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    異国に思いを馳せながら 

     もう皆が寝ている時間であるにもかかわらず、部屋から灯りが漏れていることにアルヴィドは気がついた。この部屋は確か、オリクスの部屋だ。起きているのかな、そんな淡い期待を胸にアルヴィドは――オリクスに教えられた通り――ドアを二回ノックする。すると、部屋の主の声がした。

    「入ってきていいよ」

     その言葉を聞いて、アルヴィドは眠たい目をこすりながら、部屋に入った。


     ***


    「眠れないの? アル」

     オリクスが部屋に入ってきた息子に声をかけると、彼はそうだとも違うとも取れる曖昧なうなずきを返した。オリクスの息子――アルヴィド――は夜着をだぼっと着て、頭にはナイトキャップ、手にはぎゅうっと大きな枕を持っている。くりくりした瞳はとても眠たそうだ。どこからどう見ても今から寝るための恰好だ。そんな彼が部屋を訪ねてきたということは夜中に目が冷めてしまったのだろう。アルヴィドは時々眠れないといって、オリクスたち夫婦の寝室を訪ねてくることがある。今回もそうかな、とオリクスは見当をつけた。

    「パパー、何してるのー? ……ねないのー?」
    「ううんとね、寝る前にお仕事してるんだよ」
    「お仕事?」

     そう言ってアルヴィドはオリクスが腰掛けている椅子のすぐそばまでやってきた。ぺたぺたぺた、というアルヴィドの足音にオリクスはつい笑いそうになった。アルヴィドはベッドから降りて、スリッパや靴を履き忘れたに違いない。そうでなければぺたぺたなんて音はしないから。

    「どんなお仕事ー?」
    「んー……アル、来る?」

     オリクスが膝の上をぽんぽんと手で叩くと、アルヴィドが笑ってうなずいたので、オリクスはアルヴィドを抱き上げて膝に座らせた。少しずつ灯りに慣れたのか、アルヴィドの目はさっきよりもだいぶ開いている。
     オリクスの膝の上に座ったアルヴィドは、目の前に開かれている本が何物かとじっと見つめる。

    「パパー、よめないよー……」

     アルヴィドは――短い間とはいえ――本の内容と格闘したあと、すっとんきょうな声で白旗を上げた。

    「はっはっは、だろうな。これは帝国領東南自治区っていう場所の古い文字だよ」

     地名にピンと来ないらしいアルヴィドは不思議そうに首を傾げた。じーっと見つめたあと、わからないというふうに首を横に大きく振った。

    「パパは、よめるのー?」
    「読めるよ。まあ、辞書を使えばだけどね」
    「ふーん……」

     おそらく、アルヴィドはよく分かっていないんだろう。それでも必死に理解しようとしている。

     この仕事の依頼主は、オリクスの親友であるフェルナンドだ。内容は文章の読解と翻訳。先ほどオリクスが言った帝国領東南自治区、それは彼の故郷だ。この文字は古語とはいえ彼の母国語であるから、オリクスにとってこれを読むことは比較的容易だ。しかし、フェルナンドにとっては異国の言葉でしかも古語とくれば、かなり習得に時間が掛かる。それなら、オリクスが読んでしまったほうが早いということで彼はこの仕事を請け負った。
     まあ、難しい話だからアルヴィドには分からないだろう。そう考えてオリクスは苦笑いをした。

    「パパは他の国の言葉も、わかるのー?」
    「帝国領の言葉なら、だいたい」
    「うーん……」

     オリクスの言葉を受けて、アルヴィドは何やら考えこんでいるようだ。少し唸っていたあと、アルヴィドはオリクスの顔をじーっと見つめる。そしていを決したように口を開いた。

    「パパー」
    「はーい?」
    「僕もね、知りたいなー……」
    「ん、なにを?」
    「他の国の、言葉!」

     オリクスは面食らった顔をした。アルヴィドは勉強、というか文字を書くこと自体苦手だから、興味を示さないだろうと彼はたかをくくっていた。しかしそうではなかった。オリクスが理由を尋ねると

    「あのね、友達いっぱい、できるかなーって」
    「アルはお友達が、もっともっと欲しいの?」
    「うんー」

     とアルヴィドは楽しそうに答えた。
     確かに帝国領は広い、そして王国の何倍もの人口を持っている。

     そこまで考えてオリクスは難しそうな顔をした。声に出しそうになって、ぐっと飲み込んだ。
     獣人は、王国以外で人として扱われてはいない。特に帝国では、王国から拐ってきた獣人を劣悪な環境で労働させている。帝国の人間の多くは獣人と聞いても、そのように拐われて酷い扱いを受けているものを思い浮かべるだろう。アルヴィドの願いを叶えることは難しいかもしれない。
     いやでも、とオリクスは思考を変えた。

     アルヴィドの寿命は、オリクスよりもずっと長い。オリクスが見ることも叶わないような遠い未来であれば、アルヴィドの願いは叶うかもしれない。
     未来は何が起こるかわからないから、もちろん今よりもずっと良くなっているかもしれない。

    「アルいいよ分かった。教えてあげる」
    「わーい」
    「でもその前に、俺と王国の文字を書く勉強から始めよう。お前が綺麗に文字を書けるようになれば、きっとみんな驚く。そして『すごいねアル!』って喜んでくれるよ」

     オリクスがそう言うと、アルヴィドの顔がぱあっと輝いた。

    「ほんと?」
    「本当だよ。だから、少しずつ覚えていこうか」
    「うん」

     その晩から少しずつ、オリクスはアルヴィドに文字を教えるようになった。文字をより覚えやすくするために、前よりも文字の多い絵本を選んで、読み聞かせをした。アルヴィドは前よりも――ほんの少し――文字をうまく書けるようになった気がする。
     ある時、オリクスがアルヴィドのために紙芝居を読んでやっていると、いつの間にか目の前でオリクスの妻――トレスティア――が泣いていたときは、さすがのオリクスも驚いた。

     家族とともにささやかだけれど幸せな時間を過ごす瞬間が、オリクスにとってたまらなく愛おしく感じた。【fine.】
    ゆずもち Link Message Mute
    2020/10/13 12:30:40

    異国に思いを馳せながら

    ##小説 ##SS ##星座の導きに ##オリクス
    アルヴィドくん(よそのこ)とオリクスの話。

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