『周縁の人々』に寄せて<双子石の輪> 石の人を傷つけてはならない──。
巫女様が語ってくれる百物語。
巫女様は好き。お話も大好き。
でも、お話は私たちを救ってはくれなかった。
「繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝」「繝昴Ν繝?け繧ケ」
私たちは二人でひとつとして生まれた。村の大人たちは子どもの誕生を喜ぶ。けれど、私たちは何もかもを分け合って生まれてしまった。繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝は脚が悪い。私は耳が悪い。ただ、二人とも目だけは人一倍良かった。
村にはぼやぼや病の子がいた。彼女よりはきっと恵まれている。だって見えなかったら何もできない。聞こえなくたって、見れば何をすれば良いかがわかるし、唇の動きで何を言っているかはだいたい分かる。繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝を背負って、今日も村の外へ木の実を取りに行くんだ。もうすぐ、冬が来てしまうから。
「繝昴Ν繝?け繧ケ、見て、あそこで何か光った」
光る?
川から遠いこんな場所で、水でもないのに光るものなんであるかしら?
繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝の指さす先を眺めると、確かに何かが光っている。目を刺すような、ちらりちらりと揺らめく小さくて鋭い光。
「行ってみよう」
そこにあったのは二体の石の人だった。片方は男の人、もう片方は女の人。二人は抱きしめ合い固く手を握り、光はそこから生まれていた。きらきらと輝く二つの輪が石に埋まっていた。
「綺麗」「うん、すっごく、綺麗」
その輝きは私たちに衝撃を与えた。だって、こんな風に輝くものを水以外で見たことが無い。せせらぎのように揺らめき、陽に当たると十字の光が目いっぱいに広がる。温かくて、白くて、優しくて、強い。触れるとひんやりとした輪に温もりが宿る。引き抜こうとしてみたけれど、堅くて無理だった。
日が暮れてしまうので、その日はこの石の人の場所だけ覚えて帰った。けれど、その日から繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝の様子が変わった。彼女は、夜に月を見上げてはあの石の人の話をする。あの綺麗な輪を思い出してはうっとりと目を輝かせる。「また、連れて行ってね」と頬を染める。そんな繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝はとても可愛くて、とても綺麗だった。
「ねぇ繝昴Ν繝?け繧ケ、私ね、もし歩けたら毎日でもあの石の人の所に行くよ」
「あの光る輪が本当に好きなんだね」
「丸くて、綺麗で、温かくて、本当に素敵だった」
「あの輪はどうやってできたのかしら。自然にできるものなのかしら」
「巫女様の百物語には、そんな輪の話は出てこないわよね」
「不思議。本当に、不思議」
毎日のようにあの光る輪の話をして、繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝を背負って、石の人の所へ行く。私は木の実を探し、彼女は実を分けては光る輪を眺めて一日を過ごす。私たちは村のみんなより少し欠けていたけれど、穏やかに幸せに過ごしていた。
けれど、今回の冬はとても厳しくて。
寒くて冷たい雪は、私から繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝を奪ってしまった。
「ねぇ繝昴Ν繝?け繧ケ、私ね、もう一度あの石の人の所に行きたい」
そうつぶやきながら、冷たくなっていく体を擦る。
「もう一度、見たかったな」
「大丈夫、春になったらまた連れて行ってあげる」
そう励ますけれど、お腹もすいて、やがて私も手を動かす元気が出なくなった。私たちは二人でひとつ。繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝は脚が悪い。私は耳が悪い。そして、元気も半分こして生まれてきた。
私たちはきっと、この冬を越すことはできないだろう。
ならば、せめてもう一度、繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝にあの綺麗な輪を見せてあげたい。
できるだけたくさんの毛皮を足に巻いて、私は大人に内緒で村を出た。私は耳が悪いから、大人たちが叫んで呼んで、返事をしなくたって不思議に思われない。手に持った石斧が酷く重かったけれど、ただまっすぐあの石の人を目指した。
石の人を傷つけてはならない──。
ごめんなさい、巫女様。
繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝には、この輪が必要なんです。
振り上げた斧で叩き割った破片から、変わらず輝き続ける二つの輪が転がった。本当に綺麗な輪で、お月様のようにまん丸で、本当にどうやってできたのか不思議でたまらなかった。いつか、この輪の秘密を知ることができたらどんなに素敵かしら。物凄く心が躍ったけれど、酷くお腹が空いて、踊りだす元気は出なかった。
「繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝、待ってて」
すぐに村に戻る。途中で雪に足を取られて何度も転んだ。全身濡れてしまって、毛皮がとても重くて、何度も起き上がれなくなった。さっきまで空いていたお腹はもう何も感じなくて、反対にとても熱くてひりひりした。指にはめた輪だけが、白く、温かく輝いて、この光で誰か見つけてくれないかしらなんて甘えたことも思った。
帰り着いた村は暗く沈んでいた。冬は誰もが戸を閉ざし、僅かな焚火で暖を取る。夜中にうっかり火を消してしまったら、次の日一家全員が冷たくなっていたなんてこともよくある。焚火はたっぷり焚いてきたけれど、繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝は動けないから、もし火が消えてしまっていたら大変だ。必死で我が家に戻ると、幸い火はまだ燃えていてほんのり温かかった。
でも、酷く寒くて、手足がしびれる。
「繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝」
「……繝昴Ν繝?け繧ケ」
「見て」
「……」
毛皮の布団にくるまって、虚ろに驚く繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝。やがて、ゆっくりと息を吐いた。もう何日も食べていないから、すっかり細くしわだらけになってしまった繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝の指に輪をはめてやる。そして、もう一つを自分の指にはめる。二人で輪をはめた指を固く握り合った。
「あの石の人みたい」
「……」
「良かった。繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝、喜んで、くれて……」
屋根の隙間から青白い月明かりの線が見える。薪を足さなきゃと思うのに、体は動かなかった。
「ねぇ繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝、……春になったら、石の人の探検をしよう…」
「……」
「私ね、不思議で、不思議でたまらないの……この輪がどうやってできたのか、石の人たちが何なのか……だからね、石の人をたくさん調べて、他にも不思議なものをもっている人が無いか、探すの」
「……」
「えへへ……村はずれの変わり者お兄ちゃんみたいなこと、言ってるね……。ねぇ、繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝、……?」
「……」
「……そっか……もう、眠ったんだね」
「おやすみ、繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝、」
「……」
私たちは眠った。白くお月様色に輝く輪を指にはめ、あの石の人のように固く手を握り締め合って。
これが、私たち双子石の小さなお話。
──『白金』は?
そう問われたとき、巫女様には気づかなかったのだ。
それがどういう形をしていて、どんな色をしているのか、知らなかったから。
‟「繧ォ繧ケ繝医Λ繧、繝」「繝昴Ν繝?け繧ケ」ここに眠る“
企画『周縁の人々』に寄せて