終わりのお話大きな鎌を持ち、青いローブを纏った死神が現れた。
そしてゆっくりと、倒れた邪神の側に寄っていく。
邪神の援軍だろうか。
もう身体はボロボロだ、また戦うのは厳しい。
だけども、ここで負ける訳には行かない。ボクはレイピアを構え直す。
しかし、意外な事に死神はボクを気にせず、ふわりと邪神の横に立った。
「………貴方の最期の頼み事とはいえ、物陰で耐え忍ぶのは苦しかったですよ」
冷静で穏やかな声が響く。
スッと邪神の口角が釣り上がった。
まだ息があったらしい。流石邪神と言うべきか。
少しだけ、死神の表情が揺らぐ。
邪神の口が少しだけ動き、声にならない声が死神に届いた。
「………解っていますよ、サッカーラ」
辛そうな声。この死神は邪神と懇意にしていたのだろうか。
「…今まで、ありがとうございました」
そういって死神は、間を置いてから鎌で邪神の胸を引き裂いた。
鎌がキラリと妖しく輝く。
邪神の傷口から血液の代わりに青白い光が生まれ、それが鎌に吸い取られていく。
光が途切れると、死神は鎌を小さく振り、そっと刃を指で大切そうに撫でた。
「そこの幻銃士、」
乾いた声がボクに向けられた。
次は、ボクの番かもしれない。
「そんなに構えなくとも大丈夫ですよ、手出しはするなと言われておりますので。
……ここの神殿は破壊します。生きたいのならばお逃げなさい。死にたいのならば、内密に私が刈り取って差し上げますが。」
彼の目玉があるべき真っ黒な空間がボクを見つめる。
鎌を持った、髑髏の死神…
「………君、は…、もしかして、ドラキュラの…!!?」
以前出会った義賊に聞いた事がある。
魔海の方で、別世界に居るはずの強い力を持つ魔物がこの世界に現れたと。その魔物の側近が、鎌を持った死神だということを。
なんでその側近が砂縛に、砂縛の魔王の元に居るんだ。
「確かに随分昔に私はそこに居ましたが…。貴方が言った死神と私は別の存在です。
私は主をこの者達と決めた故、」
そっと死神が邪神の亡きがらを見た。
もう彼は二度と起き上がる事は無い。
それは留めを刺した彼が一番解っているだろうけども。
「…幼き私を大切にして下さった方達です。私は決められた主より、この者達に尽くして居たかった。」
「………でも、サッカーラは…ッ」
魔王軍は勢力を拡大し、人間や善良なモンスターが住む世界を脅かしていった。
タンタの火の国も、ダンテの水の国も、レオンの風の国も。
この土の国も同じだ。だからこそボクは、魔王を討伐しにここまで来たんだ。
「あなたの信じた正義は、本当に正義なのですか?」
「……えっ?」
死神の突然の問い掛けに、僕は少し戸惑った
「私は、彼の生涯のほんの少しではありますが彼が魔王の時から側で見ていましたよ。
彼はせまりくる王国軍から、魔物達を守ろうと采配を振っていました。
罪を犯した者は処罰し、人間と魔物の間で無駄ないさかいが二度と起きないようにと最善を尽くしていましたね。
はた迷惑な事も多々ありましたが…ああ見えて、キチンと統治をしていたのですよ。」
死神が一気に話し出した。
ボクの知らなかった、別の観点からの話。
「そ、そんな話は、一つも聞いていない…ッ
砂漠の王からは、魔王軍は人間達を次々と襲い、ボクらの住む世界にまで手を伸ばしているって…ッ!!」
「『人間に不意に攻め込まれた魔物達が歯向かう為に襲い掛かってきた』の間違いでは?
…この戦いが始まる前には『魔王軍から領土を取り返した』等と唄って凱旋していた事もあったのでは?
何故砂漠の為と言いつつ、自らの国の戦士をださず、いくばくも行かない少年少女を魔王に差し向けたのです?」
喉元でクックックと笑う死神。
「…!?」
そんな、嘘だ
王国が、あの王国がそんな事が、そんな訳があるはずが、
あの王国は領土を取り返した際に沢山の兵力を失って、民を守りたいからと志願した幼い僕らを受け入れて
だけども、それならば何故
砂漠の兵士は砂漠の王国自体を守るために残されたのだと思っていた
でも、魔王が王国に魔物を送り込んで居ないとしたら、ボクらは
「所詮は敵の息が強くかかった魔物の戯れ事ですよ、どちらを信じ様にも貴方次第です」
この死神がボクを惑わせようとしているのかもしれない。ボクは彼の主を殺した仇だ。
だけども、彼の話と今までの出来事は恐ろしい程に噛み合っている。
彼の話が嘘だとは思えない。
しかし、信じたくない
王国が、ボクや仲間が、命をかけて信じて護った、この正義が
「う、ぁああああああ……ッ!!!」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
ボクは、ボクらは何のために
ボクの正義は、王国は王国はボクを
「…仕方ないですね」
「ッ」
死神が放った黒い波動にボクは包まれ…
気を失った。
死神が幻銃士の側へ近付いていく。
そして、幻銃士に手をかけ、鎌を担ぎ上げる様に肩に抱き抱えた。
片手には巨大な鎌、片手には少年。骨ばかりの華奢な身体の何処に、この様な力があるのだろうか。
鎌から青白い魂が2つ、やわやわと揺れながら飛び出した。そして死神の周りにボンヤリと浮かぶ。
「私は器用ではありません、二人とも充分ご存知でしょう?
この者や神殿の処理に不満があるのならば先に肉体を失った自分を責めていて下さい」
ゆらり、ゆらり。
片方の青白い光が少し笑った様な動きをした。
「さぁ、行きますよ」
死神は光を連れ、幻銃士を抱えたまま主を失った神殿を後にした。
ふわりと神殿の上空に浮遊する。
主が好き放題増改築して、本来の遺跡よりも遥かに広く騒がしくなった神殿。
幼い頃の自分や、太古の記憶が抜け落ちたまま蘇った友人の姿、豪快に楽しそうに笑う魔王の姿があちこちに染み付いた思い出の場所。
……だからこそ、人間の手に汚されたくない。
鎌を振り、目の前の空間に紋章を描く。
神殿の全体にも同じ紋章が浮かび上がった。
「……土の力よ、崩れよ」
呪文を唱えると、神殿に広がった紋章から光が溢れかえった。その冷たい光に神殿が包まれる。
光の揺らぎに巻き込まれる様に地面が砕け、上に広がる神殿も共に破壊されていく。
これでいい、私が出来る事はこれぐらいしかない。
「……そん、な…!」
少し離れた砂地から、崩れて行く神殿を絶望的な瞳で見つめる、白い甲冑の少女が居た。
「……ダルタンは、ダルタンは、まだあそこに居るのに…ッ!」
……この娘か。
「この幻銃士の事ですか?」
「!!?」
上空から声をかけたらやはりレイピアを構え直された。
敵側の存在とはいえ、悪気の無い時に敵意を向けられるのはあまり気持ちが良いものではない。
「……ダルタン!? あなたは何者…!? それにダルタンに何を…!」
「神殿から此処まで運んで来たら、肩が思ったより重くなりましてね…、引き取ってくれませんかね」
肩に乗せた少年を見る。彼はまだ深い眠りについている。私の呪文は弱いものだったが、彼の肉体や精神の疲労を引き出すには充分だったようだ。
「そこに要る彼が本物とは限りません」
「…はぁ」
警戒心が強い少女だ。
だからこそ、幻銃士と共にここまでこれたのかもしれない。
「まぁいいでしょう」
肩に居た彼を掴み、少女に向かって投げる。少々手荒いとは思うが、彼を連れ出したのは生きながらえさせる為だ。
理解者に押し付けるのが一番良い。
「……!?」
少女は慌ててレイピアを手放し、幻銃士を受け止めた。
「魔王を討った英雄として、貴方方が何を見ていくかは解りませんし知りたくもありません。
……ただ、貴方はまだまだ若い
辛かろうが、楽しかろうがまだまだ生きねばならないのですよ」
目の前に居る、英雄の少年と少女。
私の目には酷く小さく、哀れな存在に思えた。
「………あなたは何がしたいの?」
魂を見透かされそうな程の、凛とした瞳で睨まれた。
「さぁ? 私には主が居ませんので。気の向くままに行動をしているだけです」
ふと、海の方向が気になった。
あの船が来ているのかも知れない。
……二人の魂を死神の器に入れて側に置き、あの場所に根を降ろすのも悪くない。
「フフフ…」
ローブを翻して海のある方へ向かう。
少女の呼び止める声が聞こえるが、もう彼女に用は無い。足を止める必要も無い。
「…行きますよ、お二方」
青白い二つの光が、またゆらりと動いた。
結局は私も哀れな魂になっているのか。
二人の魂を手元に縛り付けるだけの我が儘で哀れな魂に。
「…私の大切な友人達を、みすみす冥界になぞに送って堪るものですか」