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    宵越しの借りは作らぬ(カイアカ)夜十時過ぎればこのコンビニは人の波が落ち着く。
     店内の客は何時も来る立ち読みの男一人。
     頃合いを見計らい、カイジはバックヤードに補充する商品を取りに行く。レジ脇の引き戸を開けると従業員用通路兼、在庫保管倉庫。裏口までの薄暗い通路の両脇に商品の入った段ボールが乱雑に積み上げられている。壁に貼られた『整理整頓』が書かれた紙が今にも剥がれそうだ。
     カイジが補充品が入っている段ボールを探していると、床に黄色い付箋が貼られた箱が二つ置いてあるのが目に入った。付箋には『12時~、ディスプレイ交換、ひなまつり』と店長の字で書いてある。差出人欄にはこのコンビニの本社の住所だ。
     きっとレジ前の季節柄の商品を置く棚を、深夜十二時を過ぎるとバレンタインのチョコレートの陳列から、ひな祭りのディスプレイに変えろという指示。
     残ったチョコは半額シールを貼って投げ売りするのだ。
     季節ものだから仕方ないが、なにか儚い気持ちになる。
     そんな気持ちを抱えてカイジは、やっと見つけた缶ジュースとスナック菓子が入っている段ボールを引っ張り出すと移動用の台車に乗せた。
     退勤時間の十一時半まで、あと四十分少々。カイジは棚と棚の間の通路にしゃがみ込み、台車に載せた段ボールからスナック菓子の袋を棚に補充していくと、自動ドアが開く音と入店チャイムが鳴った。
    「……っしゃいませ……」
     カイジのやる気の無いいらっしゃいませが響く。
     客の足音はレジの前、弁当売り場、ドリンクケースを辿る。小さくカタンという音。なにか手に取ったらしい。めんどくせぇな、このまま上がりかと思ったのにとカイジは思う。
     足音はそのままカイジがいる菓子売り場に来る。通路を開けるためカイジはしゃがんだまますり足で棚の方に近づいて目を合わさないようにした。
     すると、こつんと頭の頭の上に何かを乗っけられた。
    「あ゛……?」
     苛立った声を上げながらカイジは上を見上げる。
     調子に乗った酔っぱらいの類いかと思ったのだ。見上げたその先、明るい蛍光灯が白髪に反射している。
    「レジ、空いてるぜ店員さん」
     カイジの頭の上に、缶コーヒーをぽんと乗せたアカギが立っていた。
    「お、おう……」
     カイジはそのまま立ち上がりレジに向かう。後ろにアカギの足音が続いた。
     三日前にカイジの革ジャンを借りて、いつものごとくふらっと出かけてそれっきり。気ままに野良猫のような生活を送る彼は、二人で暮らすアパートに帰る前にカイジのバイト先のコンビニを覗いていく。
    「タバコは?」
    「そうだな、頼むよ」
     カイジがレジの後ろに並んだ煙草の中からブルーのパッケージを取り出している間、アカギは真後ろの棚から、チョコレートを一つ手に取った。
    「あと、これ」
     レジの上に乗せられたのは、赤いリボンを掛けられたプラスチックの小さな箱。中に金色の紙に包まれたチョコレートボンボンが二つ収まっている。
     それを見たカイジは「お前、これあと1時間で安くなるぞ」と呆れた声を出した。
    「?、どうして」
     不思議そうな表情を浮かべるアカギにカイジは、チョコと缶コーヒーと煙草をビニール袋に放り込みながら「バレンタインだよ」と言った。
    「なるほど、時期ものなんだね」
     オレはそれでいい、甘いモン欲しくてさ、とアカギはポケットを探り小銭をカウンターの上のトレイに乗せた。
     会計が終わり、カイジがレジの引き出しを閉めると、アカギは商品が詰められた白い袋を手にとって「カイジさんは、いつあがりなの」と尋ねた。
    「あと30分」
    「そう」
     じゃあ、まってる。
     アカギはそう言って自動ドアを潜る。
     一緒に帰ろうという誘い。
     カイジは急いで商品棚に戻ると時計の針を睨みながら補充作業を続けた。
     そしてやってきた就業時間。
     大学生バイトに作業を引き継いで、カイジは制服から着替えダウンジャケットを羽織りながら裏口の従業員専用出入り口から飛び出した。そのまま客用自動ドアの方へ、ぐるっと周る。
     アカギを探すと、彼は隅の喫煙スペースで缶コーヒー片手にレンガ風の壁にもたれながら煙草を吸っていた。虫除けの青いライトが彼の輪郭を淡く照らしている。季節外れの小虫が防虫ライトにかかってばちゅっと焼ける音と同時にアカギを彩る青い光が瞬く。それがなんだかとても綺麗で、カイジは少し見とれた。
     アカギは突っ立っているカイジを見つけて煙を吐く。
     「お疲れ、カイジさん」
     そう言って灰皿スタンドに伸びた灰を静かに叩き落とし、缶コーヒーの残りを飲み干す。
     なんだか気恥ずかしくて、カイジはこくんと頷きながら近づき、自分も一服しようとポケットから煙草の箱を取り出した。
     しかし、ライターが見当たらない。
     ポケットをごそごそしながら舌打ちするカイジに、アカギは自分が吸っている燃えて赤くなった先端を咥えたまま差し出した。
     彼の白い頭が近づいてドキッとする。自分と違う煙の匂い。ジ……ジ……と小さな着火音。
     「ん、ありがと」
     「どういたしまして」
     数時間ぶりの煙を深く吸い込む。労働後の体にニコチンが染み渡っていくのが心地よい。
     「うめぇ……」
     漏らすようなカイジの呟きにアカギが笑う。
     アカギと一緒に煙草を吸ってる時間は好きだ。
     なんか、会話をしたような気になる。
     この二日なにしてたとか。なんともなかったかとか。
     そんな聞きづらいこともわかり合うような気がする。
     アカギにもそれが伝わっていればよいな、とカイジは思った。
     「……じゃあ、いくか」
     「うん」
     備え付けのゴミ箱に空き缶を投げ入れ、二人並んで歩いてゆく。カイジの住んでいるアパートまで、繁華街を通り抜けなければならない。
     だんだん賑やかになっていく周囲。徐々に大きくなる喧噪の中、ペリペリと包装紙を開ける音がしてカイジが横を向くと、アカギが先ほど購入したチョコレートの包装を剥いていた。現れた丸いチョコレートボンボン。それを指先で摘まみ口に放り込み、残った一粒をカイジに差し出す。
    「食べる?」
     口をもごもごさせながら聞いてくる様子に、ちょっと可愛いな、と思いながらカイジは差し出されたチョコを摘まみ同じように金色の紙を開きチョコを含んだ。
     ……確かに一口だと口の中がいっぱいになる。そんな大きさ。口の中で溢れるアルコール入りのジャムを飲み込んで、カイジはハァ~~とため息を吐いた。
    「酒飲みてぇ」
    「フフ、そうだね」
     こっちを向いて話すアカギの口からチョコとブランデーの匂いがする。カイジからも同じ匂いがするのだが、それに少し欲情した。
     あ、チューしたい。
     それを実行に移せば良いのだが、あたりはすでに繁華街。
     周りには深夜にもかかわらず人が大勢いる。照れ隠しにカイジは目線を下にして「お返ししなきゃな」と呟いた。大音量で流れるドラックストアの呼び込みテープにかき消されたと思ったが、アカギの耳には届いたようだ。
    「大げさだな。いいよ……別に」
    「いや、だってほら、バレンタイン、だし?」
    その言葉に、アカギは一瞬そんなわけで渡した訳じゃないんだけど、という表情を浮かべた。
    「待ってろよ、来月」
    「え……礼を返す日も決まってるのか?」
    「そうそう、ホワイトデーって言って……」
     カイジは説明するが、アカギはふーんと言った顔。あまり興味がなさそうだ。
     しかし腹が減った。労働後の空きっ腹はチョコでは埋まらず、カイジは冷蔵庫の中身を思い出す。カップ麺のストックまだあったっけな。
    「ねぇ、カイジさん」
     アカギの声に、カイジの意識はアパートの冷蔵庫から現実に引き戻される。アカギはビルとビルの間に隠れるような小さな公園を指さしていた。
    「たまには外でラーメン食べようよ」
     そこに止まっているのは軽トラを改造した移動式屋台。時間が悪いのか、はたまた味が悪いのか閑古鳥が鳴いている。
    「……寒いし、ラーメン食うなら別の場所でも」
    「いいじゃない」
     アカギは公園の方に歩いて行く。仕方ない。アカギが興味を示した時点でもう決まっているようなものなのだ。カイジも後に続いた。
     寒空の下、簡易テーブルとパイプ椅子に座り、店主の親父に醤油ラーメンを二つ注文する。店主のオヤジが腰に付けているラジからは昔の歌謡曲が流れている。聞き覚えのあるメロディだが、カイジが産まれるずっと前の曲だ。それを目を閉じて心地よさそうに聴いているアカギ。カイジもそんな彼を見ながら、ポケットに両手を仕舞い暖をとる。
     運ばれてきたラーメンは、醤油の匂いが腹に染みる。
     カイジは割り箸の先で海苔をスープに押し沈める。
     大通りの喧噪を聞きながら、ラーメンを啜る音が公園に響く。
     店主のオヤジは、屋台の外でひっくり返した赤いビールケースを椅子代わりに、競馬新聞に目を通している。
      
      
    「腹ごなしにちょっと歩いてくか」
    「そうだね」
     いつもの道とは違う、大通りからそれた狭い路地は焼き鳥屋や居酒屋といった個人経営の店が建ち並ぶ。店からは賑やかな声が聞こえるものの、道を歩いているのはカイジとアカギだけ。
     街灯と赤ちょうちんと店から漏れる灯り。その中で隣を歩くアカギの手が少し寒そうに見えた。
     あ、繋ぎたい。
     その言葉がカイジの脳裏によぎる。
     今なら人がいない。そろりそろりと手を伸ばしたその矢先、後もう少しと言うところで彼の白い手が革ジャンのポケットに突っ込まれてしまった。
     いやしかしこれから何をしよう。
     腹ごなしに歩くと言って、アパートとは反対方向に来てしまった。店に入ろうにも腹はいっぱいだし……。
     ふと、カイジは立ち止まった。
     視線の先には電球が点滅するラブホテルの看板。
     休息、三千九百円なり。確かに暇も潰せるし、腹ごなしにもってこいだ。
    「あ、アカギ・・・・・・」
    「ん?」
    「ちょっと寄ってかねぇ」
     そう言って電飾を指さすカイジに、アカギはプッと吹き出した。
    「下手な客引きかよ」
     ハハハ、と笑うアカギにカイジは気恥ずかしくなった。
    「なんだよ、いいじゃんたまには!」
    もういい!とカイジは拗ねて、早歩きで前を歩く。
     そんな彼をアカギは笑いながら呼び止めた。
    「ふふ、ちょっと待ってカイジさん」
    「ナンダヨ……」
    「あそこのコンビニでゴム買って、早く帰った方がよっぽど安上がりだと思わない?」
    「え?」
     一瞬、頭の処理が追いつかなかった。
     でも理解する。アカギからの『お誘い』だ。
    「お、おう!ちょっと待ってろよ!」
     カイジはそう言うとコンビニに走った。
     店に入ると、レジに立っているのはカイジと同じ歳くらいの若い女性店員だった。しかし気にしていられない。店の奥まで小走りで駆け、陳列されたコンドームの一つを手に取る。そしてレジに直行・・・…なんだかこれだけではあからさま過ぎる。
     カイジはプラスチックの買い物かごを手に取ると缶ビールも二本そこに入れた。適当につまみも投げ入れ、レジカウンターを置いた。
     気だるげなバーコードを読み取る電子音を聞きながら、カイジはレジの横の小さな箱にチョコレートが数個入れられているのに気づいた。張られた半額シールが、可愛いハート柄の包装紙を良い感じに台無しにしている。
     その中にさっきアカギがくれたのと同じチョコレートボンボンも入っていた。
     ホワイトデーまであと一ヶ月あるが、アカギもバレンタインのつもりでくれた訳ではないだろう。そう、これはものを貰った礼儀だ。
     「すいません、これも」
     カイジはそう言って金色の包装紙に包まれたチョコレートをカウンターに出した。

    ~了~
    よしえ Link Message Mute
    2018/06/14 21:52:01

    宵越しの借りは作らぬ(カイアカ)

    カイアカ。バレンタインデーの話。

    #福本作品女性向け  #カイアカ

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