伸べる。
     そわそわとこちらの様子を窺うラスは、とりあえず放置にしておく。
    「よろしくな?」
    「こちらこそ?」
     よろしくするか、まだ決定はしていない。
     好感はもてるが、実際にはどうかわからない。
    「私は、さと……」
     少女は止まった。
    「さと?」
    「山田花子です」
     さとやまだはなこ。
     おかしな名前だ。
     ラスは首を傾げ、アルは手を口元に寄せた。
    「モブキャラクターになってうはうはしたいという願望の表れを分かりやすく言ってみました。ヒロインと仲よくしたいぜ! いえい! です、よろしく。田中太郎と迷ったけどここは花子で」
     だってわたしはおんにゃのこと呟く、生真面目な表情の少女を前にして、普通にこれは偽名だなと判断する。
     おそらくラスの方は『さとやまだはなこ』を本名だと思っているに違いない。そう考えてはいても、さほど問題なかろう。


    「ハナでいいです」
     やけに晴れ晴れとした笑顔を返された。
     普通に考えて怪しいのだがなと思い、彼は苦笑した。
    (どうするかは、保留にしておこう)
     どうやら困ったことに、ラスはハナという少女を気にいってしまっているようだから。

     このドラゴンの心を、万が一、裏切るような真似をした場合は、容赦するつもりは欠片もないが。
     アルは笑いながら、事の顛末を見守ることにした。
    桃、二歩下がる

     彼は空を旋回し、目を細める。
     風に攫われないように、両手で少女をもち、体に添えた。
     いい加減彼も学習してきたのだ。
     きちんと両手で持ち、隠せば落とさないハズだということに!
     ひとり、うむうむと頷く。その間も、彼は山脈を越え、砂漠を見据え、木を見降ろし、空を駆ける。


     神は三つの舞台を作られた。
     ひとつ。強靭な体をもち、膨大な強い力をもつ竜や魔獣達に。
     ひとつ。秀でた知能をもち、魔力が強い妖精達に。
     ひとつ。短命で代々と命を繋いでいく人間と動物達に、世界をお与えてくださったそうだ。
     その中心に神が御座す、森に覆われている塔があると伝えれらている。

     だが現在は、膨大に増えた人間に侵略され、妖精達は一部を除いてどこかに隠れてしまった。幸いにも、ドラゴン達が支配する世界には、生きてたどり着いたものはいないという。

     その未知の領域からやすやすと、一人の少女は知らずのうちに抜け出した。
     それを自覚している者は、今の所いない。
     今後も現れるかは、不明である。


    ***


     人が大勢歩く様子は忙しない。
     あの大群は、どこに向かっているのだろうかと不思議になるほど列ができていて、それが流れていく。

     街並みの様子を遠目に確認して、彼はピクリと震える。
     人が多い場所に来るのは苦手なのだ。避けて通ろう。と心の片隅で反射的に考える。
     ドクドクと心臓が忙しなく動く。足が震えそうなほど、妙な感覚を覚え、血の気が引いていく。自分は今、空を飛べているかもわからない。頭がゆらゆらと揺れる。
     ここはどこだ。
     自分は誰だ。
     あれはなんだ。
     時間が、まるで彼を置き去りにしたかのように、止まる。
     彼の瞳に、暗い影が過ぎり、

    「ドラゴンさん?」

     声に、ハッとした。
     瞬きを繰り返し、ギュッと目を思い切り閉じる。浅く息を吐き出し、やがておそるおそる目を開ける。
     何を怖がる必要がある?
     ここはアイツ、アルのいる世界だろう。ついでにこの娘もいる。
     手のひらをそっと開いた。

    「なんだ?」
     声は、震えなかっただろうか。
     この少女を、怯えさせてはいないだろうか。
     不安に瞳が揺れ、尾は低い位置で揺れる。胸の鼓動は、ドクドクと蠢く。

    「楽しかったね!」
    「……」
     瞬きを一回、二回、三回、と繰り返す。
    「は?」
     タノシカッタ。
     何を言っているのだろうか、この娘。
     彼は少し首をかしげる。
    「真っ暗の中飛行だなんて、なんという恐怖! 絶叫マシーンも顔負けだよ! 貴重な体験になった」
     ふふふ、と不気味に笑う少女に怯えながら、彼は内心反論する。
     恐怖という時点で楽しくない。楽しくないぞ。
     彼はふるふると震えた。
     彼がもし、同じ体験をしたらどうだろうか。間違いなく最後は失神するだろう。
     暗闇の中、体が揺れ、上も下の理解できなくなる感覚に耐え切れず、やがて絶叫をあげる。そして炎を吐きまくるのだ。
     悪夢だ! 怖いのは嫌いなのだ。

    「悪かった」
    「何が?」
     変なドラゴンさんと少女は笑う。不安に駆られながら、彼は穴が空きそうなほど少女をみつめる。
     さっきのはわざとではないのか? 悪意が感じられないから、嫌みではないということだろうか。
     それとも、気を使っているのだろうか。だが、と彼は首を傾げる。
     この少女が、ドラゴンに? よりにもよって、あの、何事も諸共としない少女が? そもそもドラゴンに気を使う人間なんて、いないだろう。

     変なのは、おまえだろうに。
     彼は、好物の甘いものを食べた後に、それと悟られないように取り繕うような顔をした。
     この少女は、ドラゴンが、怖くはないのだ。
     変だけど、怖いもの知らずで、いい奴。彼は、少女をそう称し、微笑んだ。


     いつも降り立つ、城の陰に隠れた緑の多めの場所に向かう。
     風が彼を守るかのように周りを流れ、彼は心地よさそうに目を細める。風の流れに、少女は慌ててドラゴンの指に捕まり、空を見上げた。風達は少女の黒い髪を掬い、楽しそうに流す。
     天気の良い日は、なんとも心地よい。
     彼は少女をそっと抑えながら、翼を大きく広げ、着地する場所を見据える。そこには、短い金髪を風に遊ばれている彼の友人がいた。
     そっと口元に笑みを浮かべる。
     この友人は、おそらく迎えに来てくれたのだ。
     ほんの少しの瞬間その地で浮き、やがて堂々と、風と共に降り立った。

     少女を降ろし、一言。
    「アル」
     少女を指し示しつつ、青い瞳でこちらを見上げている友人に声をかける。
    「これ、拾った」
    「うわあ、良い男」
    「やあ、不運な天災」
     同時に声を出したらしいことに気付き、彼は目を見張った。
     まさかこれは、息が合う、という現象か!?

     少女がアルと挨拶を交わす。
     その姿を見て、これで、お役目御免なのだろうか? と少し考える。
     そのために来たハズなのに、何故か寂しい。
     苦く笑った。
     あまりにも弱そうな人間の子供に、普通に話しかけて貰えたから、名残惜しいだけだ。

     ところで良い男とは、なんだろうか。優しい男性ということか。
     中々見る目がある少女だ。双方とも変人だが。

    「ラス」
     己を呼ぶ声に、応える。
    「なんだ」
     暗い気持ちを隠してドラゴンは言う。
     アルはまた言葉を重ねた。
    「人を指差して、拾ったと言うのは、マナー違反じゃないかな」
     尾が下に垂れさがった。
     確かにその通りだ。いくら自分とは別の種族で小さい生き物だからって、やっていいことと、やってはいけないことがある。少女とて、自尊心が傷つけられたかもしれない。なんて自分は馬鹿なのだろう。彼は心に鉛が置かれたような感覚に囚われる。
     その愚かな馬鹿者に、アルは優しく微笑んでいた。
     いつもいつもアルには迷惑をかけている。そんな自分が、この場に存在していていいのだろうか。
     彼の気持ちを代弁するかのように、尾は地に居座った。

     アルはそんな彼に余計な事は言わずに、笑顔で問う。
    「そこのお嬢さんはどなたかな?」
     根本的な疑問に彼は、はて、どこだっただろうかと考えた。そういえば、よく聞いていない。最初の、神の言葉だと感じた言葉。あれでいいのだろうか。
     彼は一応、言ってみた。
    「異世界トリップだそうだ」
    「意味がわからないね」
     速攻で返事を、笑顔全回の表情で返すアルに、彼は困ったなと頬をかく。
     自分はそれ以外知らないのだ。
    「この女性の名前は、なんていうんだい?」
    「……」
     女性? そんな生き物はいない。

    「は?」
    「え?」
     同じく間の抜けた返答に、横を見る。
     少女だ。

    「「あ」」
     声が、かさなった。
     小さい娘も、女性と呼ぶのか!
     知らなかったな、と呆然としながら少女をみつめる。少女も、間の抜けた、唖然とした顔でこちらを見てくる。
     やはり、彼女も女性扱いには驚いたのだな。彼は純粋な娘に、ふむふむと感心する。

     空気が抜けるような音と共に、突如アルが地に膝をつける。
     彼はギョッとして、金髪を凝視した。
    「君たち、自己紹介もせずに何しに来たの?」
     少女が黒い瞳をまるくして首をかしげる。
    「さあ?」
     説明していなかったのかと落ち込む間もなく、ひぐっと妙な音がし、アルが沈没した。
     可哀想な生き物を見るような心地で、アルを見つめ続ける。
     いつからオマエはそんな妙な音を出すようになったと考え、ああ、昔からかと納得する。変な生き物だ。相も変わらず。

    「俺はアル。そっちのでかいのがラス。よろしくな?」
    「こちらこそ?」
     笑う他称王子に、他称未確認生命体は応える。
    「私は、さと……やまだはなこです」
     彼は首を傾げた。
     さとやまだはなこ。そのような響きの名前はごく稀にしか聞いたことがない。

    「モブキャラクターになってうはうはしたいという願望の表れを分かりやすく言ってみました。ヒロインと仲よくしたいぜ! いえい! です、よろしく。田中太郎と迷ったけどここは花子で。だってわたしはおんにゃのこ」
     彼は額を抑えた。
     またか。
     目頭が熱くなり、彼は慌てて首を振る。何を言っているのかわからない。言葉は理解できるのに、意味が理解できない。オマエは魔術師かと項垂れる。
     これではもはや呪文だ。

    「ハナでいいです」
     笑顔のハナに、笑顔のアル。
     彼は何度も思ったことを、また感じる。

     ああ、帰りたい。

     そして彼は項垂れる。帰る場所が、大変な惨状になっているのだった。
     アルをおそるおそる見つめる。
    「アル、頼みがあるんだが」
    「なんだい?」
    「しばらく俺達を置いてくれ」
    「急だね」
     アルは呆れたように溜息をつく。
     低空飛行すらしなくなった尾は、脱力したかのように固まっていて、まるでただの置物だ。
     しばらく観察されるような視線に晒されて、彼は泣きたくなっていることを自覚する。
     余計な事、言わなければよかった。

    「わかった」
    「え」 
    「王子様の我儘には、皆様慣れていらっしゃるからね? なんとかするよ」
     アルは、苦いものを苦いとわかっていてもなお、食べましたというような表情をした。
     本当に自分は、重荷にしかならない。
     彼は泣きたくなるのをこらえて、体をアルの体系に近くなるまで縮ませた。頭をアルの肩に押し付け、ぐりぐりと動かす。
     アルが体を揺らして、彼の背を軽く叩いた。

     なにが起きても、自分はアルの味方でありたい。
     それが、せめてもの償いだろう。



    「はああああああ!?」
     少女の絶叫に、彼は何事かと動揺し、本気で泣きだした。 

    (仮)嬉し恥ずかしの夜

     グルグルと獣の唸るような音に、少女は首を傾げる。
     何の音なわけ?
     音の出所を探そうと少女は目線を彷徨わせるが、あたり一面がまるで雪に覆われているかのように真っ白で何も見えない。
     眉をしかめつつ瞼を閉じ、耳をすます。
     少女には前方から聞こえるようにも、後方から聞こえるようにも思える。もっと言ってしまえば、左右どちらかからかもしれないとすら少女には感じられる。
     はて、困ったな。
     どうすればいいのかもわからず、少女は目を開ける。
     ーーッ!
     少女は息を呑んだ。
    「赤い眼?」
     一面の白に包まれながら、紅い瞳は少女を一心に見つめていた。



     真っ暗闇に包まれて、ぼーとする。
     頭に靄がかかったようで、良い感じだ。小さく、機械音のような音が聞こえる。人間の耳は随時耳鳴りのような音がするという話は本当なのやらととりとめなく考える。
     山田花子という偽名を、機嫌よく名乗ってしまうハナという少女は、口元を緩めた。
     これは、眠れる予兆だ。このままジッとしていれば、意識もまたすぐなくなるだろう。
     寝ぼけ眼だったハナは、にまーと笑う。
     体をぬくもりに包まれて、更に眠りは加速する。

     おやすみファンタジー。
     ハナは機嫌良く、眠りにつく。


     ということには至らなかった。
     純粋な不幸である。

     暖かさの様子が変わる。感じがおかしい。人の体温に包まれている。
     これはわたしの体温じゃない!?
     ハナは包まれていた布団を勢いよく剥ごうとして、体を止めた。
    「え」
     口元を不自然に引きつらせた。
     黒色の塊に手を添え、力いっぱい遠のけようとする。
     何これ!?
     ハナは顔を、通常なら見上げるという動作をする。
     銀色に、目が点になった。
     頭部にあるから、あれは髪である。銀色の髪だ。アルピノってこんな感じだったっけ? いや普通は白髪……とハナは一瞬考えるが、結論を言ってしまえば、顔の造形が良いから無問題。
     色なんてものは、些細な問題だ。

     じゃない。
     待て待て、落ち着け、自分。それを考えるのは、今はいささかおかしい。
     優先順位的に違うだろう。
     ハナは気を取り直そうと頭を振り、一旦考えを置いておく。

     ハナは目を瞬かせ、目の前の状況を見つめる。 
     二次元であるならば、完璧だったのにと感じるような綺麗な青年が、いつのまにかハナを抱え込んで眠っていた。
     二次元だったら完璧だったのに。

     疑問符が、ハナの脳裏を駆け抜ける。
     それはさながら、空を駆けるドラゴン並の早さだ。馬に乗ったことはないが、おそらくあれよりひどい。なぜなら馬は急上昇も急降下もしないうえに、もっていた対象物をポロっと落とすことはないのだから、マシなんだろう、たぶん。
     慣れたら平気になるのだろうかとハナは少しの間考える。
     明らかな打線に待ったをかけるものはいない。

    「えええええ」

     声をあげると、青年は小さく唸り、ハナをさらに強く抱え込む。顔が青年の胸に押し付けられる形になった。
     おかしいだろうおかしいだろうおかしいだろう。
     汗がダラダラと滝のように流れる。
     なぜイケメソがわたしを抱き枕のように、くまさん人形のように抱え込んでいるの! もったいない!どうせならかわゆいオトメを抱えろ! もったいない。
     口を開け、閉じる。
     できれば第三者として、傍から見たかった。一歩離れたところで眺めるのは、当事者よりも絶対におもしろかったことだろうとハナは思う。
     口を尖らせて唸っていると、青年の体が揺れる。


     白というより、銀というべき、青年が目を開いた。
     赤。
     紅色だ。
     何その萌え設定。
     瞳括りぬいて鑑賞したい。瞳に光が宿っていてこその美しさだということは置いておく。

     視線が合う。
     ハナは呆然と呟いた。
    「綺麗すぎる……」
    「何がだ?」
     声も低くて心地よい。
     声優ならば誰だろう?
     ふふふ、と微笑む。
     青年は目を細める。その表情すら整っている。アル青年も中々の美形だったが、この青年も中々のものだ。
     ありがとうファンタジー。役得すぎて生きるのが辛い。
     だが、しかし、なんか聞き覚えがある声色のような気がする?
     ハナは首を傾げた。
    「眠れないのか?」
    「うん」
     眠ったらもったいないもの!
    「……ここに来る前はきちんと眠れていたように思えたが」
     何故知っているのだろうかと、ハナは眉を八の字にする。
     わたしはこの人と会ったことがあっただろうか? 自慢ではないが人の顔を覚えるのが苦手なんだ。イケメンも例外なく忘れる。ごめんねイケメン。イケメンだという主観的な事実しか覚えていないタイプだ。カップルと女の子なら覚えてあげなくもないんだけど。
     ハナは表情をそのままに、心中で青年に謝罪した。
    「人間的な場所の方が眠れないのか?」
    「人間的ってなんぞ」
     言い方というものがあるだろうという意味合いでハナは物申す。
     ハナ命名、イケメン君はハナから体を離し、上体を起こすと静かにハナを見続ける。
     色気というより、素朴という様子の、悪意ない眼差し。闇の中だからか、着る服は黒中心に見える。ファンタジーなこの青年はなにものなのだろうかとハナは観賞する。観察ではない。
     青年がハナに向かって手を伸ばした。それに反応してかハナの体がビクッと竦む。

     額に触れる冷たい体温に、ハナは目を丸くする。
    「子供は眠るものだ」
     どこまでも甘やかすような優しげな青年の声に、心がとくりと動いて、興味が惹かれる。
     ハナは乾いた唇を湿らせ、唾を呑みこむと、ギュッと己の手を握りしめる。青年に意を決して話しかけようとし。
    「あなたは」
     抗いようのない睡魔が、ハナを襲った。
     その青年が何者なのかは、知らない。

    ムム Link Message Mute
    2020/12/18 12:35:54

    桃色雑談(昔のもので未完完結しない)

    ##創作文
    もともと読み切りで書いていて続けてみたけど途中でえたる。続かない。当時小説家になろう様にも投稿。

    ネガティブな彼のところに突然少女が飛び込んできた。
    「異世界トリップなんて初めてだ」なんて嬉々として語る少女に流され、他称王子に生温かく見守られながら、のほほんと進む、文字通り桃色で雑談している彼らの続くのか続かないのかわからない日常。つまり小ネタ。
    未完≪桃色雑談:異世界トリップ/ドラゴン/ほのぼの/根暗/変人≫

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